新世界の敵、日本国   作:篠乃丸@綾香

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お久しぶりです。
また更新いたします。


第四十四話『海原を征く』

反乱発生から10日後 オタハイト郊外

オタハイト第Ⅰ空軍基地

 

 オタハイトの第Ⅰ空軍基地では、自衛隊の輸送機や民間チャーターの旅客機、果てにはビジネスジェット機までもがひしめき合い、次々と飛び立っていた。

 中央即応連隊による邦人輸送は成功をおさめ、途中何度か戦闘はあったものの、オタハイトに駐在していたほとんどの邦人は救助に成功していた。そのため、今は多くの日本人がチャーター機で西へ飛び立ち脱出を果たしている。

 そんな空軍基地の一角に、日本製中型ジェット機のMRJが駐機していた。タラップが降りており、機体はなぜか塗装が真っ白に塗り替えられている。場所も目立たないような位置に置いてあった。

 

「こちらです、閣下」

「すまない、何から何まで助かる」

 

 自衛隊員の誘導を受け、ラフな格好をした何人かの集団がMRJに搭乗する。若干白髪が目立つ初老の男性が、ゆっくりと専用MRJの上質な椅子に座った。

 格好こそ庶民に似せているが、その出で立ちから漂う上流階級感は拭えず、おまけに使用されるMRJも、白塗りでカーテンを閉め切っていることからも、重要人物である事が窺えた。

 

「何とかここまで来れたな」

「ええ」

 

 緊張感がほぐれ、ゆっくりと姿勢を楽にした初老の男性が、向かい側に座る女性秘書にそう言った。女性秘書も安心したのか、深く息を吐く。

 

「……しかし閣下、よろしいので?」

「何がだ」

 

 少しばかり間を置いた後、女性秘書が徐に口を開いた。

 

「言い方はよろしくないかもしれませんが、副大統領閣下の事ですから、首都に居残って徹底抗戦を訴える側なのかと」

「言ってくれる……いや、私だって抵抗よりもムーの民主主義の存続を求めているさ。首都には大統領閣下がいる、しかし首脳陣が連合国の攻撃で全滅してはムーは滅ぶ。大統領閣下も、その為に私に亡命を求められたのだ」

「なるほど」

 

 副大統領の決意と愛国心を受け、女性秘書も納得したのか、それ以上は言わなかった。

 またしばらく間が流れ、機体の扉が閉まったのか、タラップが機体から離れていった。その様子を、少しばかり小さく開けたカーテンの隙間から見た副大統領は、ある心配を秘書に投げかけた。

 

「国王陛下も、この機に?」

「いえ。他の亡命希望者と共に、別の機に乗るそうです」

「そうか……」

 

 副大統領が納得すると、カーテンは閉められ、機体はエプロンから滑走路へ移動する。

 ムー連邦空軍、大統領専用機MRJの二機は、その日のうちに日本勢力圏下への亡命に成功したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

反乱発生から二週間後

ムー大陸東部海域 セントレア海

 

 浅い海を象徴する、水色のブルーで埋め尽くされた視界。

 セントレア海は、比較的浅い外洋として知られている。第一文明圏と第二文明圏の間が狭く、大陸棚が重なり合い、水深が1000メートルを超える地点は少ない。

 その分波が高く、冬から春にかけての季節風により荒い白波が立つ。ムーやミリシアルなどの近代的な軍艦でなければ、まともに航行することすら危うい海域なのだ。

 反面、春から夏にかけては波が穏やかになりガレー船でも航行が可能になる。季節によって要求される船の技術が変化するのが、この海域だった。

 

 そんな荒れ狂う冬のセントレア海を、切り裂くような新たな白波が立った。

 海面が数千、数万トンにも及ぶ多数の鋼鉄によって掻き分けられる。白波を砕き、400隻を超える近代的な艦隊が西へ進んでいた。

 海に無数の白い軌跡(ウェーキ)を描きながら、艦隊は美しい陣形を崩さない。黒や灰色の金属は曇り空の中で一際目立ち、その力強さを強調している。

 艦隊は二つのグループに分かれ、何重もの輪陣形を描いていた。

 グループの一番外周には、索敵を担当する駆逐艦クラスの小型艦が散発的に散らばっている。

 空母や戦艦などはその内側で守られるように展開していた。

 艦隊で最も多数を占める巡洋艦は、艦隊の等間隔に配置され、両者のギャップを埋めている。各セクターの指揮を担当していたのも巡洋艦だった。

 

「すごい編成だな……これほどの大艦隊は、ユクドでも目にかかれなかったぞ」

 

 グラ・バルカス帝国連合艦隊旗艦〈グレードアトラスター〉の第一艦橋で、ラクスタル・エリオン大佐はこの大艦隊の陣容を見てため息を漏らした。

 海抜数十メートルにある艦橋から見ているのに、地平線の先まで艦隊が広がっている。どこを見渡しても船、船、船。まさしく世界の軍事力を結晶させた、世界連合艦隊と呼ぶに相応しい陣容だった。

 

「艦隊全体で400隻を超えますからね。この世界の二大海軍大国が揃っているんですから、こうも仰々しくなります」

 

 副長のユリウスも、数ページに渡る世界連合艦隊の編成表を見て、率直な感想を漏らした。ここまで大きな艦隊に加わるのは、グラ・バルカス帝国海軍創設以来である。

 

 詳しい編成は、以下の通り。

 

『世界連合艦隊編成』

-神聖ミリシアル帝国 第1、第2、第3魔導艦隊

旗艦:新鋭魔導戦艦「コスモ」

魔導戦艦 9隻

航空魔導母艦 6隻

魔導巡洋艦 12隻

魔砲艦 24隻

小型艦 92隻

計 144隻

 

-グラ・バルカス帝国 東部方面艦隊+監査軍艦隊

旗艦:大型戦艦「グレードアトラスター」

戦艦4隻

正規空母 4隻

軽空母 2隻

重巡洋艦 6隻

軽巡洋艦 10隻

駆逐艦 72隻

潜水艦 48隻

計 146隻

 

-ロデニウス大陸連合艦隊

重巡洋艦 3隻

駆逐艦 9隻

フリゲート 11隻

 

-アルタラス王国海軍

重巡洋艦 1隻

駆逐艦 7隻

フリゲート 14隻

 

-リーム王国海軍

重巡洋艦 2隻

駆逐艦 6隻

フリゲート 18隻

 

-トルキア王国海軍

魔砲艦 3隻

 

-アガルタ法国海軍

魔砲艦 1隻

小型艦 7隻

 

-ギリスエイラ公国海軍

魔導小型艦 9隻

魔導砲艦 2隻

 

-中央法王国海軍

大魔導砲艦 2隻

 

-パミール王国海軍

豪速小型砲艦 15隻

 

計 422隻

 

 以上である。

 これら約400隻の艦隊以外にも、四つの揚陸艦グループ、六つの補給艦グループ、そしてそれを護衛する護衛艦隊グループなども存在する。

 全てを合わせれば、艦艇数は900に及ぶであろう。まさに本格的な第二文明圏侵攻艦隊……いや、ここは救援艦隊と呼ぶべきか。

 

 世界連合──以下"連合軍"──は、ムー連邦での内戦に際し、ついに本格的な介入を開始した。

 既に()()()()()()()を代表するいくつかの地方、構成国、反乱軍から正式な介入要請を受け取っている。

 少なくとも連合軍では、これにより大義名分のお膳立ては済んでいるという扱いだ。なので救援艦隊の方が彼らの認識では正しい。

 

「あまり大きな声では言えませんが、第二文明圏だけならまだしも、ニホン人とは戦争をしたくありません」

「私もそう思うよ。あらゆる意味で、な……」

 

 ラクスタルとしても、ユリウスの意見には同意している。

 日本の海兵には様々な意味で世話になったし、この世界の各国が非道な騙し討ちを起こした手前、いざ日本と戦うとなっても複雑な心情だ。

 正直言えば戦いは避けたいが、そうも言っていられないのが軍人という立場であり、国際情勢もそれを許さなかったのだ。

 だがこの戦力、ムーや第二文明圏と戦うには明らかに過剰である。その先の日本との戦いを想定しているのかもしれない。いずれ日本と戦う時が来る可能性は高かった。

 

「……まあどのみち、まだニホンが参戦したという情報はない。これだけ艦隊がいる以上、ムーの制圧は楽な仕事になるだろう」

「頑張らなくてよさそうですね」

「ハハッ、言ってくれる。後で懸垂訓練でも追加してやろうか?」

「勘弁してくださいよ……」

 

 ラクスタルが冗談めかしてそう言うと、ユリウスは昔の地獄のような訓練時代を思い出し苦笑いが溢れた。そんな様子が面白いのか、ラクスタルは笑って受け流した。

 

「艦隊司令、入ります!」

「敬礼!」

 

 艦橋に艦隊司令官が入室した。ラクスタルとユリウスは即座に笑みを消し、司令官のカイザル・ローランド大将へ敬礼を投げかける。

 

「休め。ラクスタル君、お勤めご苦労」

「ありがとうございます。よくお休みになられましたか?」

「ああ、相当快適だった」

「それはよかった。やはり、"ホテル"と言われるだけはありますでしょう?」

「ハハハッ、言ってくれる」

 

 ラクスタルは内地で護衛も伴わず、ずっと母港に引きこもっていたGA級の異名に準え、そんな皮肉を飛ばした。

 カイザルもその冗談の意味を分かってか、同じようにけらけらと笑い、艦橋に張り詰めていた緊張感を解けさせる。

 艦隊はそのまま西へ向かい続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻 深度400m

 

 冷たくて暗い海の中。

 ある程度深い深度に、鋼鉄の鯨が存在した。彼女は海中に息をひそめ、目標が来るのをじっと待っていた。

 船体は真っ黒なタイルに覆われ、音もなくその場に佇むその姿は、鯨というよりかは暗殺者に近い。音ひとつ発さない彼女のその佇まいは、水上からはほとんど判別できない。まさしく海の暗殺者にふさわしい。

 

「艦橋よりソナー。敵艦隊の位置と進路を報告」

『こちらソナー。敵艦隊の音源、距離2000まで接近。数は音源の乱れで把握不能、進路は真っ直ぐオタハイトへ向かう」

「了解した。引き続き監視を頼む」

 

 ソナーマンからの報告に、艦長はマイクを持つ手が強張る。

 海上自衛隊の試験型潜水艦 SSEN-6201〈たいげい〉は、深度400という浅瀬で連合軍の艦隊を待ち構えていた。

 待ち構える、とは言っても攻撃を命令されているわけではない。あくまで偵察と報告に専念する、という形である。

 だが、いざ敵の大艦隊を目の当たりにするとその脅威が身に染みて伝わってくる。戦闘艦艇だけでも400隻を越える世界連合艦隊は、緩衝地帯たるムー連邦にとっては無視できない脅威であるはずだった。

 

「物凄い数の音で海面がかき乱されています。これでは敵艦の識別すら困難でしょう」

 

 〈たいげい〉の副長が、計器類に表示される無数の音源を見てそう言った。彼は額の眉を細め、適度な緊張に包まれている。今まで見たこともない大艦隊と遭遇したのだから、息をのむのも分からないでもない。

 

「……いや、これだけ音がうるさいなら逆にチャンスだ。こちらの位置は見えないはず」

「それに関しては同感です」

「このまま艦隊に潜り込み、任務を続行しよう。艦隊が上を通過したら追跡に移る」

「了解です。原子炉機関室は待機させておきます」

 

 〈たいげい〉は戦後日本初の原子力潜水艦だった。

 元はリチウムイオン蓄電池搭載の3000トン型通常動力潜として計画されていた同艦だが、日本の転移により原潜への設計変更を余儀なくされた。

 新世界の広大な領海とシーレーンを防衛するには通常動力潜だと能力不足であり、長期活動性に優れた原潜でなければ任務遂行は困難だったからである。

 

 たいげい型潜水艦はその1番走者だった。

 同型は、原子炉搭載のために再設計が行われたことで大型化し、基準排水量4000トンという、日本が建造してきた中でも最大クラスの巨大潜水艦として完成。

 同艦には先のグローバルホーク奪還作戦に参加後、艦齢超過で退役した元米海軍原潜〈サンフランシスコ〉のものを参考とした艦載用原子炉が搭載され、初の原潜としては悪くない性能を発揮している。

 さらに原子力による莫大な推力と巨大な艦体を活かし、ミサイル用垂直発射管を装備できたことで巡航ミサイル搭載潜としても活動できるようになった。

 現状では1番艦が試験的に運用されている段階だったが、本艦で得られた原潜運用のデータは、後続の原潜の建造に活かされていく予定であった。

 

「敵艦隊、真上を通過します」

「…………」

 

 それはさておき、〈たいげい〉は世界連合艦隊の真下で息をひそめ、反転の時を待った。

 通常動力に比べ、比較的煩いと評判の原子力潜水艦であるが、本級の静穏性は今まで日本が建造してきた潜水艦の技術を踏襲しているため、まったく問題にはならなかった。

 そのため〈たいげい〉は、敵艦隊に見つかることなく懐に潜り込む事に成功した。

 

「……よし、反転だ。敵艦隊の追跡を開始する」

「了解です」

 

 〈たいげい〉はゆっくりと反転し、艦隊を追いかけるような形で海中を進む。追跡情報は、間も無く報告される予定だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻 世界連合艦隊旗艦〈グレード・アトラスター〉

 

 旗艦に任命された〈グレード・アトラスター〉には、次々と内火艇が接舷している。内火艇は艦尾に係留され、移送作業が始まった。どの内火艇にも、各国の艦隊司令や艦長などが乗っている。

 艦隊の首脳部は、〈グレード・アトラスター〉の豪華な装飾に目を配る暇もなく、真っ直ぐ艦隊会議室に向かった。すでにグラ・バルカス海軍側の要人は揃っており、彼等が入室するなり敬礼を送る。

 

「お待ちしておりました皆様。どうぞこちらへ」

「よろしく頼みます、カイザル提督」

「共にこの作戦を遂行できて光栄に思うぞ」

 

 各国の提督たちが、カイザルに対して順番に握手を行う。皆この作戦の成功を心待ちにしており、表情は自信に満ち溢れていた。

 挨拶が終わった提督から順番に、それぞれ割り当てられた席へと案内された。

 長テーブルの向かい側に座るカイザルに対し、一番近い位置にミリシアル帝国海軍指揮官のレッタル・カウランと、副司令のタキオンが座る。

 その他の提督たちは文明圏順に割り当てられた席へと座っていった。席が満席になり、背後にそれぞれの幕僚が待機すると、進行役が司会を始める。

 

「これより、ムー大陸救援作戦の概要について会議を行います」

 

 その言葉の途端、提督たちの身が引き締まる。社交モードから一転、軍人として規律正しい切り替えであった。

 

「改めて振り返ります。こちらが現在まで判明しているムー国内の戦況です」

 

 進行役の士官は、黒板に貼り付けられたムー連邦の地図に赤いペンで書き込みを入れ、現在の戦況を司令官たちに伝える。

 それによると、ムー連邦の北部は大きく塗りつぶされ、一部の支配地域はオタハイトの近郊まで伸びていた。

 

「作戦は順調に進んでおります。現在ムー連邦の北部工業地帯の60%はこちらの地上部隊が制圧済みです。現在も戦闘は続いておりますが、反乱軍の協力により現地での戦闘は有利となっています」

 

 しかし、と士官はオタハイトの周りを赤いペンで囲い、補足を付け加える。

 

「オタハイトに関しては未だに政府軍の手にあり、攻略は難航しています。同地域にはムー連邦政府軍に国家親衛軍団という、軍団規模の敵部隊が未だ戦闘を続けているようです」

「国家親衛軍団?」

「かいつまんで言えば、連邦政府に絶対的な忠誠を誓うエリート部隊です。情報局の分析によると、国家親衛軍団には2個装甲師団と3個装甲擲弾兵師団、4個自動車化歩兵師団が組み込まれているようであり、その他周辺で合流した部隊も合わせると、兵力は15万人ほどと思われます。そして配備されている兵器はすべてニホン製です」

 

 進行役の解説を受け、会議室の幕僚達は敵が案外厄介な装備と練度を有していることを知り、少々ざわついた。

 

「オタハイトの地形にも難点があります。街の西側は平野で攻めやすいのですが、東側の海岸線はどれも舗装された市街地に面しており、上陸は困難です。防衛態勢を整えられていた場合、まともに上がれないかもしれません」

「なるほど、これでは上陸は容易ではない」

「我々陸軍としても、無謀な上陸作戦は避けたいところですな……」

 

 オブザーバーとして同席していた陸軍の幕僚も、同感してそう言った。自分たちは艦隊なので、持って来れる陸軍の師団も装備も限りがある。敵に待ち構えられると厄介この上ない。

 

「そこで今回の作戦ですが、オタハイトへの直接上陸は危険過ぎるので避けます。今回はすでに反乱軍が押さえている海岸に対し、増援という形で兵力を送り込むのです。その際、最も脅威となるのはオタハイトの中央管区艦隊です。先んじて彼らを排除するべきかと存じます」

「質問よろしいかな?」

 

 進行役が説明を終え、一旦一息つくと、今度はロデニウス大陸連合艦隊の司令官に任命されたクワ・トイネ公国のパンカーレ提督が挙手した。

 

「どうぞ、パンカーレ提督」

「中央管区艦隊の編成を見る限り、ムー連邦海軍の艦艇はこちらより旧式に思えます。艦艇のスペックから見て脅威になるとは思えない。なぜ優先的に排除しなければならないのでしょうか、理由をお聞かせいただいても?」

 

 パンカーレ提督の疑問は、他の幕僚達も思っていた事だ。特に経験の浅い第三文明圏の提督たちは、最近のムー連邦海軍の装備がどれほどのものかを間近で見たことがないので、尚更そう思う。

 これに対し、司会進行役は改めて中央管区艦隊の脅威度を説明するため、情報局が手に入れた情報と照らし合わせる。

 

「確かに中央管区艦隊は、我々に比べて旧式艦艇ばかりですが、情報局によると、所属艦艇のほとんどはニホン製の兵装で近代化されているそうです。輸送艦程度なら、例の誘導弾で排除されるやもしれません。それだけでも脅威です」

「例の誘導弾か……」

「まさか対艦用まであるのか?」

「それならなおさら、どうやって排除するのだ?」

 

 幕僚たちが不安げに騒つく中、ここでカイザル・ローランドが説明のため挙手した。

 

「それに関しては俺から。今回の作戦は、水上艦と航空機による同時飽和攻撃を敢行する」

 

 カイザルは両手をテーブルに突き、立ち上がって説明を開始した。ゆっくりと黒板の方へと歩いていく。

 

「まず我が海軍より第一打撃群をオタハイトに差し向ける。そしてタイミングを合わせ、航空機を同時にオタハイトへ突入させる。ニホン製の兵器は演算能力こそ優れているものの、こうした空と海からの同時攻撃には、必ず対応限界が来るだろう。相手が対応しきれない数をぶつけるのが、今回の作戦の要だ」

 

 カイザルは自信をもって作戦概要を説明すると、他の幕僚たちからも驚嘆の声が上がった。とはいえ危険かつタイミングが重要な作戦なので、懐疑的に目線を下に向ける者もいた。

 

「海上同時攻撃など我々の世界でも前例がない作戦です。これは可能なのですか?」

 

 アルタラス王国海軍のボルド提督がそう言った。幾らワイバーンなどの航空戦力が文明圏外でも幅を利かせている世界とは言え、空と海からの同時攻撃は、ほとんど前例がない。速力の違う双方のタイミングを合わせるのは一筋縄ではいかない。

 しかし、その疑問に対してはミリシアル帝国海軍のレッタル・カウランが説明を行う。

 

「それに関してですが、近年の航法装置の発達によりタイミングを合わせた同時攻撃は可能というシミュレーション結果があります。もう十分技術として可能なレベルにまで発達しているかと」

「ならば、問題はないのか」

 

 ミリシアルが言う航法装置とは、日本製の航空機・艦艇用の各種航法装置の事だった。ムー経由で民生品が数多く連合国に流れていたのが現状であり、それをもとにした模造品やコピー品の流通も相まって、艦艇や航空機の航法能力を底上げしている。日本を仮想敵に据えながら、日本製に頼る連合国の歪さが如実に現れている箇所だった。

 

「ちなみにですが、このプランが失敗した場合はどうするのです?」

「……一応だが、このプランの作戦が破綻した場合に備えて予備プランも存在する。しかしこのプランは、少々込み入った事情があって内容は明かせない」

 

 カイザルは予備プランの詳細を明かさなかったことで、幕僚たちはざわついた。思わず何人かの幕僚たちが抗議する。

 

「なっ」

「どういうことです?」

「予備の作戦の内容が明かせられないとは、我々はどうしたらいいのですか?」

 

 幕僚たちが抗議の声を上げる中、すぐさまレッタルが挙手し、事情の説明を行う。

 

「それに関しては、我がミリシアルからの要請です。この予備プランは発動されるまで、内容は明かせないことになっています」

 

 その説明になっていない発言に、他の幕僚たちは呆れかえった。これは何度か見慣れたミリシアルの秘密主義による統制と、勝手な単独プランだと悟ったからだ。

 

「相変わらずミリシアルの殿様秘密主義ですか……」

「それは我々の団結と信頼を損ねる行為では?」

「静粛に。……少なくとも言えるのは、この予備プランはミリシアル単独で行うものだとだけ知らされている。内容に関してはこれ以上詮索しないでくれ」

「…………」

 

 またもミリシアルへの抗議が殺到しそうなところを、カイザルが止めに入ったことで、ひとまず会議は沈静化した。カイザルは先が思いやられると思いつつも、この雑多な連合艦隊をまとめていく決意を固めた。

 とにかく今は、団結して第二文明圏を解放しなければならない。かの日本と戦うのにも、団結は必要不可欠だからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻 深度100m

 

「これはまずいな……」

 

 付かず離れずの距離を維持しつつ敵艦隊を追尾していた〈たいげい〉は、艦隊が進行方向からオタハイトを目指しているらしいことに気が付いていた。

 それどころか、艦隊陣形の一部が変化したり、空母らしき大型艦が発艦作業でもするのか加速していたりと、どうにも本格的な作戦行動に入ろうとしているらしい。

 

「敵が作戦行動に入った。このままでは、オタハイトは強襲制圧される」

「どうしますか?」

「やれることは少ないが……とりあえずはムーに情報提供だ。深度を上げて送信ブイを出そう」

 

 発令所の全員が艦長に視線を向ける。皆、その行動の危険性を熟知しているからだった。

 

「敵に探知される可能性がありますが……」

「構わん。通信は一瞬で終わらせて、その後すぐに急速潜航する。原潜の足なら逃げられるさ」

 

 副長は確認の意味も込めて、あえて危険性を再認識させようと艦長に対し口を開いたが、それを艦長自身がかき消す指示を出したことで渋々承知した。

 艦長自身もまたその危険性は理解していたが、未だオタハイトには少なくない数の邦人と、それの救援活動に派遣された陸自が残っている。彼らを見捨てる訳にはいかない。

 

「送信ブイ、上げます」

 

 深度を上げた〈たいげい〉から、ケーブルに繋がれた送信ブイが海面に浮上していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻 駆逐艦〈ルイテンⅥ〉

 

 グラ・バルカス帝国の最新鋭駆逐艦〈ルイテンⅥ〉は、艦隊外周のセクターにて対空、対潜警備活動(ピケット)を行なっていた。

 同駆逐艦はキャニス・ミナー級駆逐艦の110番艦、いわゆる第Ⅴブロック生産モデルであり、その艦首には対潜装備として00年式水中聴音機が搭載されている。

 00年式水中探信機は、パッシブソナーとアクティブソナーを一組とした最新鋭のソナーだ。アクティブソナーとしては駆逐艦初の搭載となる。これの搭載により、連合艦隊は高性能なソナーによる監視の目を得ることができた。

 そんな最新鋭駆逐艦のソナー室にて、聴音機に耳を傾けていたソナー員のクヤム水兵長は、単調な海の音をひたすらに聴き続けていた。

 

「(もうすぐ交代の時間か……)」

 

 クヤムは職務怠慢であることは分かりつつも、そんなことをぼんやりと考える。ソナー員というのはレーダー監視員と同じで、潜水艦の敵襲がなければ暇な仕事というものだ。

 しかし、今日ばかりはツイていた。クヤムがたまたま耳を澄ませていた方向から、何か気泡のような音が聞こえたのだ。

 

「ンッ、これは!」

 

 若干職務怠慢だったクヤムでも、その音を聞き逃さなかった。

 

「上等兵曹!」

「どうした?」

 

 クヤムはすぐさま現場の指揮を取る上等兵曹に声をかけ、報告を行った。ソナー室が途端に騒がしくなる。

 一方で、〈ルイテンⅥ〉の艦橋では艦長と副長、以下艦橋乗組員が時化る海を見張っている。艦長はコートを羽織る暇もなく、寒さに耐えながら乗組員達と対潜警戒を続けていた。

 

『報告!方位207、距離2500にて潜望鏡らしき物体の浮上音を確認!』

「なにっ」

 

 ソナー室からの報告を聞き、艦長は若干眠気を感じていた目が覚め、すぐさま電話回線を取った。

 

「ソナー室、よく見つけた。これより確認に移る。引き続き、音の方向に注意を向けてくれ」

『了解です!』

 

 艦長は即座に電話回線を切り替え、右舷の見張り艦橋の水兵たちを呼び出す。

 

「右舷見張り員、その方角に何か見えるか?」

『いえ、見えません!海が時化って確認は困難です!』

 

 艦長が電話越しに叫ぶと、すぐさま見張り艦橋の上等兵曹が応えてくれた。彼の言葉通り、艦橋から見える海は時化っており、とてもじゃないが確認が取れる視界ではない。艦長はすぐさま別の命令を出した。

 

「そうか。仕方ない、直接見に行くぞ。見張り員はそのまま右舷海面に注目せよ」

『了解!!』

 

 ふと、艦長は副長の立っている方を見た。彼はすでに戦闘配置を告げるブザーのスイッチに手をかけており、万全の心意気だった。

 

「副長、総員起こしだ。対潜水艦戦闘要員、第一種戦闘配置」

「了解!総員、対潜戦闘要員!第一種戦闘配置!!」

 

 副長がレバーを引くと、艦内にけたたましいブザーの音が鳴り響く。それを合図に、休んでいた乗員を含め、乗組員全員がそれぞれの配置へと急ぐ。その間艦長は、戦闘配置完了の合図を待たずして次の行動に入った。

 

「艦隊への報告、完了しました」

「転針、方位207。新型の爆雷投射器を試すぞ、準備しろ」

「はっ」

 

 艦長の命令を受け、副長はある装備をソナー室と連動させるための手順を指示。

 電源回線を操作し、ソナー室の諸元が艦橋に転送。甲板前方に装備された対潜墳進砲を、その諸元とリンクさせた。

 

『艦長、ソナーとの連動完了しました』

「目標補足、照準完了!」

「ようし、爆雷投射だ、全弾撃ち込め!」

「了解です。発射ぁっ!」

 

 艦長の合図で、15cm12連装対潜噴進砲が発射された。

 これはグラ・バルカス帝国が対空噴進砲の技術を用いて開発した、新型の対潜前方投射兵器である。対空機銃の銃架を用いて製造されており、見た目は旧日本海軍の試製15cm9連装対潜噴進砲を縦3横4の12連装にした見た目となっている。

 最大の特徴はグラ・バルカス帝国の優れた電気技術により、ソナーと連動して方位や射程が自動的に算出されて発射出来る所に有る。今回はソナーと連動させ、水中にいる〈たいげい〉のおおよその位置に向けて爆雷がばらまかれた。

 水上に爆雷が多数着水し、小さな水柱が立つ。爆雷はその牙を携え、ゆっくりと水に飲まれていく。その水底にいる”大鯨”をめがけて。

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻 深度400m

 

「水上艦1隻が回頭中、本艦に近づく……!」

「チッ、気づかれたか。潜航開始、ブイは潜航しつつ回収しろ」

 

 〈たいげい〉は通信を切り上げ、バラストタンク内に注水して潜航を開始する。

 原子炉は相変わらず待機しているので物静かだったが、潜航によりエレベーターで下降するときのような浮遊感を乗員は感じた。

 ムーへの情報提供は予定通り一瞬で完了したが、その一瞬を敵は見逃さなかったらしい。

 ブイの浮上音をソナーで聞きつけたのか、それとも海面に浮かんだブイを水上レーダーで探知したのか……それは分からないが、敵にバレた以上すぐにこの場を離脱する必要がある事に変わりはなかった。

 その時〈たいげい〉のZQQ-8統合式ソナーが海面上に連続して着水音が発生したのを感知し、その音響を電子的に接続された発令所のヘッドホンを介して、ソナー員の鼓膜に叩きつけた。

 

「……! 海面付近に着水音多数、爆雷来ます!」

「急速潜航!ブイは投棄しろ!」

 

 ソナー員の静かに叫ぶかのような報告に、艦長がすぐさま指示を飛ばす。

 潜航のスピードが加速し、落下しているかのような感覚が乗員を襲う。だが、十数秒後にはそれ以上の揺れと衝撃が艦全体を揺さぶった。

 

「うおぉぉぉぉぉ……!?」

「落ち着け、今のはハズレだ!被害確認!」

 

 発令所全体が動揺するが、直撃ではないと艦長は瞬時に判断した。

 揺れはしたが、立っていた乗員が転倒したり、照明が非常灯に切り替わったり、といった目に見えるような被害は起きていない。直撃なら被害はもっと起きていただろう。

 艦長の予想通り、少しして艦の各所から無事を報せる報告が入ってくる。

 

『各部、異常なし!』

『原子炉も問題ありません』

「危なかったです。かなり距離が近かったようですが……」

「ここは大陸棚だからな。そんなに深くは潜れん」

「ええ。しかし、それでも咄嗟に潜航して正解でした。捨てたブイが少々勿体ないですね……」

 

 潜航時に切り離した送信ブイの存在を副長は気にするが、ブイを切り離さなければ〈たいげい〉そのものが撃沈されているかもしれなかった。

 ブイを敵に鹵獲される可能性もあるが、爆雷の衝撃でブイ内部の電子回路はズタズタにされ、使い物にならなくなっているだろう。そもそも、大海原で切り離した小さなブイを見つけることなど不可能に近い。

 しばらくして爆雷の第二射が放たれたとソナー員が報告したことで、副長もブイの心配をしている場合ではなくなった。

 

「くそっ、上からバカスカ撃ってきやがる」

「対潜迫撃砲ですね。爆雷の数が多いので、まぐれで当たらないか心配です」

「……これ以上は危険か。一旦退避し、体制を立て直す。機関最大戦速、針路207!」

「了解しました。機関、最大戦速!針路207!」

 

 降り注ぐ爆雷の雨霰の中、艦内原子炉が待ってましたと言わんばかりに発動音を——敵のソナーに悟られない程度の静量で——唸らせ、〈たいげい〉はあっという間に現場海域から離脱していった。

 そして〈たいげい〉がムーに向けて発した敵艦隊接近の急報は、オタハイトのムー海軍本部に正確に届けられていた。

 




情報コラム

・MRJ
現実世界では開発中止となった日本国産双発ジェット旅客機。
転移により既存の外国製旅客機はいずれも製造元が消失し、再生産と補修部品の確保が不可能となってしまったため、これら海外製旅客機の来たる老朽化による退役に備え、転移後瞬く間に実用化された。
それでも海外製旅客機の部品在庫は大量に備蓄されていたので、MRJ就航後も海外製旅客機が駆逐されることはなかったし、むしろ海外製旅客機が飛ばせる間はMRJを国内航空各社が導入する意味は無かったものの、日本製旅客機が欲しい異世界各国がこぞって購入。日本の友好国との間で瞬く間にシェアを拡大した。
ムー連邦空軍では本機を大統領専用機として採用している。
なお、現実では開発中の2019年にスペースジェットへと改名したが、新敵世界では改名前に実用化されてしまったため、MRJの名称のままとなっている。



・日本の核開発
 新世界への転移後、日本は急速に核開発を進めていた。
 技術大国と言われてきた日本はネジを1つ締めるだけ(screwdriver's turn)で核兵器を作れると言われており、実際に日本政府が過去に作成した内部文書でも、少なくとも3~5年で小型核弾頭を試作できるとの試算を出している等、核開発の技術自体はあった。
 だが、世界唯一の被爆国である日本には国民の間に根深い反核感情が漂っており、それを乗り越えねば核開発などとても出来そうにない状態であった。

 しかし、状況は一変する。
 パガンダとレイフォルの間で戦後初の戦争を経験し、さらに世界中の国々と敵対しつつあったことで、日本政府や国民世論の間に核武装すべきとの風潮が急速に蔓延。
 また、転移直後にエネルギー資源の輸入が断絶されていた時期、フル稼働させられた日本各地の原発が安定した電力供給を見せ続けたことで、国民の反核感情を急速に薄れさせ、むしろ核技術への羨望を生み出しつつあった。
 これにより日本政府は表立って核開発を開始することとなる。核の戦争利用は原子力基本法で禁止されていたが、先立って同法も改正案が国会に受け入れられた。国会も与野党問わず、核開発の賛成派が大多数だった(非核三原則は飽くまで心得でしかないので無視された)。

 手始めに核兵器よりも技術的難易度が低い原子力推進艦の建造が着手され、そうして完成したのが日本初の原潜〈たいげい〉だった。
 日本が半世紀以上の原発運用等で培ってきた原子力開発技術と、自衛隊に編入された在日米海軍の退原潜の分析と解析により、〈たいげい〉は日本史上初の原子力戦闘艦となりながらも、高い完成度を誇ることとなった。
 また、同艦で得られたノウハウは、同型艦や後続として建造を進められている〈ほうしょう〉型原潜にも活かされる予定である(そうりゅう型潜水艦などの既存艦には、たいげい型で予定されていたリチウムイオン蓄電池の搭載改修が全艦に行われた)。

 一方、肝心の核兵器は開発が難航した。
 核開発は防衛装備庁と原子力研究開発機構の合同で始められていたが、核兵器製造に必要となる高純度プルトニウム(Pu)が稀少で、製造に回せる余裕がないために停滞を余儀なくされたのだった。
 日本の転移当時、高純度Puは国内に100kg未満しか存在しておらず、核兵器製造に回してもキロトン級の小型原爆を数十発か、辛うじてメガトン級水爆を数発製造できるか怪しいレベルの量しかない。
 低純度のPuなら10トンほど国内にあったが、そちらは高純度Puと比べると不安定で爆発装置の製造が困難であり、信頼性と出力が悪すぎて核兵器に全く適していないのである。
 さらにPuは日本各地の原発や原潜を動かすために転用することも考えられており、核兵器製造に回せそうなPuはごく僅かしかないのが現状だった。
 ただしこの問題は、黒鉛減速炉の新規建造や、転移前に稼働停止されていた高速増殖炉「もんじゅ」と「常陽」を再稼働させ、高純度Puの量を増やすことで解決が試みられている。
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