新世界の敵、日本国   作:創作家ZERO零

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本作の執筆BGMとして、Mr.Children氏の『HANABI』を聴きながら書いております。なんかグッとくるのがあるのです。


第三話『奪い合い』

 

日本国 岡山県

 

 岡山県の某所、とある家族の妻が食事のやりくりに苦労していた。

 

「配給は……これだけなのね」

 

 娘を留守番させ配給を取りに行った一児の母、百田桃子は今日の配給の少なさに愕然としていた。配給票に今日の分が記されているが、お米300gと鯖缶2個しか書いていない。人数分はあるのだが、量は日に日に少なくなっていた。

 今の日本では政府が食料を管理していて、配給は連日配られる配給表を消費してもらう形だ。まるで戦前だと比喩する声もあるが、日本の食糧自給率では仕方のない事態である。

 転移する前は当たり前のように買えた肉、魚、野菜がほとんどなくなっていて、近所のスーパーはしばらく閉店していた。今更ながら食卓のありがたみと言うのを知る。代わりに娘の通う学校で、その配給を配る自衛隊の人たちがいる。

 

「一列に並んでください!」

「大丈夫です、人数分はありますから!」

 

 百田桃子は配給表を狙うスリに気を付けつつ、無事に学校へとたどり着く。配給表を自衛隊員に見せ、中へと入る許可をもらおうとした。

 

「こんにちは」

「ああ百田さん、こんにちは」

 

 すっかり知り合いになってしまった女性隊員に配給票を見せ、スタンプを押してもらう。これを許可証として、食料の置いてある体育館へと入るのだ。

 

「百田さん、大丈夫ですか?何かぼーっとしているような……」

「え?そ、そうですかね……」

 

 自衛隊員の姿を見てぼーっとしていたのは事実だ。彼らを見ると、同じく自衛隊に入隊してパガンダ王国へと派遣された夫のことが気がかりになってしまう。

 

「ご主人さんのこと、ご心配でしょうか?」

「いえ……その」

「何か精神病の類であれば、薬を配給することもできますが……」

「大丈夫です……」

 

 そう言って百田桃子はスタンプを貰った配給票を手に、体育館へと入っていった。

 

「これから、日本はどうなっちゃうのかしら……」

 

 国民はパガンダ侵攻を重く受け止めていた。日本が70年間も守って来た平和と言う国是を破り、他国に侵略してモノを奪うという行為。だが結論から言えば、その行為は一定数支持された。

 だがそれはあくまで日本が生き残るための観点であり、他国を侵略したことに関しては、日本人全体が背負わなければならない罪だと言われている。

 だが今はそれを考えている余裕はない。とにかく配給をやりくりして、自衛隊がパガンダを制圧してくれるのを待つしか無い。

 

「よし……」

 

 先週より少なくなっているのは確かだが、それでも桃子は配給を手に入れ、体育館を出る。

 だがその時、桃子の前にいた女性に対して1人の老人が体当たりをした。

 

「きゃっ!」

「!?」

 

 そして体当たりを敢行した老人は、女性の配給を素早く奪うと、そのまますぐさまその場を立ち去ろうとする。

 

「クソッタレ!窃盗だ!」

「逃すな、追うんだ!」

 

 老人は必死で逃げようとするが、体力旺盛な自衛官たちに追いつかれ、拘束された。

 

「離してくれ!ウチには猫が居るんだ、配給分じゃ足りない!」

「だからって、こんな事を!」

 

 自衛隊員に取り押さえられ、近くの警察官に身柄を引き渡された老人は、泣きながらパトカーに乗って連れ去られる。

 

「…………」

 

 桃子はその様子を直視できず、わざとらしく目を逸らした。もう、こんな光景は何度目だろうか。人々が配給を奪い合い、スリや窃盗が相次いで治安が悪くなっている。

 無論警察や自衛隊が治安維持を行っているが、とても人手が足りないのか犯罪率は上昇している。

 そのせいか、連日のニュースなどもどこかの窃盗や強盗などで埋め尽くされていた。

 桃子は、目を伏せて知らないフリをした。

 

 

 

 

 

 

日本国 首都東京

 

 首相官邸では、厳田防衛大臣が武田総理にパガンダでの作戦終了を伝えていた。既に戦闘終了から10時間が経ち、自衛隊員たちは後始末に追われている。

 

「以上で、パガンダでの全作戦が終了しましたことを報告します」

「……ご苦労だった」

 

 武田総理は報告を聞き、今までの緊張と不安がほぐれて一息ついた。

 

「すまないな、厳田防衛大臣。このような侵略行為の指揮を任せてしまって」

「いえ、良いのです。我々全員が決めたことですから」

 

 厳田防衛大臣はそう言ってごまかすが、この決定を下して戦争に突入したのは紛れもなく武田総理によるものである。だからこそ、彼が一人で抱え込まないように配慮していた。

 続いて、文部科学大臣の調査報告が行われる。

 

「文部科学省です、パガンダ王国での資源調査ですが、民間企業により島の一部に石油資源があることが判明しました」

 

 その報告には、各官僚たちは深く息をついて安堵した。パガンダに侵攻したのは資源を得るためであり、生き延びるためであった。その行為が無駄に終わらずに済むことで、言い訳がつくというものだ。

 

「そうか……なら、行動は無駄にならずに済んだな」

「数週間後には採掘と精錬が始まります。予想埋蔵量はそこまで大きくありませんが、これによりあと50年は生き延びることが可能です」

「ひとまずこれで安心だな。だが、食糧の方はどうだ?」

 

 その言葉には、農林水産省の大臣が発言を行った。

 

「農林水産省です。食糧に関しては……あまり改善しませんでした。パガンダ島の農地は極小数規模で、収穫高に関してもあまり芳しくありません。日本国民全員を養うには、まだ足りないかと」

「なっ、一体どうして?都市部はあんなに発展していたのに?」

 

 その報告には、ほかの大臣たちも大きく狼狽した。それもそのはず、パガンダ王国の領地は意外と広く北海道ほどの大きさがある。農地としては大きいはずだ。それに都市部の発展具合から見て、国は相当豊かだったことが分かる。

 

「おそらくですが、食糧はレイフォルからの輸入に頼っていたのかもしれません。貧富の差が激しい国だったと分析されていますので、都市部に住む一部の人間のみが美味い飯を食べていたのかもしれません」

「……馬鹿馬鹿しい、腐敗が過ぎるぞ」

 

 あまりにも期待外れでくだらない腐敗具合に、大臣たちは愚痴を叩く。

 

「……しかし、これは不味いな。食糧の備蓄はほとんど底を尽きている。どうにか改善しなければ、本当に餓死者が出かねん」

「そこでなのですが……」

 

 農林水産大臣は、何かを含んだような口調で総理にあることを提案する。

 

「パガンダ王国の都市部各所には、地下に膨大な食糧庫が存在することが判明しています。これを徴用して、しばらく食いつなぐのはどうでしょうか?」

「っ……」

「それは……他人の食糧庫を泥棒していくわけか?」

 

 彼が言うのは、パガンダ王国が管理していた各都市部や村々にある食糧庫の事である。そこには輸入したとみられる食糧が大量に備蓄されており、それを奪えば日本国民はある程度食いつないで行けるかもしれない。

 

「そうなります。しかし、これ以外に現状の食糧不足を解消する手段はありません。どうせ我々は戦勝国なんです、何をするにしても我々に権利があります」

「待ってください!それは、パガンダ王国に相当な餓死者が出ることになりますよ!」

 

 それに反対したのは、文部科学大臣である。彼は人道上の観点からその食糧徴用に大きく反対した。

 

「パガンダの食糧を持ち出せば、パガンダの国民は食糧不足に陥り、万単位の餓死者が出ます!それは人道に反する行為です!やめましょうよ!」

「では貴方達は、パガンダ国民450万と日本国民1億2000万"人"が釣り合うとでも思っているのですか?」

「っ、それは……」

 

 農林水産大臣の言う「人」という強調された単語により、文部科学大臣はたじろいだ。確かに自国民とパガンダ国民、どちらが大切かと言われれば簡単に答えられなかった。

 

「パガンダは、我が国の全権大使たる外務大臣を処刑した犯罪国家です!そんな国の国民がどうなろうと、知ったことでは無いでしょうに!」

「そうだ!いいじゃないか、国の一つや二つくらい!日本人が生き残るためには仕方がないんだ!」

「ですが……」

 

 それでも大臣は人道上あってはならない事だと反論したかったが、あまりに周囲の意見が強く、言い返すことができずに口を噤んでしまう。

 

「君たち、不適切な発言は止したまえ」

「総理……」

 

 そんな言い争いを止めたのは、紛れもなく武田総理である。

 

「確かに食糧の徴用は人道上の罪を引き起こす事になる。だが……日本人が生き残るためには、食糧を奪うしか方法はないのは確かだ」

 

 武田総理は深く俯きつつ、言葉を続ける。

 

「我々は既に外道に堕ちた国だ。もう、後戻りはできない。国民の飢えを凌ぐため、食糧の徴用を命ずる」

「……わかりました」

 

 だが武田総理は、覚悟をもってして指示を出した。もはやそれしか日本が生き残る手段がないことは明白であるからだ。

 

「外道に堕ちた国、か。それにしたってどこまで堕ちればこの地獄は終わるんだ……」

 

 だが武田総理の僅かな良心が、この世界の不条理を嘆く。彼の呟きは仕事に取り掛かった大臣たちには、全く聞こえていなかった。

 

 

 

 

 

 

 パガンダ王国 とある町

 

「どうしても渡してくれないのですか?」

 

 占領地域となったパガンダ王国の、とある町に自衛隊員たちが詰め寄っていた。その相手は町人達とこの町の町長である。

 

「無理だ、これは町の大切な食糧なんだ!」

「……お願いです。少しだけでいいんです、我々に分けていただけませんか?」

「それは、無理だと言っている!」

 

 町長は奇襲攻撃でこの街を占領した異国の兵士に対して、ただならぬ恐怖心を感じながらも抵抗を続けていた。

 今の町の食糧事情は不安が残る。パガンダ王国は滅亡し、レイフォルからの輸入が途絶える事になった。

 新たな占領者となった日本政府とレイフォル政府の外交窓口が全く無いので、食糧の輸入がストップせざるを得ない。これも悪名高きパガンダ王国外交局のせいであり、彼らのせいでレイフォルとの外交が途絶えてしまったからだ。

 それを凌ぐための希望がこの食糧庫だったのだが、それが日の丸の兵士たちに奪われようとしている。町人にとっては到底看過できない横暴だった。

 

「もう冬は終わりに近づいています。また春に作付けをすれば食糧は戻ります」

「じゃあ、作物が育つまで飢えていろとでも言うのか!」

 

 自衛隊員たちが必死の説得を試みるが、町人たちは絶対に渡すまいと時間稼ぎを続けている。だが、自衛隊員たちも焦りが出ているのか、ついに忍耐の限界に達した。

 

「それでも渡していただきたい!」

 

 この町に派遣された自衛隊員の小隊長、百田太郎は説得を諦め、力強く訴える。

 

「我が国の国民は、危機的な食糧難に陥って飢えているんです!飢えを凌ぐには、パガンダ中から食糧を持ち出すしか無いんです!」

「そんな事……お、お主らの国のために我々は死ねと言うのか!!」

「っ…………」

 

 町長の言葉は、百田の心を抉る正論である。百田とてこんな人道違反はしたくないし、パガンダの国民まで苦しめたいわけでは無い。

 だが自分達は外道に堕ちなければ生き残ることが出来ない。そんな弱い立場にまで、日本は追い詰められていた。

 

「……もう交渉の余地は、無いのですね」

「何を……?」

 

 百田は89式小銃の銃床で町長の顔を殴り、腕を掴んでそのまま拘束した。自衛官らしい腕力で老人の町長を押さえつけ、周囲の自衛官にも命令する。

 

「ぐっ……離せ!」

「彼らを手錠で拘束しろ!抵抗するなら射殺しても構わない!」

 

 百田は部下たちに実力行使を命令する。だが、さすがの自衛隊員も命令にすぐに従えず、狼狽える。

 

「ですが隊長……」

「うるさい、やるんだ!じゃないと飢え死にするぞ!」

 

 だが百田の言葉により飢えを思い出した隊員たちは、銃の安全装置を解除した。そうせざるを得なかった。なぜなら住民たちが食料を73式トラックに積み込む行為に対して、激しく抵抗したからだ。

 

「やめろぉ!俺たちの小麦だぞ!」

「私たちの食糧を返して!」

「うるさい!うるさいぞ!」

 

 抵抗する民間人を押さえつけ、時に銃床で顔を殴って黙らせる。そうするうちに抵抗はどんどん大きくなり、ついには発砲まで行われた。

 このような光景は、パガンダ中の各都市で見られた。後世の歴史に「パガンダホロドモール」として記され、日本の反人道政策の一環として批判されている。これにより当時の日本の事情を知る一部の国以外が、全て敵に回ることになった。




こうやってなし崩し的に悪事を重ねて、終わらない地獄に突入していくのが好き。

レイフォルはどうする?(6/22まで)

  • 降伏させるべき
  • 徹底抗戦させるべき

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