雨雫のシナリオ   作:ふらんどる

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降り続ける雨の中、迷いの道を少年は走り続ける。

そして、それを見つめる人がひとり。

二人は何を思うのか。


第六回 雨中迷路

 

 

雨が降るたび思い出す。忘れられないあの日のことを。

 

楽しいことも悲しいことも全部雨が洗い流してきた。

 

憧れの人に認められて笑顔になった日も、上手く書けなくて塞ぎ込んでいた日も思い返せば皆雨が降っていた。

 

 

 

そして、今日も。

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 

「暁斗が書けないなんて珍しいこともあるんだねぇ」

 

「買いかぶらないでください」

 

 

彩花先輩は穏やかな口調でつぶやいた。場所はアイデアをまとめるときの行きつけの喫茶店、お互いの家からそう遠くない距離だから昔からよく通ってる。

 

「題材は決まってるんでしょ?」

 

「ええ、骨子を作ってそれからある程度肉付けはしたんですが・・・」

 

「そこから急に書けなくなった、と」

 

「ええ」

 

 

 

桜坂さんと話していて閃いた構想はある程度形にはできた。

 

しかし、書いていくうちに次第に糸が絡まるように話が錯綜してしまい、最終的には書こうと思うにも全く手が動かなくなった。いわばスランプと言っていいのかもしれない。

 

こういうことは物書きに限らず、スポーツや芸術に関わっている人間には付き物とはよく聞く。しかし、今の僕は今まで経験したことのない感覚に対する恐怖と、皆に迷惑をかけてしまうという焦りが胸の中を支配している。

 

 

「まあ、書かない私が言うのも何だけど、あんまり思いつめないほうがいいよ。リラックスすればアイデアも浮かぶって」 

 

「そうできればいいんですけど。どうも最近は気が休まらなくて」

 

思わずため息が出る。言葉の通り最近はとにかく考え込んでばかりでリラックスなどできたものではない。

 

「なんかごめんね。出来上がってる分読んだ感じだといつもの暁斗と変わらない感じだけど、どこがそんなに引っかかってるの?」

 

「自分でもよくわからないんですけど、なんだか無性に怖くて」

 

「怖い?」

 

「はい。先輩の言うとおり、たしかに僕は今までたくさんの作品を書いてきました。最初は今回もいつもの通りに、って考えてたんです。でも書いているうちになんだか、よくわからないんですけど。その・・・」

 

そこまで言うと言葉が詰まってしまった。自分でもうまく表現できないことにもやもやが募る。

 

「無理して言わなくてもいいよ。無理に言っても辛いだろうし。それに、私は暁斗なら乗り越えられるって信じてる」

 

「ありがとうございます。優しいですね先輩は」

 

 

『乗り越えられる』、その言葉は今の僕に重くのしかかる。先輩はいつもの優しさ故の言葉なのだろうが、過去を乗り越えることができていない僕にとっては先輩が思っている以上の意味になってしまう。

 

「まあ、暁斗とは長い付き合いだからね。かわいい後輩だし」

 

「よしてくださいよ、かわいいなんて」

 

 

 

すると外から激しく水が跳ねる音が会話を遮った。

 

 

話し込んでいて今まで気に留めていなかったが、窓の外からは強めの雨音が聞こえる。

先程の音の原因である道路の水溜りも気がつけばずいぶん大きくなっていた。

 

「雨、止みませんね」

 

 

店内にある古びた時計はもうすぐ4時を示そうとしているところである。昼過ぎにここにきてから随分と時間が経った。

 

「どうする?降ってるしもう少しここにいる?」

 

「いや、今日は一日この調子みたいですから待ってたら埒が明きませんよ。すみませんね」

 

 

長話を終え、一時的に雨が弱くなったところを見計らってお互い帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

歩き始めてしばらくすると雨は先程より一層強くなってきた。

 

家までそう遠くない道のりだが、雨のせいかいつもより時間がかかる。

 

今日のことを改めて振り返るが、先輩を無駄に付き合わせてしまっただけだ。そう簡単に解決できると思ったのが甘かったのだ。

 

 

そんな僕を責め立てるかの如く雨は弱まることなく傘に打ち付けてくる。

 

どうも今年は長梅雨になるらしい、喫茶店のレトロチックなラジオからそう流れていた。

 

早く皆のために話を完成させなければ、そんな思いが一層胸を締め付ける。

 

 

初めて演劇部に顔を出した時のあの好奇と期待に満ちた表情は今でも忘れられない。

 

期待されていることには昔から慣れているし、普段はそれが意欲につながっている。

 

しかし、今は違う。皆の期待が鎖のように絡みつき、皆の顔を思い出すと心が苦しい。

 

期待の新星とかいろいろ言われたこともあったが、正直僕は自分がそれほどの人間だとは思っていない。

 

そういうのは桜坂さんのような、誰からも好かれて表舞台に出る人に相応しいのだろう。

 

 

 

 

ふと、先日桜坂さんと一緒に帰った時の事を思いだす。

 

あの時はまだ梅雨の入り始めだったから今日ほどはひどくなかったが、雨のお台場はいつもの華やかさとはまた違った独特の雰囲気が妙に印象に残っている。

 

その日もいつものごとくとりとめもない話をしていたので詳しい内容なんて覚えていない。

 

 

しかし、一つだけ覚えていることがある。

 

 

『私、雨の日って好きなんです』

 

『僕も似合ってると思うよ、桜坂さんと雨の日』

 

 

 

なぜかこの会話だけは鮮明に覚えていた。

 

今頃彼女はどうしているだろうか、ふとそんな事を思う。と同時に早くみんなのためにもシナリオを完成させなければ、そんな焦りが強まっていく。

 

いつ止むかもわからない雨の中、出口が見えない迷路をもがきながら進み続けている、今の僕を例えるならそんな状況だ。

 

こんな状態では誰にだって顔向けできない。

 

 

僕を見込んでくれた部長にも、僕のシナリオを待っていてくれる桜坂さんにも。

 

そして姉さんにも。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 

相変わらずじめっとした天気は変わらず、そのせいか学校のカフェテリアには大勢の生徒が昼休みを過ごしている。

 

結局昨夜も机に向かったが全くと言っていいほど筆が進まない。週の初めから陰鬱な気分にさいなまれる。

 

余裕はあるものの確実に減っていく時間に焦りを感じながらも全く状況を打開できない自分に嫌気がさす日々が続いている。

 

 

「ひゃい!!」

 

突然首筋に冷たい感覚が走った。思わず変な声が出る。

 

「お疲れ」

 

「あっ、部長」

 

驚いて振り返ると見知った顔がこちらを見下ろしていた。

 

缶コーヒーの上の方を手でつかんでふらふらと揺らしている。

 

「聞いたよ、悩んでるんだって?」

 

「ええ、まあ。でも、ご心配には及びませんよ」

 

「その様子だと、しずくにも同じ事言ったみたいだね。駄目だよ無理しちゃ」

 

部長は向かい合って椅子に座った。つくづくこの人の洞察力には驚かされる。

 

「でも、僕が書かなければ何も進みません。悩んでいる時間なんてないですよ」

 

僕がそう言うと部長はわざとらしいため息をつく。

 

「暁斗、大切なことを忘れてるよ」

 

「大切なこと、ですか?」

 

そして、こつん、と額に缶コーヒーを当ててきた。

 

「舞台はシナリオを書く人間一人で成り立ってるんじゃない」

 

「わかってます!でも・・・」

 

「わかってるんだったら猶更。一人で抱え込んでると何もうまくいかない」

 

「部長・・・」

 

当然ながら厳しい指摘だ。

 

「たしかに暁斗のシナリオの才能は私もすごいと思う」

 

「ありがとうございます」

 

「でも」

 

少し間を開けて部長は続ける。

 

「君はもう少し周りを見る目を持つべきだね。君の行動はもう君だけのものではないんだよ」

 

『君の行動はもう君だけのものではない』今の僕にその言葉はとても重い。

 

シナリオは舞台の根幹にかかわるものだ。そして、それを書く人間も同じだ。

顧みるに、最近の僕は確かに焦りと不安で周りを見る目が欠けていた。

 

部長の言葉に反省するとともに、ますます心の中が重苦しくなっていく。

 

 

「それに、君を心配している人の事も考えた方がいいね。特に誰かさんなんて心配で気が気でなかったみたいだから」

 

「いるんですかね?そんな人」

 

「いるよ。誰とは言わないけど特に一名ね」

 

その一名が誰かはわからないが、周りの面々を心配させてしまった事は僕としても心苦しい。

 

 

「ほら、そんな顔しないで。君のせっかくの顔が台無しだよ」

 

「お世辞はよしてくださいよ」

 

「お世辞なんかじゃない。君は役者の線でもいけると思ってるよ私は。どう?私としずくと3人だけの舞台。もちろん君のシナリオで」

 

そう言って部長はふっと笑う。この表情は何度も見たが、どうも見る者に安心させる作用があるらしい。

 

「ありがとうございます。部長と話せて少し気が楽になりました。また頑張れそうです」

 

「それを聞いて安心したよ。私はそろそろ行くよ、君のファンがお待ちみたいだからね」

 

そう言って部長は席を立った。

 

僕は頭を下げた後なんの事かと周囲を見回すと、少し離れた柱の陰から見知った顔がこちらを窺っていた。

 

半ば呆れながら僕は件の人物の所まで向かう。

 

 

「見るからに挙動不審。学校の外でやったら不審者事案で通報されかねんぞ」

 

「むきーっ!かすみんは不審者じゃありません!」

 

この明らかに大げさな反応にはもう慣れた。言わずと知れた中須かすみである。

 

「はいはい、だからどうした」

 

そう言うと中須はこほん、と咳払いをしてから大きく振りを付けて一枚のビラをこちらに手渡した。

 

「はいは~い!スクールアイドル同好会の部長のかすみんから直々に!ライブのお知らせでぇーす!」

 

「ああ、どうも」

 

「今度のライブは新曲もたっくさんあるから絶対来てよね!」

 

中須からチラシを受け取る。

どうやら彼女の言葉通り、近々講堂でライブがあるようだ。チラシの中のスクールアイドルの面々には桜坂さんもいる。

 

 

 

 

 

「桜坂さんも出るんだな」

 

「まーたしず子のこと・・・。それに、あき夫ってライブ観たことないでしょ」

 

「動画だけしか」

 

たしかに中須の言う通り桜坂さんと話すようになって他のスクールアイドルの動画も少し見るようになってきたが、実際生で見たことはない。

 

「ならなら!今度のライブぜぇったい来てよね!」

 

「ああ」

 

当日は特に予定もない。しかし同じ学校の生徒とはいえアイドルのライブだ、いつも行っている舞台公演とはなにもかも違う。せっかくお誘いを受けたからにはぜひとも見に行きたいが、如何せん初めてなので要領がわからずどうも渋ってしまう自分がいる。

 

「きっとぉ、かすみんのかわいさにぃ、ハートをキュンキュンさせちゃうからね♡」

 

「はあ」

 

中須のパフォーマンスの動画も見たことがあったが、衣装やパフォーマンス以外は普段の中須と変わっていない。

 

日常生活でもアイドルのイメージを崩さないようにしているのはつくづく感心する。  

 

 

「そ、それに・・・」

 

すると急に中須の言葉が詰まる。

 

「それに?」

 

「・・・しず子も来てほしいって言ってたし・・・」

 

「桜坂さんが?」

 

「そ、しず子が。最近しず子あき夫のこと・・・」 

 

桜坂さんが来てほしいと言うのは意外だった。いままでスクールアイドルの話は何度もしてきたし、ライブについても触れたことはあったが実際に来てほしいと言われたことはなかったからだ。

 

 

 

  

 

 

 

 

「かすみさん、私がどうかした?」

 

「ああ、噂をすれば」

 

すると中須の背後から桜坂さんがひょっこり顔を出した。

 

「わっ、しず子!おどかさないでよ~。それにあき夫は何でそんなに冷静なの」

 

「いや、だってこっちに来るの見えたし話遮るのも悪いかなって」

 

「気づいてたなら言ってくれればいいじゃん。あっ!もしかしてしず子もうチラシ配り終わったの!かすみんまだこんなに余ってるのに」

 

「うん、同じ学科の人とか演劇部のみんなとかが結構もらってくれて」

 

どうやら桜坂さんも中須と同じくチラシ配りをしていたようだ。

 

「あっ、それ。早瀬さんもライブ、来てくれるんだ」

 

僕の手にあるチラシに気づいた桜坂さんが嬉しそうに言った。

 

「うん、今さっきチラシもらってね」

 

「よかった。早瀬さんまだ一度も私たちのライブを生で見たことないからぜひ来てほしいなって思ってるの」

 

「ありがとう、さっきまでその話をしてたよ。今までそんなこと言われたことなかったからどうしてだろうって思ってさ」

 

「ええと、純粋に私たちの新曲を見てほしいってのもあるんですが」

 

すると桜坂さんは少し間を開けた。隣の中須も不思議そうな顔をしている。

 

「少しでも早瀬さんの気持ちが楽になったらな、って思って。最近大変そうだったから」

 

その言葉を聞いて点と点が線で繋がった。先の部長の言葉が頭の中に響くと同時に申し訳ない気持ちでたまらなくなる。

 

「ありがと。心配かけてたみたいだね、ごめん」

 

ぐるぐると渦巻く心の中からなんとか絞り出した言葉を僕はその『約一名』に伝える。

 

「いいんですよ。私もなんだかせかしちゃってたのかなって反省してて」

 

「そんなことないよ!みんな僕が・・・」

 

 

「あき夫!そんなこと言わない!」

 

「かすみさん!?」

 

それまで僕たちの会話を横で聞いていた中須が急に声を上げた。

 

「しず子にこんなに心配してもらえるんだからあき夫は幸せ者なんだからね!それに、あき夫最近授業中もずーっとうわの空だったし、かすみんも心配してたんだからね!」

 

「中須・・・」

 

中須は腰に手を当ててわかりやすく怒った様子を見せる。

 

 

まさか中須にまで心配をかけていたとは予想外だった。ますます申し訳ない気持ちになる。

 

「二人とも、本当にごめん。ライブ前で大変なのに余計な心配をさせちゃって・・・」

 

「そう思うなら、絶対ライブ来てよね!」

 

「うん。でも・・・」

 

勢いよく言う中須に対して僕の返事は薄い。無論お誘いは嬉しいが一つどうしても踏み出せないところがある。

 

「もしかして、なにか先に予定がありましたか?それとも・・・」

 

「いや、行きたくないとか予定があるとかじゃ全然そういうんじゃないんだ。」

 

「じゃあ・・・」

 

僕はつばを飲み込んで一呼吸置いた後ゆっくりと言葉を発する。

 

「なにせ初めてだから何を持っていくとかどんな格好をしていけばいいのかもわからないし。とにかくわからないことだらけだからどうも・・・」

 

僕がそこまで言うと何故か桜坂さんは口元を抑えてくすくすと笑い出す。

 

「ぼ、僕そんなにおかしいこと言った?」

 

全く予想外の反応に困惑する。無論笑われるようなことを言った自覚など全くないから。

 

「い、いえ。そんなこと言う人が初めてだったのでつい。ごめんなさい」

 

「まったく、あき夫はスクールアイドルの事知らなすぎ!」

 

「えっ、ああなんだか申し訳ない」

 

中須に怒られて咄嗟に謝る。確かに僕はスクールアイドルどころか演劇関係以外は非常に疎い。

 

「準備なんてしなくていいですよ。いつもお芝居を見に行くときみたいに気軽に来ていただいて構いません。せっかくの息抜きなのに、来る前から悩ませてしまっては元も子もないですから」

 

「安心した、当日まで楽しみにしてるよ」

 

桜坂さんの言葉を聞いて少し気が楽になった。今考えれば、ライブがなぜそんな格式ばったものだと思っていたのか自分でも疑問だ。きっと心の余裕がなかったのだろう。

 

「お待ちしてます。一番前で見てくれてもいいんですよ」

 

「もちろん。なんたってアイドルとしての桜坂さんを見るのは初めてだから、目に焼き付けておくよ」

 

「もう、早瀬さんったら」

 

思わず笑みがこぼれる。なんだか桜坂さんと話して気が楽になった。最近はとにかく考えすぎて気が張り詰めていたのでこうやって笑い合うのも久しぶりだ。

 

「はいはい二人ともそこまでー!!」

 

するとどういうわけか突然中須が割って入ってきた。

 

「なんだそこまでって、別に喧嘩してるわけじゃないんだし」

 

 

「また二人でいい感じになっちゃって・・・。と・に・か・く!ライブに来るんだからぜーったい楽しんでよね!」

 

「うん、楽しみにしてるよ」

 

 

 

ライブに向けて意気込む二人の顔にこちらも元気をもらえた。

 

僕にとって初めてのライブ参加、それによって何を得られるかは未知数だし、わからないことも多い。

 

 

初めてのものを見ることに、楽しみと一抹の不安が入り混じった複雑な気持ちが僕の心に残るのだった。

 






普段側にいる人の初めて見る姿は道標となりうるか。


次回第七回『演劇とアイドルと』


お楽しみに。
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