今回の話は苦手な外交の話なので、時間がかかっていまいました。
それから、最近ご指摘などが多く見られるようになったので、感想欄の中ではなくこちらの活動報告の方でご指摘コメントを集約したいと思いますので、よろしくお願いします。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=293722&uid=140339
神聖ミリシアル帝国 帝都ルーンポリス
政府中枢 アルビオン城
この日、神聖ミリシアル帝国の首都ルーンポリスはどんよりとした曇り空に覆われていた。昨日降った雪雲の名残であり、気温は未だ低い。生憎この天気の為、外に出ている人の姿は晴れの日よりかなり減っていた。
しかし帝都ルーンポリスの中心部、アルビオン城では空調魔法が行き届いており、暖房の役割を果たしている。そのため政府高官らは、この冬でも室内に限って言えばコートを脱いで仕事をしている。
だが今回もこの部屋、皇帝ミリシアル8世の執務室は相変わらず冷え切っていた。暖房は効いているが、皇帝ミリシアル8世からの覇気と気まずい空気が、この部屋の気温を寒くさせる。
ミリシアル8世はソファに座る男性高官ら──メテオス、ワールマン、イレイザの三人──を全く見ずに執務仕事を行う。彼ら三人から話を振ってくるのを待っているのだ。
しかしそれでも話が進まず、彼らは緊張して話しかけてこない。ミリシアル8世はため息をつき、仕方なく話を切り出した。
「事の顛末を話してみよ」
「っ……」
ミリシアル8世の言葉に3人はぴくりと反応し、冷や汗を流す。
しかしここに入る前、事前に誰が皇帝に事の顛末を話すかは決めてあるので、担当で貧乏くじを引いたメテオスが説明を行う事になる。
メテオスは一旦咳払いを挟み、比較的冷静を装って話を始める。
「……去る三日ほど前、我が国の極秘研究施設であるエリア48にて、侵入者が現れました。最初は基地各所で爆発が発生し、それに乗じて基地要員を人質に取る凶行に及びました」
「それで?」
皇帝はじっと睨みを効かせ、メテオスを萎縮させる。普段から目上の人間であろうと臆する事なく喋るメテオスにしては、かなり珍しい光景だった。
「っ…………人質をとった敵侵入者は、囮だったことが判明しました。騒ぎが治まりかけたその時に火災警報が鳴り、確認したところ……鹵獲した例の無人機が破壊されており──」
「たわけが!!」
皇帝の怒号が、あまり広く無い皇帝の執務室に短く反響した。その鬼気迫る勢いに、三人は完全に固まってしまう。
それもそうだ。前回の空軍の失態に続き、今度はエリア48に侵入者が現れ好き放題していったのだ。軍の威信に関わる大事件が、二度も立て続けに起きたのだ。皇帝の怒りは頂点一歩手前であろう。
「最重要施設のエリア48への侵入を許した挙句、鹵獲した無人機を破壊されるとは、なんたる失態だ!基地の警備は万全ではなかったのか!?」
「っ……も、申し訳ありません……!」
とは言っても、基地の警備には陸軍との難しい関係性やエリア48の秘匿性が特殊すぎるのも含まれているが、彼らはそれを口にできない。
仮に口にしたところで、ミリシアル8世に言い訳と見做されて終わりだろう。だから言えそうになかった。
「あの無人機は、我が国への領空侵犯をした不届き者の正体を掴めるチャンスだったんだぞ!その技術だって、計り知れないものがあった!それをみすみす、破壊されてしまうなど……!」
皇帝は椅子から立ち上がって、拳を机に叩きつける。その怒りは頂点に達し、さらにメテオスらを追求しようとする。
「そもそも基地司令は何故ここにいないのか! 基地の最高責任者が不在とは、どういう了見だ!?」
「……死にました」
しかしそこで、メテオスの言葉が皇帝の怒りに冷水を注いだ。事情を書類でしか知らなかった皇帝は、その言葉に引っかかって聞き返す。
「……なんだと?」
「ですから、基地司令は死にました。殉職です」
「……彼は最後、勇敢にも侵入者らに噛み付きました。それがきっかけで、射殺された模様です」
メテオスの言葉に、イレイザが補足する形で繋がり、皇帝の熱は一気に冷めていった。深くため息をついた皇帝は、椅子にゆっくりと深く腰掛ける。
「……すまなかった、軽率な発言をしてしまったな。死者数は確認していたが、まさか基地司令が含まれているとは」
「いえ……まあ、事件からわずかな事ですから情報が錯綜するのはあり得る事です」
やるせなさから謝罪を行った皇帝に対し、気まずそうにフォローを行うメテオス。しばらくの間、執務室に沈黙が流れた。
「……メテオスよ」
「はっ」
「今回の侵入者は、何処の奴らの仕業だと思うか?情報局は調査中、調査中と言うばかりで、実際にどうなのかが分からん」
皇帝が問いただしたのは、これほど手際のいい破壊工作を行った敵の正体である。実際にミリシアルは対応が後手に回った挙句、敵の正体に関しても掴みきれていない。
皇帝はそんな情報局の怠慢にも怒りを抱いていたが、実際のところ敵がどういう組織でどういう部隊だったのかは、現場にいたメテオスらの意見を聞きたかった。
「そうですね……敵が何者なのかはまだ分かりませんし、決定的な証拠もありませんが……今回の事件は、かの無人機を送り込んできた不明国の、特殊部隊の仕業だと思われます」
「特殊部隊?それは何故だ?」
「あまりに手際が良すぎるんです。どのような手段を用いたのか分かりませんが、敵は秘匿されているはずのエリア48まで単独でやってきました。非常に練度が高くなければ、外国からの単身侵入というのは達成できません。特殊な訓練を受けた専門部隊だと予想できます」
「ふむ……」
メテオスから特殊部隊に関する説明を受けてもなお、ミリシアル8世はあまり納得はいっていなかった。いくら様々な執務を数百年続ける皇帝といえど、特殊部隊に関しての理解は浅かったのだ。
それもそのはず、海外や戦地で普通じゃない任務を行う特殊部隊という概念は、ここ数十年の間でやっと形になった存在であり、その地位も陸軍の中では"変人"の部類だ。
確かに練度や特殊技能に関しては目を見張るものがあるが、旧態依然とした伝統に縛られたミリシアル陸軍の実情の中では、特殊部隊の地位は確立しきれていないのが現状である。
「さらに言えば、最初の爆発や逃走車両、狙撃手の配置など、作戦のバックアップとして用意周到な面もあります。彼ら目線で見れば、作戦目標は無人機の残骸の破壊で、それは達成されたという事になります」
「つまり、敵は無人機を送り込んできた国と同一なのは、間違い無いのか?」
「おそらくそうでしょう。しかし、国を断定できるほどの証拠はありませんし、最終的にそれも破壊されました」
「……無人機の所有者の疑惑には、確か西方の二ホン国が入っていたはずだ。その証拠すら掴めなかったのか?」
「はい、決定的なものは全く。むしろ……疑惑は多方面に拡散するばかりです。こちらをご覧ください──」
そう言ってメテオスは傍の鞄から資料を取り出し、おもむろにソファから立ち上がると、皇帝の執務室の机上にその資料を差し出した。
「これは?」
「こちらは現地から見つかった敵部隊のものと思しき薬莢です。この中から、魔石炸薬の成分が大量に検出されました」
「魔石炸薬だと?しかし機械文明で魔石炸薬というのは……」
「そこなんです。おそらくですが、ニホンなどの機械文明とは違う国の可能性もあります」
魔石炸薬とは、簡単にいえば魔石を用いた火薬の一種である。機械文明が扱う火薬に対抗して作られた薬品であり、雷管や不安定魔石を激針で叩けば爆発するなど、機械式の火薬とも互換性があるのが特徴だ。
アルタラスやパーパルディア皇国などが魔導砲やマスケット銃の炸薬として使用する他、第二文明圏ではマギカライヒなどがボルトアクション銃の弾丸に使っていたりする。ミリシアル本国でも狙撃銃の弾丸としても使用する為、その存在は広く知られていた。
しかし機械文明なら火薬を使えば済む話であり、わざわざ魔石炸薬を用いるメリットが無いので、機械文明だと伝え聞く日本が使うとは考えにくかった。
──実際のところ、日本は今回の作戦で魔石炸薬を使った弾薬を使用している。
半年前、防衛装備庁はマギカライヒ連合から魔石炸薬を試験的に購入し、それを用いた弾薬を試作していた。
相模原の陸上装備研究所にて、マギカライヒの精錬済み魔石炸薬が現代の無煙火薬とほぼ同じ性能という驚異的な事実を確認した防衛装備庁は、5.56mm口径の魔石炸薬弾を試作。
富士駐屯地で89式小銃による試射も行い、結果は上々だったが、先述した通り日本では火薬を使えば済む話なので正式採用はされなかった。
が、特戦群では魔法文明国での作戦で状況を攪乱することを目論み、わざわざ魔石炸薬弾を用いたのである。
狙撃班を除き、先の作戦では拳銃から小銃まで全てにおいて魔石炸薬弾を使うことで、ミリシアル側の攪乱を図ったのだ。
「しかも研究棟の焼け跡から、このようなガスマスクも見つかりまして……こちらは、素材から見てグラ・バルカス帝国製の可能性が高いのです」
「グラ・バルカスの……?」
「さらに研究棟跡やゴミ処理場から複数の自動小銃が回収されましたが……情報局によると、いずれも二ホンやグラ・バルカスの採用している銃と異なるそうです。しかも研究所跡とゴミ処理場で回収された銃は、機械式の銃という点で共通していましたが、それ以外は口径どころか工作精度まで異なっていまして……」
それらの銃器は、特戦群第四分隊がブラフとして置いていったAK-74Mと、シーン暗殺連隊の装備していた試作突撃小銃MKb-41のことである。
ミリシアルの情報局は、両国の正式採用している銃器についてある程度の情報を掴んでいるが、流石に正式採用していない銃器の情報は掴んでいない。
「どういう事だ?まさか、犯人は二ホンではないということか……?」
「分かりません、これらも相手の欺瞞工作だった可能性も充分にあります。ですがこれらの証拠が出ている以上、我々は他の方面にも疑いを向けなければなりません」
決定的な証拠ではなく、散りばめられた疑いや疑惑ばかりが出ている以上、調査する対象は分散しなければならない。欺瞞工作としてはこの上なく用意周到で、非常に効果的な方法だった。
今のところ日本に対する疑いは深まったが、それを追求したところでどうなることやら、少なくとも日本が素直に認めてくれるとは思えない。やはり日本を追求するには、決定的な証拠が必要だった。
「はぁ……してやられたな」
「はい、残念ながらその通りでございます。相手は証拠隠滅を達成し、それどころかブラフを残して去っていきました。これでは、我々の対応は後手に回るばかりです」
「今後の対策としては、国内のスパイ対策とテロリストへの対処が必要になるな。エリア48の情報もどこから漏れたんだか……」
「それだけでなく、特殊部隊への対策もお願いしたく思います。少なくとも基地警備部隊が特殊部隊への対策を全く心得ていないというのは、敵の工作作戦に対して非常に脆弱になります」
メテオスがそう提言するのを聞いて、皇帝も頷いた。
「ああ、そうだな。なら各軍の特殊部隊の増強と、基地警備部隊の対応訓練を盛り込もう。それから陸軍の火器や兵器に関しても、見直さなければならない箇所がありそうだ」
「我々魔帝省も、古代兵器の解析と開発を推進し助力するつもりです。それから来る不明国との衝突に備え、各学院に対して生産体制の増強を指示するべきかと」
「分かった。命令はこちらでまとめておこう」
こうして、皇帝ミリシアル8世の命令が再び下り、今度は陸軍や基地警備部を中心に大規模な軍事改革が進められることになる。
この過程で、ミリシアルはかねてより進めていた特殊部隊の設立を推し進め、いくつかの部隊が設立されることになる。
各軍の精鋭を母体に、陸軍ではミリシアル特殊空挺部隊*1が、海軍では特殊舟艇部隊*2がそれぞれ設立される運びとなる。
これらの部隊は新世界大戦でも活躍することとなり、日本による特殊作戦でミリシアルは真実こそ追求できなかったものの、特殊部隊の基礎を築くきっかけとなったのだ。
レイフォル特区 レイフォリア
日本国外務省 在レイフォル出張所
ミリシアル8世が軍の改革の命令を出したその一方で、レイフォル特区のレイフォリアに存在する日本国外務省の在レイフォル出張所では、今まさに舌戦が繰り広げられようとしていた。
交渉のテーブルに座るのは、ミリシアル外務省の対日外交団のメンバーと、日本国外務省の近藤率いる対第一文明圏の外交官メンバーである。
「結論から言えば、我がミリシアルは貴国に大きな疑惑を抱いています」
開口一番、ミリシアルの対日外交団の一員を務めるフィアームは、女性らしからぬ強い口調で日本に激しく追及する。
しかし日本側の外交官の反応は比較的冷静で、何も動じずに背筋を正して話の続きを聞いている。列強一位のミリシアルの外交官が相手でも、だ。
「概略にある通り、我が国は外国勢力と思しき偵察機の"攻撃"を受けた被害者です。偵察機は撃墜しましたが、その外国勢力は残骸に対して破壊工作までも行ってきました!これは我が国に対する、明確な脅威であります!」
フィアームは途中、多少口調が荒くなりながらも日本側に言い切る。それに対し、日本側は要点をまとめて聞き返す。
「なるほど。つまり貴国は我が国に対し、その工作の犯人と疑っているわけですね?」
「そうです!仮に貴国が犯人だった場合、我が国は厳しい政策を行なうのを意識していただきたい!」
日本側の大使を務める外交官の近藤は、列強一位のミリシアルから激しい追求を受けているにもかかわらず、あまりにも冷静だった。
別に近藤は、相手が女性だからといって見下しているわけではない。ただフィアームの言っていることがあまりにも予想の範疇だった為に、冷静に対処しているのだ。
渡された資料を見た近藤は、特徴的なツーブロックの髪型を一撫でして「ふむ」と呟く。その後すぐに目線を上げると、逆にフィアームの理論の矛盾を突くべく発言をした。
「疑問ですね……貴国から頂いた地図によれば、このカンブリット付近は荒野しかない辺鄙な場所の筈ですが?」
「だからなんです?」
「いえ、仮に我が国が貴国を偵察出来る程の長距離偵察機を保有しているのであれば、こんな辺鄙な所ではなく都市部などを偵察するのが普通なのでは?と思いましてねぇ」
「っ……」
痛いところを突かれて、フィアームは口を詰んだ。まさかの方向から逆に追求され、外交経験が不足しているフィアームは即座に答えられなかった。
「それとも、ここには何か特別な施設か何かがあるのでしょうか?まあ、秘密のままでも構いませんが」
実際には、この場所にミリシアルの極秘研究施設であるエリア48があるのだが、そんな事実を言えるはずもなかった。言えば逆に日本側から激しい追求が行われるし、本国からも大目玉を喰らう。それは外交上の敗北だ。
しかし、ここで黙っているわけにはいかないフィアームは、まだ巻き返せると思いつつ反撃を行う。
「し、しかし!実際に偵察機がこの場所に来たのです!撃墜した偵察機を解析したら、科学文明の製品が多数使われていました!これは決定的な証拠ではないのですか!?」
「無人機が科学文明製だからと言って、我が国の仕業とも言いきれないのも事実なのでは?」
「しかし偵察機は我が国の西側から……」
「この機体にそんな長大な航続距離が有るのなら、ムーの仕業に見せ掛ける為に、グラ・バルカス帝国がムーレリア海の海上を大回りしてやって来た可能性だってあり得るではありませんか?」
「っ……」
ムーレリア海とはムーとミリシアルの間に位置する海域である。確かに偵察機がその広大な海域を渡れる航続距離を持つのであれば、別の場所から飛び立って大回りして来た可能性もあり得る。
「それに、ムーレリア海の一部島嶼部にはグラ・バルカス帝国資本の空港があるようですし、結びつきも強いです。この説の方がわが国が犯人であるという論調より、よっぽど説得力があるように思えますが?」
「…………」
まさか逆に矛盾を追求されるとは、フィアームは思っていなかったので、彼女は言葉に詰まる。
彼女も一応はベテランであるが、今までの外交交渉では文明圏外国が相手だった為、激しい追求を行えばミリシアルの立場上相手は簡単に頷いていた。ここまで反論してくる相手は、フィアームにとって初めてだった。
言葉に詰まるフィアームに代わり、傍でそれを見守っていたベテラン外交官が補足を行う。
「しかし、その後に破壊工作をしに来た工作員は自動小銃を所持していました。自動小銃はグラ・バルカス帝国でも簡単に配備できる代物ではありません」
「そ、そうです!それに相手は実弾を用いて来ました!自動小銃の実弾は相当な技術力を持つ国でなければ配備できるものではありません!」
ベテラン外交官の補足を受け、フィアームがさらにその論調に付け足す。しかし日本側の近藤は再び自身の頭を撫でると、冷静に言い返す。
「とは言いましてもねぇ、それらの状況証拠で我が国の工作員と判断するのは、些か飛躍しすぎではございませんか?」
「しかし現実に科学文明の武器が……」
「機械式自動小銃なんて、今時は半魔法文明のマギカライヒですら使用している代物ですよ?しかも、貴国が狙撃銃などで使うマジックアモ*3やシルバーブレット*4ですら、グラ・バルカス勢力圏のロデニウスも使用しています」
「そ、それは……」
ミリシアル側の反論がさらに大きな証拠に叩き潰され、フィアームらミリシアル側は再び言葉に詰まった。
事実、ここ最近の第二文明圏諸国では、ムーを筆頭に多くの国が自動小銃を配備しているという。ただしこれは、少しでも外貨を稼ぎたい日本が自動小銃の輸出を開始したからだった。
加えて、ロデニウス大陸諸国ではグラ・バルカス製の輸出銃器用に魔石炸薬弾が使われており、さらに実弾系の火器はミリシアルも大量に保有しているのが事実だ。
「それに、そのグラ・バルカス帝国ですら自動小銃に関してはだいぶ研究が進んでいるようで、幾つか試作量産されていると聞き及んでおります。それから第三文明圏においては、アルタラスやロデニウスなど、グラ・バルカスと銃器を共同開発している国もあります。別に自動小銃は我が国の専売特許というわけではないのですよ」
「…………」
近藤が展開する数々の類似点や矛盾点の指摘には、思わず端で静観していた西部担当外交部長のシワルフですら、思わず舌を巻いた。
予め情報を収集すると言うのは、外交において相当なアドバンテージである。数々の事前情報を揃える事により、多角的な追及をそらす手段に足り得るのは地球では当たり前のこと。
それは如何に外交下手と前世界で評価された日本ですら、基本中の基本であった。地球で色んな問題を引き起こした国々と言い争ったその外交経験は、前世界ではあまり通用せずとも、この世界では無類の
「それに貴国の学院では、最近青年学生の間で"機械文明や科学技術を積極的に取り入れるべき"と言う論調が立っており、派閥を組んでいるとの情報も小耳に入れましたが?」
「………っ!!」
「大方、血気盛んな若者がテロを起こし、研究基地を襲って残骸も破壊したようにしか私共には見えませんなぁ………」
近藤が皮肉と裏の意味を込めたその言葉には、フィアームは思わず戦慄してしまう。今の言葉は、なんらかの方法でミリシアル国内の事情を把握している事を意味しており、ある種の警告と言えよう。恐ろしいまでの外交手口だった。
「よくも平然とそんなデタラメを……」
「デタラメですか……仮にデタラメだと言うのであれば、決定的な証拠を見せていただきたいですね」
「そうです。噂や状況証拠のみで我が国を非難するのは、ご勘弁願いたいですな」
「くっ…………」
その後しばらく舌戦が続いたが、ついにミリシアル側は日本側に完全に指摘を逸らされ、決定的な証拠もなく話は平行線となった。
プライドの高いミリシアル外務省としては、初めて味わう空気である。
数時間後
在レイフォル出張所の控え室
平行線に逸らされた交渉の中、敗北感を味わったミリシアル外交団は休憩として控え室に案内された。
「くそっ、あの陰湿角刈り男が!!」
控え室でテーブルに拳を叩きつけ、八つ当たりするフィアーム。その胸の内には大きな敗北感と悔しさが滲んでいた。
ちなみに"陰湿角刈り男"とは近藤の事である。この世界では珍しい日本人男性のツーブロックの髪型は、新世界の人々からは"角刈り"と表現されている。
「エリア48が極秘施設だと言う事が災いしたな……」
「ええ……それに、自動小銃の件もカードになりませんでした」
基地の秘匿性故にカードを切れない事を、シワルフと他のベテラン外交官は憂いていた。その事情は黙って下を向くフィアーム自身も分かりきっているが、自国に絶対の自信を持っているが故に、悔しさの方が勝っている。
「この様子だと、日本の影響下にある第二文明圏の各国も話を逸らしてくるだろう。日本のバックアップもある上、情報も共有されているからな」
「そ、そんな……これじゃあ我が国が泣き寝入りじゃないですか!」
その事実がのしかかるほど、プライドの高いフィアームはそれを良しとしない。彼女自身もなんとか決定打を見つけようとしていたが、結局力不足だった。
「決定的な証拠が無いからな。状況証拠では決定打を得られない」
「ですが、我が国には多数の友好国がいます!彼らを焚き付け、味方とすれば……!」
「仮に我が国の友好国とで纏めて掛かったとしても、その数は日本の友好国群とトントン……と言うところだろう。それじゃあ意味がない、話が均衡してしまう」
「なら、我々は先手を打って友好国と共に非難声明を……」
「フィアーム君は、中央世界と第二文明圏の全面戦争でも望んでいるのかね?」
「っ……」
シワルフからの核心をついた言葉に、フィアームは言葉に詰まった。敵である日本だけでなく、味方のベテランからも追求を返された事に、フィアームは強いショックを受ける。
「……すみません。外交官として軽率でした」
「良いさ、君の経験が浅いのは仕方ない」
シワルフは優しい言葉を投げかねるが、実際のところ、この件が戦争につながるのだけはシワルフは避けたかった。
第二文明圏の各国では、陸上戦力を中心として大規模な近代化と増強が繰り返されている。武器の提供元は日本であり、彼の国は旧式となった兵器やモンキーモデルの兵器などを第二文明圏に対して輸出しているという。
特にムー連邦は目覚ましい近代化を遂げており、日本製の自動小銃や防弾チョッキ、さらには装軌式の装甲車や戦車などをすでに大量に配備している。
その配備数は政府中枢の管区に偏っているものの、日本の友好国かつ列強第二位の大国としては非常に強力なものだ。もしも全面戦争になれば、上陸したミリシアル側も大規模な損害を出すのは確実である。
そして黒幕である日本の兵器に関しては、未だ多くの謎が残っている。一応輸出兵器などからその技術力の一端は見られるが、本国の"ジエイタイ"とやらがどのような兵器を配備しているのかは、未だ不透明なままだった*5。
噂では"誘導魔光弾を実用化している"とか言われているが、それらは噂の域を出ない。
「……そう言えばこの件、グラ・バルカスはなんと?」
「ああ、なんでも"我々は知らぬ存ぜぬ"だそうだ……我が国に寄るでも反するでもなく、あくまで中立的な態度だったらしい」
グラ・バルカス帝国は、この件には全く関与せず中立を決め込むことにしていた。共栄圏の構想が纏まり、クーデター政権下のパーパルディア皇国との睨み合いが続いている以上、ミリシアル側に関与する理由も余裕も無いのである。
──実際には、グローバルホークを巡って特殊部隊を送り込んだが。
この件に関しては、今グラ・バルカス帝国国内で秘密裏に論争となっている。特に上司の判断を仰がず、勝手に特殊部隊を動かし武器を提供した外交大使のダラスに関しては、厳正な処分が下されるとのことだ。
「あの国らしい対応ですね……でも、日本に関してはあまり良い印象を抱いてないのは共通のはずでは?」
「ああ、そのはずだ。あの国もムーレリア海の島嶼部の投資競争やら、第二文明圏での利権やらを諦めきれていないからな」
「なんとか味方に引き入れられれば、心強いはずですが……」
「無理だろうな、あの国の態度を見るに」
ちょうどその時、指定された休憩時間が終わった。
「そろそろ仕事だ、行くぞ」
「……はい」
その時間を受け、ミリシアル外交団のメンバーらは立ち上がり、資料などを纏めて控え室から交渉の席に戻って行く。
その後も何回かに分けて日ミ間でこの件に関しての追求が行われたが、結局ミリシアルは決定打を与えることができず、この件で泣き寝入りをすることになる。
これはミリシアルの外交史においては、屈辱的な敗北として描かれている。しかし本当の犯人である日本側には全く記録がなく、歴史から完全に抹消されていた。
情報コラム
・グローバルホーク撃墜事件後の情報省
ミ帝の地対空ミサイルの存在を見抜けなかったこと、特戦群がエリア48でミ帝特殊部隊に待ち伏せされたこと(実際は偶然遭遇したグ帝特殊連隊)などから、情報省は諜報機関としての能力に疑問符がつけられた。
これを受け、情報省は大規模な改革を実施する。
まず、人員数は8000人に拡充され、いままで防衛省C棟内の旧情報本部の区画に仮設置されていた本部は、都内に新設された専用の庁舎へと移設された(この庁舎は倒産した外資系企業の土地に建てられた)。
また、工作員への再教育も図られ、陸自の情報学校へ工作員を仮入校させ、今まで防諜活動の経験が主だった工作員らに工作活動の技術を学習させることが開始された。
さらに米国大使館に協力を依頼し、ニュー山王ホテルの米国CIA日本支局から指導教官の招聘も行われた。
また、情報収集を行っても、破壊工作自体は自衛隊の特戦群や中央情報隊などに任せることが多かったため、情報省が自前の「実行部隊」を保有することも検討されている。
・元米海軍原潜サンフランシスコのその後
海自に編入された米海軍原潜サンフランシスコは、もともと旧式艦で、本来なら2017年に米海軍艦として退役する予定だったこともあり、こちらの世界でも数年遅れで退役。ほうしょう型原潜の艦載用原子炉の参考資料となった。