「ぅ……んんぅ。ここは……庭園?」
夕焼けに照らされるギンガが目を覚ますと、周囲にはよく手入れされた庭園が広がっていた。
意識を失う直前までいたシンジュクゲットーの嚮団拠点から転移させられてしまったのか危惧すると共に、皆と分断されてしまっている可能性を考える。
幸いだったのは、立ち上がって周囲を見回しながら歩き出すと、花垣を越えた先の噴水の向こう側で、誰かに呼び掛けている声が聞こえてきた事だ。
「ギンガ! マーヤ! 何処にいるんだい!」
「居たら返事をしろ!」
聞こえてきたのは、マオとコーネリアが自分たちを探している声だった。
「コーネリア総督! マオ君! ギルフォード卿!」
「ギンガ。君も無事だったんだね」
「そうなると、後はマーヤだけか。ロロと咲世子は離宮内部を探索しているが、見つかると良いんだが……」
「それにしても、此処は一体? 離宮という事は、どこかの貴族が管理する庭園みたいだけれども……」
再会の喜びもそこそこに、ギンガはこの場所に誰か心当たりがある人はいないかを尋ねる。答えたのはコーネリアだった。
「……ありえないはずの話だが、ここはアリエスの離宮だ」
「アリエスの離宮……確か、ルルーシュ殿下たちがマリアンヌ皇后と共に幼少期を過ごしていたという」
「そうだ。だがアリエスの離宮は今、管理する者がいなくなって久しい。だというのに寂れた様子もなくあの頃の美しい庭園のままだ。まるでマリアンヌ皇后が暗殺される前のあの頃のような……」
コーネリアの表情は、過去を懐かしむ感情と有り得ない光景を訝しむ感情が混じりあったもので、只の空間転移ではない事を察している様子だ。
「それと心の声の聞こえ方も変なんだよ。ギアスで心の声を読んで周囲に誰かいないか確認しようとしたら、この庭園そのものから色々な悲鳴や嘆き、悲しみが絶えず聞こえてくる。ずっと聞いていたらおかしくなっちゃうよ」
ギアスを使って心を読もうとしていたマオも、これまでと全く違う世界そのものから聞こえてくるような悲痛の声に戸惑っていた。
「んー……過去の景色そっくりな庭園と、庭園全体から聞こえる心の声。それに、私達の意識が落ちる前に聞こえてきた老人の言葉を考えると……ひょっとして私達、精神世界に引き摺り込まれた?」
ギンガの仮説は有り得ない話ではない。レアスキルやロストロギアの中には、心象世界に干渉する事が出来るものも少なからず存在するからだ。
「だとすれば、この離宮の形式を形作っているのは恐らくナナリーの心だ。ならば、どこかにナナリーがいるはず!」
「だろうね。ついでに言えば、僕たちをこの場所に引き摺り込んだ声の主もいると思う」
「ならば話は早い。ロロたちと合流し、一刻も早くナナリーを救出。下手人を捕縛して脱出する方法を聞き出すぞ!」
「イエス! ユア・ハイネス! ……ん? この音は一体? 離宮の方から……?」
行動方針が決まり、別行動を取っている咲世子とロロの二人と合流することを選んだコーネリア達の耳に、静かな離宮にはふさわしくない地響きの様な足音が聞こえてくる。
振り向いた視線の先にある離宮の窓を破って飛び出してきたのは、ロロを抱きかかえた咲世子だった。
「皆様! 大至急、離宮からお離れ下さい!
咲世子たちを追って離宮の壁を突き破りながら姿を現したのは一体の怪物であった。
端的に言えば、蒼緑の鱗を持つ東洋の龍。神々しさと共に禍々しさを備えたナイトメアに匹敵する巨体が、蜷局を巻いて宙に浮いている。まさに怪物としか言いようがない。
龍の怪物の咆哮が離宮内の空気を震わせる。
【かっかっか……逃げてばかりでは、嬢ちゃんを救う事などできんぞ? 篠崎の末裔よ】
龍の怪物の後方からゆったりと姿を現した人影。それは輪郭が曖昧な黒い靄や闇が人の形を模ったなにかとしか言い様がない。
そして蜷局を巻いた龍の内側に囲われている檻籠の中には……、
「ナナリー!」
鎖で身体を縛められ苦悶の表情を浮かべるナナリーの姿があった。
【これから死にゆくお主らへの慈悲として、自己紹介を済ませておくかのぉ。儂はセイリュウ。枢木家初代当主にしてアルハザードの末裔、枢木セイリュウ】
「枢木……黒の騎士団のランスロットのパイロットの先祖という訳か。だがそのような御託はどうでもいい! 今すぐナナリーを解放しろ!」
【そうは言ってものぉ……この
「ならば、力づくで取り返すまでだ!」
セイリュウを名乗るナニカに対して、コーネリアは躊躇することなく手持ちの銃で発砲する。しかしコーネリアの弾丸は枢木セイリュウを守る龍の怪物によって遮られ、身体を覆う龍鱗に弾かれる。
【そのような豆鉄砲でこの四神……青龍を傷つけられるとでも?
「させない! ナックルバンカー!」
コーネリア達に向かって襲い掛かる青龍に対し、ギンガはローラーシューズ型のデバイスで疾走しながら
弾き飛ばされた青龍だが、ダメージを受けた様子は見られない。
「咄嗟だったとはいえ、あまり効いていないか……」
【ふむ……やはりこの心の世界で警戒するべきは魔導師か。そういう意味では、この世界に引き摺り込むはずだった其方の魔導師が一人、此方ではなくCの世界に落ちていったのは僥倖じゃのぉ】
「魔導師……まさか、マーヤの事か!」
【然様、あれも不憫な女よのぉ。折角の力を活かすこともできず、何も成せずにCの世界へと落ちて行ってしまった。時間にも空間にも捉われない集合無意識の世界に自我が溶けて消えるのは時間の問題じゃろう】
「そんな……!」
【さて、黒の騎士団と純血派の排除、さらに神殺しの弾丸を完成させるための生贄の確保も行わなくてはならんのでな。長話もこの辺りにして、お主らを始末するとしよう】
────────────────────
「ぅ……んんぅ」
マーヤが目を覚ました場所は嚮団拠点ではなく、美術館に飾られる展示品のように様々な場所の風景が額縁に収められ映し出されていた不可思議な世界だった。
見た事がない景色だが、スザクがナリタ連山で意識だけ飛ばされた先で見た景色の特徴に似ている事を思い出す。
「ここは、ひょっとして……スザクが言っていたCの世界?」
なぜ自分が此処にいるのかかわからずに混乱していると、
「あ、お姉ちゃん! 起きたんだね!」
カツ、カツ……と足音と共にマーヤに声をかける少女の声が聞こえた。振り返ってみると、そこには初めて会う人物が二人。
一人は金髪をツインテールにして帽子をかぶった碧眼の少女。陽菜たちと同じくらいの年齢で明るい雰囲気だ。
もう一人はウェーブのかかった黒い髪と紫色の瞳。仮にルルーシュが女性だったら、将来こんな感じの美女になるのかなと思わせる妖艶な雰囲気の女性。
状況から察するにCの世界の関係者だと思う。問題は、彼女たちが自分の敵か味方、あるいは中立的な立場なのかが分からない事だ。
「あらまぁ、今日は色んな人がやってきて大忙しね。それだけV.V.の所為で彼方側と此方側の境界が揺らいでいるという事だけれども」
「あ、あなた達は?」
マーヤが警戒しながら問いかけると、少女は話を続ける。
「私、アノネ! この
「ゲー……ム? チュートリアル?」
「あ、そっかぁ。アップデートで追加された
「ま、待って!? 貴方は何を言っているの!?」
アノネと名乗った少女の言葉に、マーヤは動揺を隠せない。
ゲーム? チュートリアル? まるでこの世界が架空の世界であるかのような話しぶり。それに──、
「私の過去を、知っているの?」
──、過去の記憶を失った自分について知るべきなのに、知る事に恐怖を覚える事実が眠っている事に気が付いてしまう。
「うん♪
「N、P……C?」
「お姉ちゃんは
アノネが語る話に言葉が出ない。私の失った過去の記憶も、陽菜たちの悲劇も、神聖ブリタニア帝国を倒す私の意思も。全てがNPCとして与えられた
信じたくないと私の理性は拒絶する。でも私の心は、私の魂は彼女の言葉が真実だと認めてしまっている。
夢として見た、陽菜たちが瓦礫に押しつぶされた死のヴィジョンは、私の可能性が体験した出来事なのだと。だとしたら、私は……、
「……そんな。私は、私は役割を果たすだけの人形だったの……?」
「あら? そんな事ないわよ?」
「ぇ?」
妙齢の女性によるまさかの否定に、私は呆気に取られてしまう。
「このゲームは沢山の
「我思う、故に我ありっていう事。だから貴方も、あの子達も……みんな人間なのよ。まぁ、この子の話では、5年前に訪れたV.V.はこの事実を受け入れられなかったみたいだけどね。だからって、シャルルの都合を無視してあんな事するのは勝手だと思わない?」
「V.V.……それにシャルルって。……まさか貴方は!?」
嚮団の嚮主であるV.V.の事を知っているのは勿論だが、シャルルという名前は忘れる事などありえない。
ルルーシュやナナリー、ユーフェミアやコーネリア達皇族の父親にして神聖ブリタニア帝国第98代皇帝シャルル・ジ・ブリタニア。黒の騎士団にとって最大の敵。
そんな相手を親しみを込めて呼び捨てするような女傑は皇帝の関係者、それも個人的にかなり近しい立場の者しかありえない。そこまで条件が絞られれば、ルルーシュと同じ髪と瞳の色を持つ女性はたった一人しかいない。
「御名答♪ 私はマリアンヌ。マリアンヌ・ヴィ・ブリタニア。
私の予想通り、彼女は
「どうしてあなたが此処に? 貴方は確か過去に嚮団の嚮主に暗殺されてしまったはず。だからこそルルーシュは貴方の死の真相を明らかにするために……」
「それに関しては、本来Cの世界はコードを持たない生者が単独で来られる世界じゃないのよ? NPCだからこそ偶発的にとはいえアクセスできた貴方や、瀕死に陥った事で幽体離脱みたいな感じで少し前までいたジェレミア卿を除いたら、生きた人間はコードユーザー持ちに案内されるか門となる遺跡を経由するかしかないの」
「生者は普通ならば来られない……だとすると、貴方は既に……」
「ええ。肉体の方は死んでしまっているわ。普通は肉体が死んだ魂はほどなくしてCの世界の集合無意識に溶けこむはずだったのよ。でも私にはこれがあった」
そう言って、マリアンヌは左眼に浮かぶ赤い不死鳥の紋様を私に見せた。
「それは、ギアス!」
「ルルーシュってば、王の力にお洒落な名前つけるわよね♪ 尤も、私はギアスの適性が低かったみたいで、生前は発現しないで死の間際になってようやくだったのよねぇ~。動かなくなった肉体から魂が完全に離れる前に急いで自分の魂を加工して、事件を目撃していた行儀見習いの子に憑りついたまでは良いんだけど、加工の際に零れ落ちた魂の欠片がCの世界に流れついちゃってね。それが私って訳」
今なおギアスの紋様が輝いているという事は、少なくとも此方のマリアンヌは常時発動する事で自分自身を維持しているのだろう。ギアスの適性が低かったという言葉を信じるならば、此処から再加工は不可能或いはリスクが大きすぎて困難と考えて良いかもしれない。
「私が何でここにいるかはこの辺りにして、アノネちゃんが貴方にお願いしたい事があるんだって」
「私に?」
「うん♪ あのね? お姉ちゃんには、サービスが正常終了する前に致命的なバグを起こしちゃった中枢管理機構の修復或いは……完全な停止をお願いしたいの」
「中枢管理機構の修復をしたいのは分かるけど、完全な停止でも良いの?」
「うん。本当は1,000年以上前のあの日、このゲームはサービス終了するはずだったから。それならば、この世界はこの世界の人たちに返すべきだって思ったの♪」
アノネがもし、この世界を再びゲームにしようというのであったならば私は拒絶していただろう。けれど、信じる事が前提になっているがどうやらアノネはその気はないらしい。
だから私は、アノネからのお願いを引き受ける事にした。
「分かった。それで、どうすれば良いの?」
「それが……アノネにもよくわからないの。中枢管理機構がある場所へは、限定的管理者権限であるコードを二つ以上集めるかデバッグツールと併用すれば、まだ残っている
「そ、そう……。まあ、目的地が何処にあるかの目星がつけられるだけ、一歩前進ね」
引き受けたはいいけれど、結構な無理難題だったかもしれない。こういう時は、ルルーシュを頼ろう。ルルーシュならば何とかしてくれるはず。
少し現実逃避が混ざった思考をしていると、マリアンヌが声を掛けてくる。
「それで、貴方と一緒にシンジュクゲットーの嚮団拠点に突入していた子たちがそろそろ危ないけどいいの?」
「えぇっ!?」
マリアンヌが持ってきた額縁の中では、どこかの貴族の豪邸にある中庭で、怪物と皆が戦っている様子が映っていた。
「みんな! それに……ナナリーも!?」
「困ったわねぇ。精神世界では想いがそのまま力と形になるから、このままじゃ執念の怪物であるあの老人が勝っちゃうわ。でも私はCの世界から出られないから助けに行けない。となると……アノネちゃん、ちょっと良いかしら?」
「なに?」
「この子をこの精神世界まで送ってあげられないかしら?」
「良いよ♪ アノネには中枢管理機構へのアクセス権はないけど、Cの世界から現世や精神世界への一方通行の転送なら出来るから♪」
マリアンヌのお願いをアノネはあっさりと了承した。考えてみれば、チュートリアルというゲームの基本を学ばせる機能持ちの子が多機能でない訳がないよね。
「ありがとうございます! ナナリーちゃんとルルーシュにもマリアンヌさんがCの世界で生きていることを伝えます!」
「ううん、あの子たちに伝えなくていいわ。私は魂の残骸の欠片。魂から削ったお母さんらしい側面の寄せ集めだもの。現世に残っている
「自身に対して辛辣ですね」
「ええ、我が事ながら本当に呆れるわ。欠片を寄せ集めた継接ぎだらけの魂になって、ようやくお母さんらしい事をしてあげれなかった事を悔やむようになったんだもの。それにV.V.……ヴィクトルとはあんな事になっちゃったけど、私もシャルルには悲願を……『嘘のない世界』を諦めて欲しくないと思っているのは変わっていないから」
マリアンヌが自嘲しながら呟いた『嘘のない世界』という言葉に、私は首を傾げる。
「『嘘のない世界』? それって……」
「お姉ちゃん、準備できたよ♪ 行き方は簡単! この額縁の中に飛び込むだけだよ♪」
「さぁ、早く行きなさい。本当に危なくなっているわよ」
呟いた言葉のその意味を聞こうとしたが、準備ができたアノネの言葉に遮られ、マリアンヌに早く向かうように促された。
「分かりました。二人とも、本当にありがとうございました。行ってきます!」
私は意を決して、皆が戦っているが光景が映し出されている額縁に飛び込んだ。
────────────────────
セイリュウ達との戦いが始まってまだそれほど時間は経過していない。それにもかかわらず、コーネリア達は追い詰められていた。
コーネリア達の戦意は全く衰えていないものの、肉体の方は大分ボロボロだ。特に青龍に対抗できうる魔法を持っているギンガさんの消耗が激しい。
そもそもの相手の攻撃力と防御力が違い過ぎるのだ。ナイトメアフレームに比肩する相手を重火器も無しに生身で破壊しろなどと言われて可能だと言える者は普通はいない。
ギンガの魔法は怪物相手に有効だとなり得るが、相手もそれは分かっているようで、じわじわと嬲る様に余力を奪いながら追い詰めてきている。
それを可能としたのが、枢木セイリュウの想起のギアスだ。本来ならば対象に過去の経験などを思い起こさせる疑似的なリフレインのような能力なのだが、枢木セイリュウは精神世界という認識と意志力が力となり形を成す世界を利用して、セイリュウ自身が経験した最も調子が良い経験を想起する事でダメージを尽く無意味にしていたのだ。
ギアスを有するマオとロロだが、マオの読心のギアスは精神世界では全方位から聞こえてきてその力を十全に発揮できず、ロロの感覚時間を止めるギアスは使い処を誤ると味方を巻き込んで状況を悪化させてしまいかねない。
【まずは一人】
護身用の拳銃の弾丸は既に底を突き、怪物たちの隙を伺ってナナリーを救出する方法を模索していたコーネリアに、青龍の口から放たれた青い炎が迫る。
「させるかぁぁっ!!!」
コーネリアを焼き尽くそうとする青龍の炎を、上空から落下してきた蒼月が廻転刃薙刀で薙ぎ払い吹き散らすように遮る。
「間に合った!」
「蒼月!? それにその声……まさか、マーヤなのか!」
「無事だったんだね!」
驚きとともに喜ぶコーネリアやマオ達。一方のセイリュウは不思議そうな声色で問いかける。
【ほぉ、これは驚いた。まさかCの世界からこの精神世界へ戻ってこれようとはな。Cの世界は時間も空間も超越した集合無意識の世界。強い自我で霧散することなく居座る事が出来たとしても、コードユーザーでないものでは自分の世界を見失い彷徨う事になるというのに】
「私には、託された想いがある。それをやり遂げるまでは終われないの! そのためにもまずはV.V.の……ヴィクトルの暴走を止める!」
【あの坊主の真名に辿りついたか。ならばお主も知ったはずであろう? この世界が、幾たびも繰り返されてきた造り物の世界である事を】
青龍が蒼月に突進し、蒼月も左肩のシールドを構えて迎撃する体勢を取る。
ぶつかり合った双方の力は拮抗し、そのまま青龍は爪牙で蒼月の左腕部をシールドごと破壊しようとする一方で、蒼月も廻転刃薙刀をセイリュウの胴体に振るい火花を散らす。
【あと数年でこの世界は初期化され、似たような事が再び繰り返されるのだ。ならば、この造り物の世界を無為に繰り返す神を殺し、自分達の世界を取り戻そうとするヴィクトルこそが正義ではないのかな?】
「確かにこの世界は歪だけれども、皆が一生懸命に生きている。それを自分の都合だけで奪って良いわけがない!」
「言うではないか。何より──」
拮抗する状況を崩したのは、乱入してきた
青龍と蒼月が戦っている間に、コーネリアはマーヤがこの世界にKMFを持ち込んだ方法──想いを込めた意志が形となる精神世界の特性を理解し、ギルフォードと共に呼び出していたのだ。
「何より枢木セイリュウ、貴様からは耳障りの良い言葉で自らは矢面に立たずに利を横取りしようとする薄汚い性根を感じられる。そんな輩の言葉を素直に信じろと? 私を見くびるのも大概にしておけよ、下郎が!」
【……よもや、戦いにしか秀でていないお主に最初に気取られるとはのぉ。いや、だからこそか?】
枢木セイリュウの気配が、感じさせる
まず、龍鱗が剥げ落ちた肉の肌が樹木のように変化し始めた。いや、樹木の様にというのは語弊がある。青龍はその身をまさしく大樹へと変貌させ、ナナリーを捕えている檻籠を放り捨て、目に見える速度での急成長を開始した。
【ヴィクトルの計画など最早どうでもよい。コレはもういらん】
「ナナリー!」
ナナリーの檻籠が大地に激突する前に、放り捨てられた方向にいた
急成長を遂げる大樹から全員が一度離れ、KMFに乗っていない者達もKMFに掴まって距離を取る。
「一体、何が起こっている!?」
【儂をこの世界に閉じ込めていた憎たらしき神を殺す機会を逸するは惜しいが、最早是非も無し! この世界の全てを喰らい、そのエネルギーを持って儂は
これこそが枢木セイリュウの本性。
アルハザードの時代において次元世界一つを使ったゲームに取り残されたプレイヤーの生き残りにして、
大樹へと姿を変えたソレは、精神世界の天井へとその身を伸ばし続けていく。
【現実世界において既に
大樹と化したセイリュウが嘲笑しながら、ナナリーの精神世界を、彼女の精神世界に注がれた数多の命と魔力を飲み込んでいく。
「そんな……ナナリーちゃんを助ける事が出来ても、この精神世界そのものが喰いつくされてしまったらおしまいじゃない!」
「いや、あいつは一つミスを犯したよ。この世界の主であるナナリーを手放した」
ギンガが悲観する中で、これまでの戦いでセイリュウの思考を何度も呼んでいたマオが突破口に気が付く。
そもそも枢木セイリュウがナナリーの精神世界の中で好き勝手出来ていたのは、ナナリーが目を覚ましていないからに他ならない。だからこそ、ナナリーという人柱を取り返されないために、万が一にも目を覚ますようなことが無いように枢木セイリュウは動いていた。
だが、V.V.の悲願に見切りをつけて自分の欲望を優先した今、万が一を起こす時間など相手にはないと短絡的な行動に出てしまったのだ。
「つまり、ナナリーを起こすことができれば、あの男を止める事もできる!」
「あくまで可能性の話ではあるけどね」
「ならば、腹違いの姉として私も呼びかけよう。元より、ルルーシュの奴からはナナリーを助ける力になって欲しいと頼まれているからな」
「ナナリー様のお世話をしていたメイドとして、私も力となります」
「面識はないけれども兄さんの妹を、ナナリーを僕も助けたい」
「それなら、私は少しでもあれを食い止めないとね」
「姫様の声が届くまで、私も食い止めて見せましょう」
「それじゃマーヤ。ナナリーに呼び掛けている間、蒼月は僕に任せてよ」
コーネリアと咲世子、ロロがマーヤと共にナナリーに呼び掛ける役目を担い、ギンガとギルフォード卿、マオが大樹の浸食を抑え込む役目を買って出た。
「分かった。それじゃあナナリーを囲むように手を繋いで。一緒に呼び掛けよう」
────────────────────
一人の少女が蹲って震えていた。
少女の心の中だからだろうか。少女は目を開けられなくなって光と色を失ったはずなのに、ノイズ交じりの風景が視界に広がる。
──嘘つき
──騙していたなんて
──許せない
少女が空想した学園から、周囲からは少女を責める非難の声が絶えず聞こえてくる。
「ごめんなさい。ごめん……なさい」
──お前たちが来なければ!
──このブリキのガキが!
──この疫病神!
耳を塞いでも、
「私の……所為で」
──アレはもう駄目ですな……
──せめて足手まといがいなければ、御子息の方でどうにか……
──何の価値も残っていない塵屑が
故郷の風景では、何時だったかの大人たちの落胆と嘲笑の声が、少女を嘲笑う。
「皆が……不幸に」
少女は──ナナリーは、それらの声を否定する事が出来なかった。
歩く事も目を開く事もできなくなった自分の所為で、多くの人たちを不幸にし彼らの人生を狂わせてしまった。
──本当の自分を周囲から隠して、自分だけ平和に生きようとする。嘘つきで自分勝手な君にそんな権利があると思っているのかい? ナナリー・ヴィ・ブリタニア。君は、今までも、これからも、周りに迷惑をかけ続けながら何もできずに生きていくしかないって理解しなよ。
クラブハウスから誘拐された先で言われた言葉が、ナナリーに突き刺さって彼女の心を苛む。
──でも、そんな無価値な君に僕が価値を与えてあげるよ! この嘘だらけの世界を繰り返してばかりの神を……殺す手伝いをさせてあげる。そう……君を人柱としてね。
相手に触れていないのに、その声が自分を通した誰かへの並々ならない歪んだ感情を向けていることを察してしまう。
──おめでとう。この儀式の中で君は、一時とはいえ僕と同じ不老不死になる。そして君は神を殺す弾丸に生まれ変わる。
怖かった。
アルハザードという存在が何なのかは知らない。企んでいる誰かは碌でもない事を行おうとしているのだろうと朧気にしかわからない。
大切な人達に迷惑を掛けない事を考えるならば、自らの舌を噛み切って自害するべきなのだろう。とても痛くて、苦しい死に方らしいけれども、周りに迷惑ばかりかけ続けてきた自分の末路としては当然かもしれない。
その覚悟はあったはずなのに……その逃げ道は塞がれてしまった。自ら命を絶ってしまったら、大切な人達が……
(ナナリーは、悪い子です)
生徒会の皆さんの声で、孤児院の方たちの声で、私を非難し罵る言葉が絶えず聞こえ続ける。
皆がそんな事を言うはずがないと信じたい。でも、心の奥底で私の事を邪魔だと思っているのでは? という猜疑が、私から立ち向かう勇気を奪ってしまう。
心が軋み、手足の感覚が徐々に失われていく。周囲からの罵声は収まる気配を見せないけれども、意識も少しずつ遠くなって聞こえにくくなっているのは幸いなのだろうか? 。
(お兄様……私、もう──)
──ナナリー!
懐かしい、私を呼ぶ声が微かに聞こえる。その声は力強くて、でも非難や罵声ではなく私の事を想ってくれている声が。
──周りの声が邪魔だ! 僕のギアスで!
初めて聞く男の子の声の後、私を責め苛む罵声の声が止まる。
──ナナリー様、お迎えに上がりました。
咲世子さん、私のために怪我をしてしまったのに……。
──ナナリー、一緒にルルーシュの下に帰ろう。
マーヤさんの声と共に、温かい気持ちが流れてくる。
(皆……さん。私の、ために?)
皆を通して、私が誘拐されている間に何が起こっていたのかを読み取ってしまう。
私を攫った人たちの計画で多くの人たちが命を吸われ、死んでしまった方も少なくない。私が
そして私の心の世界を食べようとしている大きな樹がしようとしている事を見過ごしてしまったら、私の心の世界だけでなく、実際の世界にもとても大きな傷跡を残す事を理解してしまう。
今度こそ、止めなくてはいけない。優しい皆さんを救うためにも。そのためにも……私は向き合わなくてはならない。
ノイズ交じりの一つの風景に、罅が入る。それはアリエスの離宮だ。母が殺害されたあの悲しい日の風景だ。
ナナリーは遠ざけていた思い出と向き合い、罅はどんどん大きくなっていく。思い出の風景の罅が大きくなっていくほど、ナナリーのあの時の隠された記憶を思い出していく。
罅割れた忌まわしい記憶の風景が限界に達したその時、砕け散った風景の先には涙を流しながら私を見る
──許せ、ナナリー。シャルル・ジ・ブリタニアが刻む。偽りの記憶を。
私の中から、今まで気が付くこともなかった枷のような何かが砕けた音を、耳ではなく心で感じた。
お父様、貴方は私たちを守るために嘘を、優しい嘘をついたのですね。優しくて、不器用で、家族思いで、身勝手なお父様。
──御免なさい、お父様。ナナリーは、悪い子になります。
私は、ナナリー・ヴィ・ブリタニアは、お父様の
ナナリー開眼。
今作におけるマリアンヌは、ナナナ版の「魂の加工」を基にしたギアスで、原作版のような憑依の仕方をしている本人格とCの世界にとどまっている欠片に分裂しました。
ちなみに青龍が大樹となったのは、青龍が司るのが「木」である事と、精神世界という大地を吸いつくそうとするイメージに起因しています。