新世界の敵、日本国   作:篠乃丸@綾香

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第三十八話『介入案件』

中央暦1643年

ムー連邦南部管区 港湾都市マイカル

 

 南部の重要都市のひとつである港湾都市マイカルは、まだ静かな方だった。

 三日前、ムーの構成国の各所で発生した反乱は、ムー連邦を急速に瓦解させている。第二文明圏随一の大国が内戦状態に陥るという衝撃は大きい。

 今、ムーは大まかに中央政府の統制下にある政府軍と反乱軍に分かれて内戦している。

 幸いにも、ここ港湾都市マイカルは政府軍の有力部隊が展開しており、反乱の兆しも見かけられないことから、まだまだ平穏だった。

 だが、既にここ南部管区でも政府軍と反乱軍の戦闘が幾つか発生している。いずれここも危険になるかもしれない、という不安はある。

 

「……くそっ」

 

 ムー連邦軍の諜報機関に属する技術士官のマイラス・ルクレールは、訳あってこの街に滞在していた。市内のホテルに滞在して、一日のほとんどの時間をヤケ酒に費やしている。

 ここに来たのは二日前だ、まだ政府軍が押さえている寝台鉄道を使わせてもらった。

 それも、逃亡のような形でである……

 

「日本の技術を……あんな風に使うなんて……!」

 

 マイラスは日本製のドローンが、民間人虐殺に使用されたことを知っていた。

 SNSでの情報を見かけて、ショックを受けてしまったのだ。自分の発明品ではないにしろ、敬愛する日本の技術が虐殺に用いられたこと、そしてその命令を発した中央政府の凶行に対し、幻滅したのだ。

 もちろん、彼は技術士官として軍事研究にも携わり、兵器の開発も行なってきた。自分の発明品が人殺しに使われる覚悟もある。

 しかし、民間人虐殺となれば話は別だ。

 使う兵器にもルールはあるだろう、何の罪もない民間人を虐殺するのはご法度のはずだ。

 なのになぜ、こうなってしまったのか……

 

「どうして……こんなことに」

 

 そして自分の祖国が内戦状態に入ったことも、彼のショックを加速させていた。

 なぜ同じ国の人間同士で銃を向け合わなければならないのか、マイラスにはショックが大きすぎた。

 どちらの側に立つことも出来ず、マイラスはこのマイカルに逃亡という形で逃げてきたのだった。

 

「マイラス、いるか?」

「……」

 

 失意のどん底にいるマイラスの耳に、部屋のドアがノックされる音が聞こえた。

 滲んだ意識の中でも、親しい友人の声が耳に入った。

 マイラスは無意識の内に立ち上がり、そして部屋のドアを開けた。

 

「……やあ、マイラス。元気ではなさそうだな」

「ラッサン……」

 

 同期で同僚、そして一番の親友であるラッサンだった。彼はやさぐれたマイラスの顔を見るなり、ふっと笑ってみせた。

 

「サンドイッチを買ってきた。日本産だから保存が利くぞ」

「…………」

 

 親友のラッサンがこのホテルに来たのを受け、マイラスは彼の目的をなんとなく察していた。

 一つは、自分を元気付けに来たのだろう。ラッサンはマイラスの一番の親友で、こうしてサンドイッチと水を買ってきてくれたのも、その友情あってこそだ。

 だが、おそらくもう一つの目的は──

 

「……マイラス、いつの間に逃げ出してたんだ?」

「……すまない、現状に耐えられなくてな」

「気持ちはわかる。お前が敬愛する日本の技術が、中央政府の奴らに良いように使われたんだからな」

 

 ラッサンは言葉を続ける。

 

「……なあ、こんな事態だ。中央政府に戻って、この内戦を戦うつもりはないか?お前の力が必要なんだ」

「…………」

 

 彼がマイラスの部屋を突き止めた理由、それはやはり、逃亡したマイラスを政府軍に引き戻すためだ。

 マイラスは日本製の技術に精通しており、多くの日本製兵器のライセンス生産に関わってきた。

 技術屋として、今後もその力が必要になるかもしれない。だからこそ、中央政府と政権軍はラッサンを使ってマイラスの居場所を突き止め、戻ってこさせようとしているのだ。

 

「……悪いけど僕は、罪のない民間人を弾圧する中央政府には従えない」

 

 だからこそ、マイラスはラッサンに自分の心情をはっきりと伝えることにした。親友であるラッサンなら、分かってくれると信じて。

 

「僕の作ったものが、あの中央政府に使われるのは……もう、嫌だ」

「そっか……なら、仕方ないな」

 

 マイラスにそこまで言われて、ラッサンは徐に立ち上がった。

 一瞬、引き摺られて連れていかれるのかと思って身構えたが、ラッサンはそんなことはせず、上着を着て帰る支度をし始めた。

 

「……え、もう良いのか?」

「何が?」

「いや……任務上、僕を引きずってでも連れて行くのかと思った」

「ハハハッ、親友にそんなことはしないさ。"見つかりませんでした"って言うよ」

 

 ラッサンは上司にどやされる覚悟を持ってるのか、苦笑いを浮かべてそう言った。

 

「じゃあな、マイラス」

「……ああ」

 

 そう言ってマイラスの部屋を出たラッサンは、にこやかな笑顔で別れ、廊下の方に出た。扉が冷たい音を立てて閉まり、マイラスだけが部屋に残された。

 この時は、これがラッサンとの一生の別れであるとは思いもしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中央暦1643年

日本国東京 情報省

 

 日本最大の情報機関となった情報省の専用庁舎では、大混乱が起きていた。数年前のグローバルホーク撃墜事件の後に都内に新造された庁舎ビルの中で、職員たちが業務用PCと鳴り響く電話を捌きながら、慌ただしく駆け回る。

 この世界で日本にとって最大の貿易相手かつ、同盟国となっていた列強国ムー連邦で大規模な反乱が発生し、内戦状態に突入したという情報が入ってきたからだ。

 同省の長を務めている情報担当大臣は、現地で活動している情報省職員をはじめ、外務省や防衛省などの他省庁からの報告を待っていた。

 

「ムーの内戦について続報はまだか?」

「現地職員や日本大使館の朝田大使から報告が入ってますが、情報の精査中です。現地もかなり混乱しているのか入ってきた情報もバラバラでして……」

 

 と、乱雑に部屋のドアが開け放たれ、業務用タブレットを抱えた情報省職員が息をせき切りながら慌ただしく入室してきた。

 

「現地情報の精査完了しました!」

「どうだった!?」

「はい、どうやらムー連邦は西部、南部、北部の各管区で軍部隊の離反、反政府系組織による蜂起、都市や州の独立宣言が相次いでおり、急速に分裂しつつあるようです!」

 

 情報省職員は手元のタブレットに視線を落としつつ、報告を始める。

 

「ですが、日本大使館のあるオタハイトはまだ無事とのこと。オタハイトが所在する中央管区では、なんとかムーの中央政府が統制を保っている状態で──」

「ま、待ってくれ。すまんが『管区』って何だ?悪いが私はムーの国内事情についてそこまで詳しくないんだが……」

 

 情報省職員はその言葉に一瞬「えっ」とでも言いたげに目を見開いて大臣の方を見たが、すぐに何かを理解したかのような表情を浮かべる。

 日本最大の情報機関の長を務める大臣だが、あくまでも首相からその役職を指名された一政治家に過ぎず、専門家のように何でも知っている訳ではないのだ。

 

「……分かりました。大臣、まずはそこから説明します。ムー連邦はその名の通り連邦体制の国家で、国土は複数の構成国を基幹に、その他の州や自由都市など計23の連邦構成主体から成り立っています。まぁ、地球で言うロシア連邦みたいなもの、とでも言ったところでしょうか。これとは別に、ムーは統治の円滑化を図るため、全土を東西南北の4つに分けた『連邦管区』を設置しています」

 

 そこで一旦職員は説明を区切り、大臣が話の内容をうまく飲み込めているかを確認してから説明を再開する。

 

「また、この管区制はムー統治軍にも適用されており、同軍は中央管区総軍、西部管区総軍、南部管区総軍、北部管区総軍の4つの総軍からなります。自衛隊で言う方面隊に相当すると思って頂ければ結構です。そして中央管区総軍と首都オタハイトがある中央管区はムーの中央政府の強い統制下にあり、今回の内戦でも反乱は起きていないそうです」

 

 大臣もそこまで説明され、やっとムーの現状を理解したようだった。

 

「……なるほど。ということは、今のムー連邦は中央以外の3つの管区で反乱が相次いだことで国土が分裂した、という認識で正しいか?」

「そうです。西南北の各管区では構成国や州などがムーから離反し、各管区総軍で反乱が起きています。全てが反乱した訳ではないのですが……誤解覚悟で端的に言ってしまえば、現在のムーは『中央政府率いる中央管区(政府軍)』対『それ以外の3管区(反乱軍)』に分かれて内戦状態にあります」

 

 大臣は軽く眩暈を覚える。

 ムーの中央政府がまだ首都のある中央管区を抑えているのは不幸中の幸いだが、それ以外のすべての管区が敵に回ったような状態である。

 中央政府側が不利なのは明らかだった。

 

「……大体のことは分かった。それで内戦の原因は?」

「ムー中央政府がオタハイトでの暴動を軍隊に武力鎮圧させたのがキッカケだそうです。中央政府は以前から求心力を低下させていたようですが、民間人の殺害によりそれが沸騰した模様です」

「暴動──前に報告のあった、日本排斥を訴える暴動か」

「ええ。反乱勢力も日本排除を訴えているとのことですし、我が国が反乱勢力側と交流するのは不可能でしょう。ちなみに暴動鎮圧では自爆ドローンが使われたと現地の朝田大使が報告しています」

「なっ、ドローンだと?……ってことは我が国の技術じゃないか!」

 

 ムー大陸には現在、多数の日本製品が製造技術とともに輸出されている。

 その中には中核的な技術──といっても国内で一般に流通しているものと比べて遥かにダウングレードされており、製造も中核部分をブラックボックス化したりノックダウン生産だけに留めているが──も少なからずある。

 なにせ日本は転移により製造業の50%超が廃業に追い込まれかけたのだ。そのダメージは現在の好景気にあっても未だに尾を引いている。

 日本経済界は何が何でも外貨を獲得しなければ、という必要性……いや、()()()()に迫られてあらゆる製品の輸出に乗り出しており、今までタブー視されていた防衛装備(武器兵器)の輸出も数年前から第2文明圏向けに始まっている。

 だが、それが今回の事態を引き起こしてしまったのである。

 

「ムーが自爆ドローンを製造したことは知っていたのか?」

「……一応は。ただ、ムーはこの世界で数少ない友好国ですし、ミリシアルやエモールとの対峙に備えて見逃していた形です。ドローンも製造というより既製品の改造で──プログラムを弄って爆薬を積んだだけのようです──、生産方法もノックダウンなので部品輸出を規制すれば生産数は抑えられるという見方もあります。まさか民間人殺害に用いるとは、想定外でしたが」

 

 これには大臣も職員も苦い顔になる。

 彼らはムーをこの世界で数少ない理性的な大国だと思い込んでいただけに、今回のムー中央政府による強硬手段があまりにも想定外だったからだ。

 幸い、ドローンにも使われる細かな電子制御部品などは日本国内での生産に限定している。

 ムーの基礎工業力は地球の1910年代相当であり、いくら日本との交流があったといえど2010年代後半の電子制御部品をコピーするだけの技術力は無いため、部品輸出を規制すれば自爆ドローンの製造は止められそうだったが。

 

「また、内戦に至った他の要因としては、ミリシアルやグラ・バルカスなどによるムーの分離化工作も原因と考えられています」

「自衛隊から報告のあった"プランB"のことか。ううむ、もう少し情報が早ければ対策できたかもしれないが……」

 

 ミリシアルで活動していた自衛隊の別班がもたらした、世界連合による『プランB』の情報は情報省にも届いてはいたが、対策するには遅かったようだ。

 

「それと大臣、防衛省から気になる情報が」

「防衛省から?」

「はい、どうやら内戦の前後からレイフォル上空で偵察活動をしていた空自のYS-11EB──電子偵察機が、ムー国内から何らかの暗号通信が東に飛ばされたのを確認したとのことです」

 

 YS-11EBは空自が運用する電子偵察(ELINT)機だ。YS-11を改造した旧式機だが、C-2を改造したRC-2電子偵察機の数がまだ揃っておらず、機数補填のために運用している。

 内戦発生直後、レイフォルに駐留していた自衛隊は内戦の状況を調べるべく、YS-11EBを筆頭に複数の偵察機をムー周辺へと緊急発進させていた。

 

「暗号通信なので民間の電波ではありません。状況証拠からして、国または国に準ずる何者かがムーで内戦が発生したことを国外に伝えたと考えられます」

「……通信相手は?」

「不明です。そこまでは防衛省も把握できていないとのこと。ですが東と言えば──」

「……ミリシアル、グラ・バルカス、怪しい国がいくつもあるという訳か」

 

 空自が観測した暗号通信は、ムーでの内戦発生の第一報をミリシアルやグラ・バルカスといった日本と対立する国々に向けて伝えたものと考えられた。

 ミリシアルなど世界連合の大半は魔法文明だが、魔法文明といえどグラ・バルカスと連帯しており、ミリシアルに至っては電波レーダーも実用化しているので不可能ではないだろう、と大臣は思った。

 その時、再び部屋のドアが乱暴に開け放たれる。

 何事かと大臣や職員らがドアの方に視線を向ける中、職員がまた一人部屋に飛び込んできた。その職員は一度室内を見回し、大臣を見つけるなり報告してきた。

 

「大臣、ミリシアルに派遣中の工作員より緊急通信です!」

「何、ミリシアルだと?内容は?」

「はっ、『各所の軍事施設にて、ミリシアル軍の活動活発化を確認。同基地にはグラ・バルカス軍の輸送機なども多数配備されており、数週間以内に何らかの軍事行動に出る公算大』とのこと!」

 

 瞬間、室内に緊張が走る。

 先進11ヵ国会議での一件の後、グラ・バルカス帝国軍は輸送機や爆撃機からなる多数の飛行隊をミリシアルの空軍基地や飛行場へと派遣させ始めていた*1

 それらは情報省が現地に送り込んだ工作員、そしてGPS衛星や通信衛星の打ち上げが優先されたために稼働数がまだ全然足りていない偵察衛星が辛うじて確認しており、恐らくは対日戦への備えだと推測されている。

 今のところ艦隊が送られた様子はないが、会談決裂から9カ月、長い時間をかけて推定1,000機以上の航空戦力が移動しているほか、補給物資を運ぶとみられる輸送船団の往来も両国間で活発化していた。

 ムーでの内戦発生からそこまで時間が経っておらず、そんな中でミリシアルの軍施設にて何らかの軍事行動の準備が始まったともなれば、不審に思わざるを得ない。

 

「まさか、ミリシアルとグラ・バルカスはこの内戦に介入するつもりなのか……?」

 

 情報担当大臣の唖然とした呟きは、その年のうちに現実のものとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

中央暦1643年2月1日

ムー連邦北部 工業地帯

 

 空冷エンジンの駆動音と連動するかのように、時々大きく揺れる機内。

 喧しい爆音を他所に、降下猟兵達は思い思いの行動で時が満ちるのを、ただ虎視眈々と待ち続けていた。

 ある者は集合用の笛を片手で弄くり、またある者は自身の装備の点検を暗闇の中でこなす。

 その座席の列の一番端、降下用のドアの近くで座る第1降下猟兵師団の降下猟兵連隊、第2中隊を預かるエッケハルト中尉は開け放たれたドアから、所々に人々の営みの火が見える漆黒の大地を、ただ何と無しに眺め続けていた。

 

 士官学校を卒業して数ヶ月して、エッケハルト中尉の人生は激動のうねりの中に飛び込む形となっていた。クルト・シュブリームカム上級中将の提唱の下、軍内で降下猟兵部隊の拡充が進むこととなり……。

 このまま平凡な人生を送るよりかと降下猟兵学校に籍を置いたのは良いが、彼の運命はこの軽はずみな行動によって想像以上に激変した。

 降下猟兵学校にて教官からの強烈なシゴキの下、自身が預かる第2中隊はその才覚をメキメキと伸ばした。グラ・バルカス帝陸軍空挺史の中で、珍しく中隊全員で合格したかと思いきや。

 今度はムーに進出して、ニホンと呼ばれる訳の解らない国との戦争に従軍する羽目になるとは。いやはや人の世とは解らないものだと感慨に耽る。

 そうこうしている間に、降下用ドアの付近に取り付けられたライトが、降下準備を示す赤から緑へとその光を変えた。

 

「降下準備、総員立て!!」

 

 両手を上げるハンドシグナルと共に繰り出されたエッケハルト中尉の号令の下、座席に座る降下猟兵達が起立する。そして各自は手に持ったフックを天井に吊り下げられたレールに引っ掛けていく。

 

「下方、対空砲!対空砲!!」

「なんだあれは!?」

 

 降下猟兵を満載した輸送機のパイロットが警告を発する。彼は目の前の同僚が大地から解き放たれた槍に貫かれ、翼を折って炎を抱きながら地面に激突する瞬間を目撃した。

 

「クソッ!あれがニホン製のミサイルって奴か!」

「ゲリラ達は何やってたんだ、対空兵器を破壊する手筈じゃなかったのかよ!」

 

 その槍はムーが札束をはたいて手に入れた、日本製の対空ミサイルである93式地対空誘導弾であった。

 この類いの兵装は大量にムー現政権軍に輸入されており*2、決して少なくない数が配備されていた。

 しかし、その兵器の大半は現政権軍の杜撰な運用により、故障やパーツの横領が頻発する結果をもたらし、決して良好な運用体制を築けていない現状であった。

 それでも僅かに稼働したたった数発のミサイルにより、グラ・バルカス帝国降下猟兵達の輸送機の進路を変更させ、政権軍の士気を底上げする事には成功していた。

 

「1発くるぞ!」

「回避運動!フレア射出!!」

 

 当然、エッケハルト中尉の乗る輸送機も狙われ、1発のミサイルが発射された。

 輸送機は自衛手段として、機体後部に後付けで装備されたフレア──欺瞞装置──を作動させた。その光と熱により、劣悪なミサイルはシーカーのレンズが焼き付いて故障。輸送機に当たる寸前で運良く明後日の方向に逸れていった。

 

「は、外れた……」

「ひゅー、月まで飛んでいきそうだぜ……」

「感心してないで、さっさと飛び降りるぞ!」

 

 先任軍曹にしてエッケハルトの右腕たるホラーツが皮肉混じりに呟くのを叱り、降下猟兵達へこれ以上砲火が厚くならぬ内に降下するよう促す。時折飛び降りる事に恐怖して立ち止まる兵士が居れば、後がつっかえる事を回避する為にも、兵士自身に踏ん切りを付けさせる為にも、心を鬼にして蹴り落とす事も辞さない。

 そうこうしている内にエッケハルトの想像通りに、対空ミサイルに混じって高射砲や対空機銃の火線が輸送機の傍を掠め飛んでくるようになった。

 グラ・バルカス帝国出身の兵士が見れば、ミサイルと比べて古くさい、よく言えば慣れ親しんだ高射砲。

 他にも日本から購入したばかりであるのだが、その肝心の新品のVADSは最大射高が足りないのにもかかわらず射撃を開始していた。

 決して少なくない20mm機関砲弾が虚空へと消えていくが、輸送機には全く当たらない。本場自衛隊の高射特科が見れば、呆れるしかない練度であった。

 そして唯一対抗可能な93式地対空ミサイルはあのザマである。したがって、降下猟兵が大地に降り立つ隙と余地が作られていたのだ。

 

「機長、世話になった!」

「おうっ!オメーらに神の加護を!!」

 

 部下全員が飛び降りたのを確認し、最後に残ったエッケハルト中尉はここまで自分達を運んできてくれたパイロット達に礼を言う。

 そして意を決して、その身体と自身の命運を闇夜の空へと委せた。

 決められた数秒後に肩の紐を引っ張り、無事に展開された落下傘でゆっくりと降りていく。降下猟兵の軍歌の中には、落下傘が上手く開かずにそのまま地面に追突死と言う、あまり想像したくない人間らしくもない死に方すらあるのだ。

 現に訓練中ではエッケハルトの隊ではないが、別の中隊員が恐怖で叫び声を上げながら地面へとキスし、僅かな労力で運べる程の肉塊へと化した事もある。

 

──ギャァァァァァ………

 

 思わず地面へ向けていた意識を化け物の咆哮のような叫びへと向けた、しかし一瞬オレンジ色の光が目の前へを通りすぎては音は小さくなった。

 そのまま上を見上げれば、原型こそ保っているものの機内から、そう貨物室から炎が迸った輸送機がゆっくりと降下していく様が見えた。開け放たれたドアからは、炎の塊がパラパラと金魚の糞のように散っていく。

 それは人間の命その物が、橙色の糞となって消費されていく様なのだ。

 そんな光景を見てつくづく自分は幸運だったと、エッケハルトは他人事のように考える事とした。でないとこの狂気に飲まれて、戦闘する間もなく押し潰されるからだ。

 

ズガガン!ガガガガガ…………

 

バーストと連射を混ぜた銃声を聴きながら、もはや全くの闇となってしまった地上へと降下を続ける。月明かりすらないのだ、そこに何があるかの判別なんて出来る筈もない。

 

「うわっ!?」

 

 それ故に森があった事なんて予想できる筈もなく、木々に落下傘を筆頭に色々な物を引っ掻け、もみくちゃになりながらエッケハルトは落下する事となった。

 そして多数の葉っぱから視界が開けたと思いきや、そこで停止してしまった。

 宙ぶらりんのまま彼はそこで暫し留まる羽目となったのである、このままでは降下猟兵を見つけ出そうと躍起になっている敵歩哨に見付かるだろう。

 急いで胸ポケットにあるナイフでハーネスを切り裂き、やっとの事で着地に成功した、が……。

 

「あぁくそっ!!」

 

 降下中に落としたのだろう、日用品に弾薬に、そして孤立した中では一番頼りになるであろう小銃を一纏めにした袋が綺麗さっぱり無くなっていたのである。

 つまりは、今エッケハルトが持っている武器らしい武器は、手に持っているナイフだけと言うことだった。

 

*1
正確には、その大半はミリシアル本土よりも周辺のミリシアル植民地に整備された飛行場へ送られた機数が多かった。

*2
それによる多額の負債と国貨流出は目をつむる事とする




・情報コラム
『日本製輸出兵器群』
ムー連邦統治軍および、第二文明圏などの日本勢力圏の国々が使用する日本製の輸出兵器。
自衛隊における装備更新によって余剰になった旧式兵器から始まり、独自仕様の戦車や装甲車、歩兵装備、通信機、衛生器具、ドローン、果てには戦闘糧食など、その輸出品目は多岐にわたる。
一部の重装備は、ムー連邦国内の工場でライセンス生産が承認されている。ただし、これらの兵器の多くは輸出用に性能を落としたモンキーモデルであることは注意していただきたい。
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