第6話
私は、平穏が好きだ
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朝の両親との、騒々しいやり取りを終え、私はいつも通りに登校した。
どうやら、今日は朝から全体朝礼があるようで、私は体育館へとクラスメイト達と共に移動していった。
「えー、それでは先日交通事故で入院された。松山先生に替わり1年3組には、新たに副担任として、田宮 良子先生が勤めることになりました。」
「宜しくお願いします」
自身のクラスの担任が入院している事により、その新しく赴任された教師が教頭より紹介され、挨拶をした時の事である。
その女教師は、何故か、ほんの一瞬こちらを見て何事かを呟いた。
恐らく、常人には聴こえないだろうそれを、私の耳は聞き逃さなかった。
「面白い」 そう呟いたのを。
…
ふと、前の方を見れば賑やかに色めきたつ男子生徒達の中で、泉新一だけは、何故か怯えてるように見えた。
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しばらくしたある日の放課後の事である。
「井上さん。少しお話があるの、良いかしら?」
突如として、彼女、田宮良子に呼び出された。
「はい。分かりました」
そう返事をし、教室を出ようとした時
「ちょっと、香織大丈夫なの?」
友人のいない私に、何かと心配性な村野里美がそう話しかけてきた。
私と彼女は、友人と呼べるものではないと私は思っている。
ただ、常に一人でいる私を気にかけてか、何かと声をかけられ、いつの間にか、名前で呼ばれるようになっていた。
恐らく、前世の私が同じ時代に出会っていたならば、異性を感じていたことだろう。
「ええ」
そう彼女に伝え、教室を後にした。
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「で、話とはなんでしょう? 田宮先生」
私は今、進路指導室で件の教師と二人きりになっていた。
「……」
「あの?」
「どっちだ」
「?…どっちとは?」
目の前の教師は少し怒気の孕んだ声でそう聞いてきた
「どっちだ、貴様の正体は… ここ数日見ていたがまるでわからん。我々と同じなのか? それとも人間なのか、一体どっちだ?」
「……人間ですよ?」
「私を見て、何か感じ無かったのか? 何か気づかなかったのか?」
そう言った田宮良子の顔が突如として、ひびでも入ったかのように割れ始めた。
「別に、何も感じませんが?」
そう、私が述べると、彼女の髪の先端が刃物のように形づくりながら、私に向かってきた
それはゆっくりと、酷くゆっくりと私に近づいてくる
恐らく私への攻撃なのだろう。 別にケガをするのも平気なのだが
……
「はぁ……面倒くさいな」
ヒュッ
私は田宮良子の後ろに立ち、彼女の首元に手を置いた
「別に、どうでも良いんですよ。 先生が何者だろうと、例えあなたが人間じゃなかろうが ……いえ、今分かりましたが人間じゃあないようですが……それでも、どうでも良いんですよ私は__」
私は、ほんの少し手に力を加えこう言った
「ですが、私の平穏の邪魔だけはしないでくださいね」
ギリ……ッ
「私は、それさえ守って頂ければ何もしませんから」
「ッグゥ…」
私はそう彼女に囁き手を離した。
「それでは先生、さようなら」
そう言って、進路指導室を出ようとした時、田宮良子は私に聞いてきた
「泉、……泉新一のこと、あなたはどう思ってるのかしら?」
普段のような女性特有の口調に変わり、田宮良子は首すじを擦りながら私にそう尋ねた。
「別に、それこそどうも思っていませんよ。 ただし もし彼が私の平穏を邪魔するようなら、その時は……」
そう言って私はその部屋を後にした。
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「…化物め」
その部屋に、一人残された田宮良子はそう呟いた。
目には、グチャグチャに握り潰されたドアノブがあり、始め"面白い"
と感じた思いは、とうに消え去っていた……
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「泉新一ね…」
別に、どうも思ってはいないが言われてみれば、確かにどこかひっかかる少年だ。
初めのころは、豊かすぎた表情も、最近では落ち着きを見せはじめたように見える。
かと、思えば授業中一人でしゃべっていたりする訳で…
「確かに、何かあるのかもしれないな」
もしかしたら、彼も人間では無いのだろうか? 別にどちらでもかまわないのだが…
「邪魔するなら殺す」
私は、電車の窓から見える夕焼けの空を見ながらそう呟くのだった。