第一話『罪深き王国』
日本国が召喚された新世界の史実にて、世界の敵として恐れられたグラ・バルカス帝国。
全世界に宣戦布告し、圧倒的な軍事力で周辺国を次々と併合するも、同じ召喚国家の日本に海戦で敗れ追い詰められた侵略国家。
そんなグラ・バルカス帝国は、遅れて召喚される。そして何かの間違いか、それとも神の焦りからか……本来グラ・バルカス帝国が転移する筈だった海域に日本国が召喚された。
中央暦1638年、西暦2015年1月15日の事である。
中央暦1638年2月10日
第二文明圏 ムー大陸西側 パガンダ王国 外交局
ムーの西側に、罪深き傲慢な王国がいた。このパガンダ王国は第二文明圏の列強第五位の国レイフォルと蜜月の関係にあり、彼の国の玄関口として利用されていた。
列強の庇護下に入ったということもあり、パガンダの国民は自信と傲慢に溢れ、そのプライドの高さから他国を見下す傾向にあった。
「ドグラス様、文明圏外国家が話がしたいと来ております」
パガンダ外交局の職員マーサが、外交長を務める王族ドグラスに資料を渡す。
「国交開設を求めてきているのは、日本国という名の文明圏外国家です」
「ほう、どんな国だね?」
「おそらく新興国家です。ですが第二文明圏の事情を全く知らないようで、我が国を通さずレイフォルに直接交渉に赴いたようです。当然門前払いを受けてようやく我が国に来ています」
ドグラスの眉間にシワがよる。第二文明圏の外交事情どころか、パガンダ王国の存在すら蔑ろにするような態度と見受けられたからだ。
「その国、我が国をなめておるのか?国家運営を行う者が、第二文明圏の常識を知らぬわけがなかろうに……」
ただでさえ気性の荒いドグラスは口汚く吐き捨てた。相当機嫌が悪くなっているようである。
「一応、我が国とも国交を開設したいとの事ですが……まあ、レイフォルより優先度は低いようです」
「ふざけた国だ。わしが直々に対応してやろう」
そう言ってドグラスは、不機嫌ながらも日本国の使者と会うことにした。
一方の日本国の外交団は、控え室にて待機するように言われていた。
現在の日本はいきなり異世界に転移し、食糧や燃料の危機が訪れている。食糧に関しては保存食、燃料に関しては備蓄量をやりくりしているが、どちらも保って数ヶ月と言ったところだ。
それなのに遅々としてこの世界の国との国交成立が進まない現状に痺れを切らし、日本国側より外務大臣が直接訪問していた。
「お待たせいたしました、こちらにどうぞ。外交長が対応いたします。なお、外交長は我が国の王族ですので、無礼のないように」
マーサの案内で、日本国の外交団は移動した。するとおよそセンスがいいとは言えない、宝石でギラギラに飾った部屋に通される。その中央に、ドグラスが足を組んで座っていた。
「なっ……!」
日本国のいた地球では、どんなに横暴で悪い噂の絶たない国でも、外交の場面では対等に扱っていた。
しかし、今回日本国の外交団が訪問しているにもかかわらず、パガンダの外交長とやらは椅子に座ったまま足を組んで出迎えた。
部屋には椅子が準備してあり、一時の沈黙のあとも「お座りください」の一言もない。無礼すぎる。地球では考えられない外交態度だった。
顔を引きつらせながらも、日本国の使節は黙って席に座る。そして、外交の為に話し始めた。
「初めまして、我が国はここより西側に位置する国家、日本国と申します。今回は第二文明圏各国と国交を成立させるべく、窓口とされた貴国に参った次第であります」
日本の使節は先ほどまでのさまざまな無礼を頭の隅から追いやり、謙って口を開いた。ここまで酷い扱いを受けて抗議の一言も上げないのは、流石の地球国家から見ても呆れられるだろう。
しかし日本は、この時点で「文明圏」と呼ばれる上位共同体がこの世界に存在することを把握していた。
その枠組みがどういうモノなのかが定かではない内は、軽率な行動を採るべきではない。
外交官たちも、そのような事情をわかっているが故に胃に煮えたぎる不満をあえて我慢していた。
「我が国、パガンダ王国は、第二文明圏列強国レイフォルの保護国である!」
だがしかし、そんな我慢を続ける日本の外交官の努力も虚しく。ドグラスは突き放すように言い放ち、言葉を続けた。
「貴国は第二文明圏の常識すら知らない田舎国家のようだな!文明圏外の癖していきなりレイフォル国に赴くとは、無礼極まりないぞ!」
日本国の使節は文明圏外と言う言葉ももちろん知っていたが、だからと言ってここまで邪険に扱われることは想像していなかった。
日本の外交官たちは、傲慢なドグラスとパガンダ王国の態度にもう飽き飽きしていたが、それをさらにグッと堪えた。外務大臣が口を開く。
「我が国は困難な状況にあり、この地方の常識を認知しておりません。気分を害されたならば、大変失礼いたしました」
「まったく……これだから田舎国家は。まあよい、俺は寛大だからな。挨拶の品で許してやろう」
「挨拶の品?とは、一体……」
外務大臣が聞く。
「そんなことも理解できんのか?ハッ、…礼を知らない文明圏外の蛮族どもめ!おい、こやつらに挨拶の仕方を教えてやれ!」
その指示を受け、パガンダ外交局職員が横から書類を彼らに向かって投げつけた。その内容は、あまりにも酷い腐敗の数々であった。
・第二文明圏との交易に際してはパガンダ王国を通し、関税をかける。関税率は──
・パガンダ王国に対し、第二文明圏国家への口利き料金を支払う。各国への額は──
・当外交局が稼働するため、外交長ドグラス個人に金及び関税の一部を納入する。額は──
「こ、これは……本気で言っておられるのですか?」
やたらと高い関税率に加え、賄賂の額がとんでもなかった。口利き料とドグラス個人への納入額だけでも、護衛艦が1隻建造できてしまうほどの額である。
あまりに酷い内容に、外務大臣も耐えきれず口を出す。
「我が国は貴国と国交を持ちたいだけなのです。このような賄賂を支払い、貴国の腐敗に手を貸す筋合いなどありません」
日本国としては、本当に外交として接したいだけであった。しかし、あまりに酷い対応の数々に呆れ、ついに穏健派で有名な外務大臣も口を改める。
「なんだと!?たかが文明圏外の蛮族が、このパガンダ王族に品格を説くとはな!」
そう言ってドグラスは衛兵を指差した。
「おい!こやつを不敬罪で逮捕しろ!即日処刑だ!!」
「はっ!」
「な、何を!?」
衛兵が立ち上がり、外務大臣を連れ去ろうとする。
「何をするのです!大臣を離せ、即刻だ!これは外交問題だぞ!!」
日本の外交官として派遣された朝田が抗議の声を上げる。しかし、ドグラスにとってその言葉は火に油であった。
「うるさいぞ!衛兵、こいつらに処刑を見物させてやれ!こいつらの本国に、我が国に楯突くとどうなるのか教えてやるんだ!」
「くそっ!やめろ!やめろぉぉぉぉ!!」
日本の外務大臣は、ドグラスが独断で適用した不敬罪により公開処刑されてしまった。そして、残りの日本の外交官たちは国外退去処分となった。
日本国 首都東京
そして、無念ながらに日本に帰国した朝田ら外交官は、外務省で報告を行った。そしてその内容は内閣に伝えられる。
「……以上が、パガンダ王国での外交内容です」
武田首相をはじめとした、日本国の大臣たちが大きく動揺した。その壮絶な内容には言葉も出ずに絶句する大臣も多く、気の弱い女性大臣に至っては口を押さえてトイレに駆け込んだ。
「なんて事だ、佐藤大臣が処刑されただと……」
「無礼すぎる!あり得ない!」
大臣たちもパガンダ王国のあまりに酷い対応と横暴に、怒りが込み上げていた。
「総理、せっかくの外交窓口が閉じてしまいました!このままではこの世界の国との国交を結ぶことが叶いません!」
「どうしますか!?我が国の資源備蓄は残り数カ月で底をつきます!」
「っ…………」
日本がここまで屈辱を呑んで国交を開設しようとした理由……それは転移により燃料資源と食糧の備蓄が危機的状況にあるからだ。
日本は石油がほとんどとれないのは周知の事実である。採れない事はないが、結局数日分の延命にしかならないのである。
それすら今は掘り進めて採掘を進めているが、残り数ヶ月、大体4月あたりには枯渇するという。
「総理……食糧に関しては本当に後わずかしかありません。本当に、どうしますか?」
「…………」
そして食糧。日本国の食料はほとんどを輸入に頼っており、こちらも異世界転移により途絶えてしまった。
現在日本国内の食料備蓄のほとんどは保存食などで食い繋いでおり、配給制に切り替わっている。それでも日本国内の食料は3月には危機的な状況に陥ると言われ、最悪の場合餓死者が出ると分析されていた。
それらを解決するため、第一歩として異世界国家との国交樹立から始めようとしていたのだが、待ち受けていたのは最悪の待遇であった。案の定、国交樹立は出来ず仕舞いで窓口を追い出されてしまう。
「東側との国交樹立が不可能であれば、西側はどうか?」
「西側は、遠すぎます。最低でも島々まで6000km離れており、とてもではありませんが今すぐ国交を結べる状態にありません」
嫌な報告ばかりが届き、日本政府の焦りは募っていた。
「総理、このまま黙って餓死するのも、佐藤大臣が処刑されたのも、見過ごすわけにはいきません!」
「それは、分かっている!」
国土交通省の大臣が、総理大臣の武田実成に対応を迫る。
だが武田総理自身も、相当焦っているのかこのところ眠れていない。ストレスが溜まり、自然と口調が荒くなる。
「だがどうしろというのだ!?海上の採掘も、新たな農地開拓も、一年以上は必要だ!より遠くの国へ行くにも、燃料が足りなさすぎる!」
「分かっております。そこでですが、この件を統合幕僚長と話しました」
「何かあるのか?」
厳田防衛大臣は、大きな覚悟で言葉を続ける。
「パガンダ王国に、報復しましょう……」
その場が静まり返る。そう、それは日本が戦後70年間も守ってきた国是と平和。それを日本自身が打ち破るという事である。
「国是を破り、他国に戦争を仕掛けるのですか!それは侵略ではないのですか!?」
環境相の大臣が、語気を強めて反論した。それもそうだ、日本自身が平和と国是を打ち破るなどあってはならない。少なくとも70年間、日本人はそれが正しいと思い続けてきた。
「では、佐藤外務大臣が処刑されたことを黙認するのか!?政府も国民も、そんなこと許すべきではない!」
だが、厳田防衛大臣はそれに負けぬ勢いで反論する。確かに外務大臣が処刑されるという事態を、容認するべきではない。そんなことを許せば主権国家として崩壊する。
「それに、これを機に戦争を仕掛けパガンダを併合すれば、日本の事情は全て解決しますよ!?いいんですか!?」
「だが、生き残るために他国を侵略するなど……」
「外交努力は十分果たしました!後はもう、それしかないんです!」
確かに外交努力はした。その結果が外務大臣の処刑ならば、もはや宣戦布告をする理由として十分だった。
「私も賛成だ。総理、やりましょう!相手は銃すら知らない後進国です!自衛隊を出動させれば鎧袖一触です!」
「佐藤外務大臣の仇です!滅ぼしてやりましょう!」
「経済も、限界に達しています!奪い取る事でしか生き残れないなら、やるべきです!」
いつもは議論し合い、激しく意見をぶつけ対立している各省庁の大臣が、防衛大臣の意見に賛同を果たした。
この狂気に、武田総理は何か日本にとって大切な物が崩壊するのを感じていた。民主主義や主権ではない。
日本国として、どれだけ他国に出し抜かれようとも戦後70年間守ってきた平和と国是……それが余りにも脆く崩れようとしていた。
「……今、君たちも私も、日本という国の分岐点にいる」
武田総理は心を抉る重圧の中、辛うじて出た声で言葉を続ける。
「このまま国是を守り滅びるか、それとも国是を破って侵略するか、だ」
武田総理は65年前の生まれである。ちょうど戦後教育が始まった真っ盛りの時で、戦争がどれだけ悪かを教え込まれた。
しかし、政治家として勉強していくうちに、時として戦争は「仕方なく」生まれてしまうことも学んだ。
外交の失敗と国同士の亀裂が、戦争という結果を産んでしまうのだと。戦争は「起こす」物ではない、「起きてしまう」事なのだと。
「私は、生き延びることを選択する。国民の生命と財産を守る努力を邪魔するのであれば、そいつらから奪うしかない……」
そして今、日本国を取り巻く環境はその状態に突入していた。それはもう、止められないであろう。
「……自衛隊の出動を。日本国の生命と財産の保護のため、パガンダ王国への報復のため、自衛隊の出動を命ずる!」
それを聞いた大臣たちが、覚悟の座った目で頷いた。
「総理、引き金は貴方にだけ引かせる物ではありません。我々一同、そして日本国民全員で引き金を引く必要があります」
「国民も、きっと理解してくれるはずです。総理の責任ではありません、私も責任を負います!」
彼らは皆、この行為の結末を、全て覚悟していた。
「皆……ありがとう」
そうしてその日の午後、日本国政府の公式発表が、武田総理自らの手で行われた。日本各地のテレビに、武田総理の覚悟が映る。
『みなさんご存知の通り、現在の日本国は、異世界に転移したことにより危機的状況に陥っております。資源も食糧も、あと少しで備蓄が切れ、日本国民全体が飢えと苦しみに苛まれることになります。
それを避けるべく、数日前、パガンダ王国との国交樹立を目的とした外交使節団が派遣されました。
外務省、および佐藤外務大臣は国交開設のために最大限の努力を致しましたが、彼らは……信じられないことに、巨額の賄賂と属国化を求めてきました。そして交渉の余地なく、非道な論理で、その場に居合わせた佐藤外務大臣を処刑してしまいました』
沈鬱な表情で俯く武田総理に、一瞬だけ記者のシャッターが切られる。再び顔を上げた時、武田総理は怒りの様相、そして果てしない覚悟を宿した目を見せた。
『……私たちは、このような蛮行を決して許す事はできません。今回の処刑を実行したパガンダ王国には、その身を以って報いを受けてもらわなければなりません!』
武田総理の強い言葉に、記者も国民も、日本全体が息を呑む。
『我が国には、かつて無い災難が訪れております。生き延びるための外交努力は全て無と化し、非道な異世界国家により日本国民の生命と財産が、その全てが危機に陥っております。
我が国の政府には、国民の生命と財産を守る義務があります。しかしながら、これを守るにはもはや他者から奪い取るしか方法は残されておりません。そうです、パガンダ王国を攻撃するのです!』
記者も、カメラマンも、その言葉に大きな衝撃を受ける。テレビの前の国民も、思わず音量を上げて食い入るように見つめる。
『我が国は平和を愛する国でした。しかし、パガンダ王国は腐敗を是とし、拒絶し、日本の生命と財産を脅かしています!
我が国は、選択を迫られております!このまま国是と平和を守り、朽ちて滅びるのか、それとも他者から奪ってでもこの理不尽な世界を生き延びるのか!』
武田総理の言葉に、シャッターを切ることすら忘れてしまう記者たち。いつもはスキャンダルを追い求める彼らですら、総理の言葉に心を打たれていた。
『日本政府は、生き延びることを選択しました。理不尽な他者から奪ってでも、この世界を生き延びる。それが日本が70年も守ってきた平和を打ち砕く侵略行為である事は明白です……私は、この行為に関する全ての責任を負いましょう……!』
総理の言葉に胸を打たれた国民は、あらゆる場所で考えた。異世界に転移した身として、日本国民として、1人の人間としてどうあるべきかを。
『我が日本政府は、苦渋の決断をいたしました。日本の生存のために必要な各種資源を確保するべく、パガンダ王国へ報復を行う事を!』
その言葉の瞬間、シャッターがはち切れるように光り、武田総理を包み込む。
『既に首相命令として、陸海空各自衛隊に対し、パガンダ王国への先制攻撃を指示いたしました!これは戦争です!他国への宣戦布告であり、侵略行為であります!
しかし、出来ることなら、出来ることであれば国民の皆さんにも、どうか生き延びるために理解してほしい!たとえ世界がどんなに理不尽でも、立ち向かい続けると!その為には、平和を捨てる覚悟を持たなければならないと!』
たけましいフラッシュの中、武田総理は強く言葉を発した。その片目には、涙が流れている。
『70年の平和を守ってきた日本の国是を破る事、どうか、どうか許してほしい!この内閣総理大臣武田実成は、その罪を全て背負いましょう!!』
その日は、日本最大の分岐点とも言われている。日本の国是が破られた日であり、日本国民全員が癒えぬ十字架を背負った日であった。