E.U.への道筋
「ゼロ! 報道されている演説は見た!?」
「──。マーヤか、良いところに来た」
シャルル皇帝による演説の報道を聞いたマーヤは、一目散にルルーシュがいる東京政庁の下へ向かった。東京政庁の会議室では、慌ただしく動く黒の騎士団団員及び関係者、そして彼等に矢継ぎ早に指示を出しているルルーシュがいた。あまりに急いでいたのでクラリスも連れてきてしまったのは、拙かったかもしれないと今更ながらにマーヤは思う。
「思い切った策を打ってきたものだ。今回の演説におけるE.U.への軍事侵攻宣言によって、世界は否応なく動く事を強要される」
『今回の宣言によって、E.U.は本格的な二方面攻撃に晒される事となった。現時点で既に劣勢のE.U.が、今回の一件を機に一気呵成に攻め落とされる危険性も現実味を帯びている』
ルルーシュとのテレビ会議の相手の一人であるコーネリアが、E.U.が置かれている危機的状況を端的に説明する。
E.U.はロシアから東ヨーロッパ方面の戦域ではユーロ・ブリタニア。西ヨーロッパから北アフリカ方面の戦域では神聖ブリタニア帝国と戦争しているが、その領土はじりじりと削り取られている状況が続いている。E.U.も手を拱いているだけではないだろうが、じり貧だと言わざるを得ない。
『それだけではない。中華連邦に亡命している澤崎敦の下に潜ませている者からの報告だが、中華連邦の大宦官には、神聖ブリタニア帝国に迎合しようとする動きが以前からあった。先の演説によって、その声はより一層強くなるだろう』
「澤崎敦……枢木政権の官房長官だった男ですね?」
『左様。大宦官にとって、眼前にある二つの合衆国は神聖ブリタニア帝国に取り入るための良い手土産になると考えているだろう。或いは、奴らが抱えている天子と皇族の婚姻による対合衆国同盟という体裁の自己保身などを企んでおるかもしれん』
同様にテレビ会議に参加している桐原公からは、中華連邦が神聖ブリタニア帝国に迎合する危険性が説かれる。
「つまり、神聖ブリタニア帝国の目論見を妨害するためにも、黒の騎士団はE.U.と中華連邦の両陣営に対応しなくてはならなくなったという訳ね」
「その通りだ。この二勢力との協調が神聖ブリタニア帝国に対抗するために必要不可欠である以上、此処で座して待つという選択は悪手となる。本来は合衆国日本と合衆国ブリタニアの体制が整ってから推し進めたかったが、そうもいかなくなった」
「演説一つでこれほどの影響力。これが神聖ブリタニア帝国皇帝の力……」
「その割には、戦意は高揚しているようだな。マーヤ」
「当然。そう言うゼロもでしょ?」
「当り前だ」
敵が強大である事は初めから分かっていた。それでも叶えたい願いがある。故にその力を改めて目の当たりにしても、心折れてなどやるものか。
『威勢が良いのは喜ばしいばかりじゃが、E.U.に関しては中華連邦以上に難題が山積みじゃぞ? 日本海を挟んでいるとはいえ領土が近く、澤崎を含めた複数のコネクションがある中華連邦と違い、E.U.とは物理的な距離が遠く、陸路主体と海路主体のどちらであっても神聖ブリタニア帝国かユーロ・ブリタニア。どちらかの勢力圏を通る必要がある』
『補給線が長く伸びるほど、兵站の維持管理は困難なものとなる。兵站を任されている身としては、大部隊を送ることはお勧めできんな』
「何より、E.U.に対する日本人の感情問題がある」
「ええ。E.U.は日本がエリア11にされた時にE.U.内の在留日本人を、敵性外国人として隔離収容して差別してきた。この情報は既に知っている人は知っている程度には広まっている」
桐原公が挙げたE.U.との協調の難しさをルルーシュが言葉にする。それはE.U.と合衆国日本の間に残る禍根。神聖ブリタニア帝国に侵略された日本を見捨て、あろうことか自国内の不満のガス抜き及び膨れ上がっていた対外債務の帳消しのために日本人から権利を剥奪し、個人や企業が所有していた財産を没収し、ゲットーに押し込めるという非道を成した。苦しい時に手を差し伸べるどころか足蹴にするような所業を行ったE.U.に、未だ苦しい自分達が手を差し伸べる道義があるのかという反発は容易に想像できる。
『当時は侵略する側だった私が言うのもなんだが、呆れ果てた連中だな』
「しかし、国民感情を理由に救援を送らないわけにもいかない。日本人を彼等と同じ穴の狢にしたくないという感情的にも、E.U.が陥落すれば中華連邦も一気に神聖ブリタニア帝国に靡きかねないというリスクから見てもな」
苦虫を噛み潰したような表情で、ルルーシュはE.U.への救援を派遣する意義を説く。神聖ブリタニア帝国が未だに合衆国日本と合衆国ブリタニアに武力侵攻を仕掛けてこないのは、E.U.と中華連邦という存在が残っているからだ。
『それに天叢雲剣がE.U.にある以上、神聖ブリタニア帝国に奪われる前に回収する必要もあるしの。問題は、どうやってE.U.へ救援を向かわせるかじゃが……』
「あ、あの……宜しいでしょうか?」
「クラリスさん?」
神聖ブリタニア帝国とユーロ・ブリタニアに包囲されている形のE.U.への経路をどう確保するかに悩ませている所に、マーヤについてきていたクラリスが声を上げる。
「申し訳ない、クラリス社長。ここでの会話はどうか内密にお願いします」
「その事なのですが、少人数ならばE.U.に連れていくことができるかもしれません」
『なんじゃと?』
「
まさかのクラリスからの提案に、一同は驚きを隠せない。
「良いのですか? クラリス社長。それはあなたの会社が神聖ブリタニア帝国を敵に回すことを意味しています」
「ふふ、マーヤが黒の騎士団に所属している時点で今更です。ならばDGEコーポ社長として、なによりマーヤの保護者として動くべきだと判断しました」
「ぅ……」
「これは俺もマーヤも一本取られたな。黒の騎士団としても高性能なエナジーフィラーの確保は急務である以上、DGEコーポと提携するメリットは大きい」
クラリスの提案をルルーシュが受け入れる傍らで、マーヤは気まずそうな表情をする。黒の騎士団に所属していることに後悔はないが、クラリスも巻き込んでしまったことに申し訳なさは感じているのだ。
「では、クラリス社長のE.U.出張に合わせて同伴する人員は後ほど──、」
「ルルーシュ。それについてだが、私とマオもE.U.に行くぞ」
E.U.への対処がひと段落したと思ったタイミングで、C.C.がマオとバトレーを連れて会議室の扉を開けて早々に割り込む。バトレーは司法取引によって嚮団に関する情報提供を行い、仮釈放という扱いを受けている。
「何があった? C.C.」
「それについては私から説明させていただきます。司法取引の一環で嚮団が成田に秘匿していた研究施設に残されたデータを洗い出していた所、データの一部が破棄される前に吸い出されていた形跡が見つかりました。そしてそのデータを持ち出した者が、既にE.U.方面へ出国済みである事も確認できたのです」
「なんだと!?」
ルルーシュの問いかけに、バトレーがC.C.の代りに答える。
バトレーからの報告は、世界情勢の混迷具合を更に深め予想できない事態に陥らせかねないものだった。
「データを持ち出した者の名は……クリストフ・シザーマン。嚮団内に於いては例の劣化ギアスの開発にも関わっていた人物です。同時に、彼は暗殺部門の精鋭育成も兼任しておりました」
「厄介な相手だな。だが、そんな男がなぜE.U.へ?」
「それは分かりません。追手から逃れるために、という線が無難ですが……」
「そういう訳だ。万が一、劣化とはいえギアスが広められるのは好ましくないからな。安心しろ、私は過去にあの地域にいたことがある。土地勘がある者がいた方が、色々と助かるだろう?」
C.C.の提案を聞いたルルーシュは、
「お前、自発的に働く事あるんだな」
「はっ倒すぞ、童貞坊や」
(ルルーシュ、まだ童貞なのか……)
緊迫した空気が若干弛緩し、コーネリアは腹違いの弟の将来が少し不安になった。
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パリ郊外のアンダーグラウンドの一角。墓標のような作りかけの高層ビルが立ち並ぶ、都市部から見捨てられたハイテク再開発地区。
その中にある廃墟となったオフィスビルの一つに、E.U.の軍隊が踏み込んでいた。
E.U.でリフレイン等の違法薬物を売り捌き、”児童保護”を名目に
「うわ、汚ねぇ。此処にもイレヴンの死体が転がってんぞ。ったく……死ぬにしてもせめて綺麗に死ねよなぁ」
隊員の一人が、銃弾によって左胸から腕の付け根まで大きな穴が開いてこと事切れているイレヴンの女性を、足先で蹴って無造作に転がして確認しながら悪態をつく。そこに死者に対する敬意はなく、彼にとってイレヴンは家畜にすら劣る存在であることが窺える。
「お、こっちの死体。イレヴンの分際で良いもん身につけているじゃん」
別の隊員は、死体から金目の物を物色して剥ぎ取っていく。他の隊員も小遣い稼ぎのために同様の蛮行に勤しんでいた。
「貴様ら、なにをしている。いつからお前たちは盗人に転職したのだ?」
そんな彼らを咎める声に、隊員たちはげんなりした様子を浮かべながらも物色する手を止める。
そこにいたのは、右目を眼帯で覆い隠した銀髪の小柄な少女であった。体つきはすらっとした良く言えば余分な肉がない、悪く言えば幼児体型ともいえるもので、E.U.軍の軍服をぴっしりと着こなしていても子供のコスプレだと笑われてしまうような見た目だ。しかし金色の左目を含めたその表情はお遊戯やおふざけのそれではない。
「ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐。この程度、他の部署でも当たり前に──」
「それが窃盗の正当化に繋がるとでも思っているのか。言い訳せず、職務に集中しろ。さもなくば、職務中の犯罪行為として告発するぞ。わかったか!」
「か、畏まりました!」
弁明しようとする隊員を一喝し、少女は廃ビルの現場検証を開始するように指示を出す。
「ボーデヴィッヒの嬢ちゃんに見つかるたぁ、災難だったなぁお前さん」
「なんで俺の時に限って……」
「ま、これからは小遣い稼ぎはバレない様に気を付けてやる事だな」
ピンクの混じった白髪で八の字眉毛の困ったような表情をした痩身の男が、叱責された隊員にひょうひょうとした様子で声をかけてから、少女についていく。
他の隊員達に死体の回収と検分を行わせ二人きりになったタイミングで、男は少女に問いかけた。
「それで?
「僅かにだが、魔力の残滓が残っていた。ターゲットの魔力パターンとも一致している。そして此処に該当する死体は見つかっていないぞ、
「そりゃ良かった。E.U.くんだりまでわざわざ出向いたんだ。骨折り損のくたびれ儲けは勘弁だからな」
「ターゲットにご執心なのだな」
「当り前だ。
「改めて聞くと、規格外の能力だな」
「だから
ひょうひょうとした態度に潜む狂気に満ちたマッドサイエンティストとしての瞳。それは在り方は異なれども
「そういう訳だ。議会側に潜り込んでいる
なお、この時点ではルルーシュ達はE.U.側にちゃんと危機感があると考えています。
「ラウラ・ボーデヴィッヒ」はE.U.に潜り込んだ「チンク・スカリエッティ」のE.U.軍における偽名です。
※容姿及び声優ネタ
そして「奪還のロゼ」からクリストフ・シザーマンが登場。映画原作とは違う立場の彼の登場が何を意味するのか。そして、クリストフが探している嬢ちゃんとは何者なのか。