新世界の敵、日本国   作:篠乃丸@綾香

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お待たせしました、十話になります。
今回は長めです。


第十話『バルクルス要塞の戦い』

 バルクルス地方には雄大な山の斜面に囲まれた盆地があり、バルクルス星型要塞はその盆地の中に建てられ、とても堅牢な作りをしていた。

 まず周りを囲む山々は天然の城壁として要塞陣地を守り、それらをつなぐわずかな回廊も星型要塞特有の"頂角"で挟み込み、キルゾーンを形成している。

 兵員の居住区や弾薬庫、食糧庫などは地下構造の中に造られており、外からはその内容のほとんどが見えない。これは仮想敵であるムーの飛行機械、または南部の国家群が扱うワイバーンなどの航空戦力から備蓄を守るための構造だ。

 戦闘時、兵士たちは塹壕の中に立て篭もり、魔導砲なども塹壕の中から攻撃を行う。これには仮想敵であるムーの塹壕戦の概念が取り入れている。

 

 とまあ、ここまで聞けばかなり堅牢な作りであることが分かるだろう。通常の第二文明圏の軍隊では攻略難易度が非常に高く、難攻不落といえる。かのムーですら攻略を躊躇するであろう。

 だが日本は躊躇しなかった。

 別にこの要塞の事を舐め腐っているわけではない。むしろ冷静に分析した結果、簡単に攻略が可能であることが判明した為、余裕をもって対処しようとしているのだ。

 

 

 

 

 

 

 要塞守備を任されるのは合計兵力3万人の5個師団と、40門の魔導砲を備えたレイフォル陸軍第10軍団である。

 その編成はレイフォルの技術力、ならびに社会体制の関係から、ナポレオン戦争時代のフランス陸軍軍団のそれと非常に似通っていた。つまり銃兵、砲兵、そして騎兵の三兵戦術が浸透しているのだ。

 

「…………」

 

 キンジャール司令を含め、兵士たちの多くは、あっさりと降伏したレイフォル政府に不満を持っていた人間であった。彼らを含め、レイフォル東側の人々は半ばレジスタンスのように抵抗活動を続けている。

 なぜなら彼ら東側地区のレイフォル人は日本の爆撃や海戦の詳細をよく知らず、陸戦なしに降伏してしまった政府を「腰抜けだ」と快く思っていなかったからである。

 

「偵察より報告です。敵一個旅団相当が前進を開始したとのこと」

「一個旅団?先遣隊か何かか?」

「分かりません。しかし敵が動いているのは事実です」

 

 キンジャール司令としては、ここで防衛戦を行うべきかどうか迷っていた。大量に備蓄されているとはいえ弾薬は無尽蔵にあるわけではなく、必ず限りがある。

 ここで浪費してしまった場合、後から続くであろう本隊との戦闘で持ち堪えられるかどうか、不安であった。

 

「しかし司令、敵の総数は一個師団程度という情報もあります。敵からすれば、確実な攻勢ではないでしょうか?」

「どうしてそう思う?」

「敵国は島国だと聞きます。なので海軍優先で、陸軍には人員を回せないのでしょう。楽観視しているわけではありませんが、小国の軍隊というのは往々にしてそういうものです」

「ふむ……」

 

 キンジャール司令はいかんせん証拠に欠けているとは思ったが、その説は今のところかなり有力だとも思っている。

 それに不安とは言ったが、まだ備蓄には余裕がある。ここで撃退しても苦にはならんであろうとキンジャールは結論付けた。

 

「各前線へ連絡!迎撃準備!敵が射程に入り次第、撃退せよ!」

「了解しました!」

 

 

 

 

 

 

 さて、その前線では数千人の兵士たちが塹壕に篭って銃を構えていた。彼らの顔には緊張が走っており、敵が来るのを今か今かと待ち続けていた。

 兵士の状態は良好であった。装備も弾丸も十分にあり、健康状態も食糧の備蓄によりなんとかなっていた。唯一不安があるとすれば、兵士たちの緊張度合いであろうか。

 

「……兵長、俺たちレイフォルを打ち負かしたニホンって国は、どんな奴らなんです?」

 

 とある兵士が、傍で指揮をとる兵士長にそっと尋ねた。その疑問は、この要塞にいる兵士たち共通の疑問である。

 

「さあな。分かっているのは、パガンダに卑怯な先制攻撃をして、俺たちの艦隊にも発砲した野蛮人らしい」

「そう……ですか。敵の装備とかは?」

「知らん。まあ"発砲"だから、少なくとも銃や魔導砲は持っているんじゃないか?」

 

 兵士長のそっけない態度に疑問を呈した兵士は、黙って目線を前方の盆地に向けるが、不安はより大きくなるばかりであった。

 銃と大砲を持ち合わせているという事は、自分達レイフォル陸軍と同じレベルの戦術を用いるということになる。

 今まで戦ったことのない同格と戦うことになるのだ。何か起こるかわからない不安が、兵士達に余計に募る。

 

「ん?」

 

 と、兵士たちが待ち構えていたその時。

 より前線の塹壕に配置されている彼らの耳に、聞き慣れない地鳴りと唸り声、そして車輪が擦れるようなキュラキュラという音が鳴り響く。

 聞きなれない音に困惑しつつも、何かが迫っているその感覚に身震いし、周りを見渡す兵士たち。

 

「おい、なんの音だ?」

「さあ……錆びた馬車でしょうか?」

 

 兵士たちが憶測を語る中、地鳴りはより大きくなって近づいてくる。そのうちに、塹壕の前方から何か黒い物体が土煙を上げながら迫っているのが見えた。

 

「見えたぞ!あれだ!」

 

 誰かが指を差し、その音の正体を見る。

 音の正体は、鉄の怪物であった。馬もリントヴルムも使わず車輪を響かせ、なんとも形容し難い角ばった箱のような見た目がその車体の上に重なり、象の鼻の如く魔導砲が鋭く伸びていた。

 総勢20体ほどの怪物が、要塞陣地の目の前に広がる盆地に現れた。土煙を上げ大地を爆走し、今にもこの要塞に迫らん勢いである。

 

「な、なんだあれ……?」

「地竜……なのか?にしたって速すぎるぞ!」

 

 地面を爆走する見たことのない怪物に対して、疑念と恐怖が募る銃兵達。

 

「狼狽えるな!あれが敵の攻勢だ、反撃の用意を!」

 

 だが指揮官の合図により、兵士たちの統率が徐々に戻ってくる。銃に弾丸を込め、魔石をセットし、発砲に備える。

 

「焦るなよ。どうせニホンの陸軍なんて、大したことないさ」

 

 現場指揮官が一人一人の兵士たちを励まし、そのお陰か現場は平然を保ちつつあった。

 

「砲兵!まだ発砲はするな?出来るだけ近くまで引きつけるんだ!」

「わかってる!」

「よし……銃兵は俺の合図を待て!」

 

 その間にも鉄の怪物は勢いよく走り抜けていた。そして、距離が3000m程の位置にたどり着くと、急に止まった。

 

「なんだ、停まったぞ?」

 

 砲撃の合図を待っていた指揮官も、砲兵も、銃兵も、その意図がわからず首を傾げる。あと1000メートルほどで魔導砲の射程圏内に入るが、奴らはその手前で止まった。

 そして、車体の上に乗せられている魔導砲付きの箱が少し動いた。

 

「何をするつもりだ?」

 

 この距離ではお互いの魔導砲など届かないだろうに、と思ったその瞬間だった。遥か彼方の魔導砲の射程外から、10式戦車は主砲から120mm砲弾を撃ち出した。

 砲弾はオレンジ色の軌跡を残しながら、魔導砲の炸裂弾とは比べ物にならない速度で飛翔。そして狙いを定めた狙撃手が如き正確さを持ってして、こちらの魔導砲兵達に命中した。

 

「っ!!」

 

 まるで火山の噴火が如きその榴弾の爆裂が轟き、砲兵達を呑み込み吹き飛ばし、彼らを蒸発させた。

 そのあまりに一瞬の出来事に兵士達は目を見開き、何が起こったのかを理解しようとするが、目の前で死が起こった事以外は理解できなかった。

 

「なっ……馬鹿な!?」

「また来るぞ!」

 

 同じ一撃が複数回、要塞の大砲陣地に降り注ぎ、大地を揺らして砲兵達を吹き飛ばしていった。

 一撃一撃が重く、魔導砲の炸裂弾などとは比べ物にならないほどの爆風が吹き、塹壕の壁すらも吹き飛ばしていく。

 

「アイツは魔導砲の射程圏外だぞ!!」

「砲兵!まぐれでいいから反撃しろ!」

 

 その言葉を合図に、砲兵達が反撃の態勢に入る。魔導砲の前部から砲弾を素早く装填し、後部に炸薬を詰め込む。そして、引き金となる紐を持ち……

 

「撃てっ!!」

 

 大きな音と、火薬の炸裂が噴煙を立ち上らせ、魔導砲から砲弾が放たれる。だがその砲弾は、怪物の滑腔砲と比べるとあまりに初速が遅く、ぐんぐん重力に従って落ちていき、怪物よりはるか手前で限界に達し、着弾した。

 

「ちくしょう、全くの射程外じゃないか!」

「伏せろ!伏せろ!」

 

 射程外からの一方的な砲撃。兵士たちはそれ以上の反撃はできず、もはや砲撃に耐えることしかできなかった。砲兵達も砲撃から身を隠し、蹲ってその厄災が過ぎ去るのを待つ。

 その120mm砲弾は、とりあえず見えている魔導砲を全て片付けると、その次に塹壕陣地への砲撃を開始した。

 

「う、うわぁ!!」

「塹壕が!塹壕が崩れちまう!」

 

 戦列艦の砲撃とも思えるような強烈な爆裂が塹壕に降り注ぎ、木で補強されているはずの土の壁が、砲撃でバラバラに砕け散っている。

 

──強烈すぎる。

 

 兵士たちは塹壕の中で蹲り、何もすることもできない。あまりに砲撃が強烈すぎて、反撃どころか顔を出すことすらできないのだ。

 熾烈な砲撃は数分間続いていたが、彼らにとってそれは永遠と過ぎ去らない数時間に感じられた。

 安全な筈の塹壕が吹き飛ばされ、身体がちぎれ飛んで死ぬ者。塹壕が崩れ、そのまま生き埋めになってしまう者。理不尽なまでの死が、平等に降り注いでいた。

 だがその厄災も、数分間の砲撃の後に一瞬だけ止んだ。

 

「と、止まった……?」

 

 ボロボロの塹壕の中で、兵士たちがゆっくりと顔を上げる。目線の先には、鉄の怪物がゆっくりと後ろに下がっているのが見えた。

 

「アイツら引いて行くぞ……」

 

 安堵の声は聞こえない。あまりに戦闘が激しすぎて、誰も安心できなかった。ただその退いていく様子を唖然とした目で眺めているだけだった。

 

「いや待て……あれは……!」

「上を見ろ!」

 

 怪物達が引いていくその土煙から、何か白い噴煙がまっすぐと飛んで来た。何かの発射音が鳴り響き、要塞の上空で進路を変える。

 

「な、なんだあれは!?」

「噴進弾!?」

 

 それらは放物線を描いて、こちらに落ちてくる。そう、前線の兵士たちのその真上に金切り音を立てながら落ちてくるのだ。

 

「うわぁぁぁぁぁっ!!」

「なんだ!?なんだこれは!?」

 

 噴進弾が着弾すると、先ほどの地獄よりもさらに激しい爆音が轟き、大地を揺らしていく。一瞬で先ほどの砲撃の数倍の爆裂が襲い掛かり、塹壕の兵士たちを粉々にし、壁がいくつも崩れていく。

 

「がぁっ!!」

「た、助けて……!」

 

 塹壕の壁に砲撃が当たり、爆裂と破片が兵士たちを吹き飛ばしていく。粉々になった兵士たちが宙を舞い、他の兵士たちに血みどろの雨として降り注ぐ。

 

「う、うわぁぁぁぁ!!」

「助けて!助けてくれぇぇぇぇ!!」

 

 そして塹壕の外では、また新たな怪物達が現れた。それも40台以上、先ほどの地獄と比べて倍の数である。兵士たちに地獄のおかわりだ。

 先ほどの10式戦車はあくまで威力偵察で、補給のために一旦陣地に戻っただけであった。90式戦車も混じった第7師団隷下第71戦車連隊が、一斉に攻撃を開始する。

 兵士たちにまた、地獄のような戦車砲の砲撃が始まった。

 

「うわぁぁぁぁ!」

「嫌だ!嫌だぁぁぁぁ!!」

「死にたくない!死にたくない!!」

 

 パニックに陥る兵士たちを、その命を一粒一粒刈り取るかのように吹き飛ばしていく戦車連隊。その勢いに押され、塹壕陣地は崩壊寸前だった。

 

「くそっ、こうなったら塹壕を捨てろ!ここから撤退するぞ!」

 

 冷静さを保っていた兵士長が叫ぶが、混乱は兵士たちを包んで全く動かそうとしない。仕方なく、兵士長は荒れ狂う塹壕の中を這いつくばり、部下たちを地獄から助けようとする。

 しかし──

 その兵士長のいた場所の壁が、砲撃で崩落する。爆裂によって兵士長は吹き飛ばされ、上半身と下半身が分断され、宙を舞う。

 

「神よ……」

 

 今すぐ助けが必要な状況下、兵士長は力無く、最も助けてくれないであろう存在を呟いた。そして、目を閉じ二度と目を覚ますことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 要塞司令部は混乱の境地にあった。前線は絶え間なく続く砲撃により、壊滅状態に陥っている。

 あまりに早い前線の壊滅と、数キロ離れた司令部にまで響く爆音と地鳴りは、キンジャール司令の予想していた敵戦力をはるかに上回っていた。

 

「第11歩兵師団、壊滅!」

「後方、第30歩兵師団が攻撃を受けています!」

「馬鹿な、進撃が早すぎるぞ……!」

 

 その中でもキンジャール司令だけは、なるべく冷静さを保とうと指揮を続けていた。

 

「待機中の騎兵を前に出せ!敵の側面に回り込むんだ!」

「はっ、了解しました!待機中の第4騎兵師団と第15騎兵師団を、要塞から出撃させろ!」

 

 司令はとにかく反撃のため指示を飛ばし、部隊を動かす。

 既に要塞に立てこもっている戦力の1/3が壊滅状態となり、早急に撤退しなければならない。だが前線の負傷者を収容するには、貴重な騎兵を囮に使うしかなかった。

 そしてキンジャールの言葉通りに騎兵部隊が出撃、敵部隊の火力を囮となって引き付けようとする。

 

 

 

 

 

 

「突撃だ!奴らの側面に回り込め!」

 

 絶え間ない砲撃が降り注ぐ中、第4騎兵師団のアジャング少将はサーベルを掲げ、突撃の合図を送った。騎兵達の馬が嘶き、剣が光り、数千の騎兵達が盆地を埋め尽くして走り出す。

 騎兵達は勇ましく大地を駆け抜けるのに対して、第71戦車連隊は随伴する隷下の普通科中隊から装甲戦闘車(歩兵戦闘車)を要請。戦車の側面に展開させ、戦車を守らせる。

 

「進めぇ!進めぇ!!」

 

 そして両側から回り込んで来る騎兵に対して、機関砲による無慈悲な攻撃が始まった。連続した射撃音が鳴り響き、騎兵達が馬ごと吹き飛ばされて宙を舞う。

 

「ぐわっ!?」

「うわぁっ!!」

「怯むなぁぁぁぁぁ!!」

 

 馬も人も肉塊になって吹き飛ばされていき、破片によって落馬する兵士達もいた。だがそれでも、アジャング少将は騎兵を走らせ続け、最後の最後まで敵に刃を突き立てようとする。

 

「見えた!」

 

 後続が次々と途絶えていく中、アジャング少将は敵の鉄獣の姿を見る。だが、敵のオレンジ色の軌跡を残す砲弾が、あと数キロまで近づいたアジャング少将の目の前に着弾する。

 

「ぐわぁっ!!」

 

 馬ごと吹き飛ばされたアジャング少将。体と馬は宙を舞い、地面に叩きつけられてしまう。

 

「あっ、がぁ……」

 

 全身が痛むのを感じ、血の気がなくなるのも感じた。そして愛馬は隣で倒れており、前足が無くなっていた。

 

「こんなの……戦いなんかじゃない……」

 

 アジャング少将は死に際、前足が無くなった愛馬に寄り添いながら、そう呟いた。

 

 

 

 

 

 

「第4騎兵師団、壊滅!」

「第15騎兵師団は第4騎兵師団の撤退を援護します!」

「くっ……なんて事だ……」

 

 精鋭中の精鋭である第4騎兵師団が無慈悲に打ち取られたのを聞き、キンジャール司令は敵の強大さに唇を噛み締めた。

 

『こちら第22戦列歩兵連隊!部隊壊滅!死にかけが多すぎる、今すぐ救援を!』

『くそったれ!敵の砲撃でみんな死んじまった!なんなんだこの打撃力は!』

 

 そして、通信から聞こえてくるのは前線兵士たちの悲痛な救援要請だけである。第4騎兵師団が討ち取られた今、前線への砲撃が再開され、要塞群は今にも崩壊しそうであった。

 

「……部隊を撤退させ、敵部隊を盆地に誘引しろ」

「……良いんですか?」

「良いんだ、第二案を実行する」

「っ!分かりました、部隊の撤退を行います」

 

 キンジャール司令が第二案という言葉を合図にした途端、参謀達はそれを理解したのか、すぐさま指令を受け入れた。

 

「司令、第15騎兵師団のダリアン少将が、残りの部隊を用いた囮役を申し出ています。負傷者救出の助けになれば、と……」

「……許可する。ただし、あまり無茶はするなと伝えろ」

「はっ」

 

 

 

 

 

 自衛隊側は快進撃を続けていた。大砲らしき目標を数十個も叩き、塹壕に立て篭もる歩兵達を釘付けにし、突撃してきた騎兵数千を蹴散らした。

 圧倒的な火力と射程、そして打撃力に裏打ちされた進軍スピードは素早く、既に要塞のほとんどを壊滅状態に追い込んでいる。

 

「呆気ないな……」

 

 第7師団司令の大内田は、敵であるレイフォル残党軍の脆さに軽く同情していた。

 是非もない、相手は地球で言うナポレオン戦争時代のレベルの戦争技術しかないのに対して、こちらは現代の大火力を敵にぶつけているのだから、その差は歴然としている。

 警戒するとすれば、敵の騎兵による奇襲である。戦車連隊の護衛のため、こちらには普通科の隊員達が多数いるのだが、もし何かのミスで騎兵を近づかせては普通科の隊員達が危ないのだ。

 だがその懸念はあれど、今は打開した敵部隊を切り開いていくことを優先するべきだと、大内田は考えた。

 

「よし、このまま一気に畳みかける!増援と共に、戦車連隊を要塞内部へ!」

「はっ」

 

 だが、大内田がその命令を発したその時だった。

 

「空自の偵察機より報告!!両山岳部より大規模部隊の動き有り!!」

「なにっ?」

 

 敵の罠が、自衛隊を目掛けて襲い掛かる。

 

 

 

 

 

 

 それはキンジャール司令が用意していた切り札であった。

 両山岳部に居たのは、敵が要塞に釘付けになっているか、あるいは要塞自体が危機に陥った際に、側面方向より襲撃を仕掛け敵を挟撃する為に秘匿させておいた部隊だ。

 兵力6000名魔導砲8門で構成された師団4個と、騎兵2000名魔導砲8門で構成された騎兵師団1個によって編成されたレイフォル陸軍第11軍団である。

 彼らも、キンジャール司令の呼びかけに賛同した残党軍の一員だった。

 

「クソッ、もう要塞群が崩壊しつつあるのか…」

 

 この第11軍団の司令を勤めていたのは、キンジャール司令が残党軍の中で最も信頼する、ラジャミロ中将であった。

 もう既に両山岳部には部隊が集結しており、山を降りた先には陸上自衛隊第7師団の部隊が良く見える。彼らは、それを目掛けて挟撃するのが役割だった。

 

「手筈通りだ!!魔信でペジテナ少将を呼び出せ!敵軍を挟撃するぞ!!」

 

 当初の作戦通り、ラジャミロ中将は軍団を両山岳で二つに分け、片方は軍団副司令のペジテナ少将がその任を承っていた。

 

「進めぇ!!」

 

 馬が嘶き、山の斜面を急速に駆け降りる。土煙が上がり、戦車の地鳴りとも負けず劣らんその勇ましさが、第7師団目掛けて突撃する。

 

「左斜面!敵の騎兵!」

「左だ!側面を突かれるぞ!!」

 

 第7師団の隊員達もそれに呼応し、側面から襲い掛かる敵騎兵に対して射撃を開始する。小銃が、機関銃が、機関砲が彼らに向けて襲い掛かるが、対応が遅かったせいもありほとんど撃ち減らせていない。

 

「待て!右の斜面からも来るぞ!」

 

 さらに右側の斜面からも、別の騎兵達が斜面を降りてきた。さらにその奥には銃を所持した歩兵隊と、魔導砲が見える。

 歩兵師団が騎兵を援護するべく、ラッパや太鼓、笛と言った楽器を果敢に、そしてけたたましく響かせて行進する。集団は戦列歩兵連隊ごとに一つの塊となり、三列横隊で前進する。その姿は自衛隊員に強烈なプレッシャーを抱かせる物であった。

 そして戦列歩兵達は司令官の号令の元、第7師団に向けて一斉に発砲を開始した。マスケット銃にとっては結構遠い距離であったが、数千発の弾丸が隊員達を襲う。

 

「がっ……被弾した!」

「衛生員!!」

 

 弾の弾幕が飛んできては、被弾する隊員達もいた。さらには山の斜面に備え付けられた魔導砲も装填され、戦車に向けて放たれる。

 

「うおっ!敵の砲弾だ!」

「戦車の影に隠れろ!」

 

 第11軍団は自衛隊の不意を突き、完全な奇襲に成功していた。彼らの軍勢は今目の前、手の届きそうな範囲まで近づいている。

 

「いくぞぉ!!このままぁ!!」

 

 奴らに刃を突き立て、目に物見せてやる。ラジャミロ中将は今までやられっぱなしの状態からの反撃を夢見て、口元が緩んだ。

 

──だが、あともう少しのところで……

 

「目標、前方騎兵集団!撃てっ!!」

 

 ラジャミロ中将から見て右翼側にいた部隊が、一気に吹き飛んだ。

 

「なっ!?」

 

 兵士たちが宙を舞い、人馬が粉々になる。先ほどまでと同じ、圧倒的な火力が彼らに降り注ぎ、不意を突かれた騎兵師団は大きく損害を負ってしまった。

 もう少しで第7師団と接触出来そうな所で、側面から何かの攻撃を受けたのは理解できた。ラジャミロ中将は近くにいた部下に状況を問いただす。

 

「クソッ、一体何事だ!?」

「第6騎兵師団より報告!!"われ新たな敵師団の攻撃を受け半壊しつつあり、救援を乞う、救援を乞う!!"」

「なに!?敵は目の前の部隊だけじゃ無かったと言うのか!?」

 

 その第6騎兵師団を襲った新たな部隊は、待機していた陸上自衛隊第8師団であった。彼らは西部方面隊より派遣されており、危機に陥った際に救援するため配置されていたのだ。

 本来なら前線よりさらに後方に待機していたので到着が遅れるはずであるが、第7師団司令の大内田は総攻撃のため早めのタイミングで彼らを呼びつけていた。その結果、挟撃に対して救援が間に合ったのだ。

 

「突撃だ!目の前の騎兵部隊を蹴散らせ!!」

 

 第8師団は未だに保有している74式戦車を先頭にし、騎兵部隊を蹴散らす。さらに、これまた自衛隊の中で古参であるAH-1Sを8機投入し、空からそれを掩護しつつ前進して行く。

 

「くそっ!なんだあれは!!」

「空からも来るぞ!!」

 

 空と地上から降り注ぐ、火力と機動力の合わせ技。騎兵達は戦車砲に吹き飛ばされ、20mm機関砲で粉々にされ、次々と損害を重ねていく。

 

「ぐわっ!!」

「た、助けてくれぇ!!」

「ちくしょう!あと少しなのに!!」

 

 そして第6騎兵師団を撃破した第8師団は、次の部隊に電撃的に迫り、突破しようとしていた。

 

「敵部隊、今度はペジテナ少将の部隊をも攻撃!!」

「な、なんと言う速さだ!まるで疾風だ!」

 

 ラジャミロ中将は自衛隊の電撃戦に恐怖を抱いていた。敵部隊は綿密な連携力と打撃力で我々を打ち砕き、抵抗する間も無くこちらに迫っていく。

 予想を遥かに超える打撃力と機動力、航空戦力と密接に連携した空地一体の攻撃は、最盛期のレイフォル陸軍でも到底行えない荒業だった。一体誰が、誰が予想できただろうか。

 

「来たか、第8師団……!!」

 

 大内田は傍の戦友を見ながら、部隊の立て直しを進めていた。僅かながらに損害を被ったが、まだまだ戦闘は続行可能であった。

 

「よし……これより第8師団と共同して、敵の殲滅に入る!要塞への突入も準備せよ!」

「はっ。全部隊、総攻撃開始!」

 

 危機は過ぎ去り、再び訪れた自衛隊のターン。ほぼ機能を失った要塞と敗走する敵に対して、徹底的な蹂躙が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 要塞司令部では、キンジャール司令が机を叩き、最後の最後で秘策が失われた事に対して悔しさを滲ませていた。

 

「な、なんと言う事だ!敵を包囲する為の戦法を逆手に取られ、今度は我々が各個撃破の憂き目に遭うとは………!」

 

 もはや要塞と残党軍に残された戦力はほぼ存在しない。ほぼ全ての部隊が壊滅的な被害を被り、敵に対して何もできないまま全滅しようとしていた。

 

「司令、部隊はもはや再編不可能なほどの打撃を受けました。このままでは、要塞内部に突入されここは陥落します」

「そうか、なら……全員、よく聞け」

 

 キンジャール司令は部下を集め、話を始める。

 

「これより我々は、突入してくる敵部隊に対して徹底抗戦を行う」

 

 キンジャール司令の言葉を予想していたのか、参謀達は生唾を飲むとそれに頷いた。

 

「だが……正直に言えば無駄死にとしか言えない。だからこそ、レイフォルの将来を担う君たち若者達には、脱出してもらいたい」

 

 それは、キンジャール司令の出来る最後の一仕事であった。自分に着いてきて不幸な目に遭った若者達に、最後のチャンスを与えたい。上に立つ老人としての、最後の慈悲であった。

 

「……何言ってるんですか、司令」

 

 だが、若い参謀の一人が不敵に笑い、言葉を続けた。

 

「私たちは望んで司令に着いて来たんです。最後の最後まで、あなたに着いて行きますよ」

「……命令違反だぞ?」

「確かに私は一度も命令違反をした事がありません。なので、最後くらいは背かせてください」

 

 若い参謀はそう言い切ると、後ろを振り向いた。他の参謀達も、笑顔で頷く。

 

「私も、司令官閣下と共にレイフォルのために散る覚悟です!」

「私もです!司令官閣下、ご一緒させてください!」

「お前達……なら、よかろう」

 

 キンジャール司令の厚い人望についてくる参謀達を見て、彼は目尻を微かに潤ませる。そして、意を決したように涙を拭くと、指示を出す。

 

「これより我々は、要塞内部にて徹底抗戦を行う!各員、志願する者はここに残り最後まで戦う!志願しない者は要塞内部から脱出されたし!」

「司令!敵部隊が要塞正門に突入しました!」

「来たか……!志願者を集め、防衛網を築け!」

 

 キンジャール司令は部下達に防衛網を築くように指示を出し、それに呼応した志願者達は要塞内部にバリケートを築き、徹底抗戦の構えに入る。

 だが敵の進軍スピードはそれをはるかに上回り、また装備も彼らの予想をはるかに超えていた。

 扉の前でバリケードを築き、敵が突入してくるのを待ち構えていた兵士たちは、目の前の重厚な扉が爆破されたのを見て、銃を携え敵を待ち構える。

 

「敵部隊、地下門を爆破しました!」

「来るぞ!」

 

 だが待ち構えていた彼らは、敵の姿よりも先に投げ込まれた複数の黒い物体を見た。

 

「ま、まさか擲弾!?」

 

 その瞬間、投げ込まれた手榴弾が一斉に爆発を起こし、バリケードの裏にいた兵士たちが爆死した。

 破片によって他の兵士たちも負傷した為、このバリケードはすぐさま無力化されてしまった。

 

「突入!」

 

 それを見た自衛隊員達は、すぐさま隊員を要塞内部に突入させる。先頭は防弾盾の隊員が行く。これは警視庁のSATから購入して配備した代物で、使い方に関しても隊員は教わっていた。

 隊員達は全員酸素マスクを被っている。それはある装備を使って要塞を蹂躙する為の、自衛装備だった。

 

「来たぞ!ニホン兵だ!!」

「撃て!撃ちまくれ!!」

 

 自衛隊は至近距離で遭遇した彼らに対して、盾を先頭にして立ち止まった。

 

「くそっ、盾のせいで効いてないぞ!」

「足だ!足を狙え!」

 

 その盾持ちが敵の弾丸を受け止めて、自衛隊員達は反撃を行おうと陣形を整える。盾を地面に置き足を隠し、さらにその上に盾を重ね、昔ながらの亀甲陣形を敷く。

 

「施設科!放射準備!」

 

 そして、その盾の陰から放水器のような大きな装置を持った隊員が現れた。

 

「なんだあれは!?」

 

 その筒は水を打ち出すのではない、むしろその逆だ。隊員が引き金を引いた途端、筒口から強烈な炎が噴き出され、バリケードに炎が浴びせられる。

 

「うわっ、うわぁぁぁぁぁ!!」

「熱い!熱いぃぃぃぃぃ!!」

 

 それは自衛隊が数十年ぶりに戦闘用に持ち出した、携帯火炎放射器であった。

 これは元々施設科の隊員が所持する装備であり、敵の障害物や汚染物質などを焼却する装置なのだが、こと室内戦闘に関しては無類の強さを誇るのである。

 室内なら火炎放射器の弱点である射程距離も至近距離である為十分届くし、机や木材などで出来たバリケードも燃やし尽くせるし、何より相手の酸素を奪って戦闘能力を削ぐことができるのも大きな利点であった。

 太平洋戦争時、日本軍や米軍が敵陣地に対して火炎放射器をよく使用していたのはこの為である。

 無論、現代ではナパーム弾などの発明により火炎放射器の戦闘用途は姿を消していたが、自衛隊はバルクルス要塞内部の攻略のため、古い装備だったこれを敢えて持ち出して来たのだ。

 

「くそっ!火を吹く武器なんて聞いてないぞ!!」

「撃て!撃て!炎の射程に近づけさせるな!!」

 

 レイフォル残党軍は銃による攻撃を続けるが、それらは全て防弾盾に防がれ、火炎放射器の接近を許してしまう。そしてまた火炎放射器に焼かれ、一室一室、一人一人が焼き殺されていく。

 

「クソッタレ!ニホンの悪魔どもがぁぁぁ!!」

「熱い!助けてくれぇぇぇぇ!!」

 

 自衛隊員達は念には念を押し、降伏しない敵に対して徹底的な火炎放射を浴びせ、ありとあらゆるものを焼き尽くしていった。

 足りなくなる酸素は酸素マスクから補給し、のたうち回る死体を射殺して行き、ついに司令室にまでたどり着いた。

 

「よし、ここが司令室だ!」

「鉄のドアで出来てる……ドリルで穴を開けろ!」

 

 敷設科の隊員達が爆薬を仕掛けるべく、分厚い鉄のドアにドリルで穴を開け、爆薬をセットしようとする。

 そして、穴が外側まで貫通するのを確認して施設科が爆薬を設置しようとした瞬間、その穴から銃撃が轟いた。

 

「がっ!!」

「なっ、衛生!!」

 

 穴に押し当てられたピストルから放たれた弾丸が、敷設科の隊員に当たって血を流させる。

 

「くそっ、こいつ!!」

「抵抗の意志ありか……放射器!焼き尽くしてしまえ!」

 

 撃たれた隊員を衛生兵が見ている間、降伏させるのは難しいと考えた小隊長はその穴に携帯放射器を備え付ける。

 

「放射!!」

 

 炎が穴から噴き出され、密室であった司令室内部はすぐさま炎に包まれる。書類が燃え、参謀が焼かれ、キンジャール司令に燃え移ったとしても、彼は最後まで抵抗する意志を見せた。

 

「爆破しろ!突入準備!!」

 

 そして、扉が爆破され未だに燃え盛る要塞司令部の中に突入していく。残り火を隊員が消火器で消火し、抵抗を見せた参謀を射殺し、大火傷を負ったキンジャール司令に銃を向けた。

 

「来たな……バケモノどもめ……」

「そりゃどうも。悪いがアンタは捕虜にさせてもらうよ」

 

 小隊長は火傷を負って深刻な状態のキンジャールを確保し、こうして要塞戦は終わりを遂げた。自衛隊員達は残りの要塞区画の制圧に移る。

 だが、この戦闘により問題が起こっていた。付近の避難しなかった住民達の件である。

 

 

 

 

 

 

 

 バルクルスの付近には、小さな市街地があった。正確にはヒノマワリ王国、つまりレイフォル国の属国の都市である。

 このヒノマワリ王国、日本とは数奇な運命で繋がっている民族である。それも過去にムー大陸がこの世界に転移した際、その転移に巻き込まれた日本人使節団、その末裔によって作られた国であるのだ。

 だが今の日本人はそんなことなどつゆ知らず、バルクルス要塞へ徹底的な攻撃を行った。それによりヒノマワリ王国の民間人が巻き込まれてしまい、避難を余儀なくされていた。

 

「おかーさん、ぼくたちの街が……」

「……振り向いてはダメよ、行かなくちゃ」

 

 彼らは家財道具を持つ暇もなく、砲撃に巻き込まれて避難を余儀なくされた。中には巻き込まれた負傷者もおり、子供連れもいる。

 

「なんなんだよアイツら、俺たちの街に攻撃しやがって……!」

「レイフォルを殺ったニホンっていう国らしい。俺たちだけじゃなくて、パガンダの奴らまで……」

 

 ヒノマワリ王国はレイフォルの属国であったが、その扱いは決して悪いものではなく、むしろ飢饉の時に食糧を与えてくれるなど、面倒見が良かった。

 だがレイフォルが倒されたことで、ヒノマワリ王国は路頭に迷っている状態だった。どさくさに紛れて独立したが為に、日本の保護も受けられない状態で孤立しているのだ。

 今更庇護下に入ろうとしても、バルクルス要塞が存在した件により残党軍との癒着を疑われ、それすら難しくなっている。

 そしてこの国をさらに窮地に陥らせているのが、難民の問題であった。

 

「とにかく、街がなくなった以上、別の街に行かなくてはならない。とにかく南へ進もう」

「で、でも……俺たちみたいな難民を受け入れてくれるんですか?」

「……分からない。とにかく回っていくしかない」

 

 バルクルス周辺の市街地は焼け出され、彼らも難民になってしまった。とにかく受け入れてくれる街や村を探して歩き回るしかない。

 だが文明レベルが低い彼らに難民を受け入れる余裕はなく、街を転々とし、とにかく南へ流れて行くことになる。そして最終的に大きな都市であるハルナガ京へと人が流れ込んでいくのだ。

 今、ハルナガ京では人が溢れかえり大変な事になっている。とにかく人を食わす食糧も、住まわす土地もなく、かと言って民族的心情から見捨てることもできず、適当な難民キャンプにて過ごしてもらうしかなかった。

 この問題は、のちの日本にも影響を及ぼすことになるのであるが、今の日本にそれを気にする余裕などなかった。

 

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