反乱発生から5日後 オタハイト近郊
中央管区総軍 第5自動車化歩兵師団
オタハイトから北に100km程のところに、防衛線が敷かれていた。北から高速道路を抜ければ、ある線を境に風景が変わる。あたり一面に広がる草原と、ところどころに広がる麦の農地を割き、大量の火砲と対戦車ミサイルの陣地が構築されていた。
それらはオタハイトを取り囲み、海で途切れるまで続いている。中央管区総軍に所属する複数の師団が、オタハイト防衛の要としてこの防衛線を構築しているのだった。
その防衛線の遥か先で、鈍い音とともに爆発が轟いた。味方榴弾砲の着弾を確認していた観測員が、戦闘団の連隊長へ連絡を飛ばす。
『ポイントAの榴弾砲、沈黙しました』
「了解した、引き続き観測を頼む。……これでざっと30門くらいは潰したか」
第5自動車化歩兵師団は、日本製の輸出兵器を大量に配備した師団であり、特に榴弾砲に関しては日本製のFH-70の中古品とライセンス生産品を50門以上も配備している。全体的に防衛向きの師団構成だった。
今回はその大量に配備された榴弾砲を用いて、たびたび攻勢を仕掛けてくる連合軍の榴弾砲を観測し、焼き払っているのだった。
なにせ、連合軍の榴弾砲とは射程も威力もけた違いだ。連合軍はまだ本格的な装備を持ち運べていないため、そのほとんどの榴弾砲がいわゆる空挺砲である。相手は射程も口径も小さく、口径155mmで射程が30km以上あるFH-70の敵ではなかった。
「なんとか食い止めていますが、いかんせん数が多いですな……」
「ああ。こっちも輸入した対砲兵レーダーやドローンによって火点を潰している筈だが、まったくキリがない……」
連隊長と補佐官が話している途中、北の草原の方で煙が上がった。どうやら敵の戦車部隊が突撃してきたらしいが、また一台、また一台と味方の対戦車ミサイルの直撃を受け、爆発。
戦車は見たところ、グラ・バルカス製の空挺戦車のようだった。旧日本軍の二式軽戦車ケトに似ているそれは、黒焦げになって黒煙を上げ、引火した危険物質をまき散らし、戦場の土壌を汚染する。
いきなり攻撃をくらった残りの連合軍戦車部隊は、スモークを焚いて大慌てで後退していった。大半が空挺戦車や軽戦車なのか、逃げ足はかなり速い。
彼らを撃破したのは、105mm対戦車砲M-16*1や87式対戦車誘導弾、79式対舟艇対戦車誘導弾で構成された重厚なパックフロントだ。
現代戦車ですら近寄ることが困難なこの陣地構成は、親元である陸上自衛隊からの入れ知恵でもあった。
「やはり日本製の対戦車火器は強力だな。機動戦力を出すまでもない」
「その分燃料を節約できて助かりますよ。こっちは待ち伏せに徹していれば守り切れそうです」
ミサイルと言えど本質的には対戦車砲である、待ち伏せにはちょうどいい。
この場の布陣だけでもかなり強力な体制だが、そのさらに後方には機動戦力として日本製のT-19M軽戦車*2の三個中隊が待ち構えている。
彼らは二重、三重の防御陣地により、連合軍の攻勢をくじいている状況だった。
「ただ、地形が防勢に向いていないのが気になるな……」
彼らは奮闘しているが、オタハイト周辺の立地は、お世辞にも防衛戦に向いているとは言い難かった。
防衛戦に使えそうな川は数本小さく流れているのみで、他は見渡す限りの草原か農園ばかりである。主要な都市や中継都市以外は、小さな村が点在するのみで高地や森に乏しかったのである。
同時刻 オタハイト郊外
オタハイト第Ⅰ空軍基地
防衛省がムー統括軍との共用協定を結んでいたオタハイト第Ⅰ空軍基地は、邦人救助に駆け付けた航空自衛隊の輸送機で溢れかえっていた。
転移後から増産され続けてきたC-2戦術輸送機、それを胴体延長したC-2改や、昔ながらのC-130H、民間からチャーターされた旅客機、さらに旧在日米軍基地から駆り出されたC-5Mスーパーギャラクシー戦略輸送機*3など多種多様な輸送機が集結しており、まるで輸送機の展示会が如き様合を呈している。
同様の光景はアイナンク国際空港や、ムー中央政府の統制下にあるその他の空港・空軍基地・飛行場でも広がっていたが、オタハイト第Ⅰ空軍基地は首都近郊ということもあり、最も多くの輸送機が展開していた。
「オーライ!オーライ!」
「装甲車はあっちに並べておけ、弾薬はそっちだ」
「ヘリ部隊はあっちです。今弾薬をたんまり降ろしておりますよ」
駐機する輸送機の後部から次々と貨物が降ろされていく。
邦人救出のため持ち込まれた車両や、空輸を前提に設計された多用途ヘリのUH-60JAブラックホーク、そして各種弾薬と、濃緑色の迷彩服に身を包んだ自衛隊員たち。
邦人救出の先鋒を務めるは、陸上自衛隊の中央即応連隊である。
「中隊長各員、整列!」
「ッ──!!」
中央即応連隊を率いる桑原一佐の前に、連隊に属する中隊長たちが整列する。
中即連はPKOやソマリア沖海賊対策など、転移前から海外派遣で活躍してきた緊急展開部隊だ。徴用自衛官制度が採用されてからも正規自衛官だけで構成されており、高い練度を維持している。
今回のムー大陸騒乱でも数日で出動態勢を整えた彼らは、空路ではるばるムー大陸へと派遣されてきたのだった。
桑原一佐は整列した中隊長たちに説明を始める。
「これより我々は、オタハイト市街において邦人救出作戦に入る!現地には、今も日本大使館など市内数ヵ所に300人近くの邦人が取り残されたままだ。我々は彼らを全員救出する」
騒乱直前まで、オタハイトには当初4000人の邦人がいたが、その過半数はすでに空港まで避難、うち2000人は空自の輸送機で脱出しており、残りも空港で脱出の順番待ち中だ。
しかし、市内から脱出できず取り残されている邦人もおり、しかも反乱軍に同調するゲリラや民兵が市街地に続出、彼らに襲われたのか少なくない数の邦人が
それらを中央即応連隊から派遣された3個中隊が、これから陸路で救助に向かうのである。当然、市街地でゲリラと遭遇するなどして市街戦になる可能性も考慮されていた。
「オタハイト市街では、不穏分子によるデモ隊の活動が再び活発になっているようだ。ムーの中央総軍と現地警察が治安維持に努めているものの、市内で戦闘があるかもしれない。油断するな!」
「了ッ──!!」
「よし、ではこれより、三つのグループに分かれて邦人救出に向かう。振り分けは所定の通りだ。では、かかれ!」
桑原一佐は3つの車両部隊を組織し、オタハイト第Ⅰ空軍基地から出発していく。
先導は重装輪回収車をベースにした耐爆装甲車両で、その後に軽装甲機動車、転移前に輸入されたブッシュマスター輸送防護車、増加装甲を施した高機動車と73式大型トラック、RWSを搭載した18式装輪装甲車*4などが続いていく。
これとは別に、キャビンドアから機関銃を突き出したUH-60JA多用途ヘリ5機が、陸路からの救出が困難と判断された地域の邦人を救助するべく飛び立っていった。
車両隊は基地からすぐの場所にある高速道路へと移り、オタハイト市街中心地を目指して驀進する。
しかし高速道路に乗ってすぐ、車両隊のひとつが指揮車としていた18式装輪装甲車の兵員室で、車両隊を率いる新田三佐に異常が報告された。
「中隊長、斥候のドローンより連絡。この先の高速道路は車が散乱し、封鎖されてます」
「何っ、渋滞か?」
「いえ。どの車にも人が乗っていないそうです。おそらく市民グループの工作かと」
「厄介なことをしてくれたな……仕方ない、市街への大橋を使おう。建てたのはグラ・バルカスだが、俺たちが渡るには十分なはずだ」
車両隊は高速道路を降り、オタハイト中心部へ続く立派な鉄橋へ向かう。
鉄橋はグラ・バルカス資本で建てられたものの、10式戦車のような極端に重量のある車両は今はおらず、何より鉄橋という存在自体が頑丈なので渡るだけなら問題ない筈だ。
鉄橋へと続く道へハンドルを切った彼らが目指すのは、オタハイト市内の日本大使館だった。
大使館には邦人が大勢逃げ込んでいるが、デモ隊によって包囲されているとのことだった。しかも外交官である朝田大使すらまだ退避できておらず、逃げ込んだ邦人達を匿って籠城を決め込んでいるらしい。
一応、米海兵隊保安警護隊をモデルに陸自と警視庁から出向した警備隊1個分隊が大使館を警護しているものの、デモ隊が押し込んでくれば一溜りもないだろう。なるべく早く大使館に着かなければならない。
しかし、鉄橋へ続く十字路で思わぬ妨害に遭うこととなった。
「チッ、トレーラーだ!」
「荷台にゲリラが乗ってる!待ち伏せだ畜生!」
大型のトレーラーが、橋へ続く道を塞ぐように展開してきたのだ。車両自体は古臭い外見のグラ・バルカス製のようだが、十字路が狭まっている上にトレーラーの全長が長いので完全に道を塞ぎ切ってしまう。
さらには荷台から雑多な銃器を抱えたゲリラ兵たちが降りてこようとしていた。待ち伏せして車両隊の足を止めたところを襲撃するつもりなのだろう。
しかし新田三佐がすぐさま無線で指示を飛ばす。
『全車構うな、そのまま突っ込めっ!!』
「了解!!」
車両隊の先導車のドライバーは指示に従い、全く臆する事なくそれに突っ込む。鈍い衝撃と共にトレーラーに衝突し、ゲリラは蹴散らされた。
「な、なんだと!?」
まさかそのまま突っ込んでくるとは思わなかったゲリラ達は、自衛隊の猪突猛進さに意表を突かれる。
とはいうが、突っ込んだのは重装輪回収車をベースとした重装輪防護車だった。転移後から今回のような邦人救助事案の多発が予想されたことで急遽開発された耐爆装甲車だ。
ロシア軍のKamAZタイフーン装甲車を一回り大きくして8輪車にしたような外見のそれは、20人以上の兵員を搭乗させられる高い輸送力に、10tトラック以上の重さの車体と、装甲車を牽引できるような高い馬力を有している。
ゲリラがバリケードに使ったトレーラーは、このモンスターマシンに対して全く相手にならなかった。トレーラーは荷台が引き潰されるように打ち砕かれ、その場で真っ二つになり横転した。
新田三佐は、ドライバーが操るこの車両のタフネスさをよく知っていた。止まれば袋叩きにされるため、あえて止まらず強行突破を図ったのだ。
「ちくしょう!ヤムート人め、やってくれたな!」
「こちら第五地区中隊!ジエイタイがこちらの封鎖を突破した!とても追いつけない、作戦の修正を求む!!」
ゲリラ側はバリケードが破壊された時のことを想定していないため、封鎖して包囲するという作戦が崩れてしまった。練度が低い民兵の集まりであるが故、対応が遅れる。
その間に、重装輪防護車に追突されたトレーラーは押し除けられ、車列が通る道が開ける。残りの車列はその開けた穴から次々と橋を渡っていった。
「……雑な待ち伏せで助かったが、これが
『間も無く大使館前!』
新田三佐は胸を撫で下ろすと同時に、ドローンからの上空映像で先導車が間も無く日本大使館前に差し掛かるのを確認した。
車列が目指そうとしている日本大使館前には、多数のデモ隊が集結している。大使館の前の道路はほとんど封鎖されているも同然だった。
「民衆が取り囲んでいます!」
「スピーカーで警告だ、それでもどかなければ威嚇射撃!」
車載スピーカーが退去勧告を発したもののデモ隊は動こうとしなかったため、新田は民衆がいることに臆することなく「射撃開始!」と怒鳴る。
だがその命令は、いくらデモ隊といえども民間人に向けて銃を撃つという暴挙である。先導車の機銃手も、一瞬迷ってしまった。
パガンダ戦とレイフォル戦を経て日本人の間には過激思想が蔓延しつつあるが、それは奇妙なことに最前線で戦ってきた自衛隊員たちほど薄い傾向にあった。
「民衆に構うな、撃てっ!!」
だが二度命令が下されたことにより、先導車の機銃手は引き金を引いた。重装輪防護車の上部に取り付けられたRWSが、民衆に向けられる。
RWSから民衆の足元へ7.62mmの弾丸が放たれる。いきなり現れた車列から発砲されたこともあり、民衆は恐慌状態に陥り、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
あくまで警告射撃だったが、かなりの効果があったようだ。民衆は武器を持っていなかったのかもしれない。
その隙に、自衛隊の車列は日本大使館の正門前へ展開した。重装輪防護車を中心に、周りを軽装甲機動車などで取り囲む。
「各員へ、これより邦人の移送作業を開始する!周りの制圧は頼んだぞ!」
『了解だ!』
車列の展開と同時に、車両から自衛官たちが素早く降車する。展開した自衛官たちは、周囲の建物に取り付いて敵勢力からの奇襲に備えた。
その間、車列の後続が次々と到着して周囲に車両の塊ができる。道幅が狭いため車列は一列にならざる得ず、敵が奇襲してくるにはもってこいのタイミングであった。
その時、周囲を警戒していた陸曹が建設中の建物の中に動く影を見つけた。陸曹がその建物に銃を向け、敵発見と叫ぼうとした瞬間、建物から鈍い白煙が撒き散らされた。
「ロケット弾!!」
陸曹は即座にそう叫んだ。
放たれたのは棍棒の先端のような突起物。グラ・バルカス帝国が提供した、地球で言うパンツァーファウストによく似た携行式対戦車火器だった。
「うわっ!!」
パンツァーファウストは陸曹の横をすり抜け、軽装甲機動車の足元に着弾した。陸曹は爆風から頭部を守り、無事であった。土煙と耳鳴りのする混乱から素早く立ち直り、そして叫ぶ。
「くそっ、民兵だ!」
「こちら正門前、奇襲を受けた!敵は民兵、武器を持ってる!
すぐさま自衛隊員らによる反撃が開始される。周りに展開した隊員らは、最新の19式小銃*5を構え、手当たり次第の建物に対して制圧射撃を加えた。
建物から土煙が上がり、弾痕が刻まれ外壁を打ち砕くが、巧妙なゲリラが何人か残っているのか、建物から反撃を加えてくる。
しかし混乱から立ち直り、残りの車両が反撃にで始めた。またパンツァーファウストを撃たれる覚悟で装甲車が前に進出し、RWSや12.7mm重機関銃などを用いて建物に対する制圧射撃を開始した。
雨霰の弾丸に晒されて、流石の火力にゲリラも顔を出せない。その隙に、新田三佐が通信にて指示を出す。
『作戦は続行する!まもなくムー中央総軍の増援が南側より到着するとの連絡が入った、それまで持ち堪えろ!』
「了解!こちらは耐える!」
新田は耐えるよう指示を出すが、正門前の道路には更なる敵が出現していた。もともと鉄橋前で待ち伏せていた民兵がようやっと到着してきたのだ。建物の裏手から、蟻の巣穴のように沢山のゲリラが押し寄せてくる。
相手は装備もバラバラ、銃器はボルトアクション程度しかないお粗末な民兵だったが、ここまで数が多くなると走りながら発砲してくるだけでも脅威だった。
車も散乱し、建物には隠れる場所も多いのでRWSでも対処はしきれない。正門前の火線はさらに激しさを増す。
「んなこと言ったって、敵が多すぎる!!」
「正門前の敵、さらに増加!!」
「後退しろ、後退!援護を頼む!」
戦闘はさらに激しさを増すが、ゲリラはその数の多さに物を言わせてジリジリと大使館前まで詰め寄ってきた。
そのゴリ押しの戦法に、自衛隊員達ですらも徐々に後退せざる得ない。四方八方から囲まれ、なす術がない。
だが、間もなく正門前まで後退してしまうその時だった。
「────総員、突撃!」
突如として、横の道路から強力な火砲の一撃が轟いた。放たれた105mm榴弾は、弧を描いて商店の壁に命中。その威力を無差別に発揮し、破片を撒き散らした。
「
「国を裏切った反逆者どもを蹴散らせ!!」
南の街道から、勇ましい雄叫びを上げながら突撃してくる歩兵達。装備は全て統一され、日本製の自動小銃と10式戦車に非常によく似た戦車を基幹にして、民兵を蹴散らしていく。
「おっ、おい、アレは10式だぞ!!」
「なんだ、第7師団でもやってきたのか!?」
いきなり現れた増援に、中即連の自衛官達も困惑した。なぜなら彼らの装備はほぼ自衛隊の仕様と同じであり、少し距離を置いて見ていたため、自衛隊の増援だと思ったのだ。
しかし、冷静になって他の自衛官が増援の兵士たちの装備にムー連邦の識別マークが書かれているのを発見した。
「いや、よく見ろ、砲塔にムーの国章が描かれてる」
「あの兵士はムーの国旗をかざしているぜ。あいつらムーの軍隊だ」
「なんだ、つまりあの10式はムー連邦のモンキーモデルかよ」
現れたのは10式のモンキーモデル、通称『T-10M』だった。
複合装甲を普通の圧延装甲に変更、C4Iや自動装填装置などを撤去し、主砲も105mm砲にするなど、あえて性能をダウングレードした輸出仕様で、日本からムーへ少なくない数が輸出されている。
颯爽と現れたムー連邦の部隊は、戦車を根幹とする圧倒的火力で民兵を一人残らず駆逐。辺り一帯を制圧し、正門前に颯爽と将校クラスの人間が日本製ジープで乗り付けた。
将校は軽快にジープから降り、胸を張ってスラリと敬礼するものだから、彼の甘いマスクも淡くて一部の女性隊員から黄色い溜め息が出るほどだった。
「第7機甲師団、第77戦車戦闘団団長のセドミラ・ツィーゲル大佐だ!貴軍の連隊長と話がしたい、取り次ぎを願う」
「りょ、了解しました!こちらへ!!」
所属と階級を述べた将校は、自衛官に連れられ車列の後ろ側へと案内される。そんな様子を見て、先程の曹長は何かを思い出したのか、納得した表情で同僚と話す。
「あの"グラン・ラファエル師団"の戦闘団か、そりゃ納得の強さだぜ」
「しってんのか?」
「あぁこの前合同演習があったろ?その時にたまたまあの連中と訓練する事になったんだが……その時の練度と言えば、一般部隊の比じゃなかったぜ」
「第77戦車戦闘団のツィーゲル大佐です。クワバラ大佐、お会いできて光栄です」
車列の中央後ろにて待機していた指揮車両にて、桑原一佐はツィゲール大佐を招き、そこで今後の作戦について話し合うこととした。
指揮車両として使われている重装輪防護車は、内部容積が広く天井も高い。将校クラスが話し合うにはちょうど良い環境だった。
ちなみにムー連邦軍では、自衛官の階級を普通に大佐や中佐と呼ぶ傾向にある。自衛官も最初は困惑していたが、今ではわざわざ訂正するのも面倒なので、もうそのまま呼んでもらっている。
「ツィーゲル大佐、貴軍の救援に感謝します。危うく民兵に大使館が占拠されるところでした」
「我が大統領閣下から直々に、貴官達をお救いするよう御命令を賜りましたのでね。それに我が新生ムー連邦陸軍の師匠たるニホン軍をお救いするということは、騎士の冥利に尽きますからな……」
「ハハッ、我々は先遣の一個連隊なので、そこまで大した部隊ではありませんよ……あの手腕は貴官の才能と言うものです」
「フフッ、ありがとうございます。それでは本題に入らせて頂きたい」
「もちろんです」
ツィゲール大佐はハンドサインで傍に待機していた若い部下に合図し、地図と書類を持って来させた。
「我々がここに派遣された理由はただ一つ、オタハイトに残留する盟友達を安全圏まで護衛する事にあります」
それを開いているテーブルに広げると、ツィゲールは日本製のペンとマーカーを用意し、オタハイト周辺の地図に印を記入し始めた。
「我々国家親衛軍団の他に………こちらとしては情けない事ではありますが、首都近郊の一般部隊によるニホン人保護も行っております」
桑原一佐は一瞬見せたツィーゲル大佐の不機嫌な様子に思わず首を傾げるが、一刻を欲する事態の中なので軽く受け流して続きを聞く。
「各戦闘団は北の首都道、南の港湾、それから空港までの国道に展開しております。西の方面はまだ街道上の都市が残っているので、そちらの防衛を担当しております」
「なるほど、状況はわかりました」
「ありがとうございます。さて、貴官達は先遣の一個連隊とお聞きしました。今後、日本からの増援はどれくらい来ますでしょうか?」
ツィゲール大佐から増援について聞かれ、一瞬、桑原一佐は痛いところを突かれた表情をした。
実際のところ、本件に対する自衛隊の本格介入の兆しはまだ無く、自衛隊員たちも空挺で運べる程度の戦力しか派遣されていない。仕方のないことだった。
「……今のところは、我々一個連隊のみです。一応、ヘリボーン部隊や特殊作戦部隊などの投入はされているとのことですが、我々には詳細が知らされておりません」
「なるほど、やはりですか……」
仕方なく、桑原一佐は包み隠さずに現状を述べる。情けない話だが、外交上の問題がある以上まだ本格的な派遣はできないのは事実だ。
しかし、ツィゲール大佐はそれを黙って聞いていた。自衛隊の増援がないことにも狼狽することなく、予想していた範疇だったのか、むしろ納得していた。
「どうやら外交上の問題があるようで、まだ貴国からの正式な救援要請は出されていない状況にあります。そのため、大規模な増援は送れない状況です」
「……実は私も薄々、事情は察しておりました」
ツィゲール大佐は、整った細い顎を指筋で撫でながら、ムー側の複雑な事情を説明する。
「我らが大統領閣下は、本件をムー連邦が自分で解決するべきとお考えになられております。我が国も列強であり、同時に日本からの支援には多大な恩があります。日本に縋りっきりではわが国の面目も立たない……故に、貴国への要請は暫くかかるかと」
桑原一佐はそんな話を聞いて、ムー側の事情が少しだけ理解できた。
国交を接する前からムーは列強国であったが、そこに日本の支援が入り、今や国力や軍事力はミリシアルを凌駕している。
しかしそれに至るまでの下地を作ったのはムー自身であり、そこには一定のプライドがある。日本にこれ以上の恩を売れない、売ったら本当に骨抜きにされるかもしれないという、面子の問題もあるのだろう。
……逆に言えば、そのプライドがムーの反日ゲリラ勢力を助長させ、連合国にツケ入れられる下地を作ったとも言えるが。
理由はわからない。だが同時に、ムー自身がこの問題を解決する能力があるとは思えず、もう十分戦ったのだから正式な要請を起こしても……とは思った。それは喉の奥に仕舞い込む。
「……本当にそれで問題ないのですか?」
「大丈夫です。反乱軍の大半は装備の更新が遅れた旧式師団か、もしくは新編されたばかりの素人集団でしかありません。
……に対し、我々国家親衛軍団は貴国ニホンの援助により、我が政権の軍は装備の面でも練度の面でも、反乱軍より優れております。オタハイトは敵の手には渡しません、絶対に」
一方のツィゲール大佐は、表面上だけでもそんな勇ましいことを言ってみせて、自信をあらわにした。
だが、彼もこの戦況に多少の不安を抱えているのは事実だろう。途中途中の言葉の曇り方を見るに、それは察せられた。
「ですが戦闘に巻き込まれるとなれば話は別です。今回の件で貴国の在留国民に何かあっては、我が国は貴国に謝罪しても許されない……そうなっては我々の名誉にも、傷がつくというものです」
「…………」
桑原一佐は、一抹の不安はありつつもツィゲール大佐を信じることとした。その後両者は作戦のすり合わせを行い、解散となった。
邦人を収容し、帰路に着くまでの準備の間、桑原一佐は指揮車両で新田三佐と話していた。
「それにしても先程の大佐、相当若かったよな。指揮の手際も良かった」
「ああ、彼ですか。どうも親が統一党議員の重役らしいですよ」
「なに、と言う事はあれでボンボンなのか?」
優秀な指揮官であったが故に、意外な出自に驚く桑原一佐であったが、新田三佐は彼が出自だけの人間ではないことを語る。
「国家親衛軍団は大統領肝煎りの部隊ですからね。親の七光りだけでは指揮官は務められませんよ……それに、部隊員も虐待一歩手前の訓練が課せられてるという噂もありますから」
「なるほど、それなら練度が高いのも頷ける……」
そうしている間に、中即連の第一グループが大使館を出発した。国家親衛軍団が出してくれた戦車の護衛を伴い、車列は進んでいく。
「よし、俺たちも帰ろう」
「了解です」
そうしているうちに、残りのグループが出発する番となり、二人は指揮車両に乗り込む。
車列が動き出すと、その周囲を国家親衛軍団の戦車が護るように固めた。途中、桑原一佐がハッチから顔を出してみれば、左手後方にジープから敬礼を送るツィゲール大佐がいた。
彼の無事を祈り、桑原一佐も敬礼を送り返した。
情報コラム
『国家親衛軍団』
ムー中央管区総軍は、他の管区総軍とは違いエリートと優秀な装備(ムー基準)で固められている。兵士達は熱狂的なムー連邦の愛国者(過激)であり、将校達も現政権のムー統一党のシンパである。
2個機甲師団(日本で言う所の第2、7師団)、3個機械化師団(日本で言う所の第5、6、8、11師団)、4個自動車化歩兵師団(日本で言う所の第4、9、10師団)を抱え、所属する師団は自衛隊と同じ編成(つまり連隊戦闘団が基本)である。日本から輸出された10式戦車(モンキーモデル)や装甲車を筆頭に身を固めている。
自衛隊の軍事顧問いわく「装備が日本と同じ物ならば、自衛隊ですら手こずる練度と士気を持つ」とすら言われている。
その立場上、他管区の軍からは敵視され、補給物資を意図的に横取りされる事もしばしばあり。そのような事情から実戦では補給に悩まされ、ガス欠で動けなくなった10式戦車(モンキーモデル)を連合国に鹵獲される事すらあった。