つんざくような鳥の声。何かが草を掻き分ける音。ガサガサと茂みからピンク色の猫耳が飛び出す。しっぽはゆらゆら揺れながら、葉っぱを払い除ける。
ピィは森の中を進んでいた。
「むむむ〜」
唸り声を上げながら。
いつもの力の抜けるような柔らかい顔が、眉毛が吊り上がり、口も歪んでいる。
そして困ったような顔でぶつぶつひとりごちていた。
「はーあ。困ったよ全くピィの奴は。パリストンにこの情報を教えるなんて」
自分の名前を呆れたように呟くと、ピィはさらに森の中へと飛んでいく。
ピィの居場所は森の道なき道のように見えるが、円を使いちゃんとどこにいるかわかっているのだ。
「いくらいちごタルトが貰えるからって……わたしも食べたいけどさぁ」
と、甘酸っぱい新鮮ないちごを使ったタルトを思い浮かべて唾を飲む。
「て、ダメダメ! わたしは負けないんだからね!」
頭を振りながら、枝をかき分けた。
お腹がぐう、と鳴るのを聞いて、誰もいないか確認。顔が赤い。
「むむむ〜」
ピィはぎゅっと瞼を閉じ、体に力を入れる。
「負けないもんねー!」
と、振り切るように走り出すのだった。
それからしばらくして、ピィは立ち止まった。開けた場所に出る。目的地だ。目の前はぽっかりと空間が広がっている。その中央に、石でできた遺跡が鎮座している。ところどころ、青い紋様が浮かんでいる。どこか現代の神字に似ている。
遺跡の入り口には、ハンターが二人いる。立ち入り禁止のテープが光でキラキラと反射していた。
「最近見つかった超文明の残る遺跡だっけ? もうちょっと情報をダウンロードしておこうかな」
門番をしているハンターには近づかずに、その少し離れたところで荷物を探っている男に近づく。
門番のハンターより腕が立ち、また他の人間達も一目置いている視線を受けている。
あと一番まともそうなのが決め手だった。
「あの、すみません」
ピィは草むらから飛び出て、男の目の前に着地する。
「おや、貴方は?」
男は一瞬身構えるが、ピィの敵意のない雰囲気を感じとり素直に聞く。
「初めまして。わたし、ピィって言います」
ペコリと頭を下げると、男は一緒驚いた表情を見せる。髭が立派で美しい。かなり手入れに気を遣っているのだろう。
「聞いたことがあります。ハンター協会にいる<会長の子>ですね」
いつのまにかそう呼ばれているらしい。
「私はサトツと申します。どのようなご用件でしょうか?」
「あの〜……実は……」
ピィはサトツに事情を話す。パリストンの名前が出ると、サトツは眉を顰めた。まともな人間ということがそれでよくわかる。
「と、言うわけでわたしの分身の一人がここの情報をパリストンに教えちゃったんです。まだ協会でも慎重に調査されている<超兵器>を、パリストンが手に入れようとしています。パリストンがそれを手にしたら、どうなることやら……」
国一つくらいは滅ぼしそうだとピィは震える。
「なるほど」
サトツは考えているのか、髭を触りながら目線を遠くへやる。
ピィは「うちのピィがすみません」と頭を下げると、佇まいを直して本題に入った。
「この遺跡にある<超兵器>は未だ扱いが危険とされているんですよね。相当量のオーラを内蔵しているとか」
「ええ、そうです。ベテランのハンターでも迂闊に近づけません。……しかし困りましたな。今すぐにでも手を打たないといけませんね」
ピィは少し迷って、サトツにこう言う。
「それ、わたしに任せてくれませんか? 超兵器を手放すことにはなるでしょうけど」
「どういうことですか?」
ピィは自分の考えていることをサトツに話す。
サトツはふむ、としばし目を閉じ考える。
「副会長の手に入るよりはいいのかもしれませんね……。では、ピィさんにお任せします」
「ありがとうございます。じゃあ、兵器が勝手に遺跡から逃げ出したってことにしといて下さい。夜中に遺跡に潜り込みますから、騒ぎが起きたら話したように連絡を」
「わかりました。どうか頼みますね、ピィさん」
「はい! ではまた、夜中に!」
ピィは森の中へと消えていく。葉が擦れる音が消えて、サトツは安心したようにため息を吐いた。
「あれが<会長の子>ですか。確かに不思議と敵意を持てない。実力さえ分からないのですから、善人であって良かったですね」
敵意と悪意を持ってこの話を持ちかけたとは微塵も思えない。ピィには、なぜかそんな気持ちにさせる力があった。
「さて、どうしますか」
サトツは茂みから目を離すと、これから起きる出来事をどう報告するかを考え出すのだった。
夜中。ピィは絶を使い草むらから現れた。黒いフードを被って、音を立てずに走り出す。
「絶妙な絶で身を隠す〜♪」
と、暗闇にまぎれて遺跡に近づく。門番は見張りに飽きたのかいびきをかいて居眠りしている。
「全く危機感がありませんね〜」
さらりと入れてしまった。拍子抜けしつつ、遺跡の中へと足を踏み入れる。
壁にかけられた松明の明かりが、ピィの影を作る。入り口から風が吹きこみ、びゅうびゅうと怪しい音が聞こえてくる。
静かな回廊を進み、広い部屋へ出た。
「わあ〜」
ピィは思わず感嘆の声を上げる。
広間にはキラキラと青暗く輝く石が転がっていた。どれも微弱にオーラを放っている。
その光は幻想的で、星空を見ているようだった。
「キレー! 一個もらお。ビスケにクッキィちゃん代としてあげるんだ。あ、自分用にも」
と、ポシェットに三つくらい拾った石を入れる。用が無くなると、再び遺跡の中を進み出した。
しばらく歩くと、階段が現れた。壁には古代アトラ文字と絵が描かれている。ピィにはさっぱり読めないが、何かを祀っているのは絵を見てなんとなくわかる。
ピィは階段を飛び下りながら、地下深くへと進んでいく。
どれくらい下へ降りただろうか? たまに分かれ道になっていたが、かなりの広さの円を使うことで道を間違えることはない。
いい加減眠くなったのか、ピィの目は閉じかけている。ふらふらと歩いていると、何かにぶつかった。
「べっ!? いったあ〜……て、壁か」
ピィはヒリヒリする鼻を優しくさすって、目の前を見上げた。
突然、大きな壁が現れた。
行き止まりだろうか? ピィの円ではここから大きな空間があることがわかる。この壁にも絵が描かれている。何やら壁に手をかざす男の絵だ。
「ん〜、これはオーラを流せばいいんだっけ?」
他のピィからダウンロードした情報を参照にしつつ、手にオーラを込める。そっと壁を触ると、地響きが鳴り壁が開く。
ピィはその部屋をてちてちと歩く。
大広間とも言えそうな大きな部屋。壁には何から文字や絵があるが、判読不可能だ。
壁からコードのようなものが伸び、中央の<何か>に繋がっている。
<何か>は、白くて丸い不思議な物体だった。
「これが<超兵器>かぁ〜」
超文明が誇る遺産、超兵器。
内部からオーラが漏れ出しているのがわかる。
ピィは超兵器に近づくと、そっと慎重にそれに触れた。
「ジジジ……」
瞬間、オーラが超兵器から溢れ出す。風が鳴り塵が吹き荒ぶ。
「すごいオーラ!」
ピィは体が飛んでいかないように踏ん張る。
地上も異変に気づいたはずだろう。
「じゃあやりますか。おにさんわたし!」
ピィは超兵器に飛びつき、ぎゅっと抱きしめる。すると、超兵器のオーラが急激に減り消えていった。
「……キュウ?」
超兵器が声を上げた。突然自身のオーラが減った……いや、制御されたのだ。それはおかしいと思うだろう。
超兵器が赤いカメラをぐるぐる回していると、ピィの顔がドアップで現れる。
「あ、ごめんね?」
ピィは申し訳なさそうに謝った。
「???」
「このままじゃキミ、悪用されちゃうから。ね、一緒にわたしといようよ。ひっついている間はオーラをコントロールできるから、自由になれるよ!」
「キュウ」
超兵器は少しの間考え、同意するように鳴いた。
「ホント? よかった! じゃあ行こっか。
……超兵器って呼ぶのは変だよね。白いからシロって名前にしよ! 行こっか、シロ!」
「キュ〜〜!!」
シロは自由になれたのが嬉しいらしく、部屋を飛び回り階段を滑って上がる。回廊から入り口へと出て、空高く舞った。
ピィはしっかりシロにひっついて見下ろす。遥か下界にサトツがこちらを見上げているのを見た。
「超兵器が逃げたぞ!」
下から騒がしい音が聞こえてくる。
「いっけえ〜!」
シロは空高く宙を突っ切った。遺跡が小さくなるまで上空へ上がると、星空を見上げる。初めての景色に感動しているようだ。
ピィはそんなシロを優しく抱きしめる。
「これから、もっといっぱいいろんなものを見ようね!」
「キュー!」
二人(?)は空を飛ぶ。小さな流れ星のように、空に煌めいて消えていった。
それから、超兵器がどうなったかを知る者はいない。
ただ、世界のどこかで、不思議な球体と猫耳の生き物が旅をしているのを見かけることはあったようだ。