表紙をみた瞬間、雪波はとある人との約束を思い出した。
「5年経った今だって、忘れてないよ‥ユイハ‥‥」
このノートはとある少女の記憶のノート。
懐かしくなって彼女はノートを広げた。
太陽の光が輝く昼下がり。
街路樹の葉っぱが青々となびき、夏の訪れを感じる時期。
肩まである黒髪を風になびかせながら、唯波(ユイハ)は、信号が青に変わるのを待っていた。
ぼんやりと空を見上げると、大きなひつじ雲が頭上を流れ、いかにも夏らしい色を出していた。
そういえば、夕方あたり雨が降る予報があったなと思い返しながら、動き出した人の波に乗って、横断歩道を歩き出した。
コンビニやビルが立ち並ぶ歩道を抜けて、そろそろ学校が見える距離に差し掛かった時、唯波は異様な光景を目の当たりにした。
本来は書道専門店がある敷地に、ぽつんとオレンジの鳥居があるのだ。
アニメや漫画でよくある展開に驚きつつも、授業開始にはまだ余裕があるので立ち入ってみようと向かった。
敷地に入ると、さっきまでの都会の景色が消えて鳥居を囲むように、唯波の視界は森で埋め尽くされた。
鳥居の先には何もなかった。
ひとまず、授業もあるし帰ろうと態勢を変えようとした瞬間、頭上から気だるそうな声が降ってきた。
「ちょっとぉぉ気づけよぉ」
視線を上げるとそこには頭を地にして浮く烏帽子を被った青年がいた。
彼は持っていた葉っぱのうちわを唯波に突き出し、
「あんた、死んだって自覚、ある?」
眠そうな目で、しかし凛とした声で問うた。
唯波は正直ピンと来なかったし、死んでも特に後悔はなかった。
むしろ後悔するほど執着するものがなかった。
「死んだ自覚はないですし、死んだら普通は黄泉の国に行くのではないのですか?」
青年は背に羽があるかの如く、地に着地して唯波に向き合った。
「まぁあんたが自覚ないのならそれはそれでいいや。
だが、こちらとしてはあんたが簡単に逝ってもらっちゃ困る事情がある。」
「その事情とはなんでしょう?」
一息つき、青年は言った。
「あんたには"代理の神様"をやってほしい」
頭の回転が良いほうではない唯波だが、突然死にました宣言を受け、さらに神様になってくれと言われて対応できる人間は数少ないだろう。
少し考えて唯波はおもむろに、
「つまり、神になるかわりに現世の命を捨てるように仕向けた、という取り方で良いでしょうか」
背中をボリボリかきながら青年は言う。
「まぁ今の話をきいてしまえばそう捉えかねないけど、現実世界の君は無差別殺傷事件に巻き込まれて体は死滅している」
自分が死んだとわかった今、授業遅刻の心配もなくなった。唯波は青年を見据えて言った。
「じゃあ代理の神様とやら、やります」