それと前回の話にオルダイカとエルチルゴの反応みたいなものを追加しましたので、気になる人は是非ともご確認ください。
【悲劇のあと、日本の変化】
──2度も起こった悲劇の後、日本の中でも大きな変化が起こった。長年国民の中で培われてきた平和主義を、「捨ててしまう」という選択肢である。
「全く驚きましたよ、いきなり湯水のように金と人が注がれるんですから……」
──そう語るのは、転移前から自衛隊の幹部として活動していた中村さん(仮名)。当時の武田政権による防衛戦略の見直しについて、こう語る。
「転移前の自衛隊は、正直に言って不安視されるレベルでした。装備はいいんですが、"弱くはないけど強くはない"って感じで、何よりお金と人が足りなかったんです」
──転移当初の日本の防衛費は、GDP比で言えばほぼ1%程度。周辺国や欧州では、GDP比2%台が目標だったのを見れば、確かに心許ないかも知れない。
「でもこっちに転移してきて、2度の戦争を経て、我々は戦争の現実を知りました。なので早急にこれらの自衛隊の問題を改善する必要に迫られたわけですが……そのための資金は、私たち幹部の予想よりはるかに大きかったわけです」
──武田政権が2015年末に打ち出した「防衛三大網」によれば、2020年までに防衛費をGDP比5%とすることを目標として打ち出された。単純計算ではあるが、これは当時の自衛隊が5個作れる規模の大規模予算案だった。
「そこからはもう大忙しですよ。いろんなところに声をかけました、会計科と協力して何に金を振り分けるかとか決めたりとか、各地の工場に出向いて増産体制のための説明を行ったりとか、新しい工場を作る手配をしたりとか……特に私は防衛省の中でも"そういうこと"を決める立場にいたので、俄然多忙でした」
「まず護衛艦、戦闘機、戦車の数が増やされました。次に沢山の新兵器を導入しました、武器を増産しました、編成まで変えました。そして16年には徴用自衛官制度の制定……当然人員が増えました、なので徴用自衛官の訓練プログラムも組みました。休日はほとんどありませんでしたが……私は不思議と嫌な気持ちはしませんでしたね、軍人として最も楽しい時期だったからでしょうか」
「でも危機感はありましたね。こんだけ増産して軍拡しても、勝てない相手がいるんじゃないかとか、あるいは逆に手に余るんじゃないかとか、懸念はなくはなかったです。けれど、たった5年で見違えるように強くなった自衛隊を見て、誇らしかったのは覚えています」
「でも、できれば戦争になるのはもう勘弁願いたかったですね。だって戦争になれば部下が死にますから、徴用した人たちが死にますから、それは嫌でした」
──しかし彼の願いも虚しく、新世界は日本に対して牙を剥いた。どこまでも理不尽な世界であったと、多くの人々が記憶している。
【インテリジェンス・インペリアル】
以下は、当時の連合軍が自衛隊の戦術や兵器、もしくは日本そのものを分析し、まとめ上げたレポートである。
主な分析者は、当時このような分析のレポートを前線士官たちに配布していたグラ・バルカス帝国の戦略諜報局であるが、その結果はミリシアル軍やエモール軍などにも共有され、対日戦争における教本となっていた。
"インテリジェンス・インペリアル"と呼ばれたこの雑誌には、日本や自衛隊に関する様々な情報が客観的に見て描かれており、グラ・バルカス帝国の情報収集能力の高さと、分析に関する余念の無さが窺える。
以下、本文
【ニホン兵、ジエイタイとは何か】※1643年1月号より引用
よく言われる"ニホン兵"という言葉であるが、この呼び方は当のニホン人からすれば、少しばかり違和感を覚える言葉との事だ。
軍人が兵と呼ばれることに違和感を覚えるのはどうしてかと思うかもしれないが、それに関してはニホンの複雑な事情が絡んでくる。
我々の敵、ニホン国の憲法に関して情報を集めたところ、驚くべきことに彼らは憲法第9条にて"軍事力を放棄、その他戦力を有しない"と明記されている。これはニホンの近代史を調べれば理由がわかるのだが、彼らニホン人は一度国力10倍を誇る大国と無理な戦争を起こし、序盤は互角に戦ったものの、ある時点から散々打ち負かされ、敗戦を喫したという。
なぜそのような無謀な戦争を起こしたかについては、ニホン国内でも諸説ある。その一因として挙げられているのが"軍事組織の暴走"と言われている。そのため、ニホン人は二度と戦争を起こさぬべく軍隊を廃止し、平和国家としての道を歩み始めた。
極端かつ非現実的な発想であり、現実ではそう上手く事が運ばず、肥大化する周辺の仮想敵国に対し再軍備せざるを得なかった。その始まりは警察予備隊、彼らで言うところの"ジエイタイ"の祖先である。
だが発足の際、彼らの政府は既存の憲法を改正することなく、あえて曖昧なままの状態で戦力を有した。その結果、軍事組織は"軍隊"と名乗ることは許されず、「自衛を行う軍隊」として"自衛隊"という表現を通したのである。
国や国民はそれで良いのか?と思うところであるが、実のところ、これら憲法の改正や法律整備などは日本の中では非常に難しく、反対勢力も多いことから、何度も試みられたものの上手く行っていなかったようである。
だが軍隊を名乗らずとも、その実力と組織は真っ当な軍事組織そのものである。彼らの保有する兵器や戦術は、我々の常識や軍事学を遥かに超える存在であり、馬鹿にできる要素など一つも無い。彼らは非軍事を掲げているが、組織、人員、戦力、どれを取ってもジエイタイは立派な軍隊そのものである。
【ジエイタイの兵器について】※1643年3月号より引用
以下は現在のところ判明している、ジエイタイが保有する陸戦兵器の情報である。2月までに情報局が行った調査、前線からの情報を基に作成されている為、情報の鮮度には注意。
戦車クラス
『10式戦車』
コードネーム"タイプ10"、"雷鳴のミョルニル"。
タイプ10はニホンの主力戦車とも言うべき戦車であり、ニホン語読みすると"10年式戦車"とも言う。
大きさは重戦車もかくやと言うほどで、非常に図体が大きい。その巨体に見合ったというべきか、想定100mm〜120mmという艦砲レベルの戦車砲を主砲として搭載しており、火力に関しては重砲クラスと言える。この時点で相当驚異的な性能だ。
非常に巨大な図体をしているが、この戦車は時速70km以上の高速で前進、後退を行う異常なエンジン性能を有している。さらに小回りも利き、さながら軽戦車のような機動力を発揮することがある。それでいて燃費も良いのか、継戦能力も高い。まさに至れり尽くせりの超戦車と言えるだろう。
実戦では機動力を生かして動き回り、行進間射撃を浴びせるのが基本戦法となっている。この行進間射撃は驚異的で、時速70kmでジグザグの機動をしながらも、目標に対して正確な射撃を浴びせることが可能となっている。その砲安定装置の性能は計り知れない。さながら"機動戦車"とも言うべき性能だ。
基本的にタイプ10は前衛には出ず、後述のタイプ90と共同して作戦に当たることが多い。この場合、タイプ10はその機動力と射撃能力を生かし、タイプ90を後方から援護している。
部隊運用の面では、主に装甲大隊規模の編成で運用されるようであり、最小部隊単位は2両〜4両である。生産数が多いため、各戦線どころか一部の偵察部隊でも見受けられる。ジエイタイの主力戦車であるため、国内全体で900両以上は配備していると見られる。
『90式戦車』
コードネーム"タイプ90"、又は"胸甲のヘスティア"。
ジエイタイとの戦闘で、南部戦線にて確認されたタイプの戦車。
タイプ10より遥かに強靭な装甲を誇り、馬力にも優れているとみられる新型戦車。タイプ10が"機動戦車"と言うべきなら、こちらは装甲などを重視した"重装戦車"と言うべき戦車であろう。なお、採用年数が10から90に繰り上がっている理由は不明。
装甲は極めて強靭であり、ミリシアル軍の76.2mm魔導対戦車砲や、我が軍の43型対戦車砲でも、750m以内で側面を狙わなければ有効打を与えられない。しかしさらに厄介なのが、各部の装甲に加えてレンガのような追加装甲を装備している場合がある。
これが非常に強固な代物で、搭載された箇所を狙って至近距離から徹甲弾を放っても、爆発によって砲弾が弾き飛ばされて有効打を与えられない。レンガ装甲が搭載されていない背面、もしくは上面を狙う以外に撃破方法は無いだろう。
そのためジエイタイはこのタイプの戦車をなるべく前衛に出し、攻撃を受け止めると共に、先述のタイプ10がそれを援護するという運用を行なっている。
つまりタイプ90は楔を打つための戦車であり、タイプ10はそれを援護するための戦車、という運用なのだ。実戦での連携は見事なもので、今まで様々な前線をその戦法で突破してきた。
もしタイプ90と対峙した場合、起伏の激しい土地でなければなるべく退却する事を勧める。対戦車砲が効かない以上、正面から戦車戦を行うのは自殺行為だ。
反撃する場合、最初の一撃はタイプ10を優先的に狙うべきである。彼らがタイプ90を繰り出してきたとしても息を潜めて耐え、後方のタイプ10の方を狙って攻撃するのだ。
そうすれば前線に出ていたタイプ90は、タイプ10が広げていた援護の輪から孤立し、後退せざるを得なくなる。今のところこれが、タイプ90に対する最適な対処法と言えよう。
実戦では歩兵が隠れられる塹壕を複数設置し、それらを連携させながら陽動を行い、対戦車砲の方向へと誘引。タイプ90の方を無視し、タイプ10が接近してくるのを待つ。この場合、対戦車砲はギリギリの距離まで隠蔽を行い、タイプ10を撃破可能な距離から攻撃をするべきである。
しかし厄介なことに、これらニホン戦車の乗員は特殊な訓練を積んでいるのか練度が高く、極めて特殊な能力も有している。先週の情報によると、味方のタイプ90が見つけた目標を、その後方にいたタイプ10が間接的に狙って撃つという戦法を行ったらしく、上記の戦術が看破されていた。
無線の配備のみでは到底実現できない離れ業であるが、このような事例が報告されている以上、"相手の戦車一両にでも発見されたら終わり"と言う事を念頭に置いてほしい。
装甲戦闘車クラス
『19式装甲戦闘車』
コードネーム"タイプ19"、又は"暴風のフェンリル"。
ジエイタイの第7師団および第2師団にのみ配備が確認されている装甲戦闘車両。軽装甲の車体(ジエイタイ基準)に30mm~40mmクラスの機関砲を備え付けた軽戦車のような車両である。機関砲の威力もさることながら、最も警戒するべきなのは、この車両が軽戦車であると同時に歩兵8名を同乗させられる装甲車でもある点だ。
我々の軍にも機関砲付きの装甲車はないことはないが、この車両のように大型で強力な武装を持つものは存在しない。我々の軍では日の目を浴びなかったコンセプトで設計されていることから、ジエイタイは戦車と歩兵の共同作戦をかなり重視しているものと思われる。
『19式装軌装甲車』
コードネーム"タイプ19B"。
第7、第2師団にのみ配備が確認されている装甲車。こちらはタイプ19の車体と共通化しており、コンポーネントがまるっきり一緒。こちらは砲塔のみを取り払った簡易型と思われる。
厄介な機関砲は無くなったが、その分乗せられる歩兵の数が増えており、重機関銃の銃座も備えている。驚くべきことにこの銃座は無人で制御されており、スナイパーの狙撃から身を隠しているため、銃座の無力化は難しい。
ジエイタイが歩兵の盾として利用するこの戦闘車両も、歩兵戦闘ではこの上なく厄介な存在だ。油断してはならない。
装輪戦闘車クラス
『16式機動戦闘車』
コードネーム"タイプ16"、又は"疾風のガルム"。
4対8輪の装輪で構成された、ジエイタイの装輪戦車である。推定100mm程度の戦車砲を搭載。非常に高い機動性を持ち、時速100キロの速度で街道などを走行可能だ。
急カーブでも横転しない、殺人的な急制動、そしてタイプ10をも超える精度の行進間射撃を可能とし、装輪戦車としては恐ろしい性能である。
我が連合国の兵器でその足に敵うものはおらず、装輪車両に秀でたミリシアル陸軍ですらその展開力には勝てなかった。ジエイタイがわざわざこの手の装輪戦車を配備しているのは、ひとえにこの圧倒的な戦略機動性に起因すると思われる。
榴弾砲クラス
『18式火力支援戦闘車』
コードネーム"タイプ18"、又は"弓神ウル"。
ニホン軍の雑誌に掲載されていた情報を基に予想。大型汎用トラックの車体に榴弾砲をそのまま備え付けてある自走榴弾砲で、装輪であることから展開力の高さが窺える。
ジエイタイにおいては、この装輪自走砲が陸軍の自走砲の大部分を占めていると考えられ、既に400両が製造され配備されていると記載されていた。
この情報が事実だとすれば、装軌自走砲の配備と合わせ、ジエイタイの砲兵はその規模に反して高度に機械化されていると予想される。
実際の戦場でもこれらの自走榴弾砲からの攻撃を受けており、戦場に存在することは確認されている。しかし、雑誌の情報しかないため詳しい榴弾砲の性能などは不明なままである。
次回の本編は第三章になります。