シン・ウルトラマン対シン・ゴジラ 作:イマジンカイザー(かり)
そこには上も下も、左も右もない。
例えるならば海の水に体を預け、何もせずただ浮いているかのよう。強烈な赤の発光の後、神永新二が再び目を覚ました先は、金色のパレットに多種多様の絵の具をかき混ぜたような異質な空間であった。
「あれが……」
空気による制約が無いからか、遥か遠方のものさえ輪郭がはっきりと捉えられた。銀の身体に赤のラインが差し込まれたヒト型の存在がそこに在る。
その存在を認識した瞬間、頭上の絵の具がぐにゃりと歪み、神永の視線とヒトひとり余裕で収まりそうなほど大きな乳白色の瞳が重なった。
「君が、そうなのか」
怖れは無い。しかし、動く気配もない。ウルトラマンはゼットンを斃した後、観測不能な未知の場所に去ったと聞いている。その果てがこの姿と言うわけか。
『それは、少し違う』
なれど死んでいる訳でもないらしい。瞳が生きた輝きを取り戻した瞬間、神永の頭の中に言葉が流れ込んで来た。
『"私"は既に君なのだ。境界などない』
神永の脳裏に、処理しきれない程の情報が流れ込んで来る。スペシウム133。光波熱線。光輪。重力制御。エトセトラ・エトセトラ……。説明、という言葉は正しくない。これは上書きだ。理解をする暇もなく、ただ神永のアタマに情報が書き込まれていく。
(解ってきた。分かってきたぞ)
神永新二はこの異常極まりない光景を、怖れることなく受け容れ、自らの中に取り込んでいった。滝明久はひとつだけ間違っていた。「彼」は最初からここにいた。呼び出すきっかけが今の今まで無かっただけだ。
『後は君に託す』
頭上にそびえる銀色の巨人が赤の粒子に分解されて溶けていく。彼は死んだ。だがその魂は、その意志は。神永新二の中に生きている。
行かなくては。方法はもう分かっている。神永は右拳をぎゅっと握りしめ、力強く突き上げた。
「ああ、託された」
金の異空間に孔が開く。神永は自らの意思で『出る』ことを選択し、弾みをつけて跳び上がる。
※ ※ ※
「神永さん……。どうしたんだ神永さん」
「生体反応はまだ健在。大丈夫、彼は生きてます」
ベーターシステムの紅い光がドームを包み込んでまもなく三分。未だに何が現れる気配はなく、かと言って先んじて設置した神永のバイタルサインに変化はない。
成功か、失敗か。滝含むこの場の誰もが、ドームの中を固唾を呑んで見守る。
「いや、待ってください。ドーム内に高エネルギー反応!」
「来た! 来た来た来た来た来たーっ!!」
ミシリ、という音と共にドームのてっぺんに亀裂が走る。開閉ギミックの起動は間に合わない。亀裂が半透明のドーム全てに伝播したその瞬間。ドームが粉々に吹き飛び、その中からヒト型のシルエットが飛び出した。
「『彼』、だわ……。滝くん、やったわね」
「えぇ。ウルトラマンが、"帰ってきた"」
破砕したドームの中心地に、銀の身体に赤のラインが差し込まれた巨人が立っている。彼は自らの身体に戸惑っているようだった。自らの手を、そのすぐ近くのモニタ施設を。それから海の方を見やる。禍威獣が暴れ、火の手の上がる首都東京の惨状を見やる。最早迷いはない。
『彼』は遥か頭上に目を向け、両手を伸ばし、強く地を蹴って跳んだ。その身体は蹴伸びの姿勢のまま浮き上がり、渦中の首都圏へ向けて突き進む。
街を荒らし、この国の平和を乱す禍威獣を倒すために。
※ ※ ※
「禍特対専従班・班長の田村です。急な申し出にも関わらず、人数を集めて頂いて感謝します」
「避難も迎撃も無意味な状況だ。早期解決のため尽力させていただく」
大戸島でベーターシステム再点火が行われる三十分前。班長田村と室長宗像の要請でネズミーランド正門前に陸自の歩兵五十が到着。別働の狙撃部隊は既にランド周囲に先行し、ポイントにて指示を待っている。
「しかし、大丈夫なのか……? 手札も知れぬ外星人相手に、禍威獣のコントローラー奪取とは」
「平気よ。同時にもっとあり得ないタスクを実行中だから」
人類の手によるウルトラマンの復活と、外星人捕縛による禍威獣の無力化。どちらも上手くいく保証は皆無。失敗すればどうなるかとなればもっとわからない。
「それでも。今ここで起こる事案を座して待つわけにはゆきません」
何より問題なのは、静観するという選択肢もまたないということだ。こうしている間にも、かの禍威獣は首都圏を破壊し、自分たちに無茶な要求を呑ませようとしている。
「あと十分でエレクトロニカルパレードが始まります。客のほとんどが足を止めるこのタイミングを逃すわけにはゆきません」
「時間がない。それで行こう」
十分に精査する余裕はない。陸自隊員らはそれぞれ首肯し、拳銃をホルスターにしまい、ネズミーランドの正門をくぐらんとする。
『”急がば回れ”。勇み足は決して良いことではありませんよ』
声がするまで気づかなかった。外星人捕縛に神経を尖らせていた彼らの背後に、黒づくめのスーツ姿の若い男が立っている。
「嘘でしょ」
「馬鹿な……。なんでお前が!」
禍特対の面々は”それ”が何であるか知っている。地球人類に凄惨なるマッチポンプを仕掛け、この星を牛耳ろうとした外星人。上着も黒、シャツも黒。靴も黒。艶めいた若々しい顔には不気味な笑みが貼りついており、ヒトのようで人とはどこか違う異様な風貌。
「何。ちょっとした観光ですよ。夜のネズミーは昼とは違った趣がありますからね」
外星人第0号メフィラス。ウルトラマンと争い、何らかの密約を経て、立ち去ったはずの彼が、どうしてこんなところにいるのか。