黒の騎士団が拠点の一つとしている倉庫で、キョウトからの支援物資の受け取り準備を終えた玉城が新入り達に料理を振舞っていた。
「おーっし! できたぞー!」
玉城が大皿に乗せて運んできたのは、山盛りのナポリタン。ケチャップで味付けしたスパゲティとスライスしたウィンナー、玉ねぎ、ピーマンのシンプルな一品だ。
「玉城先輩、ゴチになりまーっす!」
「玉城先輩の料理、かなり旨いってほどじゃないけど懐かしい味がするんすよねー。なんていうか、お袋の味ってやつ?」
「あー、分かる。高い金払うほどじゃないけど、ちょくちょく食べたくなる感じの味なんだよなぁ」
「お前らなぁ、もうちっと俺の料理をありがたがれっつーの」
割と辛口な味の評価をする新人たちに対し、玉城も注意こそするがその表情は笑顔で不快感は抱いていないのがよくわかる。
「それにしても玉城、最近は以前ほど飲みに行かないで此処で飯を作るようになったよな」
玉城と一緒に受け取り作業を行っていた杉山がナポリタンを食べながら感心するように玉城に尋ねる。以前の玉城はよく飲み屋や風俗で散財する事が多かったが、最近は飲み屋での散財はめっきり少なくなっていたからだ。
「一緒に飲みに行くのも新入りとのコミュニケーションとして必要だけどよ、ゼロから教えてもらった簡単な料理を作ってみたら新入り達に割と好評だったんだよ。それから料理を作るのが結構楽しくなってきてな」
「実をいうと俺、酒が苦手なんすよね……。でも上司から誘われて断るのも気が引けてて。だからこうやって酒が絡まない普通の飯に誘ってくれる方が嬉しいんすよ」
「あ~、分かる。玉城先輩って酒に酔うとウザ絡みしてくるしな~」
「言われてるぞ、玉城」
「……マジかよ」
新人たちに飲みにケーションが不評だったことを知らされ、肩を落とす玉城。そこに扇が部屋に入ってくる。
「おっ、今日はナポリタンか」
「扇の分の皿も今から用意するから、空いている席に座って食っていけよ」
「ああ、そうさせてもらう」
玉城に促されて、扇が席に座る。目の前に置かれた皿にフォークとスプーンで思い思いにナポリタンを盛りつけ、フォークに麺を巻きつけて一口。
普通のパスタではアルデンテが最良の茹で加減だと言われているが、このナポリタンはそれよりも長く茹でているようで柔らかい。だが、だからこそ、ケチャップの濃い味が引き立つような気がする。
間違っても高級感など全くないが、自宅やまだ日本だった頃の学生時代に慣れ親しんでいた喫茶店で気軽に食べられる安くて量が多いナポリタンのイメージに近い。
ナポリタンを食べながら新人たちと会話を続ける扇や玉城たち。その中で杉山が扇に尋ねる。
「そういえば扇。百目木の姿を見ないけどどうしたんだ?」
「ああ、百目木は体調を崩して自宅で休んでいると連絡が来た。カレンが後でお見舞いに行くそうだ」
「そっかぁ。心配だけど、表向き女子学生の家に男が見舞いに行くわけにもいかないもんな~」
杉山はナポリタンの大皿から追加で自分の皿に盛りつけながら、マーヤの事を心配する。
「一応、一日安静にしていれば大丈夫な程度らしいから問題ないだろう。お前たちも、体調管理には気を付けろよ」
「「「了解で~す!」」」
扇の言葉に新入り達が返事をしている頃、マーヤの自宅には学園の授業を終えたカレンがお見舞いに来ていたのだが……。
「……」
「……」
マーヤの部屋で二人は気まずそうに沈黙する。
カレンとマーヤの二人は仲が悪いわけではない。寧ろ同じハーフの悩みを共有できる者同士と言う事で、いい方である。でなければ、同じ生徒会メンバーで、なおかつ黒の騎士団に所属しているとはいえ、お見舞いには行かないだろう。
実際、カレンがお見舞いに来た当初は二人とも普通に会話していた。
授業内容の写したノートを受け取って学園や生徒会での出来事を聞いたり、マーヤが風邪を引いた原因──彼女の保護者であるクラリスと向き合うために一緒に食事をする約束をし、待ち合わせ中に雨が降り出してもその場に居続けた──やクラリスも自責の念や心労から倒れた事を聞いてカレンが身内との接し方の難しさを改めて実感していた。
ならば今のこの気まずい雰囲気の原因は何なのか。そこにマーヤの部屋の扉を軽くノックする人物が一人。
「マーヤ。卵雑炊ができたぞ」
マーヤの部屋に入ってきたのは、フリフリのエプロンを身に着けて卵雑炊が入ったお椀をお盆に乗せたルルーシュであった。
「出来立てで熱いから、ちゃんと冷まして食べるんだぞ。それと、クラリスさんの分も一緒に作って配膳しておいた」
「ありがとう、ルルーシュ。いただきます」
マーヤはルルーシュから卵雑炊をお盆ごと受け取り、レンゲで掬って息で冷ましながら食べ始める。
醬油ベースに顆粒だしで味付けされた雑炊は、ふわふわな卵と水菜のおかげで優しい味わいとなっている。煮込まれたご飯も原型を留めながら柔らかくなっていて食べやすい。
「はふっ、はふっ。美味しい……」
「それは良かった。ナナリーや孤児院の子供たちが熱を出した時にも出していた料理の一つだから、それなりには自信があるんだ」
若干自慢げに言うルルーシュを見て、カレンは困惑していた。
(この人、確か以前学園で出会った人よね? まさかナナリーちゃんのお兄さんだったなんて。っていうか、あのエプロン……まさか)
生徒会のみんなが可愛がっている中等部のナナリーに兄がいる事は知っていたが、まさか自分と同年代な上にマーヤと親しい関係であるとは思ってもいなかった。しかし、それ以上にカレンが驚いている事が一つある。それは──、
(ゼロが料理している時に身に着けているエプロンと同じ!? まさか、ゼロの正体は……!)
ルルーシュが身に着けているエプロンは上側は花柄、下側は和柄模様で、上下別々の生地をクマさんのアップリケで繋いだ様な装飾が施されている。ここまで特徴的なエプロンが複数あるとは到底思えない。
まさかこんな形でゼロの正体を知る事になるとは思わなかったカレンは、どのように話を切り出せばいいか迷っていた。
「そういえばルルーシュ。新しい孤児院も順調みたいだね」
「ああ、おかげで親を喪った子供たちに衣食住を用意できるし、生活の支えを失った大人も雇用出来て路頭に迷わせずに済む」
「うん、そうだね。良かった」
マーヤとルルーシュの話を聞いていると、どうやらルルーシュは孤児院を運営しているようだ。黒の騎士団の活動と孤児院運営、さらにそれらのための活動資金の確保やコネクション構築なども考えると、ルルーシュはいつ寝ているのだろうか?
十中八九、マーヤはルルーシュがゼロだと知っているだろう。当然、スザクもゼロの正体を知っているはず。
どうしてブリタニア人であるルルーシュが黒の騎士団を結成してブリタニアに敵対しているのか。枢木首相の息子であるスザクが、何故ルルーシュをゼロとして黒の騎士団のトップに据えているのかは分からない。
この心のもやもやは晴らしておかないと、今後に響いてくるかもしれない。カレンは真偽を明らかにするために意を決する。
「ねえ……マーヤ、ルルーシュさん」
「なに、カレン?」
「どうした? 同年代だし俺の事は呼び捨てで構わないが」
「え、あ……分かった。ルルーシュ……貴方はひょっとして……ゼロなの?」
言ってしまった。これでもしも人違いだったらば、とんだ大馬鹿者だ。
「「……」」
「もし違うなら、はっきり言って。その時は精一杯謝るから。でも……もしそうなら、はぐらかさないで答えてほしいの」
「……カレン、どうして俺がゼロだと分かった。言葉や行動からは気づかれないように注意していたはずだが」
「だって……そのエプロン、ゼロが料理している時に使っていたものと全く同じ」
「「……あ」」
「しまった。普段から使い慣れ過ぎていて、料理の時はこれを使わない選択肢が前提として除外していた。何という凡ミスだ」
「私も、自然過ぎて気が付かなかった」
予想外の事態だと頭を抱えるルルーシュに、カレンは思わず叫びそうになる自分を抑えるの必死だった。
二人とも、気が付いていなかったの!? と。
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トウキョウ租界政庁。神聖ブリタニア帝国が占領しエリア11とした日本において総督と副総督が政を行う場所である。
政庁の総督執務室では、コーネリア総督が激務に追われていた。
ただでさえ前総督であるクロヴィス第三皇子が残した課題が山積みなのに加えて、ゼロと黒の騎士団によって政治家や役人の数々の不正や汚職が白日の下に晒されて、仕事量が激増しているのだ。
コーネリアは本人が最前線に出る事を好む武人であり、こういった机の上での書類仕事は、不得手でこそないが得意という訳でもない。
リフレインのキュウシュウルートに打撃を与えたと思った矢先に、トウキョウ租界内にリフレインの密売所があったことが黒の騎士団によって明るみになり、その対応にも追われたりしているのが実情だ。
エリアを平定するための武官は欲しいが、その後を妹であるユーフェミアに任せるための文官の補充と育成も急務となっている現実に、コーネリアは頭を痛める。
「にゃ~」
自らに課していた午前分のノルマを達成したコーネリアの耳に、ここ最近聞き慣れた鳴き声が聞こえる。
ユーフェミアが連れて来て政庁で飼い始めた猫だ。名前はアーサー。右目近辺の黒いぶち模様が特徴で気品の類は感じさせない。
普段はユーフェミアの部屋にいるのだが、ちょくちょくこの部屋に侵入して来るのはセキュリティ的に正直どうかと思う。
「はぁ。またお前か。猫は責務や誇りを気にしなくて気楽だな」
「にゃぁ?」
机の空いているスペースに器用に跳び乗ったアーサーは、コーネリアが書類を片付け終わったタイミングを見計らってごろんと身体を横にしてお腹を見せる。
「お前には警戒心がないのか……。そう言うところまでユフィと似なくてもいいだろうに」
ため息をつきつつも、コーネリアは周囲を見回して人の気配がない事を確認する。そして、アーサーのお腹にその顔をモフリと埋めた。
コーネリアはそのままゆっくりと息を吸い、もふもふのお腹の感触を堪能する。コーネリアにとってアーサーによる猫吸いは、エリア11に来てからのストレス解消の一つとなっていた。
勿論、部下は勿論のこと、直属の騎士であるギルフォードやダールトン将軍にもこの事実は隠している。コーネリア第二皇女はブリタニアの魔女という武人でなければならないのだ。
「ふにゃ~♪」
アーサーも心地いいのか、喉をゴロゴロと鳴らしている。
そのまましばらく微睡みの中にいると、コンコンと扉をノックする音が聞こえてきえコーネリアの意識が覚醒する。
「姫様、ギルフォードです」
「ギルフォードか。少し待て」
訪れたギルフォードが扉の向こうで待っている間に、コーネリアは顔を起こして机に仕舞っている手鏡でアーサーの毛が付いていないかをすばやく確認し、アーサーを机から降ろす。
「入って良いぞ」
「失礼いたします。日本解放戦線の拠点があると思われる、ナリタ連山についての追加の報告書となります」
「分かった。……ほう」
コーネリアはギルフォードから受け取った資料に目を通していく。そこには、これまで収集してきた情報にはなかった新たな情報が複数見受けられた。
「この情報の出所は何処だ?」
「それが……ヴィクトリア卿が独自に集めた情報だと言って提供してきました」
「ナイトオブファイブが?」
コーネリアは、皇帝直属の騎士であるラウンズの一人である、ナイトオブファイブのヴィクトリア・ベルヴェルグを警戒している。それにはヴィクトリアは出身が不明の傭兵であったこともそうだが、彼が併合したエリアで起きている出来事も深くかかわっている。
それは現地住民の虐殺。それ自体は他のエリアでも普通に起きている場所はあるし、コーネリアも暴動鎮圧のためならば躊躇しない。しかしヴィクトリアの場合は暴動鎮圧のための虐殺ではなく、根こそぎ破壊しつくし滅ぼすための虐殺、つまり目的のための手段としての虐殺ではなく虐殺そのものが目的なのだ。
そうやって更地になって誰もいなくなった土地に、ブリタニア人を入植させて再開発を進めていくのがヴィクトリアのやり方だ。
記憶に新しいのはサイタマゲットーでの一件だ。あそこではヴィクトリアを止めるためにユーフェミアが介入して中止されたが、あの一件以来ヴィクトリアはユーフェミアを恨んでいるだろう。
「……情報の裏どりと並行して、ユフィの護衛を行える軍人に、実力と皇族への忠誠心を兼ね備えている人物を用意しろ。ああ、それと──」
コーネリアは机の脇で寝転がっていたアーサーを片手で抱えると、ギルフォードに手渡す。
「──、こいつをユフィの部屋に戻してこい」
「畏まりました」
ちなみに、コーネリアの猫吸いはギルフォード卿やダールトン将軍にばれています。
その事にコーネリアは気が付いていません。
コーネリアの猫吸いが解釈違いの場合は、すみません。