【速報】パーパルディア皇国、無条件降伏へ
『長らく続いた戦いが、遂に終結した。パーパルディア皇国軍による第三文明圏での一連の軍事侵攻により、グラ・バルカス帝国軍は軍事行動を決断したのが去年の12月ごろ。そして今年の4月中旬頃、遂に皇都エストシラントへの上陸作戦が敢行された。情報機密の観点から発表は遅れたが、半月に及ぶ攻防の末、エストシラントは74カ国連合によって陥落したとの事だ。
パールネウスへ逃亡を図ろうとした皇女レミールは我が国の特殊部隊によって確保され、同時に幽閉されていた皇帝ルディアスも安全を確保された。パールネウスの戦線に関しても、74カ国連合によって突破され陥落したとの事。
これらの戦闘での敗北を受け、パーパルディア皇国軍部は無条件降伏を受諾。去年12月のクーデターから約半年に渡る戦争が、遂に終結したのだ。これを受けグラ・バルカス帝国を含む74ヵ国連合では、正式に戦勝宣言が行われることとなる。我々はこの世界に転移してから、久方ぶりの平和を謳歌できるようになったのだ。』
──中央暦1641年5月8日 グラ・バルカス帝国 ディ・ヴェルト紙
グラ・バルカス帝国 帝都ラグナ
定例軍本部会議
パーパルディア皇国との戦争に勝利し、その経済圏と発言力を確固たるものにした東の強国、グラ・バルカス帝国。
戦争が終結したことを受け、帝都ラグナでは第三文明圏各国を招待した戦勝パレードが行われ、皇帝グラ・ルークスによる勝利宣言も行われた。これらの出来事により、第三文明圏の各国は、グラ・バルカス帝国軍の精強さを実感し、より強固な関係を築くようになる。
さて、その勝利の余韻もかなり冷めた頃。
グラ・バルカス帝国の軍事組織を纏める総本山、"軍本部"の庁舎。その建物の中で最も広い場所にある大会議室にて、定期的な軍本部会議が行われていた。
「──以上の事から、我々は西方の転移国家、ニホン国を独自に注視しておりました」
そんな大会議室にて、東部方面艦隊の艦隊司令長官、カイザル・ローランド大将が壇上に立ち、黒板に貼られた写真や資料を前に解説を行なっていた。
「ニホン国の実力は未知数であり、その保有される技術力にも計り知れないものがあります」
カイザル大将は写真や資料、そして日本の勢力圏から入手した大量の物品を元に、日本の脅威を力強く訴える。帝国三大将の一人ということもあり、周囲の軍人達は彼の言葉の数々を真剣に聞いていた。
「目の上のたん瘤であったパーパルディアは倒れ、次なる脅威はニホンになり得ます。しかも我々が独自に入手した情報によれば、ニホンの技術力は凄まじく発展しています」
カイザル大将は資料を手に、日本が持つ技術力の高さを訴える。軍人達は配られた日本製の品物を一つずつ見聞しながら、話の続きを聞く。
「皆様に見せた計算機、ラジコン飛行機械、そして鹵獲した短機関銃などの数々からもそれらは判明しております。正直言って、我が帝国でも勝てる相手ではないでしょう。私はこの場を借りて、ニホンとの戦争は避けるべきだと強く主張する次第であります」
カイザル大将はそう言って報告を終え、一礼を挟んだ。それを傍聴していた軍人達の反応は、様々だった。
日本製の物品の精密さに驚き、カイザル大将の話を真面目に受け止める者。
逆に日本製の物品や資料を見ても、現実的な話として受け入れられない者。
または、そのどちらにも立てずに半信半疑のまま話が流れるのを待つ者。
全体的な反応は悪くなかったが、やはり頭の硬い軍人全員に脅威を浸透させるのは難しかった。完全に浸透させるには、後もう一押しが必要だろう。
「発言ご苦労、カイザル大将殿」
カイザル大将の報告を受け、陸軍の席から一人の高級将校が挙手をし、発言を行う。
「確かに貴殿の言う通り、ニホン製と思われるこれらの製品は相当な技術力を持ってして作られている。その性能もさることながら、価格帯に関してもニホンの底力に関する一端が見えてくるだろう」
陸軍将校はそう言ってカイザル大将の報告を概ね肯定するが、その後すぐに逆の意味の言葉を続けた。
「しかし疑問だな……カイザル殿はこれらの事を"あくまで日用品"と言うが、何故日用品程度の技術力で、軍事でも負けると言い切れるのだ?」
なるほど、あくまで日用品は日用品程度と言うことか、とカイザル大将は受け止めた。
確かにこれらは日本にとっては日用品程度の品物であり、軍事的な脅威とは直接結びつかないだろう。
しかし、これらに使われている技術は軍用品に転用可能ということも知っているため、日本は脅威であるわけだ。カイザルはそれを伝えるべく、反論を行う。
「……それら日用品が二束三文で売られていると言う事実は、軍用品となれば、それらがさらに霞むレベルの兵器となることが想像されるからです」
「たかが計算機、それが薄くなったところで何になると言うのかね?」
「そうです。そもそもニホンと我が帝国では、あまりに隔絶した国力差があるではありませんか。何を恐れると言うのです?」
陸軍将校に加え、今度はカイザルとは逆の思想を持つ海軍士官が、陸軍に便乗するようにカイザル大将の言葉を否定した。
陸軍だけではなく、カイザルと同じ海軍の中にも、日本に関する脅威が浸透していない層がいた。その存在は予想していたが、カイザルの予想より数が多かった。
「こちらでもニホンに関して調べてみましたが、ニホンの海軍は今の所、空母の保有数があまりに少なく、戦艦に至っては今になって急いで建造していると聞き及びます。そんな軍事的弱小国を相手に、我が帝国が負けるはずがないではありませんか」
「そうです。陸でも海でも、ニホンに負ける要素など一つもありません。何故戦争を避ける必要があるのでしょうか?」
「それとも、なんでしょうか?カイザル殿は例の特殊部隊を用いたのと同様に、勝手な外交路線の変更でもするつもりですかな?」
「…………」
敵対派閥から嫌味を言われ、カイザルの眉が眉間に寄る。カイザルは下品な嫌味が嫌いだった。
その嫌味に反応したのか、カイザルの部下達が席から立ち上がって、勢いに任せた反論を敵対派閥に対して投げかける。
「異議あり!その件は皇帝陛下のご慈悲により不問となったはずです!」
「何を言うのです、蒸し返さないわけにはいかないでしょう?軍人としてはあのような独断専行など、本来なら許されざる事です」
「くっ……」
勝手に反論した部下が歯軋りをするのを見て、カイザルはハンドサインで彼に座るように促す。そのうちに、頭が冷えたのか部下は座ってくれた。
確かに、日本の無人機に関する一連の事件でカイザルは特殊部隊を動かすように根回しをした。その結果、作戦はほぼ失敗と言って良い戦果しか上げられず、作戦を指揮した人間達が処罰されることとなった。
しかし、実際には上司の指示を仰がずに特殊部隊を動かした外交官のダラスだけに罪が集中した。それを示唆したカイザルやバミダルの立場は、事情を知った皇帝陛下の慈悲によって守られたのである。
しかし、それでも多くの軍人達は納得していないのか、たまにこうして嫌味を言われることがある。カイザル自身、もう慣れたようだ。
それにとにかく今は、嫌味にいちいち反応するでもなく説得を続けなければならない。カイザルは一回大きなため息を吐くと、敵対派閥への説得を開始する。
「……では皆さん、我が国の最新鋭にして最強の戦艦、グレード・アトラスター級は、46cm砲を命中させる為に大掛かりな計算機を搭載しているのですが……どのような大きさかご存知ですか?」
「知らんな……それは君のような一部の軍人にだけ教えられている機密だ、我々が知るわけないだろう?」
どうせ説得を行うなら、とカイザルは両手を広げ、グレード・アトラスター級が有する計算機の大きさを表す。
「あの壁から、この絨毯の端。高さは床から、陛下の肖像画の一番上辺り……大きさはそれぐらいです。そして計算結果はダイヤル式のカウンターに表示されるのですが、出力には数秒の時間を要するのです」
「……なるほど、それで?」
「それに比べて日本の電卓はこんなにも小さいのに、四則計算は勿論、物によっては三角関数まで計算してしまいます。これがあればわざわざ計算機室を設けずとも、数名の人員だけでこれまで以上の精度を持った射撃諸元を算出する事も容易でしょうな」
その説明を受け、一部の海軍の将校や士官達は、計算機に関する知識があるがゆえに大きく衝撃を受けたようだ。
確かにそれほど大きな計算機がこれ一つに集約されるとなれば、計算機のある艦橋の大きさを小さくできたり、艦内スペースの省略にも繋がる。それは艦艇の設計上、大きなアドバンテージである。
「しかし、如何に優れた計算機があってもこの写真のような小口径の砲で、何ができると言うのです?そもそも射程外であれば、精度が良くとも砲弾は届きません」
「そうです、ニホンは大口径の艦砲を搭載した艦艇を保有していないと聞きます。いくら計算機などが高性能でも、結局これではアドバンテージがあるように思えません」
一部の海軍士官が反論を行うのを聞き、カイザルはさらに畳み掛ける。
「そうでしょうか?少なくとも今、ニホンが戦艦を建造しようとしているならば、直ぐにでも大口径砲を搭載した艦艇が出てくると思いますよ」
「どうですかね。戦艦を保有したことのない国が、ぽっと出の金だけで戦艦を作れるとは思えません」
「少なくとも艦艇の建造技術に関しては、これらの巡洋艦の大きさなどから相当高いと予想されますが?」
カイザルは日本が保有する様々な巡洋艦の写真を見せ、日本がその気になればいつでも戦艦なども建造できると説明する。
しかし、海軍士官はそれを聞いても未だ半信半疑な表情を浮かべた。さらにそれに便乗し、またも陸軍の方からも反論が繰り出された。
「そうは言うが、主戦場がムー大陸だとすれば、陸戦の方が重要となってくるではないかね?」
「そうです!陸戦では、こちらのほうが圧倒的な戦車保有数を誇っており、火砲の数でも我が軍の方が圧倒的!ニホンの陸軍なんて何も恐れるところなどありません!」
陸軍からも、カイザルに反論する勢力が現れた為、カイザルは頭を抱える。
確かに伝え聞くところの日本の戦力と帝国陸軍では、戦車や火砲などの陸戦兵器の数だけでなく、兵員の数でも帝国の方が圧倒的な数値を誇る。
それらの数値を見れば、日本に負ける要素などないと言い切れるのも分からないでもない。陸戦は海戦以上に数が重要になる戦場なのだ。
そこでカイザルは、この計算機をもとにその兵器の質に関する反論を行う。
「……では陸軍の皆様にも例を挙げますが、陸戦では重カノン砲を用いた長距離間接砲撃を行うでしょう?その際の射撃諸元は如何に算出するのですか?」
「決まっている。観測機や偵察隊から送られた座標を元に、仰角や装薬量を……」
「その仰角、装薬量を算出するのに何を使っていますか?」
「計算尺、もしくは筆算で算出して諸元表を元に算出するのだ。我々は軍艦のように大仰な計算機を持ち運べは……あっ!?」
そこまで言われてハッとしたのか、陸軍将校は机に置かれた計算機を持ち、それを掲げる。
「そ、そうか……この日本の計算機ならば……!」
「そうです。手元に置いて、その場で計算できます。モノによっては砲撃に必要な全ての複雑な計算も、これ一つで計算可能でしょうね」
そう、カイザルの説明の通りこれは計算機だ。本来なら、海軍の艦艇のような巨大な計算機が必要な場面でも片手で計算できる。となれば、陸戦でも間接砲撃の計算にも使えると帰結するのは当然だった。
もしこれを導入すれば、砲撃にかかる計算の時間は大幅に短縮される事になる。その空いた時間でさらに正確な計算を行うことも可能だろう。
「そして観測機や偵察隊の役割も、このドローンを用いれば上空から気軽に偵察できます。無人機なので、撃墜されたとしても、ニホンにとっては少しの金を失うだけ。痛くも痒くもありません」
「む、むぅ……確かにそれらを踏まえれば、ニホンの技術は脅威ではあるのか。少なくとも陸戦では敵砲兵から正確な砲撃が降ってくることは間違いないな」
そこまで聞いて、陸軍の将校や士官達も多くが日本の脅威を理解した。計算機に関する技術だけでもここまで高性能かつ小型、しかもドローンなどの観測機器も優れているとなれば、少なくとも砲撃戦で苦戦する事は間違い無いだろう。
「しかし!戦場は砲兵戦だけで決まるものではありません!戦車や歩兵、それらの協働によって成り立つ戦いです!」
しかし、そこでも納得しないのが血気盛んな陸軍の士官達だった。
「日本に対して劣っているならば、我々はとにかく数を増やし、日本との戦いに備えるべきです!国力とそれに伴う物量では、我々が圧倒しています!」
「そうです、それに──」
陸軍の士官は続ける。
「これらの情報は、カイザル大将が非合法な手段によって手に入れたモノではありませんか!そのような情報が、信用できるわけありません!」
再び特殊部隊の件を突き上げられ、カイザルは言葉に詰まった。このままでは、いくら何を指摘し理論を展開しても、全てを納得させる事は不可能だろう。
しかし、そこで助け舟がやって来た。
「しかし皆様、その非合法な手段により面白い土産が手に入ったのも事実であります。あの短機関銃の内部機構を模倣するだけでも、我が国のそれは性能的に相当な躍進となりました」
「ジークス……」
「それらの戦果を鑑みたからこそ、皇帝陛下は無罪放免としたのではないでしょうか?」
反論してくれたのは、帝国近衛軍の最高司令官であるジークス・アルノルト大将であった。カイザルとは士官学校時代の同期の仲であり、同じ帝国三大将にも含まれている。
「我が監査軍からも言わせてもらいますが、一定の戦果はあったと見受けられます。その調査のおかげで、各軍の技術研究も大きく進みました。その技術のアイデア元がニホンである以上、警戒するべきかと思います」
そして今度は監査軍の方からも、同じ同期のミレケネス大将が助け舟を出した。二人の大将クラスからの意見により、熱の上がっていた陸軍側の意見は急速に冷めていく。
「……確かに、複合装甲や成形炸薬弾に関する技術は、我々にも恩恵があったな。戦車の性能が大幅に向上したことは事実だ」
「……帝国三大将は揃いも揃って、我が軍がニホンと戦えば敗けると言いたいのですかな?」
陸軍士官の一人が嫌味を言うのを聞き、別の陸軍将校がそれを諌める。
「そこまでにしておけ……だが、"勝って兜の緒を締めよ"というのなら杞憂に過ぎんとは思う。締め付けすぎた兜では頭を守れぬ、逆に熱を持つことになる」
陸軍の将校はそう言って、カイザルらの意見を「考えすぎだ」と否定する。
確かに、その考えも理解できなくはない。このところ帝国は第三文明圏での戦争にて連戦連勝を重ねており、どこかで油断や慢心が滲んでいるのは否めなかった。
「それに、ニホンに対してはのちに敵対する時が必ずやって来ます。それは避けて通れません」
「それともまさか?あの国が第二文明圏の各国市民に行っている非道な行為の数々、情報収集をしているカイザル閣下も見なかったわけではないでしょう?」
彼らが言うのは、マスコミや情報局がリークした日本に関する内情の情報だった。日本勢力下の地域で人種差別や文化排斥が行われている内容は、カイザル自身も調べた身としてよく知っている。
特に、とある匿名のジャーナリストから提供された日本統治下のレイフォル特区の様子は、新世界各国に大きな衝撃を与えていた。日本人が敗戦国のレイフォル人を奴隷のように働かせ、毎日鞭を打ち、時には気に入らない人物を処刑していると言う話だ。
大半はただの証言でしかないが、中には日本人がレイフォル人の奴隷を酷使する写真もあったため信憑性は高いという。
──カイザル自身はその情報源に一抹の怪しさを覚えたが。
実際これは、話に尾鰭が付いているような信憑性の低い話である。彼らは知らぬ事であるが、この情報のリーク元はかのアニュンリール皇国のスパイである。そこまで言えば、この情報がどういう意図かは察していただけるだろう。
なお、アニュンリール皇国のスパイはレイフォル特区とは別に、日本国内の情報も持ち出そうとしたが、こちらは情報省の活躍で阻止されている。
肝心のスパイの方は取り逃がしたため、情報省は相手の正体を掴めなかったが、少なくとも情報省による日本国内の防諜活動が十分機能したことを意味していた。
流石にレイフォル特区での防諜活動はまだ完璧ではなかったため、過労なだけのレイフォル人を写した魔写が「奴隷」として出回ることにはなったが。
「……ええ確かに。あれらのニホン国内の情報のほとんどは、我々と情報局の調査によるものです」
「そうです!ならあの惨状を見て、我々だけが日和見を決めるわけにはいかないでしょうに!」
「新世界の正義たらん我々は、いつかあの傲慢な国に直接鉄槌を下すべきです!」
「あの国の持つ差別感情はいずれ、我が国に対しても牙を剥いて来ます!敵が強大ならば、我々はより強くなるよう備えなければならないのです!」
カイザルがその話を肯定すると、陸軍内の論調は一気に日本憎しに変わった。
これも帝国が抱える連戦連勝の弊害の一つだ。帝国はロウリア戦役、続くパーパルディア戦役での勝利を機に、国民や軍人達は「自分たちは正義だ」と盲信するようになった。
自分たちが新世界の正義を全うし、それを執行するべく軍備を強化するべきだと言う論調は、次第に各地の紛争への積極的な介入に繋がっている。「この世界の正義を守るのは自分たちだ」と、ある意味自惚れているのだ。
「まあまあまあ……白熱した議論はそこまでにしておこう」
「しかし、サンド長官……」
そこまで議論が白熱したのを受け、軍本部長のサンド長官が周りを諌めた。そしてカイザル大将の方を見て、苦笑いを繰り出す。
「……カイザル君、今回の議題はここまでだよ。どのみちニホンと敵対するかどうかは、我が帝国じゃなくてニホンの出方次第。避けては通れんのだよ」
「…………」
サンド長官は「それから……」と言葉を続ける。
「先日、カイザル君の報告書を皇太子殿下がお読みになられたよ」
「っ……!」
「皇太子殿下も、ニホンのことを相当な脅威と見ておられる。これに際し、各軍への軍事費の増強にも賛成していただいた。次の会議で承認されるようだ」
なるほど、皇太子殿下がここで出てくるかと、カイザルは一瞬で不利を悟った。この話で皇太子殿下のような立場の人間が出てきては、カイザルがいくら説得したところで太刀打ちできない。
「……やはり、避けては通れないと言うことでしょうか?」
「そうだねぇ……イデオロギーの違いもあるし、避けては通れないと思うよ」
サンド長官も日本との戦争を予測しているのか、カイザルの説明や説得に納得しつつも、その先を見据えていた。
「けれど君のおかげで、ニホンに関する技術の一端が見えたよ。我々はこれを元に、ニホンとの衝突に備えるべき項目を見定める。それが我々のやるべきことさ」
「…………」
カイザルはサンド長官にそこまで言われ、これは説得しても無駄だと思い、今回は引き下がった。
「……分かりました。では、私からの報告は以上とさせていただきます」
「うん、ありがとう。じゃあ、次の議題だけど……」
カイザルが手を引いた後、予算に関する会議を行うなどして、その日の一日は流れていった。その間も、カイザルは職務をこなしつつも日本との戦争を回避する方法を模索していた。
その日の夜 帝都ラグナ
とある高級ホテル 一階レストラン
その日の夜、カイザル大将は帝都ラグナにある高級ホテルのレストランに来ていた。それぞれの注文を店員に伝えると、カイザルは大きなため息を吐いた。
「はぁ……結局伝わらなかったか」
今回の説得が軍部に通じなかったのを受け、疲れからか、カイザルはそう愚痴を漏らした。
「お疲れ様、カイザル」
「お疲れ様だ」
「ミレケネス、ジークス。今回は悪いな」
カイザルは今回の説得に乗り、フォローを行ってくれたミレケネスとジークスの二人に礼を言う。レストランには二人も一緒に来ていた。
そんな二人は、カイザルの疲れてそうな状態を見て心配の言葉を投げかける。
「ずいぶん疲れてそうだけど、へばったりしてないわよね?」
「まさか、まだ俺は戦える……と言いたいところだが、実はあまり寝れてなくてな」
ミレケネスの言葉に虚勢を張ろうとしたが、その後すぐにカイザルは弱音を吐いてしまった。その言葉には、ジークスの方も心配してくれる。
「睡眠不足は体の敵だ、少し休んだほうがいい。"帝国三大将"の一人が過労でぶっ倒れるなんて洒落にならん」
「ああ、休みを貰ったらそうするよ……」
確かに、帝国三大将の一人ともあろう人間が、連日の多忙と過労で倒れて死ぬなど、不名誉にも程がある死に方だ。それだけは避けなければならないだろうが、そうはいかない。
「で、まあ……今回の件に関してはご苦労様としか言えないわね。説得は諦めるしかないんじゃない?」
「そう言うわけにはいかん。勝てない相手と戦争するかもしれないんだ、国の存亡がかかっている」
「でも、陸軍も海軍もあの頭の硬さよ?無理に決まっているし、例え天地がひっくり返ってもアイツらは認めないと思うわ」
そう言ってミレケネスは、ここがプライベートな空間なのを良いことに、かねてより言いたかった事を好きなだけぶちまける。
「今回も、証拠を見せてもカイザルの思うようには解釈してくれなかったし……むしろ今回のはニホンに対する警戒心を煽る結果になっただけだと思うわ。これ以上は、説得しても無駄よ」
「……そうかもな。確かにこれ以上しつこく言ったら、自分の立場までも追われかねん」
確かに今回の話で皇太子殿下が入ってきたことを考えると、これ以上国の決定に口答えを行うのは難しいだろう。そうなれば、せっかく首の皮一枚で繋がった自分の立場も危ういかもしれない。
「皇帝陛下の慈悲の下、発言力があるうちに手を引くのも手の内だ。それより──」
同じ危機感を覚えているのか、言葉には、ジークスも同意して補足を行う。そして彼は懐から日本に関する情報のメモを取り出し、それを掲げてカイザルに言う。
「お前の仕入れた情報は、俺も詳しく見させてもらった。これを見ると、ニホンに関しては……」
「ああ。正直言って、キツイだろうな。我が帝国でもどうしようもできない相手だ」
カイザルの報告書には、今回の会議で言い切れなかった部分もある。特に誘導兵器の存在の可能性については、軍人たちが信じるとは思えなかった為にわざと除外した経緯がある。
「射程200km越えの長距離誘導兵器。それを誘導させるレーダーと電子機器。そして対空型や戦闘機搭載型など、様々な派生型が存在する可能性……もしこれらが本当に存在するなら、俺たちは負ける」
「ああ……だから今回の話で脅威を伝え、誘導弾に関する対策を進めたかったのだが……」
「そもそもの説得の第一段階で、躓いてしまったわけね」
ジークスとカイザルの嘆きには、ミレケネスも同意した。
「本来ならば、誘導弾の情報を見せつけて説得しようかと思ったが、いきなりでは信じられないと思ってな。逆にそれが仇になったかもしれないが……」
「どのみち無理だろうな。俺だってお前に資料を見せつけられるまでは信用していなかったし、アイツらは絶対に信じないだろう」
「にしても誘導兵器ねぇ……どうやって誘導しているのかしら?仕組みが分かれば作れたりしない?」
「無人機の延長として考えると……母艦からの誘導だろうか?しかし200kmも届かせるとなると、もしかしたら自立型の可能性も高い。我々でも簡単には作れんだろう」
「母艦誘導であれば、なんとか頑張れば作れるかもしれないわね……私からも先進技術実験室に作ってもらうように言っておくわ」
「しかし、それで模倣したところで勝てるかどうかだ……」
軍人の大将同士で様々な会話を繰り広げていると、ウェイトレスがカートで食事を運んで来た。
「失礼します。こちら、ご注文のお料理になります」
「お、来たわね」
焼きたてのパンや前菜、そしてメインディッシュのステーキなどが次々と並べられる。
「じゃあ、難しい話は置いておいて、今は食事を楽しみましょう?」
「そうだな。こんな難しい話は、食事の後でもいい」
「今日のは私の好きなクワ・トイネ産だもの、張り切らなくちゃ」
ミレケネスがいつも以上に張り切っているのを見て、カイザルは思わず揶揄ってやろうと思い、口を開く。
「おいおい、そんなに食べてダイエットは大丈夫なのか?太るぞ?」
「五月蝿いわよ、食事中は静かに」
「へいへい……」
だが逆に彼女に反論され睨まれ、カイザルは萎縮してしまった。
翌日午前
帝都ラグナ 帝王府
合理性を追求したラグナの街並みの中心部には、帝王府と言われる機関が設置されている。この中心部には中世に建てられた由緒ある荘厳な城、ニヴルズ城がある。日本で言うと、皇居に首相官邸が存在するようなものだ。
その帝王が居住する城の一室にて、一人の男が周りの人間に対して力説を行っていた。
彼の周りには現皇帝グラ・ルークス*1と、世話役の老師や従者達、そして軍の高官などが彼の話を聞いている。
「──ニホンは脅威そのものである!我が国のみならず、新世界の国々にとっても!」
グラ・バルカス帝国第一皇太子のグラ・カバル*2は、黒板に貼り付けられた新世界の地図に拳を叩きつけ、力強く言う。
「ニホンは第二文明圏の秩序を乱すだけでなく、ムー連邦に貿易摩擦を押し付け、支配地域に対する弾圧を続けている!これを悪の侵略国家と言わずしてなんと呼ぶのか!!」
「…………」
「私は、ニホンの存在が許せない!傲慢で人種差別を謳歌し、第二文明圏に胡座をかくこの国が!」
「…………」
「新世界の正義たる我ら帝国は、第二文明圏の平和と独立を守るべく、ニホンと戦うべきである!何故皆、そうは思わないのか!?軍人どもは腑抜けておるのか!?」
「…………」
まるで演説を行うかのように、ニホンが如何に悪であるかを説くカバル皇太子。しかし周りの人間達は、皆呆れたように頭を抱え、話を聞いていた。
「確かに、ニホンは強いと言う予想と分析が存在し、それに一定の説得力があることは事実だ。戦争になれば我が国の兵達にも損害が被るのは致し方ないだろう」
「っ…………!」
「それは分かるがしかし!ニホンを放っておくと言うことはすなわち世界の平和が乱されることと同義!我々は遅かれ早かれ、あの国と戦うべきなのだ!」
「…………」
一瞬だけ理解ある意見が飛び出したかと思ったら、むしろ彼の意見が補強されてしまった。これでは、カバルの過激な論調を止めることはできないであろう。従者達は落胆し、中には小さくため息を吐く者もいる。
そんな様子を悟ったのは、父親のグラ・ルークスであった。彼は玉座に座りつつ息子の演説を聞いていたが、流石に止めなければと思ったのか、立って注意を促した。
「……カバルよ、少しは落ち着いて喋らんか?いきなりの事で皆、困惑しておるぞ?」
「ですが父上!こうやって説いている間にも、ニホンは第二文明圏の民らへの弾圧を続けているのですぞ!」
「焦りすぎだと言っている……いくらニホンが気に食わないからと言って、我らから戦争を起こすつもりかね?」
「しかし父上──」
そこまでの親子喧嘩を見て、周りの従者達や将校達は恐れ多くて何も口に出せなかった。皇帝と皇太子という立場、どちらかの味方になれば片方を敵に回すことになる。何か言いたくても言えない状態だった。
しかし、帝王府長官として長年皇族との付き合いがあったカーツ・デルハルトは、この喧嘩を止めるべくあえて動き出す。一歩前に出て、臆することなくカバルに話しかける。
「カバル様、そうは言ってもニホンはかつてない強敵であります。ここは、お父上の意見にも耳を傾けるべきかと」
「カーツ!貴様までそう言う事を言うのか!?」
「いえ、あくまで親子の喧嘩はよくないと言う話でございます。まずは一旦落ち着きましょう。その方が、話が伝わりやすいですぞ」
「む、むぅ……分かったぞ」
不良息子が家庭教師に諭されるかのように、優しい言葉でカーツに注意されたカバル皇太子は、一旦強い言葉尻を収めることとした。
それを見たカーツは、ほっと一息付いて後ろに下がった。それを合図に、今度は帝王府副長官のオルダイカが前に出た。
「カバル殿下。軍人らが危惧しているのは、ニホンに未知数の兵器の数々が配備されていることが大きく影響しているでしょう。おそらく皆、ニホンに対して情報収集を徹底し、警戒している段階なのです」
「ほう……だがオルダイカよ、調べによるとニホンは戦車、火砲、戦闘艦艇、そして戦闘機に至るまでの配備数で、我らよりはるかに劣っているとの情報もある。何を恐れているのだ?」
「その数ですら、覆される可能性があるのですよ」
あくまでオルダイカはカバル皇太子を説得するように、優しく訴えかける。そして畳み掛けるようにして、資料を取り出した。
「まずニホンの海軍は潜水艦の性能を重視しているようで、その性能は我々から見ても凄まじいです。情報によると、
「そんなに深く潜ることは可能なのか?」
「素材や研究の発展具合によっては、不可能ではないそうです。まあ大方、大型艦を配備できないが故に安く待ち伏せに適した潜水艦の需要が大きかったのでしょう」
この200mという数字は、実際の数値よりかなり低く見積もられたブラフである。日本国の情報省は、数ある情報の中に幾つかホントとウソを混ぜ込むことにより、機密情報の漏洩を防いだのだ。
「ふむ……確かにそこまでの高性能なら、海戦で苦戦するやもしれぬな」
「それから、例の誘導弾に関してはお読みになりましたか?」
「ああ……いまいち信用できない情報であるが、可能性はゼロではないらしいな」
「我々も誘導弾に関する研究を進めておりまして、先進技術実験室や、カルスライン社などで様々な技術を動員しておりますが……どうにもいいアイデアが思いつかないのです。先ほどの潜水艦を含め、カバル殿下から助力があれば嬉しいのですが……」
そう言ってオルダイカは、チラチラと目配せをする形でカバルを見つめた。それを見てオルダイカの求めていることが伝わったのか、カバルは自信ありげに胸を張った。
「なるほど、では任せておけ!こう見えて私も理学の知識がある!その気持ちはよくわかるぞ!」
「ははっ、流石にございます」
「そうだな……研究促進のため、我が皇太子の名を使い予算を増強させよう!確かに今すぐ戦争をするのは早急な話だった。備えあれば憂いなし、悪逆非道なニホンに対抗するべく、研究を続けたまえ!」
「ははっ……ありがとうございます」
そう言ってカバルは誇らしげに言い放ち、胸を張って自信を誇った。だがそれを見て、皇帝グラ・ルークスはため息をつく、
「馬鹿が……お前が研究に口出ししてどうする……」
カバルの過激な思想と、流されやすい性格などを見て、皇帝グラ・ルークスは頭を抱えて息子の馬鹿さをを案じた。
同日午後
帝都ラグナ郊外 カルスライン本社
帝国一の軍需企業、カルスライン社の本社にて。その日の仕事を終えた二人の男が、ワイングラスを片手に早めの乾杯を交わした。
「全く、今日の皇太子殿下は一段と声量が大きかったですなぁ……」
「まあ、馬鹿はよく吠えると言うからな」
はっはっはっ、と言って思いっきり無礼な発言をするオルダイカに対し、カルスライン社の代表取締役会長のエルチルゴが注意を促す。
「オルダイカ様、相手は皇太子殿下ですよ?」
「私に皇族に対する忠誠心があるとでも?」
「はっはっはっ、それは失礼!」
盛大な茶番にノリ良く乗った事で、二人は下品なくらいの大笑いをした。カルスラインの本社に、二人の小男の汚い笑い声が響く。
彼らは、言うなれば汚職の関係である。カルスライン社と帝王府は資金などの横流しで癒着があり、彼らは戦争需要などで大儲けをしている。時代劇に出てくる悪代官のような小物達であった。
「やはり例の報告書を横流しした甲斐があったな。あの馬鹿は、今回もリーク情報を鵜呑みにしたまま正義感に駆られている」
そう、実はカイザルの報告書をカバルに見せたのは彼らであった。戦争を避けたいカイザルらの思惑とは裏腹に、彼らは日本との戦争を望んでいる。
「あの海軍大将は、ニホンとの戦争を避けたいようですが……我々としては稼ぎ時を逃さないわけには行きませんからねぇ」
「ああ。戦争準備というのは金が潤う需要だ。皇太子殿下がニホンに対する戦争準備に前向きになった以上、兵器や弾薬の増産、新兵器の研究などは増えていくだろう。そして本格的な戦争となれば……」
「我々は今以上に、さらなる潤いが得られるというわけですな?」
「そう、その通りだ!」
そこまで話を交わし、グラスのワインを一気飲みしたところで、エルチルゴは思い出したかのように話を切り出す。
「ところでオルダイカ様、今月の件がまだでした」
「ああ、そうだったなぁ……」
「とりあえず、今はこれでいかがです?」
そう言って彼は、椅子の横から巨大なアタッシュケースを取り出す。オルダイカがそれを開けると、中には純金の延べ棒がぎっしりと詰まっていた。
「ふっふっふっ……エルチルゴ、お前も悪だな?」
「いえいえ、オルダイカ様程ではありません故」
こうして、帝国の汚職は着実に国を蝕んでいき、戦争への備えに走り出していた。
解説
・サンド長官の口調、なんかおかしくない?
サンド長官のキャラ付けに関しては情報が少なすぎるので、同じく連載中の飛空士クロスの方を参考にしました。なので実際のサンド長官とは性格が一部違うかもしれませんが、ご理解ください。