コードギアス‐魔導のルルーシュ   作:にゃるが

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今回はカレンを主軸に置いたお話。
今回は独自設定が一部で溢れております。


リフレイン/受け継がれる思い

 黒の騎士団が表舞台に立ってから二週間。様々な法では裁けない悪を白日の下に晒していく二重生活を送るカレンは自宅であるシュタットフェルト家の屋敷のベッドの上で夢を見ていた。

 それはエリア11がまだ日本だった頃の記憶。その頃はカレン・シュタットフェルトではなく紅月カレンとして兄と母の三人で慎ましく暮らしていた。

 

 ──カレン、今日は調子が良いから妖精さんを見せてあげるね。……それ♪ 

 

 母が手の平から柔らかな光の球体を出してカレンの周りをくるくると回る。

 何かと不器用だった母の調子が良い日にだけ見る事が出来た特技。今思えば、何かの手品だったのだろうが、幼い頃のカレンにとっては母は魔法使いであった。

 光の玉は母と仲良しになった妖精さんで、カレンや兄に優しく語りかけてくれた。あれも、他の誰かに手伝ってもらっていたのだろう。

 

 ──カレン、ナオト。貴方達は私が──。

 

「んっん……ん」

 

 夢の中の母が何か言おうとしたところで、カレンの意識が現実に引き戻される。そして夢から覚めたものの未だに微睡みの中にいるカレンの耳に、廊下で何かが倒れる音が聞こえてきた。

 

「っ……!」

 

 予想は付くが何が起きたのかを確認するために、バスローブを羽織って廊下に出てみると、一人のメイドが倒れた脚立の脇で狼狽している様子が視界に映る。

 夢の中の母と同じ顔の、今は戸籍上の母親でなくなったメイドだ。

 

「あっ、カレン! ……あっ、お嬢様。すみません、起こしてしまって」

「また?」

「すみません、今度は脚立が倒れてしまって」

「早く片付けて。もうすぐ学校に行く時間なんだから」

 

 カレンにとっては視界にも入れたくない相手──この屋敷にはそう言う者たちばかりだが──に対して冷たい言葉で片づけるように言いつける。

 

「お嬢様、最近よく学校に行かれますね。お友達とか……」

「あなたには関係ないでしょ」

 

 メイドに余計な詮索をされて、カレンはイラつきながら部屋に戻る。

 

「消えてよ、もう……」

 

 呟いた言葉の先には、幼少期の自分と今はもういない兄そして顔をシールで隠された女性の写真が飾られていた。

 

 

 ────────────────────

 

 

「ふわぁ……。流石にきついなぁ、二重生活は」

「ふわぁ……」

 

 アッシュフォード学園の廊下で、カレンとマーヤが揃って眠たげに欠伸をする。

 今日のカレンは授業中に居眠りし、夢の中で叫んだ「黒の騎士団!」というセリフを寝ぼけて実際に叫んでしまっていた。他の生徒達からは揶揄われただけで済んだが、危うかったかもしれない。

 一方のマーヤも寝坊してだいぶ遅くなってから登校したが、まだ眠り足りないようだ。

 

「ふふ。やっぱりあなたも寝不足?」

「まあね、カレンもだいぶ辛そうだけれども、大丈夫?」

「カワグチ湖以来、休みなしだから流石に、ね。でも……皆を守れたって思うとさ」

「ええ、そうだね……」

 

 カワグチ湖のホテルジャック事件以来、生徒会のメンバーはユーフェミア副総督と共にホテル内を逃げ回り日本解放戦線の人質にならなかった勇敢な人達と扱われ、取材しようと連日マスコミが学園前に押し寄せていた。取材対象は当人だけでなく学園関係者全員に及び、マーヤとカレンはその間、巻き込まれないために学園正門からではなく塀を乗り越えて通学する羽目になっていた。途中でユーフェミア副総督がアッシュフォード学園関係者への取材を制限する趣旨の会見を開かなければ、今も学園前にはマスコミが陣取っていただろう。

 向かう先である生徒会室では、今日もミレイ会長が何か催し物を始めているはず。そんな騒がしくも心安らぐ日々を守る事が出来た喜びを2人は噛みしめる。

 なお、今日はにゃんこ大戦争祭りという猫っぽい変な衣装を生徒会メンバーがそれぞれ被ってニャーニャーくつろぐという、よくわからない催し物だった。猫なのにUFOとかドラゴンってなんで? 

 

 

 ────────────────────

 

 

 それから数日後、カレンはその日は生徒会の活動がなかったこともあって学園の授業が終わると早々に屋敷に戻っていた。

 黒の騎士団としての活動までの間、自室でくつろいでいると、下の階から何かが割れる音が聞こえる。

 

「はぁ……また?」

 

 どうせまたあの人だろうと苛立ちながら、カレンは部屋を出て階段を降りていく。

 

「ああ……。どうしましょ、どうしましょう。ぁ……カレンお嬢様」

 

 案の定、かつて母であったメイドが玄関に飾っていた花瓶を倒して割ってしまい狼狽していた。

 問題は、そのタイミングで現在の戸籍上の母であるシュタットフェルト夫人もやってきたことだ。

 

「何をしているの! あなたは! 本当に使えないわね。女を売るしか能がなくて!」

「すみません。奥様、すみません」

 

 棘のある言葉で責めるシュタットフェルト夫人に平謝りするばかりのメイドにカレンは苛ついていると、夫人はその言葉の矛先をカレンにも向ける。

 

「カレンは朝帰りに不登校。ゲットーにも出入りしているようね。どうせ男漁りでもしているんでしょう? お父様が本国にいるのをいいことに。二人揃って血は争えないわね」

 

 厭味ったらしく言ってくるシュタットフェルト夫人に対し、カレンはカチンと来て言い返す。立場もあるが何も言い返せないでいるメイドへの苛立ちも込めて。

 

「父の留守を楽しんでいるのは、あなたの方でしょ? 知っているのよ。外で若い燕を囲っている事は」

「ん……!」

「どうせ、自分がやっているから相手もそうに決まっているって発想なんでしょ?」

「なんですって!」

 

 隠していた事を明らかにされ、逆上する夫人を無視して、カレンはメイドに向き直って指示を出す。

 

「その花瓶、片づけたら同じもの買いに行って来て。どうせ上っ面の見栄えだけで選んだもので、実際には大した値段の物じゃないから」

「か、かしこまりました」

 

 この屋敷にある彫琢品の多くは見栄えばかりの安物だ。かつての母に連れられてこの屋敷に来た当初は本当に価値のある一品が揃っていたが、父がいない事をいい事に継母が若い燕にカネを貢ぐたびに贋作へとすり替えられていき、今では本物などないに等しい。

 かつての男に縋る母と、その男に寄生する様に資産を使い込む継母。カレンにとって、この屋敷は心休まる事などない場所だ。

 後ろで騒ぐ継母の声を無視しながら、カレンは屋敷を出る。

 向かった先はトウキョウ租界。ブリタニアが蹂躙し、日本人から奪った場所だが、屋敷に居続けるよりは心理的にはまだマシだ。

 途中、屋台のホットドッグ屋のイレヴンに寄って集って暴力を振るっているブリタニア人の若者をのして、営業できなくなったお詫び代わりに屋台の料理を買えるだけ買ったカレンは人目が付きにくい裏路地へと向かう。すると、そこには苛立って建物を拳で叩いているマーヤの姿があった。

 

「そんなに苛立っているの初めて見た。珍しいね」

「カレン!? どうしてこんなところに?」

「こんなところだから。此処なら人目につかないでしょ。……あむっ」

 

 カレンはそう言いながら、先ほど購入したホットドッグを一つ食べる。味付けそのものはシンプルだがブリタニア人の経営するチェーン店ほど粗雑な味ではない、値段の割にそれなりに美味しいホットドッグだ。

 

「ホットドッグ。そんなに大量に……」

「最近、苛立つことが多くてさ。ヤケ食いでストレス発散」

 

 そう言いながらカレンは続けて二個目に手を伸ばし頬張る。飽きがこない、良いホットドッグだと思う。

 

「苛立つことって?」

「……。あなたになら話して良いかな」

 

 都合三個目のホットドッグを飲み込んだところで、カレンはマーヤに語り始める。

 

「この間、私もハーフだって話したでしょ。でも、望まれて生まれてきたわけじゃない。私はシュタットフェルト家の当主である父が、日本人のメイドにお手付きして生まれた子供なの。でも、跡取りのいなかったシュタットフェルト家は、私をブリタニア人として屋敷に住まわせている。血のつながらないブリタニア人の母親と、血の繋がったメイドと一緒にね」

 

 簡潔に説明したところで、カレンはマーヤにもホットドッグを一つ手渡してから四個目に手を付ける。

 

「あむっ。……。それなのに、どうして黒の騎士団に? ブリタニア人として生きたほうが楽でしょう?」

「お兄ちゃんがいたの。日本を取り戻すために戦ってた。私は、兄の遺志を引き継ぎたい。だから、日本のために戦うって決めたんだ」

「そうだったの……」

 

 そう言えば、マーヤやゼロ、スザク達には兄であるナオトの事は話していなかったなと思いながら、今度はナゲットを齧る。これも屋台で買った料理にしては中々に美味しい。少し冷めても不味くならないのが特に良い。

 

「で、あなたは? あなたにもあるんでしょう? ブリタニア人として生きられない理由」

「私の両親は、ブリタニア侵攻前に結婚して私を産んだ。でも、7年前の戦争で殺された」

「ブリタニア人のお母さんも?」

「ええ。その時の事はショックが原因らしくて全然覚えていない。でも、確かに両親ともブリタニア人によって殺され、私は独りぼっちになった。それからどうやって暮らしていたのかは覚えていない」

「記憶、ないんだ」

「ええ。今も思いだすことはできない」

「よっぽどつらい目に遭ったんだね」

「そうかもね。でも、数年前に私を引き取ってくれた人がいたんだ。それが今の養母のクラリスさん。両親の後輩だったらしい」

 

 マーヤは過去の途切れ途切れになっている記憶を思い出しながら、カレンに自らの過去を話す。ついでにカレンのナゲットを一つ貰う。

 

「ぁ……。黒の騎士団に入ったってことは、そのクラリスさんの事が嫌いなの?」

「いいえ。すごくよくしてくれる。でも、それが私には苦しいの。私には、日本人への記憶がある。両親を殺したブリタニアへの恨みもある。でも、ブリタニア人を嫌いになり切れない自分もいるの。だから苦しい」

 

 マーヤは胸に手をやって心が苦しい事を示す。断じて食べ過ぎによるものではない。

 

「その気持ち、わかるよ」

「カレン……」

「お互い複雑なんだ。ふふ……」

「ええ。複雑すぎて笑えてくる。ふふ……」

「この感覚は、私達にしかわからないのかも」

「かもね……」

 

 互いに共感を覚えながら、小さく笑いあう二人。すると、カレンの通信機にが鳴りだした。

 

「あれ、扇さんからだ……はい」

『カレンか。例のリフレインの出所が分かった。アジトに集まってくれ』

「リフレインの? 分かった。すぐに向かう」

 

 リフレイン。それはゼロが黒の騎士団の次のターゲットとして撲滅しようとしている麻薬の名である。この麻薬の特徴は、摂取する事で過去の幸福な頃に戻ったような幻覚や幻聴と共に強烈な多幸感に包まれる事である。

 ブリタニアに敗北し国としての名と誇りを奪われた日本人を狙い撃ちにした様なこの麻薬は、常用すると後遺症も残る悪辣なもので、神聖ブリタニア帝国に占領された日本を麻薬漬けにして生産力を喪失させる事をもくろんだ中華連邦が出所ではないかと噂されている。

 

「リフレイン。次のターゲットね」

「ええ。急ぎましょう」

「ええ!」

 

 最後のナゲットを2人でそれぞれ頬張り、黒の騎士団のアジトへと向かうのであった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 深夜。トウキョウ租界にあるコンテナふ頭の倉庫を拠点としたリフレインの密売所に踏み込んだ黒の騎士団。今回投入されているKMFはカレンとマーヤが乗るサザーランド・リベリオン二機のみだ。ランスロットはそのボディとフォルムから目立ちすぎる事と、スザクには白兵戦で売人たちを制圧してもらうために今回は持ってきていない。

 魔法でステルス状態に移行したゼロからの合図で、黒の騎士団が突入し、リフレインの売人たちを制圧していく。

 

「黒の騎士団のナイトメア!?」

「そんな!」

「冗談じゃないぞ!」

 

 内部の制圧を担当するカレンのサザーランド・リベリオンが先頭に立つことで安全に売人たちを制圧していく。

 

「やっぱナイトメアはすごい! 1機あるだけで圧倒的」

『奥のシャッターが閉まる? 何かあるのか?』

『カレン! 奥のシャッターを破って突入してくれ!』

 

 杉山の疑問に対し、扇がカレンに指示を出す。

 

「任せて!」

 

 サザーランド・リベリオンのパワーでシャッターを突き破ると、その先には幾人もの日本人が夢遊病患者のように彷徨っていた。

 

『日本! 日本!』

『はい、来月結婚するんです!』

『栄転だぞ! 今度はパリ支店だって』

 

 それはブリタニアによって無惨に壊された、過去の幸福だったころの記憶を再現するように話す者たちの姿。十中八九、リフレインの中毒者達だろう。

 

「これが、リフレイン……」

 

『決まったんだよ! 留学! やるぞー、俺は!』

 

 カレンのモニターに映る画面には、昼に助けたホットドッグ屋のイレヴンの姿もあった。その彼が、唐突に倒れて身体が痙攣し始める。そして、彼の身体か粒子状の淡い光が漏れ出たと思ったら、倉庫のさらに奥へと飛んで行ってしまった。

 

「な、なに……さっきの」

 

 困惑するカレンだが、続いて近くから聞こえてきた聞き慣れた声に思わず目を向ける。

 

『ほらほら、走ったら危ないわよ』

「あ……。お母さん?」

『こらナオト! ちゃんとカレンの事、見ててあげなきゃ駄目でしょ』

 

 そこにはかつて母であった人の姿があった。

 

「あなたって女は、どれだけ弱いの。ブリタニアに縋って、男に縋って。今度は薬! お兄ちゃんは、もういないんだよ! これ以上!」

 

 母に対する怒りを言葉としてぶちまけたカレンのサザーランド・リベリオンに衝撃が走る。衝撃が走った左側を見ると、どこかに隠れ潜んでいたのかナイトポリスが銃を構えてカレンの機体に銃撃していた。

 幸い、サザーランドの装甲の厚さとナイトポリスが携行する武装の火力に低さが幸いしてダメージは軽微だが、注意力が散漫になっていた様だ。

 

「ああっ! えっ、ナイトポリス?」

『あれ警察のだろ?』

『警察とグルってことか?』

『そんな! 俺が調べた時は確かにいなかったはずなのに……』

 

 待ち伏せされていた事に戸惑いを隠せない扇たち。すると、そこの奥から淡い粒子状の光を幾重にも周囲に漂わせているフード姿の物が宙に浮いて姿を現した。

 

『おい、あいつ……浮いているぞ!』

『しかもあの周りの光っているのは何だよ!?』

『黒の騎士団め。いつかはここに来るだろうとは思っていたが、予想よりもはるかに早いではないか。ゼロ、七年前の恨みを晴らさせてもらうぞ! まずは貴様らからだ!』

 

 どうやら、フード姿の男は過去にゼロと因縁があるらしい。

 困惑する扇たちに対してフード姿の男はそういうと、円形の中で正方形が回転する形の魔法陣のような物を空中に生み出し、周囲に漂わせている粒子状の光を球体状にして扇たちに向けて幾つも撃ち出す。

 

『させるか!』

 

 それに対して、ゼロは扇たちの前に出て周囲に正三角形に剣十字の紋章が空中に複数出現し、それらをすべて弾く。

 

『カレン、ナイトポリスは任せるぞ! この男は……私が相手をする! スザクは扇たちを連れて逃げた売人を追え!』

『分かった!』

 

 ゼロの指示に従い倉庫の奥へと向かうスザクたちに照準を向けたナイトポリスの銃撃を、カレンはサザーランド・リベリオンのブレイズルミナスで防ぎながら咄嗟に母親を右手に抱える。

 

『ふん。麻薬の売人など後でいくらでも替えが利く。それよりも……ゼロ、貴様をここで始末すればあの方もお喜びであろう』

『ならば、貴様を捕らえて主が誰なのかを吐かせるとしよう。それに、次元犯罪者の魔導師をこの世界で野放しにしておくわけにはいかないからな』

 

 ゼロは通信で外を見張っていたマーヤに連絡を取りながら、どうやってなのか分からないが空中を飛行しフード姿の男に肉薄し始めた。

 それに対してカレンは右手に母親を抱えながら、倉庫内をナイトポリスから逃げる様に機体を走らせる。

 性能的にはグラスゴーの改修機であるナイトポリスに対して、後継機であるサザーランドの改修機であるサザーランド・リベリオンの方が様々な面で凌駕している。

 しかし、武装がある右手に人を抱え、左手のブレイズルミナスで庇う状態では、胸部の対人機銃でしか反撃する事はできず、ナイトポリスには有効打とならない。

 

「うっ……邪魔だ!」

 

 カレンは邪魔になっている母親を放り捨てようとするが、身体がそれを拒絶して捨てる事ができない。

 

「どうして……いらないのに……。いらないのに!」

 

 失望した母親を何故助ける様に抱えてしまったのか。その理由もわからないまま、カレンは叫ぶ。

 その時、追跡してきたナイトポリスの銃撃によって運悪くサザーランド・リベリオンのランドスピナーが片方破損してしまったらしく、バランスを崩してしまう。

 カレンは思わず、右手に抱える母親を庇うように倒れ込む。

 

「うぅ……あっ」

『カレン……。ナオト……』

 

 そんな状況でも、母親は夢見心地に自分の兄の名前を慈しむように呼んでいる。

 そんな事にもお構いなしにナイトポリスは転倒したカレンのサザーランド・リベリオンに銃撃を続ける。

 ゼロは空中でフード姿の男と戦っていてカレンの援護に回る事はできず、外にいるマーヤも他のナイトポリスたちと戦闘中だ。

 

「逃げ……ろ。逃げろ! このバカ!」

『いるから……。ずっとそばにいるから……。カレン、ずっとそばにいるからね。カレン……私の大切な娘』

 

 サザーランド・リベリオンに乗っているのがカレンだとは気が付いていないはずだが、母親の言葉にカレンはハッとする。

 継母に虐げられながらも母親がずっとあの家に居続けた理由の一端を知り、カレンは涙を流す。

 

「だから……だからあんな家に居続けたっていうの? 私なんかのために。バカじゃないの! ……うぅっ!」

 

 銃弾が弾切れを起こしたのか、ナイトポリスはナイフを取り出してカレンのサザーランド・リベリオンに切りかかる。それに対し、カレンは振り返って左腕のブレイズルミナスで弾き、右腕の大型スラッシュハーケンをナイトポリスの背後の壁面へと撃ち込む。

 相手からすれば、狙いが外れただけに見えるが、カレンはそのままナイトポリスに組み付くと、右腕のスラッシュハーケンのワイヤーを一気に巻き取り始めた。

 

「バカは……私だ。うあぁぁ……っ!」

 

 そのままサザーランド・リベリオンのパワーも加えて一気にナイトポリスを押しながら壁面に激突させる。これによってナイトポリスのコックピットは壁面に深く食い込み潰れていた。

 

『これで!』

『なぁっ! ぐあ……っ!?』

 

 ほぼ同じタイミングでゼロもフード姿の男に回転蹴りを決めて近くのコンテナラックへと叩き込む。

 

「うっ、くっ……。お母……さん!」

 

 度重なる被弾と激突の衝撃で機体の各部が異常を起こしているサザーランド・リベリオンのコックピットから降りたカレンは、その足で母親の元へと向かった。

 

「カレン! まだ機体から降りるな! 奴の魔法的な拘束がまだ終わっていない!」

「えっ?」

 

 ゼロの忠告に気を取られたカレンが振り向くと、コンテナラックから這い出てきたローブ姿の男が周囲に漂わせていた淡い光を手の平に集めてカレンに向けていた。

 

「せめてゼロの仲間だけでも!」

 

 カレンに向けて放たれる光の奔流。カレンの足元には別の光の粒子がまとわりついてその足を床に縫い付けている。

 

「パンツァーシルト!」

 

 ゼロの叫びに合わせて、カレンの前に幾層もの正三角形に剣十字の紋章が浮かび上がり、障壁となって光の奔流を受け止めようとする。しかし、一層ごとに数秒ほどずつ押しとどめる事しかできず次々と割られていく。

 

「バリアブレイク機能だと!? カレン!」

「ぁっ……!」

 

 周囲を焼き焦がす光の奔流を前に、カレンの脳裏に過去の母親との思い出が走馬燈のようにすぎていく。

 

 ──こんなところで、私は死ぬの? やっと、お母さんの事を理解できたのに……。

 

 ゼロの仲間を一人始末できることに喜色の笑みを浮かべるフード姿の男。

 

「守る……から」

 

 逃げられないカレンを庇う様に母親が前に立つ。

 

「お母さん、逃げてぇ……っ!」

「大丈夫、カレン。私が……守るから」

Claw form Set up

 

 叫ぶカレンの前で、母親が普段から身に着けているペンダントから聞き覚えのある懐かしい妖精さんの声が聞こえ、眩い光を放つ。

 そして、最後の障壁が割れて光の奔流が母親を焼き尽くさんとするが、眩い光から姿を見せた母親は右手の鉤爪(・・・・・)でその奔流を抑え込み、握りつぶした。

 姿を見せたカレンの母親の衣裳は深紅のボディスーツに変わり、右手には巨大な鉤爪状の機械が嵌められている。

 

「……なぁっ!?」

 

 ゼロにこそ通じなかったが、これまで多くのリフレイン中毒者の生命力を吸い上げ、それを魔力に変換する事で得た莫大な魔力による砲撃が防がれ、動揺するフード姿の男。

 動揺するローブ姿の男の隙を見逃さず、母親はナイトメアのランドスピナー走行を彷彿とさせる滑るような動きで接近し、その胴体を鉤爪で掴んだ。

 

「ひぃっ!?」

 

 相手を掴んだまま、鉤爪の周辺に正三角形に剣十字の紋章が浮かび上がる。相手は周囲に漂わせている光の球体をぶつけて鉤爪をこじ開けようとするが、巨大な鉤爪はそれを許さない。

 

「一・撃・爆・砕! バースト・エンドォ!」

 

 鉤爪を中心点として起こる爆発。それをもろに受けたローブ姿の男の周囲から光の粒子が霧散する。男のローブはもはや原型を留めないほど焼け焦げているというのに、本人は意識を失ってこそいるものの外傷は見られない。

 

「まさか……カレンの母親だったうえに魔導師だったとは」

「ゼロ、これは一体……」

 

 普段の母親らしからぬ一面を見たカレンが呆然としているが、母親の装いが普段の私服に戻り倒れたのを見ると、ゼロと共に慌てて駆け寄った。

 

「お母さん!」

「これは……!? なんて無茶をするんだ、リンカーコアが破損している状態であれほどの魔法を無理やり行使するなど! これほどの損傷では日常生活でさえも相当な苦痛があったはずだというのに!」

「ぇ……?」

 

 ゼロの言葉にカレンは耳を疑う。もしそれが本当ならば、母親はそんな苦痛の中でずっと、自分たちのために生きていたという事になるからだ。

 倉庫で発生した爆発音を聞きつけたマーヤとスザクたちが駆け寄ってくる。

 

「ゼロ! カレン! 皆、無事? あれは……」

「ゼロ! こっちは全員制圧したけれどもさっきの爆発音は一体!? えっと、これはどういう状況なんだい?」

「丁度良かった! マーヤはカレンの機体の回収を頼む。スザクはそこに転がっている男を拘束しておいてくれ、徹底的に頼むぞ」

「分かった」「分かったよ」

「扇たちは他の後始末を頼む」

「了解だ」

 

 それぞれに指示を出したゼロが、再びカレンに方に向き直る。

 

「カレン、君のお母さんについてだが……」

「無茶を承知でお願いします。ゼロ、お母さんを助けて……」

「勿論だ。そのためにはカレン、君の協力が必要だ」

「わたしにできることだったら、何でもやります!」

「では、片手はお母さんと、もう片手は私と手をつないでくれ」

「えっと、こうでしょうか?」

 

 なんでそうする必要があるのかは理解できていないが、カレンはゼロに言われたとおりに母親とゼロの手を握る。ゼロはいつだって、奇跡のような事を起こしてきたのだから。

 そしてゼロも同様に、カレンとカレンの母親の手を握ると、三人を囲むように正三角形に剣十字の紋章が床に浮かび上がる。

 

「これは……?」

「カレン、君のお母さんは今、リンカーコアの激しい損傷によって流出し続けている魔力を生命力で代替している。これは出血し続けているのに近い状況だ。今から、三人の魔力を同調させて、私達の魔力を彼女の方へ送り込むとともに、リンカーコアの応急修復を行う」

「わ、分かりました」

「目を閉じて、意識を君の母親に向けて」

「はい」

 

 魔力とかリンカーコアというのが何なのかはよくわからない。でも、ゼロの言った通りにしたら身体の奥から何かが母親の方へと流れていくのを感じる。

 少しずつ力が抜けていく感覚とともに、母親の容態が安定していくのを感じ、ゼロによる処置が終わる頃にはカレンは張りつめていた緊張感が解けたこともあって、穏やかな表情で眠りについていた。

 

 

 ────────────────────

 

 

 こうして、トウキョウ租界を拠点としていたリフレイン密売組織の摘発と警察の癒着事件は幕を閉じた。

 麻薬と言う国家そのものを腐敗させかねない物だけに、今回の一件は政府や警察に対してブリタニア人からも批判の声が上がっていた。

 一方で、ある貴族の屋敷に勤めていたイレヴンのメイドが一人、行方不明になったという記事が非常に小さいながらも新聞の片隅に載せられていたが、そちらの方は誰からも注目されることはなかった。

 そのメイドは、ジュリアス・キングスレイという起業家の会社が設備点検や物資の搬入などに関わっているトウキョウ租界の病院に秘密裏に入院していた。

 

「ごめんね、カレン。あなたに迷惑ばかりかけてしまって」

 

 ベッドの上で横になっているカレンの母親は、お見舞いに来たカレンに今まで辛い思いをさせてきてしまった事を謝罪する。

 カレンの母親のリフレインの後遺症は比較的軽度で済んでいた。ゼロがカレンの魔力を母親に注ぐとともにリンカーコアの応急処置を施していた際、精神にも介入してバラバラになりかけていた心を出来る範囲で繋ぎ直していたのだ。この方法は親子であるカレンと母親が共にリンカーコアを有していたからこそ出来た芸当だ。それでも、リンカーコアの損傷は完全に治すことはできておらず、日常生活と極僅かな魔力を使うのに不自由しない程度が限界だった。

 ゼロの話ではもっと専門的な所であれば治療する事もできるかもしれないらしいが。

 

「ううん、そんな事ない。今までお母さんが何を思ってあの家に居続けたのか。私、ちゃんと考えた事もなかった。もっと早く気が付いていれば、お母さんを苦しめる事もなかったのに」

 

 カレンと母親の会話はしばらく続く。その中で、カレンは今まで知らなかった様々な事を教えられた。

 

 ──母親は異なる次元世界の人間で、時空管理局という組織の陸戦魔導師だったこと。

 ──今から20年前に派遣された事件で起きた、次元を揺るがす出来事によってリンカーコアが大きく損傷しこの世界に流れ着いた事。

 ──そしてこの世界で自分を保護してくれた当時のシュタットフェルト家の御曹司──現在の現当主と恋に落ち、愛を育み、そしてナオトとカレンを産んだ事。

 ──父親は正妻にするつもりであったが、政略結婚で今の継母を迎えなければならなくなり、迷惑をかけないために母親が一度は身を引いた事。

 

「私……本当に何も知らなかったんだ……」

「──。カレン、受け取ってほしいものがあるの」

 

 そう言って、机の上に置かれている普段は首から下げているペンダントを母親は指差す。

 

「え……。でも、これ……お母さんの大切な」

「うん。私の相棒。エクスプロード」

「ぶ、物騒な名前ね……」

Long time no see, Kallen(お久しぶりです、カレン)』

 

 ペンダントから聞こえてきたのは、幼い頃に聞いた妖精さんの声。

 

「あなただったのね、小さい頃の光の妖精さんは」

Yes, that's right(はい、その通りです)』

「エクスプロード。カレンを新しい主として守ってあげてね」

Understood, Master(了解しました、マスター)』

「本当に……良いの?」

「うん。私はもう、誰かのために戦えない身体だから。だから、この世界の日本人を助けるカレンに受け継いでほしいの」

「お母さん……」

 

 カレンは母の意思を汲み取って、ペンダントを首にかける。それは母から娘へと受け継がれる、敵を吹き飛ばし仲間を守る鉤爪のインテリジェントデバイス。

 

「基本的な使い方かはエクスプロードから教えてもらいながら、ゼロという魔導師さんにも手伝ってもらってね。せっかくのチャンスだし」

「うん、分かった。……うん? チャンス?」

「だって、彼がカレンの恋人なんでしょう?」

「……えぇっ!? ち、違う! あの人とはそういう関係ではなくて……っ!?」

「頑張れ、カレン。私の……娘」

「お母さ~ん!」




カレンの母親、元時空管理局員だった【どうしてこうなった?】
裏設定で、クイント・ナカジマの先輩で地上本部所属だったりします。
イメージとしては、後々カレンの愛機となる紅蓮を擬人化したような姿のバリアジャケットですね。
そしてデバイスであるエクスプロードの台詞。
一番最初のフォームチェンジ以外は英語にするのを諦めていましたが、親切な感想のおかげで簡単な翻訳ですが実現しました。それもミッドチルダ語風で!

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