あの事件から、およそ2週間が過ぎた。
学校には、相変わらず田宮良子が教師として通っており、
テレビや雑誌、新聞に電車の中吊り広告には連日として『殺人鬼A
』の文字が溢れ、それを見ない日は無かった。
おそらく、SNSが普及していないことも影響したのであろう。
人々は、会えばその話題で持ち切りになり
現に私の朝食は、常にブラウン管から流れる『殺人鬼A』の話題で悩まされていた。
「香織、今日も気をつけてね」
「はい。」
これである。
どうやら、母親はあの日以後、私のことを「遅い反抗期」と認識するようにしたらしい。 ……恐ろしいものだ母性とは。
ふと前世で見たドラマを思い出した。
殺人を犯した息子に対して「それでも、あの子は私の子供です」などと、涙ながらに訴えていた母親を見て、前世の私はおぞましく思い、全身に寒気が走ったものだ。
「……まぁ、気をつけろ」
逆に、私を庇っていたように見えた父親はそっけなくなり、母親との
対比もあってか、私はどこかそれに安心していた。
「ありがとうございます。 では、行ってきます。」
私は心持ち急いで朝食を終え、そんなどこか居心地悪い家を早々と出ることにした。
「……その原因をつくったのは……私か。」
そう呟き、今日も学校へと向かうのだった。
__
その日の放課後のことである。
いまだ、若干の緊張感につつまれた授業を終え、私も件の我が家へと足を運ぼうとした時のことであった。
「なぁ、井上ちょっと良いかな?」
「何ですか? 泉くん?」
泉新一から、あの事件以後、初めて声をかけられた
「ちょっと、……二人きりで話せないか?」
「あら? 何でしょう二人きりなんて」
私は、この喜怒哀楽にあふれる少年に対してわざとらしく、からかうよう返事を返した。
「え!? いや、その違う、そんなやましい意味じゃなくてー」
「いーずーみーくーん」
すると、案の定、村野里美が会話に入ってきて
「げっ! 村野っ! ち、違うこれはそーゆーんじゃなくて…その……」
私の前で、仲良く話し出すのだった。
……
「はいはい、痴話喧嘩は後にして下さい泉くん。 私に話があるんじゃなかったのですか?」
「なっ! おま……!」
「はぁ、もう気をつけなさいよ香織。 男は狼なんだから!」
「ええ、わかってますよ。大丈夫ですよ村野さん」
「はぁあーー!?」
そう言って、私はひとまず後ろで騒いでいる感情豊かな少年より先に教室を出た。
__
「それで、話とは?」
場所は変わって屋上へとたどり着いた私は、泉新一へと話をふった。
「……いや、それはその……」
どこか、言い淀んむ彼に、私は続けざまにこう言った。
「それとも、話があるのはそちらの"右手さん"ですか?」
目の前の泉新一は、驚きを隠せない様子でその場に少しの緊張が走った。
「違いますか?」
「い、いや……」
『驚いたな……気づいていたのか?』
すると、彼の右手が異形の姿へと変わり、私にそう話かけてきた。
その姿は、おぞましくもどこか愛らしく思えた
「いいえ、……ですが、田宮良子と接触した時に以前からあった疑問が確信へと変わっただけです。」
『ふむ、成る程。そしてやはりか……』
「な、なんだよ疑問って……!」
『新一、少し黙ってろ』
「んな! ミギーてめぇ!」
私の前で仲良く喧嘩を始めた二人に、私はこう返した
「ミギーさんですか。随分可愛らしい名前ですね。
泉くん、私、目が良いんですよ……こんな風に」
パシッ
そう言って、私は目の前に飛んでいた小さな虫を捕まえて見せた。
「……ね。」
私の手の平を見て、泉新一は驚愕の表情を見せていた……。
『恐らく、何らかの形でわたしが変化した所でも見たのだろう。
いや、視えたと言うべきか。 ……そしてAを葬ったのはお前だな井上香織』
「ご名答、今の会話でそこまでわかりますか」
『田宮良子の様子を観ていれば分かる。アレがお前に近付く時に放つ雰囲気は只事じゃあない。 何かあったと観てすぐ分かる。 そして、わたしは当初ヤツがAに止めを刺したと思っていた。 しかし、村野里美達と話していたのを聞く限り、ヤツは事件後校庭の隅で気を失っていたそうではないか、そして今の会話を聞く限り……』
パチパチパチ
私は、感心して拍手を返した
「素晴らしいですね。 右手さんは、本体の泉くんより明晰なんじゃ無いですか? ……失礼、ミギーさんでしたね。」
「な、何を!」
『新一!! …単刀直入に聞くお前は何者だ? 我々特有の信号は感じない、しかしそれとは別の何かをお前は発している。 それは、我々に非常に似ているが違う。 むしろ、我々より上位のものに感じる…………貴様、その身体に何が混じっている!?』
__
私は空を見上げながらこう呟く
「……愚かな男。何一つ報われなくて、自ら死を選んだ愚かで可哀想な男」
『……何の話だ?』
「そして、そんな愚かな男に手を差しのべた優しい少女ー。」
「さ、さっきから何をー」
「ーそして、蛇。」
「……っ!」
どうやら、泉新一には心当たりが有るらしく、初めて私に対して敵意を向けてきた。
「どうやら、今度は泉くんの方が解ったようですね。 ーそう、私は
それを食べた。」
「な、なんだと……!」
『どうした新一! ……っまさか!』
今度は、ミギーの方も気づいたようだ。 しかし、それでも全部ではないが……
だがそれでいい、アレは私の大切な記憶だ。愚かで、そして優しい人間達の記憶だ。簡単に解ってもらっては困るのだ……傷付き疲れ果て、それでも必死に生きた人間の記憶を……。 それに手を差しのべたバカで優しい少女のことも。
記憶が融合してからおよそ一年半の月日が経ち、ようやく私は今の私になったー ……だから……
(私は、何者なんだろうな)
ーそう思ってしまうのだ。
__
「~っ井上!」
そんな事を考えていた時だった。 先程まで、ほとんど喋らずにいた泉新一が私に聞いてきた。
「一つだけ、教えてくれ…… ……お前も……井上も人間を食うのか?」
少しつらそうに聞く彼に私は、こう返すのだった。
「いいえ、だって私人間ですよ、食べる訳無いじゃないですか?
それに私、……ベジタリアンなんですよね。」
ーと。