数日後
ムー連邦 旧首都オタハイト
連合軍はオタハイトを占拠した。それも、数日前の死闘が嘘のような無血開城だった。
街はボロボロ、港湾施設は壊滅、湾内には艦隊の残骸が転がり、周辺地域へ続く道路は寸断されていた。
もう首都と呼べるか怪しい地域となっていたが、連合軍はひとまずムー連邦解放のための第一歩をようやく踏み締めたのだ。
「カイザル司令、ムー連邦の大統領府で大統領の死亡が確認されました。拳銃自殺と思われます」
ムー連邦の海軍本部があった風通しの良い場所で、連合軍艦隊司令長官のカイザルは、部下からの報告を聞いていた。
部下は鹵獲した日本製タブレット端末を手に持ち、それを器用に操作しながら、報告を行う。
「特に抵抗がなかったのはそのせいか」
「はい。しかしこれで、ムー連邦は統治者を失い無政府状態……と思っていたのですが」
部下はデジタル上で次の資料をめくる。
「副大統領の所在が確認できていません。ムー連邦は憲法上、大統領が職務を全うできない場合、副大統領に全権が委任される仕組みになっているのですが……」
「厄介なことをしてくれるな……これではムー連邦の正当性は保たれたままではないか」
「副大統領の所在を明らかにしましょう。今度は生きて捕えなければ……」
「そうだな……ありがとう、あとはこちらでなんとかしよう」
そう言ってカイザルは、天井に大穴が空いた会議室を後にして、廊下に出た。するとそこにはちょうど、ミレケネスが通りかかっていた。
「ミレケネス、どうした?」
カイザルは彼女の服装に違和感を覚えた。彼女の服は真っ黒だったからだ。
「それは、喪服か?」
「……ちょっと用事があってね。ショッピングみたいなものよ」
「おいおい、今は戦時中だぞ……」
「一応護衛は付けるし、信頼できる店に行く。大丈夫よ」
いきなりショッピングに行くと言い出すので、観光気分なのかとカイザルは疑った。だがよりにもよって彼女がそんな腑抜けた事をするはずがないと思い、深掘りしてみる。
「本当に大丈夫か?一応ここは、政権軍側の都市だったんだぞ……」
「暗殺の心配はそうそうないわよ。仮にニホン人が居たとしても、顔で分かるでしょ」
ミレケネスはそれだけ言うと、そそくさと外の方へ向かう。そんな彼女の後ろ姿を見て、カイザルは違和感を覚えた。
「(ミレケネス、何故か影が薄くなった様に見えたが……?)」
ミレケネスは護衛二人を伴い、そのまま車で近くの花屋へ向かった。カイザルは嫌な予感がして、これまた日本製の携帯電話で、ある人物を呼び出した。
数十分後
オタハイトの一角 商店街の花屋
オタハイトの一角にある寂れた商店街に、その花屋はあった。ミレケネスは喪服を着たまま、手向に使うための美しい花を選別していた。
「これと……これ、後これも入れておこうかしら」
「ありがとうございます。誰に渡すんですか?」
「……この戦いで亡くなったムー国民に」
ミレケネスはそう言った。嘘ではない。これは彼女なりにムー国民とその兵士たちを弔おうとした行動だった。
それを聞いた花屋の娘は、少し俯き、こう言った。
「へー……そうなんですか、あの空中戦艦との戦いも?」
「え?えぇ………」
花屋の娘がいきなり意味深な事を言うので、ミレケネスは気になったが、彼女は花束を手にするとそそくさとレジに向かった。
護衛を外に置き、レジで会計をしていた。だがミレケネスはお釣りが渡されてないことに気付く。
「ん、お釣りは幾らだ?」
「お釣りは……これでだっ!!」
花屋の娘は拳銃を取り出し、発砲した。二発の弾丸がミレケネスの胸中央と、右肩に命中する。
「──ぐっ?」
「この偽善者っ!!」
その拳銃は、グラ・バルカス帝国がレジスタンス用に事前に配布した物であった。ミレケネスはよろけて血を吐いた。
「お前……政権側、か?」
「政権?そんなの関係無い!これは貴方達の攻撃で死んだ私の父の仇だ!こんな花程度で、私たちの痛みが解るわけがないでしょ。バカじゃないのっ!?」
花屋の娘がそんな事を言って、震える手でもう一発打ち込もうとする。
だが、すかさず銃声を聞き付けたユリウスが突入した。そして一瞬にして状況を判断、娘を撃とうとする。
「やめろ、撃つな!!」
ミレケネスの制止も虚しく、ユリウスは拳銃を放った。乾いた銃声が聞こえ、静寂が流れる。
「アッ……」
娘は胸に二発被弾し、血を流しながらその場に倒れた。心臓を狙っていたため、死は免れない。
「ぁ………ぅ」
最後微かに口を動かす。それは「お父さん」と言おうとしたのだろう。しかし今の彼女にそれを為す力は残っていなかった
「ミレケネス殿、しっかりしてください!!」
「ああ……そん、な……」
ミレケネスは自分が撃たれたことよりも、花屋の娘のことを心配し、そう漏らした。次第にミレケネスにも立つ力が薄れていき、地面に倒れてしまう。
そんなミレケネスを、大人の男が支えた。そしてゆっくりと地面に置いて、彼女の傷の具合を見る。
「ミレケネス!ミレケネスっ!」
「お義父さん、早く衛生兵を!輸血が必要です!!」
「傷口を押さえろっ、すぐに来る!!」
そこにいたのはカイザルだった。嫌な予感がしたカイザルは、ミレケネスの後をユリウスと共に尾行していたのだった。
そこに衛生兵が到着し、応急処置を開始する。だが彼女の傷は深く、処置するたびに彼女は血を吐く。
「しっかりしてください!」
「こんなところで死ぬんじゃない、ミレケネス!」
衛生兵が処置を行う中、ミレケネスは最後の力を振り絞り、カイザルの腕の袖を掴んだ。
「いいんだ、カイザル……もういい」
「何を言っているんだ……戦争はまだ終わっちゃいないんだぞ!こんなところで死ぬな!!」
ミレケネスは首をゆっくりと横に振った。
「カイザル……この戦争の行き先は、不味いぞ……」
「ミレケネス……」
「誰も彼もが……憎しみに囚われている……早く、振り上げたこぶしを、降ろすんだ……」
最後にそう言ったミレケネスは、力無く倒れる。カイザルはミレケネスに声をかけ続けた。
「しっかりしろ、ミレケネス!ミレケネス!!」
薄れる意識の中で、ミレケネスは自分が信頼する男に看取られた事を、唯一安心して天に登れた。
その日の午後行われた副大統領の演説
『皆さん、私はムー連邦中央政府代表、連邦副大統領です。今は我が同盟国、日本に亡命して政権を維持しています。
皆さん、残念なお知らせをしなければなりません。我々の敬愛していた大統領閣下は、先日連合軍の卑劣な攻撃により、大統領府にて死亡しました。
連合軍はかねてより我がムー連邦に反乱を画策し、分裂を煽り、そして我が連邦をバラバラに砕き、混乱に陥れた……それにより多くの罪のないムー国民が反乱分子の手により、破壊されていきました。
しかし!大統領を亡き者にした今、連合軍が有していた正当性はもはや失われているも同然!同時に、未だ旧中央政府に楯突く反乱分子も、ただのテロリストと言っても差し支えない!
私は亡き大統領の意志を継ぎ、今ここに宣言します!ここにいる旧王家当主ラ・ムー氏を国の象徴とし、
そして──正統なる我々ムー国代表として宣言する!私はここに、必ずや連合国とそれに寄生するテロリストどもを打ち破り、ムー国を建国すると!そのために、ここにいる日本国の力を借り、我が正統なるムー国は、独立戦争を開始する!!
立て、正統なるムーの国民たちよ!兵士たちよ、我が土地を取り戻せ!私もムー国の代表として、共に最後の一人になっても戦うと、ここに誓おう!!』