国内最小の島、ネルデ。ド田舎の島とされるネルデの船便は少なく、数時間に一本でもいい方だ。
そんな小さな島にレオリオはいた。
いつもは穏やかでゆったりとした時間の流れるネルデだが、ある事件により陰鬱な空気を放っていた。さらにこの時期に多い嵐のせいで島の上空にはどす暗い雲が立ちこめている
レオリオはひと気のない裏通りを、なにか考えこんでいるようで真剣な面持ちで歩いている。
「ラドネの先生まで、あの病気にかかるなんてな……。金があってもこの病は治せねえのか」
今の現状を知るレオリオは、金さえあればなんとかなると思っていた自分を恥じていた。そんな簡単な問題ではないのだ。
今は亡き友人の面影に、唇を噛む。
「オレにできることはねえのかよ……!」
そんな言葉を漏らした時だった。
「きゃーーーー!! たすけてーーー!!」
少女のような悲鳴に、レオリオの体が無意識に動く。
声のする方向へ走ると、目の前に野犬と小さなピンクの生き物がいた。
「なんだありゃ? 妖精かあ?」
ピンク色のふかふかの髪にネコ耳。赤いポシェットからモノが散乱している。
その妖精のような生き物は唸る野犬に震えていた。
「やめてよ! そのフランクフルトはあたしのものだもん~!」
と、涙目で犬を睨みつけている。野犬の方というと、フランクフルトを取られまいとぐるぐる唸っている。
一触即発。
いったいぜんたいなんなんだかわからない状況だが、妖精が困っているのは明白だ。
レオリオはナイフをカバンからとりだすと、妖精の前に立って野犬と対峙する。
「おら! とっととどっか行け!」
「くうう~ん」
野犬はレオリオに気づくと、惜しそうにフランクフルトを口にしたまま立ち去っていった。
「大丈夫か? ケガしてんじゃねーか! 噛まれたのか?」
妖精のような生き物はレオリオに指摘されて見た自信の腕のケガを見ると、首を振った。
「逃げてるときに転んじゃったの……」
「ちょっと待ってろ」
レオリオは消毒用アルコールと絆創膏をとりだし、処置をする。
「ありがとう……」
妖精はピィと名乗った。妖精ではないらしい。あとフランフルトが名残惜しいらしい。
「おまえさん、いつこの島に来たんだ? 見かけたことがねえんだが……」
ぐうう~~。
ピィが顔を赤くする。レオリオは苦笑すると、ピィを抱き上げて路地裏を歩き出した。
二人はこの島唯一の酒場に入る。いつもなら島民が集まり騒がしいらしいが、レオリオが来たときにはすっかり静かで葬式かと思う空気だ。
とりあえず酒場の店主に注文し、二人は席につく。
「おじさん、改めて助けてくれてありがとう」
「レオリオだ。おじさんじゃないからな」
と言うがまったく聞いていない。
ピィは酒場を見回して不思議そうに首を傾げる。
「それにしても、静かな島だよね。みんな暗い顔してるし」
フランクフルトも吹っ切れたのか、やっとこの島の異常に気づいたらしい。
「しゃあねえよ。ボンサイ病が流行ってんだからな。いつ自分がかかるかと思えば怖いもんだ」
「ボンサイ病?」
きょとんとした顔でレオリオを見る。
「おまえ、知らないでこの島に来たのか?」
レオリオはあきれた様子で話し始めた。
「人間にでっかい樹が寄生するんだ。寄生された人間は意識不明になり、養分を吸われるかのように干からびていく。つい二ヶ月前に現れて、今は二十人ほどボンサイ病にかかってる。オレが入ってるボランティア団体の代表であるラドネ先生まで……その病気に」
「ええ~! 怖い病気だね。いったいなにが原因なのかな? 治療法はないの?」
「それが、どっちもさっぱりでな」
「ふう~ん」
と、ここで料理が運ばれてくる。
「わあ! ハンバーグだ! いっただっきまーす!」
じゅうじゅうと音を立てるハンバーグは、見るだけでよだれが出てくる。
ピィはハンバーグをおいしそうに食べ始める。
レオリオはピィがおいしそうにハンバーグを食べる様子に、つい笑みを漏らした。
ここ最近、暗いニュースばかりで鬱々としていたところだ。妖精なんだかわからない存在だが、自然と人の心を穏やかにさせるようだ。
「ふう~ん。なにかの縁だし、ちょっと探ってみようかな? これはぜったい念絡みだろうし」
「ネン? なに言ってんだ?」
言っていることが半分わからないレオリオだったが、すぐにピィを引き留める。
「やめとけ。もしおまえさんがボンサイ病にかかったらどうすんだ。それに。ボランティア医師団体の代表ラドネさんまで罹ったんだ。なにかあっても知らねーぞ」
「レオリオも人為的なものだって思ってたりする?」
ピィの言葉に、レオリオは顔をしかめる。
たしかにそうだった。ありえなさそうな突飛のない話だが……ボンサイ病が誰かが起こしたことなど……そんな予感をレオリオも感じていたのだ。
「ラドネさんが言ってたんだ。ボンサイ病を起こした存在がいるって。人為的に起こしたみたいな、そんな言い方だった」
「なるほど~。この島に犯人はいるだろうね。よーしレオリオ。お昼食べたらさっそく調査にとりかかろ~!」
「って、オレもいる前提かよ!」
と言ってももちろん、レオリオもついていくつもりだったのだが。
二人はこの島唯一の診療所にいた。ピィはレオリオのシャツの胸ポケットにいる。
端から見ると、ぬいぐるみをポケットに入れているようだ。ピィは小声でレオリオに念を押す。
「いい? あたしはぬいぐるみだからね。犯人に見つからないように動くんだよ。よし、絶しとくか~」
「ゼツ? ああ、わかったよ」
相変わらずなにを言っているかわからないが、とりあえずピィの言うとおりにする。
二人はまず、ボンサイ病の感染者がいる病室を訪れた。広い病室に入った瞬間、ピィの息を呑む声をレオリオは聞いた。
ベッドに横たわっている女性の胸……心臓部分から、美しい曲線の枝を持つ紅葉。枝は天井近くまで伸び、根っこは女性に絡みつき養分を吸っている。
美しい紅葉の葉は、曇り空から覗くわずかな日の光をめいいっぱい浴びていた。
あまりの異様さに、ピィでさえ言葉を失っている。
「これがボンサイ病だ」
レオリオはピィに聞こえるくらいの声でそう呟いた。
部屋にいる患者の胸に、根っこを張り付けた立派な松や紅葉。桜まで。
それは確かに、確かにーー
「ほんとに、盆栽じゃん!? ここはジャポンか何かなの!?」
「ジャポン?」
「あっ、レオリオくん!」
声を聞いたレオリオがふり返ると、ナース服を着た看護師がいた。
この島に住んでいて看護師として働いている女性だ。
「ハートさん」
「ラドネさんの様子を見に来たの? わかるよ。私も、友だちがボンサイ病になってしまったから……」
ハートは俯いて目を潤ませる。ナースウォッチを握りしめる手は震えていた。
ハートの友人こそ、この真っ赤な紅葉を咲かしている女性だ。涙をこらえながら、横たわる女性の手に自身の手を重ねる。
そんな光景に、レオリオは再び唇を噛んだ。
「大丈夫ですか、ハート君」
穏やかなその声に、その場の全員がふり返る。
「先生!」
「この島に唯一いる医師、アキタさんだ」
レオリオは二人に聞こえないくらいの声で、ピィに説明をする。
柔和な笑みを浮かべた彼は、半年前にこの島にやってきた。島民にも慕われている。
「ラドネ医師の様態はどうかね」
「はい。少しずつ苗が大きくなっています。なぜか他の患者より成長が早いですね。意識もありませんし、この調子では……」
「ラドネさん……!」
その場の誰もが、自分の無力さに途方もくれていた。
「ハート! ちょっといいか?」
もう一人の島の看護師がハートに声をかける。
ハートはレオリオとアキタに礼をすると、病室を出ていった。
「このようなことがあって、レオリオ君も辛いでしょう。私も全力でこの病気の原因解明に努めます」
「オレにもなにかできることがあったら言ってください」
「ええ。その時はお願いします」
アキタはそう言うと、ハートと同じように病室から出ていった。
レオリオは、ラドネの元まで歩いて行く。そこには、白髪の男性がベッドに横たわっていた。
まだ薔薇は咲いていないものの、心臓に根付く苗は二日前より大きくなっている。
「この人、念能力者? そっか」
ピィはポケットから身を乗りだして、何か考えこむ。
「ねえレオリオ、最初の被害者ってどんな感じでボンサイ病になったの?」
「え? ああ。えーっとたしか、元々ここの患者だったらしくてよ。診察を受けて三日後にボンサイ病になったとか聞いたな」
「やっぱり。ねえレオリオ、ちょっと調べて欲しいことがあるんだけど」
それを聞いて、レオリオは信じられない気持ちになったのだった。
夜の21時。診療所は静まっていた。外は嵐で雨が窓を打つ。ボンサイ病の感染者のいる病室は暗く、盆栽達が不気味に胸を張っている。
レオリオはアキタの部屋にいた。アキタはコーヒーをテーブルに起きレオリオに勧める。
レオリオは一口コーヒーを飲み、息を吐いた。
「それで、話とはなんでしょうか」
アキタはレオリオの様子から、なにか重大な内容なのだろうと思っていた。不安げにレオリオを見る。
「ボンサイ病についてなんですけど」
レオリオはピィからの頼みを聞いた時「まさか」と思った。しかし、その頼みを聞くうちに「まさか」は「確信」に変わる。
「実は、ラドネさんが病気に罹る前にこう言ってたんです。これは人為的なものだ、って」
「人為的!? そんなまさか……!」
アキタは信じられないうとでもいうように、ソファから立ち上がる。
「オレも信じられませんでした。でも、ラドネ先生は確信していたいたようなんです。そして、先生はボンサイ病になった。まるで口封じされたみたいに」
「しかし、一体どうやって人に盆栽を寄生などさせられるのでしょうか」
「それはオレにもわかりません。わからねえけど、オレはラドネ先生を信じてるんです」
「では、誰がそんなことを」
「とっても言いにくいことなんですが」
レオリオは振り切るように首を振って、こう言った。
「この診療所にいる人間がやったんだとオレは思います」
アキタは目を閉じ、考えこんでいる。レオリオは話を続けようと口を開く。
「気になって、患者がボンサイ病に罹った経緯を調べたんです。最初の患者は、この診療所で治療を受けて三日後にボンサイ病に罹った。他の患者たちも、なにかしらこの診療所と関係があったんです。そして、ラドネ先生も」
「そうですが、では、ボンサイ病を蔓延させた張本人がここに」
「オレも、信じたくねえんです。でも……まずはアキタさんに話そうと思いまして。アキタさん……ん……あれ……?」
レオリオは異変に気づいた。体が痺れて、口も上手く回らない。
なんだか頭がぼんやりして、体の感覚がなくなっていく。レオリオは必死に目を動かして、アキタを見上げた。
「残念です。貴方はいい医者になるだろうと思っていましたから」
「あき、た、さん」
アキタは立ち上がると、冷たい目でレオリオを見下ろした。口元は不気味に歪み、怪しい光が目に輝く。
「でも、貴方も素敵な松を咲かせてくれそうですね。楽しみですよ。美しく育って、私の力となってくださいね。ラドネ医師のように」
ソファに崩れ落ちるレオリオ。アキタは懐から試験管をとりだすと、レオリオに近づいていった。
試験管の中には、少しだけ芽を覗かせた小さな種が入ってる。
(まさか!)
レオリオは必死に目を動かす。すでに体はコントロールが効かない。眼球で抵抗するだけだ。
「この種は特殊なものでしてね。死者の山という山奥から見つけたものなんです。ずっと、ずっと前にね。
……ああ。楽しみだ。レオリオ君はどんな色に染まるのだろう? 大丈夫、意識はないですから。痛くもありません。さあ」
(ここでオレは終わっちまうのか? まだ、医者になる夢も叶ってねえのに! こんな!)
レオリオの意識が遠のいていく。
「鬼さんわたし」
小さな声が部屋に響た。嵐で雨が窓に打つ、この薄暗い部屋に似合わない可愛らしい声。
アキタの目が見開かれた。レオリオの目に、アキタの頭に乗っかるピィが映る。
「あなたの好きにはさせないよ」
レオリオの意識はそこで途絶えた。
れお……りお……
レオリオ……
(お前、生きてたのか! オレはお前を救いたくて!)
だから、早く……
(オレは絶対!)
「レオリオ~! 起きろ~!」
腹に衝撃が走って、レオリオは飛び起きた。
「いってえええええええーーー!!」
「あ、起きた。よかった思いっきり腹に頭突きしたかいがあった~」
ピィが嬉しそうにレオリオのお腹に乗っている。どうやらこの痛みはピィのものらしい。
「もーっちょっと優しい起こし方しろ!」
「えーやだ」
「や だ じゃ ね え !!」
二人のやりとりに、病室の患者達が起き出す。
レオリオは驚いた。起きだしたのはボンサイ病に罹っていた患者たち。そこにはハートの友人やラドネ医師もいた。
「レオリオくん!」
ハートが目覚めたレオリオに駆けつけていく。
その目は嬉しそうで、泣きながらレオリオの手を強く握りしめた。
「よかった、目を覚まして! レオリオくんと、ピィちゃんのおかげでみんな元に戻ったんだよ!」
「へ? いったいどういうことだ!?」
レオリオにはさっぱりわからない。そんなパニックになっているレオリオに、ピィが口を開く。
「うんだからね。レオリオも聞いたと思うけど。このボンサイ病を蔓延させたのはあのアキタっていうお医者さんなんだよ」
「本当にそうだったのか!?」
「そ」
ピィは腕を組み、うんうんと頷く。
「あのお医者さんは、樹を人に寄生させてその養分を吸い取って長生きしてたの。あれでもう400歳らしいよ」
「400歳!? マジかよ」
レオリオは、あの不気味な表情をしたマルコスを思い出す。
そんな人間だとは思わなかった。
「自分がやっているとわからないように、住むところを転々として事件を起こしてたみたいだね。それにラドネさんは気づいた」
「そうか、それで……ん? で、そのアキタはどうなったんだ?」
「ハンター協会に連絡して連行された。ああいう輩はハンター協会が担当だからね」
「そうなのか……」
レオリオは窓の外を見た。空はすっかり晴れ渡り、青さが目にしみる。
鬱々としていた島の空気も、すがすがしいものになっている気がした。
「事件が解決してくれてよかった。レオリオがあんな行動するからアドリブになっちゃったけど。まー結果オーライだよね」
ピィはレオリオとハートににっこり笑いかけると、ベッドにダイブして転がり始める。
「これから忙しくなるんじゃない?」
「ああ、そうだな」
ボランティアとしてこの島の人々を救わなければならない。いろいろと大変そうではあるが、自然と心も晴れやかだった。
「ねえレオリオ、わたしもレオリオについていっていい? レオリオのやること、わたしも手伝いたい!」
「頭突きしねーなら、いいぜ」
枯れた紅葉の葉っぱが、カサリと音を立てて窓から飛んでいった。