ナナリーを見送るための学園イベント当日。アッシュフォード学園の生徒会長であるミレイ・アッシュフォードは、クラブハウスの惨状を目撃した学生や教員がパニックになっているのに対して必死に対応していた。
「一体何が起こったというの!? クラブハウスに大穴は空いているし、ナナリーは行方不明。おまけに、ルルーシュと咲世子さんのどっちとも連絡が付かないなんて!」
「会長! カレンやマーヤとも連絡が付きません!」
「ナナちゃん……ルル。お願い、電話に出て……」
「何か事件に巻き込まれたのかも。私、ネット上に目撃情報が無いか調べてみる!」
警察が到着するまでの間、生徒会の面々がそれぞれに出来る事をしている中で突如としてそれは起きた。シンジュクゲットーの方角の大地から、遥か上空に向かって伸びる桜色の眩い光の柱が現れたのだ。
「な、なに……あれ」
「おい、空が……!」
それだけでも異常事態なのだが、変化はそれだけにとどまらない。
光の柱が伸びた上空を起点に、雲一つない青空がどす黒く赤い空へと染め上げられていく。それはさながら、描きかけの美麗な水彩画に濁った汚水を垂らしたかのように本来の色を蝕んで広がっていく。
まるでファンタジー映画の様な事態の激変に、あっけにとられる生徒や教師たち。
「おい、その左手の何だ?」
「え? なんだこれ!」
「こっちにもついているぞ!」
いつの間にか左手に浮かび上がった紅い鳥を模した紋様に気が付いた学生が騒ぎ始めるが、直ぐにその騒ぎの声は聞こえなくなった。紋様が浮かび上がった者が次々と倒れていったからだ。
「みんな! っぁ……」
「身体が……動か、ない」
次々と倒れる生徒たちに駆け寄ろうとした教員や他の生徒、そしてミレイ達も同様に倒れて動けなくなる。
それは学園の校舎内も同様で、理事長室である契約について内容を詰めていたルーベン・K・アッシュフォードとクラリス・ガーフィールドも机に突っ伏して動けなくなっていた。
同様の惨事はトウキョウ租界やシンジュクゲットーを中心として幾つも見られ、各所で交通事故も多発。終末を予感させる禍々しい赤い空は、その範囲は徐々に広げていった。
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「始まってしまったか……」
Cの世界のどこかにある黄昏の間において、神聖ブリタニア帝国第98代皇帝であるシャルル・ジ・ブリタニアは、エリア11で起こっている異常事態を愁いを帯びた表情で見ていた。
シャルルの傍らには、ブリタニア皇帝直属の騎士ラウンズ。その中でも最強と名高いナイトオブワンであるビスマルク・ヴァルトシュタイン卿が片膝をついて従っている。
「どうして、考え直してくれなかったのですか。
シャルルは数日前にこの黄昏の間で
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──本気なのですか? 兄さん。
──うん。僕たちに残された時間はもうあまり長くない。これは絶好のチャンスなんだ。この嘘っぱちの世界を壊して、無意味に世界を繰り返す神を殺して、僕たちの悲願である【嘘のない世界】を作るための。
──それは、そうですが……。
V.V.が近いうちに成そうとしている事に難色を示すシャルルに対して、V.V.は諭すように言葉を紡ぐ。
──シャルル、僕はシャルルがとても優しい弟だって言う事はよく知っている。だから【嘘のない世界】からも消えてしまう事になる人達の事を想って踏み出せないんだろう?
──兄さん、それは!
──大丈夫。その業は僕が全部背負うから。汚れ仕事はお兄ちゃんに任せて、シャルルは【嘘のない世界】の実現をお願いね。それじゃ、行って来るよ。
何一つ嘘のない微笑を浮かべてから、V.V.はシャルルに背を向けて黄昏の間を後にした。
だからこそ、
~~~~
「我が騎士、ビスマルクよ」
「はっ!」
「大至急、エリア11を覆う魔力障壁の突破と空間転移の準備を進めよ」
「イエス、ユア・マジェスティ!」
シャルルからの勅命を受け、ビスマルクが立ち上がり黄昏の間を後にする。
「どうして……こういう時ばかり思い切りが良いのですか、兄さん……」
ビスマルクもいなくなった黄昏の間で、シャルルの嘆きが零れた。
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黒の騎士団が保有する隠し拠点の一つでは、倒れた団員たちの治療をシャマル達が慌ただしく進めていた。
「動けるようになった人は、急いで動けない人を連れてきて! マーヤさん達は私と協力してギアス刻印の解除を!」
「分かった」「う、うん!」
「りょーかい。まずは団員に浮かび上がったこれをどうにか解除しないと、どうしようもないからねぇ」
シャマルとロイドは団員達に左腕に浮かび上がった紋様を解析してはそれを解体して無力化する作業を進めていく。
マーヤとカレンの魔導師としての実力は、紋様を解析可能なレベルではない。それでも、シャマル達が解析に成功したデータを基にギアス刻印と名付けた紋様の解体作業に励んでいた。
彼女たちがギアス刻印に蝕まれていない理由、それは魔導師としての耐性で
「それにしても、嚮団だっけ? とんでもない事をしてくれたねぇ」
「日本人もブリタニア人も関係なく、纏めて虐殺しようだなんて!」
「只の虐殺ではないわ。これはおそらく、とても大規模な儀式に必要な魔力や条件を満たすための下準備よ。そのための命の収奪。アルハザードの末裔が関わっているとなると、下手をすればもっと拙い事になるかも」
古代ベルカ時代には、個人では行使できない大規模魔法を発動するために、大掛かりな設備や特殊な儀式を伴う場合が多々あった。その中には、今回のように不特定多数の生贄を捧げる事で発動する大規模魔法も存在する。
このギアス刻印も、付与した対象の活動を阻害しながら生命力を収奪する悪辣な仕掛けが施されていた。
「アースラとの通信は?」
「駄目ね。関東圏を中心に大規模な魔力通信障害が発生していて、魔法を用いた通信と空間転移は制限されているわ。拠点を移した日本解放戦線がいる関西方面はまだマシみたいなんだけど、これじゃあ大規模な人員を送る事は……」
「機械的な通信は大丈夫なのが、不幸中の幸いですが……」
アースラと黒の騎士団の間の連絡は、現状では日本解放戦線にいるシグナムとギンガに通信機で連絡を取り、彼女たちが魔法でアースラに連絡を取る事でどうにか情報伝達のラインを維持している。
ルルーシュは現在、咲世子を連れて日本解放戦線及びキョウト六家と緊急会合を開いて対応を協議している状況だ。
「ルルーシュが襲われて、ナナリーが攫われたタイミングでこの事件……無関係だなんて思えない」
「おそらく、その儀式にはナナリーが利用されている……許せない!」
推測の範疇は出ていないが、ルルーシュが連れてきたロロという少年が、「そんな……早すぎる!」と狼狽していた事から、嚮団と呼ばれている集団が引き起こした事件なのはほぼ間違いない。
カレンもマーヤも今回の事件に強く憤っているが、この場において特に怒りを秘めていたのはシャマルであった。
「ええ、本当にね。まだ直接顔を合わせてはいないけれども、彼の妹ならば私達の家族も同然よ。私達の家族に手を出したらどうなるか、思い知らせないとね」
「ちょっ! 心の闇が溢れてるよ~!」
笑顔のまま怖い事を言うシャマルを、ロイドがちょっとビビりながら諫める。その一方で、カレンとマーヤの表情は曇ったままだ。
(クラリスさん、生徒会のみんな……)
彼女たちが運よく影響を受けていないなどという事は有り得ないだろう。確か今日は、アッシュフォード学園の理事長であるルーベン・K・アッシュフォードと仕事で会う約束があるとクラリスが話していた事を思い出す。
カレンも、生徒会や学園の皆の事が心配なのだ。義母に関しては特に気にしていない。
「カレン、マーヤ。向こうが気になるんだろ? 顔に出ているよ」
二人に声をかけたのは、真っ先にギアス刻印の解除を受けて他の団員の治療に当たっているラクシャータだった。
「ラクシャータさん……すみません。こんな時に」
「構わないよ。それよりも、早く行ってきな」
「え……でも」
「心ここにあらずな状態で動かれても、却って作業効率が落ちるよ。だったら、一度持ち場を離れてでも不安を解消してからだよ。シャマルもその位良いだろ?」
「ええ。此処は私達で何とかします。だから、早く行ってあげて」
ラクシャータからの思わぬ提案に驚きではあるが二人にとっては渡りに船だった。
「ありがとうございます!」「出来るだけすぐに戻るから!」
「いってらっしゃい。後悔だけはしないでね」
「「はい!」」
ラクシャータ達に後押しされて、カレンとマーヤはそれぞれの大切な者を助けに走り出した。
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シャマル達が団員の治療に、ルルーシュは対応の協議に当たっている中、C.C.はマオを連れてロロの下を訪ねていた。マオを連れてきているのは読心のギアスによって相手の嘘を見破るためだ。
「ロロと言ったな。まあ、座れ」
尋ねてきたのはC.C.の方だというのに、まるでや部屋の主であるかのように振舞いながらロロに椅子に座るように促す。ロロは促されるままに椅子に座ると、部屋の周囲に他の人がいないのを確認してから話し始めた。
「貴方が、C.C.……」
「ああ、そうだ。ゼロ……ルルーシュがお前の事を言っていたぞ。嚮団から逃げ出してきたギアスを持つ少年だと。そしてルルーシュの事も良く知っていると」
「はい。僕は兄さんの事を良く知っているつもりです。と言っても、正確には他の世界の
「ほぉ、それはお前のギアスの力に由来する物か?」
「いいえ。僕は嚮団の人体実験の中で、偶発的にCの世界から知識と記憶が流れ込んできたんです」
「Cの世界か……。一歩間違えば廃人になりかねないのによくやるものだ」
C.C.はちらりとマオに目配せする。マオからのアイコンタクトは、『嘘をついていない』なので、少なくとも本人にとっては実際の出来事のようだ。
世界線や時間軸に囚われない人類の集合無意識の世界であるCの世界ならば、意図的にアクセスする事が出来れば、理屈の上ではあらゆる可能性や過去を覗き見る事ができるだろう。尤も、一歩間違えば膨大な情報の濁流に自我が押し流されて廃人になったり、人格が乗っ取られる危険だってある。
「僕がCの世界から受け継いだ記憶と知識は、一つは異なる世界の僕自身の記憶でした。僕が見た別の世界の
「この事をV.V.は知っているのか?」
「いえ。V.V.にはこの事は黙っています。V.V.は
「ほぉ?」
「あっちの世界では、
「根底が違い過ぎないかなぁ?」
Cの世界から知識と記憶を得た世界をロロから掻い摘んで説明されて、マオが思わずツッコミを入れる。
「うん。だからこの世界の兄さんや周囲とのギャップにびっくりした。あっちの世界では黒の騎士団は兄さんとあんなにフレンドリーじゃなかったし、そもそも
「まあそこは、年齢的には学生であるのが正しいんだよな……」
学生であるのが自然な年齢で、会社の社長をしているこの世界のルルーシュが異端ともいえる。
「それで、お前はどうしたいんだ? ルルーシュと一緒にいられればそれで良いのか、それとも何か未来を変えたいのか」
「僕は……
「そうか。だとすると、今がまさに正念場だな」
「うん。僕が知っている範囲だと、どうしてV.V.がナナリーを攫わせたのかはわからない。でも、現在進行形で引き起こされている『コードを疑似的に再現したものを生み出すための儀式』にナナリーが必要になったのだとしたら。本来は一月近く先の予定だった計画が早まったのが僕の所為だとしたら、僕はこの命に代えてでもナナリーを救う責任がある。じゃないと、僕は
ロロの想いと決意に嘘はない。まだ伏せている内容がある事に読心のギアスを持つマオは気が付いているが、それはあちらの世界におけるロロの後悔だ。敵であればそこを突いて責めるが、
「そこが私も気になっている所だ。V.V.とシャルルの本来の計画に、『嘘のない世界を作る』という目的には今回の出来事は不要なはずだ。少なくとも、8年前のV.V.はここまで事を性急に進める奴ではなかった。私がV.V.と袂を別ってから何があった? ヴィクトリア如きではV.V.があそこまで変わるとは思えない」
「僕も詳しい事は良く知りません。でも……V.V.が神根島の遺跡を調査して以降、様子がおかしくなったという話は聞きました」
「神根島の遺跡だと?」
「はい。『嘘だらけの世界を何度も繰り返す神を殺さないといけない』『そのために、世界を一度壊す必要がある』と」
「となると、V.V.はCの世界で何かを知ったのか? 私が知らない何かを……」
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「ぁ……ぅぐ」
アッシュフォード学園の理事長室で、クラリス・ガーフィールドは机に突っ伏したまま呻く。身体が鉛のように重い。呼吸は苦しく、言葉も碌に紡げない。
視界の端に映る左腕にいつの間にが刻まれていた赤い鳥の紋様が不気味に明滅する度に、身体から力が抜けていく感覚を覚える。
アッシュフォード家がかつて開発に携わり、一時は資金難から凍結されていた計画を元にした新たな開発計画に、クラリスが経営する会社のエナジーフィラーの技術を用いたいという要望で交渉していた、学園の理事長であるルーベン・K・アッシュフォードも同様の状態だ。
「マ……マー、ヤ」
戦争の犠牲になってしまった先輩夫婦の娘であり、自らが保護者となっているマーヤ・ディゼルの身を案じる。
彼女は今日、学園に来ていないという話を聞いた時は、クラブハウスの出来事も含めて何か事件に巻き込まれてしまったのではないかと不安だった。
マーヤと向き合うために一緒に食事に行く約束をしたのに仕事で遅れてしまい、雨の中待っていたマーヤに風邪をひかせてしまった時を思い出す。
危うく擦れ違いを起こして関係が悪化するかもしれなかったのを修復してくれたのは、マーヤが仲良くしているジュリアス・キングスレイだった。若くして医療・福祉系の会社を経営する社長として活動する彼は、学園のクラブハウスに住むナナリー・ランペルージの兄だという。恐らくは一方が貴族の庶子から生まれた腹違いの兄妹なのかもしれないが、プライベート且つデリケートな話なので触れてはこなかった。
彼も無事だろうか? ひょっとしたら、彼も何か事件に巻き込まれているのではないだろうか?
クラリスは朦朧とする意識の中、自分の事よりもマーヤや恩人達の事を考えていると、背後の扉がバン! と大きな音を立てて開いたのを耳にした。
(誰か、動けるの? お願い、この異常事態を政庁に伝えて……)
最早声に出すのも苦しく、クラリスは短く呻く事しかできない。
──クラリスさん!
クラリスの耳に、マーヤの声が聞こえる。朦朧とした意識が聞かせる幻聴だろうか?
左腕の甲に浮かぶ紋様に誰かが手をかざすと、温かい光が放たれた。ピキピキと罅割れるように紋様が消えると、クラリスを包んでいた圧迫感が消えて呼吸も楽になった。
「ゥ……ぐぅ。ありが、とうござ──」
どうやってかはわからないけれども、助けてくれた人にお礼を言おうと身体を起こそうとしたクラリスを、相手が抱き締める。
「クラリスさん! 良かった、間にあって良かった……!」
「マー……ヤ?」
テレビなどで見た黒の騎士団の団員服を着たマーヤが、涙を流してクラリスを抱きしめていた。
どうしてマーヤが黒の騎士団の服を着ているのか、クラリスは察する。マーヤは両親をブリタニアに殺された過去がある。彼女にとって、ブリタニアは壊すべき相手だったという事なのだろう。だというのに、あの子は自分を助けるために来てくれた。本当は問い詰めて叱らなくてはいけないのに、嬉しく思ってしまう。
「えっと、マーヤ……ルーベン理事長も助ける事はできる?」
「あ、うん。ちょっと時間はかかるけれども大丈夫」
クラリスの頼みにマーヤは頷くと、首から下げているペンダントに手を添える。すると、空中に円形の中を二つの正方形が回転する形の紋様が浮かび上がる。
驚いているクラリスを余所に、マーヤはルーベン理事長の左手を握ると、先程と同様に淡い光が放たれて左手の甲に浮かんでいた紋様が罅割れて消えていった。
「ぬ……うぅ。お主は、生徒会役員のマーヤ・ガーフィールドだったな」
「はい」
「お主が今着ているその服については、問わないでおこう」
「ありがとうございます。それでは、私はこれで。急いで戻らなくてはいけませんので……ワタシには、まだやるべきことがあります」
黒の騎士団の団員服を着ているマーヤを問い詰めないことを公言したルーベン理事長に、マーヤは頭を下げてその場を後にする。
「マーヤ……」
「クラリス社長、彼女を止めないであげなさい。今回の出来事、只の事件とは一線を画する何かがある。恐らく、この事態を解決できるのは彼女たちだろう。どうか無事に戻ってくることを祈ってあげなさい」
「……はい。マーヤ、どうか無事で帰ってきて」
「ありがとう、クラリスさん。私、クラリスさんと出会えて良かった」
~~~~
「お待たせ」
「ううん、こっちもひと段落付いた所」
「生徒会のみんなは?」
「みんな無事にギアス刻印から解放できた。そっちは?」
「こっちも。あとは同じ部屋にいたルーベン理事長も」
「そう……」
アッシュフォード学園までトウキョウ租界をバイクに乗ってフルスロットルで走ってきたマーヤと、エクスプロードのバリアジャケットを纏って疾走してきたカレン。二人は道中で起こっていた凄惨な事故やギアス刻印によって倒れている人々を見る度に心を痛めていた。
「Karen, it's not your concern.(カレン、貴方が気に病む事ではありません)」
「エクスプロード……解ってる。頭では解ってるんだけど」
「カレン。これ以上犠牲者を出さないためにも、すぐに戻って嚮団を止めよう。ルルーシュも待ってる」
「……そうね。黒の騎士団の制服のまま来ちゃったから、学園にはもういられないしね」
「I'm sorry, I wish I had a costume to disguise my appearance.(申し訳ありません、偽装用の衣装を用意出来ればよかったのですが……)」
助けられる人たちを自分達の都合で見捨てなければならない苦しさ。このような悲劇を引き起こしている嚮団への憤り。そして、学び舎であり日常でもあった学園にいられなくなった寂しさ。
マーヤとカレンはそういった感情の激流を表に出さないよう心の内に抑え込みながら、アッシュフォード学園内を出発するために構内を走る。
マーヤはこれ以上迷惑をかけないために、クラリスにも別れを告げてきた。悲しみを帯びたクラリスの瞳は忘れる事はできないだろう。
カレンも、これから戦場に向かおうとする自分達の身を案じていた生徒会の面々を思い出す。自分達が黒の騎士団の団員だとばれてもなお心配してくれているのはとても嬉しくて、だからこそ危険な目に会わせないためにも離れなければならない。
二人は下の階へと降りるために階段を降りる際中、踊り場の窓ガラスから外の景色を何気なく確認する。
シンジュクゲットーから聳え立つように空へと放たれる桜色の光の柱。光の柱を起点に青空を蝕む様に広がる毒々しい赤い空。
二人とも、その光景を見て何としても止めなければならないと心に誓ったところで、学園正門からナイトメアが侵入するのを目撃した。
「あれは……ブリタニア軍のナイトメア!」
「それに、皇族のための御料車も!?」
御両者の先頭と左右を純血派のサザーランドが、後方をサザーランド・シグルドが守る様に囲んで校内を走る。
平時の時でさえ何故? となる状況に、二人は身を強張らせる。到着があまりにも早すぎる事から、生徒会のメンバーやルーベン理事長が自分達を売ったとは考えられない。ならば、あの一団は自らの意思でこの学園に赴いたという事になる。
そもそも、ギアス刻印で動けなくなっているはずなのに、こうして集団で動けているのがおかしい。
何が目的かは断定できないが、戦闘になったら非常に拙い。KMFを持ち込んでいる彼方側に対して、此方はデバイスとバイクそれと煙幕ぐらいだ。カレンのバーストエンドならば、破壊こそ可能だろうがそのために動きを止めている間に蜂の巣にされて終わりだ。なにより、此処にはギアス刻印によって動けない学生や先生がまだ大勢いるのだ。
「どうする、マーヤ? 身を隠しながら離れる?」
「……ううん。ナイトメアのファクトスフィアで精密スキャンされたら、動いている生体反応ですぐに気付かれる。それに、ユフィ……ユーフェミア総督代理も来ているという事は、戦闘が主目的ではないはず。だから、一か八か私が接触してみる。カレンは隠れて様子を見ていて」
「……分かった。でも少しでも拙いと思ったら合図して。エクスプロードで切り開いて、逃げる段取りは作って見せるから」
「うん」
カレンは物陰に隠れ潜み、マーヤは単身校舎から出て、両手を上げたままブリタニア軍の車両の前に姿を見せる。
「止まってください!」
黒の騎士団の団員服のまま姿を見せるのは、非常に大きなリスクが伴う。ひょっとしたら、問答無用で撃たれる可能性だってある。
それでも、マーヤはユーフェミアの事を信じたかった。
『君は確か……それよりも、その服は黒の騎士団の!』
「キューエル卿、彼女に武器を向けてはいけません! 他の方たちもです!」
『『『ユーフェミア総督代理!? イエス、ユアハイネス!』』』
御両車を庇う様に前に出た純血派のサザーランドがマーヤを警戒して包囲しようとするが、御両者から勝手に外に出たユーフェミアが制する。御両者の運転席からは、「ユーフェミア様ぁ!?」という叫びが聞こえて、後部座席からアーサーとジェレミア卿そっくりのサイボーグも外に出て護衛のようにユーフェミアに付き従う。
「ユフィ……」
「マーヤさん。ナナリーとルルーシュは無事でしょうか?」
「……二人とも昨夜未明に嚮団に、カルト宗教の組織に襲われました。ルルーシュは無事だったけれど、ナナリーが誘拐されてしまって」
「そんな……」
普通ならば話すべきではないのだろう。だが、今の異常事態の中では協力者は一人でも多くするべきだ。たとえそれがブリタニア軍だったとしても。
これは賭けだ。あちらにとっても、嚮団が起こしたこの異常事態を何とかしなければならないという想いは強いはず。
「ユフィ……お願い、力を貸して。私達は、ナナリーだけでなくこの国の人たちも助けたいの」
「はい、マーヤさん。私も想いは同じです。この国の人々を、そしてナナリーを嚮団の犠牲にさせません。だから、ルルーシュを通してゼロに伝えてください。ユーフェミア・リ・ブリタニアは、此度の異常事態の解決のために黒の騎士団と協力するにあたり、そちらの要求を可能な限り受け入れます」
ユーフェミアの言葉は、黒の騎士団への実質的な降伏宣言だ。実際、周囲は驚愕し騒めいている。
「黒の騎士団の私が言うのもどうかだけど、それで良いの?」
「お姉様は『命を懸けて戦うからこそ統治する資格がある』とよく言っていました。私には直接戦う力も指揮する力もありません。ならば、私はせめて上に立つ者としての責任を果たしたいのです。それが、私にできる戦いです」
シャルル皇帝の覇王の才とは異なる、他者を慈しみ思いやる仁君の片鱗を。マーヤはユーフェミアから感じ取る。
今はまだ経験に乏しい雛鳥の様に頼りないが、彼女の心が歪まずに健やかに育てば、優しい国家を導く優れた為政者となるだろう。
「わかった。ゼロに取り次いでみる」
「ありがとうございます」
此処に、ブリタニア軍と黒の騎士団。敵同士である二つの陣営が協力する下地が出来た瞬間であった。
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「う゛ぅ゛~。ユーフェミア様、良゛か゛った゛よ~!」
カレンが身を潜めている校舎裏では、カレンによってギアス刻印から解放されていた生徒会メンバーがマーヤとユーフェミアの様子を一緒に見ていた。
ニーナに至っては、泣きじゃくりながらユーフェミアを熱っぽい視線で凝視している。
「ニーナほど極端じゃないけど、ユーフェミア総督代理とマーヤが争わなくて良かった。それどころか、一時的だとしてもまさか軍が黒の騎士団と協力し合うだなんて」
「それだけ、あの光の柱がヤバいってことだよな?」
リヴァルはシンジュクゲットーに聳え立つ光の柱を眺めて不安な気持ちになる。何せカレン達によって助けられないまま放置されていたら、いつになるか分からないが衰弱死していたかもしれなかったのだ。
「ええ。あの紋様をつけられた人達から命が吸い上げられて、あの光の柱にかき集められてる。一人一人解放していったんじゃ間に合わない。心苦しいけど、あの光を止めないともっと大勢の犠牲者が出る事になる」
具体的な部分は省略しながら、カレンは生徒会の面々に説明する。
「カレン……ルルは、ルルは黒の騎士団にいるの?」
「シャーリー……」
「もしそうなら私も──」
──私も一緒に戦う。そう言おうとしたシャーリーの口を、カレンは指先で押さえて塞いだ。
「それ以上は言っちゃダメ。ルルーシュにとって、シャーリーは大切な日常そのものだから。あいつのためにもお願い。シャーリーは残って」
「……うん、分かった。でもその代わり、ルルもナナちゃんも、カレンもマーヤもみんな無事に戻ってきて」
「勿論。絶対戻って来てみせるから」
ユーフェミアがアッシュフォード学園に赴いたのは、ルルーシュに直接電話しても繋がらない事から、ナナリーを保護するのも兼ねてルルーシュに連絡を取ってもらう為でした。