またまた投稿します。
日本参戦から五日目 深夜
エヌビア国際空港 臨時司令部
その日の深夜。
キーセルキから北へ二十八キロ。全長約三千メートルの滑走路を有するエヌビア国際空港は、グラ・バルカス帝国、神聖ミリシアル帝国、そしてムー反政府軍によって共同使用されていた。
大型輸送機の発着が可能なこの空港は、前線への兵員・物資輸送を担う重要拠点であり、周辺一帯には高射砲陣地、機関砲陣地、戦車部隊が配置されていた。
日本国が参戦してから五日。
日本側がこの空港を狙っていることは、占領軍司令部も承知していた。
だが彼らは、日本軍がこれほど早く、これほど大胆な手段に出るとは予想していなかった。
夜空が一瞬、白く染まった。
直後、空港の北側で爆発が連続する。
「防空班、第一区画から第五区画までの高射砲群が沈黙!」
「機関砲陣地も損害を受けています!」
「駐機中の機体、全滅! 第四格納庫も大破しました! 現在、損害を確認中!」
臨時司令部の中を、怒号と報告が飛び交った。
壁に掛けられた空港周辺図には、次々と赤い印が書き込まれていく。
「くそっ、対空砲群が一瞬で壊滅だと!?」
空港防衛司令官、パース空将が机を叩いた。
「敵戦闘機はどうした!」
「攻撃後、北西方向へ高速で離脱しています! 空中待機中の迎撃隊を呼び寄せていますが、とても間に合いません!」
「好き放題やってくれおって……!」
日本の戦闘機による攻撃は短時間だった。
しかし、空港周辺の対空陣地は正確に破壊され、滑走路脇に並べられていた航空機も炎上している。
第二次攻撃に備えるべきだ。
パースはそう判断した。
「残っている対空砲をかき集めろ! 弾薬を前線へ運べ! 次の攻撃に備えるんだ!」
だが、その命令が伝わるより早く、通信士が振り返った。
「パース空将! 第三対空監視所より緊急連絡!」
「何だ!」
「超大型機八! 北西より接近中! 機影と速度から、日本国の輸送機と思われます!」
司令部内の空気が変わった。
「輸送機だと?」
「はい! エヌビア空港へ向け、低高度を高速で侵入中!」
パースの表情が凍る。
「まさか……空挺部隊か!?」
通常の空挺降下であれば、輸送機は空港上空か、その周辺を通過する。
だが日本の輸送機は降下地点へ向かっているのではなかった。
その針路は、滑走路そのものへ向けられていた。
まるで空挺部隊のグライダー降下の要領だった。
「上がれるアンタレスは!?」
「ありません! 駐機機は先ほどの攻撃で全滅! 第四格納庫内の機体も破壊されています!」
「対空砲はどうした!」
「防空班の高射砲は壊滅しました。ただし、陸軍所属の自走対空砲が四両残っています。それから戦車一個中隊が空港南側で待機中です!」
「ならば戦車と自走対空砲を、今すぐ滑走路へ移動させろ!」
パースは叫んだ。
「何でもよい! 車両を並べて滑走路を塞げ! 敵の空挺部隊を降ろすな!」
空港内に警報が鳴り響く。
兵士たちが兵舎から飛び出し、対空砲兵が損傷を免れた車両へ駆け込む。
四両の自走対空砲がエンジンを唸らせ、誘導路を横切った。
その後方から、グラ・バルカス帝国陸軍の戦車が続く。
砲塔を左右に振りながら、重々しく滑走路へ進入していった。
「監視員より連絡! 空港北西より輸送機が接近!」
「もう来たのか!?」
司令部の窓が細かく震え始めた。
低く重いエンジン音。
それは急速に大きくなっていく。
やがて雲の切れ間から、一機の巨大な機影が姿を現した。
「あれか……!」
見張りの兵士が夜空を指差す。
「大きいぞ!」
「輸送機、着陸態勢に入っています!」
「着陸だと!?」
パースは窓へ駆け寄った。
大型輸送機は、空港へ正面から突っ込んでくるような速度で降下していた。
翼端灯が闇の中で明滅し、その機体は滑走路上の車両群へ向かって一直線に接近してくる。
「強行着陸するつもりか!?」
幕僚の一人が叫んだ。
「なんという度胸だ……!」
「撃ち落とせ!」
パースは怒鳴った。
「エンジンを狙え! 着陸する前に墜とすんだ!」
同時刻
航空自衛隊 C-2輸送機 機内
「着陸三十秒前!」
赤い照明に照らされた貨物室に、乗員の声が響いた。
機内には第一空挺団の隊員たちが密集していた。
隊員たちは座席ではなく、車両と機材の周囲に配置され、各自の小銃を抱えている。
貨物室中央には、16式機動戦闘車が固定されていた。
砲身を前方へ向けたその車体は、輸送機の狭い内部に収まってなお異様な存在感を放っている。
「総員、衝撃に備え!」
「固定具、最終確認!」
「降車班、準備!」
隊員たちが顎を引き、身体を固定する。
輸送機は大きく振動していた。
操縦席では、滑走路上を塞ぐ戦車と自走対空砲がすでに確認されていた。
本来ならば着陸を中止すべき状況である。
だが、作戦は止まらなかった。
『間もなく接地。後部ランプは接地後に開放する』
「了解!」
機体が地面へ近づく。
窓の外を、機関砲弾の曳光が横切った。
鈍い金属音が貨物室内に響く。
外板が撃ち抜かれ、穴から一瞬だけ夜気が吹き込んだ。
「被弾!」
「まだ飛べる! 頭を下げろ!」
自走対空砲の機関砲弾が、C-2の胴体を連続して叩いた。
貨物室後部の外板に複数の穴が開き、破片が飛び散る。
しかし、車体後方に固定されていた16式機動戦闘車が、貨物室前方へ突き抜けようとする弾片の多くを受け止めた。
隊員たちは車体の陰へ身を伏せる。
直後、着陸脚が滑走路へ叩きつけられた。
凄まじい衝撃。
機内の全員の身体が前方へ振られる。
タイヤが激しく鳴き、機体が滑走路上を突進する。
『接地!』
「後部ランプ開放!」
油圧装置が作動し、後部ランプが開き始める。
まだ完全には減速していない。
開いた隙間から、滑走路の灯火と曳光弾が飛び込んでくる。
「固定具解除!」
「キドセン、降車準備!」
「第一班、左右に展開!」
C-2は大きく減速しながら、滑走路端へ寄っていく。
後部ランプが完全に下りた。
その瞬間、自走対空砲の機関砲が再び火を噴いた。
弾丸が開口部へ殺到し、16式機動戦闘車の正面装甲に火花が散る。
「行け! 行け!」
「キドセンを盾にしろ!」
「ゴー、ゴー、ゴー!」
誘導員が腕を振る。
16式機動戦闘車がエンジンを唸らせ、後部ランプから滑走路へ飛び出した。
タイヤが地面を噛み、車体が左右へ揺れる。
降車直後、砲塔が旋回する。
「自走対空砲、正面!」
「確認!」
「撃て!」
主砲が火を噴いた。
爆音とともに砲弾が飛び、一両の自走対空砲に命中する。
車体上部が爆発し、砲塔が炎に包まれた。
「次、右二時方向!」
第二射。
別の自走対空砲が横転する。
残る二両が反撃するが、機関砲弾は16式の正面装甲に火花を散らすだけだった。
その間に、第一空挺団の隊員たちが輸送機から次々と飛び出す。
「左へ展開!」
「滑走路脇の土嚢陣地を制圧!」
「敵歩兵、誘導路!」
19式5.56mm小銃の発射音が、乾いた連続音となって夜の空港に響く。
空港守備隊の兵士たちは、輸送機からいきなり装輪戦車と歩兵が飛び出してきた光景に動揺していた。
「一番機、降車完了!」
「パイロット、機体を滑走路から退避させろ! 後続が来るぞ!」
C-2は被弾した機体を引きずりながら誘導路へ曲がっていく。
その後方では、二番機がすでに接地態勢へ入っていた。
「第二陣、来るぞ!」
「滑走路確保を急げ!」
16式機動戦闘車は滑走路上を前進した。
残存していた自走対空砲を側面から撃破し、そのまま空港南側から接近する敵戦車中隊へ砲口を向ける。
「敵戦車、十一両!」
「距離九百!」
「射撃開始!」
グラ・バルカス帝国軍戦車の砲撃が先に始まった。
砲弾が滑走路へ着弾し、舗装を削り取る。
数発が16式の周囲に落ち、爆煙が車体を包み込んだ。
しかし、その煙の中から16式は速度を落とさず飛び出した。
走行しながら主砲を発射。
先頭の帝国軍戦車が炎上する。
続いて二両目。
三両目。
旧式の戦車を相手に、射撃統制装置と暗視装置を備えた16式機動戦闘車の優位は絶対的だった。
「敵戦車、後退を開始!」
「逃がすな! 滑走路南端まで押し込め!」
第一空挺団は勢いを止めなかった。
「第一中隊は臨時司令部へ!」
「第二中隊は第一、第二格納庫を制圧!」
「第三中隊は管制塔と燃料施設!」
「第四中隊は第四格納庫へ向かえ!」
隊員たちが複数の方向へ分かれる。
誘導路を横切り、建物の陰を利用しながら前進する。
空港守備隊は各所で抵抗を試みたが、指揮系統は最初の航空攻撃によって寸断されていた。
同時刻
第四格納庫
第四格納庫は、先ほどの航空攻撃によって半壊していた。
巨大な屋根の一部が崩れ、内部には破壊されたグティマウン大型爆撃機が横たわっている。
焼け焦げた翼。
折れた尾翼。
漏れ出した燃料の臭いが、格納庫内部に充満していた。
第一空挺団の一個小隊が、側面出入口から侵入する。
「前方クリア」
「左、機体の陰を警戒」
「奥に動きあり」
暗視装置越しに、格納庫奥の扉がわずかに動いた。
「コンタクト! 奥の扉!」
直後、銃声が響いた。
グラ・バルカス帝国軍の半自動小銃が火を噴き、弾丸が格納庫の床と機体外板を叩く。
「伏せろ!」
「車輪の裏へ!」
隊員たちが破壊されたグティマウンの主脚周辺へ飛び込む。
巨大な車輪が即席の遮蔽物となった。
「敵、奥の整備区画! 十名前後!」
「右側にもいる!」
再び帝国軍の射撃。
弾丸が車輪と床面に当たり、火花を散らす。
「一班、正面を抑えろ!」
「二班、右から回り込む!」
「了解!」
19式小銃の射撃が始まる。
正面の隊員たちが短い連射で敵を釘付けにし、その間に別班がグティマウンの胴体下を通過して右側へ移動する。
「移動中!」
「いいぞ。敵はこちらに気づいていない!」
帝国軍兵士たちは、日本側の暗視装置と無線連携に対応できていなかった。
彼らには暗闇にしか見えない格納庫内を、自衛隊員たちは明瞭に把握している。
「突入!」
側面へ回った隊員が整備用通路へ飛び込む。
短い銃撃。
帝国軍兵士二人が倒れ、残る兵士たちが奥へ退く。
「敵が後退!」
「追え!」
隊員たちは間隔を保ちながら前進する。
扉の前で一度停止。
一人が小型カメラを差し込み、内部を確認した。
「三人。机の後ろに一人、左側に二人」
「閃光手榴弾を使う」
「投擲!」
扉が開き、閃光が炸裂する。
「突入!」
「武器を捨てろ!」
「動くな!」
混乱した帝国軍兵士たちが次々と制圧された。
格納庫内に残っていた整備兵の多くは、武器を捨てて両手を上げる。
「第四格納庫、主要区画制圧!」
『了解。残敵を確認し、入口を確保せよ』
その時、格納庫の外から、再び大型機のエンジン音が聞こえた。
第二波だった。
同時刻
エヌビア国際空港 臨時司令部
「第四格納庫まで制圧されました!」
伝令の報告に、司令部内が騒然となった。
「くそっ……奴ら、練度が高い!」
パースは地図を睨みつける。
日本軍は着陸からわずかな時間で滑走路西側を確保し、格納庫と管制施設へ向けて一斉に展開していた。
侵入した部隊は少数のはずだった。
だが、各部隊の動きが異常なほど速い。
空港内部の構造を事前に把握しているかのように、重要施設へ迷いなく進んでくる。
「戦車中隊、敵の装輪戦車により壊滅!」
「何両だ!?」
「確認できる限り、敵装輪戦車は数両です!」
「数両に一個中隊がやられたというのか!」
「砲撃がまるで当たりません! 夜間でも正確に射撃してきます!」
別の通信士が叫ぶ。
「北西よりエンジン音! 再び敵輸送機八機!」
「第二陣か!」
パースは奥歯を噛み締める。
第一波だけでも、すでに空港防衛部隊は分断されつつあった。
ここに第二波が加われば、兵力差は一気に覆る。
「対空で使えるものは!?」
「ありません! 自走対空砲は全滅! 残るは歩兵用の機関銃のみです!」
「それでも構わん!」
パースは机を叩いた。
「滑走路へ向けられる機関銃をすべて集めろ! 輸送機を一機でも多く止めろ!」
「しかし、すでに日本軍が滑走路周辺を――」
「やれ!」
司令部周辺にいた帝国軍兵士が、重機関銃を抱えて外へ飛び出す。
だが、滑走路へ到達する前に、建物の屋上から射撃が降り注いだ。
いつの間にか管制塔を占拠していた第一空挺団の隊員たちだった。
「敵、管制塔上部!」
「反撃しろ!」
帝国軍兵士たちが銃口を上へ向ける。
しかし、そこへ別方向から16式機動戦闘車が現れた。
同軸機関銃の射撃を受け、帝国軍部隊は建物の陰へ追い払われる。
「司令部正面、敵装甲車両!」
「距離四百!」
「玄関を封鎖しろ!」
パースはようやく理解した。
日本軍の狙いは、単に滑走路を使用不能にすることではない。
空港そのものを、完全な状態で奪取することだった。
破壊するのではない。
次の作戦のために使うつもりなのだ。
「司令部要員は機密文書を焼却!」
パースは命令した。
「通信機材も破壊しろ! 空港を敵に渡すな!」
「間に合いません!」
正面玄関で爆発音が響く。
扉が内側へ吹き飛び、煙が廊下へ流れ込んだ。
「突入!」
「右、クリア!」
「左、敵二!」
日本語の叫び声と銃声が近づいてくる。
グラ・バルカス帝国軍の警備兵が廊下で抵抗する。
しかし、暗視装置と防弾装備、無線連携を備えた第一空挺団の前に、次々と押し込まれていった。
「第一階層、制圧!」
「階段を上がる!」
「司令室は三階!」
パースは拳銃を抜いた。
司令部に残った幕僚たちも銃を構える。
だが、彼らの顔には、すでに勝利への確信は残っていなかった。
窓の外では、第二波のC-2輸送機が次々と滑走路へ降り立っている。
一機。
また一機。
さらに一機。
大型輸送機の後部ランプから、さらに多くの空挺隊員と車両、弾薬、通信機材、榴弾砲までもが吐き出される。
第一波が確保した滑走路は、すでに日本軍の補給路へ変わっていた。
扉の向こうから声が聞こえる。
「武器を捨てろ!」
「抵抗をやめろ!」
「手を見える位置に出せ!」
パースは拳銃を握り締めた。
ほんの一時間前まで、エヌビア国際空港は連合軍側の重要航空拠点だった。
戦闘機もあった。
高射砲もあった。
戦車もあった。
数では日本軍を上回っていた。
それらすべてが、わずかな時間で無力化された。
敵は、最初からこの瞬間までを計算していた。
「空将……」
幕僚の一人が呟く。
「これ以上の抵抗は、無意味です」
パースは答えなかった。
廊下の銃声が止まる。
次の瞬間、司令室の扉が開いた。
防弾盾を構えた自衛隊員が入り、その後方から複数の隊員が銃口を向ける。
「武器を捨てろ!」
「両手を上げろ!」
短い沈黙。
やがてパースは、握っていた拳銃を床へ落とした。
金属音が、妙に大きく響いた。
日本国自衛隊第一空挺団によるエヌビア国際空港強襲作戦は、開始から二時間足らずで決着した。
空港守備隊司令部は制圧。
滑走路と管制塔は、使用可能な状態で確保された。
格納庫、燃料施設、通信施設も一部の損傷を除いて接収され、夜明け前には航空自衛隊の追加部隊と陸上自衛隊の増援が次々と到着した。
エヌビア国際空港は、日本国にとってキーセルキへ進出するための橋頭堡となった。
そして空港から南へ二十八キロ。
グラ・バルカス帝国、神聖ミリシアル帝国、ムー連邦反政府軍が占拠するキーセルキでは、まだ誰も理解していなかった。
自分たちの北方に存在していた重要拠点が、一夜にして敵の前線航空基地へと変わったことを。