第二層主街区《ウルバス》。直径三百メートルほどのテーブルマウンテンを、外周部だけ残してまるごと堀り抜いた街だ。第一層とはまた違った雰囲気だ。これが『新しい層に来たんだな』と感じることができる。そして、キリトと共に門から十メートルほど進んだところでぐるりと周囲を見渡したが、プレイヤーを示す緑色のカーソルはひとつも眼に入らなかった。まぁ、それも当然か。なぜならこの第二層に続く螺旋階段を護っていた第一層のフロアボスである《イルファング・ザ・コボルドロード》はほんの四十分前に討伐されたばかりで、俺達以外のボス攻略メンバーは全員が第一層の拠点へと戻ったからだ。
つまり、今この瞬間、広大な第二層に存在するプレイヤーは俺、エイトと隣にいるプレイヤー《元ベータテスター》改め《ビーター》のキリトの2人だけ、という事になる。というか他の奴らに言われたからって《ビーター》って、自分から名乗るか?下手したら俺にも変な二つ名がつけられるかもしれない。
八幡は知らない。近いうちに八幡ことエイトに《ビーターの相棒》という名が付けられることを。
フロアボスの消滅から丁度二時間後に、次層主街区の中央に存在する《転移門》が自動的に有効化され、下層の主立った街と連結させるからだ。その瞬間、待ち構えていた大勢のプレイヤー達がゲートから飛び出してくるはずらしいが知らん。さてと、俺らはさっさとゲート開通させる為に、ウルビスの街の目抜き通りをまっすぐ北を抜け、幅広の階段を上がった向こう側が素通しだ。しかし、間近からよく見ると、アーチ中央の空間が仄かに揺らいでいるのに気付く。まるで、ごく薄い水の膜を通して見ているかのようだ。そしてキリトは、揺れる透明なベールへとゆっくり右手を伸ばした。黒革のグローブに包まれた指先が、垂直に広がる水面に触れた…その瞬間。鮮やかなブルーの光が溢れ、俺達の視界を染め上げた。光は同心円状に脈動しながら、幅五メートルほどもあるアーチいっぱいに広がっていく。空間が全て満たされたその時こそが、転移門の開通されるのだろう。
キリト「エイトこっちだ!」
エイト「ちょっ、どこに行くんだよ!おいキリト!」
俺はキリトの後を追って広場の東側を走る。一体どうしたんだよあいつ。すると教会のような建物が見えてくると、キリトは猛ダッシュする。入り口に飛び込むと、奥の階段を転がるように上り、三階の小部屋の窓際に背中をつけてそうっと広場の方へ見下ろしていた。
エイト「おい、キリト。どうs「しっ!」」
最後まで言う前にキリトが人差し指を立てて自分の口に当てて、静かにという風に言ってきた。
エイト「どうしたんだよ一体」
さっきよりも声量を小さくして話しかける。
キリト「いいからエイトもこうして見てくれ」
そう言われてもな。説明して欲しいのだがな。はぁ…仕方ない。言われた通りにするか。そうして俺も窓際に背中をつけて、広場を見る。ちょうど、ゲートの内側がひときわ眩く輝き、広場の片隅に陣取るNPCの楽団が高らかにファンファーレを奏で始めていた。一瞬ののち、青い光に満たされたゲートから、無数のプレイヤー達が色とりどりの奔流となって溢れ出した。広場の中で立ち止まり、きょろきょろあたりを見回す者。情報屋から買ったと思しき羊皮紙の地図片手に一目散に走り去っていく者。そして、「二層来たぞー!」と絶叫する者。と言うより。
エイト「いい加減説明しろよな」
キリト「…あ、悪い。今の光景見ただろ」
イライラ混じりに説明を求めると、キリトはそれに申し訳なさそうにして言ってくる。
エイト「ああ」
キリト「あれベータテスト時代にもあったんだ。その時は転移門前に前層のボスを倒したレイドパーティーが並んでいて、下からテレポートしてきたプレイヤー達から賞賛させるんだ」
エイト「ほーん、なるほどね。……だけど、今は」
キリト「…ああ、そういう事だ」
なるほどね。下からきたプレイヤー達に賞賛させる……か。ゲートを開通させたプレイヤー…キリトは逃亡した。だがキリトは《ビーター》。そんな奴を賞賛しようとする奴はいないだろうな。おめでとうの声が帰れコールに変わってしまうだろう。そんな帰れコールは俺にも向けられるだろう。
エイト「それで、あの騒ぎが落ち着くまでここに潜む訳か」
キリト「ああ、そういう事だ。理解が早くて助かる」
まったく……とんでもない事になったな。
キリト「ん?」
エイト「どうした?」
キリト「あれ?」
キリトが指を指す方向を見る。そこには転移門からワープアウトしてきた一人の女性プレイヤーが、そのまま脚を止めずに猛ダッシュで西の通りへ駆け込んでいったのだ。武器屋クエストNPCの所に急いでいるのか?いや、違う。何故なら、あの女性プレイヤーに続いて出現した男2人だった。そして男2人はさっきの走り去るプレイヤーを発見するや、こちらも猛然と同方向に走り始める。どう見ても追う男と追われる女だ。でも、ここは犯罪防止コード有効圏内。普通なら無視するのだが、追いかけられていた方が知り合いとなれば話は違う。金褐色の巻き毛と地味な色のレザー装備は、情報屋《鼠のアルゴ》に違いない。売れる情報は全て売る、がモットーの鼠を嫌う者もいるだろう。それに何故か俺の事は『エイ坊』とか言われている。
エイト「どうする?」
キリト「…行こっ」
エイト「…あいよ」
俺とキリトは教会の窓枠に足を乗せると、すぐ下の屋根へと飛び降りた。広場のプレイヤー達に見つかる前に敏捷力パラメータ補正全開でダッシュし、隣の建物の屋根に飛び移る。そのまま俺らは地上に降りることなく、アルゴと男二人が去っていった方向を目指す。見る限りこのウルバスの街の建物は高さが一定なようだ。だから、こんな事ができるのか。そして、キリトは走りながら右手を振り、メインウィンドウを出した。多分、スキルタブから《索敵》を選び、サブメニューから《追跡》を選んでいるのだろう。《追跡》は《索敵》スキルの熟練度を上げると習得できる派生機能。普通はモンスター狩りの効率を上げるために使うが、でもプレイヤーでもフレンド登録していれば追う事ができるらしい。そのため、キリトの視界には薄いグリーンに光る足跡が出現しているはず。だが、俺もそうだが熟練度が低いので、見えるのはほんの一分前のものまでだ。
キリト「こっちだエイト」
エイト「ああ」
キリトの道案内を任せている為、俺はキリトの後を追う。敏捷力はほぼ一緒だから、後を追うのは容易い。けれど、敏捷力極のアルゴが振り切れないとは、追いかける男二人も敏捷力にかなり振っているのだろう。ボス攻略レイドでは見なかったな。レベルは多分トップクラスなのだろうか。そんな事を考えているとウルバスの外、西平原に出ていた。そのまま走り続けると小型の岩山二つに挟まれた谷の奥から、聞き覚えのある声が響いてきた。
「…んども言ってるダロ!この情報だけは、幾ら積まれても売らないんダ!」
語尾にコケティッシュな鼻音が被さるそれは明らかにアルゴの声だ。だが、普段より三割増しで除悪だ。俺はキリトと顔を合わせて頷く。すると、続けて刺々しい男の声が聞こえてきた。
「情報を独占する気はない。しかし公開するつもりもない。それでは、値段の吊り上げを狙っているとしか思えないでござるぞ!」
__ゴザル?なんだその変な語尾は?だが、そんな語尾を聞くと現実世界で会った、厚着のコートに指ぬきグローブを身につけた奴を思い出すな。今何してんだろうな。アイツも変な喋り方だったし。とか思いながらキリトと傍らの岩壁を登り始める。ていうかこんな侵入不可そうな地形でも、なんとかしたら行けるもんだな。そして、キリトの後を追った先は五メートルほど登ったところにテラス状の狭い平面があり、俺はキリトが四つん這いになって、進んでいたので俺も同じようにして進む。どうやら声の発生源は、もうほぼ真下のようだ。
アルゴ「値段の問題じゃないヨ!オイラは情報を売った挙げ句に恨まれるのはゴメンだって言ってるンダ!!」
その台詞に対して、2人目の男の声が言い返す。
「なぜ拙者達が貴様を恨むのだ!?金も言い値で払うし感謝もすると言っているでござる!!この層に隠された《エクストラスキル》獲得クエストの情報を売ってくれればな!!」
エクストラスキル?初めて聞く言葉だな。一体なんなんだそのエクストラスキルって?
エイト「キリト、エクストラスキルってなんだ?」
俺はアルゴや男二人に気づかれないように小さな声でキリトに聞く。
キリト「エクストラスキル。それは特殊な条件を満たせば選択肢に出現しない、言わば《隠しスキル》だ」
エイト「なるほどな。話を聞く限り、その《エクストラスキル》がこの層にあるって事か」
キリト「多分」
そんな話をしていると、男たちの声がいっそうボリュームを増した。
「今日という今日は、絶対に引き下がらないでござる!」
「あのエクストラスキルは、拙者達が完成するために絶対必要なのでござる!」
アルゴ「わっかんない奴らだナー!何と言われようとあれの情報は売らないでゴザ…じゃない、売らないんダヨ!!」
ぴりっ、と空気に流れる緊張感が電圧を更に一段階上げた…と感じた瞬間、キリトは岩棚の上で立ち上がり、五メートルの下の地面に身を踊らせていた。アルゴと男達の中間地点に着地した。それを見た俺は後に続くようにしてキリトの隣に着地する。
「何者でござる!?」
「他藩の透波か!?」
同時に叫ぶござる達の格好を見た途端、それが何かがわかった。全身、濃い灰色の布防具。上半身は中に軽めのチェーンメイルを着込んでいるようだ。武器は背中に帯びた小型のシミター。そして頭には同じく灰色のバンダナキャップとパイレーツマスク。相対的に見れば、いわゆる《忍者》の格好を創意工夫で再現しているように見える。
キリト「えーと、えーっと……あんたら確か、ふ、ふー…フード、じゃなくてフーガ、でもなくて…」
「フウマでござる!!」
「ギルド《風魔忍者》のコタローとイスケとは拙者達のことでござる!!」
キリト「そう、それ!」
え、何?キリトの知り合い?こんな奴らと知り合いとかマジかよ。
するとキリトは手振りで背後のアルゴを下がらせると、背中に吊った愛剣《アニールブレード+6》の柄に指を走らせながら言った。
キリト「公儀の隠密としては、風魔忍者の悪行は見過ごせないな」
そう言った途端、ニセ忍頭巾の下で、コタローとイスケの両眼が揃ってびかーんと光った。
「「おのれ、きさまら伊賀者かッ!!」」
キリト・エイト「「は?」」
思わず俺も反応してしまったじゃねぇか。でも、キリトが発した台詞は、奴らの重要なスイッチを押してしまったらしい。完璧に同期した動きで、二人の右手がじりじりと背中の忍者刀(のつもりの小型シミター)へ伸び始める。
おいおい、まさか抜くつもりかよ。しかしここは犯罪防止コードのない《圏外》だ。プレイヤーがプレイヤーを攻撃すれば実際にHPが減少してしまう。それだけではなく、同時に攻撃した側のカラーカーソルが緑からオレンジへと変化し、街に入れない《犯罪者》になってしまう。…ったく、キリトもキリトで変な事言って相手を興奮させるような事するなよな。今、俺完全に巻き込まれているよな。だが、その時俺はなんでキリトがアルゴと忍者達の会話を聞くために、この小さな谷の入り口にとどまらずに苦労して岩壁を登ったのかがわかった。
キリト「後ろ」
「「その手は喰わないでござる!」」
エイト「いや、ホントそういうのじゃなくて、ホントに見てみろよ後ろ」
俺は顎で忍者達の後ろの方を指す。疑り深い忍者達は、揃って顔を背後に向けたコタローとイスケは、ぴょーんと軽く飛び上がった。なぜなら、目と鼻の先に、いつの間にか新たな闖入者…闖入牛が屹立していた。肩までの高さが二メートル半に達しそうな大きさだな。まさか、キリトはこいつらにタゲられるのを怖れたからだろう。
「ブモオォォーーーッ!」
と牛が吠え、
「「ごっ…ござるううぅぅッ!!」」
忍者の悲鳴がそれに続いた。直後、灰色の忍装束姿二つはものすごいスピードで街方向に走り始めたが、牛も巨体に似合わぬ敏捷さでそれを追う。地響きと叫び声が地平線の彼方に消えるまでそう長くなかった。あの様子なら、二人がウルバスの街に逃げ込むまで追いかけっこは続くだろう。それを見届けた後、俺とキリトは同時にふうっと息を吐き出した。
すると、今まで後ろにいたアルゴがキリトの背中に抱きつき、小さなふたつの手が、キリトの体をぎゅっと包み込んだ。そして、俺にも聞こえるかすかな囁き声が聞こえてきた。
アルゴ「…かっこつけすぎだヨ…キリ坊…エイ坊」
その声はもちろん、今までおとなしく沈黙していたあるのものだ。だが、いつもの小僧たらしい《鼠》のそれとは微妙に違うようなそうでもないような。って、俺はほとんどなんにもしてねぇけど。
アルゴ「そんなコトされると、オネーサン、情報屋のオキテ第一条を破りそうになっちゃうじゃないカ」
お、おねーさん?情報屋のオキテ?俺と同様コミ障のキリトはフリーズしてしまっている。だが、どうにかして押し出したのだろう。口が開いた。
キリト「…あんたには、一つ貸しがあるからな。おヒゲの理由を教えて貰うまでは、どうにかなってもらっちゃ困る」
情報屋《鼠》のアルゴの顔には、左右のほっぺたに三本ずつ、くっきりと黒いヒゲのフェイスペイントが施されている。それが鼠というあだ名の由来らしい。だが、そのペイントの理由は誰も知らない。そしてその情報には十万コルという恐るべき値段がつけられているからだ。しかし、先のボス戦で、キリトは自ら《ビーター》のレッテルを貼ることで大多数の元ベータテスターと切り分けをして、アルゴを含む元テスターに向けられるはずだった新規プレイヤー達の敵意を引き受けた。その礼なのか、ウルバスに着くまでアルゴから、《情報を何でも一つタダで売る》というメッセージがキリトに届いたので、キリトはそれに《ヒゲの理由を教えてくれ》と返事をした。
アルゴ「…いいヨ、教えてあげル。でもちょっと待って、ペイントを取るカラ」
ん?ペイント…つまりあのヒゲを取る?ということは、誰も見たことのない素顔を見せるつもりなのか?そこには深慮すべき意味合いが存在するのかしないのか?瞬間的に精神的負荷が危険的に上昇しかけた。キリトも同じこと思ったのか、アルゴの体が離れる前に叫んだ。
キリト「…と思ったけど、やっぱ教えてもらう情報変更!さっきあいつらと話していた、この層の隠しの事を教えて!」
エイト「ああ!俺もそっちが知りたいな!」
思わず俺も叫んでいた。キリトの背中から離れ、前に回り込んだアルゴの顔には、幸い、と言うべきか左右三本ずつのオヒゲがくっきりと残っていた。離れる直前、きーぼうとえいぼうの、いくじなし、というような声がようなしないような、まぁ気のせいだろう。すっかりふてぶてしい表情に戻った《鼠》は、腕組みをしてから言った。
アルゴ「何でも教えるって言ったからには、約束は守るヨ。でも、キー坊達も一つ約束シロ。どんな結果になっても、オイラを恨まない、ってナ!」
エイト「さっきも言っていたが、それはどういう意味なんだ?誰もが知りたいエクストラスキルの情報を売って貰って、感謝こそすれ恨む筋合いなんかないだろ?」
キリト「俺もそう思うがなんでなんだ?」
そんな問いかけにニンマリスマイルを見せる鼠。
アルゴ「そっちの情報は有料だヨ」
そう言われては仕方ない。俺とキリトは同時に頷いた。
キリト「解った、約束する。神に…いや、システムさまに誓って、何がどうなってもあんたを恨まない」
エイト「右に同じく」
それを聞いたアルゴは頷き、ついてきナ、と身を翻した。そこからの道行きは、事前にマップを買っているか、あるいは無限大のこうきしんと忍耐力がなければとても踏破不可能ではないだろうか。林立するテーブルマウンテンの岩壁をよじ登り、小さな洞窟に潜り込み、ウォータースライダーじみた地下水流を滑る。戦闘も三度くらいあったが、ボス攻略のためにキリトと一緒にレベリングしていた俺には、それほど難しくなかった。そんな移動を三十分も続けただろうか。そして着いた場所は二層の東の端にひときわ高くそびえる岩山の頂上近くだった。そこは、周囲をぐるりと岩壁に囲まれた小空間となっていて、泉と一本の樹、そして小屋が一つ建っていた。
キリト「もしかしてここか?」
その問にアルゴは頷いて答え、躊躇せず小屋に歩み寄った。それに続いた俺達の眼前で、勢いよく扉を開け放つ。中には幾つかの家具と、NPCが一人いた。筋骨隆々たる初老の大男で、頭はスキンヘッド、口の周りには豊かなヒゲをたくわえている。頭上には、金色の【!】マーク。クエスト開始点である証だ。キリトが視線で問うと、アルゴはもう一度コクリと頷いた。
アルゴ「アイツが、エクストラスキル《体術》をくれるNPCだヨ。オイラの提供する情報はここまで。クエを受けるかどうかはキー坊達が決めるんダナ」
キリト「…た、体術?」
どうやらキリトは聞いた事ないエクストラスキルのようだ。
エイト「体術ってあれか?素手とか短い武器で攻撃したり、防御したりするあれか?」
アルゴ「多分それで合っていると思う。武器を落としたり、耐久限界で壊れた時とかには有効かもナ」
エイト「なるほどな。だからさっきのアイツらは、あそこまでこだわっていた、という訳か」
キリト「そういう事か。……でも、ちょっと待てよ。アイツら、この場所は知らないくせに、なんで体術スキルの中身とか、アルゴがその情報を持っているって知ってたんだ?」
アルゴ「…サービスのサービスだヨ。ベータテストの終わり間際、七層にいたNPCから、《二層の体術マスター》の情報が発見されたんダ。オイラはそのずっと前に、自力で見つけたんだけどナ。あのニンジャどもは、ベータ中に七層のNPCに話を聞いたんだろうサ。そんで、この本サービスになってからオイラに、二層のエクストラスキルについて情報を買いにきたってわけダ」
キリト「じゃあなんでその時『知らない』って言わなかったんだ?」
エイト「そうだな。そうすれば、あんなしつこくつきまとわれることもなかっただろう」
その疑問にアルゴはバツの悪そうな顔になると言った。
アルゴ「……その『知らない』のひと言を、情報屋のプライドがジャマしたんだナァこれが」
エイト「…それで『知ってるけど売らない』って言ったわけか」
キリト「気持ちは解らんでもないけどさ……」
キリトはため息を呑み込み続けて言う。
キリト「…んで、売らない理由は、売った相手に恨まれるから、と。でも、こう言っちゃなんだけど、あんたは職業上ずいぶん敵も多そうだけど……」
確かにそれは言えてるな。
アルゴ「情報を売った売られたの恨みなんか、三日寝れば忘れるサ!でも、こいつはちがうんダ!ヘタすると、一生続くんだヨ…」
エイト「どんだけだよ」
キリト「まぁ、でもそっから先は、我が身で体感してみるしかないわけだな。いいぜ、約束する。どんな結果になっても、俺らはアルゴを恨まないよ。なぁ、エイト」
エイト「……まぁ、そうだな」
そして俺らは小屋に踏み込むと、座弾のオッサンの前に立った。ぼろぼろの道着っぽいものをまとったオッサンは、俺らを見ると言った。
「入門希望者か?」
キリト・エイト「「そうだ」」
「修行の道は長く険しいぞ?」
キリト「望むところだ」
エイト「ああ」
短く問答を終えると、オッサンの頭上の【!】マークが【?】へ変化し、視界にクエスト受領ログが流れた。そしてオッサンが俺らを連れていったのは、小屋の外、岩壁に囲まれた庭の端にある巨大な岩の前だった。高さ二メートル、差し渡し一メートル半はあろうそれをぽんと叩いたオッサンは、左手であごひげをしごきながら言った。
「汝の修行はたった一つ。両の拳のみで、この岩を割るのだ。成し遂げれば、汝に我が技の全てを授けよう」
エイト「……はい?」
キリト「……ちょっとタンマ」
予想外な展開に頭が追いついていない。え?この岩を拳だけで割る?ちょっと何言ってるか分からない。これを割るとか頭沸いてるのかよ。見るからに《破壊不可能オブジェクト》に近いだろこれ。うん、ムリだ。キャンセルしよ。うん、そうしよう。とキリトも同じ事を考えたのか、オッサンに向き直ろうとした。しかし、それよりも先にオッサンの口が先に開いた。
「この岩を割るまで、山を下りる事は許さん。汝には、その証を立ててもらうぞ」
そんな事を言って、道着の懐から妙なモノを取り出した。左手に持っていたのは、小型のツボ。そして右手には、太く立派な筆。嫌な予感がする。そう思いキャンセルしようとした時、オッサンの右手が素晴らしいスピードで閃いた。筆の穂先をツボに突っ込むや、たっぷり隅を含んだそれが……ズバズバズバッ!と俺らの顔面に炸裂。この瞬間、アルゴのヒゲの秘密を悟った。アルゴはベータテストの時にこのクエストを受けて、同じく岩を割れって言われ、顔に落書きされたのだろう。そして、アルゴの方を見ると、爆笑を必死に堪える表情になっていた。
「その《証》は、汝がこの岩を割り、修行を終えるまで消えることはない。信じているぞ、我が弟子よ」
そう言って小屋に戻って行った。
キリト「まさか……あんたベータ時代にこのクエ受けて…クリアを諦めたんだな。だから、仕方なくそのヒゲが描かれたままテストの最終日までプレイした。結果、情報屋の《鼠》っていうキャラがたちまくっちゃったモンだから、この正式サービスでも商売のためにペイントを継続してる……そういうことか」
アルゴ「お見事!エクセレントな推理だヨ!」
ぱちぱちと拍手してから、鼠は続けた。
アルゴ「いやー、得したナ、キー坊!エイ坊!結果として《おヒゲの理由》と《エクストラスキル》の情報を両方ゲットしたんだからナ!お祝いに、もう一つ教えてあげるヨその岩……鬼ダヨ!」
キリト・エイト「「……だろうな」」
キリト「……あのさ、俺らの顔のペイントも、あんたのと同じおヒゲなのか?」
アルゴ「うーん、だいぶ違うナー」
キリト「おっ…ど、どんな感じ!?」
どうやらキリトは俺らの顔に描かれたヒゲが気になるようだ。俺も気にならないと言ったら嘘になる。一体どんな感じになっているのだろうか。
エイト「…俺も聞こうか」
アルゴ「そーだナ。ひと言で表現すると……《キリえもん》と《エイえもん》だナ」
そしてそこで限界が来たらしく、地面に突っ伏すと、両足をジタバタさせながら転げ回り、「にゃハハハ!にゃーハハハ!!」と大爆笑し続けた。いつまでも。いつまでも。
そして俺とキリトは三日間山にこもり、途方もない苦闘の果てに割った。アルゴを一生恨まずに済んだ。だが、俺はアルゴを絶対に許さないノートに追加しようとか迷ってしまった。
それにしてもエイえもんか……リアルのあいつが言っていたハチえもんを思い出す。って、なんで一日で同じ奴を2回も思い出さなきゃならんのだ。チッ、最悪だぜ。
酷いではないかハチえも〜ん
なんか幻聴が聞こえたような気もするが気のせいだ。
いかがでしたか?ではまたお会いしましょう。