コードギアス‐魔導のルルーシュ   作:エヌット

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防衛作戦-ジブラルタル海峡の攻防

 ユーロピア本州とアフリカ大陸を挟むジブラルタル海峡。ユーロピア側のスペイン南部のアンダルシア州にあるカディス県タリファに駐留するE.U.軍は、良い意味で普通だった。大半のE.U.所属の軍人が考えているような上流階級のステータスや楽な公務員程度という甘ったれた思考に埋没することなく、さりとて過激な改革派のような極端な思想もいない。ある意味でE.U.においては希少な、文民統制に基づいた職業軍人としての役目を真っ当しようとしている者たちが多く集められている。

 その最大の理由は、ジブラルタル海峡を挟んだ向こう岸、モロッコを制圧し北部のタンジェに駐留する神聖ブリタニア帝国海軍艦隊の存在だ。かのブリタニア皇帝が直属の騎士であるラウンズを二人派遣して送り込んだ艦隊は、この数か月の間でアフリカ北部を制圧し、ユーロピアとアフリカ南部を分断せしめている。つまり、彼等はユーロピア本州にブリタニアが上陸するのを防ぐための防波堤なのだ。

 尤も、真っ当な軍人がタリファ基地に集められた弊害が、ユーロピア内陸部におけるE.U.軍人のモラルや士気の平均値を低下させる結果に繋がった訳だが。

 タリファ基地に駐留するE.U.軍は24時間体制でジブラルタル海峡を挟んだ隣国モロッコ北部のタンジェに停泊する神聖ブリタニア帝国艦隊の動向を常に監視し続けていた。特に前任者が高齢による交代する事となり1か月前にタリファ基地へ転属となった現在の司令官、マヌエル・ゴンザレス中佐が赴任してからは、ジブラルタル海峡に偵察機を頻繁に飛ばし、レーダー網と合わせてブリタニア艦隊の動向の把握に努め、無線傍受を様々なアプローチから試みていた。そんな中、

 

「通信諜報部より報告! タンジェ駐留のブリタニア艦隊旗艦からの無線傍受に成功!」

「傍受した無線の内容を速やかに報告せよ」

 

 敵の動向を丸裸にするための諜報活動の成果が出たことに喜びを露わにしそうになるのをぐっと堪え、マヌエル中佐は内容の速やかな確認を指示する。

 傍受した無線の音声は、大人の女性の声。それはブリタニア皇帝直属の騎士の一人であるナイトオブツー、ミセス・グリントが苛立ちを含みながら矢継ぎ早にタリファ基地攻略のためにアフリカ方面軍から戦力を集めている指示を出している音声であった。

 

「偵察部隊からの報告! タンジェに駐留するブリタニア艦隊に、アフリカ北部に投入されていたKMFの集結を確認!」

「やはり、近いうちにタリファ(此処)が戦場になるか」

(開発された最新鋭機を含めた無人KMFの大半は、ワルシャワ東部方面軍による攻略に回されている。近隣に配備されている分を今からかき集めるとしても、この基地に寄越してもらえるのは十数機が限度……と言ったところだな)

 

 偵察機からの報告によってブリタニアによるタリファへの攻撃が間近に迫っている事を感じ取った司令官は、最近ロールアウトされたばかりの最新鋭機や無人機がこの基地にはほとんど回ってきていない実情を歯噛しながらも、それを口には出さずに毅然とした態度を演じる。無いもの強請りしても状況は変わらないし、弱音を吐いて士気を下げる様な愚行は厳に慎むべきだからだ

 

「司令、統合司令本部より入電。外部協力者である黒の騎士団の一部戦力を、無人機を積載した輸送トレーラー群の護衛任務を兼任してカディス基地だけでなくこの基地にも送るとの事です」

「統合司令本部から、この基地に回すのはどの程度かの連絡はあるか?」

「こちらに送られるトレーラーの数は4()()となります」

 

今回の輸送トレーラー群は、カディスとタリファに合わせて40台が動員されている。そのうちのたった4台。これが、カディス基地の司令官と自分の本部とのコネクションの太さの差だと、あらためて思い知らされる。

 

「そうか……それにしても、黒の騎士団か。確か神聖ブリタニア帝国から離反した皇族が興した合衆国ブリタニアと共に独立を宣言した合衆国日本の軍隊だったな。お偉いさん方には、イレ……コホン、日本からの難民の方々を合衆国日本に帰し、同盟関係を結んで欲しいものだが……」

「司令……気持ちはわかりますが、軍人である我々が政に口を挟むのは文民統制の観点からすると拙いですよ」

「おっと、そうだったな。先ほどの発言は、公的な発言としては忘れてくれ」

「畏まりました」

 

 上層部への愚痴がつい零れてしまい、参謀に指摘されてしまった。マヌエル司令官も、正直言えば現状を正しく把握しようとしない上層部に対して思うところがいくつもあるのだ。それと同時に、侵略される以前の日本人に対して良き隣人を標榜していたにもかかわらず、ブリタニアの占領下に置かれてからは目先の利益のために手のひらを返して彼等を見捨てるだけでなく迫害した上層部の決定。そしてこの数年の間に日本人や日系人をイレブンと呼ぶことに慣れてしまっていた自分に嫌気がさす。

 

(今回の共闘を機に、関係の正常化と改善の一歩となってほしいものだな)

「ならば、ヘレス・デ・ラ・フロンテーラ*1とロンダ*2に駐留している他の予備戦力はまだ温存しておくべきか。ブリタニア側の動向と規模によって、対応を判断する。念のため、カディスとアルヘシラスの司令官にも今回の情報の共有を。ここも含めて、ブリタニアによる陽動作戦が行われる可能性も考慮するべきだろう」

「了解」

 

 今のブリタニア艦隊の動向を考慮すれば、彼方が戦力を十二分に艦隊へ積載してから動き出すよりも、派遣されてきた黒の騎士団と無人機を積載した輸送トレーラーの方が早くタリファ(此処)に到着できるだろう。後は、如何にブリタニア艦隊の沿岸部上陸とKMFの展開を防ぐかが鍵になる。カディス、アルヘシラス、そしてタリファの湾岸都市が陥落すれば、ユーロピア本土という喉元に刃を突き付けられる状態になるのだから、何としてもその事態は回避しなくてはならない。

 しかしマヌエル中佐の予測と決意は、その数時間後に前提から覆される事となる。タリファから北西部の湾岸都市、カディス県県都カディスから、沖合に神聖ブリタニア帝国艦隊が姿を現し、()()()()()()()()()という緊急通信が入った直後、大規模な通信妨害によって連絡が途絶したためだった。

 

 ____________________

 

 

 ブリタニア皇帝直属の騎士の一人であるナイトオブシックスであるアーニャ・アームストレイムは、目標地点であるE.U.軍カディス基地をコックピット内から見下ろしていた。

 コスタ・デ・ラ・ルス(光の海岸)と称される美しい海岸は観光地としても有名だ。アーニャはブリタニア艦隊が海岸線に上陸する前の露払いとして、今まで秘匿していた専用機(モルドレッド)による()()()()で、道中のE.U.軍の海上防衛艦隊を()()しながらここまでやってきた。

 

「……記録」

 

 アーニャは携帯を取り出してモルドレッドのコックピット内から海岸線の写真を撮る。作戦上の意味はない。この美しい海岸が喪われる前に記録として残しておきたいという、アーニャの個人的な趣味でありルーチンワークだ。モルドレッドの背中を、炎上しながら沈みゆくE.U.軍の艦艇群が照らしていなければ綺麗な写真だと言えたのだが。

 

「……迎撃が来ない。なんで?」

 

 モルドレッドの防御力ならば問題ないとはいえ、悠長に写真を撮っていれば基地から迎撃のための対空砲や戦闘機を飛ばしてきてもおかしくない。なのに、基地からは警報が鳴り響いているものの迎撃のための動きが余りにも遅い。

 

「……まあいいや。砲撃開始」

 

 静かすぎる相手の動向を訝しみながらも、アーニャはモルドレッドの両肩のバインダーを胴体前面に展開し上下に合体。四連ハドロン砲(シュタルクハドロン)の照準を、カディス基地に向ける。

 ラウンズ専用機には共通してある機構が存在する。それは、スカリエッティが齎した技術である小型の魔力炉心内臓ユグドラシルドライブだ。この動力炉によって、エナジー消費の問題で未だ量産機への実装の目途が立っていないフロート・システム、そして大出力のハドロン砲などの新装備の数々が採用されてるのだ。

 モルドレッドはラウンズ専用機の中でも屈指の火力を有する重砲撃型KMF。その猛威が、カディス基地を襲う。

 

 一方のカディス基地はと言うと……、司令官当人が仮眠室で惰眠を貪っていた所を部下に起こされ、不機嫌なまま指令室へと向かっている所であった。

 司令官の名はファン・カルロス。階級は大佐の55歳。スペインの実業家一族が、60年以上前に当時内戦の真っただ中だったブリタニアから亡命してきた辺境貴族の血統を、社交界におけるステータスとするために一族に取り込んだ家系だ。彼はその家系の三男坊で、ブリタニア皇帝の遠縁*3を自称しており、E.U.が神聖ブリタニア帝国に勝った暁には現皇帝の一族を全てギロチン台に送って自らが第99代皇帝に即位、E.U.との対等な同盟国になる事を妄想している。実家のコネに加えて仕事や責任を他人に押し付けながら大佐まで昇格し、赴任当時は”安全なポスト”とされていた観光地であるカディスで退職金と名ばかりの勲章目当てで司令官を務めていた無能な怠け者である。

 

「ええい! 少尉風情が私のシエスタを邪魔しおって! どうせブリタニアが下らんメンツのために威嚇目的でタンジェから出発したのを、タリファ基地の無能共が見過ごしただけだろう!」

 

 ファン司令官は心地よい仮眠を邪魔された苛立ちを隠す様子もなく、急いで起こしに来た部下を叱責しながら司令室へと向かう。彼の頭の中には先の妄想の他に、あと数年程カディスで勤労*4に勤しめば、退職金と功労勲章がもらえる事しか考えがない。

 そんな彼が司令室に来て真っ先に見た最後の光景は、基地上空に浮かぶKMFの大砲から照射される赤黒い光が基地を薙ぎ払い、その破滅の光が司令室に迫っている光景だった。

 

「ミセス・グリント、……こっちは作戦の第2フェーズを完了」

「よくやったわ、アーニャ」

 

 カディス基地の醜態に気づくことなく司令室を壊滅させたアーニャ。燃え盛る湾港基地を見下ろしながら、通信を繋いでぼそりと呟く。

 つないだ相手は、タリファに停泊していた神聖ブリタニア帝国海軍艦隊を指揮するラウンズ、マリアンヌ(ミセス・グリント)だ。イラついた様子などなくにこやかに応答する。そもそも、彼女は本当にイラついていたわけではない。イラついた様子で指示を矢継ぎ早に飛ばす演技を意図的に傍受させる事で、タリファ基地に誤った印象と情報を与えていただけなのだ。

 

「カディス基地はスペイン南部の三つの湾港基地の中で一番戦力が集まっているけれども烏合の衆ばかり。だから逃げられてまともな将校に再利用される前に削っておきたかったの。そして、これでE.U.本土への橋頭堡は確保できたわ」

「残りの基地はどうする?」

「勿論、攻略するわよ。今日はタリファ。後日アルヘシラスもね。カディスを墜としたから必須ではないけど、残る二つの基地も墜とせると今後が楽になるわね。でも、基地をあえて一つだけ残して、E.U.側に死守防衛のための人員と資源(リソース)を吐かせ続けるのも悪くはないわ。その辺りは、状況の変化を見て追々考えるとしましょう。それじゃ、アーニャはカディスの前線基地化をお願いね?」

「わかった」

 

 通信から1時間後、2()()()()()()ミセス・グリント(ナイトオブツー)の考案で二つに艦隊を分割した内のアーニャが担当していた艦隊がカディスに到着し、展開されたKMFによる制圧が本格的に行われるのであった。

 

 ____________________

 

 神聖ブリタニア帝国によるスペイン南部の沿岸基地への攻撃が始まった中で、岩がちな台地の上に位置し、周囲を百m台の高さの崖に囲まれているロンダの町を囲む峡谷地帯を、一機のKMFが猛スピードで駆け下りていた。

 

「まさか、かの牛若丸の逆落としをこうして実践する事になるとはな! 一手誤ればそのまま月下諸共に奈落の底だが、四聖剣の名に懸けてしくじる訳にはいかん!」

 

 卜部がこのような無謀としか言いようがない行動をしているのには、大きな理由がある。

 それはロンダに到着し、二つの基地に送り届ける無人機を積載したトレーラーを受け取ったタイミングでカディス基地が神聖ブリタニア帝国に襲撃された一報が卜部たちの耳にも届いた時の事だ。

 

 ~~~~

 

「カディスへの襲撃は陽動だ。神聖ブリタニア帝国の本命は、タンジェとジブラルタル海峡を挟んで最短距離にあるタリファだろう。もちろん、あいつはカディスも墜とすつもりだろうがな」

 

 C.C.の推測では、カディスへの襲撃の主目的は陽動で、タリファの攻略が今回の本命の可能性が高いという。

 

「陽動だと?」

「ああ。マリアンヌならばこの位の策は思いつくし、相手に気づかれないように仕込みをしながら実行して見せる。考えてみろ? あいつはルルーシュの母親だぞ?」

「そう言われると、納得できてしまう説得力があるな……」

「だからこそ、私たちはカディスではなくタリファへ向かう。卜部、四聖剣の一人であるお前を見込んで無茶を頼む。無人機を積んだトレーラーでは曲がりくねった道路からしかタリファへ向かえないが、お前の月下ならば、崖を駆け下りてショートカットできるはずだ。先にタリファの基地へ行っててくれ」

 

 ~~~~

 

「本当に、無茶を言うものだ! だが! 藤堂()()やゼロが万事を尽くして奇跡をつかみ取ってきたならば、俺も今ここで奇跡を掴んで見せよう!」

 

 卜部は大胆かつ緻密な操縦で月下を疾走させて断崖絶壁のような崖を加速しながら駆け下り、その勢いのまま峡谷を跳び越える。タイミングが少しでもずれれば跳躍が間に合わずにそのまま谷底へ落ちるか、跳躍が早すぎて飛距離が足りずに峡谷の岸壁に叩きつけられる結果になる無謀な挑戦を、卜部は成功して見せた。

 

「よし! 最大の難関はこれで突破した! 後は最速でタリファまで向かうのみ!」

 

 ロンダを出発してから1時間にも満たない単身での強行突破を果たし、タリファ基地が見えてくる。

 タリファ基地では既に神聖ブリタニア帝国艦隊との戦闘が始まっている。敵艦隊はまだ上陸していないようだが、KMF輸送用VTOLから降下したサザーランドが既に何機か乗り込んでいる状況のようだ。基地のKMFや装甲車も必死に応戦しているが、旧式かつ砲戦型のパンツァー・フンメルが主体では接近戦に持ち込まれた時点で分が悪すぎる。

 

『こちら黒の騎士団所属の四聖剣、卜部 巧雪! 先行して救援に参った! これより戦線に加勢する!』

 

 卜部はタリファ基地の司令官に手短に用件を伝えると、パンツァー・フンメルを対ナイトメア用ランスで突撃して串刺しにしようとするサザーランドを廻転刃刀(かいてんやいばとう)ですれ違いざまに両断する。

 この時、卜部はあえて全周波通信で自身の存在を周囲に強くアピールしていた。その目的は大まかに二つ。

 1つはタリファ基地を守る軍人に対して、援軍が来たことを印象付けるため。

 

「ロンダから追加の救援部隊が間もなくやってくる! もう少しの辛抱だ!」

 

 C.C.達とE.U.軍(追加の援軍)やってくる事に関しては、タリファ基地の側にだけ通信で伝達する。傍受されている可能性も勿論あるが、傍受して解読させる僅かなひと手間の分だけでも相手の手を鈍らせることができるならばやるべき小手先の手段だ。

 もう一つは、神聖ブリタニア帝国側に黒の騎士団という敵を宿敵の存在を印象付ける事で、タリファ基地の戦力から僅かでも意識を逸らさせるため。敵がこちらに向かってくる分だけ卜部の負担は増すが、月下という前衛型のKMFで注意を引き付けている間に、基地の態勢を立て直してもらうい艦隊戦力の上陸阻止に動いてもらうつもりだ。

 

『あれは、黒の騎士団のナイトメアか!』

『それも四聖剣とかいう幹部級のだ!』

『ユーロピアの雑魚を狩るよりも、奴を仕留める方が騎士として誉れになる!』

 

 事実、タリファ基地に降下した神聖ブリタニア帝国のパイロットたちは、突如現れた卜部を討ち取って自らの誉れに刻み込もうと殺到し、戦線に乱れが生じる。

 タリファ基地の司令官は、この好機を見過ごす無能ではない。直ちに部隊を立て直さすように指示を出す。そして、この基地の兵士達もまた無能の集まりではない。態勢を速やかに立て直し、ミドルレンジからの砲撃戦に徹させる事でブリタニア艦隊の上陸阻止と、前衛をこなす月下(援軍)への支援をこなしていく。

 

「あら、ちょっと拙いわね。現場の騎士たちが四聖剣に夢中になっているわ。まったく、わざと自分の存在を誇示した理由を彼等には考えてほしいものね」

 

 タリファ基地に乗り込んだ騎士たちの意識が卜部の月下に向けられている状態に、旗艦司令室から指示を出していたマリアンヌ(ミセス・グリント)は、呆れた様子だ。

 

「かといって、あれを無視して基地攻略を進めるには面倒な相手なのも事実。はぁ、私のクイングリント(専用機)の修繕と改修が終わっていれば、私が直接出てすぐに終わらせたんだけど」

 

 マリアンヌの専用機であるクイングリントは、彼女の能力を最大限発揮することを目的として開発されていたが、それはかつて生身であった頃の彼女を基準としていた。そのため、戦闘機人の肉体となっている今のマリアンヌの操縦にクイングリントは耐える事が出来ず、アフリカ大陸北部を蹂躙する過程で機体フレームに亀裂が入ってしまった*5

 

「無いものねだりしてもしょうがないわ。今ある手札で着実に詰めていきましょう」

 

 気を取り直して、マリアンヌは旗艦司令室から矢継ぎ早に指示を出していく。数十分ほどで現場の騎士たちは本来の動きに戻り、乱れていた戦線も立て直される。

 想定では既にこの基地を陥落させていた事を考慮すれば、卜部という援軍の存在は確かに時間稼ぎにはなっている。だが、今回の戦いの規模において彼だけでは時間稼ぎが限界だ。このままタリファ基地の陥落も時間の問題だと思われたその時、多数の砲弾がタリファ基地を飛び越えて神聖ブリタニア艦隊が陣取る海域に殺到した。

 

『こちら黒の騎士団。これより敵艦隊に対する砲撃支援を開始する。よく保たせたな、卜部』

「間に合わないかとひやひやしたぞ。だが、よく間に合ってくれた」

 

 タリファ基地を挟む形で神聖ブリタニア帝国艦隊に砲撃を行っているのは、C.C.の零陽炎の指揮を受けている総勢12機のパンツァー・マルダーとパンツァー・フンメル、そして総勢8機のキュクロプスであった。

 タリファ基地司令官であるマヌエル中佐は、到着した援軍を見て思わず言葉を失った。援軍が間に合った事ではなく、予定されていたよりも多くの援軍が到着している事に対してだ。

 新たな援軍として到着したKMFの背後には、黒の騎士団のトレーラーだけでなくE.U.軍の大型トレーラーが1()0()()。大型トレーラーでもKMFを積載できるのは1機が限界である以上、合計20機のE.U.製KMFのうち半数は有人機という事になる。そして、有人機はそもそも今回想定されていた援軍には含まれていないはずなのだ。

 

 ──軍学校以来ですね、マヌエル中佐。勝手ながら、助けに参りました。

 ──間一髪、間に合って何よりです。

 

 マヌエル中佐は通信を繋いだ兵士の顔を覚えていた。軍学校時代に軍人として規律を守り市民を守ることの大切さを教育した教え子たちだ。

 

「お前たち……どうして?」

 

 ──どうしてって……どうせカディスに行ってもあのハゲデブ無能怠惰な司令官のお飾り(インテリア)扱いされるのが関の山ですよ?

 ──その点、マヌエル中佐殿なら、ちゃんと俺たちや物資を適切に運用してくれるでしょう。

 ──それに、黒の騎士団と一緒の方が俺たちの生存率も上がりそう。

 ──さあマヌエル中佐、俺たちに指示を。一緒に侵略者(連中)を追い払いましょう。

 

 軍の命令に背いてまでなぜこちらにきたのか? マヌエル中佐の疑問に対して、教え子たちは思い思いに答える。彼等の自己保身も含まれているし、ファン大佐(上官)に対する暴言も相当ある。だが、軍上層部の命令を無視してまでこちらを助けに来てくれた兵士がこれほどいる事に、今この時だけは規律を重んじる軍人としてではなく一人の人間として感謝の念を抱く。

 

「まったく、俺が繰り返し要求しても上層部は4台のトレーラーで運べる分しか送ってくれなかったというのに、お前たちは勝手に10台も連れてきたのか。下手すれば始末書では済まないというのに。……だが、今はそれがありがたい」

 

 厳しく教育したから嫌われていると思っていた。だが、存外慕われていたのだなと感じ入る。

 

「総員! ここが踏ん張りどころだ! タリファを何としても死守するぞ! カディスが既にブリタニアの手に墜ちたと考えられる以上、ここが陥落すれば、残るアルヘシラス基地だけでなくユーロピア本土にも魔の手が迫ると思え!」

 

 マヌエル中佐は自らを叱咤し鼓舞する様にしながら指示を出し、戦況をじりじりと拮抗状態へと運んでいく。

 

「ふむ……基地を墜とせなくはないけど、このままだと予想よりも大分被害が出てしまうわね。C.C.を捕らえられるならそれでもお釣りは十分すぎる程だけど、彼女もその辺りは分かっているから基地の外からの砲撃支援に徹しているのが面倒ねぇ。……あら?」

 

 撤退させるか押し切るかを思案するマリアンヌに、アルヘシラス基地を監視させている偵察部隊からの緊急の報告が上がってきた。

 こんな時に面倒なと思いながら、横目で報告内容を読み始めたマリアンヌ。しかし、読み進めていくうちに彼女の口の端に笑みがこぼれる。

 

「前線に撤退命令を出しなさい。上陸済みのKMF部隊を回収後、艦隊は速やかにタンジェに一時帰投。補給を済ませた後に()()()()()()へ急行するわ」

「よろしいのですか?」

「ええ。想定よりも面白いことになっているようだから、タリファ基地(ここ)は後回しにするわ」

「イエス、マイロード」

 

 激戦が続くと思われたタリファ基地の戦いは、こうして唐突に終りを告げた。

 

 ____________________

 

 

 神聖ブリタニア帝国艦隊が突如として撤退を開始したタリファ基地。激しい砲撃戦によって基地にはそれなりの被害が出ているが、幸いにして基地としての機能は大きく損なわれていない。

 夕焼けを背に月下から降りた卜部の元に、タリファ基地の兵士たちが集まってくる。

 

「ミスター・ウラベ、貴方のお陰でこの基地を守り切る事が出来ました! 事後処理に忙殺されている司令官に代わって、俺たちから感謝の言葉を言わせてください」

「それにしても、ロンダからどうやってあんな短時間で来たんだ? まさかあのナイトメア、すさまじい加速機能が備わっていたりするのか!?」

「この基地のみなの奮戦があってこそ、俺たちも間に合う事が出来たんだ。それと、援軍の中で俺だけ先行できた理由なんだが、正規のルートではなく峡谷地帯を一直線に駆け下りてきたんだ」

「Wow……」

 

 卜部の説明に対して、兵士たちからは驚きの声が上がる。むしろやや引いている。

 

「言っておくけど、卜部ほどの実力があるからどうにかなっただけだから、普通は真似しちゃ駄目だよ。まぁ、黒の騎士団には同じことできそうなの探せばソコソコいるけど」

 

 そこにやってきたマオが、卜部はKMFパイロットとして上澄み側である補足を付ける。その表情は、少し調子が悪そうにも見える。

 

「マオ。少し気分が悪そうだが、大丈夫か?」

「んー、まあ大丈夫だよ。ちょっと耳鳴りがまだ残っているだけだから」

「耳鳴り?」

「うん。さっきの戦闘の間、護衛していた無人機が起動してから、変な耳鳴りが聞こえ始めてね。叩くような短い音と、伸ばす感じの長い音が不規則に並んだ音なんだけど……」

 

 E.U.軍の兵士がこの場にいるので暈しているが、マオは心を読むギアスで聞きなれない音が耳鳴りとして耳に残ってしまっているようだ。

 

「ふむ……短い音と長い音の羅列。ひょっとして、モールス信号ではないか?」

「モールス信号? あぁ、言われてみれば確かにそんな感じだった気がする。でも、なんで無人機からモールス信号?」

 

 耳鳴りの原因には思い至ったものの、なぜその音が出ていたのかわからないまま、二人はE.U.軍の兵士たちと共に基地司令部へと向かう。C.C.は一足先に向かっていて、司令官であるマヌエル中佐と今後について会議中だ。今頃、復旧させたアンテナでアルヘシラスの司令官とも連絡を取っている頃だろう。

 今回の攻撃は耐えきったとはいえ、それは相手が突然撤退を開始したからであって、あのまま戦闘が続行されていたら、戦況の推移次第では撤退戦も視野に入れなくてはならなかった。だからこそ、次の襲撃が来るまでの間に少しでも対策をしたいところだ。そう考えていた卜部だったが、

 

「クソがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 通信室から、男の絶叫と共に壁を激しく叩く音が響きはじめた。その声はマヌエル中佐の声だ。通信の短いやり取りしかしていないが、危機的状況でも狼狽することなく対応していた彼がここまで感情を荒げるなど、何があったのだろうか?

 

「失礼する! 何があった!?」「大丈夫!? C.C.!!」

 

 思わず通信室に入室すると、通信室の壁に拳を叩きつけて流血しているマヌエル中佐と、あのC.C.が頭を抱えて困惑している様子。そして、アルヘシラス基地からと思しき映像通信の相手と思しき、明らかに司令官とは思えない20代前半の若い日本人と思しき兵士が震えている姿。

 

「……すまない、アマダ曹長。貴殿も相当にショックだっただろうに、取り乱してしまった。援軍として駆け付けてくれた黒の騎士団の皆にも、御見苦しいところを見せてしまった。申し訳ない」

『い、いえ! タリファ司令官に責はございません! むしろ、我々が其方のご期待にお応えできずに申し訳有りません』

「二人の責任ではないさ。むしろ、アルヘシラス基地の司令部が予想以上に酷すぎただけだ」

 

 画面越しの兵士だけでなく、あのC.C.までマヌエル中佐の側に立つほどの事態、一体何が起こったのだ?

 

「すまないが、一体何があった? マヌエル中佐ほどの御仁が我を忘れて怒りを口にするとなると、相当な事態だとしか思えないのだが?」

「……そうだな、こうなっては話すべきだろう。我が国の恥を晒すことになるが……アルヘシラス基地の司令部が、カディス基地が陥落した直後に末端の兵士たちや後方支援要員の大部分を置いて独断で撤退した」

『私が指示を仰ぐために司令部に立ち寄った時には、既に……』

「……は?」

 

 なんだそれは? 基地司令部が戦わずに勝手に撤退? それも、兵士たちに黙って自分達だけで? 一体、何を考えていたらそんなことができるんだ?

 マヌエル中佐が苦虫を噛み潰したような表情で告げた言葉の意味を理解するに事に、卜部は数秒ばかり時間を要し、そして怒りよりも困惑が大きく勝る。マオもマヌエル中佐が嘘偽りを騙っているわけではない事を理解して、なぜこのタイミングでアルヘシラス基地の司令部がそんなことをしたのかを理解できずに困惑する。

 

「アルヘシラス基地は司令部が独断で撤退したから、実質的に(もぬけ)の殻になっている。神聖ブリタニア帝国艦隊があのタイミングで撤退したのも、恐らくその情報を察知したからだろう。さすがにここから直接アルヘシラスに向かうようなことはしないだろうが、それでも半日もあれば最低限の補給を済ませてからアルヘシラスに到着することができる。そうなれば、残された兵士や後方支援要員はまとめて捕虜にされてしまうぞ」

「……黒の騎士団に頼みたいことがある。これはE.U.としての正式な依頼でも、軍としての判断でもなく俺個人の……一人の軍人としての最後の我儘だ」

 

 C.C.の状況分析を聞いたマヌエル中佐が、しばらく考え込んだ後、何かを決意した表情で頼みごとを口にする。何を言おうとしているのか、C.C.はこれまでの人生経験で、マオは心を読むギアスで、そして卜部は軍人として彼が何を成したいかを察する。

 

「……言ってみろ」

「この基地から希望者を募り、彼等と共にアルヘシラス基地に取り残された者たちを一人でも多く安全圏まで連れ出して欲しい」

*1
カディスの北東部にある都市

*2
周囲を百m台の高さの崖に囲まれている岩がちな台地の上に作られた、山岳内陸の峡谷都市

*3
といっても150年以上前の神聖ブリタニア帝国。クレア・リ・ブリタニアが即位する以前まで遡る必要がある

*4
本人はそう思っている

*5
なお、その状態でも被弾0でエリアを一つ平定している




マリアンヌ(ミセス・グリント)は、事前に艦隊を二つに分けて一方をタリファに陣取らせて注意を引きつつ、もう一方をE.U.側の警戒網の範囲外であるモロッコ整備の湾港都市サフィに移していました。そして今回のタイミングで大西洋側に迂回するルートでジブラルタル海峡のレーダー網の範囲外を通るようにカディスへ向かったのが、アーニャ側のルート。

藤堂さん、地味に昇格している事が判明するの巻。なお准将である理由は、少将まで昇格すると必要に応じて自身が速やかに前線に出る事が難しくなるため。
※本人は大佐までにしてほしかった
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