そこまで時間は経っていないはずだが、長く感じた。ようやく涙が止まった。
「すまなかった」
出会ってから迷惑をかけてばかりだから謝ったのだが。
「気にしないでください。私もたまに勝手に涙が出て来ること、ありますから」
ドラゴンのような太い尻尾を持つ短い黒髪の女、確かトゥルシーだったか。慌てながら言った。この布の持ち主も確か奴だったな。返しておこう。
「そうか。これを返そう」
これでいい。ふと気になった。考古学者のカーターはどこに行った。
「カーター博士はあっちにいるわ」
パメラを指す方を見る。大きい金属の箱の所にいる。片耳を押さえ、誰かと話しているみたいだ。
「誰だろうね。聞かれるの分かってたのか、博士……妨害を防ぐ結界を張るなんて……なんて酷い事を!」
声が高めで、三白眼の男は……マイケルだったか。獣の耳とドラゴンのような足の組み合わせは変わっているな。聞けないことにショックを受けているようだが……行動を共にしている仲間は慣れている。いや違う。呆れているが正確か。アーリーなんて特にそうだ。
「お前色々と悪さすっからな。博士の行動は当たり前だと思うぜ」
「どーかん。ちょっと。マイケル。嘆くより片付ける手伝いをしてよね。ああ。ショール。ゆっくりしていいからね」
食事をゆっくり味わっていたのが原因で、周りの奴らは既に完食し、取り残されていた。泣いていたのも理由の1つだと思うが。パメラの言葉に甘えて、ゆっくりしよう。
「あ。博士がこっちに戻って来た」
食べ終わって、皿をパメラに渡した時、カーターが戻って来た。隣に来た。頭を下げた。何故だろう。
「唐突だが髪1本くれないか」
本当にいきなりだ。何をするつもりなのだろうか。髪で魔道具を作ることもあったが、そういう職種ではないことぐらいは分かっている。知り合いに頼まれたという線は否定できないが。特に断る理由もない。少し痛みがあるが取れた。左側にある白い髪の毛。
「これでいいのか」
「ああ」
カーターはあげた髪の毛を小さくて細長いガラス管に入れた。蓋をした。
「遺伝子解析するんですか?」
パメラの言う遺伝子解析とは何だろう。
「データを集めれば、何かしらの情報を得られるだろうしね。まあ今のところ、データバンクにすら載ってないかもしれないが。ショール。付いてきておくれ」
カーターの指示に従おう。金属の箱の中に入る。予想より広い。座れる場所があり、ゆっくり出来そうだ。だが暖かみがまるでない。ひんやりとしている。
「とりあえず手掛かりがあればいいんだけどね。おーい。転送したものを解析してくれ」
カーターが誰かに話しかけているようだが、その誰かが遠くにいることが分かる。魔力の感知で分かることだ。そしてガラス管はいつの間にか消えていた。転送したのだろう。
「受け取ったからやるわ」
女が遠くにいる誰かか。顔を見ながら連絡取れる時代になっていたとは……思ってもみなかった。ピコピコという音と軽めの叩く音が聞こえる。ついでに横からこっそりと聞いてる感じがする。流石にカーターは気づいているようだ。視線が金属の箱の入り口に行っている。右手で引っ掛けて開けるような仕草。開けろということか。触れただけで開いたな。何となく分かってはいたが、マイケル以外にもいたか。
「あはは……バレてた」
「だから言ったじゃねえか!」
「あいた」
アーリーがマイケルを軽く叩く。バレることを知ってこの行動とは……どれだけ知りたかったのだろう。
「いいよ。入りな」
意外にもカーターが入る許可をしてくれていた。全員拳に力を入れている。嬉しそうだ。真似してみるか。
「いやこの状況じゃお前はガッツポーズする必要ねえからな」
アーリーに指摘された。どうやら不適切だったようだ。やめておこう。
「おーい。その顔はなんだね。何が出たんだい?」
向こう側で解析の結果が出たみたいだ。カーターの言う事が気になるが、いったい何があった。
「聞いて欲しいの。このパターン初めて見たの」
向こうにいる女は真剣な面持ちだ。何を見たのか気になるところだ。
「なんだね。それだけならよくある。人間と魔族が入り混じってるだけだろ?」
カーターの言う「入り混じっている」はそのままの意味で捉えていいのだろうか。それが本当なら、魔界と人間界の住人が結んで家族を作るのは驚きだ。戦ってきたあの頃はあり得ないものだ。
「人間の遺伝子しかないのよ。その子には」
奴ら全員の視線がこちらに集まってきた。信じられないと言う感じの目だ。遺伝子は分からない。だが血が混じることの方が珍しくない時代となっていたことを感じさせる。
「そして住民データバンクにも載ってない。カーター博士。あなたのいる遺跡は眠りの祭壇と呼ばれるところなのでしょ? 本物である可能性は十分にあり得るわ」
「そうか。分かった。彼に連絡するよ。こんな遅い時間にすまなかったね。シャル」
「いえ。これもお仕事の1つだし。おやすみなさい。カーター博士」
プツンと鳴って、シャルと言う女の顔が見えなくなった。
「ビッグボスに連絡するんですか?」
パメラの言うビッグボスがカーターの言う彼なのだろう。
「ああ。前例がないんでね。色々と聞いてみるさ。流石にこの時間帯ならまだ起きてると思いたいが。お前たちは寝る支度をしな。明日も遺跡の調査をするんだからね」
「はーい」
奴ら全員つまらなさそうに言った。同じタイミングで返事をしている。よほどビッグボスとやらの会話を知りたいのだろう。
「カーター。俺も寝る方に行くべきか」
「そうだね。ゆっくり休みなさい」
外に出ると知らないものが建てられていた。頑丈な布で出来ている。棒を使って、引っ張って出来ている。そして魔法で色々と付与していることが分かる。寝床として使われるものだ。それが2つもある。
「ショール。こっちに来い」
アーリーが顔を出している。そちらに行けばいいということか。中に入ると灯りが天井にあって、下には寝袋のようなものがある。
「ほいっ」
霧のようなものがかかった。思わず目をつぶってしまった。これは汚れを落とす道具か。アーリーの手にある小さなものがそうなのか。
「これで綺麗になったし、寝ようぜ」
それもそうだ。驚きの連続ばかりだが、肉体が眠りを求めている。ずっと眠っていたはずなのだが不思議だ。明日から何が起きるかは分からない。どんなことでもやり遂げられるよう、休んでおくとしよう。