『お姉ちゃん、地球帰還作戦に志願したって本当?』
『……うん』
『どうして……?』
これは……おそらく夢だ。
私が士官学校を卒業し、兵士になったあの日の記憶を夢で見ているのだろう。
両親が早死にし、妹のゼラと二人で貧しい暮らしをしていた私たちが唯一貧困から脱する方法は兵士になることだった。
加えて、政府が地球帰還作戦なるものを計画していることは一般市民にも知れ渡っており、地球の青空を見るという私の夢を叶える一番の近道として、私は兵士になることを選んだ。
兵士になり地球帰還作戦に志願した私は政府からの手厚い援助を受けることができ、以前より広く綺麗な家に引っ越すことになった。
しかし、ゼラは喜んではいなかった。
当然だ。唯一の家族が危険な職に就き、果てには命を落とすかもしれない作戦に志願しようとしているのだから。
『……お姉ちゃんには感謝してる。お姉ちゃんが兵士になったから、私たちはもう食べるものにも困らなくなったよね。毎日暖かいお風呂に入れるようになった。寒さに震えながら寝ることもなくなった。けど……』
『……』
『私は、今の贅沢な暮らしよりも、お姉ちゃんがいつも側にいてくれたあの頃の方が……私は幸せだった』
『……ごめんね、ゼラ』
『ううん、こっちこそ……ごめん』
これが妹とした最後の会話だったと思う。
つまるところ、私は夢のために妹を捨てた最低な姉なのだ。
*
目が覚めた。
見知らぬ天井。コックピットの硬い椅子ではなく、柔らかいベッド。
身体中が痛むが、幸い骨は折れていない。
起きて身体を慣らせばすぐに動き回れるだろう。
「……さて」
これからどうしよう。
今すぐにでも外に飛び出て地球の空が見たいのだが、窓から差す光が大して明るくはないため、おそらく曇りという天気なのだろう。月コロニーの天気は人工的に操作してることにより晴れしかなかったから、曇りというものは新鮮だ。
そんなことより、私は今どのような状況に置かれているのだろうか。地球の政府関係者に囚われ拘束されているか、心優しい何者かに拾われ休養させてもらっているか。
おそらくは後者だろう。あまりにもこの部屋の生活感がありすぎて、何かの施設だとは思えないからだ。建物自体が古いからか少し小汚い部屋だが、整理整頓が行き届いている。この部屋の主はマメな性格なのだろう。部屋は散らかすタイプである私とは真逆だ。
「……おや、目が覚めたみたいだね」
声とともに、部屋の主らしき女性が入ってきた。
黒い髪、身長は私より低く、ダボダボなコートを身に纏っている、年齢は見た目からして私と同じぐらいだろうか。
ボサボサの髪型と目の隈が濃さで隠れているが、意外と整った顔立ちをしている。
「調子はどうだい?」
女は気さくに話しかけてくる。素性の知らぬ私を怪しむ様子もない。
むしろ、その視線からは強い好奇心が向けられていることがわかった。
「……身体中が痛みますが、動くことに支障はないと思います」
「見た感じ歳は近いんだ。タメ口で構わないよ」
「なら、そうさせてもらうわ」
丁寧語は窮屈で好きじゃないから助かる。
「君、どこから来たんだい? あんな飛行機に乗って」
「それは……」
まぁ、聞かれるだろう。
さて、どうしよう。適当に誤魔化そうにも、私は嘘が下手なので、すぐに言葉が出てこない。
「ここら辺の人間じゃないから、別の大陸かな? いや、それよりももっと遠くかな? 例えば……宇宙、月とか?」
いきなり図星を突かれ、表情が強張る。
「あれ? その反応……まさか本当に……?」
しまった。表情に出過ぎた。
おそらく、この女は冗談で言ったのだろう。しかし、私の表情はそれが真実だと知らしめるのに充分な証拠になってしまった。
「は……ははっ、今日はなんていい日だ! あくまで都市伝説としてしか記録されていなかった月移住計画が、実在したものだと知れるなんて!」
「……は?」
女は嬉しそうに目を輝かせ、私の隣に座る。
「ねぇ君! あの飛行機で大気圏を超えて来たのかい⁉︎ 旧連邦の防衛システムを超えたのかい⁉︎ というより、まず月の人間はどうやって、どんな環境で生きているんだい⁉︎ あぁ、聞きたいことが多すぎる……!」
「ちょ、落ち着いて……」
「ごめんごめん! 自己紹介もまだだったね! 私の名はレイ。レイ・キリシマだ。よろしく! 君の名前は⁉︎」
「えっ、あ、名前、ゼシルよ。ゼシル・ゼオン」
「ゼシル君か! よろしくねぇゼシル君‼︎」
急に年相応の可愛らしさを見せ始めながらもマシンガントークを始めるレイに困惑し、言葉が詰まる。
しかし、レイは何か目論見があるのではなくただ好奇心だけで私に詰め寄ってきていることは一目瞭然で、だからこそ悪い気はしなかった。むしろ、洗いざらい全てを話して楽になりたくなった。
「ええと、どこから話そうか。とりあえず、あなたの思っている通り、私は月の人間よ」
そして私は全てを話した。
私たち月の人間たちのこと。地球帰還作戦のこと。それが失敗に終わったこと。
目の前のレイが、あまりにも私の話を楽しそうに聞くものだから、勢い余って士官学校の思い出話に至るまでたくさんのことを話してしまった。
「とてもいい話が聞けた。あぁ……出会って間もないが、既に君に会えてよかったと思っているよ……!」
「ぁ、ありがとう。あと、こっちからも聞きたいことがあるんだけど」
「いいよいいよぅ! なんでも聞いてくれ!」
「さっきあなたがさらっと言ってた言葉。"旧連邦"って、何?」
レイが口にしたその言葉を私はずっと気になっていた。
「そうだねぇ。月では、旧連ぽ……いや、地球連邦政府のことはどう言われているんだい?」
「地球連邦政府は貧民を月に追い捨て、残った者たちで豊かな暮らしをしている……って感じかな」
「なるほどね。君がやけに私を警戒していたのも、そういう理由かな。月の民は地球人が嫌いなわけだ」
「別にしてないし、嫌いでもないわ」
「そうかい? なら、君に嫌われてなくてよかったよ」
出会って間もないのに、レイからの好感度がやけに高い気がする。それだけ私の話を楽しんでもらえたということだろう。
ちなみに、私からもこのレイの好感度は割と高かったりする。自分の話を楽しそうに聞いてくれる人というものは、それだけで気を許せてしまうものだ。
「まぁ、何が言いたいかというと、私は君に会うまで月のことなんて何も知らなかった。そして、逆もまた然りということさ」
「どういうこと?」
「単刀直入に言おう。君たちの月の人間の言う地球連邦政府は、七十年ほど前に完全に崩壊している」
「……え」
「そうだね。少しずつ説明していこうか」
月の人間たちが憎んでいた地球連邦政府は既に存在しないものだったというのは、衝撃の事実であるが、月への帰属意識も特にない私にとっては、あまり感情が動かされるものではなかった。
レイ曰く、地球連邦政府は元々派閥が分かれており、度々権力闘争が起こっていたようだが、財政の逼迫や宇宙進出計画の失敗、それらをはじめとした様々な問題が一気に奔出し、ついに分裂して戦争が起こってしまったとのこと。初めは小規模な武力衝突だったが、世界中に戦火が広がっていき、果てには世界中を巻き込んだ大戦争になった。そして、社会どころか文明は崩壊し、地球人類の99.9%は死んだと言われているらしい。
また、大戦争の影響で、殆どの土地は死に、旧大都市には、廃墟の中を無差別殺戮ロボットが徘徊している。今のこの星は、人間が暮らしていける土地も限られている。
無差別殺戮ロボットというのは、戦争に使われていた自動ロボ型兵器が、他勢力の流したコンピューターウイルスによってバグを起こし、全ての人間を対象に無差別殺戮を繰り返すようになってしまったもの。私が超えてきた対空防衛システムも、その無差別殺戮ロボットのようなものらしい。元々は、衛生軌道からの攻撃を防ぐためのものだったが、今では宇宙と地球を分断する魔物へと変貌してしまった、ということだ。
地球の惨状を聞いた率直な感想は、驚愕より安心。
軍人になり地球に降りなければ、私は死ぬまでこの事実を知ることはなかっただろう。
真実を知らずに死んでいくのは、なんか嫌だし。
「……七十年も前のことなのに、詳しいのね」
「私の趣味なんだ。旧文明の資料を探すことがね。月の民である君は、生きた資料のようなものだよ」
"生きた資料"という言い方少し嫌だが、おそらく悪気はないのだろうからスルーする。
「さて、君はこれからどうするんだい? 話を聞く限り、君はもう故郷への執着はなさそうだし」
「そうね……」
その時、ぐぅ〜〜〜〜と、私のお腹から大きな音が鳴った。
「あっ……えっと……」
顔が赤くしながらお腹を抑える私を見て、レイはニコリと微笑んだ。
「……ふふっ、その前に、ご飯にしようか」