E.U.の本拠地ともいえるフランス・パリに置かれている統合司令本部。その一室である執務室で、一人の将校が部下から挙げられてきた報告書を確認すると共に今後の展望を思案していた。
将校の名はジィーン・スマイラス。顎鬚が特徴の巌の様な男で、危機意識に乏しい事なかれ主義が蔓延している政府や軍部においては数少ない改革派に属する将軍だ。同時に、E.U.救国の英雄になろうともする野心の持ち主でもある。
スマイラス将軍が閲覧しているのは、神聖ブリタニア帝国から独立を果たしたエリア11もとい合衆国日本、そして彼の国からE.U.救援のために派遣されたという一団に関して判明している資料だ。
「ユーロピアが置かれている現状を打破するためには、彼らの協力は必要不可欠だ。だが、依存しすぎればユーロピア市民の意識改革に支障をきたしかねない……か」
現時点で判明している資料によれば、合衆国日本はE.U.に先駆けて『
E.U.では侵略を続けている神聖ブリタニア帝国とユーロ・ブリタニアに対する反抗作戦に先立って、無人機の導入と大量配備を推し進める計画が着々と進んでいる。
しかし、スマイラス将軍はその新機軸の有機コンピューターの出所に対して懐疑的……いや、ある種の疑念と不信感すら抱いていた。
(四十人委員会の議員たちの多くは気にも留めていないが、あれはあまりにも劇薬にすぎる。市民の戦争当事者としての意識の希薄化を加速させる事も危ういが、何よりもあれの正体次第では、ブリタニアとの戦争どころではなくなってしまう)
苦い顔を浮かべてスマイラス将軍が新たに閲覧した資料は、ゲットー在住イレヴンの行方不明者リストだ。AI活用促進法が審議される数か月前から、E.U.のゲットーではイレヴンの集団行方不明事件が多発している。中にはE.U.の治安部隊に拘束・連行されて以降に行方不明となったイレヴン達の噂も多数存在する。この行方不明者リストにしても、明らかになった氷山の一角に過ぎないだろう。
スマイラス将軍自身は、
(私の杞憂であればそれで構わないが……)
二つの事案の関連を決定づける明確な証拠は見つかっておらず、今後のブリタニアとの戦争の鍵となる無人機の運用に必要不可欠である以上、見て見ぬふりをするのが利口なのだろう。だが、もしも新機軸有機コンピューターの正体が予想通りのものだとしたら。もしもその正体が露見したら。その時はE.U.の破滅は決定的なものとなる。
どうするべきか思案するスマイラス将軍だったが、執務室の照明が唐突に消えた事に異常事態を感じ取り、思考を切り替えて護身用の銃に手を掛けて警戒した。
すると、暗闇の中に1人の女が
「まさか……!」
スマイラスは瞠目した。最早現れるはずがない女だと信じていたからだ。
「なぜ……今になって」
『ジィーン・スマイラス』
女が、スマイラス将軍の名を呼ぶ。ただそれだけなのにスマイラス将軍は心臓を握りしめられるような錯覚を覚える。彼女が何かをしたわけではない。彼女──この世界の意識の集合体である『時空の管理者』には、現実世界に物理的に干渉する術はない。
「時空の管理者よ、何が……望みだ」
『……繰り返す、繰り返される。同じ事が延々と繰り返される』
「何を言って……?」
時空の管理者の瞳は、凪の湖水の様に冷たく、何の感情も映していない。
『お前が一度、我々を謀った事も、この変わらない繰り返しの中では些事。等しく無価値だ』
「無価値……だと!?」
スマイラス将軍は、かつて時空の管理者を騙して起こした所業を無価値だと断じられて、思考が怒りで沸騰しそうになるのを歯を食いしばって堪える。親友であった彼への嫉妬心、そして彼の妻への横恋慕から、時空の管理者を騙して起こさせた凶行。自身があのような暴挙を起こさなければ、或いは彼が今も生きていれば、E.U.はこのような苦境に立たされていなかっただろうと後悔しない日はない。だからこそ、彼の忘れ形見を、レイラを自身の目的のためでもあるが支援しているのだ。それを無価値だと
『我々は、変わらない繰り返しの牢獄の中にいる。時空のバランスを保つ事に、我々は……疲れた。我々は、終わりを求める。故に……シン・ヒュウガ・シャイングを──』
「シャ、シャイング卿!? 何故奴の事を知っている! それに、貴方が言う終わりとはいったい何を……!」
スマイラス将軍の問いかけに応えず、時空の管理者はその姿を消した。時空の管理者がいなくなったのに合わせて、執務室の照明が再び灯る。
スマイラス将軍の家系は、時空の管理者がギアスユーザーを排除するために利用している家系の一つだ。スマイラス将軍本人もその役目を担っており、時空の管理者の目的が、負の感情や思想でギアスを利用する人類から、ギアスを回収し時空のバランスを保つ事にあるのも知っている。だからこそ、時空の管理者がその責務を放棄する趣旨の発言を行うのは、彼にとって理外の外にある異常事態だった。
何より、スマイラス将軍の脳裏に警笛を鳴らすほどの危機感を抱かせたのは、そんな状態の時空の管理者が選んだ相手が、シン・ヒュウガ・シャイングであった事だ。
スマイラス将軍はE.U.の革命を秘密裏に進める傍らで、ユーロ・ブリタニアとは『現在の支配者に取って代わろうとする者同士』という利害の一致から裏取引を行っている。シン・ヒュウガ・シャイングもそんな裏取引を行う相手の1人だが、危うい状態の時空の管理者が支援対象として選んだという事は……。
焦燥感を煽るような漠然とした不安が、スマイラス将軍の脳裏にこびり付いて離れるにはしばらくの時を要するのであった。
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「ついに来たわね。
黒の騎士団が所有するKMF運搬用トレーラーのラウンジ内で、E.U.の統合司令本部から送られてきた作戦計画書が開封される。
「これは……」
作戦計画書の内容を簡潔にまとめれば、
・神聖ブリタニア帝国が侵略を進めるアフリカ方面、そしてユーロ・ブリタニアのワルシャワ方面に対して、同時攻撃を仕掛けて領土を奪還する事を目指す反抗作戦
・黒の騎士団にはE.U.のワルシャワ方面軍に先駆けてユーロ・ブリタニアの部隊を叩く遊撃部隊と、神聖ブリタニア帝国の部隊が展開されているアフリカ方面軍を抑える部隊をそれぞれ編成し投入する事
それが黒の騎士団に求められている内容だ。
「うわぁ……」
「なんというか……こうも露骨では、いっそ清々しいな」
作戦計画書をマーヤの横から覗き見したカレンが渋い顔をして、卜部も何とも言えない表情を浮かべる。
少数精鋭で救援に赴いている黒の騎士団に対して、戦力の分散運用を求めるE.U.側の対応は、戦線において大きな活躍をされたくない、かといって使えるものを使わないのは勿体ないという意図が見え隠れしている。或いは、お前たちならばバラバラでも戦えるだろう? とE.U.側に過剰に戦力を見積もられているかもしれないと思うのは、穿った考えだろうか?
「ふぅっ……この国は昔から変わらないな」
「C.C.は昔、E.U.近郊で暮らしていたことがあるんだっけ?」
「ああ。この地域にいた時代は、第二次世界大戦と……
「僕は歴史とかよく知らないけど、C.C.の視点から教えてもらっていいかな?」
マオはC.C.が生きていた頃のE.U.に興味を持ち、その頃の話をせがむ。E.U.の成り立ちを考えれば正確にはE.U.成立以前の出来事ではあるが、マオにとっては些事だ。
「ああ。百年戦争後期において、戦争終結のターニングポイントとなった人間がいるとしたら、そのうち一人はあの女だろうな。オルレアンの乙女と呼ばれた、ジャンヌ・ダルク」
「ジャンヌ・ダルク? 他国の歴史に詳しくないのですまないが、さぞ高名な貴族か騎士だったのか?」
C.C.が名前を上げた過去の時代の人物について、卜部が訪ねる。すると、C.C.はふふっと苦笑しながら答えた。
「いや、あの小娘はフランスの片田舎で生まれた農村の村娘だよ。政治など全く分からないというのに、イングランドとの百年戦争で疲弊していた当時のフランス王国を救うため、神の啓示を受けて立ち上がった……な。あいつの神がかりともいえる戦いと采配でもって、イングランドに呑み込まれるはずだったフランスは息を吹き返し、現在ではE.U.の中心的立ち位置を得た一因にもなっている」
「C.C.……そのジャンヌっていう人はひょっとして、ギアスユーザー?」
「いや、あいつはギアスユーザーではない。だが、恐らく無関係でもない。お前たちの身近にも一人いるだろう? 今にして思えばの話だが、ジャンヌ・ダルクは
「スザクと同じ力を持った人が、過去にもいただなんて……」
「この事に思い至ったのはつい最近だ。E.U.に来てから、ふとあいつの事を思い出してな。特に相手の戦略を戦術で覆す脳筋な所とか、スザクにそっくりだった。あいつの無茶ぶりに私も付き合わされて、何度死んだり死にかけたり死んだりした事か……」
やれやれという様子でため息をつくC.C.だが、不思議とその声色には嫌悪の色はない。それでも不老不死とはいえ何度も死んだことを強調する辺り、ジャンヌ・ダルクという人間にかなり振り回されたのは確かなのだろう。
「ジャンヌ・ダルクの最期はイングランド側に囚われ、魔女として火刑台に消えた。だが、あいつにとってはそれは
「最期まで祖国のためにという事か……藤堂さんが聞けば、自らの命を捧げる事が前提であった事に苦言を呈していただろうな」
「そういう意味では、ジャンヌが囚われるきっかけになった戦いに赴く前に、事前にあいつに強く言い含められて、囚われた彼女を救う行動を起こせなかったフランス国王が不憫だよ。当時のジャンヌ・ダルクの信奉者だった軍人や将軍からは、身代金惜しさに救国の乙女を見殺しにした恥知らずと罵られ続け、戦争終結後に名誉復権裁判に尽力しても、今度は過去に見捨てた英雄の威光にすり寄る愚か者の烙印を押され、現代ではジャンヌを知る者すら多くない程に無関心という猛毒で風化してしまっている」
哀愁を感じさせるC.C.の言葉に、一同は言葉を返せない。
「おっと、話が逸れたな。E.U.の統合司令本部からの要請だが、私はアフリカ方面軍を抑える方に回るとしよう。派遣されている神聖ブリタニア帝国艦隊には、
「それなら僕もC.C.と一緒にアフリカ方面に行くよ」
「じゃあ、私はワルシャワ方面を担当するわ。紅蓮弐式改の突破力は、防衛よりも遊撃の方が向いているし」
「そういう意味では、私の蒼月改もワルシャワ方面だね」
「なら、参加するそれぞれの機体性能のバランスを考えて、俺はアフリカ方面に回ろう」
話し合いの結果、
ワルシャワ方面軍:マーヤ、カレン
アフリカ方面軍:C.C.マオ、卜部
が分担する事となった。この選択が、思わぬ邂逅を招くことになるとは知る由もなかった。
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──夢を見た。
血に濡れた広場。無数の屍。その屍の一つとなるはずだった、
──夢を見た。
「血を分けた兄弟以上に思っている」
自分をそう評した、
──夢を見た。
神聖ブリタニア帝国本国から派遣されたジュリアス・キングスレイの正体を看破し、
──朧げな夢を見た。
自分を愛してくれた
生家に代々伝えられていた、
理由は不明だが、この世界は繰り返されている。嘆きと怨嗟に狂った世界が、幾度も繰り返されている。だからこそ、
ならばなぜ? 私はあの日……
──意識が
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E.U.圏ドイツ南西部にある森林地帯、革命暦以前の古城が奥にそびえるシュヴァルツヴァルトを監視できる距離に停車した1台の装甲車。車内には運転手の他に、後部座席に
「あれが噂に聞くアポロンの馬車か。まさかこの世界で
「使い方次第で戦争を様変わりさせられる
巨大なロケットが轟音と共に天高く飛び立つ様子をつぶさに観察・記録しながら、クリストフは皮肉交じりにせせら笑う。
チンクとクリストフは当初、ギアスの遺跡が地下に眠っているヴァイスボルフ城を先んじて確保するために行動する想定で行動していた。しかし、ヴァイスボルフ城がwZERO部隊の拠点となっていた事。そしてシュヴァルツヴァルト近郊の森の生態系が近隣とは隔絶した南国状態になっている事から、大量の熱を生み出す何かがある事から監視を行っていた。
アポロンの馬車の最大射程に関して詳細はまだ不明だが、兵力ではなく大容量のサクラダイト爆薬を搭載して敵陣に打ち込めば、文字通り戦争の形を根本から変えられる。だというのに
「
クリストフは手に握る端末に表示されるレイラの画像、そして一人の男性の若干古い画像を見比べながら、ひょうひょうとした様子で嗤う。
若干古い男性の画像に併記されている名前はブラドー・フォン・ブライスガウ。かつてはブリタニアでも群を抜いていた名家でありながら、E.U.に亡命したことで世界中を揺るがしたビッグネームの貴族だ。自由主義者、それも自由の責任と義務そして人としての矜持を備えていたブライスガウ卿はE.U.で議員となり、瞬く間にユーロピアの英雄と呼ばれるようになった。彼は、当時のE.U.における大統領最有力候補として讃えられるほど、国民から熱狂的な支持があった。ブライスガウ議員が犯人不明のテロによってその命を落としていなければ、E.U.を取り巻く情勢は様変わりしていたと断言できるほどの英傑だったのだ。
「現在はブライスガウ議員のパトロンだったマルカル家に引き取られ、レイラ・マルカル中佐としてwZERO部隊の指揮官に任命されているようだ」
「はっ! 民主主義とやらに縋り付いている癖に、貴族の血統はステータスとして欲しいってか? 随分と都合のいい花畑が連中の頭の中に咲いているみたいだなぁ?」
嘲笑するクリストフが端末を操作して開いた画面には、レイラのデータが纏められていた。軍学校での成績などから算出された各項目の能力グラフ。その中に、E.U.ではそもそも認知されていない事から取り扱われていない
「さぁて、どうしたものかな。俺にとって理想的なのは、嬢ちゃんのギアスが発現する過程をつぶさに観察できる状態にする事だが……そのためにも、今から仕込みをしておかねえとな」
「クリストフ。お前が研究を進める事は構わないが、我々の目的を忘れるなよ」
チンクからの忠告に対してくっくっくと嗤いながら、クリストフはレイラのデータをまとめた端末を操作しながら別の端末で誰かに連絡を取り始める。
「わかってるって。チンク譲ちゃんは心配性だなぁ。──あぁ、俺だ。そっちの進捗はどうだ?」
『──』
「ほぉ、そりゃ何よりだ。ちょいと頼み事があるだが。wZERO部隊の司令官、あれを確保したい」
『──、──』
「なあに、俺としてはあの部隊の司令官が、俺の研究のモルモットとして欲しくてな。それに、お前さんとしてもwZERO部隊を後援しているスマイラス将軍の発言権は削いでおきたいだろう?」
『──。──♪』
「おう、頼むぜ。それじゃあな。さて、こっちも準備を進めるとしますかね」
E.U.の反抗作戦の裏で、邪悪な企みが密かに進められていた。
ジャンヌ・ダルク周りの設定がナナナ版の設定とは大きく異なったりもしていますが、本作の独自設定が多分に含まれています。