「ねえ、イルミぃ〜」
何故こんなことになったのだろう。
イルミは聞こえてくる声を無視する。しかしそのピンク色はイルミの目の端にチラチラと映るのだ。
ウザい。イライラが溜まる。
「いーるーみー。イルミイルミイルミイルミ!」
「……」
殺意が湧き上がる。きっと目の端のピンクもわかっているはずだ。オーラが出ているのだから。だと言うのに、ピンクの塊はバタバタ暴れている。
すぐに殺意は消えるが、くっそウザい。殺意が消えるのはなんらかの念能力だろう。ならこのイライラも消してくれればいいのに。
「ねーーーー!! イルミッ!! きーーーけーーー!!」
「うっっっっさい!!」
イルミは反射的にクッションを投げていた。ボフッ!と、クッションがピンクに当たる。
「もがもが。……ふう! 殺し屋がクッションを投げるって笑えるね〜」
そのピンクの生き物……祖父が言った「ピィ」は無邪気に笑っていた。
ピィ。祖父であるゼノが突如紹介し押しつけてきた謎の生き物。ピンク色のふかふかな猫耳に、長い尻尾。ぷにぷにのほっぺ。
赤い頭巾とワンピースが、まるで童話に出てくる生き物のように見える。
しかしゼノが言うには「かなり厄介な相手」らしい。
「油断するなよ。あやつの念は制限が無い」
念の制限が無い。と、言うのはつまりどういう意味を表すのか。その言葉だけではよくわからない。だがゼノも戦おうとしない相手なら、イルミも戦わない方がいいだろうということはわかっていた。
だと言うのに、このネコはイルミを苛立たせる。
「何か怒ってる? 大丈夫? 鉄分足りないの?」
それはお前のせいだ。歯がギリっと鳴る。
いつもクールなイルミだが、これには感情を露わにするしかない。
全くじいちゃんは何てもんを寄越してきたんだ。
祖父だから断れなかったが、これが他人の頼みなら今にでもピィを箱に詰めてガムテープでぐるぐる巻きにして返品していたところだ。
「誰のせいだと思ってんの」
「イルミが返事しないからいけないんでしょ? 今度いきなりクッション飛ばしてきたら、もうタコさんウィンナーもうさぎさんも作ってあげないからね!」
「わかった。ごめん」
全然突然ではないのだが。オーラでわかるはずなのだが。
しかし、ピィの作るタコさんウィンナーとりんごのウサギさんは最高に美味しいのである。ただウインナー切ってりんごの皮を剥くだけなのだが。不思議である。
「ふふ。そこだけ素直なのは小さい頃と変わんないだよねえ」
「オレは記憶ないけどね」
小さく笑うピィに、イルミは冷たく答えた。
どうもピィとゼノの話では、イルミとピィはイルミが小さい頃に会っているらしい。小さすぎてイルミは覚えていないらしいのだが。
こんなワガママな生き物、一度会ったら忘れないと思うのだが。
「ねえ! 天気も良いし外で食べようよ! 他にもいろいろ作ってるの! ピクニックピクニック〜!」
「イヤだね。何でそんな面倒なことしなきゃいけないの」
「えーヤダヤダヤダ! ピクニック行こうよお! ピクニック行きたいよおーー!!」
ピィが暴れ出す。きっと針を飛ばしても気にせず暴れるだろう。飛ばす気も起きないが。
イルミは深くため息を吐いて、上着を着る。
「わかったよ。行く行く。さっさと準備してさっさと外で食べて帰るよ」
「やったー!」
ピィは、台所から三段ほどあるお弁当と水筒をとり出した。馬鹿でかい弁当にどれだけ楽しみにしていたかわかる。
しかしいつのまに三段も弁当を作っていたのか。
「じゃあピクニックにれっつらご〜!」
ピィに背中を押されながら、イルミは部屋を後にした。
イルミが借りていたマンションから十分もかからない公園。空は青く、芝生も青く。家族連れがシートを広げてピクニックをし、子どもたちが遊具で遊んでいる。
子どもの賑やかな声が公園に響いていた。
ピィは木の下まで走ると、ポシェットからピクニックシートを広げていそいそと準備をしている。
イルミは興味なさげにその光景を眺めていた。
「ピクニック、ね」
昔の記憶がふと蘇る。
キルアやアルカにせがまれ、ピクニックごっこをしたことがあった気がする。
その頃からやけにごっこが上手い記憶があった。何故かはわからないが。
「イルミぃ! お弁当食べよ〜」
「はいはい」
「あのね〜今日さ朝から頑張ってお弁当作ったんだ〜。一段目はね、ネテロも大好きなちらし寿司。パリストンも絶賛したいなり寿司もあるんだよ!あとね〜ジンが一度も文句言わずに食べた卵焼きもあるしねーチードルがお手をするくらい美味しかったらしいピーマンの肉詰めもあるんだよ!いっぱい作ったから食べようねぇ」
ピタリ、とイルミは足を止めた。
「ピィ。ちょっとトイレ行ってくるから待ってて」
「大と小どっち?」
何も言わずにピィから離れる。
「だから大と小どっち〜!!!???」
「大の方!!!!」
後ろから「なあーんだ便秘か下痢か〜」と聞こえてきたが無視することにした。
「本当にうっざい……今すぐ口をガムテープで閉じてぐるぐる巻きにして針刺して箱に入れてゴミ置き場に放置したい」
などとブツブツ呟いている。
公園にある寂れた男子トイレに入ると、イルミは振り返った。
目の前には念能力であろう男が立っている。
ニヤニヤ笑う下品な顔に、イルミは自然と虫唾が走った。
「よぉゾルディック家の長男さんヨォ。
オレはラリホーってんだ、なんの用で来たかわかるよな。ほいほいと殺しやすいフィールドに来てくれてヨォ」
「いや……別にただピィのワガママ聞いただけだし。キミとは関係ないし。ていうか、ゾルディック家ってわかって近づいたんだ」
「当たり前じゃねェか」
ヘラリとラリホーは笑った。
「オレが世界に名を馳せる殺し屋になんだよォ!」
「バカじゃないの」
イルミは冷たい目で男を見下ろし、針を放つ。ギャッと短い叫び声が聞こえ……トイレからビキビキと不気味な音が響くが、前を通り過ぎた人間が気にすることはない。
脳天に針の刺さったラリホーが出て行って数分、イルミもなんでもないようにトイレから出て行くのだった。
「あ! イルミい!」
よく長く待てたもんだと思っていたら、ピィの隣を見てイルミはため息をついた。
「誰、それ」
「なんかね〜イルミに用があるんだって〜」
見るからに裏社会の人間らしい女性がピクニックシートに座って戸惑ったような表情を浮かべている。
「せっかくだから一緒にピクニックしよ〜って誘ったんだ!」
「いや、アタシは……ゾルディック家の人間を殺しに来て……先にこいつをって……なんでこんなことに?」
「そんなこと言われてもこっちが聞きたいんだけど」
とりあえずピクニックシートから追い出して、脅し文句とオーラを込めるとスゴスゴと逃げて行く。
やはりピィの念能力は操作系だろう、とイルミは隣の小さい生き物を盗み見した。常時発動型か、厄介な能力だ。
盗み見たはずなのにピィと視線が合うと、その生き物はにっこりと笑った。
「で、スッキリした?」
「うん、まあ」
余計なことは言わないでおこう。というより説明が面倒くさいのが八割だが。
「まあ、美形も殺し屋も口から入れて尻から出すだよね。人間なんだし」
「オレも人間だからね」
そりゃそうだとイルミは呟く。
「だねだね!」
うんうんとピィは頷いて勢いよく指を空に指した。
「じゃあじゃあじゃあ、改めてピクニックたーいむ! 楽しみましょお〜!」
「次は変な人誘わないでよ」
「なに食べる〜?」
全く聞いていないのにイルミは殺意を一瞬覚えた。
「ジャジャーン! みてみて! ちらし寿司! あ、イルミはこれかな?」
一番上から二段目を開けると、いかにもお子ちゃまが食べそうな料理がたくさん揃っていた。
カニクリームコロッケに、ミートボール、小さいハンバーグ、旗が刺さったプチトマト。
それからイルミの大好きなタコさんウインナーとうさぎのりんご。
それをピィは嬉しそうに紙皿に乗せていく。
「はい! どうぞ!」
「……ありがと」
紙皿を受けとったイルミは、まじまじとピィの料理を見つめた。
なんだか懐かしい感覚が、くすぐったい。振り払うようにタコさんウインナーを食べると、突然小さな頃の記憶が蘇ってきた。
「イルミぃ、今日はなにして遊ぶ?」
まだ幼いイルミだったが、殺し屋としての訓練はそれに待ったをかけなかった。
そんな中、癒しだったのがその不思議な生き物との時間だった。
ピィと名乗ったそのネコは、祖父の用事が終わった後、イルミの休憩時間の合間にたまに遊びに来てくへた。
イルミはピィと遊ぶのが、密かな楽しみだった。
「ねえ、ピィはピクニックって知ってる? それやりたい」
「いいね! ピクニック! じゃあ今度、ごちそう持ってピクニックしよ!」
そう約束して一週間後、二人はゾルディック家の敷地でピクニックを始めるのだった。
「これなに?」
「それはタコさんウインナーだよ」
「これは?」
「りんごのうさぎさん!」
ピィの作ったそれはどれも初めて見るもので、イルミは見ているだけで興奮した。
「はい、どうぞ〜」
恐る恐る口に入れたイルミの顔が一気に明るくなる。
「おいしい! こんなにおいしい食べ物初めて!」
「そりゃ毒入りよりは絶対おいしいよ。それにわたしの手作りだもん。魔法がかかってるからね!」
「魔法……」
小さなイルミには確かに魔法がかかっているかのように思えた。
「もうそろそろ、殺し屋の訓練も忙しくなって会えなくなっちゃうかもだけど。また一緒にピクニックしようね」
「え! もう会えなくなっちゃうの?」
「ゼノに言われたんだ。わたしがいると訓練に支障が出るって」
「そんな〜」
イルミが涙ぐむと、ピィは慌ててタコさんウインナーをイルミの口に入れる。
モゴモゴと食べているイルミをピィは優しい瞳で見つめていた。
「イルミが大きくなったら、また一緒にピクニックしよ! 約束!」
「もぐもぐ。……うん。約束だよ」
ピィに教えてもらったゆびきりげんまんをしながら、イルミはまたピクニックができるくらい立派な殺し屋になろうと決めたのだった。
「イルミ?」
ピィの声に、イルミは我に返る。
あれは確かに自分が小さかった頃の記憶だった。イルミはピィを見つめる。
「ん? どしたの??」
ピィは首を傾げると、また笑ってタコさんウインナーをイルミの口元に持っていく。
「はい、あーん」
「……もう、一人で食べられるよ」
イルミはタコさんウインナーを摘むと、大きな口へ放り投げる。
そのタコさんウインナーの味は、あの頃とひとつも変わっていなかった。
「約束、覚えててくれてたんだ」
俯いて、ピィに聞こえないくらい小さな声で呟く。
不思議な感覚が、胸からじんわりと熱を帯びていた。
「……ねえ、一段目には何が入ってるの?」
「あ! 気になる? 実はね〜」
賑やかな公園の片隅で、殺し屋は静かに平和を噛み締めた。