愛こそが最高の宝と信じるラブヒーローはどこか壊れてる   作:ペン汁

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ラノアはどこにでもいそうな平凡な子供だった

 

 

 

 10人に1人くらいしか名前を知らないような、小さな国。

 

 そんな国で、ちんけな女泥棒の子に生まれた少年。

 名は『ラノア』。

 

 満足に物も食べられず、常に体は痩せこけている。

 

 

「ラノア」

 

 頭に優しく、母の手の平が乗る。

 肩に当たらない程度に切られた黒髪に、少しくしゃくしゃのタバコ。それを挟む傷だらけの手。

 

「お前の父親は……賢明な男だよ。私みたいな女を捨てたんだから」

 

 父の事は何も知らない。

 ラノアが産まれる前に、母親の前から姿を消していた。 

 

 ではなぜ、今父親の話題を出したのかと言うと。

 

 何かヘマをしてしまったのだろう、銃で頭を撃ち抜かれた父親の死体が目の前に落ちていた。

 

 その父親と抱き合う女性。こちらも頭を撃たれて死んでいる。

 

 死してなお離れないと言わんばかりに力強く抱き合う2人を見て、母が少し悲しそうな顔をしていたのが、印象に残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 俺がちょうど、7歳になって数日の事。

 むかっ腹が立つぐらいに晴れていた日だった。

 

 そんなに大した事でもない、本当に些細な事がきっかけだんだ。

 

 母は病気で、しかもその時は、以前に比べ急速に悪化していた。

 よく口元を押さえて咳き込むし、酷い時には血だって吐く。

 だから俺は、母の泥棒家業を少しでも手伝うと言ったんだ。

 すると。

 

「私の仕事を手伝いたい? 馬鹿なこと言うのはやめなさい!!」

 

 母に頬をぶたれる。

 後ろによろめき、頑丈な宝箱の上に倒れ込んだ。

 その箱は、母が持っている中でも『()()()()()()』を入れておくための箱らしい。『らしい』というのは、実際には中身を見たことがないからだ。

 

 重厚な南京錠が付いていて、その錠の鍵は常に母が持っている。

 稀に開けているところを見るが、中身を見ようとするとバタンと閉じられる。そのため、中に何が入っているのかは全く検討がつかない。

 

「......ッ! ふざけんな!」

 

 宝箱をドン!と拳で叩き、勢いよく立ち上がる。

 怒りのままに、母に向かって声を荒げてしまった。

 

「こっちは心配して言ってるんだぞ! この宝箱の中身を見せないのだってそうだ、何でもかんでも俺に駄目だとかやめろとか言いやがって!!」

「それは......ッ。......泥棒は自分の宝を他人に見せない。自分の宝が盗まれた時、何も文句は言えないから。泥棒を手伝わせないのだって同じ、成果を横取りされたら敵わないもの」

「......それ、本気で言ってるのかよ。俺が母さんの宝を盗むって......そんな事するわけないだろ!!」

 

 本当に些細な喧嘩だ。

 母は落ち着いていたものの、俺の方が今までの鬱憤が飛び出し始め、収まりがつかなくなり。

 遂には家を飛び出してしまった。

 

「待ちなさいラノア!」

 

 

 後ろから呼び止める母の声を無視し、必死に走る。

 些細な喧嘩からの家出。7歳にしては少し早いが、まあ、誰にでもあり得る事だ。

 

 そのまま行く宛もないまま街の中を放浪する。

 母は泥棒、だが病気のせいで動きは鈍り、元々貧乏だったのに最近は拍車を掛けて金がない。

 食べる物も満足になくガリガリな体、虚げな瞳にあまり清潔でない格好をした少年に近づこうとする者などいない。

 

 段々と、足取りが重くなっていく。

 別に街の住民からの視線でプレッシャーを感じている訳じゃない。

 

 あれだけ頭に上っていた血も、数時間も経てば次第に冷めていく。

 母にも悪いところはある!とは思うものの、自分の接し方にも悪いところがあったのではないかと考え始めたのだ。

 

 無我夢中で街を走り、ふらふら放浪している間に、街のあまり治安が良くない所に入ってきてしまう。

 ヒューマンショップなんかがある地域だ。碌な地域じゃない。

 母もこの辺りには余り踏み込まないと言う。

 

 

 すぐに踵を返そうとした瞬間――。

 

 

 ――――ガン!

 

 

「ッ!?」

 

 背後から突然、硬い物で頭を思いきり殴られた。

 たまらず地面に倒れ込み、鮮血がパパッと辺りに飛び散る。

 

「なんだお前。邪魔だえ」

 

 頭だけを動かし、殴ってきた男の方を見る。

 どこもかしこも傷だらけで四つん這いになっている男の上に座る、白い服を着た男。

 鉄製の黒い棒を右手に持ち、その先には血が滴っている。

 

 ラノアは目を見開き、かすれた声を出した。

 

「……て、天竜人……!」

 

 天竜人。別名『世界貴族』。

 この世界で一番の権力を持った者達の事だ。

 天竜人は何をしても許されるし、俺達みたいな平民は何をされても文句は言えない。

 

 まさに別次元の存在だ。

 

 けど、そんなに数もいないはずの天竜人が、なんでこんなところに……。

 

「ゴルモンド様……ヒューマンショップはもう少し先です。このような小汚いガキにかまけている時間が勿体ないかと……」

「ん~……それもそうだえ」

 

 『ゴルモンド』と呼ばれた天竜人の側に立つ、黒いスーツ服の男がそう言った。

 天竜人の周りには、海兵の服を着た男が数人。恐らく護衛だろう。

 中には勲章をいくつか付けた、位の高そうな者もいる。

 

 それにしても、ヒューマンショップ……。

 どうやら、あの悪趣味な奴隷販売店に用があるらしい。納得だ。

 

 天竜人が海兵と黒服を連れて、倒れているラノアの横を歩いていく。

 このまま地面に伏せていよう。

 天竜人の存在は災害のような物、過ぎ去るのを待つのが一番だ。

 

 ベタベタと、四つん這いの男が地面を這う音が段々遠ざかっていく。

 傷口を手で押さえ、静かにその場を離れようとした瞬間。

 

「ん? なんだえ、服に付いたこの血……汚い、汚いえ~!! さっきのガキの血だえ!!」

 

 悪魔みたいな天竜人の声が響いた。

 

「お前ら! あのガキを捕まえるえ!!」

「くっ!!」

 

 すぐに立ち上がって逃げようとするも、傍に仕えていた海兵に一瞬で取り押さえられた。

 腕を後ろで固められ、無理やり天竜人の前に連れて行かされる。

 

「お前、下々民の分際でわちしの服に血を付けるなんて生意気だえ」

 

 生意気と血は関係ないだろ……。

 内心でそう悪態を吐きながら、嵐が過ぎ去るのを心の中で祈る。

 

 奴隷から降りたゴルモンドが、先ほどの黒い棒を取り出した。

 鉄製の非常に硬そうな棒だ。棘が付いてないだけまだマシ……とも言える。

 

 それを思いきり振りかぶり、ラノアの頭を右から左へ思いきり打ち抜いた。

 凄まじい衝撃が走り、頭から流れる血の量が更に増える。

 

 ただ、今意識を失うと、たとえ天竜人に見逃されても失血で確実に死ぬ。

 歯を噛みしめ、消えそうな意識を必死に手繰り寄せた。

 

「……生意気な下々民だえ!!」

 

 渾身の一撃で意識を失わず、耐えようとするラノアに腹を立てたのか。

 再び振りかぶられた鉄の棒が、腹にぶち当たる。

 

 次は頭。腹。腕。

 全身がくまなく殴打されていく。

 

 10分も経つ頃には、全身が赤く腫れあがり、無数の傷だらけになっていた。

 

 傷の量に比例し、血も多く流れ出る。

 ただ、足元に紅い水溜まりを作りながらも、ラノアは必死に意識を手放さないとしていた。

 

 

「ふ~……スッキリしたえ。さて……」

 

 ゴルモンドが血まみれの鉄棒を黒スーツの男に投げる。

 そして懐から一丁の拳銃を抜き出し、ラノアの頭に押し当てた。

 

「…………」

 

 抵抗しようにも、体が動かない。

 背後で固められた腕は微塵も動かないし、そもそも全身傷だらけで体が動かせない。

 

 せめて最後は痛みを感じないようにと、目を閉じた瞬間。

 

 

「――ラノア!!」

 

 

 体が勢いよく揺れ、その数瞬後に響き渡る銃声。

 目を開けると、目の前には汗だらけの母の顔。

 

 困惑した様子の海兵の顔も微かに見える。

 まさか、海兵の手から俺の体をかすめ取ったのか? 泥棒の技?

 

「……なんだえ? その下々民の母親かえ?」

「恐らくは……そうだと思われます」

 

 天竜人と黒スーツの会話が聞こえる。

 そんな会話をよそに、母はラノアの体を強く抱きしめた。

 その時ベトリと、手に生暖かい液体が触れた。手を見ると、紅い血液。

 

「か、母さん……足に銃弾が……!」

「大丈夫、大丈夫だから……」

 

 母の体を抱きしめる力が強まる。

 

「そうだ、いいこと思いついたえ~! おい下々民のガキの方!」

 

 ゴルモンドがポンと手を叩き、懐から取り出した何かを投げつけて来た。

 それはすぐ横の地面にゆっくりと落ちる。

 

 刀身がむき出しのナイフだった。

 一流の職人によって磨き上げられているのか、赤く腫れ上がっているラノアの顔が反射して映っている。

 

 ゴルモンドは殺意が湧くほどに憎たらしい笑顔で。

 

「――お前、その女を刺すえ」

 

 そう言った。

 

 

 ……は?

 『その女』って……まさか、母さんの事か?

 

「お前がその女を刺せば、命は助けてやるえ。だけど、刺さなければ……」

 

 ゴルモンドがラノアに近づき、銃を頭に押し当てる。撃鉄も起こした。本気で撃つ気だ。

 つまり……俺が母を刺せば見逃すし、俺が刺さなければ俺を殺す……そういうことだ。

 

「……ラノア」

 

 母が俺の体を離す。

 そばに落ちたナイフを握り、切っ先を母の方に向けて、両手で持つ。

 

「…………」

 

 死にたくない。生きたい。

 助かるための、希望の一筋も見えた。

 

 けど……母さんを刺すなんて。そんなことできるわけないだろ。

 ただでさえ病気で、病院にかかる金もないんだ。ナイフで刺せば確実に死ぬ。

 

 息が乱れる。

 手も震える。

 多分、涙も流れてる。情けないことこの上ない姿だ。

 

 ゴルモンドが銃のトリガーに指をかけ、力を入れようとする。

 それを見た母が、ゆったりとした声色で話し始めた。

 

「……ラノア。私は泥棒だから。今朝言ったこと覚えてる?」

「え?」

「今まで、ごめんね」

 

 病人で足を怪我しているとは思えないほど素早い動きで。

 母は俺に抱き着いた。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 本当に、むかっ腹が立つぐらいに晴れていた日だった。

 

 こういう出来事が起きる時っていうのは、大抵。

 曇りだとか雨だとか、暗い天気になると相場が決まっているのだが。

 

 こんなにも空が晴れているなんて。

 世界中からお前たちの事なんかどうでもいいって、そんな風に言われている気分だった。

 

「……え?」

 

 空が青く澄み渡っている中、対象的に、目の前は紅く染まっていた。

 

 母の体が背後に倒れていく。

 彼女の腹部には深く、根元まで刺さったナイフが一本。

 素人でも一目で致命傷と分かるほどに、深く刺さっていた。

 

 カンカンに照り注ぐ太陽の光は、まるで目の前の男の気持ちを表しているようだ。

 

「面白いえ、面白いえ~!」

 

 パンパンと手を叩き楽しそうに笑うゴルモンド。

 黒スーツの男が、恭しい言葉遣いで天竜人に言った。

 

「ゴルモンド様、そろそろお時間が……」

「ん? ああ、もうそんな時間かえ」

 

 ひとしきり笑った後、くるりと踵を返す、ゴルモンド。

 俺を掴んでいた海兵たちも彼について行こうとする中、血まみれの手で、海兵のズボンを掴む。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれよ。このままだと母さんが……母さんが死んじゃう。あんた海兵なんだろ……た、助けてくれよ!」

「……」

「おね……お願いします。助けて……助けて下さい!お願いします、お願いします……!!」

 

 額を地面に擦り付ける。

 ただ、海兵は何も言わずに足を払い、そのまま歩き去って行った。

 

「あ……」

 

 何かも奪い去っていった男達が、段々遠くなっていく。

 米粒のように小さくなって、全く見えなくなる。

 

「そんな、嘘だろ。海兵って……こういう時、助けてくれるんじゃないのかよ」

 

 地面に倒れた母の体は熱を持っている。

 ただ、目の前で手を振ってみても反応がない。

 

 

 ……もう、死んでいた。

 

 

「……死んでない。死んでないよ。母さんがそんな簡単にくたばるもんか……」

 

 母の体をおぶり、家に向かって歩き始める。

 7歳の体には余りに重すぎる彼女の体。

 

 傷だらけの体を引きずりながらも、母の体を、家まで運ぶ。

 家の、母が元々寝ていたベッドに彼女を寝かした。

 

「!」

 

 ふと、母の懐で何かが光っているのに気づいた。

 それは、母の宝物を入れている宝箱の鍵。

 

 鍵を手に取り、宝箱を開ける。

 

 重厚な見た目をした宝箱の中には。

 写真が数枚、紙束を雑に纏めた作ったノート、そしてスイカぐらいの大きさの箱。

 その3つが入っていた。

 

「この写真は……」

 

 写真を手に取る。

 写っていたのは、昔見た父、今より少し若い母、その母の手に抱かれている赤ん坊。

 他の写真も似たような物ばかり。三人で写っている写真だらけだ。

 

「母さんの隠してた宝物って……」

 

 紙束のノートと箱を取り出し、テーブルの上に乗せる。

 箱を開けると、中には妙な模様をした巨大さくらんぼが入っていた。片方の実は小さく、片方の実は大きいと、形も少し妙である。

 

 次にノートを開く。

 どうやら……母の書いた日記の様だ。

 

 ペラペラとページをめくっていく。

 

『〇月×日

 最近、病気の悪化が酷い。

 あと5年。いや、3年も生きられるか怪しいぐらいだ。』

 

『〇月△日

 ラノアの体が細い。

 明らかに食事が足りていないんだ。育ち盛りなのに』

 

『×月〇日

 とんでもない物が手に入った。

 ギチギチの実という名前の()()()()……。酒場にいた海賊の懐から盗んだ箱に、まさかこんなお宝が入っているなんて。

 食べれば不思議な能力が手に入るという噂もあるが、もっと重要なのは、一億ベリーはくだらない価値があるということだ。

 

 これだけのお宝、下手に取引しようとすると私が殺されて奪われるなんて可能性もある。

 慎重に、売れそうな場所を探さないと。』

 

 

 そこから、しばらく日付が飛んで。

 最後のページに、昨日の日記がぽつんと書かれていた。

 

 

『△月〇日

 ついに悪魔の実を売れそうな場所が見つかった!

 一億ベリー……物凄い大金だ。

 これだけあれば、ラノアはこの先、そう困らずに生きていけるはず。

 

 父親が別の女と添い遂げるような、不甲斐ない泥棒の母の元で過ごさせてごめんなさい。

 いつも細かい事で、怒ってばかりでごめんなさい。

 満足にご飯も食べさせてあげられなくて、ごめんなさい。

 

 きっと、ラノアは私の事が嫌いだと思う。

 でもそれでいい。

 

 ラノアは賢いから、私が病気で死んだ後にこの宝箱を開けるだろう。

 その時、悪魔の実を売った金が入った宝箱を見て「ほらやっぱり。ケチな母はこんなにお金を貯め込んでいた」と、根こそぎ回収して、上手く使うだろう。

 

 ……ラノアは優しいから。

 嫌いな相手の金でもないと、きっと、盗らないでしょう?

 泥棒には心底向いていないぐらい優しいから……。

 

 この日記もそろそろ処分する。

 万が一ラノアに見られたらいけないから。

 私ももう、いつ死ぬか分からないし。

 

 

 ……処分する日記だし、最後に少し、書いておこうかな。

 

 

 ラノア。

 お母さんは、心の底からあなたの事を()しているから。

 

 

 ずっと、元気で暮らしてね。』

 

 

 

「…………」

 

 紙がぐしゃぐしゃに濡れている。

 目頭が焼けるように熱い。頬を暖かい液体が伝っている。

 

「……俺が優しいって、そんな……。最後に、喧嘩別れした俺が、優しい訳ないだろ……」

 

 この日記を書いた本人はもう、ベッドの上で、二度と動かない骸になっている。

 

 悪魔の実を売った大金なんていらない。

 

 ただ、母さんにもう一度、立ち上がって喋ってほしい。

 謝らせてほしい。泣きわめいて、縋り付いて謝るから。

 

 俺も何か金を稼ぐ方法を見つけるから、2人で金を貯めて、母さんの病気を治そう。

 そしたら……美味しい物を食べたり、色んな所に旅行に行こう。

 

「――……お母さん…………」

 

 鼻の詰まった声で、そう呟いた。

 

 

 箱の中に入った、悪魔の実を掴む。

 日記の中に『食べれば不思議な能力が手に入る』と書いていた。

 

 もしかしたら、母さんが生き返る能力が手に入るかもしれない。

 

 何のためらいもなく、口の中に入れ、咀嚼する。

 死ぬほどまずい。 

 それでも咀嚼を続け、ゴクンと飲み込んだ。

 

 

「……あ」

 

 飲み込んでみて、分かった。

 詳細なことは分からないが……心の何処かで感じた。確信してしまった。

 

 『今手に入れた能力は、人を生き返らせられる能力ではない』

 

 

 顔を両手で覆う。

 

「馬鹿だな……俺。大金に換えられる実を食べて、その上、母さんも助けられないなんて……」

 

 呆れるほどに馬鹿だ。

 どうしようもない。

 

 

 こんな馬鹿に、この先生きる価値があるのか?

 自分を責める言葉ばかり浮かんでいく。

 

「母さん。俺の事、本当に愛してくれていたの?」

 

 ベッドの上に横たわる母の骸に近づき、そっと持ち上げる。

 家の外に出て、すぐそばにある、山の中へと入っていく。

 

 しばらく歩き、このクソみたいな街を一望できる見晴らしのいい丘に着く。

 ここは他に人が訪れない、いわゆる秘密基地のような場所だ。

 

 母の体を傍に降ろし、地面に手を当てる。

 

「圧縮」

 

 まるでスプーンで綺麗に削り取ったように、一瞬で深さ1mほどのクレーターが出来上がった。

 

「馬鹿な俺を愛してくれるのなんて、きっと、母さんだけだよ。この先もずっと……」

 

 クレーターの中に母を降ろし、圧縮した土を解放。

 優しく、母の上に土をかけていく。

 

 土を完全にかけ終わったところで、その場にあぐらをかいて座り込んだ。

 

「俺もそっちにすぐ行くから。いっぱい……謝らせてよ。話も……」

 

 手に持つのは、母を刺し殺したナイフ。

 両手でしっかりと持ち、首筋に当てる。

 

 

 ――瞬間。突風が吹いた。

 

 傷つき力のあまり入らない体が後ろに倒れ込むほどの勢いだった。

 砂が目に入り、刃物から手を離し、両目をこする。

 

 目を開いた時、一目散に視界に飛び込んできたのは。

 青く澄み渡った空と、白く輝く太陽だった。

 

「…………」

 

 世界のどこに行ったって、この空は続いている。

 太陽はいつもこちらを見下ろしている。

 

 さっきの突風は。もしかして、母が止めてくれたんだろうか。

 ……いや、ただの偶然だろう。

 

 ただ……もう一度、ナイフを握る気は、なくなっていた。

 

 太陽を見上げながら、ゆっくりと立ち上がる。

 

「死のうとしてごめん、母さん。

 

 誰も俺を愛してくれないなら……俺は、誰かの()()()()よ。

 もう二度と、俺みたいに、愛してくれる人がいなくなるような世界を作らないために……。

 

 優しいって言ってくれた母さんを、失望させないために。

 誰にとっても優しい……愛を守るラノアとして生きていくよ。

 

 だから、このどこまでも続く空を通して見ていてほしい」

 

 

 空も母の墓も、何も答えない。

 けど、それでよかった。

 宣言して……この先も生きていこうとすることが大事なのだ。

 

 そうして、いつか向こうに行った時。

 母に、立派に生き抜いたと誇れるようなラノアになっていよう。

 

「じゃあ……母さん。バイバイ」

 

 

 

 踵を返し、山を下る。

 天竜人を乗せて来たであろう船が泊まる港。

 その目につきにくいところにある、ずっと誰も使っていない木製の小舟に乗り込んだ。

 

 この島にもう滞在する気はない。

 世界の何処かで困っている誰かを助けに行く。

 

 ……本音は、この島に居続けるのが辛いからだ。

 

 船に乗り、沖に漕ぎ出してから、壁にもたれ込むように座る。

 そして、声を殺して静かに泣き始めた。

 

 いくら気丈に振るまっているといえど……まだ世の中のことを何も知らず、十分な成長もできていない7歳児に過ぎない。

 

 

 

 ――強い精神的ショックにより、ラノアは自身の名前と記憶を失ってしまう。

 

 そのまま船で海の上を漂い、いつしか彼は嵐に見舞われる。

 

 今、どの海のどの辺りにいるのかもわからず、数日が経った頃――。

 

 

 殆どの記憶を失い、『愛を守る』という強い思いだけが頭に残った少年が、『世界のゴミ捨て場』と呼ばれるゴミだらけの島に漂着したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 忌まわしい記憶。

 それと同時に、大切な記憶だ。

 

 己の不甲斐なさを恥じると共に、母を殺した男……天竜人の顔が脳裏に浮かんでくる。

 

「ゴルモンド……」

 

 ラブヒーローはそう呟き、上を見上げる。

 彼の前には赤い土の大陸(レッドライン)の、頂上が雲に隠れて見えないほどに高い崖があった。

 

 この崖の上に、天竜人が住む場所。

 マリージョアがある。

 

 ラブヒーロー……ラノアはぐぐっと拳を握り締め、マリージョアに向かって飛んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




超難産でした。納得いかず5回も書き直してしまった。
しかも7000文字と、今までの話より長い。

次は翌日に投稿できるよう頑張ります。
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