あれから、泉新一と私はまるっきり会話をすることは無くなった。
目線すらも合えば、どちらかが避けるようになった。
そのため、元々友人のいない私は、学校では誰とも話す事が無くなった。それは、事件の影響もあってか始めの頃は何かと気を遣われていたが、以前のような無表情とは違う私のいたたまれない顔を見るたびに、「今は、そっとしとこう」的な空気が周囲にながれ始め、それはそれは精々とした日々を送っていた。
しかし、件の少年、泉新一はというと他校との大がかりな喧嘩や、その学校の女子が、みた限りあれはスケバンとでもいうのだろう生徒が学校に会いに来たり(どこかで見たような気もするが)、以前から互いに好意をもっていただろう女子、村野里美との距離も少し縮まったりと、まるで昭和のヤンキー漫画と少女漫画が合体したような、なんとも騒がしい日々を送っているようで、青春を存分に謳歌していた。
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「香織、学校はどうだい?」
「ええ、今は大分周囲も静かになり、落ち着いた日々を過ごせています。」
「そうかい、静香やあの子の旦那には悪いが、あんたの人生はあんたの為にあるんだ……だから、あんたも気にせずに今を生きるんだよ」
元来の性格だろうか、歯に衣着せぬ言い方で、そう話す祖母が私は嫌いでは無く、日常生活の方も現在は落ち着きをみせていた。
そんなある日のことだった。
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突如として、泉新一が学校に来なくなったのは、
私の良すぎる耳に入ってきた話では、現在両親が旅行中らしい。そのため彼は、一人で暮らしている様子であり、そんな彼が、連絡も無しに学校を休んで三日が過ぎた頃だった。
「井上、これ泉の所まで届けてくれないか?」
突如、担任からそう言われたのは。
どうやら、近々行われる学校行事のしおりを届けて欲しいようだった。
「……どうして私なんです? ご存知の通り、先日引っ越してから彼の家とは遠いハズですが?」
「~井上、お前なあ。あの事件以降、誰とも話していないだろ?
前は、村野や泉といった奴らとの会話が見られたが、最近はその泉とも話してないじゃないか? 先生は心配してるんだぞ。」
去年から変わらず私の担任である彼はそう述べた。
……なんとも、傍迷惑な話である。 本人が望んでいない善意は、時折悪意にもなるということをわかっていない。
私は、ここで断ると後々面倒だなと思い、渋々それを了承した。
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ピンポーン
「泉くん。井上です。体育祭のしおりをもって来ました。」
ピンポーン
「泉くん、開けてくれませんか?」
まるで、この時代には珍しい引きこもりの生徒の家へ訪問している気分だ。
ガチャ
「泉く……開いてる?」
ふと、私の鼻に今世嗅ぎなれた匂いが入ってきた。
「血か……?」
私は、嫌な予感がしながら彼の家へと入っていった。
「居るのか、泉新一? 返事をしろ。」
そしてー……
「いず……み? おい、どうした泉新一! 泉!!!」
私の目は、胸に大きな穴が空いた血濡れの泉新一を写した。
「おい、返事をしろ! 泉!」
必死に声をかけた。 私は別にこの少年が嫌いではなかったからだ。
ただ、あの事件以降、感情が再び芽生え、その行き場を失った"怒り"
という感情は、彼を遠ざけてしまっていた。
故に、私は必死に声をかけた
「おい!」
すると__
「う、うう……」
「泉……!」
どうやら、件の少年は生きていたようで、ゆっくりと目を覚ました。
「あ…れ…井……上? か、母さん……は? ウッ!」
それだけ言うと、急いで洗面所へと走り込んだ
「ゲェー ゲェー ゲェー……」
ひとしきり吐き終わり、今度は水を蛇口から直接飲み込んだ彼は、
おもむろに、その場で服を脱ぎ出した。
「っおい!」
別に、前世男だっため見慣れてはいるのだが、感情が戻ったせいだろうか、少しは気を遣えと思ってしまった。
しかし__
そうやって、鏡に写った少年の胸には、何かで接着したような大きな痛々しい跡があり、その顔は私が知っている少年に比べ酷くげっそりとしていた。
__
「一体何があった? 説明しろ泉新一。」
私は、その場に座り込んだ少年に普段より優しめに尋ねた。
「この傷は……ミギー?……が……」
泉新一は自身の傷を押さえながらそう呟いた
「寄生生物がどうした? まさか、やられたのか?」
私は、沸き上がりそうになる感情を抑えながら問う。
「違う。 ミギーは……俺を助けて……」
プルルル__
突然鳴り響いた電話に彼は、まるで以前の自分のように、ゆっくりと電話にでた。
「はい…はい。 今から、行きます。 ……そちらの病院は……、
わかりました、静岡県の伊豆市ですね? すぐに向かいます。」
ガチャリ バタバタバタ……
電話を切った泉新一は、急にあわてて荷造りを始めた。
「おい、いい加減教えろ。 何があった?」
私はそんな彼を眺めながらもう一度尋ねる
「母さんが、殺された……
「な、に!?」
瞬間、私の感情が沸騰する。
「…それは、お前のその傷は誰にやられた?」
「これは、母さんに……違う! 化物にだ!!」
そう言って、泉新一は立ち上がり私に言った
「井上は……手をだすな……俺が、俺が倒す。 ……ヤツを!」
そう言葉を残し、外へと向かう彼を、私はただ見送ることしかできなかった。
__
どうやら、外には誰かいたようで、私が知っている少女の声が聞こえてくる。
私は、彼を嫌ってはいない。 しかし、あの事件以降感情が戻ってしまった私は、彼の右手に寄生する生物を見て、それを嫌悪するように、彼も嫌ってしまっていたのかも知れない。
……。
暫くすると話し声も聴こえなくなり、別れを告げ去っていく少女、村野里美の様子が私の耳に入ってきた。
私は、ゆっくりと動き出す。
それは、自身と同じような境遇に陥ってしまった彼への同情からなのだろうか?
それとも、自身と同じような境遇の人間を造りだした寄生生物への怒りからなのだろうか?
私は、ため息をつきながら外へ出た。
「待て、泉。 私も行こう。」
「え?」
「なに、安心しろ手は出さんさ。 私は、人の復讐を邪魔する程野暮じゃない……ただ、君が少し心配になった。 __それだけだ。」
そう言って笑った私の顔を見て、振り向いた少年は驚いた顔をして、そして、何処か困ったように笑ったのだった。