時は
「おは……よう、ふわぁ……」
「おはよう、ニーナ。ここ最近調子悪そうだけれども大丈夫?」
「大丈夫。最近ちょっと寝つきが悪いだけだから……今日も生徒会室を借りるね」
「いいけど……無理しないで休んでも良いのよ?」
「大丈夫、大丈夫だから……」
ニーナ・アインシュタインはここ数日、悪夢に魘されていた。
具体的な夢の内容は起きた時に靄が掛かったかのように曖昧になっているけれども、大切な誰かを喪った自分が相手への復讐心から研究に没頭し、多くの犠牲者を生んでしまう悪夢だという事は大まかにだが覚えている。
(なんでこんな嫌な夢を毎日見るんだろう……)
漠然とした不安と恐怖を抱えたまま生徒会室で一人黙々と研究を進めるニーナは、当時はエリア11の副総督だったユーフェミア代表が開催したチャリティーイベントで出会った
──どんな技術にも、必ず光と闇の側面がある。プロメテウスの火は人類を寒さや飢餓から救い叡智をもたらしたが、同時に凄惨な争いの火種ともなった。君の技術も、悪意ある者が悪用すれば致命的な悲劇を招く事となるだろう。その事は心しておくように。
愛用しているノートパソコンのキーボードを操作していたニーナの手が止まる。その画面には入力したデータ環境と設定条件に基づいたシミュレーション結果が映し出されている。
悪夢を見るようになってから何かに突き動かされるように調べていた、自らの研究テーマと深く結びついた兵器が齎す被害想定のシミュレーション。
(このシミュレーション通りになるとしたら、世界は大変なことになる。私はこんなことに使うつもりはないけど、世間に知られたら悪用する人が出てくるはず)
そのシミュレーション結果は、戦争を根底から覆しかねない恐ろしい結果を算出していた。
個人で保有する機材で算出したシミュレーション結果だから正確性や信憑性に重大な疑義がある。その兵器を製造するために必要な設備も特殊且つ非常に高度だ。何よりこんな悍ましい兵器とわかっていて使う所や人がいるわけがないと信じたい。
それでも……万が一にも作れてしまったら、使う人が現れてしまったら。ニーナは悪夢が現実になってしまうのでは恐怖に駆られる。
「私の研究、本当にみんなのためになるのかな……あの悪夢の様に、皆を傷つけちゃうんじゃないのかな……?」
自分の研究は世界のためにならないのでは? 悲劇をもたらすかもしれないくらいならば、世間に公表することなくこの場で研究データを廃棄してしまった方が良いのでは?
そんな疑問が脳裏によぎり、ニーナの気分は一層落ち込んでいく。そのままずるずると気分が滅入ってしまいそうになるかと思われたその時、
「ニーナ! まだいるっ!?」
「ひゃぁいっ!」
生徒会室にミレイが突然入ってきていきなり呼ばれた事に、ニーナは驚いて変な声を上げた。
「良かったぁ、まだいた。危うく『生徒会主催! ニーナ・アインシュタインを探せ!』企画を突発的に行わなくちゃいけない所だったわ」
「ミレイちゃん、そんなに慌ててどうしたの?」
ニーナは妙なイベントを起こしたがるミレイの言葉をスルーし、慌ててやってきた理由を尋ねる。
「それがね、ニーナとシャーリーを呼んでほしいって頼まれたのよ」
「シャーリーと私を……ですか? 誰が?」
「ユーフェミア代表よ」
「……ぇ?」
「なんでもアドバイザーとしてニーナの意見を聞きたい事があるからお願いできないかって」
「私がアドバイザー! なんのですか!?」
「私にもわからない。でも、嫌だったら無理はしなくていいわよ。その時は私の方から伝えるから」
「ミレイちゃん、私……行きます」
「良いの、本当に?」
「うん。ユーフェミア様が私を必要としてくれているならば、私は力になりたい。それに、どうしてかはわからないけれども……ここで目を背けたら、一生後悔しそうな気がするから」
「そう、わかった。それじゃ、もう少ししたら送迎車が来るから急いで準備しましょう」
ニーナはノートパソコンのデータを保存してからいったん電源を落としてカバンに入れると、お出かけ用の準備を調えて校門前で待つ。
校門前で合流したシャーリーは、チャリティーイベントの時に着ていたドレス姿だ。シャーリーはユーフェミア様からお茶会に招待されたらしい。
(羨ましいなぁ……私もユーフェミア様と一緒にお茶会したかった。……いや、私は私にできることでユーフェミア様の手助けをしなくちゃ)
シャーリーに対してい抱いた嫉妬心を心の内で必死に消しながら、ニーナは送迎車が来るのを待つ。程なくして到着した送迎車に2人は乗り込むと、送迎車は東京政庁へと静かに走り出す。
本当ならば色々と聞くべきだが、不安と緊張からニーナは運転手に一言も尋ねないまま現在は合衆国日本の本拠地となった東京政庁に到着する。
そのままシャーリーと別れ、私は黒の騎士団の服を着た女性の方──井上さんという方らしい。に案内された会議室には……、
「ニーナ・アインシュタイン、この度は私の求めに応じて来てくれた事を深く感謝する」
ゼロを象徴する独特な装いのスーツと仮面を身に着けたルルーシュや、科学者然とした眼鏡を付けた銀髪の男性とその助手と思しき女性。さらに黒の騎士団ともブリタニア軍人とも異なるスーツや白衣を着た人たちが待っていた。
「ルルーシュ、彼女が君の言っていた──」
「その通りです、ハラオウン提督」
ゼロに提督と呼ばれた人物は、20代前半にしか見えない若い青年だ。
「初めまして、私は時空管理局提督のクロノ・ハラオウンだ」
(時空管理局って、確かHi-TVが生中継で報道したシャルル皇帝陛下の発言の中にもあった外の世界の組織の名前)
ニーナがちらっと見た報道内容を記憶を頼りに思い出す。
「え、えっと……アッシュフォード学園生徒のニーナ・アインシュタインです。アドバイザーとして私に意見が聞きたいとのことですが、どういった内容でしょうか?」
「そこは、言葉で説明するよりも映像を見てもらった方が早いかなぁ~。シンジュクゲットーの一角の映像なんだけど、この映像を見て君に意見を聞きたいんだ~」
ニーナの問いかけに対し、科学者の一人が調子の外れたテンションでコンソールを操作してプロジェクターから映像を出力する。
「これ……は!?」
映し出されたのは、地下ブロックを構成する多層構造体ごと地上が半円状に綺麗にくりぬかれた場所の映像だ。
ニーナはその映像を見て、初めて見るはずなのに強い既視感を感じた。そして、その既視感の正体とともに自分が見た悪夢を明確に思い出した。
鮮明になった
「あんた! 大丈夫かい!?」
「ロイド主任! いきなり見せては刺激が強いでしょう!」
「あちゃぁ~、何かとっかかりになればって思ったけど、こうなっちゃうなんてね~」
ニーナのこの反応には周囲も予想外だったようで、煙管を吹かしていた褐色肌の女性──ラクシャーサがニーナの背中をさすり、ロイドと呼ばれた科学者が怒られる。
「だ、大丈夫……です。それよりも、フレイヤが……どうして?」
完全にではないが落ち着きを取り戻したニーナは、改めて映し出されている画面を確認して確信に至る。あの悪夢の兵器は、フレイヤは既に存在していると。
「フレイヤ? 確か北欧神話の女神の名前だったな。ニーナ嬢、気分を悪くしているところすまないが、その話を詳しく聞かせてもらえないか?」
「はい。周辺の構造物の大きさから考えると消失している範囲はおおよそ半径1キロ圏ですよね? 私が何度も夢の中で見たフレイヤが引き起こした惨劇と比較して、効果半径は約十分の一程度ですが、このクレーターは確かにフレイヤによる
「消滅反応……こちらの調査結果と一致している。君が言うフレイヤという兵器が一体何なのか、教えてほしい」
「それは……わかりました」
クロノからの要請に対し、ニーナは躊躇しながらも了承する。自分はこの世界でフレイヤを作るつもりはない。しかし、すでにこの世界にフレイヤが存在するとするならば、それを無力化できる手段を用意できるのは自分だけなのだ。
「フレイヤは、サクラダイト爆薬の全方位同時起爆によって濃縮ウランを爆縮する事で、一気に核分裂反応を発生させ、ウランとサクラダイトの相互作用でセスルームニル球体を形成、球体範囲内及び球体に接触したあらゆる物質を
「待て、今……ウランと言ったか!?」
ニーナの説明を聞いて、ルルーシュとクロノが明らかに動揺する。
「ハラオウン提督! シンジュクゲットーにある爆心地周辺の放射能汚染はどうなっている!」
「いや、調査では放射能汚染の類は検出されていない。となると、放射能汚染の原因物質ごと消失しているのか? 核兵器がクリーンな兵器って、ありかよ……」
ルルーシュとクロノの問答に対しての反応は二分されている。
管理局から来た放射性物質に関する知識があることで動揺している側と、この世界側の怪訝な表情を浮かべている者達だ。この違いは、ニーナ以外に研究しているものが殆どいないためにウランに関するそもそもの前提知識が十分に蓄積されていない結果だ。
「あ、あの……話を続けても良いでしょうか?」
「あ、ああ。すまない、取り乱した。続けてくれ」
「先ほどはフレイヤの効果半径が十分の一と言いましたが、それはリミッターが掛けられている場合の話です。リミッターを完全に解除した場合の最大効果半径は100kmに到達します」
そう言って、ニーナは持ち込んだノートパソコンが算出したフレイヤのシミュレーションデータを見せる。
「半径100㎞……アルカンシェルに準ずる効果範囲を有する魔導技術を介さない質量兵器、だと?」
「それも、ナイトメアフレームが携行可能なサイズで……」
ニーナの発言に、ルルーシュとクロノを含めたその場にいる者たちが呆然とする。
アルカンシェルは管理局が保有する魔導砲だ。過去の闇の書事件のような非常に危険なロストロギアあるいはそれに準ずる案件への対処に限定して、大型艦船への装着と使用が許可される魔導兵器であり、その効果範囲は発動地点を中心に百数十キロに及ぶ。
アースラのような大型の次元航空艦への装着が前提となるそれに匹敵する殲滅力を全高4m台の
「教えてください。シンジュクゲットーで使用されたフレイヤはどこが作った物なのですか」
「ニーナ嬢。シンジュクゲットーのフレイヤは、空間的な歪みによって平行世界から現れた存在が持ち込んだ物だ。少なくとも、この世界で作られたものではない」
「そうですか……」
ルルーシュの返答に、ニーナは複雑な表情を浮かべながらもひとまず安堵する。既に製造技術が確立された訳でではないのは、気休め程度だが最悪の事態よりはましだからだ。
「フレイヤは製造に高度な技術と特殊な設備が必要となります。仮に神聖ブリタニア帝国が今から専門のチームを結成してフレイヤの専念しても、早くても年単位の時間が掛かるは……ぁ」
ニーナ・アインシュタインというキーパーソンがいない神聖ブリタニア帝国ならば、悪夢の中でフレイヤの製造技術確立までに要した期間よりもずっと遅れる。場合によってはそもそもフレイヤの開発に目が向かない可能性もある事を挙げようとして、ニーナはある事を思い出して顔を蒼褪めた。
「ニーナ、どうした?」
「私以外でフレイヤの理論に気が付けるかもしれない人、一人……いました」
「それは一体、誰なんだ」
「本名は分かりません。私がその人について知っている事は、私の研究テーマに深い理解を示した上で警告をしてくれた事とシュナイゼル殿下に雇われている事。それと、その人の秘書と思しき女性から『ドクター』と呼ばれていた事です」