時空管理局地上本部。第一次元世界ミッドチルダの首都クラナガンにある時空管理局の地上部隊を管轄する地上設備で、中央の超高層タワーと、その周囲のやや低い数本のタワーからなる。
中央の超高層タワーにある展望台では、地上本部の首都防衛隊代表である口髭と顎ひげを蓄えた強面の男性、レジアス・ゲイズ中将が重々しい雰囲気で報告書を読み込んでいた。
重々しい雰囲気なのも当たり前の事である。なにせ先日はクラナガンの上水道設備を狙った薬物汚染テロを防ぐことができるかどうかの瀬戸際で、派遣された陸上警備隊の隊員たちや上水道設備の具体的な被害がどの程度なのか、まだ確定していない状況なのだから。
「クラナガンの上水道設備そのものへの物理的被害及び薬物による水質汚染は確認されていない。だが……増援に来た陸上警備隊に少なくない被害が出てしまっている。特に、アンドレ三等陸尉の殉職は痛い」
報告書に記載されている内容によれば、上水道に混入されようとしていた薬物は、摂取した者を過去の幸福な頃に戻ったような幻覚や幻聴を見せると共に強烈な多幸感に包まれる新種の麻薬だと記載されている。
こんなものが上水道に大量に混入しようものならば、クラナガンの都市機能は瞬く間に機能不全に陥りかねなかった。
今回のテロリストの動向を事前に察知する事がほとんどできていなかったのは非常に痛い。それでも薬物汚染テロを防ぐことができたのは、首都防衛隊や陸上警備隊の隊員たちの献身的な奮闘があってこそだ。
その一方で、手塩をかけて育てた隊員に犠牲者が出てしまった事に、レジアス中将は頭を痛める。
今回投入された総勢五十名の魔導師・非魔導師含めた隊員の内、死傷者は計十八名。内訳は軽傷者十二名、重傷者五名、そしてアンドレ三等陸尉の死者一名だ。
アンドレ三等陸尉は非魔導師ながら優秀な人物で、優れた魔力資質を持つ隊員が尽く本局に引き抜かれてしまう現状では、今後の地上本部を支える貴重な人材であった。
レジアス中将の脳裏に、七年前の出来事がよぎる。
古代ベルカのロストロギア「闇の書」の四騎士であるヴォルケンリッターとその主に偽装した正体不明の仮面の魔導師ゼロの登場。そして彼・彼女らによるミッドチルダ近郊を含めた様々な次元犯罪組織の断罪と魔力蒐集事件。
慢性的な予算・人材不足で首都近郊の治安維持にも支障をきたしていた地上本部にとって、誰も死者を出さずに次々と次元犯罪組織を見つけ出して白日の下に晒していくゼロ達は、悩みの種であった。
次元犯罪組織の摘発と治安の改善そのものは好ましい事だ。しかし民衆からは「地上本部よりもゼロ達の方が信頼できる」という声が小さくない規模で上がり、それを受けて本局によって地上本部への予算と人員がさらに奪われるという意味不明な悍ましい結果をもたらされた。そこは地上本部により予算と人員を送り、地上本部への民衆からの信頼を取り戻す様に動くべきだというのにだ。
その結果、闇の書事件の解決を切っ掛けにゼロも姿を消し、一時は改善した治安も再び悪化する事となった。そして、一年前のミッドチルダ臨海空港火災では地上本部の初動対応が遅れて消火活動も十分に行う事ができず、本局の空戦魔導師に活躍を全て持っていかれてしまう事態になってしまった。
真の闇の書の主だった八神はやては、本局の意向もあって実質的なお咎めなし。ヴォルケンリッターも今代より前の罪状は切り離された事で同様。そしてゼロは現在も行方不明。
レジアス中将は、この一連の事件は本局が闇の書の担い手であった八神はやてを管理局に引き入れつつ、地上本部の影響力を削ぐためにギル・グレアム元提督を通して筋道立てたものではないかと疑っている。
そこまで本局は地上本部を蔑ろにするのかと、レジアス中将は強い憤りを感じていると、部屋の前に誰か来たのか、応答用のモニターが起動する。
『レジアス中将、ご報告が』
「オーリスか。入れ」
『畏まりました』
実の娘であり秘書でもあるオーリス・ゲイズが新たな報告書をもって室内へと入る。
「昨夜未明、管理外世界の一つから首都防衛隊に所属する隊員のデバイスの救難信号を受信しました」
「なに?」
オーリスからの報告に、レジアスは訝しむ。
少なくとも、自分が把握している範囲ではあるが首都防衛隊の魔導師が管理外世界に向かう任務は無かったはずだ。そういった任務は現在、その殆どを本局が担当しているからだ。
「隊員の名前は?」
「それが……カリン・コウヅキと確認されています。ですが、現在の首都防衛隊にそのような隊員は──」
「カリンだと!?」
報告を続けるオーリスの言葉を、レジアス中将が遮るように立ち上がり驚く。
カリン・コウヅキはレジアス中将にとって忘れる事のない人物の一人だ。
カリン・コウヅキはレジアス中将の盟友であったゼスト・グランガイツの同僚であり、ゼストの部下であったクイント・ナカジマの先輩として当時の首都防衛隊の戦力面における双璧を担っていた陸戦魔導師だ。そして、20年前に起きた首都クラナガン近郊に密輸されたロストロギアの暴走事件を止めるために単身で突入しMIAとなった隊員だ。
彼女の献身的な行動が無ければ、当時のクラナガンは決して小さくない被害を被っていただろう。いわば、彼女はクラナガンを守った英雄なのだ。
「……オーリス、カリンは過去にMIAとなった隊員だ。なぜ今になってかは不明だが、真偽を確認するために事情聴取に向かう必要がある。場合によっては救助活動も必要になるやもしれん。大至急、派遣する隊員の選定にあたってくれ」
「畏まりました」
オーリスはレジアス中将の様子に若干面食らっていたが、すぐに冷静になって行動に移る。
部屋を出ていったオーリスを見送ったレジアス中将が一人呟く。
「カリン……。今の俺を見たら、お前は何を思うのだろうか……」
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どこかのゲットーの一区画。黒の騎士団のメンバー以外は無人となっているその場所では、黒の騎士団の制服姿のカレンが母親から託されたデバイス、エクスプロードの起動訓練を行っていた。
「すー……はー……。いくよ、エクスプロード。セットアップ!」
「Stand by Ready. Set up.」
カレンの制服が、ナイトメアに騎乗する際のパイロットスーツを連想させる深紅のボディスーツタイプのバリアジャケットへと変化する。
「よし! 次は……クローフォーム!」
「Claw form. Set up.」
カレンが首から下げているペンダントが銀色に輝く鉤爪にその形を変えてカレンの右腕を包む。装着を確認したカレンは数度、右手を握ったり開いたりして動きを確認する。
「How are you feeling, Master? (具合は如何ですか、マスター?)」
「すごい……見た目はごついのに重くないし、しっくりくる。まるで、ずっと使い続けてきたみたいだ」
「That was good. It's worth adjusting to the master.(それは良かった。マスターに合わせて調整したかいがあります)」
「ねえ、エクスプロード。その……私の事はマスターじゃなくてカレンって呼んでくれないかしら? 私、あなたとはもっと近くて親しい関係になりたいの」
カレンがエクスプロードにそうお願いするのは、エクスプロードが元々は母親のインテリジェントデバイスであり、託された自分はまだマスターと呼んでもらう資格を有するだけの実力が伴っているとは思えなかったから。それにカレン本人の気質もあって、主従関係よりも仲間あるいは相棒のような関係になりたいという理由もあった。
「Understood. So once again, I look forward to working with you again in the future, Karen.(了解しました。それでは改めて……今後もよろしくお願いします、カレン)」
「うん。宜しく、エクスプロード」
カレンのお願いを了承してくれたエクスプロードに、カレンは微笑む。
「うん、凄いねぇ♪ 紅月君とエクスプロードの同調率が、回数を重ねる度に着実に上がっているよ」
カレンのデバイス起動訓練を観察していたロイドが、三つの端末を周囲に浮かべてカレンとエクスプロードのデータを新たに入力しながら上機嫌に話しかける。
「いや私からすれば、すぐにそこまで魔法を扱えるようになったロイドさんの方が凄いから。こっちはまだあまり自信が持てないんですけど」
リフレイン密売所の一件の後、ゼロは黒の騎士団メンバーに様々な事を話してくれた。
この世界以外にも、次元世界と呼ばれる様々な異世界がある事。次元世界の中に、魔法と呼ばれる技術とそれを軸に置いた独自の文明が存在していること。ゼロはこの世界の出身だが、七年前のある出来事が切っ掛けで他の世界に一時期滞在していたことがあり、その時に魔法の存在を知り習得した事。そして、管理局という組織の存在。
正直に言えば、母親の一件が無かったらば到底信じる事ができないような話だ。だからこそ、ゼロも今まで黙っていたのだという。
ゼロが話してくれたのは、リフレインの売人と一緒にいたフード姿の男が七年前に潰したいずれかの犯罪組織の残党で、管理局が管理外世界としている或いは把握していない世界であるこの世界にいた事から、今後も魔法が関わった案件に絡むことになる可能性を危惧しての事だそうだ。
その際に黒の騎士団のメンバーの中で魔力資質を持つ者も教えられたが、魔力資質に必須なリンカーコアという器官を持っているメンバーはゼロ以外にはカレン、マーヤ、C.C.そしてロイドの四名だった。元々、魔導師となれる人材は貴重で、管理局という組織も慢性的な人手不足に悩まされているらしい。実に世知辛い話だ。
「そうかな? ゼロから聞いた話だと、この検索魔法を使う知り合いは同時に10冊以上の本を軽々と検索していたって話だし。それと比べたらまだまだだと思うよ?」
「ロイド主任の魔法を私達も使えたら、どれだけ研究と開発が捗った事か……」
残念がっているのは、セシルだ。ロイドに比べると基本的には常識人だが、この人も研究に関してはかなり入れ込む類の人である。
「あ……改めて聞くと、滅茶苦茶な事が結構出来るのね。魔法って……」
「そうだね。だからこそ、その力の振るい方間違えちゃいけないよ、紅月君?」
「ええ、肝に銘じておくわ」
魔法がその使い方次第で誰かを守る力にも、誰かを傷つける力にもなりうるという意味では、ナイトメアや銃とよく似ているとカレンは思う。他の誰かを守るために魔法という力を振るった母親に誇れる自分となるためにも、この力を間違った方向には使わないように改めて心に誓うカレン。
「そう言えば、ゼロ達のための新しいデバイスの方はどうなっているの?」
「それについては、まずはシンプルなストレージデバイスにするつもりだよ」
「私達には魔法やデバイスに関するノウハウやデータが圧倒的に不足していますからね。まずはリフレインの売人の仲間だった魔導師から押収したデバイスから、基本的な機能だけ残したデバイスを製造中よ」
「いや~、魔力の伝達素材としてサクラダイトを流用できてよかったよ。あれが無かったら、君のデバイスの修理改修や新しいストレージデバイスを作るのは無理だったからねぇ」
「Thank you, Dr. Lloyd. Thanks to your help, the damaged distress signal transmitting function and other functions have been restored, and it is now possible to contact the Administration.(ありがとうございます、ロイド博士。おかげで損傷していた救難信号の発信機能なども復活し、管理局への連絡が可能となりました)」
カレンに託されたエクスプロードは当初、本来保有する機能が幾つも機能不全を起こしている状態のデバイスであった。それを修理したのがロイド達特派だ。
ロイド達にとっても、魔導師が魔法を使うために用いるデバイスの実物を他にも手に入れる事が出来たのは幸いであった。もしも、手に入れたデバイスがカレンのエクスプロードのみであったなら、ここまでスムーズには修理できなかっただろう。
「どういたしまして。それにしても……ゼロも思い切った事をするね。修復したデバイスの救難信号を起動させる時に、彼の知り合いにも情報が流れるようにしたんだからさ」
「まあ、ゼロとしても見知った相手の方が対応しやすいのもあるんじゃないかしら?」
ゼロがわざわざそのような手間を費やしたのには、リフレインの売人たちが管理していた密売記録の中に、明らかに日本ではない地名への売買記録があった事に起因する。その地名の名は、ミッドチルダ首都クラナガン。当初は日本を仲介して海外にも密輸されているのかくらいにしか思わず、今一ピンとこなかった黒の騎士団メンバーの中でただ一人、ゼロだけは事の重大さに気が付いていた。
ゼロがこれまでできる限りこの世界の問題として管理局に干渉させないように解決しようとしていた方針を転換してまで、管理局のお膝元であるミッドチルダにまで次元犯罪者を通してリフレインを流通させている情報をいち早く伝えようとしているのは、管理局を黒の騎士団の味方にさせるためだ。
管理局は数多くの次元世界を守る組織だが、ロストロギアの悪用や次元犯罪などに関与しない限りは次元世界ごとの統治・管理方式にまでは基本的にあまり干渉しない。というより、そのような事にまで割くリソースが無いというべきか。
それでも他の次元世界にまで麻薬売買の手を広めた次元犯罪者がこの世界にいた以上、管理局は遠くないうちにこの世界が麻薬流通の出所だと気が付いて対処してくるだろう。その際に、ブリタニアに利用されて敵対する可能性を少しでも排除するためにも、この世界でのファーストコンタクトはこちら側でなくてはならないとゼロは考えた。
そのためにゼロは奔走していて、今回の訓練には立ち会う事が出来ていないのだ。
「まあ……お喋りもこのくらいにして、訓練を兼ねたデバイスのデータ取りの続きと行こうか紅月君」
「はい! じゃあ次は──」
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日本解放戦線の拠点にあるKMF格納庫。多数の無頼にたった一機混ざる深紅のナイトメアの前で、藤堂は目を瞑ったまま腕を組んで立っていた。
Type-02「紅蓮弐式」。キョウトが中華連邦インド軍区との協力の元開発した、無頼のようなコピーKMFとは一線を画するオリジナルの新型KMFだ。
草壁中佐のカワグチ湖コンベンションセンターホテルジャック事件をきっかけに民間人からの信頼が失われてきている日本解放戦線に対して紅蓮弐式が送られてきたのは、幾つかの理由があると藤堂は考えている。
一つ目は、キョウトは日本解放戦線を見捨てていないというメッセージ。黒の騎士団の登場以来、民間人の日本人からの信頼は急速にあの組織へと流れていっているのが現状だ。日本解放戦線の構成員の中には、近いうちにキョウトも日本解放戦線を切り捨てて黒の騎士団への支援に集中するのではないのかと危惧している者もいる。そう言った者たちの暴発を防ぐ意味を込めて、送ってきたのだろう。
二つ目は、日本解放戦線内部の派閥争いを終結させる事。日本解放戦線は草壁中佐が筆頭の過激派と藤堂を筆頭とした穏健派、そして片瀬少将の中立派に大別して別れていた。草壁中佐は過激派の最先鋒であると同時に他の過激派が暴発するのを防ぐ調整弁の役割も担っていたが、彼が死亡した事を切っ掛けに過激派そのものの勢力こそ縮小したが残った者たちはよりその思想が先鋭化する事態に陥ってしまったのだ。日を追うごとに過激派の構成員は他派閥との衝突を繰り返すようになり、日本解放戦線の結束力は以前よりも明らかに低下している。だからこそ、キョウトは穏健派の筆頭である藤堂に最新鋭KMFを与える事で派閥争いに終止符を打って結束力を回復させようとしているのだ。
他にも義賊のような活躍ばかりが目立つ黒の騎士団への不信感等も理由にあるだろうが、大きな理由はこの二つだろう。
日本解放戦線の構成員の中には、紅蓮弐式を対ブリタニアの旗頭となる純日本製KMFだと豪語するものまで出ているが、藤堂はこの状況を
藤堂の専用機として送られてきた紅蓮弐式は確かに強力なKMFだ。カタログスペックはサザーランドを大きく凌駕し、まさに一騎当千の活躍が期待されているだろう。
紅蓮弐式は強い。サザーランドや無頼といった両陣営の主力KMFとは一線を画するのは間違いない。
紅蓮弐式の性能を活かそうとすれば無頼は追従する事ができず、無頼と連携するために合わせれば紅蓮弐式の性能が活かせない。そして藤堂のKMF運用は、四聖剣との連携が根底にある以上、この問題は致命的だ。
この問題に気が付いている者は、藤堂本人と四聖剣以外には多くない。そしてそれが致命的な問題であると認識している者となると、更にその数は少なくなる。
(本音を言えば、紅蓮弐式単騎よりも無頼の次世代機が全体に提供される方が好ましかったが……)
全体の質を上げてほしかったと思う藤堂の脳裏に、少し前の構成員たちの歓声がよぎる。
──この純日本製KMFと”奇跡の藤堂”がいればブリタニアの連中だって!
──”奇跡の藤堂”こそが奇跡を起こせる人だって、黒の騎士団の連中にも思い知らせてやりましょう!
──これで”奇跡の藤堂”が新しい奇跡を起こしてくれる! 新しい神風を起こせるんだ! 日本万歳!
自らの代名詞となっているこのフレーズを聞くたびに、藤堂は心が締め付けられる様な葛藤を覚える。
この代名詞の切っ掛けとなった7年前の極東事変における日本軍がブリタニア軍に唯一勝利した戦闘である厳島の戦い。緻密な戦術構想と情報収集による戦術的な勝利は大局に影響を及ぼしこそしなかったが日本人に大きな影響を与える事となった。
たった一度でもブリタニアに勝利できた戦いがあったと国民が知っていれば、それを心の支えにする事が出きる。当時の藤堂はそう考えていた。しかし、この勝利は最悪の事態を引き起こす事となる。
この戦いを当時の政府と軍部は「厳島の奇跡」と呼んで国民にかなりの規模で宣伝した。その結果、当時の猛攻を続けるブリタニア軍に対して「藤堂に続け」「神風を起こせ」と民間人から軍人まで流体サクラダイトを用いた自爆攻撃が横行し、中にはその自爆攻撃によってどんな結果が起きるかも考えることなく闇雲に自爆するという自爆のための自爆まで引き起こされてしまった。
これらの自爆攻撃はブリタニアやEUに「イレヴンは死ぬのが大好き」という偏見を植え付ける切っ掛けとなってしまっている。
更に日本解放戦線もキョウトも、藤堂本人が自覚している己の能力以上の期待を過剰に寄せる現状も招いてしまった。
(自分が最善を尽くして勝利を勝ち取った事で、日本を腐らせてしまったのでは……)
藤堂は時折、自分を責めるようにそう思う事がある。
この考え自体が独りよがりなものだと自覚はしている。7年間の抵抗運動の中で日本奪還の見込みがない現実と周囲から受ける過大な期待から来る重圧に疲れているのかもしれない。
ふと、自身が開いていた武道道場の門下生であった枢木スザクの事を思い出す。
藤堂は枢木スザクの過去──日本を売り渡そうとした枢木ゲンブを殺害した過去──を知っている数少ない人物だ。
彼はあのトラウマを乗り越える事が出来たのだろうか? もしもトラウマを乗り越える事が出来ていて、その切っ掛けがゼロにあるとしたら……。
目を瞑っていた藤堂の瞼が、ゆっくりと開かれる。
「一度、ゼロに会ってこの目で確かめるべきだな」
藤堂の呟きを、他に聞く者はその場にはいなかった。
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表向きは無人世界となっている管理外世界に違法建造された地下施設の中を、ナイトオブファイブであるヴィクトリアは数名の部下を連れて歩いていた。
網膜認証と魔力波長認証を経て開かれた扉の先を見つめる黄銅色の瞳は、先にある何かを楽しみにしているようにぎらつかせている。
ヴィクトリアが向かった先では、肉食四足獣を連想させる機械がモニターに映し出されていた。
「キャスパリーグの開発進捗はどうなっている?」
キャスパリーグと呼ばれた肉食四足獣を連想させる機械について、ヴィクトリアは研究員に進捗を確かめる。キャスパリーグの脚部にはそれぞれ小型のランドスピナーが搭載されていてKMFの技術が使われていることが分かる。
「キャスパリーグの開発は一部武装の調整が不完全ですが、それ以外は順調です。特派が残したヘッドトレーラーから吸いだした嚮導兵器ランスロットのデータによって機体性能も要求値をクリアできました」
「例の技術の方はどうだ?」
「サザーランド用とキャスパリーグ用、ともに完成しています」
「よろしい。後は実戦で運用して修正点を洗い出すだけか。キャスパリーグとこの技術が実用化すれば、ブリタニアの戦争は新たな変革を迎える事となる」
完璧でこそないものの、好調な進捗結果にヴィクトリアは残忍な笑みを浮かべる。
「先に確認した私の専用機も、完全体ではないがロールアウトそのものはできる。ああ……ゼロをこの手で葬るのが楽しみだ。キヒ、キヒヒ……」
「ヴィクトリア様。精神状態の乱れが発生していますので、再調整を行っては如何でしょうか?」
「おっと、いけない。この肉体は何かと便利だが、定期的に調整を行わないと精神面のバランスが崩れていくのがネックだな。ジェイル・スカリエッティの開発した戦闘機人のようにはいかないか……」
「本来のヴィクトリア様の性別は女性体ですからね。その部分の差異が影響しているのかもしれません」
研究員からの進言で、ヴィクトリアは歪んだ笑みを普段の表情に戻して嘆息を漏らす。
ヴィクトリア・ベルヴェルグは7年前まで生身の女だった研究者系の次元犯罪者だ。7年前にヴォルケンリッターと仮面の魔導師ゼロによって所属していた組織が壊滅し、管理局の追手を躱すために自身の遺伝子から作成した戦闘機人のボディの中で最も完成度が高かった男性体の肉体に人格と記憶を転写した事が切っ掛けで、今の肉体になっている。
それでも、元々の肉体との性差によるズレかはたまた完成度がまだ足りていなかったのか、定期的に調整を行わないと精神の均衡が歪んでしまう欠陥を抱えている。
「では、私の再調整を行っている間に、キャスパリーグと専用機の搬入を頼むぞ」
「畏まりました」
ヴィクトリアは研究員に指示を出すと、自らは精神の均衡を保つための調整を行うために部屋を出ていくのであった。
この作品は時系列としては『リリカルなのはStrikers』の3年前相当なので、臨海空港大規模火災は1年前として扱われています。
「サイタマゲットー攻防戦」の回ではヴィクトリアはレジスタンス側の魔力反応は三つと言っていましたが、これはあの場にいた者たちの中で反応があるのが三人と言う事であり、あの場にいなかったロイドとC.C.は含まれておりません。