雨雫のシナリオ   作:ふらんどる

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演劇少女は少年の過去に何を見るのか。


第二回 過去と日常

この虹ヶ咲学園は僕にとってどうも落ち着かない場所である。

 

自由闊達な校風にお台場という立地や生徒一人一人に配られるタブレット、各教室の最新の設備など快適な高校生活をおくるには申し分ないのだが、そのメリットを打ち消すどうもよろしくない点がある。

 

 

それは、この学校は圧倒的に女子生徒が多いことである。

 

普通の学校なら男女比はほぼ半々なのが普通なのであろうが、この虹ヶ咲学園は比率にして男子生徒2~3に対して女子生徒7~8といったところで、一学年1000人を越えるこの学校では数にして800人以上、兎に角どこに行っても女子が男子より圧倒的に多い。

 

無論僕が今いる放課後のカフェテリアも例外ではなくどこを見回しても女子がいるのである。

 

そして今時の女子は騒がしい。だから僕はどうも苦手なのである。

 

「あー!いたー!」

 

そして、その中でも一番に騒がしい声が聞こえてきた。

 

「はや夫~!とーってもかわいいかすみんから~、ちょ~っとお願いがあるんだけど~」

 

「はいはいノートは見せません他を当たってくださいではでは」

 

中須かすみ、正直言って困った隣人である。

隣の席になった縁で何かにつけて僕にノートを見せろとせがんでくる。そしてなにより『カワイイ』アピールがすごい。

 

僕は元から女子と関わるのは得意ではないがこういう女子は特に苦手だ。

 

「む~、いじわる!ちょっとぐらいいいじゃん!」

 

「先生があんなに今度のテストに出ると言っていたのに、授業中何をしてたんだ」

 

「それは、かすみんがも~っとかわいくなるためにはどうすれば良いか考えて・・・」

 

「アーハイハイスゴイスゴイ」

 

「む~!ちゃんと聞いてよ!コッペパンあげるから~」

 

「今は間に合ってます」

 

中須のかわいいアピールは聞いていればきりがない。そしてなにかとコッペパンを渡したがる。この味は申し分ないのだが。コーヒーにもよく合うし。

 

 

 

 

 

「早瀬君」

 

すると喧騒の中から一際透き通った声で僕の名が呼ばれた。

 

「ああ、部長さん」

 

声の主に目線を移すとスラッとした高身長に中性的な顔立ちの人物がそこにいた。

 

虹ヶ咲学園演劇部の部長である。

 

「今、大丈夫?」

 

「ええ、暇を持て余していたところです」

 

「ぬぐぐ・・・」

 

歯をむき出しにしたぜんぜんかわいくない表情でこちらを見つめている中須に軽く頭を下げて僕は席を立った。

 

 

 

 

 

 

 

「学校には慣れた?」

 

「ええ、なんとか。それでご用とは」

 

「ちょっと、見てもらいたいものがあってね」

 

部長に連れられてきたのは虹ヶ咲学園の講堂。舞台上には慌ただしく動いているジャージ姿の生徒達が見える。

 

そう、この場所は普段の演劇部の練習場所である。

 

「部長さん、何度も言うようで悪いですが・・・」

 

「今日は別に勧誘に来たわけじゃないんだ、ただ君にも見てもらいたいと思ってね。うちの期待の新人を」

 

そう言って僕の視線を舞台上へと促した。

 

 

 

 

「私は何者でもない。だから、せめて誰かの理想とされる存在でありたいんです!」

 

 

舞台上で高らかと台詞を読み上げていた人物こそ、部長の言う期待の新人、桜坂しずくその人である。

 

その声は講堂全体に響き渡る非常によく通る声であり、その動作も登場人物の心情を見事に表現し台詞をより引き立たせている、まさに全身で演技をしているという言葉がふさわしい。

 

「どう、しずくの演技は?」

 

「さすが未来の大女優ですよ。ただ、今のに限っては少し動作が大げさな気もしますが」

 

「さすが。確かに今のは感情がこもりすぎかな。よくわかったね」

 

登場人物に感情移入し、それを全身で表すのが演劇というものである。しかし感情移入をするあまり熱を持ちすぎ役に入り込みすぎると今度は「自分」を見失い、演技にムラが出て周りから浮いてしまう。

演劇とは難しいものなのだ。

 

最近知り合ったばかりの僕でも桜坂さんは何かを「演じる」事に関して並々ならぬ熱意を持っていることは重々に感じる。それが彼女が根っからの演劇人たらしめる由縁なのであろう。

 

「今度、練習の一環として1年生だけで舞台をやるの」

 

「なるほど。上に頼らないってはいいですね」

 

実際のところ、上級生抜きで舞台を上演することは容易なことではない。しかし演劇は経験がものを言うからこそ部長はあえて困難な道を行かせるのだろう。

 

数ある部活の中でも有数の大所帯のニジガク演劇部をまとめ上げることができるの人物だ。彼女も根っからの演劇人なのであろう。

 

そして部長は僕が思いもしないようなことを口にした。

 

「私はぜひ早瀬君にも参加してほしいって思ってる。もちろん無理強いはしないよ」

 

「僕が、ですか?」

 

突然の申し出に驚く僕をよそに部長は続ける。

 

「ただ、私は早瀬君の才能がどうしても惜しいんだ。正直、今の一年生だと自力で台本を書くのは難しい」

 

「無理に新規を作らなくても既存の台本でやればいいじゃないですか」

 

「せっかくやるなら台本からってのが私の主義でね。それに私も見てみたいんだ、君が書いた台本が形になるのをね」

 

そう言って部長はふっと笑ってみせた。

 

「・・・少し、考えさせてください」

 

もう一度舞台上に視線を戻す。先ほどと変わらず、桜坂さんは体育館に声を響かせながら演技を続けている。

 

思い返してみると、桜坂さんの演技をこうしてじっくり見るのは部活見学の時のエチュードを除いては初めてだ。

その華奢な体を舞台上である時は大胆に、ある時は繊細に動かし話の登場人物になりきっている。

 

さすが期待の新人と言われるだけの事はある。

 

「近くに行ってみる?」

 

「いいんですか、僕みたいな部外者が舞台袖に行くなんて」

 

「君はもう立派な関係者だよ。うちの部で君を知らない人はいないからね」

 

部長に促されて僕は舞台袖へと移動した。

一通りの演技が終わった部員たちは各々台本を確認したり水を飲んだりと様々である。

 

「早瀬さん!来てたんですね」

 

僕に気づいた桜坂さんがこちらへと駆けてきた。その額にはまだ大粒の汗が滲んでいるでいる。

 

「部長も一緒ってことはもしかして!」

 

「いや、そういうわけでは・・・」

 

僕がそう言うと桜坂さんは申し訳なさそうな表情を見せた。

 

「しずく、今度の一年生の舞台、シナリオを早瀬君に頼もうと思うんだけど、しずくはどう思う?」

 

「本当ですか!私、ぜひ関谷さんのシナリオで演じててみたいです!」

 

「ちょっと待ってください、まだ僕は・・・」

 

そんな僕の言葉をよそに部長はこちらを見てふっと笑みを見せる。

確実に外堀を埋められている、どうもこの人は策士のようだ。

 

「しずくもこう言ってるんだし、どう、早瀬君?」

 

「だからまだなんとも言ってないですって。僕はこれで 失礼します」

 

「早瀬さん、またいつでも見にきてください」

 

笑顔の桜坂さんと部長をよそに僕はそそくさと舞台袖を後にした。

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

「ねえしずくちゃん、結局あの人ってうちの部に入るの?」

 

練習も終わり皆で舞台の片づけをしていると、1年生の部員の一人が尋ねてきた。

 

「あの人って?」

 

「ほら、さっき部長と一緒にいた・・・」

 

「ああ、早瀬さんね」

 

「そう、本人は断ってるんでしょ?何でそんなに気に掛けられてるのかなって思って」

 

「たしかに、無理に加入する程かって私も思う」

 

話が聞こえたのか周囲にいた他の部員も集まってきた。

 

皆の言葉を聞いて私は少し考え込んだ。

たしかに早瀬さんが描いたシナリオは演劇に詳しい者から見れば申し分なく素晴らしい。ぜひ実際形になっているところを見てみたいと私も思ってる。

 

しかし、関谷さんは頑なに演劇部に入ろうとはしない。話を聞くに中学までは演劇をやっていたことは確かなのだが

 

「みんな、どうかしたの?」

 

「あっ、部長」

 

こちらの様子に気づいた部長が声をかけてきた。

 

「実は関谷さんの事で・・・」

 

私は他の部員の部員と一緒に今までの経緯を説明した。

 

「ああ、そういうこと。彼の事は私に任せて。ただちょっと気恥ずかしくて入りたいって言いだせないだけだと思うから。それに、彼の実力は本物ってことはみんなも分かるでしょ?」

 

部長の言葉に皆はおおむね納得した様子だったが、私は違った。

 

でも部長っ、と喉元まで出かけたがその瞬間に下校時刻を知らせるチャイムが鳴った。

 

 

 

 

 

「なにか部長の説明に違和感を感じたんです。気恥ずかしいだなんて明らかに変ですしそれに・・・」

 

 

私がそこまで言うと部長は

 

「しずくは勘が鋭いね、これ」

 

部長は一冊の本をカバンから取り出し私に手渡した。

 

渡されたのは大衆演劇の専門誌、私もよく読んでいる。号数を見るに今から半年ほど前のものの様だ。

 

「そこの学生演劇のページ、見てみて」

 

部長に言われてページを開いた瞬間に私ははっとした。

 

『写真上・高校進学を控えますます張り切る関谷隼斗さん』

 

演劇に打ち込む中学生、という特集の中で掲載された記事の中の写真に写っていたのは紛れもない関谷颯斗その人であった。

 

そして記事には彼の演劇に対する想いが短いながらもしっかりと書かれていた。

 

「部長、これって・・・」

 

「この短い記事でも彼が根っからの演劇好きだってことがしずくにもわかるでしょ」

 

 

『演劇のシナリオを書くってものすごく楽しいじゃないですか。自分の思い描いた人物を思う通りに動かせて、なおかつそれが形となる。こんなに素晴らしいことはありませんよ』

 

記事の中で関谷さんはそう言っていた。

 

「ここまで言っていた人物が、なんで高校になって演劇から遠ざかるのかなって思って」

 

たしかに部長の言う通り、ここまで演劇を愛していた人物が簡単に演劇を止める理由がない。

 

単に嫌いになったのなら見学に来たりシナリオを書いて寄稿したりするはずがない。

 

「だから、しずくには関谷君の真意を見抜いてほしいんだ。それでもし関谷君が本当に入りたがらなかったら私も諦める。」

 

その言葉で、改めて自分が預かった頼まれごとの大きさを実感する。

 

「部長・・・、私にできるでしょうか」

 

「しずくならできる、いや、これはしずくにしかできないことだと私は思ってる」

 

「どうしてそこまで私を・・・」

 

「知りたい?」

 

「・・・」

 

その部長の問いに私は素直に「はい」と返事ができなかった。

 

本心を言えば部長が私に関谷さんを任せる理由が知りたい。

 

でも、部長はあえてその理由を言わなかった。

 

ということは、これは私が考えるべき事なんじゃないか。私にしかでないことがあるから部長は私に頼んだのではないか。

 

 

 

 

『いろいろあるんです、いろいろ』

 

彼と出会って間もないころ、私がなぜ演劇部に入らないかと聞いたときに関谷さんはそう答えていた。

 

今思い返してみるとそう語る関谷さんの表情は、どこか暗さを感じるものだった。

 





次回第三回『アイドルな彼女』

お楽しみに。
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