サミュエル・ルペスは苛立っている。映像越しとはいえ、表情がはっきりと出ていた。何に対する苛立ちか。もし現場にいたと想像したら。もし奴の立場と同じなら。身分が上だろうと、やりたいことを阻止する奴を睨むだろう。
「久しいな。ザクエラ・ヌーヴォ」
オフィウクスが名を呼ぶ。生憎知らない名前なので、マスカレードに聞く。
「知ってるか」
「魔界の住人なら知っている名前だよ。裏世界を支配する者だとか。ただ実態はほとんど不明なまま。名前しか知らない人が大多数でね。疑問点としては……何故オフィーちゃんがそう言ったのか、なんだよね。表の住人と裏の住人。事件がない限り、遭わないはずだけど。だから、ハッタリの可能性も十分あり得る」
マスカレードが傾げながら答えてくれた。確かに疑問だ。どうやって答えに辿り着いたのか。また……その答えは本当に合っているのか。
『証拠はないだろ。私がそのザクエラ・ヌーヴォである証拠をな』
当然の台詞を奴が吐く。オフィウクスはどう出るのか。
「ああ。予想はしていたから用意させてもらった。最も私の力ではなく、魔界警察の……だがな」
遠い実況者の席に誰かが座る。細長い虫が傍らにいるような女。スーツという格好をしている。
「初めましてというべきだな。ザクエラ・ヌーヴォ。我々は魔界警察だ」
魔界警察の者がザクエラ・ヌーヴォと呼んだ。あの感じだとオフィウクスと何か繋がっていそうだ。
『ただの魔界警察ではないな。貴様らは』
一般の警察とは違う何かをザクエラ(?)は感じ取っている。正直こちらとしては違いがあるのかという疑問があるのだが……よそから来た者だからだろう。
「ご明察。我々はノーネームド、名を捨てありとあらゆるものを調べる者である」
一部がざわついている。俺のように新人界から来た者は分からない。これもマスカレードに聞くしかないだろう。
「マスカレード。有名な組織なのか。奴は」
「ああ。戸籍も名前も全てを捨てて、あらゆる業界に潜む魔界警察の組織だと言われているよ。都市伝説類だと思っていたけど……本当に存在してたとはね」
警察が来たからといって、どうやって証明をするのだろうか。魂の存在について、証明しようがない。
「ダミー会社らしき建物を見つけたのでな。しらみつぶしに時を遡って再生したのだよ」
時を遡る。そこまで行くと、それはもう神の領域に等しい。
「大丈夫だ。彼女が言うものは実際に時を渡るものじゃない。蓄積した時を映像化させて、何が起きたかをみる。不可能だと聞いてたけど……まさか完成させてたとはね」
本当に過去に行くわけではないみたいだ。ホッとしたら、映像が浮かび上がっていた。2人。片方はサミュエル・ルぺス。もう片方のスーツを纏う焦げ茶色の荒々しい男が本来のザクエラか。サミュエル・ルペスが倒れている。血は出ていないとなると……睡眠や麻痺の類だろう。
『これより魂と魂の置換の術を執り行う』
『私は何をすれば』
別の男もいたか。
『魂を封印し、私の肉体を操れぬようにしろ』
『承知』
理由までは分からないが、魂が違うというオフィウクスの言葉が本当であることの根拠のようなものだ。奴はどう出る。最新の魔法となると、予想していなかったはずだ。ザクエラが憤っていた。顔を赤くし、今にも噴火しそうだ。
『魂を入れ替える魔法なんて存在しない! 不可能だ! デタラメに決まってる!』
映像だけなら偽れる。ザクエラはそう言いたいのだろう。しかし名前のない奴は冷静なままだ。
『ああ。だからこそ、奴を連れてきた』
奴……いったい誰を連れてきた。全く読めない。戦ってすらない。ただ見守っているだけの自分がここまで息を吞むとは。
『入って来い。サミュエル・ルペス』
思わずマスカレードと見合わせる。
「聞き間違いじゃないよな」
「ああ。はっきりと言った。サミュエル・ルペスと」
映像で見たスーツ姿の焦げ茶色の髪の男の顔が見える。体だけなら、ザクエラだろう。しかし中身は?
『この度は迷惑をかけたな。選手と観戦客よ。そして……ザクエラ・ヌーヴォ。やってくれたな』
怒っている。間違いなく怒っている。
『奴のことだから納得がいかんだろう。それに見ているものたちも疑問を持つはずだ。今から本物であることを証明する。そうすれば協力者の言葉は真となるはずだ』
証明。魔法の属性の得意不得意は魂の性質によるという話がある。それをやるつもりだ。本物ならどの属性を得意としているのか。
「マスカレード。ひとつ聞きたい事がある」
「ああ。どうせ属性についてだろ。見てりゃ分かる」
楽しそうだな。実況室から移動した。フィールドに降りた。オフィウクスがお辞儀をしたな。サミュエル(?)は軽く手を振って、1つの巨大な魔法陣を作り始めた。炎と氷だ。
「ははっ。マジか。現役時代の十八番をやるつもりかよ」
マスカレードが笑う。現役時代と言っていたが、どういう意味だ。そのままか。
「現役時代と言っていたが、選手として参加していたのか。奴は」
「ああ。2つの属性を合わせて舞うことを得意としていたよ。映像でしか見たことないが……これは間違いなく、あれだ」
炎と氷が何かを模した形に変化していく。鳥。人が乗れるほどの大きさの鳥が空を飛んでいっている。
「さあ。私の真似をするがいい。ザクエラ・ヌーヴォ」
かなりの自信だと伺える。事細かい属性でこれだという断言はできないが、サミュエル・ルペスが得意としているものは、炎と氷……あるいは水だろう。相性がいいものほど、本来の力を発揮する。悪い場合、下手すると魔法の発動すら出来ない。
『炎よ。氷よ』
2つの魔法陣の音。苛立つ声。不発に終わる。奴がどういったものを得意としているかは不明だが……サミュエルの得意な属性と異なることが分かる。その考えは名前のない奴も同じだろう。
『ふむ。魔法で証明されたな。控えていたもの達に命令する。ザクエラ・ヌーヴォを逮捕せよ。そして魂に関する魔法を使う準備をしろ』
駆けつける音と抵抗する奴の動き。ザクエラ・ヌーヴォは逮捕された。翌日にはニュースのトピックスとやらにあげられるはずだ。問題は競技が続くかどうかだが、その辺りはどうなのかは分からない。