雨が降っていなくて良かった。そう思いながら、草原を渡り歩き、見えていた集落に入る。村とはいえ、裕福な印象がある。家を見てみるとそう感じる。秋を思わせるような赤色の色彩の壁。小さな窓。蔓や葉など植物を模した装飾。職人が手掛けたものだろう。
「ここは魔界が指定する文化の保存地区だ。数百年前からのスタイルだと聞いている」
「そうか」
オフィウクスが教えてくれたように、俺自身が魔界に行ったときにはなかった家の形だ。戦の後から出始めたというのも頷ける。面積が小さいのか、キマリスほどの大きい道はない。それでも現代的な車がある。その一方で黒い一角獣が荷車を引いている。古い時代のものも入り混じっているのもこの地区の特徴なのだろう。
「あの大きい屋敷が私の家だ」
周囲を見ながら歩いて行くと、オフィウクスの家に到着していた。見た目は周りと変わらないと思うが、見上げる程の大きさで面積が広い。金持ちの場合、大きい家を持つという話だが、ここも例外ではないようだ。
「お嬢様。おかえりなさいませ」
門の前で誰かが出迎えていた。髭を生やした執事の格好をした老人。左右に大きい角を持つ。お嬢様というのはオフィウクスのことだろう。
「ああ。客間に茶と菓子を持って来てほしい」
「承知しました」
こういうやり取りを見ていると、オフィウクスの家は相当地位が高いのだろう。中に入ったが、色々と違う。魔界だからとかそういった理由ではない。言葉で上手に表現することが出来ないが、上の者特有の何かを感じさせるものばかりという感じがあるのだ。絨毯を踏みながら、オフィウクスに付いて行く。客間と呼ばれる空間に入る。2つソファーの間に低いテーブル。この表現だけなら、よくある形なのかもしれない。座ってみると違う。互いに座り、オフィウクスが頭を下げた。
「私の誘いに応じてくれて……ありがとう」
「いや。ただ応じただけだ。そもそも礼を言いたいのはこちらの方だ。知りたいことばかりだからな」
「そうだな。確かにお前にとって理解できないことばかりだろうな。どこから話そうか」
聞きたいことがある。まずひとつめはこれしかないだろう。
「何故ノーネームドが表舞台にあがった」
「すまないがその辺は私にも答えられない。だがこれだけは言える。調査をしていたのは彼女達だ。そしてその協力者は私だ」
困ったように答えていた。表の魔界警察が出て来ると予想していたのだろう。あの時は驚きの顔を見せていなかったが、ある程度困惑していたのかもしれない。そして協力関係を結んでいたのか。
「魔界警察の事情聴取の後か」
「正解だ。私の魔眼を使って捜査したいという話でな。こちらとしても願ったり叶ったり。そんなわけで利害の一致で手を組んだのだ。ああ。ありがとう」
ドアをノックする音。執事から茶と焼き菓子を受け取り、話を続けていく。
「どのような捜査を行ったかは言えないが……あの流れについては教えることが出来る。どうすれば相手を無力化出来るのか。どう挑発していくのか。この2つを同時にこなす必要があると私は考えていてな」
意外に好戦的なところがある。だが命まで奪うつもりはない。あくまでも選手として、前のルールを守る。そして相手を倒す。最初からねじ伏せる気満々だったのだろう。だからこそ挑みたい。本気でやりあいたくなる。
「何故そこで口元が緩む」
おもいきり顔に出ていたみたいだ。これはいけない。
「すまない。話を続けてくれ」
「ああ。新しいルールの見直しをして気付いた。生とは。死とは。殺し合いだと彼は言っていたが、かなり曖昧だと思わないか?」
そうかもしれない。だが戦士にとって、死とは動かない状態のことだ。俺にとってはそういう認識だった。だが実際は違う。肉体。魂。複雑に絡み合い、それが原因で曖昧となっている。
「そしてそれを利用して、お前は石化の魔法を使ったのか」
「……何故石化を使ったのか理解していたのか」
目をぱちぱちとしている。そういえばあのことを言っていなかった。
「ああ。あの時マスカレードと名乗る男が隣にいたからな。多少把握しているのも、奴の解説があったためだ」
「マスカレードも来ていたのか。元気にしてたか」
あの時は疑っていたところもあったが、オフィウクスの反応で本当に知り合いであることが分かる。
「ああ。楽しそうに様子を見ていた」
「そうか。話を戻そう。逮捕するためには陽動がいるという話もあったからな。試合を利用させてもらった。注目度の高い試合だからな。視線は自然と私達の方に向けられる。その間に魔界警察はこそこそと動くことが出来たという寸法だ」
理解は出来る。やりやすい形となったらそうなるだろう。しかし安全面を全く考慮していない。もしものことが起こったらというリスクがある。
「よく許可したな」
「ああ。それに関しては私も思う。苦渋の決断であるというのが事実だ。確かに私はプラチナの選手だが、あくまでも一般人。誰だって止めるだろう。正直父の偉業がなかったら、出来なかったかもしれないな」
オフィウクスの父はかつて何をした。話がずれるから聞かないが。オフィウクスの話を聞き続ける。
「魔界警察の結論に関してだが……仕方ないと思う。裏の世界との接点があるとか、問題が山積みのようでな。シーズンひとつ、中止にするしかなかったのだろう。だがこの結末は望んでいなかったのではないか?」
解決したのは良かった。だが中止になって、戦いたかった相手とやれなかった。それを考えると、確かに望んでいなかったと言える。
「そうかもしれないな」
「私もそうだ」
意外にもオフィウクスも完全に納得はしていなかった。何か理由があるのか。自分と同じ考えだとは思えないが。
「ま。ただの選手が出来る問題ではないからな。この辺りは委員会達の仕事だ。静かに待つしかないだろう。だがそれでは体が鈍る。というわけでひとつ提案したいことがある」
ごくりとつばを飲み込む。
「対戦しないか。互いに全力を尽くす。そういう試合をしたい。どうだろうか」
ああ。これこそ……俺が望んでいたことだ。オフィウクス、ありがとう。
「その提案、乗った」
どういう表情をしていたのだろうか。やはり嬉しそうにしていたのだろうか。いや。戦の前なら好戦的な表情になっていたのかもしれない。強者と戦えるとなると、興奮してしまうのはある意味……自分の性なのだから。