新世界の敵、日本国   作:篠乃丸@綾香

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数週間も、お待たせしてしまいました。

ついに運命の世界会議編、開幕です。


第二十九話『ターニングポイント』

1642年4月23日

神聖ミリシアル帝国 港町カルトアルパス 帝国文化館

 

 港町カルトアルパスは、本来なら「港町」という概念では収まりきらないほど、大規模な交易都市である。

 元々地理的に第二文明圏、第三文明圏へのアクセスが良く、ハヴ港湾としても機能を発揮するため、行政区画や街に対して次第に富が集まり、その規模も大きくなっているのだ。

 そんな経緯もあり、港町カルトアルパスは先進11カ国会議の場に相応しい施設を持っている。

 そのうちの一つが、この帝国文化館だ。豪華絢爛で敷地も広く、まさに神聖ミリシアル帝国の富と繁栄を表していると言ってもいい。今回の先進11カ国会議の場は、その建物の中央ホールにある国際会議場で行われる。

 

「後少しで始まるな……どうなることやら」

 

 日本国外務省から派遣された外交官の井上は、隣の席に座る近藤の顔を一瞥し、少し俯いた。

 

「これほどまでに事前情報のない国際会議は本当に初めてです。不安が残ります、果たしてうまくいくでしょうか?」

「……前の戦役のように言いがかりを付けられなければ良いがな」

 

 日本は今回の国際会議において、戦争が絶えず、覇権国家の乱立するこの世界での国際協調と世界平和の強化を呼びかけるつもりだ。

 日本としても、これ以上世界のどこかで戦争が起きたり、巻き込まれたりするのは望んでいない。そのため覇権主義が蔓延るこの世界の各国になるべく平和を呼びかけ、その実現のための国際機関の設立も進言する。

 とは言っても、今回の会議でそれが全面的に受け入れられるとは限らない。先に言った通り、この世界には広く覇権主義がのさばっている。世界平和を呼びかける事が簡単ではないことは、今までの戦役で日本も思い知っていた。

 それに根回しも少なく、事前の資料すらもあまりない中での世界会議は、日本にとって相当不利である。一応ムー連邦への根回しには成功し、事前情報のいくつかは仕入れているが、それがどこまで通じるかどうかは分からないし、不安は拭えない。

 

「失礼、日本国の方々ですな?」

 

 近藤と井上が不安を口にし緊張している最中、彼らの横に長いローブを纏った三人の人物が近づいてきた。

 あちらから挨拶されたのを受け、近藤と井上は背筋を正して立ち上がり、それに応える。

 

「はい。そうです」

「おお、やはり……失礼、私はアニュンリール皇国より派遣されました、外交長官のカール・クランチと申しまする。以後、お見知り置きを」

 

 そう言って、アニュンリールの代表と思しき人物が会釈をしたのを受け、近藤と井上はまず自己紹介を挟んで、挨拶を始めた。

 

「日本国外務省の近藤と申します、どうぞよろしくお願いします」

「同じく、外務省の井上です」

「近藤殿、日本のお噂は予々聞いておりまする。どうやら貴国は、かなり理不尽な目に遭われたようで……」

 

 カール外交長官が、俯いた表情でそう言うのを聞き、近藤と井上は一度顔を見合わせつつも正直に答える。

 

「……存じて、おられるのですか?」

「……外務大臣の殺害という件までは。貴国が受けた数々の不条理、それはさぞ辛く苦しかったことでありましょう。微力ながらではございますが、この場を借りて犠牲者へ祈りを捧げさせて頂きたい」

 

 そう言ってカール外交長官は、手を練るようにすり合わせるまじないをした後、目を瞑って犠牲者に黙祷を捧げた。

 その謙虚な態度を見て、近藤らは事前に聞いていた態度と違うなと、即座に思った。これほどまでに誠実で礼儀正しい態度の国は、久しぶりに見たかもしれない。

 

「ありがとうございます。どうか頭を上げてください」

「はい……ですが事実、この世界には不条理がのさばっておりまする。かく言う我が国も過去様々な国家群から侵略された経緯が有りまして、それ故にブシュパカ・ラタンのみを残し、鎖国を行っておる現状です」

「そうだったのですか……」

 

 確かアニュンリールは鎖国体制を敷いており、外交窓口であるブシュパカ・ラタンのみを残して、外の国との関わりを最小限にしている事は知っていた。その理由が過去の侵略経験からだったとは、近藤らは自然と納得する。

 日本が打ち上げた偵察衛星によると、本土はブシュパカ・ラタンよりはるかに発展している事が確認されている。そんな豊かさを持ちながら、敢えて鎖国体制を敷くのは不自然に思えたが、どうやらキチンとした理由があるらしい。

 

「この世界には……秩序が必要だと私どもは常々思うのですよ。ミリシアルでもムーでもない、それも新たな力、新たな勢力によっての」

「なるほど、そうなのですか……」

「その点では、貴国日本やグラ・バルカスなどの転移国家の存在は、この世界の歴史を大きく動かすものだと思っております。我がアニュンリールは、鎖国こそしておりますが、国外の出来事には注目しておりますゆえ、大変な興味がございます」

「いやはや、ありがとうございます。でしたら我が国も近いうちに、そのブシュパカ・ラタンへ足を運びたいと思います」

「それに関しては秘密裏に……という事でお願いいただければと思います。残念ながら、今の世界で貴国との連帯などを表立って声明として出せば、"世界八分"でございますからな」

 

 カール外交長官が言う世界八分とは、自国が置かれた状況を皮肉ったジョークだと理解し、近藤らにも思わず笑みがこぼれた。

 

「ははっ!そうですな、常々気をつけます」

「ありがとうございます。では、また後ほど」

 

 近藤が約束を交わすと、カール外交長官は笑みを崩さず紳士的に頭を下げ、去っていった。そして今度は、グラ・バルカス帝国の大使らの方向へと向かっていく。

 

「アニュンリールですか……ムーからは素っ気ない態度と聞いていましたが、今見た感じでは、そうではなさそうですね」

「ああ……異世界にもああいう紳士な国がいるとはな……」

 

 近藤と井上は、アニュンリールの大使らの好意的な態度に感心し、彼らの背中を見送った。

 先進11カ国会議開催のアナウンスが流れたのは、そんな時だった。

 

 

 

 

 

 

 先進11カ国会議は、毎度のことながらとても重要な外交イベントである。そのため世界各国のマスコミやメディアの記者らが訪れ、会議室を見下ろせる位置に陣取り、その内容を明日の記事として書き記す。

 日本の場合は、この国際会議の様子を生中継するべく、各放送局から放送機材が持ち込まれた。それらの電波は衛星を介して日本本土に送信され、朝方の報道番組でほぼリアルタイムにて映像が放送されているはずだ。

 

『これより、先進11カ国会議を開催します』

 

 国際会議室は議長席が並ぶ舞台を中心とし、ぬるりと同心円状に席が設けられている。

 議長国を務める神聖ミリシアル帝国の外務省統括官リアージュの言葉を受け、開催国の面々は背筋を正し、開催の儀を執り行った。

 

今回の参加国は、以下の通りである。

 

第一文明圏

・神聖ミリシアル帝国

・エモール王国

・トルキア王国

・アガルタ法国

・リビズエラ王国

 

第二文明圏

・ムー連邦

・日本国

 

第三文明圏

・パンドーラ大魔法公国

・リーム王国

・グラ・バルカス帝国

 

南方世界

・アニュンリール皇国

 

特別オブザーバー

・大東洋共栄圏(今年度の代表議長国であるアルタラス王国が出席)

 

 この会議はこの新世界の行く末を決める重要な会議であり、ここで決まったことは、国際社会の総意であると同義である。そのため文明国も参加できなかった文明圏外国も、大勢が注目していた。

 しかし──

 今回の会議は、今まで行われていた会議とは、全く違っていた。

 

「(やはりマギカライヒとニグラートは省かれたか……)」

 

 近藤達も気づいていたが、第二文明圏の参加国が異様に少ない。特に、ほぼ毎年参加していたマギカライヒ共同体とニグラート連合が、今回の会議から外されている。

 先進11カ国会議の定員は、その名の通り11カ国である。そのため新しい参加国を入れたことで、マギカライヒとニグラートを省かざる得なかったのかもしれないが、だとしたらこの構図は、日本を含めた第二文明圏にはかなり不利な状況だった。

 近藤はそんな状況を見据えつつ、周囲を確認し戦略を練っていると、議長席付近に居た青白い肌の人物が手を挙げた。まさに今、近藤が視線を向けていた相手であり、頭には4本の角が生えている。

 目も髪も肌の色に反して赤々としており、身長は2メートルにまで達する巨漢だ。種族的にそう言う遺伝子なのだろう、近藤は改めてここが異世界だと納得する。

 

『エモール王国、モーリアウル氏、発言どうぞ』

 

 議長席のリアージュが発言を許可し、彼は発言権を得て席を起立した。

 

『エモール王国のモーリアウルである。今回は何よりも先んじて、皆に伝えなければならないことがある。火急の件につき、心して聞いてもらいたい』

 

 近藤はエモール王国の名を聞いて、その情報を頭の中で整理した。

 エモール王国は竜人族が治める単一種族国家であり、人口は100万人程度にも関わらず、列強の地位を得ている。

 ただし文明的にはミリシアルには劣り、インフラの大部分は自然に頼って生活している。その上、種族としてのプライドが高く、多種族に対する偏見や蔑視もあってかなり排他的な体質だ。

 そんな国の代表が、今まで見せたことのないような殊勝な態度をとった。

 

『……先日、我が国は"空間の占い"を実施した』

 

 その言葉を聞き、各国の代表は息を呑んだ。各国にとって空間の占いとは、未来予知に近い絶対的な信頼性なのである。その重要性を知らぬものは、日本とグラ・バルカス以外には存在しなかった。

 

『結果、古の魔法帝国──忌まわしきラヴァーナル帝国が、近いうちに復活すると予言された』

 

 モーリアウルの言葉を聞いた各国の代表達は、その結果を聞いて、言葉を失った。そしてだんだんと顔色を青くし、空気が凍りつく。

 

「な……なんて事だ」

「あれは伝承ではなかったのか?」

「伝承が本当ならば、我らが抗する術はないぞ!?」

 

 会場が俄かにざわつき、各国の代表の中には狼狽えるものも現れた。それを見た近藤と井上は、各国代表のあまりの様相に首を傾げる。仮にも国際会議の場で、たかが占い如きに一喜一憂するのかと、近藤は不思議に思った。

 一応、日本も空間の占いに関する情報は情報省を通じて仕入れていたが、いくら的中率が98%を超える超常的な儀式であろうと、御呪いに過ぎないと日本政府は結論づけていた。そのため近藤と井上も、その認識だった。

 だが違った。

 この占いは、各国の行く末すらも左右し、政治ですらも動かす、悪魔の未来予知であったのだ。

 

「……失礼、質問よろしいですか?」

 

 耐えかねて、グラ・バルカス帝国の代表が手を挙げる。手を挙げたのはメガネを掛けた若い女性で、凛とした雰囲気と凛々しい着こなしがとても印象的だった。

 

『グラ・バルカス帝国、シエリア氏、発言を許可する』

『失礼、グラ・バルカス帝国代表のシエリアです。我々は新参者で機械文明国なので分からないのですが、"空間の占い"とはどのような出来事なのでしょうか?説明していただけるとありがたいです』

 

 それに対し、エモール王国のモーリアウルは多少不満げな表情を見せつつも、相手が誠意ある態度を示したので、彼は大人しく空間の占いについて説明を行う。

 

『……空間の占いとは、我が竜人族が行う秘儀である。空間の神々に並々ならぬ魔力を捧げ、未来の出来事を読み取る儀式だ。その的中率は、今のところ98%以上にも上る』

『……なるほど、理解しました。ご説明ありがとうございます』

 

 説明を受けたシエリア自身も、何か納得していないような顔をしていたのが、近藤にも見て取れた。それを無視してか、モーリアウルは話を続ける。

 

『……話を戻す。今回の占いは、空間の位相に歪みが生じており、奴らが現れる詳しい日時や場所まではわからなかった。しかし我が国は、今回の空間の占いで重大な事実をもう一つ知った』

「それはなんです?」

「まだ何かあると言うのですか!?」

 

 会場が俄かに騒がしくなる中、モーリアウルはその事実を告げる。

 

『古の魔法帝国は、すでに自分たちの尖兵となる国を送り込んでいる。その国の名は──日本国、貴様である』

「な、何ですって……!?」

 

 いきなり国名を名指しされ、井上は立ち上がって声を荒げた。近藤は逆上しかけた井上を制するべく彼の足をテーブルの裏で蹴り付け、席に座らせた。

 

「……どう言うことですか?なぜ我々が、そんな世界の敵の尖兵であると?」

「空間の占いにて、貴様らが怪しいと言う結論が出たのだ。これに間違いはない」

「でしたら、我が国が魔法帝国とやらと関わりがあると言う証拠はあるのですか?」

「そんなものは必要ない」

「(何を言っているんだ、こいつは……?)」

 

 あまりにも突拍子もなく、日本が悪だと疑われた為に、近藤は呆れて言葉も出なかった。

 

「やはり……!日本は前々から怪しいと思っていたのです!どうりで合点がいった!」

「空間の占いが言うのであれば、間違いはない!」

「日本は魔法帝国の仲間だ!!」

 

 自分たちがいきなり名指しで、おそらく世界の敵であろう魔法帝国とやらと関わりがあると言われ、抗議しないわけにはいかない。近藤は議長席のリアージュに挙手を行い、発言を求める。

 

「議長、エモール王国の発言は事実無根であります。我が国の信頼を損ねようとする、名誉毀損です」

「……その真偽は分かりかねる。発言は却下する」

「何ですって……?」

 

 仮にも議長国が、このような爆弾発言を容認した挙句、発言を却下する。近藤は前世界では絶対にあり得ないものを見て、固まってしまった。

 実はこの時、ミリシアルのリアージュもエモールの突然の爆弾発言には面食い、止めるべきかとも迷った。

 しかし今までの諜報戦やグローバルホーク撃墜事件などを受け、ミリシアルから見た日本の信用度が地の底に落ちているが故に、逆にチャンスだとして事態を静観することにしたのだ。

 そんな事態を見かねて、小声で補佐官と話していたムー連邦の代表が挙手をし、議長に発言を求めた。

 

「……議長、我がムー連邦も本件には異議があります。日本が魔法帝国に与する国だと言うのであれば、証拠が必要です。空間の占いは証拠になりません」

「なんだと?ムー連邦ともあろう古株が、我が国の空間の占いのことを信用ならんと申すのか?」

 

 ムー連邦代表の言葉に首を突っ込んだのは、またしてもエモール王国のモーリアルだった。ムーの代表はモーリアウルの気迫に押されながらも、何とか反論を繰り出す。

 

「いくら的中率が高くとも、占いを状況証拠に使うのは……」

「ならば、日本が魔法帝国に与しない国だと言う証拠をあげて見せよ!」

「そうだそうだ!」

「空間の占いは正しい!」

 

 ムーの反論は通らず、モーリアウルの更なる反論により、各国の意見が激しくぶつかり合った。

 そしてこの論調が波に乗ったところで、今回初めて先進11カ国会議に参加したリーム王国の代表が、ムーに対して指を差しこう言った。

 

「大体、ムー連邦は日本の経済に依存していると聞き及びます!ムーは日本に首輪を繋がれ、だから味方しているのではありませんか!?」

 

 その言葉に挑発と蔑みの意図が見えるのを感じ、ムー連邦側は頭に血が昇るのを感じた。耐えきれず、若い方の代表がストレートに言い返す。

 

「黙れ、文明圏外の弱小国が……!貴様らこそグラ・バルカス帝国の傘下ではないか……!」

「おい、よせ」

「傘下で何が悪いのだ!日本の勢力圏とは違い、我が国とグラ・バルカスの関係は真に平等!盟主国と属国の関係とは違うのだ!」

「なんだとこの飼い犬が!」

「やめろ!」

 

 その言葉にはグラ・バルカスの代表も眉をぴくりとさせて反応した。しかしそこは売り言葉に買い言葉、ムー連邦の代表もヒートアップして言い返す。

 さらに罵倒や雑言の応酬が続くかに思われたが、ここでエモール王国のモーリアウルが再び挙手し、場が静まり返る。

 

「皆の動揺は、我らも知るところである。日本からしても、いきなりこのような"事実"を突きつけられてはどうしたら良いか困惑するであろう」

 

 モーリアウルは立ち上がり、胸に手を当てて訴える。その仕草を見て、どの口が言うんだと近藤は思った。

 

「そこで、我が国は日本に"チャンス"を与える!この文章を、日本と日本政府に向け、突きつけるものとする!」

「っ……」

 

 そう言ってモーリアウルは、一枚の上質な紙を副官に手渡し、それを日本の代表がいる席まで運んだ。それを手渡され、近藤達はその内容を見る。

 

「こ、これは……」

「なんですかこれは……!?」

 

 近藤と井上は、その内容に驚愕した。

 明らかに普通じゃない要求が、その文書に書かれていたからだ。

 

【エモール外務卿発、五箇条要求】

 エモール王国外務卿モーリアウル全権大使は、エモール王国政府の方針に基づき、ニホン国に対し以下の要求を科す。

・ニホン国は魔法帝国に与する国でないと証明するべく、全ての技術情報を開示せよ。

・ニホン国は直ちに国軍を廃止し、非武装化せよ。

・ニホン国は第二文明圏における全ての経済活動から撤退せよ。

・ニホン国は──

 

「ふざけるな!これは属国化の要求ではないか!」

 

 あまりに酷い要求を受け、井上が激しい怒りをぶつける。しかしそんな様子を見ても、モーリアウルはそれを嘲笑うかのように腕を組み、発言する。

 

「魔法帝国に与しないことを示すには、これらが絶対条件である!分かるであろう、魔法帝国が過去にどのような過ちを犯し、我々から恐怖を与えたか!」

「そんなものは知らん!俺たちには関係ないことだ!!」

「……そもそも技術も吸われ、国軍を解散しては国として立ち行かなくなる。これは紛れもなく、属国化の要求だ。我が国は断固として抗議する」

 

 と、近藤らが必死に反論をしようとする中、先ほどムー連邦を嘲笑ったリーム王国が、再び挙手をし発言を求めた。

 

「技術に関しては、我々にも意見を言わせて頂きたい」

 

 そう言ってリーム王国の代表は、机の上から数枚の資料の束を持ち、席を立つ。

 

「ムーの新聞や、その他第二文明圏を見るに、日本はサイレント特許を悪用し、かの国家群の技術開発を妨害していると聞く」

 

 リーム王国の代表は、その資料の束を持ってテーブルを回り、大袈裟な演技で各国に訴えかける。

 

「これは大変頂けないですなぁ、近年、伝統有るミリシアル帝国、そして新参であるグラ・バルカス帝国ですら情報開示が活発だと言うのにも関わらず。世界からの"好意"をへて列強に推薦して貰った日本がこのようでは……些か鼎の軽重を問われると思いますが?………フフッ」

「…………」

 

 軽く挑発するように微かに笑うリーム代表を見て、近藤らは彼を睨み、湧き上がる怒りをなんとかして堪えた。

 しかし、リーム王国の言撃は続く。

 

「そして日本による経済、文化を問わずの侵害行為!!これは商人の国家たるリーム王国としては看過出来ませぬな!!私にはしかと聞こえまする、家族の明日のパンの為に身を粉にして商売に明け暮れるムー商人たちの苦悶の声が、自らのアイデンティティを否定され仕事を失った職人たちの悲鳴が、無念にも筆を折ってしまう芸術家達の呻き声が………」

 

 大袈裟に胸に手を置いて、目を閉じて演説するリーム代表。それに近藤と井上は嫌悪感を抱き、顔を顰める。これは同情と共感を集めるための、大袈裟な演技だった。

 あまりの見苦しさに耐えきれず、近藤はマイクを手に取り、反論を行う事にした。これ以上日本に関する酷い噂が流れては、たまったものではない。

 

「我が国は経済を侵略しているつもりはない。むしろ我が国はあらゆる製品のライセンス生産を認め、第二文明圏各国の技術発展を推進している。技術に関しては到底飲み込めは──」

「確かに!!"新参"の日本にとっても飲めない条件は有るでしょう!!」

 

 近藤が発言をいい終えるよりも先に、リーム代表は声をさらに高らかにし、勝手に宣言する。

 

「そこでリーム王国は一つの提案を行います!!日本、ムー以外の世界会議参加国による、"我々"による"公平"な国家による、日本・第二文明圏間、日本・世界間に対する貿易監査委員会の設立と、通商正常化条約の締結の提案を!!」

「(こいつ……!何を勝手に……!)」

 

 日本のみならず、ムー連邦や第二文明圏各国ですら愚弄するような条件に、近藤と井上は呆れて言葉が出なかった。

 何故リームが"我々"と言う言葉を使ったかと言えば、これはミリシアルやグラ・バルカス、果てには先進11カ国という虎の威を借りて、関税やら何やらの"利権"を美味しく頂くという、言外の要求だったからだ。

 商人の国、と自称したリーム王国らしいいかにも陰湿で姑息な手段であるが、その宣言には一定の効果があったのか、各国もそれに拍手を送って賛同した。日本とムー連邦、そして未だ黙ったままのアニュンリールを除いて、全員だ。

 このまま放っておくわけにはいかず、近藤は更なる反論をしようとするが、そこでまた別の国が口を挟んだ。

 

「軍の解体に関しては、日本としても言い分は有るだろう」

 

 第一文明圏の文明国家、リビズエラ王国である。彼の国の代表である白エルフの女性はメガネを揃え、言葉を続けた。

 

「しかし、日本による旧レイフォル地域による弾圧は激しいとも言います。それにヒノマワリ北部による治安維持に関しても結果が出てないように思える」

「っ…………」

 

 こいつ、どこでそんな情報を入手したんだと、近藤らは密かに舌打ちをした。

 確かに旧レイフォル地域における治安維持はかなり厳しいと受け取られかねない。実際、情報省のスパイ対策や自衛隊の活動が、弾圧だと受け取られているのである。

 そしてヒノマワリ王国に関しては、最近出てきた問題だ。ヒノマワリ王国の難民勢力などが結託したらしい武装勢力が、ヒノマワリ王国政府や第二文明圏内の邦人などに攻撃を仕掛けているのだ。

 そのような武装勢力のゲリラ活動に対し、ノウハウが不足している自衛隊は対応が後手に回っているのも、また事実である。

 

「この様では貴国にとっても軍事費は負担となるであろう?何も貴国を侵略する訳ではない、貴国軍の代わりを我々が誠意を持ってやってやろうと言うのだ」

 

 その言葉の真意が本当かどうかはわからない。しかし、近藤は絶対に信用しないと決めていた。

 

「どうだね?隣国のギリスエイラが持つ傭兵等は、その練度や忠誠心が高い軍だ。"確固たる実績"も有る。充分に貴国のジエイタイ……だったか?それの代わりを果たせると思うぞ」

 

 なおこれは、傭兵国家であるギリスエイラの利益は、必然的に繋がりの強いリビズエラ王国の利益にもなるので、傭兵業で儲けようとの魂胆の発言だ。

 リビズエラ王国はその点の軍事や傭兵稼業などの売り込みが目覚ましく、本来なら傭兵が行うはずの治安維持活動ですら自衛隊が行っている事に対し、利益を掠めようとしているのも事実である。

 

「それにだ、貴国では過去に非武装化による永世中立を模索する論争が有ったと聞く。であるならば、この案に対する嫌悪感は無いと私は思うのだが?」

 

 その発言を受け、近藤らは静かに息を呑んだ。

 これは別にリビズエラが日本国内に工作員を放った上で手に入れた情報ではなく、ムーに在住する日本の商社マンが酒の勢いで話していた事で得た情報である。

とは言うものの、実際の所どの様な事を口走ったかと言えば、野党の主張が転移前と転移後で180度逆転している事を皮肉るような内容である。

 戦後直後から日本の非武装化の主張に熱心だった野党が、転移後はむしろ軍国主義化を積極的に煽っている。そんな状況である。

 しかしこれを聞き、外交に使えると閃いたリビズエラの工作員が、自国の外交官にリークしたに過ぎない。

 

「近藤さん、こりゃもしかして日本国内にスパイが……?」

「……いや、恐らくムーかイルネティアからだろう。ムーには色々と情報を渡していたし、何より日本の商社が進出している。オマケにムーは多数の異世界国家群による諜報戦が活発だ」

「しかし、どっちにせよスパイ摘発は強化する必要性が有りますね……」

「あぁ、それにしてもリームにリビズエラめ。どっちも遅れた非文明国家だと思っていたが、その認識は変える必要性があるな」

 

 近藤はリームとリビズエラの主張を受け、小さく舌打ちをしつつ、若い井上にも忠告する。

 

「……アイツらの言っていることはあからさまなブラフだ。逆上するなよ井上」

「は、はい……」

 

 そして近藤は再び前を向くと、自分たちを睨みつける各国に対して、自分たちの意思を宣言することにした。

 

「……本件の真偽はともかく、この条件を飲むかどうか。これは、我が代表だけで決められることではありません」

 

 近藤はまず、睨みつける各国に対してそう言い放つ。

 

「なので本件は一度本国に持ち帰り、そこで長い時間をかけて"検討"をさせていただきたいです」

「条件を飲まずに、はぐらかすと言うのですか!?」

「ええ、そうです。それが何か?」

 

 近藤が飄々とした態度でキッパリと言い放つのを聞き、各国の代表は逆に面食らってしまう。

 

「当然ですが、我が国は民主主義国家であります。その弊害ゆえ、意思決定には時間がかかります。特に、このような国の行末を決めるような事柄に関しては……」

「ならば、いつまで待てば良いのだ!?」

「早く決定しろ!さもなくば……」

「それはもう相当、相当長い時間をかけて"検討"させていただきます。具体的な時間に関しては予想が付きません」

「くっ……」

 

 日本側が急に言葉をはぐらかすのを受け、反論か服従を求めていた各国は、それを受けて完全に黙ってしまった。

 

「なので我々はこの件を持ち帰るべく、本会議を退室させていただきます。それでは、皆様またどこかで」

 

 近藤がそう言い放つと、井上を連れ、資料を全て手に持ち、彼らは堂々と席を立った。そしてそのまま後ろのドアに向かい、ドアノブに手を掛ける。

 

「待ってください」

 

 その時、先ほどの論争にあまり口を出さなかった声が凛と響き渡り、近藤らは後ろを振り向いた。

 そこには、グラ・バルカス帝国の代表であるシエリアが椅子から立ち上がって、近藤と井上を見つめていた。

 

「……グラ・バルカス帝国の方々ですね?最後に何か?」

「貴方方は、それで良いのですか?」

 

 シエリア代表は、どちらの側に着くでもなく、あくまで日本の代表らにそう語りかけた。

 

「今国際会議の場を立ち去れば、彼らと和解するどころか、二度と話し合いなどできなくなります。それでもこの議場を立ち去りますか?本当に貴方方の国は、それで良いんですか?」

 

 さらに彼らに訴えかけるよう、シエリアは言葉を続ける。

 

「良いんです、もう構いません」

 

 しかし近藤は、あくまでそう言い放った。

 

「この扉を出た瞬間、その先が地獄に繋がっていようとも、我々は止まりません。止まってはダメなんです」

 

 近藤は比喩表現を交えていたが、シエリアにはそれが比喩などではなく、事実だと言うことが予感された。

 だからこそシエリアは、ここで止めようと思った。ここで止めなければ、日本は後戻りできないところまで行ってしまうと。国の利益や思惑なんかどうでも良くなり、シエリアは人間として語りかけたのだ。

 

「……我々はもう、後戻りなどできないのですから」

 

 だがその思いも通じず、近藤らは扉を開け、会議場を立ち去った。

 後世の歴史では、ここが決定的なターニングポイントであったと記されている。日本が世界の敵になり戦争に走る、その瞬間だったと。

 




……はい、今回の話に関しては色々意見があるかと思います。
しかし自分としては前の話をなるべく修正せず、辻褄を合わせた結果が本作の今回の話なので、そこはご容赦いただきたいです。

詳しくご意見、ご指摘がある場合は活動報告にてお願いします。
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