たこ焼き可愛いな~って思ったら食べたくなってきた

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のらたこやき

 じりじりと焼け付くような暑さの昼だった。昨日降った雨のせいで、草の手入れをしていない庭がとても青臭い。遠くの空には入道雲がもくもくと聳え立っており、まるで大きな白い山のようだった。

「あっちぃー……」

 俺は縁側に座り、うちわでパタパタと首元をあおぐ。そろそろエアコンの掃除でもしようかと思ったところで、庭の隅の草むらになにやら蠢くものを見つけた。虫か、猫か……いや、違う。

「柵、すり抜けてきたのか?」

 立ち上がって近付くと、そいつらは慌てて逃げようとする。しかし俺は素早くそれの後頭部を掴んだ。指先にほんのり熱を感じる。見ると、直径五センチほどある成体のたこ焼きだった。背中に焼印が押されてないから、恐らく野良だろう。あんまり強く摘むと皮を剥いでしまうため、慎重に手の上に乗せる。そのまま立ち上がると、危険を察知したのかその場で動かなくなった。どうやら野良一家らしく、残りの三体が俺の方を見つめている。母親と息子と、多分赤ん坊。俺が捕まえたのは父親のようだ。お母さんたこ焼きの頭にはぽっかり穴が開いている。雨にでも打たれてしまったのだろうか。かかっている青のりも、どことなく萎れている感じがする。

「うーん、どうしたもんかな」

 たこ焼きを手の上で転がしながら、家の中へ入る。台所にある適当な平べったい皿にラップをかけて、そこに父親をぽんと乗せた。さすがに野良をそのまま皿に置くのは抵抗がある。庭に戻ると、草むらへ母親と子供が隠れようとしている最中だった。それもまとめて皿へと移して、室内に戻った。まず治療からせねばなるまい。スマートフォンで調べると、どうやらたこ焼きのタネは薄力粉や水、卵やだしなどから作られるらしい。別の味が混ざるとどうなるか分からないので、だしを除いた三種を混ぜ合わせ、母親の窪んでいる箇所に注いだ。成体たこ焼きはある程度の熱を持っているので、暫くすると皮膚に定着するらしい。ひとまずはこれで大丈夫だろう。治療が終わると、たこ焼き一家は皿の上をもそもそと落ち着かない様子で動いている。赤ん坊と見られる一番小さな個体を指で撫でてみた。

「きぃぃ……」

 赤たこ焼きは心地良さそうに声をあげる。成体より感触が柔らかく、熱もあまりない。さながら焼かれる前のたこ焼きだ。ふにふにした手触りが癖になって、何度も撫でてしまう。野良だし、手を洗っておいた方がいいかもしれない。台所に戻ってふと考える。こいつら、飯は何を食べるんだろうか。道端で雑草を食んでる印象はあるが、中にはたこ焼きを飼っている人もいると聞く。

「へえ、一般的には鰹節、青のり。他にも色々あるんだな」

 悲しいことにどちらも今切らしていた。仕方がないのでマヨネーズをラップの上に垂らす。たこ焼き達はきゅぴきゅぴ言いながらそれを舐め始めた。どうやらお腹が空いていたらしい。落ち着かなさそうにしていたのはそのせいだろうか。

「他になんか食わせられそうなもん、あるかなあ」

 棚を漁る。おかかのふりかけ、天かす、紅生姜。見つけた適当なものを、ラップの上に敷いていく。目を輝かせながらそれに食いつくたこ焼き。見ているとかなり可愛く、小動物感がある。これを愛でる人の気持ちもなんとなく分かる気がすると思った。

「お? お前はそれ食べないのか」

 母たこ焼きは紅生姜を口に含むや否や、顔をしかめてしまった。ぺっ、と吐き出すようにしてラップの上へ戻す。子と赤ん坊がその両端に食いついて、ぼりぼりと食していた。たこ焼き達にも好き嫌いがあるらしい。生きているならそれぐらいあるだろうし、折角だから好きなものをやってみたい。気紛れで拾ってしまったが、案外面白いかもしれない。

 

 俺は次の日、スーパーまで自転車を漕いで、本命の鰹節と青のりを買ってきた。留守中、たこ焼き一家は皿の上で身を寄せあって眠っていたが、鰹節をそばに置くと皆弾けるように起き上がった。面白いぐらいに反応してくれる。パラパラと撒くと、夢中で啄み始めた。特に赤たこ焼きは、相当気に入ったのか貪るように鰹節を咥えている。

「きっ、きーっ!」

「うまいか、うまいだろ? やっぱりたこ焼きって言ったら鰹節だよな!」

 言いながら俺は赤ん坊の頭を撫でてやる。昨日より少し柔らかくなくなった気がして、この子も成長途中なのだと実感した。青のりも景気よくばーっと皿にかけてやる。それにも一家は食いついていく。野良だったし、こういう餌を食べられるのは初めてなのかもしれない。俺はたこ焼き達の境遇に思いを馳せる。縁側の下で生まれて暮らし、雑草や虫を食べてきたであろう彼らからは、たこ焼き特有の美味しそうな匂いはしない。というか、むしろ泥臭い。母親の傷を埋めるために流したタネは固まったものの、そこだけが汚れていなくて変に目立ってしまっている。

「正直汚いし洗いたいけど、たこ焼きだからなあ……」

 素人知識で水につけてふやかしてしまったら、それこそ手の付けようがなくなってしまう。子供たちも、自分の親がふやけて真っ二つに裂かれる光景は見たくないだろう。そんな残酷なことはできない。

「……ぷ!」

 ぼんやり考えている内に、一家は出された餌を食い尽くした。父たこ焼きは豪快にゲップまでする。たらふく食べて、幸せだという表情を浮かべていた。あげすぎもよくないだろうし、俺は棚の中に鰹節と青のりをしまった。

 

 たこ焼き達との共同生活三日目。家に帰ってきた俺は、まず香ばしい匂いに驚いた。発生源はどうやら居間のようだった。やはりというかなんというか、たこ焼き一家の皿の上から匂いが漂ってきていた。俺は一体一体摘んで匂いを嗅ぐ。父、母、子は昨日の泥臭さのままだった。赤たこ焼きを慎重に摘んで、鼻先へと持っていく。明らかにこいつだけ匂いが違う。

「うわ……めっちゃいい匂いするな」

 これにはさすがに驚いた。昨日あげた餌のせいだろうか。確かにバクバク食べていたし、内部構造が変わったのかもしれない。親はきっと中身が完成されているから、簡単に匂いが変わらないのだろう、そう思うことにした。しかし、それにしてもうまそうな匂いだ。自然界にこんな香りを発するものがいたら、野生動物に食べられてしまいそうですらある。

「そうか、なるほど……」

 野良たこ焼き達は多分、あまりおいしくないものを食べることによって、自分達の匂いを抑えているのだ。と、なんだか妙に納得してしまった。しかしそうなると、この赤たこ焼きはどうしたものか。自然に帰すことが難しくなってしまった。外に放り出したら、すぐさま猫にでも咥えられてしまうだろう。

「今から草食わせるのも可哀想だしなあ」

 興味本位で拾っていいものではなかったのかもしれない。腹を空かせては可哀想なので、今日はとりあえずマヨネーズを搾っておいた。たこ焼き達はそれを大喜びで舐め始める。

「でも、部屋にずっとたこ焼きの匂いをさせるのもなー……」

 飼育ケースの中で飼えば、匂いも多少マシになるかもしれない。寝ぼけてうっかり踏んだら大惨事になるし、いい加減皿の上に置いておくのはやめておこう。物置を掘り返してみたが、虫かごしか入っていなかった。やれやれ、明日買いに行ってくるか。俺はたこ焼きの匂いと共に、眠りに落ちた。

 

 やってしまった。とうとう耐えきれなかった。

 朝、こんがり焼けるような匂いで目が覚めた。皿の上の赤たこ焼きの頬に、焼け目が付いている。恐らく、隣で寝ている母親の熱で出来たものだ。そいつは視覚と嗅覚、ついでに空腹に訴えかけてきた。俺はまだ眠っている赤たこ焼きをひょいと摘むと、水でひと洗いして口に放り込んだ。

「うっめえ……」

 食感は柔らかくて、到底たこ焼きとは呼べないものだったが、味は程よく濃くておいしい。香ばしい匂いが鼻から抜けていく。本能からの行動とはいえ、我に返ると罪悪感に襲われた。

「いや何食ってるんだ俺。昨日まで可愛く育ててたんだぞ……」

 自然界に帰しても遅かれ早かれ食べられる運命だったとはいえ、ここで俺が食らうのはないだろう。もしかしたら赤ん坊がいなくなったことで、一家は混乱しているかもしれない。俺は皿まで戻って、そこで絶句した。

 たこ焼き一家は思いきり逃げ出していた。縁側の方に、父親の背中が見える。もう消えるところだった。慌てて追いかけようと思ったが、思いとどまって足を止めた。きっと俺が食するところを、一家の誰かが不幸にも見てしまったのだろう。

「ごめんな、たこ焼き達……」

 縁側の下へ飛び降りていく彼らの背中を、そっと見送った。

 

 夏は終わっていない。入道雲は街に夕立を降らして、どこか遠くに去っていく。涼しくもならず、蒸し暑さが増すだけだった。庭に降りて大きく伸びをする。夕日が雲間に隠れながら沈むところだった。大して風も吹いていないのに、草むらが揺れた。

「おいおい、またかよ?」

 視線の先には、のそのそと動く丸い物体がいた。一回軒下をきちんと見た方がいいかもしれない。俺は地面をとことこ歩く成体たこ焼きの背中を摘んで、手のひらに載せる。たこ焼きは俺を見て、身体を不思議そうに傾ける。

「ふぃ?」

「今度は上手くやれるかなあ」

 思えば、最初から四体は欲張り過ぎたかもしれない。一つなら虫かごでも育てられるだろう、多分。最初は草から食べさせてみよう。欠伸をしながら、家の中へと戻った。たこ焼きとの共同生活は続いていく。

 



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