ルルーシュ達がアースラでの検査を受けてから二週間。黒の騎士団に新たに加入したマオの
本来はゼロもといルルーシュが呼ばれていたのだが、彼個人にとって外すことができない非常に重要な予定があったため、今回はスザクが代理で出席している。
「うむ、壮健な様でなによりだ」
「本日はどのような御用件でしょうか? 桐原公。日本解放戦線の片瀬少将と藤堂中佐もお連れして」
交渉事が苦手なスザクとしては、桐原公が呼び出した意図をルルーシュに正確に伝えるため、今回は聞きに徹するつもりで桐原公に尋ねる。
すると、一歩前に出て口を開いたのは片瀬少将であった。
「此度は呼び出しは私が桐原公に頼み、私から黒の騎士団にも伝えたい事があっての事でな」
「片瀬少将がですか?」
「ああ。黒の騎士団と日本解放戦線の今後についてだ。ブリタニアから日本を取り戻せた暁には、日本解放戦線は黒の騎士団を主体として組み込まれる形で合流しようと私は思っている」
片瀬少将の発言は、スザクにとって驚きであった。
黒の騎士団が表舞台に立つ以前は、エリア11における最大規模のレジスタンス組織であった日本解放戦線。七年間抵抗し続けてきたという自負を持つ大組織が、実質的に黒の騎士団の下につく事を意味しているからだ。
「っ!? それは……」
「無論、正義の味方として活動している黒の騎士団にとって、草壁中佐のような凶行を起こした前科がある組織を組み込むことには抵抗があるだろう。今回の提案はこの場で答えなくても構わない。寧ろ、ゼロとよく話し合ったうえでどうするか決めてほしい。尤も、ゼロから『まだ果たせていないもしもの未来を勘定するな!』と私が怒られてしまうかもしれないがな」
「……確認してもよろしいですか? それは日本解放戦線の総意ですか? それとも、片瀬少将個人の考えですか?」
「私自身の考えもあるが、現在残っている構成員という意味では組織の総意に近いな」
スザクからの質問に対して、片瀬は肯定する。そのまま、片瀬は現在の日本解放戦線の内情を話し始めた。
「今は亡き草壁中佐の様な強硬路線の者達の尽くが、先のナリタ連山での戦いを切っ掛けに死亡または組織から離脱した事で、日本解放戦線はその力を大きく削がれている。組織の規模としては全盛期の六割前後にまで減じてしまっているが、組織としてはむしろ健全化したのは皮肉としか言いようがない。これは私の不徳の致すところだ」
「片瀬少将……」
「スザク君、私はね……元々は軍政畑の軍官僚だったんだ。前線で部隊の指揮を執る戦場ではなく、政治家から如何に予算を得て物資を前線に行き渡らせるかが私の戦場だった。しかし、反抗勢力の総指揮を執る事ができるより上の階級の軍人が全滅してしまったために、私が日本解放戦線のリーダーという立場に選ばれる事となった。その結果、失敗を恐れて自ら決断する事もせずに作戦や方針の決定は藤堂中佐に頼りきり……いや、藤堂中佐なら何とかできると思考停止して責任を押し付けてしまっていた」
「「……」」
片瀬少将の独白に、スザクと藤堂はじっと静かに耳を傾ける。
「草壁中佐が自分が動かなくてはいけないと凶行に走るようになったのも、自ら決断する事も責任を負う事もしない
「そういう意味では、生きている軍人で最も階級が高いからと、日本解放戦線のリーダーに片瀬を指名した儂らキョウト六家の責も大きい。すまなかったな」
「だからこそ、同じ過ちを繰り返さないためにも……日本を解放した後にブリタニアに勝利するためにも、頃合いを見て日本解放戦線の者たちをゼロに委ねて私は裏方に回り、本来の私の戦場に戻ろうと思う。前線で戦う者達を支える兵站という戦場に」
「……分かりました。ゼロには片瀬少将の考えと共に伝えておきます。きっと、悪いようにはならないでしょう」
「本当に感謝する」
片瀬少将がスザクに頭を下げる。その表情は、どこか晴れやかであった。
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それは、偶然であった。
ユーフェミアは総督代理としての職務をこなしながら、偶々掘り出した一束の報告書に目を向ける。それはナリタにある児童養護施設の一つに関する監査記録だ。
ユーフェミアはその報告書の内容に違和感を抱いた。以前の彼女ならばその違和感に気が付くことができなかっただろう。しかし、ルルーシュが孤児院を運営しており、チャリティーイベントの際にその苦労話を聞いていた事でその違和感に気が付くことができた。
「この児童養護施設……定期的に施設内の児童が一定数入れ替わっている?」
児童養護施設の子どもたちの多くは、家庭環境に問題が有ったり孤児であったりする事から年単位で長期間預けられる事が多く、他のエリアでは10年以上いる子供も少なくないと聞いた覚えがある。
そんな中、この児童養護施設は半年に一度の頻度で児童の半数が退所しては同数がすぐに入所しているのだ。
それに、資金の流れも不透明な所が随所にある。黒の騎士団によって不正が露見して更迭された監査官もこの児童養護施設の過去の監査に関わっていた事を考えると、何かしらの不正或いは犯罪──例えば架空の児童の入所による横領や資金洗浄、場合によっては人身売買等──が行われているのではないかと疑わしくなってしまう。
一瞬、ユーフェミアはこの報告書を持ってルルーシュに相談してみようかと考えた。だが、彼は黒の騎士団の協力者だ。ノータイムで頼るのは流石に拙い。そもそも、公的な記録である監査記録を勝手に持ち出すのは違法行為だ。
そしてギルフォード卿は自分の補佐をするために業務が過密状態となっている事を考えると──、
「また、ジェレミア卿に頼る事になってしまいそうですね」
皇族に対する高い忠誠心を持つジェレミア卿に頼る機会が増えていることにため息をつきながら、ユーフェミアはジェレミア卿を呼んでその児童養護施設と関連企業の調査を指示する。
そうして立ち上げられた純血派による調査の過程で、『ネブロス』を名乗る何者かからの情報提供によって関連企業は実態がないダミー会社である事が発覚し、施設から退所した子どもたちも多くが行方不明である事が明らかとなる。
その結果、ジェレミア卿率いる純血派による児童養護施設へのナイトメアも動員した強制捜査が行われる事となった。
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トウキョウ租界にあるガラス張りのカフェテリア。入口に近い窓際の席にルルーシュとナナリー、そしてシャーリーの三人の姿が座って紅茶を楽しんでいた。
「こうしてお兄さまと一緒にお出かけしたの、久しぶりですね」
「ああ、そうだな。ここ最近は仕事が忙しかったから、ナナリーにかまってやれてなくてすまなかった」
「……大丈夫です。こうして一緒にお出かけしてくれるだけで、ナナリーは幸せです」
「もう、ナナちゃんってば無欲なんだから。もうちょっとルルに構ってほしいって言っても良いんだよ?」
「本日はシャーリーさんのおかげで、楽しい時間を過ごす事が出来ました」
すまなそうにしているルルーシュに対して、ナナリーは優しく微笑みながら両手で持った紅茶を一口。
「それにしても、一緒に見学した音楽コンサート。良かったですね」
「ああ、プロが奏でる荘厳で重厚な音楽ともまた違う、若さと生命力に溢れた音楽だったな」
「はい。幼い頃に聞いていた音楽ともまた違う、新しい風のような音楽でした」
「えへへ。二人とも、喜んでくれてよかったよ」
シャーリーがルルーシュとナナリーを誘った三人分の音楽コンサートのチケット。元々は父親と母親との三人で行く予定だったが、父親が急な仕事でトウキョウ租界を離れて単身赴任する事となり、それならばと友達と一緒に行ってらっしゃいとシャーリーに渡したものだそうだ。
シャーリーは当初、このチケットをどうするか悩んだ。本音を言えばルルーシュを誘いたい。しかしコンサートのチケットは三枚でルルーシュだけ誘うとなると一枚余ってしまう。だからと言ってミレイ会長に相談などすれば、あの人の事だからチケットを賭けたお祭り騒ぎのイベントを起こしかねない。
悩むシャーリーに救いの手を差し伸べたのが、アッシュフォード家のメイドにしてナナリーの世話役を担当している篠崎咲世子の一言であった。
──ナナリー様もご一緒に誘ってみてはいかがでしょうか?
それはシャーリーにとって天啓のような提案であった。これならば、ルルーシュを無理なく誘えるだけでなく、ルルーシュにとってもチャリティーイベントに参加できなかったナナリーへの埋め合わせを兼ねる事もできる。
演劇や映画では目が見えないナナリーは楽しめなかったが、音楽コンサートならば楽しむことができるとルルーシュもナナリーも快諾してくれて、シャーリーが思わずガッツポーズしたのはご愛敬である。
当日のスケジュールは、朝にアッシュフォード学園前に集合して出発。まずは孤児院に顔を出して差し入れを渡し、お昼に近くの公園でルルーシュとシャーリーがそれぞれ作ったお弁当を三人で食べてから音楽コンサートの鑑賞。そして夕方の現在はカフェテラスで夕食を兼ねた休憩。
シャーリーは
ルルーシュはシャーリーと恋仲である事は否定していたが、反応としては満更でもない様子だった事から大きな前進だろう。お弁当のクオリティでルルーシュに負けていた事には敗北感を味わったが。
夕食も食べ終え、三人で雑談に興じている中で、シャーリーがふと外の街頭掲示板に視線を移した。
「どうした? シャーリー」
「ルル、外の街頭掲示板で速報生中継だって。えっとなになに……。ナリタにある児童養護施設を隠れ蓑にした人身売買を軍部が摘発だって」
「まぁ……。お兄様が一生懸命運営しているのにそんな酷い事をしている所もあるだなんて」
「ここ最近は、不正の摘発は黒の騎士団に先を越されてばかりだからな。軍部としてもちゃんと仕事をしているとアピールしなければならないと必死なのだろう」
(日本解放戦線のお膝元という事もあって慎重に証拠固めをしている段階だったが、先を越されたか。画面に映っている機体は純血派仕様のサザーランド……それにあのテレビ局は確か黒の騎士団と緩くだが繋がりがある、あの男がプロデューサーをしている所の……。凡そ、純血派の動きを察知して生中継をしたと言ったところか)
純血派に先を越された事に若干不機嫌になるが、ルルーシュは直ぐに意識を切り替えてナナリーに話しかける。これから話すことは、ルルーシュにとって今回のお出かけで一番重要な出来事だ。
「それよりもナナリー……大切な話があるんだけれども、良いかな?」
「はい、何でしょうか? お兄様」
「ルル、私は一旦席外した方が良いかな?」
「いや、シャーリーには生徒会の人たちに伝えてほしいからこのままいて欲しい」
席を外そうとしたシャーリーを呼び止め、ルルーシュは一度深呼吸してから口を開く。
「ナナリー……足の治療のために、エリア11を出国してみるつもりはないかな?」
「……え?」
「ようやく、ナナリーの足を治療できるかもしれないお医者さんを見つける事が出来たんだ。ただ、エリア11にはない設備を使わないといけないらしくて、そのために外の世界に出る必要がある。もしナナリーに足を治したいという気持ちがあるならば、俺の方から二週間後に出国することを伝えるけれども、どうかな?」
管理局のシャマルや黒の騎士団に出向しているラクシャータが、ナナリーの足を治療できる医者。治療のためにアースラの医療設備が必要なのだから、ルルーシュは嘘を言ってはいない。
二週間後という縛りは、ナナリーの休学やその他諸々の準備をしながら決断を促すためだ。ナナリーをこの世界からミッドチルダにある八神家に一時避難させることができれば、この世界よりも安全な場所でリハビリに励んでもらう事ができる。
「ナナちゃん、良かったじゃん! 歩けるようになるんだよ♪」
「シャーリーさん……」
シャーリーが我が事のように喜んでくれている様子を見て、ルルーシュは内心でガッツポーズをしながら嬉しく思う。シャーリーならば、この話を聞けば純粋に喜んでくれるはずと考えていた通りの反応だったからだ。
そうなれば──、
「……はい。私、また歩けるようになりたいです。お兄様と、皆さんと一緒にお散歩とかしたり走り回ったりしたいです」
──、幼少期はアリエス宮を走り回ったりして遊んでいたやんちゃな部分が有ったナナリーは、高い確率で引き受けてくれる。
妹を説得するのに、シャーリーの感情まで利用して理詰めで進めていく自分の性根に内心では唾棄しながら、ルルーシュはナナリーの身の安全を確保できた事に安堵する。
「ありがとう、ナナリー。俺も頑張った甲斐があるよ」
「最初は、お仕事で忙しいお兄様に手術の費用などの大きな負担をかけてしまうのが申し訳なくて、断るべきか悩みました。でも、シャーリーさんが喜んでくれているのを聞いて、私が歩けるようになって喜んでくれる人がお兄様の他にもいるんだって思えたら、少し勇気が湧いてきました」
シャーリーがいてくれて本当に良かった。ここで断られていたら、どうやってナナリーを連れ出すか必死に考える必要があった。
「お兄様、シャーリーさん。もしも歩けるようになったら、また一緒にこうしてお出かけしてくれませんか?」
「勿論だ」「勿論だよ!」
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ルルーシュ達が街頭掲示板の速報を見る少し前に時間を遡る。
ナリタにある地下研究所内に、緊急事態を告げるアラームがけたたましく鳴り響く。職員たちは慌ただしく資料を抱えて持ち出し、裁断したうえで特殊な溶液で溶解させてデータの隠滅に奔走していた。
「馬鹿な! この研究所の存在がバレただと!? 侵入者は何者だ!」
「それが……ジェレミア・ゴットバルト辺境伯が率いる純血派です!」
「はぁ!? 寄りにもよってジェレミア卿が!?」
バトレーは、水槽に浮かぶ量産試作体Jの方へ振り向きながら、髪の毛一つない頭を抱える。
V.V.とヴィクトリア、そしてあの協力者が
政庁に忍び込ませている者達から事前に報告が無かった事を考えると、情報統制が相当しっかり成された上で計画的に実行された摘発だ。この研究所で行われている事は恐らく感づかれているだろう。
「迎撃用ナイトメアはどうした!」
「サザーランド・シグルド相手に、民間用に偽装した只のサザーランドでは歯が立ちません!」
「くぅ……! 日本解放戦線に気取られないように、防衛戦力を絞っていたのが裏目に出たか! 兎に角、この研究所のデータは可能な限り持ち出すか隠滅しろ! 最優先は
ジェレミア卿のサザーランド・シグルドまで投入している辺り、相手は本気で潰しにかかっている。
一体なぜ? どこからこの研究所の存在が漏れた? バトレーは疑念を抱きながら、必死に研究所内のデータと資料の搬入及び処分を進めていく。
「は、早すぎる!」
『そこにいるのは、バトレー将軍!? 本国に送還されていたはずの貴方がなぜ此処に! それに後ろの水槽に浮かんでいるのは……私だと!?』
突入したナイトメアは、ジェレミア卿が操縦するサザーランド・シグルド。計画の露見という嚮団にとって最悪の事態こそ免れたが、バトレー自身にとっては最悪の事態だ。
「ま、待ってくれ! これには深い訳が!」
『ならば、後ろのコンソールから離れて床に伏せろ!』
「……!」
言葉で時間稼ぎをしながらコンソールから量産試作体Jの自爆シークエンスを起動させようとしたが、ジェレミアに看破されてバトレーは言葉に詰まる。
その時、コンソールから新たなアラームが鳴り始めた!
「バイタルが急激に覚醒領域に浮上!?」
『バトレー将軍、貴様!!!』
「私はまだ何もしていない!? 量産試作体Jが自力で勝手に活動を!」
ビシッ! ビキィッ!
量産試作体Jを内包する水槽に罅が入り、オレンジ色の液体を周囲にぶちまけながら割れる。
背中と接続していたケーブルがガシュン! と音を立てて外れ、量産試作体Jがゆっくりと立ち上がった。
「……おはようございました。何処? 帝国臣民の敵」
量産試作体Jが支離滅裂な言葉で挨拶すると共に、周囲に尋ねる。機械化されている彼の左目には、上下反転した青い鳥の紋様が刻まれている。
『……はっ! そこにいる男、バトレー将軍を拘束せよ! 奴は組織的な人身売買に関与している疑いがある! 今や帝国に巣食う寄生虫だ!』
「なぁ!? 『理解は幸せ! 言い訳無駄!』はぐぁ!?」
一足早く我を取り戻したジェレミア卿が、咄嗟に量産試作体Jに指示を出したところ、量産試作体Jはバトレー将軍を一撃で昏倒させて拘束する。
『協力に感謝する。それとその男を連れて、私と共に来てもらおうか』
「イエス、マイオリジナル。Cの世界より獲得した私の知識との齟齬、急務な修正」
『オリジナル……それにCの世界? その辺りも含めて話を聞かせてもらうぞ』
量産試作体Jの支離滅裂な言葉をどうにか頭の中で翻訳しながら、ジェレミアは自身と瓜二つな彼を連れて研究所を出る。
「はぁ……ユーフェミア様や他の純血派の者達に、どのように報告したものか……。ん? この音は、報道機関のヘリのローター音。……! 待て!? まだ外に出るな!」
これから起こるであろう面倒事に頭を悩ませていたからだろう。ジェレミアが制止するよりも先に量産試作体Jはバトレー将軍を担いだまま施設の外に出てしまい、報道陣のカメラにその姿を映し出されてしまった。
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「……は? なんて?」
一か月後に決行予定の儀式。その最後の仕込みをトウキョウ租界で進めていたV.V.達に、ナリタにある秘密研究所が摘発される様子の一部始終が映し出されていた。
生中継されている街頭掲示板には、児童養護施設を隠れ蓑とした人身売買施設を純血派が華々しく摘発したとされている。
純血派のサザーランドによって撃破されたであろう防衛用ナイトメアの残骸や、拘束され連行される研究所の職員の映像が画面を切り替えながら表示される。
それよりも問題なのは、意識を失っているバトレー将軍を量産試作体Jが担いでいる様子が流れている事だ。
『ご覧いただけますでしょうか! あれはジェレミア・ゴットバルト辺境伯ではないでしょうか? 此処から見える限りでは、身体の一部が機械化しているようにも見えます! ん? ナイトメアから姿を見せた方もジェレミア卿!? これは一体──』
「ふざけるなよ、純血派め……! マリアンヌと親しかった連中には碌なのがいない!?」
予想外の妨害に、V.V.は顔を歪めて毒づく。絶叫しなかったのを自分で褒めたいくらいだ。
量産試作体Jの露見は、計画に支障をきたしかねないとV.V.に焦りを感じさせる。純血派のリーダーであり量産試作体Jの遺伝子元であるジェレミア卿は、武勇でもって名を馳せるゴットバルト家の辺境伯。こうしてメディアに報道させているという事は、量産試作体Jの正体を把握して摘発した可能性が高い。
不幸中の幸いというべきなのは、量産試作体Jに使わせる予定だった機体はまだ研究所に搬入前であった事だが、そんなことは計画が露見するリスクに比べれば些末な事だ。
『V.V.よ、拙い事となったぞ。これでは最悪、ユーフェミアの守りが堅くなりかねん』
「嚮団と量産試作体Jの存在が露見した以上、手をこまねいていたら計画の実行どころではなくなりますよ。まさか……ここまで来て計画を中止するなんて日和った真似をするわけではないですよね?」
「当たり前だ! 僕たちは間違ってない、間違っているのは世界の方なんだ。僕たちが、この世界を正さないといけないんだ……計画は、何としても実行する」
V.V.はヴィクトリアと通信機から聞こえる男に対して、計画を中止するつもりはないと答える。V.V.にとってこの嘘偽りに満ちた繰り返される世界を終わらせ、嘘のない世界へと再誕させるための重要な一歩を諦めるわけにはいかないのだ。
問題は、儀式に必要な核をどうするかだ。計画の核となれる人間は、特定の条件が必要となる。その条件を満たしつつ邪魔者を排除できる事から、ユーフェミアを核にするつもりだった。
当初の予定通り、リスクを冒してユーフェミアを確保して核とするか。それとも、他にいるかもわからない適合者を今から探すか。
どちらが正解なのか、V.V.は苛立ちを募らせながらうろついて思案していると、手すりの下に広がる風景のある一点に目を奪われる。
それはカフェテリアのガラス張りの窓越しに見える店内。そこにいたのは、車いすに座る栗色のウェーブがかった髪の少女と、黒髪に紫の瞳を持つ少年。見間違えるはずがない。あの忌まわしくも所在がつかめなかったマリアンヌの忘れ形見。
同じ席には他の女もいるが、そんなことはV.V.にとっては些末事だ。
『どうした、V.V.?』
「……は、はは。まさかこんなところで、新しい核の候補を見つけられるなんてね。これは……まさに天啓だ! 世界そのものが、この偽りに満ちた牢獄からの解放を望んでいるんだよ! そうと解れば計画も前倒しだ! 当初の予定だった一ヶ月後なんて待たないで、一週間後に『フィンブルヴェトル計画』を決行するよ!」
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「ははは! これは予想外の素晴らしい
Hi-TVエリア11トウキョウ租界支局報道局プロデューサーであるディートハルト・リートは、純血派による摘発の一部始終を報道ヘリに乗って上空から生中継しながら歓喜に打ち震えていた。
始まりはディートハルトの端末に送られてきた、『ネブロス』を名乗る謎の人物からの情報提供であった。
──神聖ブリタニア帝国に巣食う大規模カルト宗教の所在と、純血派による摘発の動き
眉唾でしかない胡散臭い情報だった。だがディートハルトは送られてきた情報から特ダネの匂いを感じ取り、こうして独自に情報を集め、純血派の動きから核心に至って生中継を敢行したのだ。
「明日の朝のニュースは、『ブリタニアに巣食うカルト宗教、悍ましき人身売買と人体実験の素顔!』で決まりだ!」
ディートハルトにとって、あの改造されたジェレミア卿そっくりの男が本人なのかどうかは関係ない。重要なのは、辺境伯という重要な立ち位置の貴族すらも人体実験に利用するカルト宗教が、ブリタニアに巣食っているというセンセーショナルな内容だ。
十中八九、今回の一件で自分は干される事となるだろう。そうなった時はそれはそれでコネクションを使って黒の騎士団と本格的に関係を持つのも悪くはない。
黒の騎士団もブリタニア本国も、この一件で大きく動きを見せる事となるだろう。ディートハルトはこの先に生まれるさらなる混沌に夢を馳せながら、純血派によって止められるまで摘発の一部始終を報道し続けた。
純血派による摘発とディートハルトの報道によって地上が混沌としている中、地下下水道の通路を走る少年の姿が一つ。
紫色の瞳に短く揃えられた薄茶色の髪を揺らしながら、華奢に見える肉体からは想像できない身体能力で走る。
「上手く逃げられたようだね……。これで、V.V.も直ぐには僕を追えないはず。ジェレミア卿も、ディートハルトさんも予想以上に動きが迅速だったから危うく僕も捕まる所だったよ」
息一つ乱していない少年こそが、純血派とディートハルトに研究施設の情報などをリークした謎の人物『ネブロス』だ。
「ふふ……待っていてね、
……あれ?どうなってやがる……。いつの間にかメカジェレミアがジェレミアに確保されたんだが(宇宙ネコ顔)
メカジェレミア語、難しい。
それと、本作ではディートハルトは原作ほどゼロに心酔していません。なので、黒の騎士団とは互いに利用しあう関係という立ち位置です。