黒の騎士団とキョウトとの会談を終えてから数日後の事。キョウトが保有するブリタニアからは秘匿された地下施設――信頼に足るレジスタンスが利用できる訓練所――では、スザクとギンガの模擬戦が行われていた。
ギンガの愛用するローラーシューズ型のデバイスが、床を滑る様に疾走する様子は、さながら擬人化したナイトメアフレームだ。
「はっ!ふっ!はぁっ!」
スザクと肉薄したギンガは、フェイントを交えながらの格闘戦を仕掛ける。今回は彼女が普段は左腕に装備しているアームドデバイス『リボルバーナックル』は使用していないが、それでも戦闘機人としての強靭な肉体から放たれる打撃の連打は、生身の人間にとっては脅威そのものだ。しかし、スザクはギンガの動きを見切ってそれらの攻撃をすべていなし、彼女の腕を掴んでその勢いのまま背負い投げで投げ飛ばす。
「まだよっ!」
投げ飛ばされたギンガは空中に道を形成する魔法『ウィングロード』を複数ライン展開してそのうちの一本に着地し、展開した道でスザクを包囲しながら空中を疾走する。
一方、スザクはそのウィングロードによる包囲網を破壊せず、むしろ自らもそれを足場にして跳躍しながらギンガに立体機動戦を挑む。
管理世界の……それも管理職員の常識で測るならば、戦闘機人であるギンガに対して身体能力で優位に立っているスザクは異常と言ってもいい。逆に、スザクの身体能力を良く知るルルーシュならば、ギンガの健闘を寧ろ褒めているだろう。
「な、なんなんです……あれ?」
二人の模擬戦を少し離れた場所から観戦していた四聖剣の一人である朝比奈が、顔を若干引きつらせながら周囲に問いかける。
「なんでも、異なる世界の治安維持組織の隊員との模擬戦らしい。儂も軍人としての腕は衰えたつもりはないが、あれを捌き切る自信はないな。若いというのは凄いものだ」
「いや、あの動きは二人共若いとか以前に人間の範疇越えてません?」
仙波の言葉に、問いかけていた朝比奈が思わず反論する。四聖剣として生身での戦闘も相応にできると自負している朝比奈だが、スザクとギンガの模擬戦はその範疇を明らかに超えている。
「藤堂さんだってそう思いませんか?」
「魔法というのは多彩だな。ゼロが使った様な搦手だけでなく、スザク君の身体能力にあそこまで渡り合う事もできるとは。私も使えるようになるだろうか?」
「あれ?おかしいの僕の方なの?」
藤堂からも賛同を得ようとした朝比奈だったが、藤堂は寧ろかつての教え子だったスザクと渡り合っているギンガに関心を向けていた。
そこにシグナムも姿を現して会話に加わる。
「スザクの身体能力は、私達の世界の基準で見てもかなり高い。私も彼と模擬戦を行ったが、魔法無しでは危うい相手だったよ。それに、スザクはナリタ連山での戦いを切っ掛けに
「それほどなのか、シグナム殿」
「呼び捨てで構わない。この世界の戦争が無ければ、是非とも管理局に勧誘したいくらいの逸材だよ」
「それは困るな。スザク君は今や黒の騎士団のエースだ。引き抜かれたらゼロも怒るだろう」
「勿論、分かっているさ」
藤堂と打ち解けて気軽に話しているシグナム。朝比奈にはその様子が少しばかり面白くない。とはいえ、此処で露骨に邪魔をするほど大人げなくはない……と本人は思っているつもりだ。
実際はムスッとした顔つきになっていて、露骨に不機嫌になっているのがよくわかる。藤堂も仙波も、そんな朝比奈の様子にやれやれと若干呆れている様子だ。
そうしている内に、スザクとギンガの模擬戦が終わったようだ。
「模擬戦ありがとうございます。魔法無しの相手にここまで追いつめられるのは、初めての経験でした」
「僕も良い経験をさせてもらったよ」
「機会があったら、また手合わせをお願いします」
「喜んで」
固く握手をする二人。二人共軽く汗をかいた程度で、疲労もそれほどしている様子はない。
「そういえば、ギンガから見た黒の騎士団の魔力適性がある人達の魔導師としての実力ってどうなの?管理局の視点から見た場合も知りたくてさ」
「そうですねぇ……例えばカレンさんの場合、魔力は申し分ないですし炎熱系への優れた魔力変換資質も有しています。戦闘センスも優れていますが、大技を当てる事を意識してしまってまだ行動が読みやすいですね。そこを改善できれば、優秀な魔導師にもなれると思います」
「それならゼロは?」
「過去の資料や映像を見させていただいた範疇では、強いというよりは”巧い”ですね。魔力量はそれなりに多め程度で攻撃魔法も不得手ですが、魔法一つ一つのコントロールがとても凄いです。しかも、同時に複数魔法を精度を落とさずに操ったりもするので、戦況をコントロールするのが上手という印象です。指揮官のポジションにいるとすごく助かりますね」
ギンガはルルーシュと模擬戦をした経験がないため、閲覧した情報を基に私見を述べる。
「それと百目木さんは魔力量は豊富で本人の気質的に戦闘型ですが、苦手な分野がない万能型ですね。前提のハードルは上がりますが全ての分野を満遍なく習得できると、あらゆる状況に対応できる縁の下の力持ちになれます。一方でロイドさんは研究分野に特化していて、C.C.さんは適性が特殊すぎて私では評価を付けにくいですね。ただ、あくまで私見に基づいたものなので、能力や適性の詳細を調べる場合には、管理局の設備で精密検査を行う必要はあります」
「そっかぁ。色々と教えてくれてありがとう」
「どういたしまして」
「それじゃあ、僕はロイドさんの所に行ってくるよ。改修を加えたランスロットの調整もあるしね」
――――――――――――――――――――
ある平日の放課後、アッシュフォード学園の生徒会室ではミレイ会長が生徒会役員を集めて次のイベントについての会議を行っていた。
「――という事で、次回はネコ祭りで良いかしら♪」
「会長、この間のにゃんこ大戦争祭りと内容が被ってしまうのでは?」
「そんな事ないわよ。にゃんこ大戦争祭りはネコっぽいにゃんこたちに仮装するイベント。次回のネコ祭りはネコに仮装するイベントなんだから」
「分かりました!」
シャーリーの指摘に対してミレイの返答は、傍から見ると違いが分からない意味不明な内容だ。しかし、本人にとっては非常に重要な事なのだろう。
「大して違わないような……」
「役員としての正式な仕事より、お祭りイベントの方が多くない?」
「シャラーップ!二人とも、真面目にやる!」
「「えぇ……」」
マーヤとカレンは、理不尽に注意を受けて呆れて苦笑する。
ただ、この空気感は嫌いではない。黒の騎士団としての活動は充実しているが、気を張り詰めていることも相応に多く、生徒会のこういった緩い空気は心を癒してくれる。たとえそれが、日本を取り戻す事で失われてしまう一時だとしてもだ。
そんな騒がしくも楽しい室内に、廊下から扉をノックする音が聞こえる。
「誰かしら?どうぞ~」
「お邪魔します」
ミレイの許可を得てから扉を開けて入ってきたのは、ルルーシュだ。本人は学生ではないが、学生寮ではなくクラブハウスで暮らしている中等部のナナリーの事もあって、理事長からは出入りが許可されている。
それに、会社の社長としてアッシュフォード財団と共同研究している分野もあるため、そちらの関係で来訪する事もそれなりの頻度である。
「元気そうだな、ナナリー」
「はい!皆さんのおかげで楽しいですお兄さま。それで、本日はどのような御用件でしょうか?」
「ああ、実はちょっと急な要件があってな」
ナナリーが健やかに暮らしている様子を確認して微笑むと、ルルーシュはマーヤとカレンの方へと歩いていく。シャーリーはルルーシュの微笑で頬を赤らめている。
「マーヤさん、カレンさん。突然ですまないが、付き合ってくれないか?」
「……え?」「うん、良いよ」
「……えぇ~!!!」
「まぁ……」
ルルーシュの突然の告白に、カレンは思考が追い付かずフリーズし、マーヤは先日のキョウトでの会談で神楽耶が話していた内容だと判断して作戦に必要ならばと許諾する。
シャーリーは突然の事態に叫び、ナナリーはお兄さまに春が来たと驚く。ミレイはこの後の展開が大雑把にだが予想でき、面白そうな起こるとにやけながら静観していた。
「お~い、ルルーシュ。どういう風の吹き回しだ?お前が交際を申し出るなんてよ~?それもいきなり二人まとめて」
「交際?何を言っている?俺は少し手伝ってほしい事があるから付き合ってほしいと言ったんだが」
「分かるかぁ!?」
問いかけてきたリヴァルに対してのルルーシュの返答に、カレンは思わず顔を赤くして素の反応が出てしまう。その裏で、シャーリーは愛の告白ではなかったことに安堵する。
「やっぱりねぇ。ルルーシュが堂々と愛の告白をするはずないと思っていたわ。それで、何を手伝ってほしいの?」
「実は週末に開催されるチャリティーイベントへの招待状が届きまして。俺も社長として参加するのは望むところなんですが、そうすると他の会社や貴族の令嬢からのお誘いも多くて」
「つまり私達に求めているのは、ルルーシュに言い寄ろうとする女性が近づけないようにする壁役という事ね」
ルルーシュが何故カレンとマーヤの二人に声をかけたか、その理由も分かりマーヤも納得した。
カレンはシュタットフェルト伯爵家の令嬢であり、マーヤもエナジーフィラーの研究を行っている会社の社長であるクラリス・ガーフィールドが保護者である事から、この二人を無視してルルーシュ――会社の社長としてはジュリアス・キングスレイ――にお近づきになるのは難度が高い。
「あら、私には声をかけてくれないんだ?」
「ミレイ会長は、何しでかすか分からないので候補から外しました」
「あ~、それは確かに」「分かる」「確かに、そうだね」
「ちょっと酷くな~い?」
トラブルメイカーでもあるミレイ会長に対する認識はおおよそこんなものだ。
「日頃の言動と行動による、自業自得ですよ」
「ぐぬぬ……。あ、そうだ♪」
「ミレイちゃん、また何か変なこと思いついたみたい……」
ニーナはこれまでの行動や言動から、ミレイ会長がまた何か騒動を起こすことを理解してため息をつく。
「何するつもりですか、ミレイ会長」
「な~に♪折角だから生徒会役員一同もそのパーティに参加しようかな~って♪そちらさんも悪い話じゃないでしょ?」
「ふむ……案としては悪くないな。生徒会にとっても、チャリティーに参加する企業や貴族とコネクションも作れるメリットがあるし、上流階級とのパーティの経験をしておくだけでも、これからの人生で役に立つかもしれない」
想像よりは突拍子なくもない提案に、ルルーシュは少し考えてから肯定する。
「そ、それなら私も行きます!」
「ありがとう、シャーリー。必要なドレスコードに沿ったドレスはこちらで用意しておこう」
「えっと『週末のチャリティーイベント』っと。ああ~、このチャリティーイベント、政庁のお偉いさんも関わっているやつか」
「その通りだ、リヴァル。総督代理となったユーフェミア副総督主催の――」
「いつ行きますか?ドレスコードは!?私も行きます!」
「あ、ああ……分かった。後でニーナのドレスも頼んでおく」
ルルーシュの口からユーフェミアの名前が挙がった瞬間、ニーナがグイグイと前に出て参加を表明する。
「ごめんなさい、お兄さま。週末は病院への検診があるので、私は参加できません。ユーフェミアお……副総督には、カワグチ湖でのお礼を改めて言いたかったのですが」
「すまないな、ナナリー。この埋め合わせは必ずするから」
「いえ、お気になさらずに皆さんで楽しんでいってください」
ルルーシュが今回のイベントに参加するのは、福祉・医療関連の会社を経営し孤児院も運営している立場上のしがらみと、リスクを冒してでも政庁側の今後の動向を予測する材料が欲しかったという思惑があってのものだ。
ユーフェミアがナナリーの事を政庁や本国に黙っている事を考えれば、彼女だけであれば会わせてあげたい気持ちはある。しかし、今回のチャリティーイベントは彼女以外にも複数の貴族や企業が参加する以上、心苦しいがナナリーを連れていくことは難しいと考えていた。
ナナリーが病院の検診に向かう日程がチャリティーイベントと被ったのは偶然だが、これならばナナリーが参加できない理由にもなる。
「ありがとう、ナナリー」
ルルーシュは胸の内にしまっている申し訳なさを隠したまま、優しく呟いた。
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チャリティーイベント当日。キューエルは会場を護衛する警備員の一人として外回りの巡回を行っていた。その表情はしかめっ面だが、巡回に対する姿勢は真面目で手抜きをしている様子などない。
「まったく。我ら純血派が何故チャリティーイベントの護衛業務を……」
ナリタ連山での戦いの一件で、純血派は相対的にだがその勢力を伸ばしている。本来ならばより華々しい仕事こそ与えられるべきだとキューエル卿は考えているのだ。
「元はと言えば、ジェレミア卿がユーフェミア総督代理から詳細を聞かずに安請け合いしたことが原因ではないか」
苛立ちながら、キューエルは純血派のリーダーであるジェレミア卿がこの業務を請け負った事を報告してきたときの事を思い出す。
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「はぁ……どうしましょう」
トウキョウ租界政庁にある執務室では、総督代理となったユーフェミア副総督が頬に手をやってため息をついていた。
視線の先には、卓上に置かれた書類。彼女の今の悩みは自分が計画した内容に関する事だ。
「ユーフェミア総督代理。やはり現状では協力者を募るのは厳しいかと」
「それは
「それは一理ございますが、そのためにこの計画に無理に人員を動員し、政庁におけるユーフェミア総督代理のお立場が悪くなってしまわれては……」
ギルフォードは、ユーフェミア副総督の言い分も理解はできる反面、最近まで学生として青春を謳歌していた彼女と軍人として戦ってきた自分の認識の違いを痛感する。
ユーフェミア副総督は平和を愛する心優しい少女だ。本人の気質は争いごとに向いていないが、コーネリア総督の妹だけあって身体能力そのものは中々のポテンシャルを秘めている。ダイエットのために始めたスポーツ全般で初心者としては優れた結果を示している事からもそれは窺える。
しかし……上に立つ者としてみると、些か甘く頼りないと言わざるを得ない。平時の安定した時代や地域ならばその慈愛の心は臣民を癒し、慕われる為政者となっただろう。しかし、エリア11は神聖ブリタニア帝国が支配する植民地の中でも反抗勢力の活動が活発な地域だ。特に日本解放戦線を殲滅しその背後にいる組織の尻尾を掴む作戦であったナリタ連山での戦いで、黒の騎士団の介入によって敗れてしまった事は記憶に新しい。
エリア11を速やかに平定して安全なエリアを妹に渡そうとしたコーネリア総督の目論見は、本人が行方知れずとなってしまった事で破綻したと言ってもいい。
ユーフェミア副総督をどうやって説得するか。ギルフォードが頭を悩ませていると、執務室の扉をノックする音が響いた。
「ユーフェミア総督代理。ジェレミア・ゴットバルトです。総督代理に決裁が必要となる書類をお持ちいたしました」
「分かりました。入ってください」
ユーフェミアの許可を得て入室したのは、書類を抱えたジェレミア卿だ。
「ユーフェミア総督代理。此方が決裁が必要となる書類に……おっと!」
ジェレミアが締めようとした扉の隙間をすり抜けるように、猫のアーサーが滑り込んでユーフェミアのすぐ脇にちょこんとお座りする。卓上に上ったりしないのは、ユーフェミアがちゃんと躾けているからだ。
「にゃあ~♪」
「まあ、アーサー。構ってもらいたいの?」
「こら、アーサー。ユーフェミア総督代理はまだ執務中だぞ」
「にゃ」
フリフリご機嫌に尻尾を振っているアーサーを、ギルフォードは両手で持ち上げて静かに諭す。
そういえば、コーネリア総督が執務でお疲れな時には、決まってアーサーがやってきて相手をしていたなと思い出し、ユーフェミア総督も顔に出さないだけで心労が相当溜まっているのかもしれないと、ギルフォードは考える。
「アーサー殿は心が疲れている者に寄り添う性分のようですからな。きっと、ユーフェミア総督代理の事を慮って馳せ参じたのでしょう」
「ふふ……アーサーは忠義者ですね♪ 貴方も手伝ってくれるかしら?」
「にゃ~ん♪」
「ユーフェミア総督代理。猫の手も借りたいという表現はございますが、実際に猫の手は借りられませんぞ」
無抵抗に抱えられているアーサーをユーフェミアが撫でる。アーサーは気持ちよさそうにゴロゴロと鳴いている。
「何かお困りごとがあるのですか?」
「ええ。私が計画した案件に必要な人員が不足しているの……。内容が内容だから、優先度はどうしても低くなってしまって」
「なんと!でしたら我ら純血派をお使いください」
「良いのか、ジェレミア卿?」
「このジェレミア・ゴットバルトを筆頭に、皇族のために働けるとなれば皆も喜ぶでしょう!」
「そうか。では、このゲットーの孤児たちのためのチャリティーイベントの護衛をぜひとも頼みたい」
「……はい?」
~~~~
何故かジェレミア卿が請け負った時の様子もイメージできてしまった。
今回のチャリティーイベントの警備編成は、外回りはジェレミアとキューエルを中心とした主戦力が、会場内部はヴィレッタを中心とした若い騎士候達をメインに人員が配置されている。
これは、
1,外部からの侵入を防ぐ目的を考えると、主要戦力は外部の警備に割り当てたい。
2,武闘派に位置する純血派が会場内部を警備するならば、場の華やかさを保つ事も考慮して主に女性等を中心に固めておきたい。
3,正式な貴族を目指しているヴィレッタを含めた騎士候の者等には、先の事を踏まえこのパーティでの皇族の護衛という誉を与えたい。
といった理由をジェレミアは挙げていた。
此処で皇族を直接警備するためと言って会場内の警備に付かない辺り、請け負った経緯はともかくジェレミアは本気なのだろう。
何事もなく無事に終わってほしいとは思うが、昨今の情勢では何か想定外の事態が起こると考えて即時対応できるようにしている。そのために、近隣には会場への物資運搬用のトレーラーに混ざって純血派仕様のサザーランドを格納したトレーラーも会場を囲むように展開している。勿論、傍目から見た場合には区別がつかないようにしてだ。
(尤も、これでも黒の騎士団が相手では心もとないが。まあ、奴らがこの会場を襲うようならば、それはそれで大義名分が失われて好都合か?)
「そろそろ定時連絡の時間か。他の連中がちゃんと警備をしているか確認せねばな」
通信機を手にキューエルは外回りを担当する他の純血派メンバーに連絡を取る。まずは正面会場入り口前のメンバーから。
「こちらキューエル。ラストリー隊、そちらの様子はどうだ?」
『キューエル卿!丁度良かった!ご報告したい事が……』
「何があった」
「それが――」
――――――――――――――――――――
チャリティーイベントの会場内では、様々な貴族や企業の重役が立食パーティで会食したり各所に設置されたチェス盤でチェスの試合をしながら談笑している。
今回のチャリティーイベントは、通常の参加費用や各々が持ち込んで出品した品々のオークションだけでなく、チェスの試合の参加費用や生配信、さらに配信動画へのスーパーチャットによる利益もチャリティーとして寄付される形式となっている。
「貴族も参加するっていうからもっと派手だと思っていたけれども、意外と落ち着いた雰囲気なんだね」
「主催者の家柄が持つ権威を見せつけるためのパーティならともかく、今回はチャリティーイベントだからな。コンセプトに不必要な分野には余計には経費を掛けず、その金額を寄付に回すためだろう」
淡いピンク色のドレスに身を包んだシャーリーの疑問に、二人の貴族を同時に相手したサイマル形式で勝利したルルーシュが答える。
「対戦、ありがとうございました」
「つ、強い……、流石は新進気鋭の若き実業家でありますな」
「ジュリアス社長、本当にお強いですね」
「昔、どうしてもチェスで勝ちたかった相手がいまして。今では会う機会が無くなってしまいましたが、その頃の経験が活きているんですよ」
ルルーシュは席を立ち、生徒会の面々と一緒に移動する。一か所に留まっていては、得られる情報が限られてしまうからだ。
ルルーシュは黒を基調としたスーツを着こなし、さらに装飾が施された眼帯によって左目が覆われている。この眼帯、一見すると視界を塞いでしまっているように見えるが内側からはちゃんと見えるよう特殊な細工が施されていて、ルルーシュの会社では病気や怪我の跡が残っている目元を隠すためのファッション性を備えた眼帯の一パターンとして売り出されている。
経営する会社の社長としてのルルーシュは『ジュリアス・キングスレイ』であり、自社の製品を自らテストするのを兼ねた正体の偽装の役割もある。
ルルーシュが指摘したとおり、会場内は華やかだが贅を凝らした装飾品や彫琢品の類は置かれていない。
「うちだと何かにつけて派手にしちゃって散財しちゃうから、参考になるわね」
「会長の所は、まず金がかかるイベントの頻度を減らしましょう」
雰囲気を損なわないようにしつつ費用を抑える会場づくりに感心するミレイに対して、ルルーシュは彼女の散財癖を注意する。会社の社長として冗長性と効率の塩梅を考えながらコストを抑える努力をしている身としては、アッシュフォード家は散財しすぎなのだ。実際、今回のイベントのためにミレイが用意した鮮やかな赤紫色を基調としたドレスも、中々な出費となっている。
真紅のドレスを身に纏い、胸元は開いているカレン。反対に深海をイメージした蒼いドレスで動きやすいようにスリットが付いているマーヤ。ニーナはエメラルドグリーンを基調としたドレスで、周囲に比べて控えめな胸元を補うためのブローチがアクセントとなっている。
既に他の貴族の子息や若い起業家数名と意気投合し、ルルーシュ達とは離れてチェスを交えて談笑しているリヴァルも、ルルーシュと似たような黒のスーツを着ているが此方は装飾の量が少ない。
(ふむ……会場内外の警備は純血派がメイン。皇族主催のイベントにも関与できる事を考えると、政庁内におけるパワーバランスは純血派が優位に立っているのか?)
(恐らく、今後のエリア11におけるブリタニア軍の主力は純血派。となると、要注意なのは純血派のリーダーであるジェレミア・ゴットバルト辺境伯ね。彼はラウンズにも比肩するKMF操縦技量を有すると噂があるから、戦闘時にはランスロットか紅蓮弐式をぶつけたいところね)
(……あんた達さ、場違いな相談するの一旦やめない?)
念話で情報共有をしながら、今後のブリタニア軍の行動を予測しているルルーシュとマーヤ。そんな二人に対して、カレンは表情には出さないが念話に割り込んで注意する。
三人とも、マルチタスクによって思考に影響はないし、世間話という名の腹の探り合いや、チェスの合間に商談にやって来る貴族や起業家との対話も問題なく対応しているが、念のためだ。
「あ、あの……!あっちの方でユーフェミア様がチェスの試合をしているって話だから、見に行ってみない?」
「良いわね♪カワグチ湖でのお礼も改めて言いたかったし。という訳で、皆で行くわよ~♪」
「そして試合は俺が担当するのでしょう?分かりましたよ」
ニーナの提案にミレイが乗ってルルーシュも了承する。
ルルーシュの昔の記憶ではあるが、ユーフェミアはチェスの腕前は平凡だった。実際に試合を組めるかどうかはともかく、今の彼女の人となりを直接見定める良い機会となるだろう。
そういう思惑もあってルルーシュは生徒会の面々と共に目的の場所へ向かうと、道中で若い貴族たちと一緒に放心したリヴァルと遭遇する。
「リヴァル、どうかしたのか?」
「あぁ……ジュリアス社長。あっちはやばい。俺じゃ勝てる気が全然しない」
「まさか、このイベントにあの方が来ているとは……」
「三人を同時に相手して、ここまで圧倒されるとは思わなかった」
ルルーシュの問いかけに、リヴァルは譫言のように若い貴族と共に答える。
「ユーフェミア総督代理、そんなに強かったのか?」
「いや、ユーフェミア様じゃなくてな……。お前も挑めばわかるよ。絶対驚くから」
(ユーフェミア以外のビッグネーム?プロのチェスプレイヤーが代打ちでもしているのか?)
誰に負かされたのかを口にしないリヴァルを訝しみながら、ルルーシュはその場を後にしてユーフェミアに会いに行く。
ほどなくして、数名の護衛を連れたユーフェミアがアーサーを抱きかかえながら、生徒会メンバーを見つけて話しかけてきた。ちなみにアーサーは今回のイベントのマスコットキャラも務めている。
「まあ、皆さん。カワグチ湖以来ですね。それにマーヤさんもお久しぶりです♪」
「にゃぁ♪」
「私の事、覚えていてくれていたんですか?ユーフェミア総督代理」
「私にとっては大切な思い出ですから♪
「ありがとうございます。アーサー、元気にしてた?」
「にゃ~♪」
マーヤがアーサーの喉元を撫でると、アーサーはゴロゴロと鳴いて喜ぶ。初めて会った時と比べてアーサーの毛艶も良くなっているし、懐き具合からちゃんと世話されているようだ。
「初めまして、ユーフェミア総督代理。私はジュリアス・キングスレイと申します。カワグチ湖では貴方のおかげで妹が救われました。妹に代わって改めて感謝いたします」
「……初めまして、ジュリアスさん。私も皆様には助けられました。此方からも感謝を」
「ありがとうございます。……そういえば、此方でユーフェミア総督代理ともチェスの試合ができるとお聞きしたのですが。休憩中でしたか?」
「あぁ……いえ。今は私の代わりに試合をしてくれる方が飛び入り参加していまして。丁度試合が終わる頃だと思いますよ?」
そう言いながらユーフェミアが振り向くと、視線の先から歓声が上がる。
「チェックメイト。私の勝ちだね」
三人の貴族や実業家、そして代打ちとして招かれていたのであろうプロチェスの選手を相手に静かに宣言する声の主は、ルルーシュにとって決して忘れる事のない越えるべき壁の一つであった。
――鮮やかな金髪と整った顔立ちの美青年。
――政治と軍事の両面で類まれなる才能を発揮する帝国宰相
――次期皇帝に最も近い座にいる皇族
――そして、幼少期のルルーシュが唯一チェスで一度も勝てなかった相手
シュナイゼル・エル・ブリタニア。
見れば周囲には彼の側近であるカノン・マルディーニを含めた複数の部下だけでなく、純血派に所属する若い騎士たちも集まっている。
「お見事です、シュナイゼルお兄さま」
「なに、E.U.と中華連邦との交渉から本国へ帰還する前にお忍びで訪問してみたら、ユフィが今回のイベントを開催していると聞いてね。此方こそ無理を言って飛び入り参加させてもらったのだから、妹のためにもこの位はしてあげたかったんだ」
「ありがとうございます。おかげでとても盛り上がっております」
和やかに会話を続けるユーフェミアとシュナイゼルの様子を、ルルーシュ達は表情には出さなかったが驚愕しながら観察する。
(シュナイゼルだと!?まさかこのタイミングで遭遇するとは、想定外のイレギュラーだ!)
(あれが帝国宰相……どうする、ルルーシュ?)
(下手に目立つと拙いんじゃないの?)
(いや、此処で引けばかえって怪しまれる。それに、ある意味では俺個人にとってチャンスでもある)
((チャンス?))
(ああ、今の俺がシュナイゼルにどこまで届くのか。それを確かめる絶好のチャンスだ。チェスと実際の戦術は異なるところもあるが、此処でのチェスの結果は、ある程度実戦における戦術レベルの差の指標にもなる)
「カノン、あとどのくらい時間はあるかな?」
「今から一時間後までには、此処を出発する必要がございます、殿下」
「そうか……ならば後一局は猶予があるね。誰か、私と対局してくれる者はいないかな?」
シュナイゼルの呼びかけに、にこやかにルルーシュが応じる。
「では、私と一局お願いいたします」
「君の名前を聞かせてもらっても良いかい?」
「ジュリアス・キングスレイと申します。シュナイゼル殿下」
「白(先攻)と黒(後攻)、どちらが良いかな?」
「此方は黒の駒で」
ルルーシュは自らを象徴する黒の駒を選ぶ。
「では、良い試合をしようじゃないか」
ルルーシュにとって、今後を占う事となるかもしれない