賑やかな街並みで、パクノダは迷っていた。目の前にはガラスのドア。ガラス越しにはふわふわでふかふかの……ネコたちが昼寝をしている。
パクノダはネコカフェの前に立っていた。が、そこから一歩も動かない。
何時間こうしているだろうか?人が通る度に、持っているケータイを確認するフリをしている。
まるで、ネコカフェに入りたいなんて悟られないように。
パクノダは蜘蛛、幻影旅団の一人だ。欲しいものなら力ずくで奪う。それが幻影旅団。パクノダ自身、欲しい物は力で手に入れてきた。
しかし、ネコというものは力ずくで上手く奪えるものではない。
気まぐれで繊細。無理矢理従わせようとしたらすぐに爪を出す。ネコという存在は蜘蛛でも上手く扱えないのである。
ネコを操作するかネコが懐くような念があれば、無理矢理にでも手に入れられるかもしれないが……。
それかオーラを飛ばせば大人しくなるだろうが、ネコを怖がらせるのではなく仲良くなりたいのだ。意味が無い。
で、手に入れられないからこそのネコカフェ。
なのだが、パクノダは中へ入れなかった。
「ネコカフェなんて、柄じゃないのよね」
ため息を吐いて、ガラスの向こうのネコ達を見つめる。皆、思い思いにソファやネコベッドで眠っている。
客の一人がネコクッキーで釣っている。羨ましいとパクノダは呟いた。
入りたい。クッキーあげてモテモテになりたい。もふもふしたい。お腹撫でたい。
が、もし蜘蛛のメンバーに見られたりしたら?
絶対笑い者にされるに決まってる。
まあ、ネコカフェなんかに興味を持つ仲間達ではないだろうが。きっとここにネコカフェがあることさえ気づくわけがない。
なのだが、妙なプライドが邪魔をして、パクノダは一歩が踏み出せないのだ。
「はあ……いいなぁ……」
パクノダはもう一度ため息をついて、視線を足下に向けた。
ら、いた。
何かピンクの生き物が。
パクノダは目を見開いた。
ネコのようなピンク色の耳と尻尾。赤いパーカーに白いワンピース。くりっとした目。小さな口。
ネコ……だろうか? よくわからない。
人間らしいオーラを感じないことに気づく。念獣だろうか、この生き物は。
敵意はないのはわかる。いや、むしろ危険を感じさせない変わった雰囲気だ。
不思議な生き物とパクノダはしばし見つめ合う。それから少しして、ピンクの生き物がにっこり笑った。
「こんにちは〜」
「え? あ、どうも……」
開いた口から小さな牙が見える。やはり念獣だろうか。それか魔獣? 念獣なら何かしら攻撃する意図があるかもしれないのに、不思議とこの子はそんなことをしないと確信できた。
「どうしてこの店の前をウロウロしてるの?」
核心を突いてきて、つい声を上げる。
ネコカフェに入りたいのに気づいているだろうか、いやそうだろうな、とパクノダは考える。
そう考えると自然と顔が熱くなってきた。
(いけない。バレバレだ。いつものクールビューティーはどこへ行ったのよ)
あまりの動揺に、自分でクールビューティーと言ってしまっている。
「別に、なんでもないわ。メール見てたの」
苦しい言い訳だが、そう言うしかなかった。
「ふ〜ん」
ピンクの生き物はジロジロとパクノダを見ている。バレバレだ。
「ピィちゃんどうしたの?」
と、ネコカフェの店員の男が顔を出した。どうやらこの生き物はピィと言うらしい。
さらにネコカフェの店員たちにも認識されているようだ。
「あ! あのね、お客さん! だよね、お姉さん?」
「えっ、いや、別に私は」
「ああそうなんですか! いらっしゃいませ! さ、どうぞどうぞ」
「どうぞどうぞ〜」
と、店員とピィに無理矢理ネコカフェに連行されてしまった。
パクノダは入った瞬間こう言ったらしい。
「ここは天国!?」
ネコ好きなら楽園であるのがネコカフェ。
パクノダはすでにネコ達にノックアウトされそうだ。懐っこいネコが一匹、パクノダに近寄る。スリッとパクノダの足に体をこすりつけ、またどこかへと行ってしまった。
「さ、クッキーどうぞ!」
「どうぞぉ〜♪」
店員からクッキーをもらうと、ネコ達が一斉に寄ってくる。
ネコまみれになっているパクノダはデレデレだ。いつものクールな彼女はもういない。
多分蜘蛛のメンバーが今のパクノダを見たら、別人に間違えるだろう。
それくらい顔が溶けている。
ピィはそんなパクノダを見てニコニコだ。パクノダの方は猫に夢中で気が付いていないが。
カランカランと、ドアベルの音にパクノダは我に返った。
「いらっしゃいませー!」
ネコカフェのドアが開き、新たに客が入る。
「いらっしゃいませ〜」
ピィも耳をぴくりと動かすと、客の元へと駆けて行く。
「ピィちゃんやっほ〜!」
「ピィちゃんに会いたくてまた来ちゃった!」
新しい女性客にチヤホヤされて、まんざらでもないらしい。パクノダはそんなピィをじっと見つめていた。
なんなんだろうか、あの生き物は。
「ピィちゃんが気になりますか?」
パクノダは一瞬戦闘態勢をとる。突然現れた男が念能力者だったからだ。
男は敵意がないというように、肩をすくめる。
「私はここの店長、タマです。どうぞよろしく」
「……そう」
念能力者が経営しているネコカフェとは、とパクノダは驚きを表情から消して考える。
タマに敵意は無いし、パクノダもきっかけなく戦いを挑むタイプではない。
一応タマの動きを気にしつつ、さりげなく口を開く。
「あの子、念獣に見えるけど、貴方の念獣?」
タマが小さく笑って首を振る。
「いえいえ。彼女はうちでたまにバイトをしにやって来るんです。どうもハンター協会と繋がりがあるらしいんですが、私もそれ以上知らなくて」
嘘を言っているようには聞こえない。
「ふーん……」
パクノダはもう一度ピィを見た。
すると、パクノダとタマの視線に気づいたのか、ピィがこちらを振り向く。女性客達と何かを話すと二人めがけて走ってきた。
足が小さいので、ゆっくりとたとたと駆け寄ってくる。
パクノダの足元までやって来ると、パクノダを見上げて歯を見せた。
「お姉さん、楽しんでる?」
「ええ……まあ、そうね」
「デレデレだったもんね〜お姉さん。よかったねえ」
「確かにデレデレでしたねえ」
ニコニコ笑うピィとタマ。パクノダは、今の自分を旅団のメンバーに見られなくてよかったと心から思った。
「じゃあ店長、あれいく? いっちゃう?」
「ふふふ、いきますか? いきますか?」
何やら二人の表情が怪しくなる。
「お客様、よろしければこの金額をお支払い下されば……VIPルームなどもあるのですが」
ささっと電卓を見せる。なかなかの金額だ。
だが、きっとそれなりのネコ天国へ招待するということだろう。
「今ならわたしもサービスしますよ〜。わたしはふかふかぷにぷにで最高だよ!」
「ぜひお願い」
パクノダは悩むこともなくそう答えた。
即答すると、そっとピィの頭を撫でる。
ピィのピンク色の髪は、確かにふかふかで気持ちがいい。
ここで触ったことで、パクノダの念能力が発動する。ピィの記憶がパクノダに流れた。
最初は無機質な白い部屋で涙を落とす姿が見えた。一転し、年老いた男に優しく撫でられるピィのイメージが浮かぶ。
ピィは心から幸せそうだ。
不思議とパクノダの心も温かくなる。
「では、VIPルームへどうぞ。こちらです」
お金を支払うと、タマがネコカフェ内にある小さなドアへ案内する。パクノダはピィを抱き上げて、勧められた部屋へと入った。
「こ、これは……ネコ?」
VIPルームに入ると、パクノダは今日二回目で驚愕に目を開いた。
パクノダより大きなネコ(?)、ふっかふかの羽毛みたいな毛皮をもつネコ。気品を感じさせる模様のネコ。
パクノダより大きな巨大ネコが、パクノダを見るなり襲って……いや、戯れてくる。
これは念能力者でもないかぎり、押し潰されて死ぬやつだ。パクノダはネコを受け止め悟った。なるほど、念能力者でなければ楽しめないネコ(?)達のカフェか。
「どの子たちも合法に保護し、飼育・営業許可を受けています。安心して下さいね。あ、よろしければこちらの募金箱にお金をお願いします。ネコの保護や密猟者の討伐などに使わせてもらいますので」
しっかり宣伝もされ、パクノダは少しだけ募金する。
「ね? すごいでしょ〜。わたしもここの子達と仲が良いんだ! みんなとっても優しいの!」
ピィはネコ達にボールにされているが、ネコなりに戯れているのだと……思う。
パクノダはネコやピィと時間ギリギリまで触れ合った。
その日以来、パクノダはネコカフェの常連になるのだった。