約八十年前。
『エルロード・シュトロイム』という政治家がいた。
地球連邦軍の最高司令官を務め、勇退した後に地球連邦政府の大統領となった男であり、名家の生まれでもなければ、後ろ盾があるわけでもない能力のみでのし上がった男だった。だからこそ、民衆はエルロードを支持した。
エルロードが大統領に着任した当時、連邦政府のシステムは既に限界を迎えていた。数十年前の月のテラフォーミング計画の失敗と計画自体の抹消から始まり、歯止めのない人口増加、行き過ぎた社会保障が予算を食い散らかし、政治は安定せず、同じ志の元に集ったはずの連邦加盟国には不和が生まれていた。
しかし、エルロードにとってそれは好ましいことだった。
エルロードが求めたのは闘争であった。弱者救済を投げ捨て、思想という名の暴力をぶつけ合い強者のみが生き残れる世界、それがエルロードの理想であった。自らに従わない者、意に反する者、挙げ句の果てには無能な味方に至るまで、エルロードは徹底的に武力で制圧していった。
過激かつ狂気とも言えるエルロードの思想が支持を集められた理由は圧倒的なカリスマ性のみならず、連邦大統領という身でありながら自らも戦場の最前線に立ち戦果を上げ続け、自らの優秀さを誇示し続けたことだろう。偉大なる指導者であるエルロードの元で戦えば、自分も偉大なる民衆の一人であるという錯覚や、困窮する社会の中で質の高い社会保障を受け続ける"弱者"への憤りなどにより、人々の戦意も歯止めが効かなくなっていった。
そして、エルロードの元に集められた暴力に対抗するために、他の勢力も武器を取り戦うしかなくなった。
これが、後に『終末戦争』と呼ばれる大規模な武力衝突の始まりであった。
「──というのが概要さ。おそらくはアカム氏はエルロードの高い操縦技術のセンスを隔世遺伝でもしたのだろう」
「ふーん……ていうか、前聞いた文明滅亡の理由と少し違くない?」
レイの語った文明滅亡の理由には、そのエルロードという人物は一切出てこなかったという純粋な疑問。
「私としては、終末戦争はエルロード・シュトロイムが引き起こしたのではなく、あくまできっかけの一つにすぎないと思ってるからね。末期の旧連邦が限界だったのは事実だし、遅かれ早かれ武力衝突は起こっていただろうさ」
「文明を滅ぼすほどの大戦争に発展するのも?」
「私たちから平穏を奪っている殺戮ロボ兵器は、エルロード・シュトロイムとは別の勢力が作ったものだ。結局、末期の旧文明の人々にとって、争うことは必然だったのさ」
なるほど、レイの見解からはエルロードに話す必要はなかったということね。
「……アカムがいつも辛気臭い表情している理由がわかったかもしれない」
「ほう? 聞こうか」
「贖罪なんだよ。アカムにとって生きてること……戦うことは、先祖の罪の」
村長が言っていた村の人たちたちと距離を置いているというのは、自分の先祖が平和な世界を奪ってしまった負い目からだったというわけだ。独りで戦い続けるのもそういうことだろう。
「そんな察しの良さがあるくせに、どうして人間関係の構築が苦手なんだ君は」
「人のこと理解するのと、仲良くなるのはまた別でしょ。でも、アカムとは仲良くしたいかな」
正直、アカムが思い悩む必要があるのかはよく分からない。自分が生まれる前に自分の先祖がした罪を償うことも、そのために村の人たちと距離を置くことも。
けど、それを否定するつもりはない。人には人の背負うものがある。私の夢のために敵うはずのない戦いに挑もうというのも、他人にとっては馬鹿げた絵空事だろうし。
「村長の見立ては正しかったかもしれないわね」
「どうしてだい?」
「やっぱり、私が適任だよ。だって、月生まれの私には、そのエルロード・シュトロイムとかいう人は関係ないし」
「……確かにね」
「とりあえず今日はもう寝るよ。色々疲れた」
「あぁ、おやすみ」
そしてまた明日もアカムに付き纏おう。
*
「……今日も来たのか」
「まぁね。アカムさんに教えてもらいたいことはたくさんあるから」
「……呼び捨てで良い。『さん』をつけられるとむず痒くなる。それに……」
昨日の今日で意気揚々とコンテナに入り込んできた私を、呆れたような目で見るアカム。
「操縦についてはもう教えただろう? これ以上俺に付き纏うな」
「なんで?」
「なんで……って、俺は……いや……」
言いかけて詰まる。
私は気遣いができない人間なので、ここで攻めることにした。
「エルロードって人のこと?」
「……っ」
その名前を聞いた瞬間、アカムの表情が歪む。
私の推測は正しかったようだ。
「知って……いたのか」
「知り合いに歴史に詳しい子がいてね。アカムのフルネームでピンと来たらしくて……アカムが何を背負って戦っているのか知っちゃった」
「……そうか」
アカムは観念したような表情に変わる。
「そうだ……俺は人類滅亡を齎した男の子孫さ」
そして、自らを嘲るように吐き捨てた。
「俺の先祖が過去のそして今を生きる人々の自由と平和を奪った。その穢れた血を継ぐ俺ができることなど……戦って戦って、戦って死ぬことだけだ。だから、俺は有難がれるような人間じゃない。村の人たちに俺の出自を話していないのは俺の弱さだ。俺にはあの村の人たちの暖かさに触れる資格などない」
アカムは、ただただ哀しい目をしていた。
でも、アカムがこの村の人たちが好きなことをちゃんと確認できた。
「……別に、負い目があるのに無理して他人と関われなんて言わないよ。でも、あなたの負い目が地球に生きる人たちの平穏を奪ったことって言うんなら、私には関係ないし、私にだけは普通に接してくれてもいいんじゃない?」
「……どういうことだ?」
「アカムの秘密を暴いちゃったから、私の秘密……ってほどじゃないけど、教えるね」
そしてこれが、アカムにとって私が適任な理由でもある。
「私、月から来たんだ」
「…………え? つ、月? 月って、あの……宇宙の?」
「うん。まぁ、そういう反応になるよね……」
「あ……あぁ」
「えーと、終末戦争よりもさらに昔に『ムーンノイド計画』っていうのがあって、その『ムーンノイド計画』ってのは……えっと……あーもう、説明めんどくさい! とりあえず私についてきてよ! 話ができる友達がいるからその子に任せる!」
「え、あ、あぁ」
アカムの手を引き、私たちの小屋に招く。
正直レイとアカムを会わせたくはなかったけど(私そっちのけで仲良くなられたくないから)、こういうのはレイに任せた方がいい。
*
「ほぅ、君がアカム氏か。私はレイ。レイ・キリシマだ。よろしく」
「アカム・シュトロイムだ。よろしく」
「……」
「どうしたんだい、ゼシル?」
「いや、なんでも」
レイは態度や言動には出していないものの、アカムに対する視線からは羨望のようなものを感じた。
出会ったばかりの時、月での生活について話す私に向けた視線と同じもの。
レイ流に言うならば、エルロード・シュトロイムの子孫たるアカムも『旧文明の遺物』なのだろう。レイは私と違いデリカシーがあるので決して口にしないだろうけど。
「さてゼシル、私からアカム氏に説明すればいいんだっけ?」
「うん。面倒だから。レイの方が説明上手そうだし」
「ふむ。いいだろう。アカム氏」
「ん?」
「君はムーンノイド計画というものを知っているかい?」
「……聞いたことがないな。ゼシルがそのムーンノイド……というものなのか?」
「そうだよ。始まりは200年前のことだ────」
レイの口から、ムーンノイド計画の失敗と地球帰還作戦で地球に降りた私の経歴が語られる。
わかりやすい説明だけでなく、知っている私ですら興味が惹かれるような見事な話術。アカムも感心しながら聞いている。レイに任せて良かった。
「────ということだ。つまりは……」
「私の生い立ちに、エルロード……旧連邦は関係していないってこと。だから、アカムは私に何も負い目を感じる必要はないの」
「……最後まで私に説明させてくれないかい」
レイの不満げな顔をスルーし、続ける。
「さっきも言ったけど、アカムに思うことがあるんなら他のみんなと無理に接する必要はないよ。けど、私の前では辛気臭い顔しない。わかった?」
「あ、あぁ……了解した」
私に押し切られたアカムは、深呼吸して憑き物が落ちたような穏やかな笑みを浮かべた。
「……少しだけ……肩の荷が降りたような気がする。俺はずっと……誰かに話を聞いてもらいたかったのかもしれないな……」
村長の頼み通り、アカムの心を開くことに成功した。
正直できるかわからなかったけど、やってみればできるものだな。
加えて、あわよくば戦機操縦の稽古をつける約束をしてしまいたいものだ。
「けど、村の人たちに俺の出自を明かすのは……少し待ってくれないか?」
「別に私たちからは話したりしないから、覚悟が決まったら自分で話しなよ」
「すまない、そうさせてもらう」
後は、アカムとこの村の人たちの問題だから、私たちが口を出すことじゃない。
「しかし驚いたな……月に人間が住んでいるとは……加えて、レイがそのムーンノイド計画を知っていることにも」
「私もゼシルと会うまでは御伽噺のようなものだと思っていたさ。空から降ってきたゼシルに冗談半分で聞いてみたら、あまりにもわかりやすい反応をされてね」
「確かに……ゼシルはそういうところがあるかもしれないな。戦機の操縦にも現れている」
「ほぅ? というと?」
「動きはいいんだが、それ故に読み易い」
「成程。君ぐらいの操縦技術だと、ゼシルですらそうなってしまうものか。そうだ。君の機体についても色々と教えてくれないかい?」
「構わない」
「君のルシフルには追加で武器を装備していると言ったね? 機体のバランスを崩すことなく、武器を足す秘訣というものはあるのかい?」
「ああ、それは────」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って! 私もいるんだけど⁉︎ 勝手に二人だけで盛り上がらないでよ!」
あーもう! これだから二人を会わせたくなかったんだよ! 私が蚊帳の外になりかねないから!
……でも、レイとアカムが楽しそうだから、それはそれで良……いや、良くない!