事件発生から30分ごろ
カルトアルパス市街地
カルトアルパスの市街地でも、その大爆発は確認されていた。憲兵隊に連行される途中だった港湾管理局員のブロントたちも、その様子を後ろ目で確認した。
「ブロントさん、あれは……」
「あれはニホン艦隊の仕業じゃない、流れ弾だ」
他の職員が不安げに聞いたその言葉を、ブロントは訂正した。
「直前に砲弾が逸れるのが見えた。それが運悪く燃料貯蔵庫に当たったんだろう。本当に運が悪いことだがな……」
「ブロントさん、じゃあ俺たちがやったことは……」
「いや、無駄じゃないさ。少なくともニホンの奴らは逃がせた、同じ船乗りとして、誇りに思うよ」
あくまでブロントは、自分のやった事には後悔していなかった。同じ船乗りとして、不意打ちから相手を逃がすことができたのは光栄だ。その結果憲兵隊に逮捕されようとも。
と、港湾管理局の建物から憲兵隊に歩かされ、街の通りに出たところで別の憲兵隊と出くわした。
「ここから先は我々が引き継ぐ、君達は避難誘導に専念してくれ」
「……了解、後は頼むぞ」
任務を引き継いだ憲兵は、顔つきがミリシアルでは珍しいタイプだった。彫が深く、そして高い鼻と、病的にすら思える程のやたら青白い肌を持つ人間種の憲兵は、ブロントたちを一瞥すると、付いてくるように促す。
「……付いてこい」
ブロントらは彼に付いていくが、護送車が用意されることもなく歩かされるのに疑問を感じていた。普通ならこういう時、犯人は護送車に乗せていくものだ。
「護送車無いとか、何か不思議っすね」
「世界の敵なんだから歩けって事だろうよ」
やがてブロントたちは、人気のないアパートの裏庭へと連れてこられた。憲兵隊はそこでブロントたちに止まるよう指示する。
「止まれ」
「おいおい、やたら乱暴だな」
ブロントはそう愚痴を漏らしつつ、指定された場所で立ち止まったが、その憲兵隊の様子を見て戦慄した。カチャカチャと銃を弄ってる上に、妙な雰囲気を憲兵から感じる。これはまずい。
「不味い!みんな散れ!!」
ブロントが叫んだその瞬間、憲兵隊は持っていた短機関銃を乱射した。バラララッと、乾いた音と共に放たれた弾丸は、ブロントたちの命を削り取る。
ブロントの部下はその弾丸に殺害され、ブロント自身も重傷を負い、その場に倒れ伏す。
「任務完了、次の行動に移行する」
いきなり銃殺されるという、憲兵隊のあまりにも非道な行動に、ブロントは朦朧とする意識の中で毒を吐く。
「う……うぅ、テメエら、正規の手順も踏まずに……」
「生き残りが居たか、排除する」
ブロントの言葉を無視しつつ、憲兵隊は腰から拳銃を引き抜き、チャンバーを引き薬室に弾丸を込めた。意識が途絶える直前、憲兵の背に羽が生えた事にブロントは驚愕した。
そして、乾いた音が三発轟いたと思うと、ブロントは頭部から血を流してその場で息を引き取った。
憲兵隊だった者は拳銃をホルスターに戻すと、踵を返すように振り向き、耳に取り付けられた小型のインカムで仲間に合図を送る。
「第一フェイズ終了。各員、状況を開始せよ」
「了解」
その言葉を合図に、各地で工作員が行動を開始する。
ふと、一人の工作員が何か視線を感じおもむろに後ろを向く。しかしどれもこれも数刻前に生きていた物の成れの果てばかりだ。
心なしか確実に始末したブロントから、怨嗟の目を感じた気がするが。
「悪く思うなよ、俺だってこの日の為に十年も苦労したんだからな」
そう工作員は吐き捨てた。
彼は何時復活するかもわからない魔法帝国の為に、ミリシアルと言う下等生物の憲兵として、彼等との共同生活に十数年耐えてきたのだ。
ミリシアル人が語る魔法帝国への不当な誹謗中傷──ただし彼の目線である──や、流言飛語が聴こえる精神的苦痛の中、ただ工作員として魔法帝国の尖兵としての誇りだけで過ごしてきたのだ。
ならばこの天の配剤としか思えない状況を有効活用して何が悪い?バチなど当たるまいとすら思っていた。
さて、憲兵隊を装って潜入していた工作員たちは行動を開始する。カルトアルパスの各地に散らばり、あちこちであらぬ噂話を流し始めた。
「逃げろ!ニホンの砲撃が市街地に降り注ぐぞー!!」
「大変だ!ニホン戦艦がタグボートを撃沈しやがった!!」
更に病院や教会、学校に設置された爆弾を炸裂させ、多数の人々を巻き込みながら、さらなる嘘を流し始める。元々この工作員部隊は日本の海自隊員や、国内の反政府勢力、青年活動家団体を装って火のない所に煙を立たせるつもりであったが……
丁度良く火種が出来た事から、ではこの火に油を注いでやろうと方針転換する事となったのである。この爆発物の数々だって、本来はその用途を目論んでの品である。
「ニホン人の砲撃が病院に直撃したぁぁ!!」
「あの悪逆非道なニホン人め、神をも恐れぬ所業だ!!」
そうした噂が流れていくうちに、カルトアルパスに住む人々に恐怖が植え付けられ、大混乱に陥った。パニックが伝染していき、人々はより頑丈な建物へと避難する。戦闘中である以上、正確な情報なんて望むべくもない。
第一、市街に砲弾が飛んできたのはこの状況唯一の真実なのだ。ただ、その誠に多少の脚色を加えたにすぎない。ただそれだけの事が、カオスに比例して大きくなって行くにすぎない。
この工作により、日本への恨みや恐怖は加速していった。
同時刻
ミリシアル地方艦隊
一方で、燃料貯蔵庫の爆発はミリシアルのカルトアルパス地方艦隊からも確認されていた。爆発炎上する貯蔵庫を見て、司令官のパテスは言葉を失う。
「くそっ、やってくれたな……!!」
爆発した燃料貯蔵庫の黒煙が、カルトアルパスの湾内をどんよりと曇らせ、禍々しい光景を作り出した。施設での火災はどんどん広がっていき、周りの設備にも延焼していく。
「……司令、今の攻撃はニホン艦隊からの攻撃かと。爆発する直前、光の矢が設備に向かっていくのが見えました」
「まさか奴ら、追いかけられた報復に民間施設を狙ったのか……!こんな、こんな事が!!」
パテスは日本艦隊のあまりの外道さに怒りが込み上げ、思わず机を叩く。卓上に並べられた紙やペンが、その拳の衝撃で飛び散っていく。
「許せん……ニホン艦隊め、そこまで外道か!粉々にしてくれる!!」
パテスは怒りを滲ませ、日本艦隊の方を見る。そして思った、あの暴虐非道なる悪辣国家を生かしておいては、世界がまた戦乱に満ちると。
「沖合の第零魔導艦隊にも通達!もう容赦するな、奴らは全員沈めてしまえ!」
「了解です!」
「第7制空航空団にもスクランブル要請!もう一度空と海から挟み撃ちにしてくれるわ!!」
それでも冷静さを失わず、パテスは現場指揮官として最大限の攻撃命令を発した。そしてその指示通りに各乗員が動き、日本艦隊への復讐心を激らせる。
だがそんな時、通信士がそれに水を刺すような内容を伝えてきた。
「……っ、司令!第2戦闘機軍団の指揮所より緊急連絡です!」
「なんだ、こんな時に!」
「マグドラ群島南方より、多数の所属不明機が飛来!機数18、カルトアルパスに高速で接近中との事!」
「な、なにっ!?そんな機体、どこから飛んできた!?」
マグドラ群島といえば、カルトアルパスの南側に位置している島々の事だ。
その周辺では第零魔導艦隊などの戦力が常駐し、今日に限っては日本艦隊追撃のため臨戦体制のはずだ。
その厳重な警戒、防空網があるはずのマグドラ群島側から不明機がやってきたことに、パテスは驚嘆を漏らす。
「現時点では不明です!マグドラ群島航空基地ではスクランブル対応不能!既に機体は高速で防空圏内に侵入し、機体に赤い丸のラウンデルを確認したとのこと!」
「赤い丸……まさか、ニホン艦隊の航空支援か!」
「奴らめ、このことを見越して空母を用意してやがったな!」
マグドラ群島の哨戒圏内より外からやって来たとなれば、それすなわち空母を使ったと言う事に他ならない。
それが噂にあった日本の空母だとすれば、日本は初めからこの事態を予測していたと言う事だ。まんまとやられてしまった。
「第7制空戦闘団がスクランブルを引き継ぎましたが、あまりに速いとの事なので対応できるかどうか……」
「クソッタレっ……全艦対空戦闘用意!万が一の空襲に備えろ!」
「カルトアルパスの住民に避難指示を!奴らは街にも爆弾を落としかねん!急げっ!!」
「ニホン艦隊は!?」
「ニホン艦隊の速力、さらに加速!30ノットで湾外へ向かっています!」
「逃すな!一隻残らず沈めるんだ!」
空のことは第7制空戦闘団に引き継ぎ、自分たちは日本艦隊との戦闘に集中する他なかった。パテスは空に気を取られながらも、日本艦隊を目指す。
「所属不明機、カルトアルパス防空圏に到達!方位211、上空6000mに2個編隊!」
「なにっ、速すぎるぞ!!」
だが戦闘機の速度はあまりにも速く、すぐさまこちらに到達する。
応援として駆けつけた〈ふそう〉所属のF/A-18J/JFの一個中隊18機が、熾烈な砲撃戦の続くカルトアルパス上空に展開した。
同時刻
港町カルトアルパス上空 第1011飛行隊
日本国海上自衛隊、航空護衛艦〈ふそう〉所属の第1011飛行隊は、部隊の状況として決して万全とは言えなかった。
航空護衛艦〈ふそう〉は、元航空自衛隊のパイロットが機種転換訓練を行うことで編成された飛行隊を搭載している。
だが残念ながら〈ふそう〉の艦載機はもう半分が訓練中であり、実戦に投入できるのは彼ら18機だけであった。
この機数のみで、多数の艦艇や航空機が入り乱れるカルトアルパスにて航空支援を行うのは、正直に言えばかなり難易度が高い。
なので航空隊は、作戦を変えた。初手は敵航空機との接触を避け、第1護衛隊を追跡し続けている敵巡洋艦に狙いを絞ることとした。つまり増槽の燃料を喰らい尽くすつもりで、高速で突っ込んでいくのである。
『──ワダツミ・
「こちらワダツミ、了解」
母艦である〈ふそう〉の誘導に従い、ワダツミこと第1011飛行隊の18機は航行を続ける。
18機全てが米軍のF/A-18をリバースエンジニアリングした艦載機、F/A-18J/FJスーパーホーネットである。
マッハ0.9の飛行速度でも編隊を乱すことはなく、むしろ陣形を整えて真っ直ぐにカルトアルパスへ向かっていく。その様は、空自パイロット時代からの練度の高さを感じさせられた。
「(まさか戦後初の空母航空団の初仕事が、護衛隊への撤退支援とはな)」
樋口三佐は、第1011飛行隊の設立前は空自でF-2戦闘機に搭乗していた。それも、現在配備と改修が進んでいるS型──俗にいう「スーパー改」改修機──ではなく単座のA型だ。
だがレイフォリア空爆でアメリカ海軍飛行隊と共にBP-3Cの直掩任務に就いたのを最後に、樋口三佐は海上自衛隊への転属が決定された。それも急遽といった旨である。
その時から空母航空団設立の話は薄々勘付いていたため、その後の樋口三佐は猛訓練に励んだ。
早急に行われたF/A-18Jへの機種転換、硫黄島での模擬着艦訓練、そして完成した航空護衛艦〈ふそう〉での着艦訓練を経て、樋口三佐は晴れて第1011飛行隊の部隊指揮官として着任したのである。
『──ワダツミ、まもなくカルトアルパスの防空圏に突入する』
〈ふそう〉からの誘導に従い、飛行隊は雲を抜け、カルトアルパスの上空に到達した。雲が晴れ、海峡の様子が見て取れる。
「見えたか」
眼下には割れ目のような山に挟まれたフォーク海峡が一望できる。ここから先はミリシアル空軍の対空砲火の圏内だ。
『──ワダツミ、目標は先鋒の敵巡洋艦だ。撃沈はせず無力化が優先、対空砲火に注意せよ。以上、交戦を開始』
「こちらワダツミ了解、これより交戦を開始する。エンゲージ」
樋口三佐の合図を受け、飛行隊は編隊を分け、戦闘態勢に入る。
「まずは霧払いだ、マスターアームオン。敵戦闘機はこちらで叩く、爆装機は全て敵艦艇を攻撃せよ」
『了解!』
樋口三佐の権限で火器管制装置のロックを解除、武装をオンラインにする。
空戦装備の樋口三佐と二番機だけが敵戦闘機へと向かい、残りは二機一組で巡洋艦へと向かう。降下する爆装機を見送り、機体を右へ旋回させ、その方向から襲い掛かろうとするエルペシオⅢに狙いを定めた。
「目標ロック、ワダツミ01、FOX1」
『ワダツミ02、FOX1』
目標ロックから数秒と経たずに、樋口三佐はトリガーを引く。
一機辺り14発、合計して28発のAIM-120 AMRAAMミサイルが、光の槍となって発射された。
アメリカ海軍から購入した、針尾島弾薬庫の在庫品の大盤振る舞い。ミサイルにも使用期限がある都合上、AMRAAMなど補充の利かない外国製ミサイルは、今のうちに撃ち尽くしてしまうのが一番よかったのだ。
同時刻
港町カルトアルパス上空 第77飛行隊
一方で、豪速の投槍に狙われているとも知らない第77飛行隊の各機は、三つの編隊に分かれてF/A-18Jに向かっていた。
各機は水平方向に広がる28機の二個編隊と、その上空を陣取る14機の編隊に分かれている。水平方向の二個編隊が敵機と交戦している間に、上空の編隊がそれを援護する形だ。
だがそうやって上を取ったにも関わらず、日本の天の浮舟モドキはそのさらに上空に展開している。こちらが高度5000で、相手との高度差は約1000mほど。
こちらも懸命に上昇しているが、不利な状況になりつつあった。
「ニホンめ……全てが仕組まれていたってのか!許せねえ!」
第77飛行隊を預かるシルベスタも、日本艦隊が起こしたあの爆発と、突然現れた空母艦載機の出現に怒り心頭だった。
会議で宣戦布告まがいのことをされたとか、不意打ちを受けたとかは関係ない。それは全て日本側が悪いことであり、多数決というものだ。
結局何もかもが日本の仕込みの上で、日本は初めからカルトアルパスを難癖をつけて攻撃するつもりだったのだ。
やはり日本は悪逆非道、こんな国は早急に叩き潰すべきだと、シルベスタは一環のパイロットながらもそう思った。
そうしているうちに、敵編隊の方にも動きがあった。雲間に隠れていた日本の戦闘機が、まだかなり距離があるにも関わらず、編隊を解いて方向転換をした。こちらに気づいた兆候だ。
「向かってくるのか!……ッ!?」
だが、様子がおかしかった。
まだ点のようにしか見えないが、こちらに方向転換してくる機体は、僅か二機だけであった。そんな機体、しかもたった二機程度でこのエルペシオⅢと戦うつもりかと、その一瞬で相手に侮辱された事を感じた。
「たった二機だと!ミリシアル空軍舐めやがって!!」
頭に血が上ったシルベスタは、眼下の味方編隊に指示を飛ばす。
「全機、あの舐め腐った大馬鹿野郎を逃すな!数の力で撃ち落とせ!!」
『了解!!』
だが、その時だった。
まだ数十キロ以上離れているはずの敵機から、何かの光が見えた。
「っ、あれはなんだ!?」
目を凝らして見ようとしたその瞬間、前方を飛行していた機体が一斉に爆発を起こした。
「なっ!?」
何かの光に捉えられたエルペシオⅢは、そのまま次々と撃墜されていく。各機は慌てて散開するも、その光は目で追いかけるように曲がっていき、そしてエルペシオⅢを逃さず落とした。
「ゆ、誘導魔光弾だと!?空中から!?」
それが誘導魔光弾だと理解したのは、その直前に日本艦隊からの誘導魔光弾の発射を見たからだろう。
だが、膨大な魔力を発生させ得る艦艇ならまだしも、単機での魔力量の低いはずの戦闘機からそれを撃ってくるなど、全くの想定外だった。
「ぜ、全機散開!高度も捨てろ!」
だが、そうこう考えているうちに敵機はさらに距離を詰めてくる。
空戦では一瞬の不注意が命取りとなる、シルベスタは作戦を変えて編隊を早急に散開させ、高度も捨てさせた。あのような誘導兵器が敵にある以上、早急に逃げ回った方がいい。
「っ、もうそこまで!?」
シルベスタは旋回する途中、敵機の姿を目視した。
先程まで数十キロ離れた地点にいたはずの敵機は、もう直ぐそこまで迫っている。戦慄するほどの速度だった、あまりに速すぎて計算したくもない。
「──ッ!?」
そして、敵機と自分たちがすれ違った。
その衝撃はあまりに速く、空気が震えた。
一瞬だけ、機体の姿が見えた。機体は鋭い機首と水平の翼を持ち、尾翼は二枚に分かれている。
尾翼の辺りから紫の火炎を出しており、その機体にプロペラの類は見当たらなかった。
「は、速すぎる!!」
その造形は、天の浮舟よりも遥かに洗練されている。我々が数十年努力しても、その先を行き続けているだろう、そんな機体だ。
シルベスタにとって、相手を一目見て勝てないと思えたのは初めてだった。
「っ、だからなんだ!」
たとえ勝てないような相手でも、自分たちは軍人だ。仲間を、街を、国を、守るために無謀な戦いでもやらなければならない。
シルベスタはすぐさま頭を切り替え、機体を翻す。そして通り過ぎていった日本機を追いかけようとするも、全く追いつけない。
「くっ……あの野郎!」
そんなシルベスタの奮闘などいざ知らず、日本機は緩やかな降下から機首を上げ、上昇に転じる。あんなに巨大な機体からは想像できない、恐ろしい上昇速度だった。
「嘘だろ!?」
そして上昇した二機の日本機は、その円の頂点で180度のターンを行い、再びエルペシオⅢと対峙した。まだこちらの旋回が終わっていないにも関わらず、だ。
「まずい!全機回避!!」
その途端、日本機から無数の機銃弾が迸った。弾丸の雨霰のような連打が、シルベスタの上を飛んでいた機体に突き刺さり、その機体は粉々に砕け散った。
あの威力は、20mmクラスの機関砲だと一瞬で理解した。だがあの機体に一体何門の機関砲を積んでいるのか、あまりに高い連射性能により判別できない。エルペシオⅢの火力とは、格が逸脱していた。
「嘘、だろ……!」
勝てない、これは本当に戦ってはいけない。
シルベスタはあまりの格の違いを認識し、一瞬で通信機に向かって叫んだ。
「全機撤退せよ!あれとは戦うなっ!!」
せめて仲間たちだけでも逃がしたいと思い、シルベスタは叫んだが、敵機は待ってくれない。敵機は恐ろしい角度で急旋回すると、今度はシルベスタの機体と正面から対峙する。
「くっ……殿は俺か!!」
隊長機として、その役目は譲れない。
シルベスタは真正面から対峙する敵機を睨み、機銃のスイッチに指を掛ける。そして、機体を最大にまで加速させた。
ヘッドオン、どっちが先に撃つかのチキンレース。相手の方もこちらを見据え、向かってきた。
「ミリシアル帝国を……舐めんじゃねえぞ!!」
だが敵機はその勝負に乗らなかった。
突然、敵機は翼端から何か光るものを発射した。そして自身は急降下を行い、シルベスタの射角から逃れる。
「なっ!?」
それが先ほどより小型の誘導魔光弾だと気づいた時には、光弾は目の前にまで迫っていた。
「く、来るなっ、チクショウがぁぁぁ!!」
シルベスタは憎き日本機を撃墜する事なく、F/A-18Jが放ったサイドワインダーによって、虚しく撃墜された。
撤退した仲間のうち12機が生き残れたのは、彼にとって唯一の成果であろう。だが彼が残した成果はそれだけであった。
同時刻
港町カルトアルパス沖合 カルトアルパス地方艦隊
突然の敵機来襲により、空に味方の死が広がったカルトアルパス。それを海上から見届けていた地方艦隊の艦橋では、悲壮な報告だけが叫ばれていた。
「第77飛行隊、壊滅!ダメです、迎撃できません!」
「敵戦闘機、Bセクターの防空圏を突破!そのまま突っ込んできます!」
「何故だっ!?何故なんだっ!!」
確実に撃破できるはずの空戦で敗北したことに、パテスは焦りと苛立ちを隠せなかった。
総勢42機のエルペシオⅢで殴りかかったにも関わらず、たった2機の敵戦闘機によって返り討ちにさせられる事態など、考えられるはずがない。
パテスから冷静さが失われ、苛立ちから指揮官席の肘掛けを掌外沿で思い切り殴る。普通なら小指の付け根を骨折したかの様な痛みが走る筈だが、途轍もない憤怒に身を任せる故か痛みは無かった。だがその焦りを鎮める間も無く、敵戦闘機が迫り来る。
『見えました、アレです!敵戦闘機を16機確認!機体は爆装しています!』
「くそっ、街には行かせるな!対空戦闘、高射砲で撃ちまくれ!」
それでもパテスは、艦隊指揮官としての命令を下す。その言葉によってカルトアルパス地方艦隊から、懸命な対空砲火が迸った。
「ダメです!速すぎて当たりません!」
「敵機反転!左舷より急降下しています!!」
「狙いは俺たちなのか!?」
上空3000mまで降下し、攻撃命令を受け取ったF/A-18Jの編隊は、艦隊直上で二機一組に分かれて散開。そして狙いを巡洋艦に絞り、降下を開始した。
敵艦に対して正確に攻撃を当てるべく、ロールをしながら急降下し、敵艦に向かう。それは図らずとも、前時代的な急降下爆撃の要領と同じだった。
「もっと弾幕を張れ!撃ち落とせ!!」
「ダメです!速すぎて照準が追いつきません!」
F/A-18Jが左舷から侵入し、狙いを艦載武装に絞る。
敵艦の数が多いことと、政治的に撃沈が許可できないと判断されたことから、F/A-18Jの飛行隊は
代わりに、誘導爆弾やロケットポッドなどで爆装しており、これで敵艦を撃沈せず無力化するつもりだった。
「甲板装甲強化!攻撃に備えるんだ!」
『敵機がロケット弾を発射!!』
「クソッ、衝撃に備えっ!!」
ロケットポッドから無誘導のロケット弾が、拡散するように一斉に放たれる。
ばら撒かれた70mmロケット弾は、それ単体では強化された魔導巡洋艦を破壊するには至らないが、武装などを破壊するにはもってこいだった。
ロケット弾は、その正確性をもってしてミリシアル地方隊の艦艇に命中。地方艦隊旗艦の巡洋艦〈ゲイシャルク〉は、艦前方から多数のロケット弾を被弾し、そのほとんどが砲塔に吸収された。
分厚い砲塔を完全に貫くには至らなかったが、その威力は2番砲塔の砲身に破損させるには十分であり、損害を受けた砲身は基部から折れて甲板に転がった。
そして、ロケット弾は1発ではない。パイロンに設けられた他のロケットポットから、艦側面に向けても無数に放たれていた。
このうち、深刻なのは左舷側に命中したロケット弾だった。左舷側に命中したロケット弾は、構造上の問題で強化が効かず、脆弱だった対空砲座に命中。ただでさえ対空火力が低かったシルバー級魔導巡洋艦の砲座を、一瞬で全滅させたのだ。
「損害報告!」
『今ので2番砲塔の砲身が破裂しました!』
『1番から3番の対空砲座が壊滅!対空火力は50%を損失!!』
「やられたっ……本艦は丸裸ではないか!!」
『敵機、後続が急降下!今度は爆弾です!!』
続いて誘導爆弾を搭載した後続機が、爆弾投下の体制に入る。先ほどのロケット搭載機と同じ軌道で、真っ直ぐに〈ゲイシャルク〉へと向かっていく。
「取り舵いっぱい!照準をズラせ!」
「ダメです!間に合いません!」
『敵機、小型爆弾を多数投下っ!全部命中コースです!』
「あんなに大量にっ……!甲板装甲強化、衝撃に備えろ!!」
ライセンス生産されたGBU-40/B SDB滑空爆弾が、パイロンから多数切り離され、赤外線の目で捉えた目標に突っ込む。
SDB滑空爆弾は中間はGPS/INS、赤外線誘導シーカーで終末誘導する事により命中率の高さは折り紙つきだ。
しかも滑空爆弾である為に、対空砲の射程外から安全に投弾出来る。今回は万全を期す為に予め対空砲を潰し、さらにGPSが整備されたばかりと言う事もあり、赤外線誘導が効く範囲まで接近したが。
貫徹力が高い上に、威力を絞っている事からオーバーキルや巻き添え被害を少なくしている。まさしく今回の任務にうってつけの爆弾だ。
投下されたSDBは、目標の一番高温な箇所──機関部に命中。弾頭はシルバー級の強化されてもなお薄い甲板上の装甲を貫いた後、艦内で炸裂する。衝撃波と爆風と破片で機関部をズタズタに引き裂き、魔導ボイラーの機軸を破壊し、その機能を損失させた。
艦隊の足が止まり、ウェーキもそこで途絶える。
『機関室、壊滅!!』
『魔導ボイラーに重大な損傷発生!行き足止まります!!』
「なんだと!?あんなに小型の爆弾だったのに貫通したのか……!?」
この小口径爆弾により、爆発は機関部で止まり、弾薬庫に誘爆することもなく浸水も微量だった。船が沈むことを覚悟していた乗員らは、ひとまず安堵するも、すぐに状況のまずさを悟った。
この限定的な攻撃により、カルトアルパス地方隊の艦隊は戦力価値を損失してしまった。機関部を損傷したので、これ以上の追撃もできない。完璧なる無力化攻撃だった。
「司令、これ以上の浸水は確認されていませんが、本艦のこれ以上の戦闘は困難です」
「他の艦もやられました!〈ゲイボー〉〈ベガルタ〉共に戦闘継続不能!」
「くそっ、やられた!!」
その事実を認識したパテス司令は、激しい悔しさを滲ませながら机を拳で叩いた。じんと来る痛みだけが、彼の虚しさを加速させた。
同時刻
グラ・バルカス帝国海軍 戦艦〈グレード・アトラスター〉
一方の湾内、戦艦〈グレード・アトラスター〉の艦内でも、轟々と聞こえる航空攻撃の音は聞こえていた。
幸いにも、それらの爆音と轟音は急速に収まりつつある。敵の航空攻撃が終わろうとしているようだった。
乗組員が不安げに空を見上げる中、通信士からの報告を受け取ったユリウス副長が、ラクスタル艦長に報告を行う。
「艦長、先程の航空攻撃でミリシアルの地方艦隊は全艦が航行不能になりました。ニホン艦隊との距離も45000を超えましたので、これ以上の砲撃は続行できません」
「……分かった。一応確認だが副長、出港までの時間は?」
「残り9時間です」
「そうか。分かった、ありがとう」
改めて出港が不可能なことを確認したラクスタル艦長は、海軍帽子を脱ぎ、そして髪を整えると再び被り直す。そしてユリウス副長に改めて宣言をした。
「もういい頃合いだろう、戦闘用具を収めろ」
「了解です、戦闘用具収め!」
戦闘配置の解除を命令したラクスタルは、まだ戦場の跡が残るカルトアルパスを見渡し、改めてため息をつく。
沈んだタグボート、硝煙の香る湾内の空気、そして何者かの流れ弾で炎上した港湾施設の炎。それらを見渡した後、改めて海の先を見た。
「……秋山司令、日高艦長、またどこかでお会いできると信じております」
ラクスタルは昨日出会い、今日戦った二人の尊敬できる日本人に、そのような言葉を送った。
その時はこんな卑怯な戦場ではなく、また喫茶店でコーヒーを飲めると信じて。
同時刻
フォーク海峡出口 日本国海上自衛隊 第1護衛隊
事件発生から40分が経ち、第1護衛隊はやっとの思いでフォーク海峡の出口に差し掛かった。今の所沿岸砲などは探知されておらず、このまま沖合に出られそうだった。
「……総員、戦闘用具収め。第一種警戒体制に移行」
「了解、総員戦闘用具収め」
秋山海将補の声により、戦闘態勢が解かれ、護衛隊は警戒体制に移行する。
だがまだ配置を解くわけにはいかない。〈ふそう〉航空隊の援護を受けながら敵の追撃を振り切り、ようやく湾外に出られたが、まだ油断はできなかった。
「とりあえず危機は脱しましたが、やはり最後の鬼門は……」
「ああ、接近中のミリシアル艦隊だ」
護衛艦〈やまと〉が各艦とのデータリンクでやりとりしている画面上には、第1護衛隊の進路を塞ぐように接近する、ミリシアルの一個艦隊が確認されていた。
このままでは、艦隊は確実にミリシアル艦隊と接触してしまう。戦闘になれば護衛隊の方が圧勝であるが、弾薬をかなり消費した上、政治的にも撃沈が憚られるためそれは避けたい。
「やはりここは、第1潜水隊に任せるか」
「それしかありません、彼らを信じましょう」
だが秋山海将補は、こんなこともあろうかと付近に潜水艦を配置していた。そのためミリシアル艦隊への対処は、彼らに任せるしかない。
不安ではあるが、それでも配置したのは日本でも新世界でも最高級の能力を持つ、そうりゅう型潜水艦2隻である。彼らならきっと、敵艦隊を無力化してくれるだろうと信じていた。
情報コラム
情報コラム
・F/A-18J/JF スーパーホーネット
旧アメリカ海軍第7艦隊が保有しているF/A-18E/F戦闘攻撃機のライセンス生産型。在日米軍及び米国大使館の許可と監視のもと、解体分析した上で生産された。
レイフォル戦後、海上自衛隊用の航空護衛艦の建造が決まり、時を同じくして艦上戦闘機の配備も決まった。
だが戦後日本には艦上戦闘機の開発経験がなく、日本国内に存在するマトモな艦上戦闘機が他に旧式のF/A-18DレガシーホーネットとAV-8BハリアーIIしかないため、消去法で本機の採用が決定している。
しかし、日本企業は長らく在日米軍のF/A-18の機体整備に関わってきた部分が多いことや、第4次F-X選定の候補にF/A-18E/Fが上がった際、製造元のボーイング社から送られてきた機体資料が防衛省に残っており、リバースエンジニアリングがそこまで苦にならないこと、そして機体の補充ができない在日米軍が再生産を強く望んだことが採用を後押しした。
機体構造に手は入れていないため、基本的なスペックはオリジナルと同じだが、電子装備を国産に一新しており、AAM-4やAAM-5などの空自戦闘機用の装備も運用できる。
在日米軍も本機の導入を計画しており、旧式化によりスペアパーツが不足しつつある海兵隊航空隊のF/A-18Dレガシーホーネットを本機で更新することを計画している。
湾岸戦争で爆装したまま2機のMiG-21を撃墜し、そのまま爆撃ミッションを完遂した逸話もあるF/A-18の空戦能力の高さは、カルトアルパス脱出戦時のエルペシオⅢとの空中戦でも遺憾なく発揮されている。