一時間後
リムイユ村
農場を含む民家50軒程度に教会が1軒、他にも村の役場と小さな製糸工場で構成され、人口は300人程度とそこそこの規模を持つリムイユ村。
ムー現政権軍の一個中隊が駐屯するこの村を、多数の人影が木々などに身を隠し、足音を立てないよう注意しながらも、じりじりと詰め寄って包囲しようとしていた。
「見えるか、あれが政権軍だ」
レジスタンスのフィリップ氏に促され、双眼鏡で村の様子を窺うエッケハルト中尉。その光景は、思わず目を背けたくなる惨状だった。
「奴らがやって来たのはつい半日前だ。だが政権軍の奴等は、ああやって反乱勢力の摘発と言う謳い文句で好き勝手し始めやがった」
「なるほど、確かにありゃ酷い有様だな」
ムー連邦兵達がまるでチンピラの如く至る所でたむろしているのだ。これを見て何処が治安維持なんだと嘆きたくなる。
酒に酔いつぶれている兵士や壁に粗相をしている者。酷い物となると数人の兵士が家屋へ乱入し、中に住んでいた若い女性の手を引いて近くの草むらへと姿を消す事すらある。
路上では胸に反逆者と看板を掛けられて吊り上げられる子供の影、壁に多数の血痕を残して倒れる複数人の姿──
仮にも同じ国の兵と国民だった筈だが、内乱から僅か数日にして政権軍兵士は
「あのクソ政権軍のせいで、俺も無数の同胞を失った……少しでも良い、あの村だけでも救ってやってくれ!」
「おいおい……今更言うのもなんだが、アイツらも一応同胞なんじゃないのか?同じ国の人間だろ?」
まるで敵国の兵士に対するような物言いに、どちらかと言えば善人で育ちが良いエッケハルトは困惑の色を隠せない。その表情を見たフィリップはその反応が信じられないと言わんばかりに、目の前の若き中尉へと吐き捨てる。
「あいつらは………もう同胞なんかじゃない。腐った政府とニホンの犬だ!犬畜生なんだ!わかるかこの気持ちが!」
「…………」
そうこうしている内に、偵察に当たらせた二名の斥候が、あまり音を立てず、しかしながら素早くエッケハルト中尉らが潜んでいる岩陰にスライディングをしながら飛び込んできた。
「どんな感じだ?」
「レジスタンス達の言う通りでしたよ、現政権軍の1個中隊が好き勝手してやがります。しかもニホン製の装甲軽四輪が重機関銃付きで配備されてますぜ」
ニホン製の装甲軽四輪とは、自衛隊が装備している国産の軽装甲機動車である。
転移後の改良によって機能の改善化が図られており、特質すべきは全周囲旋回が可能となった12.7mm機関銃やリモコン機銃であるRWSが装備可能となった所であろう。
今この村に進駐する政権軍部隊が配備しているのはそれの輸出型。通常の12.7mm機関銃を装備した軽装甲機動車が4両配備されており、これだけでも通常の歩兵部隊には脅威となる存在だった。
「軽装甲車ですか……小銃が効かないのもそうですが、重機関銃は相手にしたくないですね」
第1小隊を預かり、そしてエッケハルトからの信任も篤いドミニク少尉は、持ち前の慎重さも相まって少し及び腰であった。
降下猟兵にしては勇敢さが足りない面もあるが、中隊一の理性派たる彼は言葉で不安を出しつつも、順序立った段取りを素早く考え付く。
「そうですね、ならばやはり、今のうちに奇襲を仕掛けて殲滅しましょう。アイツらは"仕事"に熱心なようですし」
「私もそれに賛成です」
「よし、いいだろう。各小隊長を全員呼び出せ」
エッケハルト中尉を筆頭にして、地面に広げられた地図を囲う各小隊長達。どの面々もかなり年若く古参兵とは思えない顔付きではあるが、あの地獄の猛訓練を潜り抜けてきた猛者に違いない。
エッケハルトがつうと言えば、かあと答える程に意志疎通が出来る。彼が地図に指を指し示せばその意図を瞬時に悟るほどではあるのだが、意思表明と確認も兼ねて中隊長は仲間達へ指示を飛ばした。
「ドミニク、アイン、お前達の第1、第2小隊は正面から攻撃を仕掛けろ。お前らの小隊が主攻だ!」
「了解!俺たちが主役ですな!」
「簡単に制圧してみせますよ!」
攻撃の主攻は最も練度が高く、突撃戦の為に44型突撃銃──つまりアサルトライフルを最優先で配備した小隊である。
彼らなら多少の妨害を物ともせずに独自で食い破る事は間違いないとエッケハルトは思う。だが当然、そう事が上手く運ぶ筈も無いだろうから、一手二手細工を仕掛けてやる。
「エトヴィン、第3小隊は側面に回れ、見つからないよう民家に取り付け!」
「承知しました!!」
エドヴィンが指揮する第3小隊は、編成こそ第1と第2と変わらないが、ここは村を制圧する際に側面からの攻撃を仕掛けたいため、民家に取り付かせることにした。このような集落を攻撃する際は、必ず正面以外の方向からも攻撃を仕掛けるのが教本である。
「ギード、おまえの第4小隊はあそこの丘から援護だ、敵の注意を引け!!」
「了解、せいぜい派手にぶっぱなしますよ」
教本以上のことをするならば、援護できる位置に残りの第4小隊を付かせる。村の近くにある小高い丘は、この集落全体を見渡すことができる。援護させるにはちょうどいい。
「ヨハンナ、重火器小隊は俺の指示通りに動け、任意に敵陣地を粉砕しろ!」
「あいよ!敵を粉微塵にしてやんね!!」
重火器小隊はその名の通り、大火力をもってして中隊を援護する為に編成された部隊だ。
擲弾筒を3門装備する擲弾筒分隊を三個、13ミリ機関銃を2丁装備する機関銃分隊を二個編成に加えている。
おまけに、中隊本部には43型88ミリ対戦車ロケット砲を5門取り揃えた対戦車班が居る。
グラ・バルカス帝国のような、強大な工業力を持つ国にしか許されない豪華な部隊だ。
「フィリップ殿、貴殿方のレジスタンスも攻撃に参加してくれるのだよな?」
「勿論だ、俺達もあの村を救うべく攻撃を敢行する。配置とタイミングはアンタの指示に従うよ」
フィリップは当然と態度に出しながら胸を張って答える、彼らレジスタンスの現政権に対する憎悪は並みではないのだ。
勇敢な指導者が後ろを振り返れば、各々方グラ・バルカス帝国から供与された武器を大事に整備し、光る銃剣を磨いていた。圧政者の血を畑に蒔き、その血をもってしてワインでも作ろうかと言う意気込みである。
「……よし、ではフィリップ殿は第1、第2小隊の援護を頼みたい。無論、我々が先行するから無茶はしなくていい」
「主攻部隊か……わかった、その二個小隊に俺たちも加わろう」
レジスタンスの隊員達がどれほどの練度かはわからないが、言っちゃ悪いが構成員がまばらなことを見る限り、練度はそれほど高くはないと見える。側面や丘に回り込ませるのはかえって危険だと判断した。
気づかれずに回り込むには高い練度に裏打ちされたスキルが必要な上、彼らの装備から見てもこちらを援護できるものは少なそうである。だったら、主攻部隊の援護にまわってもらう方が作戦は成功しやすい。
「では、頃合いを見て狙撃担当の第4小隊への合図を送る。攻撃が始まったら全員で突入だ、いいな? 各員配置につけ!」
『了解!!』
「了解だ!」
降下猟兵、そしてレジスタンスたちが声を合わせて作戦を確認し、それを飲み込んだ。各員が村を取り囲むように配置へ移動し、夜の闇に紛れてその時を待つ。
静かに村に忍び寄る空挺中隊、その足捌きはまるで忍者のようだ。すいすいと農作物の隙間を抜けながら政権軍の警戒線へとにじり寄っていく。
『敵歩兵二人、エマとロルフは背後に回り込んで一差し入れろ』
『『ヤヴォール』』
エドヴィンは手話でエマとロルフに命令を下す。このやり方は空挺兵が好んで行う命令の下し方で、相手に悟られぬよう静かに連絡を行える。
政権軍兵士の方は、タバコを吹かしながらぼんやりと暗闇を眺めるだけで何もしていない。気づかれていないのがその証左だ。
二人は息を殺しつつ歩哨達に近付く、死が迫っているのにもかかわらず呑気に突っ立っている彼ら。
身構えていない時に死神は一歩、また一歩と近付いてくるもの。宇宙世紀の新人類でも無い限り、襲撃のエキスパートの魔の手から逃れられる者は居ない。
「ふぁ~あ……フガッ!」
「あっ?どうしムグッ!」
手際よく歩哨を片付けた二人は、息を殺してハンドシグナルで合図を送る。
彼等には関係の無い事ではあるが、各小隊各分隊でも同じ事が行われており、政権軍側は知らず知らずの内に、奇襲に対する備えを一つ一つ失わせていったのである。
この連携、戦術、戦略、CQCは自衛隊が見たら空挺団を思わせる練度の高さであろう。グラ・バルカス降下猟兵の真髄ここにあり……
「ニック、無線機を貸せ」
無線手から受話器を受け取ったエトヴィンは、少しでも声が漏れないよう口と送話器を手で覆いながら、中隊本部に準備が整った事を伝えた。
『こちら第1小隊、配置についた』
『第2小隊、準備完了』
『第3小隊だ、合図を待つ』
各小隊長から届く、くぐもった無線の声を第4小隊長のギードは受け取っていた。各小隊の機関銃、狙撃銃をチェックして村に向かって構える隊員たちを一瞥し、一人の狙撃銃の隣に座り、双眼鏡を携えた。
「配置は整ったぞ、どうだ?」
「見えています。馬鹿みたいに明るい照明があって、指揮官のお顔がよく見えますよ」
双眼鏡の視点の先には、村人たちが兵士に囲まれていた。見たところ村長らしき人が説得しようとしているが、鞭を持った指揮官が気だるそうに頭を抱えている。
「よし……まず指揮官を狙え。次弾であそこの照明を」
「了解」
村長らしき人物が、隣の兵士に暴行されその場に倒れると、指揮官はパイプを取り出してそれに火をつけた。
横目でニヤリと笑う口元が、ギードの双眼鏡越しでもはっきりと見える。勝ち誇ったように不敵に笑うその姿に、ギードは薄気味悪さを覚えた。
だが奴は今、油断している。敵前でわざわざパイプを吸うような軍人相手に、降下猟兵が狙撃を外すわけがない。
「よし、撃て」
「ッ……!」
──ダンッ!!
木々も寝静まる闇夜の中、一発の銃弾がそこへ放たれた。空気を切り裂き、音を置き去りにして飛んでいくその弾丸は、誇らしげにパイプを吸っていた指揮官の脳天目掛けて真っ直ぐ飛んでいった。
乾いた音が鳴り響くより先に、弾丸は指揮官の頭に直撃を果たした。こめかみから侵入した弾丸は、中の肉と脳髄をギュルギュルと抉って、滑るように曲がって止まった。目標が遠く弾丸のエネルギーが低下すると、このように脳の中で弾が滑る。
ケピ帽を被った指揮官は、軍人らしい筋骨隆々な体格を持っていたが、ヘルメットを被っていなかったが故に狙撃銃の弾丸一発で死んだ。何かを発しようとしていた指揮官は、その場にどさりと倒れ、残りの兵士たちが異変に気づく。
「そ、狙撃だ!」
「敵襲だ、戦闘配置ぃ!!」
その狙撃を合図に、100mほど後方で一部始終を見ていたエッケハルト中尉は、信号弾を闇夜へ向けて引き金を引いた。ポシュッ、と間の抜けた音と共に光が尾を曳いて舞い上がる。
その瞬間、第4小隊の重機関銃から眩いマズルフラッシュと、さながらホースから吹き出る水の様な曳光弾のシャワーが、リムイユ村へと襲いかかった。
さらには重火器小隊が小型の照明弾を打ち上げ、村の方を照らす。降下猟兵たちが狙われないよう、敵だけを正確に照らしていた。
「照明弾!」
「夜襲、夜襲だぞ!!」
青天の霹靂とも思える奇襲攻撃を前にして、ムー政権軍兵士達は蜘蛛の子を散らすように村の街道を駆け回った。
自分の持ち場へと急ぐ者が居るかと思えば、夜営代わりの馬房から着の身着のまま飛び出る者、挙げ句の果てには農家から全裸のままで逃げ惑う者さえ居た。
「走れー!走れ走れ!!」
「足を止めるな!狙い撃ちにされるぞ!!」
「手前の小屋まで走るんだ!行けぇー!!」
尻込みした新兵の背中を叩くなりして、エッケハルト自ら突撃銃を片手に突撃する。
最初の混乱から何とか立て直した政権軍の軽機関銃が家の窓から身を乗り出し、日本製5.56mmの曳光弾が闇夜を切り裂いていく。
それは日本が輸出したMINIMI軽機関銃だ。日本は最近になって新型の7.62mm機関銃への更新を進めており、更新のためにムーへ払い下げされた個体だ。
その中を指揮官先頭の原則の下、疾風のごときスピードで潜り抜ける降下猟兵たち。
擲弾筒によるクレーターを飛び越し、石積の塀を軽々とよじ登って直ぐ様は降下猟兵の訓練の厳しさを窺わせる。
そして彼は家主が子供の頃から丹念込めて育てたであろう植木の陰に身を隠しつつ、呼吸を整え周囲を見渡した。
彼は多少息も絶え絶えではあったが、呼吸を整えるとすぐさま走り出した。そして何とか最初の目標地点であり、軽機関銃から身を守るに足るであろう農具倉庫に取り付く事に成功する。
「どうなってる……?」
角から敵拠点となっている家を窺う。
すると偶々機関銃手と目と目が合ってしまう。慌てて顔を引っこ抜め身構えれば、ちょうど目と鼻の先で光の羅列が過ぎ、それは支柱に幾らかの弾痕を刻みながら弾け飛んでいった。
「チッ……無線手、重火器小隊にあの目障りな機銃を屋根ごとぶっ飛ばせと伝えろ!!」
「了解!!」
戦争とは単一の武器によって行われる物ではない、小銃、機関銃、迫撃砲によって構成される戦いは所謂じゃんけんの関係だ。
降下猟兵が持つ携帯型無線機は電波で彼の声を運び、要請は重火器小隊の長たるヨハンナへと届く。彼女がそれを受けて命令を発すれば、射手は暗算によりおおよその角度を計算し、数刻の内に直径50mmの死神が哀れなムー機関銃座へ鎌を振り下ろさんとする。
「っ!?」
本来、強固な遮蔽物や天蓋が無い所で長時間留まるのは得策ではない、相手に対処する猶予を与えるからだ。ムーの機関銃手は敵をある程度制圧したならば、直ぐに持ち場を離れて、また敵を待ち伏せるを繰り返すべきだった。
装填手共々、たった二人で敵を食い止めていると言う勝利の余韻に浸っている余裕は無いはずだろうに、彼等は原則を破った。そのツケは戦場では命をもってしてペイされる賭け金。
滑空音が響いたのも束の間、ムーの機関銃手が屋根ごと吹き飛ばされる。周囲に撒き散らされるは屋根の破片、家具か何かの切れはし、そして人間だった物の塊だ。
ボトリと降下猟兵の足元に何か落ちる音が聞こえる。訝しがって見てみればそれはグリップを持った人の手である。しかし降下猟兵にとっては心を揺り動かす物ではない、寧ろ事が上手く運んでいる証。
「ヒュー! ざまぁみろだぜ!」
「行くぞ!」
道が拓けた、ならば突き進むのみ。意気揚々と躍り出る彼等のゴールは本丸たる教会だ。夜を駆ける者には今まさに女神が微笑んでいるだろう。
──我等が戦神、兵士の守護神よ、我に力を、我に栄光を。
第1降下猟兵師団のフレーズを高らかに叫び、彼等は軍靴の音を響かせる。破壊の音だ、勇気の音だ。圧政者を叩きのめす勇者は留まる事を知らず、ただ民の為に進撃する。
角から身を翻し、互いに前後を確認する二人の男女二人組の兵士がいた。息が合ったコンビネーションで一軒一軒しらみ潰しに家屋を制圧している。
「敵影なし!」
「敵影なし!」
長身でグラ・バルカス人にとっては珍しい色黒の兵士、そして背が低く色白の女兵士と全く正反対の属性を持つ二人組だ。しかし階級だけは同じの一等兵であるロルフとエマは、この家屋のクリアリングにペアで赴いている。
この二人は元々別の師団から第一降下猟兵師団へと転向した兵士であった。
エマは生粋のグラ・バルカス人なのだが、茶髪蒼眼で垢抜けない顔であり、遺伝によって珍しく身長が低いくせしてバストだけ大きい。出身は第4装甲師団だが色々と戦車兵に向いてないからと言う理由で転向していた。
また、同技術水準の他国なら珍しい女性兵士ではあったが、帝国ではミレケネス司令長官を筆頭に、女性兵士や女性士官という存在は徐々に認められ始めていた。
対してロルフは元々帝国植民地の狩猟部族出身であり、褐色肌で目が細く黒髪黒目、結構痩せた185cmの長身を誇り、独学だが高い学歴故に帝国陸軍にスカウトされた人種である。
元々の所属は第716歩兵師団と言う植民地警備師団の出身だ。狩猟民族の出身だけあって、身体能力は高く体格もかなり恵まれている。
「俺が確認してくる、待っててくれ」
ロルフがドアを蹴破り、パン屋の中を確認する。カーテンが爆風によって靡くせいか、ちらちら月明かりが差し込むお陰でなんとか室内の全容は掴めそうだった。
ガラスが砕け散ったショーケースに、地面に散らばる煤だらけのパン、奥の工房には未だに火が消えてないパン焼き窯すらあった。
店主か従業員かはわからないが、先程までここで作業していた人間は戦火を察して早々に雲隠れしてしまったと言うのか?戦闘中にもかかわらず彼は呑気に下らない事を考えていた。
狩人の出身故か、一度疑問に思った事には注力せざるを得ない。自然界で熊や鹿を狩るには、ほんの少しの痕跡や違和感すら見逃せない。生まれつき鍛えられた性格だからどうしようも無いが、降下猟兵にしては少し天然だろう。
ふと、ドアの向こうに一筋の銀色の筋が見えた気がした。何かのトラップか?と目を凝らす中、擲弾の着弾による振動によってドアが動く。ロルフが見る光景は何故か気味悪く、白黒でスローモーションだ。
そのまま運悪くピアノ線に接触、そしてカチッと……軍人である彼が条件反射的に思い浮かべるある兵器が作動した。
「手榴弾だ!!」
家の中からロルフの悲鳴に似た警告を聞いた瞬間、エマは素早く地面に伏せ、頭を抱えて縮こまり、この後来るであろう衝撃に備えた。
そしてその時は来た、ドンッと腹に響く衝撃と共にまだ破壊を免れていた窓ガラスが砕け、パン屋の中から濛々と黒煙と、むせ返るような硝煙の匂いが辺りの街道を覆い隠したのだ。
「ロルフ!!」
エマは思わず叫ぶ、あの爆発であったら距離によっては即死だ。第二第三のトラップに対する危機感もかなぐり捨てて、彼女は脇目もふらずに店内に突入した。
エマから見て、ロルフは空気も読まずに皮肉を言い放つ中々にいけ好かない人物であった。だが同僚が些細なミスを起こしても黙ってフォローしたり、過度に自らを鼻に掛けたような事だけはしなかった。そういう所もいけ好かないのだが、仲間としては心配である。
「ロルフ!返事をしてほしいのです!!ロルフ!!」
煙を掻き分け、残留した塵によって涙目になりながらも部屋の中で彷徨い続けるなか。不意に廊下の角から人影が現れ、反射的に銃口を向ける。
まさかトラップに引っ掛かったロルフの様子を見にきた敵か!?とエマは警戒する。しかし月明かりが割れた窓から差し込み、彼女の不安は杞憂に終わる事となる。
それはボロボロになりながらも、自らの足で立って歩くロルフであった。咄嗟に後ろを向いて爆発に対する壁にしたのか、背中の雑嚢は弾け中身がボロボロと飛び出ている。
難聴と脳震盪で意識が朦朧としているのか、歩くのがやっとの状況。軍服もあちこちが破れて血みどろだ。
「え、衛生兵!!早く来てくださいなのです!衛生兵!!」
エマの叫び声に反応して、丸眼鏡を掛けたいかにも学者然とした衛生兵のダッカーが砲弾が降り頻る中を、野を駆ける兎のように飛びはねながら駆け付けてきた。
「どうしたエマ?あぁ、何て事だ!!」
雰囲気も相まってか、神に慈悲をこめたような叫びを上げたダッカーは、フラフラのロルフを無理に寝かせて鎮痛剤を打つ。
至近の爆発で思わず鉄兜を引っ込めたり、爆風で巻き上げられた砂利を払いながらも、適切に消毒剤を傷口に降って、手際よく包帯を巻き付けた。
「安全な場所に移動させるぞ!!シーラ!フィル!!担架を持ってこい!!」
立ち尽くすエマの隣をそそくさと横切る二人の降下猟兵は手際よくロルフを担架に乗せ、せっせと砲火が届かない場所まで運んでいく。
気付けば周囲の音が聞こえなくなっていた。砲弾が炸裂する音も、友軍兵士の鬨の声も、哀れにも銃弾に倒れた兵士の呻き声も消えた。
周囲は灰色に染まりだし、まるで映画を見ているような感覚に陥りだす。炎は白と黒で表現され、映写機の調整が弄られたみたいに皆がゆっくりと動いていた。
その光景を硬直したまま見つめる彼女を、普段は温厚で、部屋の隅で静かに読書をしているダッカーが、まるで豹変したかのように色をなして怒鳴り付けた。
「エマ、お前なにやってる!?戦闘はまだ続いているんだぞ!!」
瞬間、彼女の脊髄に電流が走り抜けたように感じた。そうだ、自分が今立っているのは戦場だ、映画ではなく現実なのだ。
理解した途端、周囲に色が戻り、音が付けられ、時間は元に戻り始めた。
そう、衛生兵が言うように、この村の戦闘は未だ終わっていないのだ。
情報コラム
『政権軍による民間人弾圧』
オタハイトにおけるデモ隊鎮圧を機に、政権軍はムー連邦各地の民間人に対する弾圧をより一層強めていた。
もともと反乱やデモ工作などにより、政権軍兵士たちは被害や犠牲が多く、うっ憤や不満はかなり高いレベルで深刻化していた。そんな状況下で鎮圧の命令が下れば、誰もが不満のはけ口として市民への暴行に及ぶのは自明の理である。
なおこれらの民間人鎮圧行動による逮捕者、犠牲者、行方不明者はムー連邦全国で1万5千人を超えるとされ、戦後もこの問題を引きずることとなる。