アイドル、それはの理想や願望を体現した存在だ。
美しさ、可愛らしさ、力強さ、はかなさ、人々の願望を光り輝くステージ上で体現してきたその姿は多くの人々を魅了してきた。
だとしたら、スクールアイドルとしての彼女は、一体どんなことを体現しているのだろうか。
梅雨の中休みで久しぶりの日差しが眩しい土曜日の午前、いよいよ桜坂さんたちのライブが行われる当日である。
会場の学校の講堂には休日ながら多くの人が集まっており、他の学校の生徒の姿も見える。
「ちょっと来るのが遅すぎたかな」
ここ数日は以前よりも筆が進むようにはなっていたが、やはりまだ本調子ではない。
桜坂さんは特に準備はしなくていいとは言っていたものの、やはり気にはなるので自分なりに調べてみた。
とりあえず近くの店で買ってみた安物のペンライトは持ってきたものの、これでいいのか正直わからない。
それから中須からもいろいろと教えてもらった。いつもの如く独特のかわいいノリで疲れはしたもののやはり本物のスクールアイドルの話は大変参考になる。
開演まではまだ少し時間があるが、会場である講堂にはもうすでに多くの生徒たちが集まっている。
「暁斗」
後ろの方から透き通るような声が聞こえた。
「部長!」
「やっぱり来てたんだ。楽しみで昨日は眠れなかったんじゃないの?」
からかわれるのは不本意だが部長と会えて少し気が楽になった。一人では心細かったが、誰かを誘うこともできなかったので正直ほっとした。
「からかわないで下さいよ。部長こそ、ライブに来るなんて、なんだか意外です。てっきり興味ないとおもってました」
「かわいい後輩の晴れ舞台だからね。初めてなんでしょ?ついてきて」
部長に言われるがまま後に続くと、そのまま会場に入っていった。まだ時間があるのにもうすでに結構な数が集まっている。
前の方に場所を取ると思いきや、部長はそこまでいかず入ってすぐに足を止めた。場所としてはちょうど真正面から見る所にあたるが、ステージからは若干距離がある。
最初はなぜこの位置なのかよくわからなかったが、時間が経つにつれて部長の意図が分かった。
「たしかに、ここならよく見えます。逆に前の方だと、近いですが所々視界が遮られますね」
「よくわかったね。それに前の方は若干見上げる形になるから、後半疲れるね。見やすい場所はだいたい把握してるよ」
「さすが部長です」
開演の時間も迫り、会場の雰囲気も徐々に熱を帯びていくのがわかる。
「部長はいつも来てるんですか?」
「んー、毎回ではないけど予定が合えば行ってるよ。暁斗は初めてだったよね」
「はい、桜坂さんから誘われて。初めてなのでちょっと緊張します」
「緊張?暁斗が?」
どういうわけか開始時間が迫るに連れて胸の鼓動が高まっていくのがわかる。
今日はいつものように映画や演劇を見に行くのとそう変わらないはずだ。
ただ今回は初めてのアイドルのライブで、仲良くしている同級生が出ている、ただ、それだけのはず。
ステージの上の桜坂さんや中須からしても、自分は単に数多くいる観客の一人だ。舞台上から僕と部長に気づく可能性はほぼないだろう。
でも、どういうわけか緊張がとまらない。初めての感覚に困惑が強くなる。
「はい、変ですよね。自分が出るわけでもないのに緊張だなんて」
「・・・緊張、ねぇ」
妙な間を置いた後部長は表情を変えず、そう呟いた。
そしていよいよ時間となった。会場の照明が落とされるとその場は一瞬にして様々な色の光に溢れる。
そして音楽と共にステージの幕がゆっくりと上がり、満場の歓声と色とりどりの照明と共にスクールアイドルの面々が姿を見せた。
初めて見るその光景に思わず息をのむ。
そして、軽快な伴奏と共にパフォーマンスが始まり華々しいライブは開始された。
「すごい・・・」
実際に生で見るアイドルのライブは圧巻の一言に尽きる。
かわいさを宝石箱のように詰め込んだ中須のようなものだけでなく、女の子らしいを体現したようなもの、情熱と想いの力でその場を圧倒するもの、セクシーさで会場を魅了するもの、実に様々だ。
そして何よりすごいと思ったのがステージ上の演者と客席のファンが一体となってその場の世界観を作り上げているという事だ。観客が完全なる傍観者である演劇の公演とは全く違う。
多種多様な中で自分が好きなものを見つけることができ、自分もその世界に加わることができる。スクールアイドルが大人気な理由が改めてわかった気がした。
そしてソロステージも佳境を迎えそして、いよいよ桜坂さんの番が回ってきた。
「いよいよ、しずくの出番だね」
「・・・ですね」
胸の鼓動が先ほどより強く感じ、ペンライトを握る力も自然と強くなる。
ステージの照明が消え、会場全体が桜坂さんのイメージカラーであるライトブルーに染まる。
そして、白と淡い水色の衣装に身を包んだ桜坂さん、いや、スクールアイドル 桜坂しずくが姿を現した。
先ほどの全体曲でもその姿は見えたが、その時は全体の動きに圧巻され、立ち位置も頻繁に移動していたので、初心者の僕にはじっくりと見ていることはできなかった。
客席に向かって深々と一礼した桜坂さんは、先ほどとは違う荘厳さを帯びた音楽に合わせてゆっくりと踊り始める。
その美しい光景に僕は目を奪われた。
いつも演劇部の練習で見ているものとは全く違う、観る者を魅了する繊細で可憐な動き。
感情をこめて役の台詞を読み上げるのとは全く違う、優しく穏やかな歌声。
以前動画サイトで見た時よりも、その違いをはっきりと感じる。
舞台上の桜坂さんは、まるで彼女が作り出す物語の主役である。その一挙手一投足から目が離せない。
アイドルのライブと演劇が組み合わさった独特のパフォーマンスが僕にとって何とも言えない心地よい世界観を作り出している。
想像していたような熱狂的に声を出して盛り上がるアイドルのライブではなく、かと言ってただ見ているだけの舞台やミュージカルとも違う、僕にとって全く未知のもの。
もっと彼女が踊る姿を見てみたい、もっと彼女の歌を聴いてみたい、そんな気持ちが沸き起こってくる。
音楽が終わり、一礼した桜坂さんには万座の拍手が沸き起こる。一方の僕は、未だ衝撃と興奮が冷めやらず、かろうじて数テンポ遅れて手をたたくのがやっとな状態だ。
ステージ上の桜坂さんは客席に手を振りながら舞台袖へと歩いてゆく。
自分の出番が終わったら、次の人のために早く退場するのは舞台に立つ人間にとって常識だ。無論僕もそれはわかっている。
でも、今回に限っては違う。
桜坂さんが舞台上から去ってゆくのが、ものすごく名残惜しい。
姿が見えなくなるその瞬間まで、僕の視線は桜坂さんに釘付けだった。
「よっぽどしずくが気に入ったみたいだね」
「ええ。すごかったです」
今はそれしか言えない、ステージ上ではまさに次の曲が始まらんとしていたが僕の心は未だ余韻に浸っている。
そして次に桜坂さんの姿をはっきり確認できたのは、ステージの最終盤、挨拶の時であった。
『今日はたくさんの人に来ていただいて本当にありがとうございます!』
一礼した桜坂さんに会場から万座の拍手が沸き起こる。それから彼女が語ったスクールアイドルにかける熱のこもった想いはとても胸を打つものがあった。
『私はこれからも、皆さんの理想のヒロインであり続けられるように頑張ります!』
またも万座から拍手が沸き起こり、名前を叫ぶ声も聞こえる。
『理想のヒロイン』、これは演劇部でも桜坂さんがよく使う言葉だ。
その言葉の通り、ちょっとした仕草や立ち居振る舞い、まさに物語のヒロインがそのまま現実世界に飛び出したような人物だ。
こうしてステージの上でスクールアイドルとして振る舞っている桜坂さんは、僕がいつも知っている姿とは違う、かと言って全く異なっているわけでもない。どこか遠い世界の人物、物語の世界にしか存在しないような理想のヒロインを演じる桜坂さんの姿に僕は演劇部での彼女の姿を重ね合わせた。
そして皆のあいさつが終わり、最後に万座の歓声の中でパフォーマンスが行われ、僕にとっての初めてのライブは幕を閉じた。
「どうだった?初めてのライブは」
「すごかった、です」
初めての感覚に言葉がうまくまとまらない。言葉を失うほどの感動というのはまさにこのようなことだと実感した。
「暁斗が言葉を失うくらいなんて、よっぽど気に入ったみたいだね。」
「ええ、今度ちゃんと会っていろいろ感想とかを・・・」
「じゃあ、会いに行こうよ」
『会いに行こう』、その言葉に一瞬思考が停止する。
「会いに行く、とは」
「言葉の通りさ。今なら部室に行けば会えると思うけど」
部長はいつも通りのすました顔をしているが、僕は大いに困惑している。
「で、でもそんな急になんて」
「別に変なことじゃないと思うよ。公演が終わって見に来ていた関係者が感想を伝えに来る、暁斗だって経験あるんじゃないの?」
「関係者扱い、なんですかね?」
「十分関係者だと思うけど。だって雫から直々に誘われたんでしょ?」
「ええ、たしかに、まあ」
「だったら、いいんじゃないのかな。しずくだって知りたがってると思うよ、自分が暁斗の目にどんな風に映ったか。さ、行こ」
促されるまま、部長と二人で桜坂さんの下へと向かう。
ライブが行われた講堂の裏側は控室に通じており、僕も演劇部の練習で何度か利用したことがある。きっと桜坂さんもそこにいるだろう。
部長の言葉通りというべきか、僕たち以外にも会いに行く生徒達はいるようで何度嬉しそうな表情の生徒たちとすれ違った。
そして、いよいよ控室の前についた。中からは楽しそうな声が聞こえている。
部長は扉を半分ほど開け、慣れた様子で桜坂さんを呼ぶ。
僕はというと、未だに何を言うかまとまっていない。必死に言葉をまとめようとするが逆に頭が混乱してしまう。
「部長!それに早瀬さん!」
しばらくすると桜坂さんはにこやかな笑顔で控え室から出てきた。ライブ衣装はそのままに、その額にはまだ汗が滲んでいる。
「しずく、今日も良かったね」
「ありごとうございます!早瀬さんも来てくれたんですね!」
桜坂さんのパフォーマンスがすごかったことは勿論だが、まだ言葉がうまくまとめることができない。
「こ、っこの度は公演のご成功誠におめでとうございます。とりわけ桜坂さんは・・・」
「もう暁斗、いくらなんでもそんなに堅苦しくなることないでしょ」
僕の言葉を聞いた部長は呆れたような顔をしている。
「だって部長がさっき・・・」
場を持たせるために普段使っている口上を述べたがやはり失敗だった。当の桜坂さんはきょとんとしている。ライブが終わって疲れてもいるだろうに全くもって申し訳ない。
「ごめん。なんだかまだうまく言葉がまとまらなくって・・・」
「あわてなくていいですよ。早瀬さんが楽しんでくれているところ、ステージの上からしっかり見てましたから」
「えっ」
予想もしてなかった言葉に思わず声が出てしまう。あの群衆の中で気がつけたなんて信じられない。
何度か立ったことがあるが、演技に集中しながら観客を気することは至難の技だ。ましてや、僕がいたのは最前列でもない。
「はい、曲が始まる直前に偶然早瀬さんと部長を見つけることができて。ずっと私の色にしていてくれて嬉しかったですよ」
「まさか見られているなんて思わなかったよ。なんだか恥ずかしいなぁ」
「偶然、ねえ」
僕は一度深呼吸をしてゆっくりと言葉を紡いでゆく。
「ええと、とにかくすごかったよだったよ。何せ初めてだからどんな風に表現していいのかよくわからないけど、とっても魅力的だったし、桜坂さんが生み出す世界観に引き込まれたよ」
「そう言っていただけて嬉しいです!頑張った甲斐がありました!」
「次の
そう言った直後にはっとする。
一貫して桜坂さんはステージ上にて『しずくちゃん』と呼ばれていたのでその余韻がまだ抜けていなかった。名前で呼ばれるのは当然と言えば当然なのだが、いつも『桜坂さん』と呼んでいる僕がいきなり下の名前で呼ぶのはさすがにまずかった。
当の桜坂さんは特に驚いた様子もなく優しい笑みを浮かべている。
「あっ、今のは・・・」
「ありがとうございます、是非また来てください
「しず子~先輩が記念写真撮るって・・・あー!あき夫ー!!」
すると控え室の中からひょこっと中須が顔を見せた。それはいいのだが大声で自分の名前を呼ばれるのはさすがに恥ずかしい。
「どうやら退散した方がいいみたいだね、暁斗」
「え、ええ。それじゃあ、また感想は改めて」
「はい!今日はありがとうございました!」
元気よく一礼をした桜坂さんにこちらも軽く頭を下げ、中須を一瞥したあと部長に続いてその場を後にした。
「やっぱり しずくちゃん のところに行って良かったでしょ、 暁斗くん」
「あれは、その、なんというか、勢いに釣られたと言うか。はずかしいです・・・」
部長はどうも僕をからかうのが好きのようだ。先程のことを思い出すとどうしても気恥ずかしくなってしまう。まさか桜坂さんが『暁斗くん』で返してくるとは思ってなかったから余計に印象に残ってしまう。
「それで。どう?書けそうになった?」
「まだわかりません。でも、見に行ったことでなにか新しいものを得られたのは確かです」
「だったら、暁斗、やることはわかってるよね?」
「はい。これから早速書いてみようと思います」
部長に言われるまでもなく、僕の頭の片隅ではすでに構想を練り始めていた。初めて触れたあの感覚から、きっとなにか生み出せる。根拠はないが何故かそう思う。
「楽しみに待ってるよ、演劇部大型新人が書く傑作を。さ、行ってきな」
「買いかぶらないでくださいよ。それでは僕はここで」
部長と別れた後、僕は図書館へと足を早める。
普段は静かすぎるのであまりそこで執筆することは少ないが、今日はせっかく学校に来たのだから家に戻るよりは図書館にカンヅメしようとここを選んだ。
休日の図書館はいつにもまして物音がなく静寂に包まれているが、それとは対照的に頭の中のつかえていたものがとれたように次々とアイデアが浮かび、普段とは違い不思議と筆が進んだ。
結果としては、今までの迷いが嘘のように一通りプロットを最後まで完成させることができた。
なにより一番の進展は主人公の造形だろう。
今まで漠然としかしていなかった主人公の姿かたち、性格や内面がまるで向こうから語りかけてくるように次々と確立されていった。
一息入れてもうひと頑張り、というところに静寂に包まれている図書館にゆっくりとした女性の声が響き渡った。
最終下校時刻を伝える放送である。時計の数字はもうすでに18時を過ぎていた。もうそんな時間かと急いで支度を整えて図書館を後にする。
夜の学校は日中の喧騒とは正反対な様相を見せている。この学校は特に人が多いから尚更だ。
部活を終えた生徒たちが各々の練習道具を持って校門へと向かってゆく。
外へ出ると、もうすっかり日が落ちて月が煌々と輝いている。
次の一文はどうしようか、そんなことを考えて歩いていると、見覚えがある特徴の人物が視界の隅に入った。
茶色がかった長い髪に、特徴的な大きな赤いリボン。
間違いようがない、そう確信して僕は足を速めた。
「こんばんは、桜坂さん」
「あっ、早瀬さん!」
その人物は振り向くとぱっと明るい笑顔を見せた。紛れもない桜坂しずくその人であった。
「今日はありがとうございました。わざわざ舞台裏にも来てくれて。こんな時間までどうしたんですか?」
「ずっと図書館で書いてたんだ。久しぶりに随分と進んだよ」
「そうなんですか!それはよかったです!」
桜坂さんは、ぱちん、と手を合わせて先ほどと同じく明るい笑顔を見せる。
「桜坂さんこそ、ライブの片付け?随分かかるんだね」
「いえ、部室の方でちょっと練習してました」
そういう桜坂さんの首元にはまだ少し汗が滲んでいるのがわかる。彼女はつくづく努力家だ。
「練習?ライブの後になんて大変だね。また近くにイベントでもあるの?」
「いえ、同好会ではなくて演劇部の方です。最近忙しくて部の方に顔を出せていなかったので、その分の埋め合わせをと思って」
「ええっ。それはそうだけど、いくらなんでもライブ直後だなんて。せめて今日ぐらいは」
予想もしていなかった発言に驚いて思わず声が少し大きくなる。
たしかに桜坂さんはスクールアイドルのライブやイベントが近くなると演劇部の練習に参加できないことも多い。しかしそれは部員一同理解しているし、部でも桜坂さんもその不足分を感じさせない演技をしている。
参加できない分は自主練で補っているとは以前から聞いていたが、まさかここまでだとは思わなかった。
「早瀬さんが頑張っているんですから。私も負けてられません」
「そんな、僕に合わせなくたって。僕の方こそもっと頑張らなきゃって思ってるんだよね」
努力家な彼女の姿勢にはつくづく尊敬する。努力は張り合ったり比べたりするものではないが、共に努力する仲間がいると非常にやりがいがある。
それに僕の場合はシナリオという舞台の根幹を任されているから、なおさらだ。
「そういえば」
僕はあることを思い出し、足を止める。それに気づいた桜坂さんも足を止めて不思議そうな表情でこちらを振り返る。
「あらためて。今日はライブの成功おめでとう。初めて生で見られてとっても良かったよ」
「こちらこそ、あらためて。本日は見に来ていただきありがとうございました。満足していただようで何よりです」
定型から少し砕けたあいさつを交わすと、お互いくすくすと笑い、また歩きだす。
「昼間はなんだか申し訳ないね。忙しかっただろうに」
「いえいえ、私も嬉しかったですよ。まさか直接感想を言いに来てくれるなんて思ってもいませんでしたから」
昼間の件を気にしていないことに少しホッとした。そして僕は一番彼女に伝えたかったことを口にする。
「今日初めてライブに行って気づいたんだ、僕は桜坂さんの事をぜんぜん知らなかったんだなって」
「私の事を知らない、ですか?」
桜坂さんは不思議そうに尋ねた。
「うん、僕が今まで見てきた桜坂さんは演劇部としての一面だけで、スクールアイドルとしての桜坂さんは全然知らなかった」
ステージで踊る桜坂さんの姿と、それを見たときの未知の感覚は今も胸に焼き付いている。それわを伝えるべく、僕はゆっくりと言葉を続ける。
「演劇とアイドルとが密接に関わって、それぞれ影響し合ってる。そうやって今の桜坂さんが形作られたんだな、って。だから」
ここまで話してきたが、やはり本人の前だと少し気恥しくなってくる。
「だから、そんな魅力的な桜坂さんの期待に応えられるように頑張ろう、って思えた。すごく元気をもらえたよ。ありがとう」
最後の方は恥ずかしさであまり言葉がうまくまとまらかったが、伝えたいことはすべて伝えられた。人に面と向かって感謝を伝えることはあまりないのでどうしても萎縮してしまう。
「こちらこそ、早瀬さんに演劇とアイドルと、二つの私を知っていただけてよかったです。今日お誘いした甲斐がありました」
桜坂さんは先ほどと変わらぬ優しい笑顔を見せる。
「それに、僕にとって桜坂さんは理想的な存在だよ。まるで物語から飛び出してきたみたいに。演劇とスクールアイドルと、2つの分野でそれぞれで活躍できるなんて、まさにドラマの主人公さ」
少しの間互いの靴音だけが響く。自然と僕はつばを飲み込んだ。
「早瀬さん」
桜坂さんは足を止め、その綺麗な瞳でまっすぐとこちらを見つめる。
「早瀬さんに理想的だと言ってもらえて、すごく、嬉しかったです」
その表情からこれは彼女の心からの言葉だということが感じとれる。
「私は、演劇でもスクールアイドルでも、誰かの心に残るような存在でありたいんです」
「今の桜坂さんは十分それになれていると思うよ」
「嬉しいことに、そう言っていただけることも増えてきました。でも、『理想的』と言ってもらえたのは早瀬さんが初めてです」
言葉にしたのが僕が最初なだけで、きっとみんな思っている事だろう。
しかし、桜坂さんの言うこともわかる。実際に言葉にして言われるということは表現者にとって重要な事だ。どんな素晴らしい演技をし、作品を作り出して観るものに感動を与えても、それを言葉にして伝えられることは表現者にとって何よりにも代えがたいものだ。
「だから、私は早瀬さんの理想のヒロインであり続けます。だから」
桜坂さんの眼はいつになく真剣だ。これは演技や取り繕ったではない、彼女の心からの言葉だ。並々ならぬ感情がそこにあるのがはっきりとわかる。
「だからこれからも私を、桜坂しずくを見ていてください」
桜坂さんは、そのまっすぐで純真な、多くの人を魅了した瞳をむけながら言った。
その言葉と表情に僕は思わず息を呑む。
『スクールアイドルとしての自分を応援してほしい』という意味なのはもちろんわかっている。ステージに立つものとしては当然のことだ。
しかし、どうしても胸の鼓動が止まらない。
はっきり言う、ドキドキしている。
彼女がここまで想いを伝えてきたのだから、僕も思いを伝えるべく軽く深呼吸する。
「言われなくても、しずくちゃんからもう目がはなせないよ」
心からの言葉に、僕も心からの言葉を返す。
変なやつだとか、キザだとか思われるかもしれない。
でも、本当のことだ。今の僕はスクールアイドルとしての桜坂さんから目が話せない。虜になったと言ってもいい。
そんな人物が隣にいるなんて、ファンとしてこれほど幸せなことはない。
「へぇっ!?」
僕の言葉を聞いた桜坂さんは少し驚いたような、恥じらったような表情を見せた。自分で言っておいてなんだが、あんな言葉を言われたのだから当然だろう。しかも『しずくちゃん』なんてまた言ってしまった。
「な、なんたって今日からスクールアイドル、桜坂しずくのファンになったからね。これからも応援してるよ」
自分でも恥ずかしさで顔から火が出そうだ。とにかくファンとして応援し続けるという意味であると必死に取り繕う。
すると桜坂さんは深呼吸をした後、またいつもの穏やかな表情にもどった。
「ありがとうございます、暁斗さん。演劇もスクールアイドルも、がんばります!」
普段通りのパッと開くような笑顔で桜坂さんは両手で簡単なポーズを決めてみせる。
「ライブでもやってたね、それ。似合ってるよ」
「結構頑張って考えたんですよ?」
そう言って笑い合いながら、僕と桜坂さんはまた歩を進める。
月と電灯の光に照らされたお台場の街並みは、気分が晴れたせいかいつもよりかは綺麗に見えた。
気持ちを伝えあった、そんな二人に待つものは。
次回第八回『ふたりの時間』
お楽しみに。