愛こそが最高の宝と信じるラブヒーローはどこか壊れてる 作:ペン汁
海賊王ゴールド・ロジャーが死に、予想通り、海には海賊が跋扈し始めた。
海の治安が過去最悪とも言えるほどに悪くなり、必然、ラブヒーローも多くの愛を乱す海賊を倒すことになる。
ただ、大海賊時代の異様な熱気からか、海軍内にも悪事を働く輩が増えたように思う。
勿論そういった悪事をする奴もボコボコにし、海軍本部の前に縛り上げて放置したりした。
しかし、海兵をボコボコするなんて事を続けていれば、当然海軍からは睨まれるようになる。
そうしていつしか、ラブヒーローの首には懸賞金がかけられるようになった。
古ぼけた酒場の端に貼られる手配書には、頭を布で隠した3mの大男の写真がでかでかと載っている。
『WANTED
LOVE・HERO
DEAD OR ALIVE
$220,000,000』
年月が経つのは早いものだ。
世界中を駆け回って愛を乱す輩を捕まえ、海軍基地や本部に放置するなんて生活を送っていたら、いつの間にかロジャーが死んでから9年が経過していた。
掴んでいた海賊の胸倉を離し、近くの椅子に座り込む。
今は、とある島で略奪を行おうとしていた海賊を殴り倒していたところだ。
正直に言うと、最近の海賊は人数が多いだけで強さが全く伴っていない。雑魚だ。
俺が強くなったのか、それとも大海賊時代で一気に海賊が増えたことにより、海賊の質が落ちたのか……恐らくどっちもだろう。
「……はぁ」
椅子の軋む音が小さく響く。
身長が伸びるに比例するように、筋肉量も段々と増えていく。
今では身長3mの長身に、650キロほどの筋肉をこさえた化け物みたいな体格になってしまった。
それも逆三角形に整った美しいスタイルではなく、寸胴鍋みたいなボン・ボン・ボンの全身筋肉膨張スタイルだ。まあ、威圧感だけはあるが。
ミシッ、ビキバキッ!
椅子の足が嫌な音を立て、勢いよく壊れた。
ラブヒーローは板座に尻を乗せたまま、腰を地面に打ち付ける。
体重が増えた弊害か。最近そのあたりの椅子に気軽に腰を下ろすことが出来なくなった。
650キロの人間が座るのに耐えられる椅子でなければ、いつもこんな風に壊れる。今回は目測を見誤った。
「…………」
空を見上げる。
気づけば俺ももう、28歳とか29歳とか、大体そんな年齢だ。
別に今までの生き方を後悔しているという訳ではないが、せめて、自分が腰を据えて落ち着ける場所ぐらいは持ってもいい年齢じゃないだろうか。
「腰を据えて落ち着く……。家族、とか……か?」
静かに呟くが、その後すぐに「ないな……」と続けた。
『俺みたいな変人が家族を作れるはずないだろう』とか、そんな後ろ向きな話ではない。いや多分作れない気はするけども。
――なんだか、こう。
何とも言えない感覚だが……家族を持とうとか、そう言った気分にはなれないのだ。
近くで、ザッパンと魚の跳ねる音がする。
その音を合図に、ラブヒーローはとある事を疑問に思った。
「――……そういえば、ずっと気にした事なかったが……。
俺は何がきっかけで、『
自身の根本とも言えるべき物。それが愛だ。
だが、それを何故大切にしようと思ったのかがいまいち思い出せない。
例えば、お気に入りの服だとか、ペンだとか。
普通ならそれらをどこで買ったとか、どこが気に入ったのかとか、色々な理由があって総合的に『大切にしよう』と思うはずだ。
だが俺は、そんな理由を全てすっ飛ばして『愛は大切な物』と認識していた。
一体いつからだ?
あの、ゴミの島に流れ着いた時か?
……いや。
あの島に流れ着き、船で目覚めた時点で、俺は愛は大切な物と認識していたはず。
「となると……」
俺は記憶喪失でゴミ島に流れ着く以前の記憶がない。
すると必然的に、愛を大切なものと認識したのは、記憶がないゴミ島に辿り着く前、ということになる。
うんうんと唸るものの、ゴミ島に流れ着いた以前の記憶は思い出せない。
3分ほどそうしていたところで、ラブヒーローは諦めたように立ち上がった。
「……まぁ、思い出せないのなら仕方がないか」
そう。
結局、愛が俺にとって大切な物という事に変わりはない。
というか、もう記憶を失った状態で十数年は生きているのだ。
今更記憶が戻らなくたって大した問題はない。
そうして、海賊たちを縛り上げて海軍基地に叩き込む準備を始めた所で。
――――クー!
「ん……」
鳴き声がした方向に目を向ける。
そこには、一匹のニュース・クーが船の手すりの上で新聞を羽に挟んで持っていた。
ニュース・クーとは、世界中に新聞を配達するカモメのことだ。
金を払うなら無法者の海賊相手にだって新聞を配達する勇敢なカモメ。
グランドライン内にもよく飛んでいて、見つけた船に留まり、新聞を売りつけるというアコギな商売をしている。
カモメが持っている新聞は……世界経済新聞。
この世界で最も買われているオーソドックスな新聞だ。
人目につきやすい分、よく世界政府によって情報操作されるのであまり当てにはならないが。
船も住処も持たない俺にはカモメが留まらないため、余り購読することはないのだが……。
「まぁ、せっかくだ。買ってみるか」
そこら辺に倒れている海賊の懐をまさぐって数枚の金貨を取り出し、カモメに渡す。
カモメは新聞を船の手すりにのせ、金貨を器用に首からさげたポーチに入れてから、飛び去って行った。
大海原に体を向けながら、手元の新聞を顔の近くに寄せる。
『聖地マリージョア襲撃』
見出しには、大きくそう書かれていた。
瞬間、鋭い
「――ッ」
耐えられないほどではない。
脳の奥が膨らむような痛さだ。押さえつけていた何かが、今まさに暴れだそうとしているみたいに。
――新聞をめくる。
『犯人は魚人族!
「天竜人……」
聖地マリージョアに住む世界貴族のことだ。
この世で最高の権力を持っているらしい。
知識としては知っている。いけすかない奴らだということも知っている。
だが、実際に見たことはない。
頭痛が強まる。
……俺は、天竜人が奴隷を買っているのも知っていたはずだ。
なのに今まで助けようと考えたことがなかった。奴らの奴隷の扱いの酷さは有名で、それもよく知っていたはずなのに……。
「ハァー……ハァー……」
いつのまにか、自分の息が荒くなっていた。
続きを読み進めるべきか、否か。
そんなことを判断する前に、俺の目は新聞の文字をつらつらとなぞるように進んでいた。
『襲撃犯は冒険家フィッシャー・タイガー。レッドラインの壁を素手で登り、マリージョアを――――』
文章を途中まで読み進めた所で、その隣に掲載されている一枚の写真に目が移った。
襲撃後のマリージョアを撮影したものだ。
建物はあちこちが崩れ、焼け焦げている。フィッシャー・タイガーという人物がどれだけ派手にやったのかが一目でうかがい知れた。
――その写真の左隅。
親指の腹で隠せてしまうほど小さく写っている、一人の男。
海兵に対して怒鳴っているのか、眉を吊り上げ、口を大きく開けている。
金と灰色の混じった髪の毛を後ろで垂直に纏め上げるという、おかしなヘアースタイル。
腹部が膨れた白い服に、華美な装飾を付けた、いかにも権力者と言った風な男。
天竜人だ。
――――瞬間、失ったはずの記憶があふれ出した。
『――
女性の声だ。
一瞬であふれ出した記憶は、バケツの水をひっくり返したみたいに頭の中を駆け抜けていく。
『お前の父親は……賢明な男だよ。私みたいな女を捨てたんだから』
『私の仕事を手伝いたい? 馬鹿なこと言うのはやめなさい!!』
短い黒髪をした妙齢の女性。
手が傷だらけで、よくたばこを咥えて遠いところを見ていて。
俺は怒られてばかりでいた。
パッと、記憶の風景が切り替わる。
震える小さな手に握られているのは、その手にはあまりあるほど大きなナイフ。
ガチリと、こめかみに鉄の何かが押し当てられる。
『――お前、その女を刺すえ』
……次の瞬間、真っ赤に染まる視界。
またもパッと場面が移り変わる。
今度は何か、木製のテーブルの前に立っていた。
テーブルの上にあるのは、水に濡れてぐしゃぐしゃのノート。
そしてその横にある、不思議な模様をした果実。ひとつの茎に二つの実が垂れ下がる巨大なさくらんぼだ。ただ、左側の実は小さく、右側の実はとても大きいという、とてもちぐはぐな形をしている。
小さな手が、果実を掴む。
『――……お母さん…………』
鼻の詰まった声で、誰かがそう呟いた。
――――ドンッッ!!!
新聞ごと、拳を船の手すりに叩きつけた。
木製の手すりは当然壊れ、周囲には木片がパラパラと散らばる。
だがその程度では、今彼の中に渦巻く膨大な怒りは解消できなかったようだ。
「ッッ…………!!」
歯ぎしりをするラブヒーロー。
こめかみには今にもはちきれそうなほどに血管が浮かんでいる。
噛みしめた歯の隙間から、唸るように声をひねり出す。
「……『
今しがた思い出した、憎き天竜人の名前を口にする。
ラブヒーローは、せっかく倒した海賊たちを海軍基地に連行することすら忘れてしまい。
空気の壁で、空の彼方へ飛んで行った。
――その日からちょうど、一か月後。
『
投稿が2日ほど空いてしまいました。
この物語もついに最終局面に入っていくので、設定の調整をしていたらいつの間にか2日も……本当にすみませんでした。