愛こそが最高の宝と信じるラブヒーローはどこか壊れてる 作:ペン汁
ラブヒーローはルフィが修行していた一年間、世界中に散らばったインペルダウンLEVEL6の囚人を捕まえ続けていた。
捕まえた囚人は50人以上、総額の懸賞金は数十億。
海軍本部の前に放置された囚人達は全て、全身が余すところなく殴られ全治数か月の傷を負っていたり、後遺症が残るほど酷い火傷を負っていたりと、惨憺たるものだった。
今までは『天竜人殺し』という仰々しい異名を持っていた不審者。
だが今は、LEVEL6の囚人が街を襲っていたところに現れ、圧倒的な実力で倒してしまう白いタイツスーツの大男。
「あれは誰だ?」と誰かが口にすると「あの男はラブヒーロー」と答える。
人から人へラブヒーローの特徴的な姿と名は伝わっていき、彼の名は世界中へと轟いていく。
中には『天竜人殺し』という異名を聞き、ラブヒーローにお礼を言う者もいた。
曰く、「天竜人にいたずらに家族を殺された。仇を果たしてくれてありがとう」とのこと。
そのお礼を聞いたラブヒーローは。
どことなく、苦しそうな息遣いをしていた。
―――――――――――――――――――――
「……――ッ! 武装色・硬化! ……あり?」
ルフィは目を覚ました瞬間飛び上がり、両腕を武装色で覆った。
戦闘態勢で辺りを伺うも、
それどころか、さっきまでは日が昇っていたはずなのに、今は完全に落ちてしまっている。
「おや、目覚めたか。……何してる?」
鍋を持ったレイリーが近づいてくる。
ルフィは彼の方を向き、不思議そうな声で言った。
「白いおっさんはどこだ? 俺、戦ってたはずだけど」
「何を言って……ああ、なるほど。ルフィ君、君は負けたのだよ。気絶させられ、今まで寝ていたのだ」
そう言われたルフィは、最後の記憶を額に手を当てて思い出す。
白く輝く右拳が眼前に迫り、その後は――――駄目だ、思い出せそうにない。恐らくあの一撃で意識が刈り取られたのだ。
「まぁ、とにかく飯だ。今日の修行はなしにしよう」
レイリーは座り込み、鍋に入っていた肉入りの煮汁を皿によそい、ルフィに渡す。
2人は火を挟んで向かい合うように座っている。
ルフィががつがつと煮汁にがっつくのと対照的に、レイリーは食があまり進んでいないようだった。
煮汁の中に入れたスプーンを口に近づけては、そのままスプーンを口の中に入れず皿の中に戻す。
そんなことを何度も何度も繰り返すものだから、ルフィは気になって問いかけた。
「レイリー、食べないのか?」
「ん? ああいや……少し気になることがあってね」
彼が考えていることは、ラブヒーローが言い残していった3つの単語だ。
『
エンドポイントとは、あの伝説通り。
3つ破壊すれば新世界の海が崩壊するという地点のこと。一般には迷信だと言われているが、海軍の上層部や海賊の強者、耳聡い者ならそのエンドスポットが実在するものだと知っている。
ダイナ岩。
古代兵器に匹敵すると言われる、超爆発性の鉱物。確か海軍が一括して管理しているはずだ。どこにあるのかはレイリーも知らない。
ただこれの使い道は楽に予想できる。
恐らく、エンドポイントの活火山を刺激するために使用するのだろう。
しかし、最後の一つ。
『ウオウオの実幻獣種・モデルウロボロス』とは何だ? 一体何に使う?
エンドポイントとダイナ岩のどちらにも関連しない、唯一の不明点。
だがラブヒーローは『海は人間の活動できる場所ではなくなる』とも言っていた。
エンドポイントを破壊しても、せいぜい影響が及ぶのは新世界のみ。
それをわざわざ『海』という範囲の広い物に言い直した。
つまり、奴は……世界中の海を変える、恐ろしい何かをしようとしている。
一体それの詳細がどのような物なのかは分からないが……。
「レイリー?」
「……ああ。すまない」
二度目の呼びかけ。
どっぷりと思考の海に浸かっていたようだ。
手に持った煮汁もすっかり冷めてしまっている。
冷えて味の落ちた煮汁を口に運ぶ最中、ふと。
「……ルフィ君。ラブヒーローの事を、どう思う?」
突然の問いかけ。
ルフィは腕を組み、少し悩んでから答えた。
「白いおっさんの事か? んー……変な奴だな。けど、良い奴だ」
「……フフッ」
そうだ。
確かに、あの男は変な奴だが……悪い奴じゃない。
それが少し、色々な事があって、おかしな方向に歪んでしまっただけだ。
「ルフィ君。ラブヒーローの宝石を持っていたが、一体どんな経緯で貰ったんだ?」
「あ~、あの宝石は……俺もよくわかんねェんだけど……」
ルフィは語る。
フーシャ村を出たばかりの島の浜辺に、ラブヒーローが立っていたこと。
『人魚姫』なる愛の伝説を見るためそこに立っていたが、その伝説は島に住む村人たちの嘘だったこと。
嘘を本当にするため伝説を再現する最中、偶々襲ってきた海王類のおかげで、本当に好きだった奴同士が結ばれたこと。
その伝説を再現するという案を提案したことに対するお礼として宝石を貰ったこと。
「ぶっ、ブワッハッハッハ!」
ひとしきり聞き終わった後で、レイリーが思い切り笑い出した。
「ふふ……よくラブヒーローはキレなかったな。奴ならその演技が嘘だと……いや、そもそもその伝説が嘘だったことぐらい気づいただろうに」
「いや、元々伝説が嘘だったのに気付いてたかはわかんねえけど、演技の方はバッチリバレてた。それでキレそうになった所に、海王類が襲ってきたんだ」
「なるほどな……」
本当におかしな奴だ。
ただ、ルフィは海賊と名乗ったのに、ラブヒーローは宝石を渡していた。
ラブヒーローは昔語っていた。
海賊と海軍のどちらも愛を乱す奴が多いので嫌いだが、そんな中にも愛を乱すどころか本気で守る奴が混じっているのも知っている……と。
つまり、ルフィはラブヒーローに『
海賊王と同じことを言い、ラブヒーローに気に入られる男、か。
まるで……ロジャーの生き写しのようだな。
「ルフィ君」
「ん?」
「私から、君に頼み事がある」
レイリーが少し、頭を下げる。
一瞬困惑するルフィだが、レイリーが頭を下げるほどの用件だと、すぐに気と顔を引き締めた。
「ラブヒーローはこの先、何か途轍もないことをしでかそうとしている。一体それが何かは分からないが……私ではダメなんだ」
実力が足りず、ラブヒーローを止められないという事ではない。
古い世代で、認められていない私では……ラブヒーローを倒すことはできても、奴を『
だが、今を生きる海賊で、且つ認められているルフィ君なら。
天竜人を殺した日からおかしくなったラブヒーローを……救うことができるかもしれない。
ルフィが険しい顔つきで言葉を返す。
「……白いおっさんがやろうとしていることを、止めてほしいってことか?」
「いや、違う」
そこでレイリーは、ニヤリと笑い。
「この先の海で、ラブヒーローと戦うことがあったなら……
――――奴が
予想とは少し違う頼み事。
だが、ルフィは好戦的な顔で。
「――――ああ!」
と、力強く答えた。
―――――――――――――――――――――
満月の夜。
ボロボロに壊れた海軍本部に差す月光。
明かりのついていない海軍本部の部屋、そこの壁に大きく開いた穴。
そのすぐ傍にテーブルと椅子を置き、満月を眺めながらボリボリとせんべいを食う白髪の男。
男の名はモンキー・D・ガープ。海軍の英雄だ。
ガープはせんべいを食べながら静かに時を過ごしていたが、コツコツと廊下を歩いてくる音が聞こえた。
部屋の中に入り、ガープの向かい側に座る男。
「月を見ながら黄昏るような性格か、ガープ」
「ゼファー……お前もしぶといのう。アレだけの怪我を負ってもう動けるようになるとは」
ゼファーもガープの食べるせんべいに手を伸ばし、カリッと一口かじる。
塩気の効いたせんべいだ。暖かいお茶でもあれば申し分ないが、ここにはない。
二人が何枚かせんべいを食べた所で、ガープが口を開いた。
「もう、ラブヒーローに固執するのはやめたらどうじゃ。悪いが……もうお前の勝てるような相手ではない」
「……そうだな、俺も随分老いた。今の俺では百戦やっても勝てないだろう。だが……」
ゼファーは月を見る。
「家族を助けてくれた恩人が苦しんでいるんだ。それすら助けられなくて、海兵など名乗ってたまるか」
今の今まで、一度たりとも、ゼファーはラブヒーローへの恩を忘れたことはなかった。
何度も戦いを挑むのも、おかしくなったラブヒーローを何とか助けようとしていたからだった。
そんな彼の覚悟を見て、ガープはそれ以上この話題を続けるのをやめた。
代わりに、別の話題を話し始める。
「ラブヒーロー……いや、
ラノア。
それは、ラブヒーローの本名だ。
とある小さな国で、女泥棒の子に生まれた少年。
当時ゴルモンド聖の護衛として仕えていた者が偶々覚えていて、そこからラブヒーローの過去が発覚した。
だが、判明してしまったその過去は……。
ゼファーが呟く。
「珍しい生い立ちだが……ないわけではない。天竜人という存在を世界が認める以上、起こりえることだ。だからこそ……口惜しくて仕方がない」
丸い月。
綺麗な満月の夜だ。
こんなに綺麗に月が見えるのだ、翌日の空は快晴だろう。
悲劇が起こる時は曇りだったり、雨が降ったりなんて言うのは。
どうにも、醜く生きるガキには当てはまらないらしい。
ラノアの人生が大きく変わってしまったあの日も。
腹が立つくらいに、青く澄み渡る空が広がっていた。
これからラブヒーローの過去にもう一度深く突っ込むぞ!!
このペースで進めていくと多分……完結するのは30話ぐらいかなぁ?