三ツ星ホテルと名が高いウェルッシュホテルの自動ドアが開く。ホテルの人間は皆、振り返りその三人を見た。
金髪ツインテールのゴスロリ少女と、よれたシャツの男。ピンクの猫耳の不思議な生き物。
金髪少女は大きくぱっちりとした瞳、ゴージャスなまつ毛。ほんのりピンクの唇が男性の目を惹く。上品なゴスロリのドレスが、彼女を人形のような美しさに際立たせていた。
ピンクの猫耳の生き物は、不思議の国のアリスのような青いドレスに白のカチューシャ。小さなポシェットをひっさげて、ふわふわと飛んでいる。マシュマロのような頬は触ると気持ち良さそうだ。
しかし注目すべきなのは、二人のオーラだった。ピリピリと緊張感を漂わせ、一触即発といきそうなオーラだ。
二人共お互いを睨み、敵意を漲らせる。
この二人に何があるのか。
その場に居合わせた人間は疑問に思うしかない。
そして二人の後ろを着いていく男。表情はやつれ色も青い。げっそりした顔で背後霊のように二人の後ろを着いて行く。近くを通った人間は、ゾンビかと二度見するほどだ。
「ちょっと、ウイング! アンタちゃんと聞いてるの? 今度こそアタシが勝つんだから、しっかりと判定しなさいよ!」
「ふん。絶対わたしが勝つもんね。ビスケなんて大したことないもん。ウイング、ちゃんとわたしの勝つところを見てよね!」
どうやら二人は戦っているらしい。
ウイングは掠れた声で何とか返事をする。
一体どんな戦いを繰り広げていたのか。
そして今からどんな戦いが起きるのか。
「あの、師匠もピィさんももうやめてもいいのではないでしょうか……」
意を決したように、ウイングは二人に声をかける。この緊張感で言葉を発するのは、なかなかできることではない。
「なーにいってんのさ! まだ引き分けで止まってるんだから、勝つか負けるかするまでは絶対やめないわさ!」
「ウイング、これは女の戦いなの。ここまできたら、最後まできちんと審判しないとダメなんだよ。わかってる?」
「はい……」
ウイングの返事が小さく消えていく。
三人はそのままエレベーターに乗る。最上階のボタンをウイングが押し、エレベーターが動き出した。
「絶対にアタシが勝つわさ」
「わたしだもんね」
二人の交わる視線は、火花を散らしている。
「もう帰りたい……」
ウイングの嘆きは、ピィとビスケには届かなかった。
エレベーターが止まり、ドアが開く。目の前に広がるはーー
スイーツ、お菓子、スイーツ、お菓子、スイーツ……。
ビスケとピィの目が輝く。後ろでウイングは死にかけている。
「一度来てみたかったのよね〜世界一のスイーツバイキング! ああ〜最高! どれも美味しそうだわ〜!」
「ふふふ、今日は食べて食べて食べまくるぞー!」
二人のテンションはだだ上がりだ。
「あのぉ二人共、さっきもスイーツバイキングに行きましたよね? いやその前もその前もスイーツばかりですよ。もう朝からずっとスイーツしか食べてないような」
「スイーツクイーンはわたしの称号だからね!」
「ふん! アタシこそがスイーツの女王だわさ!」
「聞いてない……うう、もうスイーツなんて見たくない……」
ウイングの嘆きは虚しく、二人は勇ましくスイーツバイキングへと歩き出す。
「ここのスイーツバイキングの制限時間は60分。負けた方が今日の全てのスイーツバイキング代金を払うってことでいいわね?」
「望むところだよ。じゃあウイング、ちゃんと見ててね!」
「しっかりカウントしないと、アンタが代金支払うことになるからね!」
「うぷ……は、はい……」
それはたまったもんじゃないと、ウイングは吐き気を抑えてゴーサインを出す。
それを合図に、ピィとビスケはバイキングに散り散りになりスイーツを選び始める。
トレーにはどんどんとケーキやらチョコレートやらアイスが盛られ、てんこ盛りだ。二人はテーブルに座り食べる→スイーツを盛る→食べるを繰り返す。
その速さと上品な食べ方、美しい盛り方に周りの目は釘付けとなる。
「はあ、二人共、胃は大丈夫なんでしょうか……私は見るだけで胃もたれを起こしているのに」
逆に感心しつつ、ウイングは二人を眺める。
「スイーツは別腹って言うだろ? レディーとはそういうものさ」
そんな言葉に振り切る。
ウイングの隣に立ったのは、ブロンドの髪の美しい女性。白いエプロンとシェフの帽子を被っている。
「私はスイーツハンターのカヌレ。ここのシェフも務めている。いやあ、あんなに美味しそうに食べてくれる人たちは久しぶりだ。嬉しいねェ」
にっこり笑って、カヌレは二人を見る。
「あれはただスイーツを食べているんじゃない。味わい楽しみつつ、スイーツを愛でているんだ。まさしくスイーツを愛する淑女。ビューティフォー!」
ただ爆食いしているようにしかウイングには見えないが。
「今のところゴスロリの彼女が勝っているけど、どうなるかな?」
「もうどっちが勝ってもどうでもいいですけどね……ううっぷ(吐きそう)」
そのうち優雅に食べまくるビスケと、小さな口で懸命に食べるピィを見ようとギャラリーができてくる。
大事になったぞとウイングは汗をかきつつ二人の食べるスイーツをカウント。
一つ、また一つと食べて盛る二人に感嘆の声が起きる。中にはビデオを回して中継する輩まで現れた。
こんなので有名になっていいのか、ダブルハンター。そう言いたいが吹っ飛ばされそうなので黙っていよう。
「む! このいちごタルトはパリストンがピィにあげたあの究極のいちごタルト……! ああ〜美味しい。甘くてみずみずしいいちごとサクサクのタルト生地、歯ごたえのあるカスタードクリーム! まさしくいちごタルトのクイーン! 最高だよぉ!」
「このスコーン! パサパサせず絶妙なしっとり感! マーマレードも一級品だわさ! 紅茶と合わせればいくらでもいける! 今まで食べたスコーンの中でも最高級だわさ!」
もはやグルメ番組と化している。褒められているカヌレもまんざらではなさそうだ。
「私もタルト食べたい」
「オレにもあのスコーンを!」
美味しそうに食べる二人に触発されている人間までいる。
ネット中継によってさらに宣伝効果大。
一瞬、二人がこの店の回し者かと思ってしまうほどだ。
二人はペースを落とすことなく、スイーツを食べ続ける。
そして、時計の針が60分を指さした。
「時間終了〜!」
カヌレが終了の合図を出すと、ギャラリーがピィとビスケに惜しみなく拍手を送る。
二人のテーブルには皿という皿が積まれてある。皿洗いが大変そうだとウイングは冷静に思った。
「では、結果発表に入ります……」
皆、緊張の空気でウイングの言葉を待つ。
「私のカウントでは……僅差ですが、109個スイーツを食べたピィさんの勝利です」
わっとギャラリーが沸く。ピィはカヌレから、いつのまに作ったのかお菓子のトロフィーを授与された。
紙吹雪が舞い、皆がピィに声をかける。
ピィも嬉しそうにそれに応えていた。
「ぐっ……ウイング、アタシはどれくらい食べたのよ」
ビスケは悔しさを滲ませながら、ピィに拍手を送る。ウイングの隣まで行くと、小さな声でそう聞いてきた。
「107個です。それだけ食べたんですから、普通にすごいですよ」
「せめて120個まで行きたかったわさ」
「えっ」
これにはウイング、本日32回目のドン引きである。
「じゃ、ビスケ、支払いお願いね〜」
祝福の言葉をひとしきりかけられたピィが、ビスケとウイングの元にやってくる。
「負けたんだから泣き言は言わないわよ。お会計お願いするわさ〜」
ビスケが代金を支払うと、三人はホテルから出て行く。カヌレにまたいつでも来て欲しいと言われ、ピィとビスケは再びの戦いを誓うのであった。
それを横で聞いていたウイングは、未来に恐怖し顔が真っ青になっていたようだが。
ウェルッシュホテルを後にした三人。ビスケは日の光を浴びて大きく伸びをする。
「じゃあ、食べるだけ食べたし、クッキィちゃんタイムとするわさ! これだけ食べたらさすがに太りそうだからね〜しっかり糖分を落とさないと!」
「ほんとクッキィちゃんがいてよかった! クッキィちゃん様様だよぉ」
ピィもパンパンに膨らんだお腹をさすり、そう言う。
「ほらウイング、ホテルに帰るわよ! グズグズしない!」
「ウイング〜早く行こうよ〜!」
「は、はい! ……はあ、私は心のマッサージが欲しいですよ。この胃焼けをどうにかしてほしいものです」
女の「スイーツは別腹」を思い知ったウイング。
ブツブツ文句を言いながら、師匠とその友人の後を追うのだった。
ウェルッシュホテル→ウェールズ発祥のお菓子、ウェルッシュケーキから
カヌレ→フランスのお菓子カヌレから