雨雫のシナリオ   作:ふらんどる

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変わったのは、その人か環境か。

その人を見つめる人は、それをどう見るか。


第九回 変わった人

 

「講堂の使用申請書、確かに受け取りました」

 

 

 洗礼されたシックなデザインの大きな部屋は、訪れる者にピリっとした緊張感を与える。

 

 その部屋の中で一段高くなった所にある生徒会長専用の机の前に立てばその緊張はなおさらである。

 

 

「置いて帰ろうと思っていたので、いらっしゃるとは思いませんでした。昼休みまで生徒会のお仕事とはお疲れさまです」

 

「いえ、生徒会長として当然ですよ」

 

 この生徒会室の主、生徒会長の中川先輩は優しい笑みを浮かべた。

 

 全校集会の時に遠くから見たことはあったが、実際に会って話すのはこれが初めてだ。

 

『全校生徒全ての顔と名前を把握している』なんて噂が出回るくらいの人物である。

 てっきりもっと厳格で硬派な人を想像していたが、実際に話してみると物腰の柔らかい優しい人であった。

 

「普通科一年、早瀬暁斗さん。演劇部の期待の新人と聞いていますよ」

 

「ありがとうございます。まさか生徒会長のお耳にまで入っているとは思いませんでした」

 

『期待の新人』と言われて悪い気はしないが、期待されすぎるのも正直困る。恐らくこの言い方だと部長あたりが伝えたのだろう。

 

 

「シナリオを読む機会がありまして。自分の『大好き』なものをしっかりと形にしていて大変素晴らしい作品ですね」

 

「生徒会長から言われると何だか照れますね。僕はただ自分の書きたいものを書いているだけですよ」

 

 

 言葉の通り、僕は誰かのためにシナリオを書いているつもりはない。しかし中川会長が言うように自分の『大好き』を詰め込んでいるわけでもない。人に見せる以上は見られて恥ずかしくないよう話の展開や整合性を意識している。

 

 一つの作品を作り上げるのはなかなかに疲れるものだ。

 

 

「実は演劇部の友人がいまして。こう言っていました『これを書いた人は水晶の様に透き通る人だ』と。まさにその通りですね」

 

「……そう、ですか。ありがとうございます、とそのお方にお伝えください」

 

「わかりました、伝えておきますね。私も楽しみにしていますよ」

 

『透き通る』、その言葉にどうしても引っかかるものがある。

 

 だが、なんと聞き返していいのか、この場で答えが出なかった。

 

咄嗟に軽く受け流してしまう。

 

「もしなにか部活の事でお悩みのことがあれば、遠慮なく生徒会に言ってください。いつでもお待ちしています」

 

「悩みって言っても、他の人曰く話が暗くて固すぎる、らしくて。そこをどうしようか悩んでいるんですよね。だから最近はライトノベルでも読もうかなと思ってるんですが、何読んでいいかわからなくて。おすすめ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でしたら『紅蓮の剣姫』をぜひ! 最新巻が出た今がまさに!」

 

 

 

 

 

 

 ふたりだけの広い室内いっぱいに響く声。一瞬何が起こったのかわからなかった。

 

 先程までのもやもやを一瞬にして忘れるほどの勢い。

 

 

 僕の言葉が終わらぬうちに中川会長が勢い良く発した言葉、それはまさかの熱烈なる作品の推薦であった。

 

「グレンノ……、ケンキ……?」

 

 

『紅蓮の剣姫』名前とイラストは見たことがある。わりかし流行りの作品というくらいの認識だ。

 

 様子を見るに中川会長はどうやら相当好きなようだ。先程より明らかに声量が上がっており、姿勢も前のめりになっている。

 

 

 当たり障りのない返答が来るものだと考えていたので、次に何と言っていいかわからない。

 

 

 

 生徒会室には僕と中川会長と二人だけ、見合ったまま何とも言えない空気巻に包まれる。

 

 

 そんな僕とは対照的に、中川会長は目が泳いで口をぱくぱくさせている、まさに『やってしまった』という言葉そのものの表情である。

 

 

「え、ええ。ありがとうございます。読んでみます」

 

「あっえっい、今のはわたっ、私の知り合いが言っていたので無理にと言うわけではなくてですね……」

 

 状況を打開するために会話を続けるが、我に返った様子の中川会長は見るからに動揺しながら早口で弁明しはじめた。

 

 必死に取り繕っているが、『知り合い』ではなく会長自身が件の作品のファンなのはどうみても明らかだ。

 

 

『別に隠さなくても』と言うのは簡単だが、なにか人に言えないのはそれなりの事情があるのだろう。

 ここはあえて触れないでおくことにした。

 

 

 

 

 それに、自分も人のことを言えたものではない。

 

 

 

 

「それでは僕はそろそろ。お時間を取ってしまって申し訳なかったです」

 

「いえ、私としてもお話できてよかったです」

 

 

 振り返って軽く頭を下げる。

 

「あと、おすすめしていただいた『紅蓮の剣姫』でしたっけ、読んでおきますよ。会長と『お知り合い』に感謝します」

 

「あっ、ありがとうございます……」

 

「では、失礼します」

 

 

 いろいろと気になる点を残しつつ、僕は生徒会室をあとにした。 

 

 

 

 

 去り際に見た少し照れた表情の中川会長は、率直に言ってすごくかわいかった。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 窓の外は灰色。夏も近いのに天候のせいで少し肌寒い。

 

 

 

 昼休み、同好会の部室。

 

 演劇部の部室とは違ってメンバーの個性が現れた賑やかな内装の部屋。その隅にあるソファは私のお気に入り。

 

 当然ながら昼休みに同好会の活動はないが、自然と落ち着くこの場所で台本を読むのが好きだ。

 

 

 同好会と演劇部の掛け持ちは正直に言って簡単なことではない。しかし無理を言って掛け持ちをしている以上、どちらも疎かにはできない。

 

 だから、私はできる限りのことをやっている。

 

 一緒に舞台やステージに立つ演劇部や同好会の皆さん、見に来てくれるファンの人。

 

 

 

 

 

 

 そして素敵なシナリオを書いてくれる人のために。

 

 

 

 

「しず子、し〜ず〜こ〜」

 

 

「ん、かすみさん? どうしたの?」

 

「どうしたもこうしたもありません! さっきからかすみんがず~っと話しかけてるのに」

 

 私一人しか居なかった部室に、いつの間にか目の前でこの部屋の主であるかすみさんがいつもの様に頬を膨らませていた。

 

「ごめんね。ちょっと台本読むのに夢中になっちゃってて」

 

 手に持っていた台本に栞を挟んでぱたん、と閉じる。

 

 

 

 

「それでどうしたの?」

 

「ええと……。しず子に聞きたいことがあるって言うか……」

 

 先程の勢いとは反対にかすみさんの口調は弱々しくなる。

 

「もしかして、明日の古典の小テストのこと? わからないところは教えるから、今回は補修がないように頑張ろうね」

 

「違いますぅ! テストなんてそんなイヤ~な話じゃありません!! だ、っだから……」

 

 

 いつも通りの大げさな反応に思わず口角が緩むが、当の本人はなかなか次の言葉が出てこずにまごまごしている。

 

「かすみさん? どうかしたの?」

 

 

 私が話しかけてもばつが悪そうな表情は変わらない。

 

 

「だから、その、あき夫から何か言われなかったかって……」

 

「ん? 暁斗さん? 特に何も言われてないけど……」

 

「って、いつの間にか名前呼びになってるし……」

 

 言われて初めて自分がいつの間にか『暁斗さん』と呼んでいることに気がついた。特に意識していたわけでもないので、内心はっとした。

 

 

「特に何かあったってわけじゃないよ。そういうかすみさんだって、いつも仲良くしてるんじゃないの?」 

 

 お昼休みや放課後にしか会えない私とは違って、席も隣な暁斗さんからは普段からよく勉強を教えてもらっていると言っていた。

 

 かすみさんは私よりもずっと長い時間、暁斗さんと同じ空間で一緒に過ごしている。私が演劇部で見る暁斗さんの姿は、早瀬暁斗という人間のほんの一部でしかないのかもしれない。

 

 

「べ、別に仲良くってほどじゃないです! ただ、あき夫がちょーっと勉強が得意だから教えてもらっているだけですぅ!」

 

「勉強を教えてもらうなんて、十分仲がいいと思うんだけどなぁ」   

 

 

「ちがいますぅ! いつもぼーっとしてるかと思えばずーっと集中してノートになんか書いてるし。かわいいかすみんの方なんてちーっとも振り向いてくれないんですぅ!」

 

 

 いつものように子供っぽく、大げさに反応するかすみさん。

 でも、仲が良いことがよくわかる。

 

 

 

 

 

 

 

「振り向いて、欲しいの?」

 

 

 

 

 そんな言葉が口から出てきた。

 

 

 

 どうしてそんなことを聞いたのか、その言葉がどういう意図なのか、言った私自身にもあまりよくわからない。

 

 ただ、その答えがどういうわけか、気になって仕方がない。

 

 

「べっ、別にそんなんじゃないです! しず子は知らないかもしれないけど、あき夫ってば本っ当に変なんだから! あーんな変わった人なんて……」

 

 

 

『変わった人』かすみさんの言うことは間違っていない。

 

 

 飄々としているようで、実はしっかりと芯を持った強い人、人。

 

 シナリオを書いている時は自分の事が二の次になるくらい熱中するような人。

 

『変わった』ことを挙げてみればきりがない。

 

 

 でも、私から見たら、彼は透き通るような人だ。

 

 

 演劇について話している時に見せる一切混じりっ気のない澄んだ瞳。

 

 自分の心に正直で、思ったことをすぐに口に出せる人。

 

 

 でも、水晶の様に砕け散ってしまいそうな儚げな人。

 

 

 普段から誰にでも愛されるよい子を「演じている」私とは違う。

 

 

 

 

 視線を落とすと『(題未定)』とだけ書かれた白地の表紙。

 

『昔からタイトルだけはどうしても苦労するんだよね』そんなことを言っていたのを思い出す。

 

 

 

 

「……しず子?」

 

 

「今ごろ、どうしてるかな」

 

 

 

 

 

 そう呟くと同時に、遠くからぽつ、ぽつ、と雨音が聞こえてきた。

 

 

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 頼まれていた生徒会への申請を終えた後は、昼休みの残った時間であてもなく校内を歩き回る。

 

 外に行こうかとも考えたが、残念ながら生憎の雨。

 

 結局何をやっているかと聞かれれば『人間観察』というやることがないのをごまかすために一番用いられているであろう言葉がふさわしいかもしれない。

 

 

 

 中川会長と『演劇部の友人』が言った『透き通る』という言葉がどういう意味なのか、いくら考えてもわからない。

 

『純真』、『裏表のない』、『素直』、いろいろと考えるが、自分に当てはまりそうなものが見つからない。

 

 外の天気と同じように頭の中に靄がかかったような気分だ。

 

 もしかして、自分自身が自覚している自分と、他の人から見る自分の姿は違うのか。

 

 

 

「あーきとー」

 

「ふぇっ!」

 

 不意に背後から両肩をたたかれたので変な声が出てしまった。

 

 僕にこんなことをやる人は一人しかいない

 

 

「はぁ……彩花先輩、なにかご用です?」

 

「用がなかったら話しかけちゃダメ?」

 

「そういうわけではないんですが……」

 

 驚いたこちらとは対象的に彩花先輩のいつもの如くほんわかとした樣子である。

 

 この人のペースについて行くのはなかなか大変だが、長い付き合いなのでだいぶ慣れたものである。

 

 

「また、考え事?」

 

「ええ、まあ」

 

「何かあったら、話聞くよ」

 

「ありがとうございます。話すようなこともないですよ」

 

 

 

 彩花先輩は何かと僕に対して世話を焼いてくれる人だ。

 

 それがありがたい時もあればおせっかいな時もある。

 

 今はなんだろう、どっちなのか判断しかねる。

 

 

「暁斗ってさ、変わったよね」

 

「前もそんなこと言ってましたね」

 

 彩花先輩はたまによくわからない事を言う。以前桜坂さんと一緒にいる時にも言われた。

 

 普段ならそれほど気にしないが、今日はそうではない。

 

 僕としては変えようとなにか努力したわけでも、ましてや変わったという自覚もない。

 

 

『透き通る』といい『変わった』といい、つくづく今日はよくわからない事を言われる日だ。

 

「うん、前はもっと、なんて言うんだろう、もっとよく喋る印象だったんだけど」 

 

 彩花先輩の声色は普段と同じく柔らかいが、口調から探りを入れてきていることはわかる。

 

 

「そう、ですか」

 

 

 形容し難い沈黙が流れる。聞こえるのは雑踏と雨音だけ。

 

 

「しずくちゃんも気にしてたよ」

 

「なんで桜坂さんの名前が出てくるんですか」

 

「暁斗は『しずくちゃん』って呼ばないんだね」

 

「次第に変わると思いますよ」

 

 この人が何を聞き出したいのか、薄々わかっている。

 部長といい、演劇部の先輩は人の心を探るのが上手い。

 

 

 

「そういえば伝えてませんでしたが、姉さんなら元気ですよ」

 

「そう。なら、よかった」

 

 

 

 一時の平穏のために、いつまでも現実から背を向けていられないのはわかっている。

 

 ただ、どうしても怖い。今の時間が心地よいからこそ、怖い。

 

 

 遠くからの雷鳴が混じるようになった雨音は、先程より一層大きくなっていた。

 





平穏の願いとは裏腹に、雨は一層強くなる。


次回第十回『ふれや雨』

お楽しみに。
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