ヴィクトリアと黒の騎士団の戦いは、一対多数でありながらヴィクトリアの優勢で進んでいた。
「くそっ! いくら弾丸撃ち込んでも、ビクともしやがらねえ!」
「前衛はブレイズルミナスで後衛を守って、後衛は撃ち続けろ! それがスザクとカレンへのアシストになる!」
前衛のサザーランド・リベリオンとブレイズルミナス搭載の大型シールドを掲げた無頼が、キャスパリーグ・ヘンウェンの対艦用6連装ヘビーガトリング砲とヴァリスの弾幕を前に機体を軋ませながらどうにか防ぎ、後衛の無頼はアサルトライフルやブリタニア軍から奪った大型バズーカ砲で攻撃を仕掛ける。
通常ならばたった一機相手に対して投入する火力ではない。しかし、ヴィクトリアが乗るキャスパリーグ・ヘンウェンは常軌を逸した機体だ。
過剰なまでの攻撃力で本来ならばあっさりと弾切れ・エナジー切れになる様な猛攻を仕掛けていながら、一向にその攻撃が止まる気配はない。更に、無頼の攻撃が機体に直撃しても微動だにしない堅牢さは、無頼の火力を凌駕する武装を有するスザクのランスロットとカレンの紅蓮弐式をもってしても決定打を与えられずに攻めあぐねるほどだ。
「キヒヒィ……ッ! 無駄だ! 私の
「だからって、諦めたりなんかしない!」
スザクとカレンはそれぞれランスロットと紅蓮弐式の機動力で撹乱しながら、ランスロットはMVSで、紅蓮弐式は鎧通しと十手を融合させたような構造の
「その通りだ! 完全無欠な存在など、この世界には存在しない!」
ルルーシュは自らのサザーランド・リベリオンのブレイズルミナスでキャスパリーグ・ヘンウェンの猛攻をしのぎながら、並行してフェアリーサーチャーを複数展開してキャスパリーグ・ヘンウェンに妨害を仕掛ける。
主な狙いはハッキングによる機体の強制停止。しかし、キャスパリーグ・ヘンウェンは他のブリタニア製ナイトメアと異なり、対魔法防御も組み込まれているためにこの目論見は上手くいっていない。
尤も、ルルーシュの狙いはそれだけではない。
「S1からS4は10秒後に今の持ち場を離れてJチームに合流しろ!」
「わ、分かった」
ルルーシュはあえてヴィクトリア包囲網の一部を解かせる。怪訝な表情を浮かべながらもゼロを信じて指示通りに持ち場を離れる黒の騎士団のSチーム。彼らが持ち場を離れた数秒後、Sチームがいた地点を所属不明の無頼がランドスピナーで疾走し、キャスパリーグ・ヘンウェンに飛び掛かって組み付く。
この無頼は、キャスパリーグ・ヘンウェンに差し向けたフェアリーサーチャーとは別に、戦場に接近していた無人の無頼に対して差し向けた別のフェアリーサーチャーによるハッキングを受けた機体だ。
「何ぃっ!」
「無人機の基本OSはすでに把握した。全ては無理だが、少数ならばハッキングして此方のコントロール下に置くこともできる。自ら仕掛けた細工を味わえ、ヴィクトリア!」
スザクとカレンが巻き込まれない位置まで離れたのを確認し、ルルーシュは無人の無頼を自爆させる。通常の自爆とは異なる、流体サクラダイトを満載した大火力の自爆だ。
勿論、ルルーシュもこれでヴィクトリアを倒せるとは思っていない。実際、キャスパリーグ・ヘンウェンのボディには殆ど損傷は見られない。ただし、グロースター部分の上半身の対艦用6連装ヘビーガトリング砲はひしゃげ、使い物にならなくなっている。
「想定よりはダメージは小さいが、これで厄介な面制圧武装は破壊した! 白兵戦はランスロットと紅蓮に任せ、各員は援護射撃を継続! 此処でラウンズを……ヴィクトリアを仕留めるぞ!」
ルルーシュの号令で士気が上がる黒の騎士団に対して、ヴィクトリアは怒り昂る破壊衝動とは別に喜悦の表情を浮かべていた。
「キヒィ……♪ お前ら、たかが雑魚散らし用の武装を破壊した程度で、勝った気になっているのか? だったら、それが間違いだってことを見せてやらないとなぁ!」
ヴィクトリアはそう言い放つと、キャスパリーグ・ヘンウェンの下腹部にある三角錐のパーツが開閉する。そして、キャスパリーグ・ヘンウェンを囲むように四つの魔法陣が展開される。
「あれは……まさか! 総員、ブレイズルミナスを展開して散開しろ! 全方位にハドロン砲をまき散らすつもりだ!」
ヴィクトリアのやろうとしていることに気が付いたルルーシュが、咄嗟に指示を出しながら自身もサザーランド・リベリオンのブレイズルミナスを展開し離れる。
キャスパリーグ・ヘンウェンが獣の咆哮を上げて赤黒い閃光を周囲にまき散らし始めた。砲門正面の魔法陣を通過したハドロン砲が分割されて周囲の魔法陣に転移し、元々の収束の不完全さも相まって無秩序に破壊をもたらしていく。更に転移先の魔法陣はキャスパリーグ・ヘンウェンの周囲を旋回し、薙ぎ払っていく。
分割されて破壊力が減少しているとはいえ、ハドロン砲そのものが持つ圧倒的な火力の前に、防御や回避が間に合わなかったサザーランド・リベリオンや無頼が次々と被弾していく。
「カレン! 紅蓮をランスロットの後ろに!」
「分かった!」
スザクはカレンの紅蓮弐式を庇う様にランスロットを前に出して両腕部のブレイズルミナスを展開して無差別攻撃を凌ぐ。
「くっ! このままじゃ、ランスロットのエナジーが!」
「スザク! ゼロが!?」
エナジーの消耗が激しいランスロットのエナジー残量が危うくなる中、カレンがゼロの様子に気が付いて叫ぶ。
ゼロは被弾し動けなくなったC.C.のサザーランド・リベリオンと彼女に抱えさせたコーネリアが乗るコックピットを守るように、ブレイズルミナスを展開して動けないでいた。
「キヒヒぃ~! 馬鹿だなぁ~♪ ゼロぉ! 部下と敵を庇って自分が生き残る目を捨てるだなんてよぉ!」
「ゼロ! 私の事は構わずに逃げろ!」
「何故、ゼロが私を助けている……」
「くぅっ! (何故……俺は、コーネリアを見捨てなかった? コーネリアが奴に殺されようが、この戦場で奴を討てれば問題ないはずなのに。C.C.も不死身の魔女だ。死にはしないのに、何故?)」
例えばの話だが、もしもコーネリアがゼロを誘い出すために無辜の民を虐殺するような蛮行を成していたならば、ルルーシュはこのような事をしなかっただろう。だが、この世界では、コーネリア総督のエリア11での活動は過激なテロを起こしていたレジスタンスの壊滅に集中しており、黒の騎士団とは敵対関係であっても無辜の民を犠牲にするような非道は成していなかった。
ルルーシュは本質的に、身内と認定した者に対して甘さがある男だ。クロヴィスを殺害した時も、彼の発言次第では表舞台からこそ退場してもらうが命は助ける可能性があったぐらいには、情の強い男だ。
ましてや、コーネリアはユーフェミアの姉であり、皇族だった頃は親しかった事も少なからず影響しているだろう。
そしてC.C.は言わずもがな。ギアスの契約こそしなかったが共犯者の関係だ。
「このまま無意味に、無価値に、惨めに死ねぇ!」
魔法陣の一つがルルーシュのサザーランド・リベリオンに照準を合わせて固定され、ハドロン砲に晒され続ける。他の魔法陣で周囲に邪魔をさせずに時間をかけて、嬲り殺しにするつもりだ。
「止めろ……止めろぉぉっ!!」
スザクはブレイズルミナスを展開したまま、ハドロン砲の弾幕を無理やり押し切ろうとランスロットを前に進める。
しかし、ハドロン砲の火力に圧されてその歩みは遅く、このままでは間に合わないのは明白だ。
更にランスロットのエナジー残量が危険域に達し、ブレイズルミナスの無理な連続稼働でコックピット内にアラームが鳴り響く。
「動け、ランスロット! もっと速く動いてくれ! 僕は……俺は! もう間違えたくないんだぁぁっ!!!」
大切な友を喪いたくないスザクの叫び。その瞬間、スザクの意識は唐突に闇に沈んだ。
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「あれ……? 僕はナリタ連山で戦っていたはずなのに、どうして。それに、ここは……?」
スザクの意識が、見た事のない奇妙な空間で覚醒する。その空間には、美術館に飾られる展示品のように様々な場所の風景が額縁に収められ映し出されていた。
「まさか、Cの世界に君が迷い込むだなんてね」
「誰だ! ……え?」
スザクは声を掛けられた方向へ振り向く。そこにいたのは、もう一人の自分と言っても差し支えないほどに似通った、ルルーシュがゼロに扮している時に来ているスーツを身に纏った青年だった。
「あ、貴方……は?」
「そうだね……。枢木スザク、君が辿るはずだった未来の一つと言えばいいかな?」
「僕の……未来の一つ?」
「正確に言えば、この世界に迷い込んだ君と接触するために未来の君の可能性の一つをトレースして、仮初のボディとして出力した集合無意識の一部だけれどもね」
スザクには、目の前の青年が何を言っているのかさっぱり理解できない。それよりも、一刻も早く此処から脱出してルルーシュを助けないといけない。
「それにしても……驚いたよ。まさかルルーシュと君が初めから共闘している世界線が存在しただなんて。それに、ルルーシュの力が絶対遵守のギアスじゃない? というより、C.C.と契約を結ばないでここまでこれたのか。本当に驚いた」
集合無意識の一部と名乗るスザクと瓜二つの青年は、何処からか取り出した本をぺらぺらと捲り、感心したような表情を見せる。
「僕を元の場所に、ナリタ連山に返してください! ルルーシュを早く助けないと!」
「──。他の世界線と比べて世界そのものがかなり変質している。これでは……いや、この世界線ならば、あるいは彼女を……。枢木スザク」
「……なんだい」
「このまま君を帰しても、君たち黒の騎士団はそう遠くない内に、他の世界線よりも強力な存在となっているブリタニア本国にすり潰されるだろう。それは僕にとっても困る。だから、君に力を与える事にした」
「何を言って……それに力を与えるって一体」
スザクの問いかけを無視して青年はスザクの胸元に手を置き、掌から淡い光がスザクへと注がれる。
「これ……は?」
「これは
「待ってくれ! 貴方は一体、何を知って……!」
青年に問いかける前に、スザクの肉体は青年から急速に離れていき、意識もぼやけて沈んでいった。
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残るはお飾りに近いユーフェミア副総督を劣化ギアスで操って傀儡にしてしまえば、このエリア11を基盤に管理局に復讐するための準備が整う。
この時、ヴィクトリアは勝利を確信していた。だからこそ、突如として走った機体を揺さぶる衝撃は予想外のものであった。
「ぐあぁっ! なんだ!?」
ハドロン砲の照射が中断され、ヴィクトリアは衝撃が走った左側をモニターで確認する。
「……は?」
そこには、キャスパリーグ・ヘンウェンのグロースター部分の左腕を
ランスロットのカタログスペックは頭に叩きこんでいるが、
それにランスロット自体も、機体各所からサクラダイトの輝きを思わせる桜色の光が放たれており、明らかに通常の状態からかけ離れている。
それ以上にヴィクトリアが震撼しているのが、ランスロットのパイロットからはリンカーコアの反応がないにもかかわらず、ランスロットから莫大な魔力反応が溢れ出るほどに検出されていることだ。
「なんだ……何が起こっている!?」
「スザク……それは一体?」
「ゼロ……僕も良くわからないけれども、ちょっと待ってて。
呆然とするルルーシュのつぶやきに対してスザクがそう答えると、ランスロットが動き出す。カタログスペックを凌駕する速度で桜色の輝きが尾を引いてキャスパリーグ・ヘンウェンに急接近してくる。
「く、来るなぁっ!?」
右腕部のヴァリスを発砲するが、ランスロットはまるで弾丸の軌道が見えているかのように最小限の動きで躱す。そのままMVSもなんなく躱してキャスパリーグ・ヘンウェンに肉薄するとグロースター部分の頭部を握りつぶした。
それだけじゃない。ランスロットは頭部を握りつぶした右腕を起点に左腕でキャスパリーグ・ヘンウェンの右腕を引きちぎり、右足でキャスパリーグ・ヘンウェンの上半身に回し蹴りを叩き込むと、グロースター部分の上半身は鈍い金属音を立てながら千切れ飛んだ。
「ば、馬鹿なぁぁぁっ!? 私のキャスパリーグ・ヘンウェンが、一方的に!?」
ヴィクトリアが驚愕と混乱に陥るが、ランスロットも先ほどまでの異常な動きの反動か、回し蹴りの反動で離れて着地してからの動きが鈍い。
「死ね! 死ね! 死ねぇぇぇっ!」
この千載一遇のチャンスを逃せば、勝機はない。ヴィクトリアはグロースターの上半身を失ったキャスパリーグ・ヘンウェンの下腹部が開閉し、ハドロン砲のチャージが再び始まる。
しかし、それを黙って見ていない者がいた。
「やらせる……ものかぁっ!!!」
カレンは紅蓮を疾走させ、右腕の輻射波動機構を突き出してその熱量をキャスパリーグ・ヘンウェンのハドロン砲に叩きつける。此処が使いどころと定めた最後の一発だ。
本来ならば出力で勝るキャスパリーグ・ヘンウェンのハドロン砲が紅蓮の輻射波動を突き破るはずだった。しかし、ランスロットによって機体が半壊した事による出力低下でハドロン砲と輻射波動の膨大な熱量が拮抗し、両者の間でせめぎ合う。
「くっ! このままじゃ!? 何か手は……あっ!」
拮抗状態を打破するべく何か手段はないか。カレンの脳裏によぎったのは、かつてロイドが言っていた言葉であった。
──いや~、魔力の伝達素材としてサクラダイトを流用できてよかったよ~。あれが無かったら、君のデバイスの修理改修や新しいストレージデバイスを作るのは無理だったからね~。
ロイドはエクスプロードを修理する際に、魔力の伝達材としてKMFに使用するサクラダイト素材を流用していた。それに、ルルーシュやヴィクトリアも魔法を使いながら戦っていた。
つまり、サクラダイトを大量に使用している紅蓮にも、魔力を伝達させて魔法を使用することができるのではないか?
出来ない可能性だってある。悪化する可能性だってある。しかし、この場を切り抜けるためには、サクラダイトに秘められている可能性に賭けるほかない。
「一か八か……! エクスプロード、紅蓮の輻射波動を介して全力の魔法をあいつにぶち込んで!」
「OK! (分かりました!)」
カレンからの無茶振りに、エクスプロードは躊躇することなく実行する。紅蓮の右腕に魔法陣が展開されてカレンの魔力が送り込まれ、輻射波動機構が悲鳴を上げながら魔法となって出力されていく。
「なぁっ! 押し切られるだとぉっ!?」
「一・撃・爆・砕! バーストエンド!」
拮抗していたエネルギーの均衡が崩れ、両者の間で爆発が起こる。
その衝撃で紅蓮は崖の壁面に叩きつけられる。右腕の輻射波動機構はバチバチとショートし破損しているが、機体そのものには大きな損傷は見られない。
一方のキャスパリーグ・ヘンウェンは、下腹部のハドロン砲が融解し、吹き飛ばされた衝撃で崖から転落しそうなのを前脚で必死に支えている状況だ。
「スザク! これを使って、あいつにトドメを!」
カレンは紅蓮の左腕に握っていた呂号乙型特斬刀を、ランスロットの前に投げつける。
「分かった! これでぇぇぇっ!!!」
スザクはフレームが軋むランスロットで呂号乙型特斬刀を掴むと、腰だめに構えてキャスパリーグ・ヘンウェンに向かって機体を走らせ、呂号乙型特斬刀の切先をキャスパリーグ・ヘンウェンの腹部に突き立てた。
キャスパリーグ・ヘンウェンが万全の状態であれば、ヴィクトリアの
コックピットが収められている腹部を貫かれた事で、キャスパリーグ・ヘンウェンのシステムに致命的なダメージが発生し、更にスザクのランスロットが更に呂号乙型特斬刀を引き抜くついでに渾身の右ストレートを打ち込んだ事で、力無く崖から転落していく。
「がぽっ……! 私が、こんな……ところでぇぇぇっ!?」
血に染まったコックピット内でけたたましく鳴り響くアラーム。
紅蓮との膨大なエネルギーの鬩ぎ合いによってコックピットが歪んで脱出装置は機能不全に陥り、ランスロットの右ストレートによってひしゃげた装甲が、ヴィクトリアの下半身を押し潰している。
精神が不安定になっている状態から、さらに激痛によって意識が朦朧とし、物理的にも魔法による脱出もできなくなったヴィクトリアに、念話が繋がれた。
『ヴィクトリア様』
「エイン……リッヒ! 私を……助け──『
『戦闘機人のデータ収集、今までご苦労様。ゆっくりお休みに。……との事にです。それでは』
「待て……私が、ヴィクトリアで……私は、私はぁっ!!?」
コックピット内に戦闘機人としてのヴィクトリアの絶叫が響いた数瞬後、崖下へと転げ落ちていたキャスパリーグ・ヘンウェンは限界を迎えて爆散した。
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神聖ブリタニア帝国皇帝直属の騎士であるナイトオブラウンズ。その一人であるヴィクトリア・ベルウェルグの機体が崖下に転落して爆散して数秒。沈黙していた黒の騎士団の中から、思わず歓声が上がる。
「やった……。俺達、ブリタニアのラウンズを倒したんだ!」
「俺達の……勝ちだ~!」
「総員、それぞれに送ったルートで撤退を開始しろ。これほどの大戦果を挙げて死ぬことは許さない。必ず生きて帰ってこい!」
被弾したサザーランド・リベリオンや無頼の内、動けなくなった機体は乗り捨てて動ける機体に掴まりながら、ルルーシュは黒の騎士団各員にナリタ連山からの撤退を命令していく。
通信妨害もいつのまにか消えており、残っていた無人の無頼もどこかに消えている。何か裏がある様な薄ら寒さを感じながらも、マーヤから齎された日本解放戦線の撤退成功の一報に加えてコーネリア総督の確保とラウンズの一角の撃破というこれ以上ないほどの大戦果を前に、扇にC.C.とコーネリアが乗るコックピットを預けたルルーシュは思わず顔を綻ばせる。
「スザク、カレン。よくやってくれた。お前たちがいなければ、ヴィクトリアを仕留める事は出来なかった」
「ゼロ……本当に良かった」
絶体絶命であったルルーシュの生還に、カレンは涙を流して喜んでいるようだ。
「それにしても……スザク、先ほどの見違えるような動きは一体何だったんだ?」
「うん……。それ、は……」
「おい、どうした?」
「ごめん、眠……い。後、お願……い」
「お、おい!? ったく、しょうがない。戦闘は無理だが、動かすだけならばなんとかなるはずだ」
ルルーシュの心配をよそに電源が切れたかのように眠りに落ちるスザク。ルルーシュは自らのサザーランド・リベリオンの残りのエナジー・フィラーをランスロットの枯渇したエナジー・フィラーと交換すると、サザーランド・リベリオンを乗り捨ててランスロットに乗り換えて操縦し始める。
「くっ、知ってはいたがかなりピーキーな機体だな。スザクはよくこれを乗りこなせるものだ。おまけに機体もかなりダメージが蓄積されている。俺ではまともな戦闘はできないと見た方が良いか。それにしても……スザクとランスロットに起きたあの現象。一体何だったんだ?」
ルルーシュは並列思考でランスロットを操縦しながら、先ほどの逆転劇を思い返す。
スザクはリンカーコアを有していないし、莫大な魔力を生み出せるような道具も持ち合わせていない。それにも関わらず、ちょっとした魔力炉心並みの莫大な魔力がランスロットから溢れ出ていた。
その結果があの大戦果であり、スザクが眠りに落ちている現状だ。
再現性があるものなのか、それともあの場だけの突発的な偶然なのか。その辺りも含めて調べなくてはならない。
「……はぁ。まだまだやるべきことが山積みだな」
ため息をつきながらも、ルルーシュの表情は穏やかなものだ。
そんなルルーシュの耳に、ランスロットのファクトスフィアが後方から高速接近する人間サイズの生体反応を検知する。
「ん? なんだ?」
ルルーシュはランスロットを
「あれは!?」
「久しぶりだな、ゼロ」
「ああ、久しぶりだな……シグナム」
ランスロットのモニターが映した者。それは、ルルーシュにとって懐かしく再会を喜ばしく思える烈火の将の姿であった。
────────────────────
「うん、分かった。安全圏まで片瀬少将を送り届け次第、私達も合流する」
ダールトン将軍をどうにか振り切った辺りで、通信妨害が解かれて念話によらない通信が可能になったマーヤは、扇から事の顛末を聴いていた。
「百目木殿、黒の騎士団は無事に逃げ切ったのか?」
「はい、片瀬少将。加えて、ラウンズの撃破とコーネリア総督の捕縛も成し遂げたそうです」
「おお! 攻め込まれた時はもはやこれまでと悲観していたが、奇跡を成し遂げるとは」
「いえ。日本解放戦線から貸し与えられた紅蓮弐式の協力もあってこそ成し遂げる事が出来たと言っていました」
「―――そうか、そうか。我々のこれまでの奮闘も、……無駄ではなかったのだな」
今頃、通信妨害によってせき止められていたナリタ連山各地からの被害報告に、ブリタニア軍はてんやわんやとなっている事だろう。
カレンから赤いサザーランド・リベリオンを借りていた藤堂も、四聖剣と共に戦闘領域から無事に脱出しているようだ。この混乱に乗じてならば、こちらも日本解放戦線と共に撤退することも難しくはない。
気になる事があるとすれば……、
「(ユフィ……お姉さんが行方不明になって、大丈夫かなぁ?)」
コーネリア総督の立場と行動指針を考えれば、いつかはこのような事になる事は想定しているだろう。それでも、肉親を喪う悲しみは想像を絶するはずだ。
ユフィの腹違いの兄であるクロヴィスを殺したルルーシュの仲間で、ブリタニアに反逆している身としてはとても言えないが、ユフィに対して個人的には悪い感情を持っていない。むしろ日本人のために悲しみ、平和を想う事ができる彼女を好ましく思っているくらいだ。
マーヤは胸中でコーネリアの生存をユフィに教えられない事を詫びながら、日本解放戦線と共にナリタ連山を後にするのであった。
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「シャルルがラウンズに取り立てた、戦闘機人の君が死んだんだって?」
神聖ブリタニア帝国が秘密裏に所有する、世界のどこかにある研究所。その地下施設で足をぶらぶらさせながら、少年が女性の科学者に問いかける。
「ええ。あれは無理な改造なども多数施しておりましたからね。限界も近かったですし、どのみち近いうちに使い潰す予定でした。やはり、素体が優秀でないと戦闘機人としての能力と安定性に難が発生するようです。ですが、あれが齎した様々なデータは今後の研究に有意義に利用されるでしょう」
少年にそう答えた女性──女性科学者としてのヴィクトリア・ベルヴェルグは、もう一人の自分ともいえる戦闘機人のヴィクトリアがこの世界に逃げ込んだ初期の頃に自らに不具合が生じた際のバックアップとして製造した人間としてのクローンだ。尤も、科学者としてのヴィクトリアによって戦闘機人としてのヴィクトリアからその記憶が消され、良いように利用されてしまっていたわけだが。
「ふ~ん。まあ、いいさ。クロヴィスを使ってC.C.からデータは十分に収集できたし、紛い物の王の力……ゼロはギアスって呼称していたっけ。ギアス擬きを基に因子を抽出して疑似コードを製造する研究も進んでいる。C.C.を確保できなかった時のために、計画遂行のスペアプランは必要だからね。シャルルの周りに僕以外の余計なものはいないに越したことはないからさ」
少年は狂気を宿した瞳でケラケラと嗤う。
「おお、こわいこわい。それでは、V.V.と皇帝陛下の大願成就の時まで、精々互いに利用しあうとしましょうか。私もそれまでに切り捨てられないよう、自分の研究に戻るとしますかね」
興味のない話は終わりと言わんばかりに、ヴィクトリアは与えられた自分の研究室へと戻っていった。
「そうだね。それが僕と君との契約だ。嘘偽りに満ちたこの無意味に